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日本レコード大賞とは?

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日本レコード大賞
THE JAPAN RECORD AWARD
発表会会場の新国立劇場

【受賞対象】
優れた楽曲・歌手
【会場】
新国立劇場・中劇場(2004年より)
【国】
日本
【授与者】
日本作曲家協会
【初回】
1959年12月27日
【最新回】
2017年12月30日
【公式サイト】
http://jacompa.or.jp/record.html

【輝く!日本レコード大賞】

【ジャンル】
音楽番組 / 特別番組
【放送期間】
1959年12月27日 -(59回)
【放送国】
日本
【制作局】
TBSテレビ
【音声】
ステレオ放送(1978年より)
エンディング
その年の大賞受賞曲
【外部リンク】
公式サイト

【輝く!日本レコード大賞】

【放送局】
TBSラジオ
特記事項:
放送回数・時間・内容などはテレビと同一

日本レコード大賞』(にほんレコードたいしょう)は、スポーツ紙を含む各新聞社の記者が中心となって決定する、音楽に関する賞である。

略称は「レコ大」(レコたい)。主催は公益社団法人日本作曲家協会、後援はTBSである。TBSテレビTBSラジオが放送し、番組名は『輝く!日本レコード大賞』。

目次

  • 1 賞の審査
    • 1.1 審査委員
  • 2 沿革
    • 2.1 賞の創設
    • 2.2 草創期
    • 2.3 黄金期
    • 2.4 衰退期
    • 2.5 年別詳細
      • 2.5.1 ラジオ中継実況
      • 2.5.2 出演者補足
  • 3 各賞
    • 3.1 過去に存在した各賞
    • 3.2 歴代大賞受賞曲
    • 3.3 三冠達成者
    • 3.4 大賞の副賞変遷
  • 4 放送
    • 4.1 テレビでのネット局
    • 4.2 ラジオでのネット局
  • 5 批判
  • 6 LP
  • 7 脚注
  • 8 参考文献
  • 9 関連項目
  • 10 外部リンク

賞の審査

審査委員

詳細は「公式サイト」を参照

第56回(2014年)を例として掲載する(計23人)

沿革

賞の創設

戦後の日本の音楽界においては、ジャズ、ロカビリーなど米国由来の新しいジャンルが流れ込んできており、若者世代から熱狂的な支持を受けていた。一方で音楽界の主流を占めているのは戦前から続く歌謡曲で、大手のレコード会社が専属の作家に売れ筋の曲を書かせ、発売するという寡占状態が成立していた。結果、年配世代がレコードを通じて歌謡曲を、若者世代がコンサートを通じて新音楽をそれぞれ支持するという世代間の空白が生じていた。

1959年、古賀政男服部良一らの主導で、レコード会社所属の作曲家による親睦団体『日本作曲家協会』が設立される。古賀、服部らは、世代間のギャップを超えた「新しい日本の歌」を生み出すべく、ジャンルを問わずにその年の日本を代表する歌を選出するグランプリを開催することを目指す。範としたのは、前年に米国で始まったグラミー賞である。

しかし古賀らの動きは音楽界の主流派の非協力という形で抵抗を受ける。共催を申し込んだ社団法人日本蓄音機レコード文化協会(現・日本レコード協会)には断られ、レコード会社はビクター以外の協力は得られなかった。大手新聞社の音楽記者会は事態を警戒して初年度の審査への参加を留保して、テレビ各社はラジオ東京テレビ(現・TBS)のみが賛意を示した(これが縁で、レコード大賞の放送はTBSで行われている)。運営委員長を引き受けた古賀は参加者の不安を抑えるために私財を投げ打ってでも必ず実施すると宣言し、実際に赤字分を個人負担せざるを得なかった。

草創期

古賀の自腹によってどうにか開催された第1回レコード大賞で大賞を受賞したのは、ロカビリー系の『黒い花びら』、歌手は本作でデビューの水原弘、作詞は放送作家の永六輔、作曲はジャズ奏者として一世を風靡した中村八大という、主流の歌謡曲とはかけ離れた組み合わせであった。後に作詞家として大成した永は後年、第1回の大賞を権威ある作品ではなく全く無名人の作品にしたことを、「審査員の良識だったと思う」と述懐している。

以降も新ジャンルからの受賞が相次ぎ、受賞曲がヒット、受賞者が売れっ子のヒットメーカーになるにしたがって、日本の音楽界のボーダーレス化が進んでゆく。古賀らが立ち向かったレコード会社の専属作家制度は、1970年頃には姿を消した。初めの数年は賞自体の知名度が低く、放送時間は年末の昼間、会場も神田共立講堂など小規模の会場であった。

黄金期

1969年、第11回から番組の構成を一新する。大晦日の『NHK紅白歌合戦』が始まる前の19:00-21:00に本選を開催・生中継する様になり、カラーでの全国放送を開始、更に会場を帝国劇場に移し、司会には高橋圭三を起用した。更に伴奏にはビッグバンドと当時の常識ではあり得ない規模のストリング・オーケストラ(弦楽合奏団)、各種管打楽器(オーボエホルンティンパニなど)、それに合唱団が並び、長洲忠彦が永らく指揮者を務めた。

演出に力を注ぎ、更に国民的番組であった紅白歌合戦と時間帯が連続することにより、賞のネームバリューが上昇、視聴率も紅白と肩を並べるほどになる。

賞の権威は絶好調であったが、賞の創設に関わった服部良一は1974年ころ、権威の上昇と比例して賞の商業的な付加価値が高まり、レコード会社の賞とり合戦の過熱と作品の質よりも人気が先行する傾向が相乗し、更にこれが審査の不透明さを巡る黒い噂を生じさせていることを懸念していた。

衰退期

1980年代には台頭してきたニューミュージックを中心に音楽の権威に対する考え方の変化が起こり、賞レースに左右されない音楽活動をしたいことなどを理由に、受賞そのものを辞退する有力アーティストが増えるようになり、賞の権威は低下し始める。

第27回(1985年)から会場を日本武道館に移し、授賞式の華やかさを増すことでテコ入れを図るも視聴者離れの歯止めが効かず、第28回(1986年)で視聴率が30%を割り込む。

1989年、紅白歌合戦が放送開始時刻を19時台に引き上げることによって紅白が裏番組になり、視聴者を奪われると同時に歌手のやり繰りにも苦労するようになる。この年を境に視聴率は一気に20%を割り込む。

第32回(1990年)から大賞を「ポップスロック部門」と「歌謡曲演歌部門」に分割し、視聴者による電話投票の導入するなど打開策を講じたが、大賞のジャンル分けでレコード会社の認識との食い違いが生じるなど問題が生じ、また電話投票は組織票が問題視され、第35回(1993年)で廃止された。

第36回(1994年)では、大賞を受賞したMr.Childrenが欠席するという異例の事態になる。大賞受賞者が欠席したのはこの1回のみ。この年から会場がTBS放送センターに移る。

第46回(2004年)からは紅白歌合戦や『年忘れにっぽんの歌』の出演でNHKホール(渋谷区)や新宿コマ劇場(新宿区)とを移動する出演者への配慮で、会場を新国立劇場(渋谷区)に移した。

第47回(2005年)には視聴率が過去最低の10.0%を記録。常連だったスポンサーの多くが降板し、スポンサー枠自体が縮小されるに至った。第48回(2006年)から裏番組とのバッティングの弊害を解消すべく、開催日を1日繰り上げて12月30日に変更した。同時に放送時間を拡大し、過去の受賞曲で構成される事前番組が放送されるようになった。

年別詳細

1950年代 1959
1960年代 1960 - 1961 - 1962 - 1963 - 1964 - 1965 - 1966 - 1967 - 1968 - 1969
1970年代 1970 - 1971 - 1972 - 1973 - 1974 - 1975 - 1976 - 1977 - 1978 - 1979
1980年代 1980 - 1981 - 1982 - 1983 - 1984 - 1985 - 1986 - 1987 - 1988 - 1989
1990年代 1990 - 1991 - 1992 - 1993 - 1994 - 1995 - 1996 - 1997 - 1998 - 1999
2000年代 2000 - 2001 - 2002 - 2003 - 2004 - 2005 - 2006 - 2007 - 2008 - 2009
2010年代 2010 - 2011 - 2012 - 2013 - 2014 - 2015 - 2016 - 2017

「日本レコード大賞」各回の放送概要
【回】
【年】
【日】
【司会者】
【会場】
【平均視聴率】

【男性】
【女性】
【補助】

1 | 1959 | 12月27日 | 鶴田全夫 | 不在 | 不在 | 文京公会堂 | 記録なし
2 | 1960 | 12月30日 | 芥川隆行 | 神田共立講堂
3 | 1961 | 12月28日
4 | 1962 | 12月27日 | 日比谷公会堂 | 10.8%
5 | 1963 | 20.7%
6 | 1964 | 12月26日 | 14.6%
7 | 1965 | 12月25日 | 三木鮎郎 | 神田共立講堂 | 14.2%
8 | 1966 | 12月24日 | 日比谷公会堂 | 13.5%
9 | 1967 | 12月16日 | 渋谷公会堂 | 12.5%
10 | 1968 | 12月21日 | 10.3%
11 | 1969 | 12月31日 | 高橋圭三 | (浅丘ルリ子) | 帝国劇場 | 30.9%
12 | 1970 | (佐良直美) | (堺正章加藤茶) | 36.7%
13 | 1971 | 山本陽子 | (沢田雅美) | 36.3%
14 | 1972 | 森光子 | 46.5%
15 | 1973 | 玉置宏 | 44.1%
16 | 1974 | 小川哲哉 | 45.7%
17 | 1975 | 43.0%
18 | 1976 | 不在 | 41.9%
19 | 1977 | 高橋圭三
久米宏 | 黒柳徹子 | (小島一慶) | 50.8%
20 | 1978 | 不在 | 42.9%
21 | 1979 | 高橋圭三 | 檀ふみ | 43.3%
22 | 1980 | 高橋圭三
渡辺謙太郎 | 中田喜子 | 34.3%
23 | 1981 | 竹下景子 | 35.3%
24 | 1982 | 高橋圭三、児玉清 | (松宮一彦) | 31.3%
25 | 1983 | 高橋圭三 | 松宮一彦 | 32.7%
26 | 1984 | 森本毅郎 | 不在 | 30.4%
27 | 1985 | 倍賞美津子 | 日本武道館 | 31.4%
28 | 1986 | 竹下景子 | 29.8%
29 | 1987 | 関口宏 | 三雲孝江 | 29.4%
30 | 1988 | 21.7%
31 | 1989 | 板東英二 | 楠田枝里子 | 14.0%
32 | 1990 | 和田アキ子 | 12.5%
33 | 1991 | 布施明石田純一 | 黒柳徹子 | 山本文郎 | 14.7%
34 | 1992 | 神田正輝 | 15.1%
35 | 1993 | 宮本亜門 | 牧瀬里穂 | 13.3%
36 | 1994 | TBS放送センター | 15.3%
37 | 1995 | 西田敏行中山秀征 | 渡辺真理 | 不在 | 17.2%
38 | 1996 | 堺正章 | 飯島直子 | 雨宮塔子 | 16.6%
39 | 1997 | 草野満代 | 16.5%
40 | 1998 | 江角マキコ | 18.5%
41 | 1999 | 黒木瞳 | 進藤晶子 | 14.1%
42 | 2000 | 14.0%
43 | 2001 | 米倉涼子 | 安住紳一郎 | 小倉弘子 | 14.0%
44 | 2002 | 菊川怜 | 13.3%
45 | 2003 | 不在 | 12.7%
46 | 2004 | 伊東美咲 | 小林麻耶 | 新国立劇場中劇場 | 10.4%
47 | 2005 | 綾瀬はるか | 10.0%
48 | 2006 | 12月30日 | 蛯原友里
押切もえ | 17.0%
49 | 2007 | 16.8%
50 | 2008 | 上戸彩松下奈緒 | 16.9%
51 | 2009 | 藤原紀香 | 加藤シルビア
枡田絵理奈 | 13.5%
52 | 2010 | 15.0%
53 | 2011 | 14.9%
54 | 2012 | 安住紳一郎 | 新垣結衣 | 枡田絵理奈
吉田明世 | 16.6%
55 | 2013 | 上戸彩 | 17.6%
56 | 2014 | 仲間由紀恵 | 15.6%
57 | 2015 | 江藤愛、吉田明世 | 13.0%
58 | 2016 | 天海祐希 | 江藤愛、宇内梨沙 | 14.5%
59 | 2017 | 江藤愛、古谷有美 | 14.4%
  • 視聴率はビデオリサーチ調べ、関東地区・世帯・リアルタイム。赤数字は最高視聴率で、青数字は最低視聴率。
  • 第1回 - 第3回の視聴率はビデオリサーチ設立前につき記録なし。
  • 第4回 - 第44回の視聴率の出典は『全記録 テレビ視聴率50年戦争―そのとき一億人が感動した』134-135頁。
  • 通常アナウンサーは同授賞式では進行役となる事が一般だが第29・30回(1987・1988年)の三雲については進行役という扱いでなく男性司会と同等の位置付けがなされていたため、ここでは女性司会の欄に記載する事とする。
  • 19:00を境とした2部制で放送した年は、第2部の数値を示してある。

ラジオ中継実況

  • ? - 第40回(1998年):松宮一彦(TBSアナウンサー→フリーアナウンサー)
  • 第41回 - 第49回(1999年 - 2007年):小島一慶(元TBSアナウンサー)
  • 第50回 - 第53回(2008年 - 2011年):向井政生(TBSアナウンサー)
  • 第51回(2009年):新井麻希(当時TBSアナウンサー)
  • 第54回 - (2012年 - ):駒田健吾(TBSアナウンサー)

出演者補足

  • 司会者は第11回(1969年)から第25回(1983年)まで高橋が長く務めていたがその後は幾度か司会者が変更され、第38回(1996年)から第53回(2011年)までは堺が務めていた。アシスタントにはその年に最も輝いているタレントや女優、キャスター、その当時のTBSの最も人気のあるアナウンサーなどが選ばれている。また、最近は番組の途中で司会者全員衣装を変えるのが恒例となっている。審査会場や他のライブ会場からのリポート担当、曲ナレーションのみのために声だけ出演をするアナウンサーなども回によっては存在する。
  • ナレーションは第41回(1999年)から第51回(2009年)までケイ・グラントが担当しているが、第48回(2006年)のみ大塚明夫が担当した。第55回(2013年)からはジョン・カビラが担当。
  • 第11回(1969年)の浅丘と第12回(1970年)の佐良直美は厳密には「特別ゲスト」扱いとしての出演だが、実質的には高橋のアシスタント役的な役割を番組内では務めた。また第12回(1970年)の堺・加藤、第13・14回(1971・1972年)の沢田雅美、第24回(1982年)の松宮一彦アナ、第19回(1977年)の小島については観客へのインタビュー役を担当するための司会補佐として出演した。
  • 第19回(1977年)より高橋は授賞式の進行一切を統括する「総合司会」として別のMC席から式全般の進行統括、最優秀歌唱賞・大賞・最優秀新人賞等の受賞者発表等を行い、総合司会者の高橋の下に更に総合司会の下に「司会」としてもう1人の男性司会者と女性司会がコンビとなって歌手へのインタビュー、各部門賞受賞者発表等を行う形となっていた。なお、それ以外の年(第21・25回(1979・1983年))についてもMC席は高橋1人が常在し女性司会はインタビューなどのある際にその都度登場するパターンで授賞式が進行され、厳密には一般的な男女ペア形式での司会スタイルとは異なる形となっていた。

各賞

各賞受賞者には東郷青児作の楯が授与される(写真を参照)。

「日本レコード大賞」
対象年度に発売されたすべての邦楽シングルCDの中で「作曲編曲作詩を通じて芸術性、独創性、企画性が顕著な『作品』」、「優れた歌唱によって活かされた『作品』」、「大衆の強い支持を得た上、その年度を強く反映・代表したと認められた『作品』」、以上3点に該当する『1作品』に贈る。そのため、賞の授与対象は対象曲を歌唱した歌手に限らず作詞・作曲・編曲者・所属プロダクション・所属レコード会社が対象になる。審査対象は、「優秀作品賞」に選ばれた『作品』とする。
過去には副賞としてテレビ番組スポンサーの1社(自動車メーカー)から車が贈られた。
歴代最多の大賞受賞アーティストは、4回のEXILEである。
「最優秀歌唱賞」
対象年度内の作品を最も的確に表現し、さらに高めた『歌手』に贈る。審査対象は「金賞」に選ばれた作品の歌手としていたが、第50回(2008年)からは11月下旬から12月上旬にかけて行われる選考委員会で決定されることになった。
「優秀作品賞」 (旧名:金賞、ゴールド・ディスク賞)
大衆の強い支持を得て作品としても芸術性・独創性に優れ、その年度を反映したと認められた『作品』に贈る。「金賞」や「ゴールド・ディスク賞」という名称が使われていた時期もあったが、第50回(2008年)からは「優秀作品賞」に変更された。
最優秀新人賞
「新人賞」の中から最も優秀と認められた『歌手』に贈る。
「新人賞」
対象年度内に於いてデビュー(初めて芸能活動として歌う)し大衆に支持され、将来性を認められた『歌手』に贈る。
「作詩賞」「作曲賞」「編曲賞」
特に作詩・作曲・編曲の分野で独創的であると認められた『作品・作者』に贈る。作詞賞を「西条八十賞」、作曲賞を「中山晋平賞」としていた時期もある。
「企画賞」
独創的な企画意図をもって製作され、それによって成果を上げ大衆音楽に大きな貢献をした『作品』(ミュージックビデオを含む)に贈る。
「功労賞」
長年に亘りレコードやCDを中心とする音楽活動を展開し、日本音楽界に大きな貢献をした『者』に贈る。
「特別賞」
対象年度に於いて社会的に最も世の中を賑わせ注目された『人』、『楽曲』、『作品』、『現象』などに贈る。その他にも年によって特別な賞が設けられる場合がある。
「特別功労賞」
長年に亘り音楽活動・評論活動を展開し、音楽界に大きな貢献をした『故人』に贈る。
「日本作曲家協会選奨」
第48回(2006年)から「日本作曲家協会奨励賞」として新設された賞。日本作曲家協会が日本の心を伝え未来のある実力ある『歌手』に期待を込めて贈る賞。第56回(2014年)からは、魅力的な歌唱で大衆の支持を集めている『歌手』も受賞対象になると同時に、現在の賞名に変更。
「優秀アルバム賞」
対象年度に発売されたすべての邦楽アルバムCDの中で芸術性・独創性に優れ、その年度を強く反映・代表したと認められた『作品』に贈られる。
「最優秀アルバム賞」
優秀アルバム賞該当の中から最も優れた『作品』に贈られる。
「特別映画音楽賞」「特別歌謡音楽賞」
社会的に世の中を賑わせ、注目された『音楽作品(特別映画音楽賞は映画音楽作品)』・『人』に贈られる。第56回(2014年)から新設。

過去に存在した各賞

「童謡賞」
第1回(1959年)から第15回(1973年)まで子供向けの童謡アニメソングに与えられた賞だった。建前としてはレコード大賞を童謡が受賞した際には「歌謡曲賞」を設けることになっていたが、結局「歌謡曲賞」が設けられることはなかった。ザ・テンプターズの『おかあさん』がヒットした際には、同曲も「童謡賞」の対象にすべきかという議論があったという。第16回(1974年)にヤングアイドル賞の導入により廃止された。そのヤングアイドル賞も1回限りで廃止された。
「歌唱賞」
優れた歌唱によって活かされた作品に贈られる賞として定義され、文字通り歌手の歌唱力を評価したものである。作詩賞、作曲賞、編曲賞と共に第1回(1959年)から設けられた賞である。第11回(1969年)からは最優秀歌唱賞が設けられその候補としての位置付けとなり、さらに第19回(1977年)までは大賞の最有力候補としての位置付けでもあった(第17回(1975年)から第19回(1977年)までの3年間は大賞候補10組作品の中から歌唱賞5組作品が選出され、さらにその中から大賞と最優秀歌唱賞が決定された)。第20回(1978年)からは金賞の導入により廃止された。
「大衆賞」
第11回(1969年)から第19回(1977年)まで、大衆に支持された歌手や楽曲に与えられた賞だった。当初は歌唱賞と同様に大賞候補としての位置付けだったが、第17回(1975年)からは大賞候補の枠外の位置付けとなった。第47回(2005年)に1度だけ復活した。
「特別大衆賞」
1980年に引退した山口百恵のそれまでの実績を称え与えられた(第22回・1980年)。他に都はるみ(第26回・1984年)、中森明菜瀬川瑛子(ともに第29回・1987年)が受賞している。
「ゴールデン・アイドル賞」
第23回(1981年)から第25回(1983年)までデビュー2年目に顕著な活躍をした歌手に与えられた。
「ベストアルバム賞」「アルバム大賞」
対象年度に発売されたすべての邦楽アルバムCDの中で最も芸術性・独創性に優れ、その年度を強く反映・代表したと認められた作品に贈る。第50回(2008年)からは優秀アルバム賞・最優秀アルバム賞として復活。
「吉田正賞」
作曲家吉田正の偉大な業績を記念し伝統的な日本の歌を充実させ、前進させた作曲家に贈る。
「美空ひばりメモリアル選奨」
歌手・美空ひばり戦後日本の社会、歌謡史に残した偉大な業績を称え、それを記念するに相応しい豊かな魅力と力量を持った歌手に贈る。初めて制定された第31回(1989年)当初は「美空ひばり賞」だったが、第35回(1993年)に「美空ひばりメモリアル選奨」に変更、第42回(2000年)を以て最後となる。
「ロングセラー賞」
第21回(1979年)に新設された賞。その頃、金賞(現在の「優秀作品賞」)に選ばれていたのは、前年11月下旬 - 当年11月中旬に発売されたレコードに限られていたが、1979年には「夢追い酒」(渥美二郎)、「花街の母」(金田たつえ)、「みちづれ」(牧村三枝子)、「北国の春」(千昌夫)といった、発売されて数年経っている曲が立て続けに大ヒットしたため、この賞が新設された。その年の金賞の対象期間より前に発売され、その年に売上(通算)が100万枚に達したレコードに贈られていた。その後も「ロングセラー賞」は毎年選出されていたが、第25回(1983年)を最後に消滅。

歴代大賞受賞曲

【回数】
開催
放送年 【曲名】
【所属レコード会社】
【歌手】
【作詞】
【作曲】
【編曲】

第1回 | 1959年 | 黒い花びら | 東京芝浦電気 | 水原弘 | 永六輔 | 中村八大 | 中村八大
第2回 | 1960年 | 誰よりも君を愛す | 日本ビクター | 松尾和子
和田弘とマヒナスターズ | 川内康範 | 吉田正 | 和田弘
第3回 | 1961年 | 君恋し | 日本ビクター | フランク永井 | 時雨音羽 | 佐々紅華 | 寺岡真三
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
出典:wikipedia
2018/02/19 14:24

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