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日本とは?

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日本国
日本国



(国旗) | (国章(慣例上))
国の標語:特に無し
国歌:君が代
公用語
日本語(事実上)
首都
東京都(事実上)
【最大の都市】
東京特別区(23区を一つの自治体と見なす場合)
政府
天皇
明仁
(125代目:今上天皇)
内閣総理大臣
安倍晋三(第98代内閣総理大臣)
面積
【総計】
377,972.28km(62位)
【水面積率】
0.8%
人口
【総計(2017年)】
1億2667万人(11位)
人口密度
340.8人/km
GDP(自国通貨表示)
【合計(2018年)】
名目520兆9,762億
GDP (MER)
【合計(2018年)】
4兆8410億ドル(3位)
GDP (PPP)
【合計(2018年)】
5兆4200億ドル(4位)
【1人あたり】
44,246ドル

建国
諸説あり(日本神話による初代天皇即位の日をグレゴリオ暦に換算すると前660年2月11日)。
通貨
(JPY)
時間帯
UTC +9(DST:なし)
ISO 3166-1
JP / JPN
ccTLD
.jp
国際電話番号
81
  1. ^ 現在も使用されている日本の国璽(国家の表徴として押す印章)には「大日本國璽」(大日本国)と"大"が冠されている。
  2. ^ 日本の公用語を日本語と定める法令は存在しない。詳しくは日本#言語および日本語#分布を参照。
  3. ^ 日本の首都を東京都と定める法令は現存しない。詳しくは日本の首都を参照。
  4. ^ 東京都にある特別区の集合体は地方自治法による地方公共団体ではない。
  5. ^ 平成27年国勢調査人口速報統計 結果の概要”. 総務省統計局. 2016年4月27日閲覧。
  6. ^ >Data and Statistics>World Economic Outlook Databases>By Countrise>Japan
  7. ^ #建国をめぐる議論の節も参照。

日本国(にっぽんこく、にほんこく)、または日本(にっぽん、にほん)は、東アジアに位置する日本列島(北海道本州四国九州の主要四島およびそれに付随する島々)及び、南西諸島伊豆諸島小笠原諸島などから成る島国

目次

  • 1 国号
    • 1.1 日本語の表現
      • 1.1.1 発音
      • 1.1.2 別称
    • 1.2 その他の言語
    • 1.3 国号の由来
      • 1.3.1 概説
      • 1.3.2 詳細
  • 2 歴史
    • 2.1 日本の黎明
    • 2.2 律令国家の成立と貴族政治の展開
    • 2.3 武家政権の時代
    • 2.4 明治維新と近代日本の展開
    • 2.5 現代
    • 2.6 建国をめぐる議論
  • 3 地理
    • 3.1 地勢
    • 3.2 気候・動植物
    • 3.3 環境問題
    • 3.4 地域区分
      • 3.4.1 都市
  • 4 法・政治
    • 4.1 日本国憲法
    • 4.2 天皇・皇室
    • 4.3 国政
    • 4.4 地方政治
    • 4.5 法制
    • 4.6 報道の自由
    • 4.7 外交・国際関係
      • 4.7.1 国際連合
      • 4.7.2 東アジア
      • 4.7.3 東南アジア
      • 4.7.4 アメリカ合衆国
      • 4.7.5 オセアニア
      • 4.7.6 ロシア・中央アジア諸国
      • 4.7.7 南アジア・西アジア
      • 4.7.8 ヨーロッパ
      • 4.7.9 中央・南アメリカ
      • 4.7.10 アフリカ
      • 4.7.11 BBC国際世論調査
      • 4.7.12 領土問題等
      • 4.7.13 渡航する日本人
  • 5 治安維持
    • 5.1 対内
    • 5.2 対外
      • 5.2.1 要員・装備・予算
      • 5.2.2 情勢・脅威
  • 6 経済・産業・交通
    • 6.1 規模・位置
    • 6.2 経済史
    • 6.3 農林水産業
    • 6.4 鉱工業
    • 6.5 通商・金融
    • 6.6 交通
    • 6.7 マスメディア
  • 7 文化
    • 7.1 被服
    • 7.2 食
      • 7.2.1 食品
      • 7.2.2 料理
      • 7.2.3 栄養
      • 7.2.4 作法
      • 7.2.5 道具
    • 7.3 建築
  • 8 社会
    • 8.1 社会保障
    • 8.2 保健
    • 8.3 少子高齢化
    • 8.4 自殺
  • 9 教育・科学・技術
    • 9.1 教育段階
    • 9.2 生涯学習・教育訓練
    • 9.3 テクノロジー
  • 10 国民
    • 10.1 人口
    • 10.2 地域別人口分布
    • 10.3 民族・国籍
      • 10.3.1 外国人・帰化人
      • 10.3.2 起源
    • 10.4 言語
  • 11 脚注
  • 12 参考文献
  • 13 関連項目
  • 14 外部リンク

国号

日本の富士山から昇る日の出
韓国併合ニ関スル条約」に関する李完用への全権委任状。文中に「大日本國」「大日本帝國」と書かれている。
日本国旅券。国名として「日本国」および「JAPAN」の文字が記されている。

「日本」という漢字による国号の表記は、日本列島が中国大陸から見て東の果て、つまり「日の本(ひのもと)」に位置することに由来するのではないかとされる。近代の二つの憲法の表題は、「日本国憲法」および「大日本帝国憲法」であるが、国号を「日本国」または「日本」と直接かつ明確に規定した法令は存在しない。ただし、日本工業規格 (Japanese Industrial Standard) では日本国、英語表記をJapanと規定。更に、国際規格 (ISO) では3文字略号をJPN、2文字略号をJPと規定している。また、日本国外務省から発給される旅券の表紙には「日本国」の表記と十六一重表菊 を提示している。法令で日本を指し示す表記には統一されておらず日本、日本国、本邦、わが国、などが混在している。

日本語の表現

発音

にっぽん」、「にほん」と読まれる。どちらも多く用いられているため、日本政府は正式な読み方をどちらか一方には定めておらず、どちらの読みでも良いとしている。

7世紀の後半の国際関係から生じた「日本」国号は、当時の国際的な読み(音読)で「ニッポン」(呉音)ないし「ジッポン」(漢音)と読まれたものと推測される。いつ「ニホン」の読みが始まったか定かでない。仮名表記では「にほん」と表記された。平安時代には「ひのもと」とも和訓されるようになった。

室町時代の謡曲・狂言は、中国人に「ニッポン」と読ませ、日本人に「ニホン」と読ませている。安土桃山時代にポルトガル人が編纂した『日葡辞書』や『日本小文典』等には、「ニッポン」「ニホン」「ジッポン」の読みが見られ、その用例から判断すると、改まった場面・強調したい場合に「ニッポン」が使われ、日常の場面で「ニホン」が使われていた。このことから小池清治は、中世の日本人が中国語的な語感のある「ジッポン」を使用したのは、中国人・西洋人など対外的な場面に限定されていて、日常だと「ニッポン」「ニホン」が用いられていたのでは、と推測している。なお、現在に伝わっていない「ジッポン」音については、その他の言語も参照。

近代以降も「ニッポン」「ニホン」両方使用される中、1934年には文部省臨時国語調査会が「にっぽん」に統一して外国語表記もJapanを廃してNipponを使用するという案を示したこともあったが、不完全に終わった。同年、日本放送協会(NHK)は「放送上、国号としては『にっぽん』を第一の読み方とし、『にほん』を第二の読み方とする」旨の決定をした。

その後現在も両方使用されており、2009年6月30日に政府は、「『にっぽん』『にほん』という読み方については、いずれも広く通用しており、どちらか一方に統一する必要はない」とする答弁書を閣議決定している。

現在、通商や交流の点で自国外と関連のある紙幣切手などには「NIPPON」と描かれ(紙幣発券者も「にっぽんぎんこう」である)ているほか、NHK、日本テレビニッポン放送日本武道館全日本空輸近畿日本鉄道西日本鉄道日本体育大学日本郵便NEXCO東日本NEXCO中日本NEXCO西日本日本電気日本電信電話日本郵船日本通運NTT東日本NTT西日本などで「NIPPON」(にっぽん)表記を用いる一方、「NIHON」(にほん)表記を用いる例は、日本大学日本航空日本経済新聞日本たばこ産業JR東日本JR西日本日本ユニシス日本相撲協会日本交通日本オリンピック委員会NTT東日本、などがある。日本経済新聞が2016年に行った調査によると、社名に「日本」が含まれる上場企業の読み方は、「にほん」が60%、「にっぽん」が40%であり、「にっぽん」と読ませる企業の比率が増加傾向にあった。テレビ番組名では「にっぽん」が使われることが多くなってきている。なお、日本国憲法の読みについて、内閣法制局は、読み方について特に規定がなく、どちらでもよいとしている。憲法制定の際、読みについての議論で担当の金森徳次郎国務大臣は「ニホン、ニッポン両様の読み方がともに使われることは、通念として認められている」と述べており、どちらかにはされなかった。

日本のオリンピック選手団は入場行進時のプラカード表記を英語表記の『JAPAN』としているが、1912年の初参加となったストックホルムオリンピック選手団のみ『NIPPON』の表記を使っていた。

東京と大阪にある橋の名称と地名になっている日本橋は、東京(及び旧江戸)の日本橋は"にほんばし"、大阪の日本橋は"にっぽんばし"とそれぞれ読む。

日本の政党名における読みは、次のとおり(国会に複数の議席を有したことのある政党)。

「ニッポン」
「ニホン」

天皇(平成)は、一貫して「にほん」と読んでいる。

別称

古くから多様である。

和語
  • あきつしま - 「秋津(あきつ)」は、「とんぼ」の意。孝安天皇の都の名「室秋津島宮」に由来するとされる。
    • 「秋津島」
    • 「大倭豊秋津島」(『古事記』本州の別名として)
    • 「大日本豊秋津洲」(『日本書紀』神代)
  • あしはらなかつくに - 「葦原」は、豊穣な地を表すとも、かつての一地名とも言われる。
    • 葦原中国」(あしはらのなかつくに)(『古事記』、『日本書紀』神代)
    • 「豊葦原(とよあしはら)」
    • 「豊葦原之千秋長五百秋之水穂国(とよあしはらのちあきながいほあきのみずほのくに)」(『古事記』)
    • 「豊葦原千五百秋瑞穂国(とよあしはらのちいほあきのみずほのくに)」(『日本書紀』神代)
  • うらやすのくに - 心安(うらやす)の国の意。
    • 「浦安国」(日本書紀・神武記)
  • おおやしま - 国生み神話で、最初に創造された八個の島で構成される国の意。古事記では順に淡路島:四国:隠岐:九州:壱岐:対馬:佐渡:本州。
    • 「大八島」「太八島」
    • 「大八洲」(『養老令』)
    • 「大八洲国」(『日本書紀』神代)
  • くわしほこちたるくに - 精巧な武器が備わっている国の意。
    • 「細矛千足国」(日本書紀・神武記)
  • しきしま - 「しきしま」は、欽明天皇の都「磯城島金刺宮」に由来するとされる。
    • 「師木島」(『古事記』)
    • 「磯城島」「志貴島」(『万葉集』)
    • 「敷島」
  • たまかきうちのくに
    • 「玉牆内国」(日本書紀・神武記)
    • 「玉垣内国」(『神皇正統記』)
  • ひのいづるところ - 遣隋使が煬帝へ送った国書にある「日出處」を訓読したもの
    • 「日出処」(隋書)
  • ひのもと - 雅語でこう読むこともある。
  • ほつまのくに
    • 「磯輪上秀真国(しわかみの:ほつまのくに)」(日本書紀・神武記)
  • みづほのくに - みずみずしい稲穂の実る国の意。
  • やまと - 大和国(奈良県)を特に指すとともに日本全体の意味にも使われる。『古事記』や『日本書紀』では「倭」「日本」として表記されている。魏志倭人伝等の中国史書では日本(ヤマト)は「邪馬臺」国と借音で表記されている。また『日本書紀』では「夜摩苔」とも表記されている。「日本」の国号が成立する前、日本列島には、中国の王朝から「倭国」・「倭」と称される国家ないし民族があった。『日本書紀』は、「ヤマト」の勢力が中心に倭を統一した古代の日本では、漢字の流入と共に「倭」を借字として「ヤマト」と読むようになり、時間と共に「倭」が「大倭」になり「大和」へと変化していく。その後に更に「大和」を「日本」に変更し、これを「ヤマト」と読んだとする が、『旧唐書』など、これを疑う立場もある。
漢語
「倭」「倭国」「大倭国(大和国)」「倭奴国」「倭人国」の他、扶桑蓬莱伝説に準えた「扶桑」、「蓬莱」などの雅称があるが、雅称としては特に瀛州(えいしゅう)・東瀛(とうえい)と記される。このほかにも、「東海姫氏国」「東海女国」「女子国」「君子国」「若木国」「日域」「日東」「日下」「烏卯国」「阿母郷」(阿母山・波母郷・波母山)などがあった。
「皇朝」は、もともと中原の天子の王朝をさす漢語だが、日本で天皇の王朝をさす漢文的表現として使われ、国学者はこれを「すめみかど」ないし「すめらみかど」などと訓読した。「神国」「皇国」「神州」「天朝」「天子国」などは雅語(美称)たる「皇朝」の言い替えであって、国名や国号の類でない。「本朝」も「我が国」といった意味であって国名でない。江戸時代儒学者などは、日本を指して「中華」「中原」「中朝」「中域」「中国」などと書くことがあったが、これも国名でない。「大日本」と大を付けるのは、国名の前に大・皇・有・聖などの字を付けて天子の王朝であることを示す中国の習慣から来ている。ただし、「おおやまと」と読む場合、古称の一つである。「帝国」はもともと「神国、皇国、神州」と同義だったが、近代以後、"empire"の訳語として使われている。大日本帝国憲法の後、「大日本帝国」の他、「日本」「日本国」「日本帝国」「大日本」「大日本国」などといった表記が用いられた。戦後の国号としては「日本国」が専ら用いられる。
倭漢通用
江戸初期の神道家である出口延佳と山本広足が著した『日本書紀神代講述鈔』 に、倭漢通用の国称が掲載されている。
  • 「倭国」
  • 「和面国」
  • 「和人国」
  • 「野馬台国」、「耶摩堆」
  • 氏国」、「女王国」
  • 「扶桑国」
  • 「君子国」
  • 「日本国」

その他の言語

en:Names of Japan」も参照
英語での公式な表記は、Japan(ジャパン)。形容詞はJapanese(ジャパニーズ)。略記は、JPNが用いられる。JAP(ジャップ)は、侮蔑的な意味があるので注意が必要である。Nippon(ニッポン)が用いられる例も見られ、具体的には、UPU等によるローマ字表記(1965年以降)、郵便切手日本銀行券などでNippon表記を用いている。略称は、NPNが用いられる。
その他、各国語で日本を意味する固有名詞は、アン チャパイン(: an tSeapáin)、ヤーパン(: Japan)、ジャポン(: Japon)、ヤパン(: Japan)、ハポン(西: Japón)、ジャッポーネ(: Giappone)、ヤポニヤ(: Japonia)、ヤポーニヤ/イポーニヤ(: Япония)、イープン(: ญี่ปุ่น)など、特定の時期に特定の地域の中国語で「日本国」を発音した「ジーパングォ」を写し取った(日本語読みの「ジッポン」に由来するとの説もある)、ジパング (Xipangu/Zipang/Zipangu) ないしジャパング (Japangu) を語源とすると考えられる。
漢字文化圏においては、ジーペン(: Rìběn;日本)、イルボン(: 일본;日本)、ニャッバーン(: Nhật Bản;日本) など、「日本」をそのまま自国語の発音で読んでいる。
欧州発行の古地図上での表記
  • 「IAPAM」1560年頃
  • 「IAPAN」1567年頃
  • 「IAPAM」1568年頃
  • 「JAPAN」発行年不明
  • 「IAPONIAE」1595年
  • 「IAPONIA」1595年
  • 「IAPONIÆ」1595年
  • 「IAPONIA」1598年
  • 「IAPONIA」1598年
  • 「IAPAO」1628年
  • 「Iapan」1632年
  • 「IAPONIA」1655年
  • 「IAPON」発行年不明
  • 「Iapan」1657年
  • 「IAPONIA」1660年頃
  • 「NIPHON」1694年頃
  • 「JAPAM」1628年
  • 「YAPAN」1628年
  • 「IAPON」17世紀
  • 「IMPERIUM IAPONICUM」18世紀初
  • 「IMPERIUM IAPONICUM」1710年頃
  • 「IAPONIA」18世紀初
  • 「IAPON」1720-30年
  • 「IMPERIVM JAPONICVM」1727年
  • 「HET KONINKRYK JAPAN」1730年頃
  • 「JAPANIÆ REGNVM」1739年

国号の由来

概説

日本では、大和政権が統一以降に自国を「ヤマト」と称していたようであるが、古くから中国朝鮮は日本を「」と呼んできた。石上神宮七支刀の銘や、中国の歴史書(『前漢書』『三国志』『後漢書』『宋書』『隋書』など)や、高句麗広開土王碑文も、すべて倭、倭国、倭人、倭王、倭賊などと記している。そこで大和の代表者も、外交時には(5世紀の「倭の五王」のように)国書に「倭国王」と記すようになった。

しかし中国との国交が約120年に渡って中絶した後、7世紀初期に再開された時には、『日本書紀』では「東の天皇が敬いて西の皇帝に白す」、『隋書』には「日出ずる処の天子、書を日没する処の天子に致す。恙無しや」とする国書を日本側が渡した記述があり、従来のように倭と称する事を避けている。中国側では『旧唐書』の「東夷伝」に初めて日本の名称が登場し、「日本国は倭国の別種なり。其の国、日の辺に在るを以ての故に、日本を以て名と為す」「或いは曰く、倭国自ら其の名の雅ならざるを悪(にく)み、改めて日本と為す」「或いは曰く、日本は旧(もと)小国、倭国の地を併す」のように、倭が名称を日本に変えた理由を説明している。また、『新唐書』においては「国日出ずる所に近し、以に名をなす」とあり、隋書の「日出処天子」と共通している。

この7世紀には、遣隋使に続いて遣唐使がしばしば派遣されているが、いつから「倭」に変えて「日本」を国号と変えたのかは明らかでない。使者の毎回の交渉について詳しく記述している『日本書紀』も、8世紀に国号としての日本が確立した後の書物であり、原資料にあった可能性のある「倭」の字を、国号に関する限りすべて「日本」と改めている。それ以外の文献では、733年(天平5年)に書かれた『海外国記』の逸文で、664年(天智3年)に太宰府へ来た唐の使者に「日本鎮西筑紫大将軍牒」とある書を与えたというが、真偽は不明である。結局確かなのは『続日本紀』における記述であり、702年(大宝2年)に32年ぶりで唐を訪れた遣唐使は、唐側が「大倭国」の使者として扱ったのに対し、「日本国使」と主張したという。『旧唐書』の「東夷伝」の記事も、この日本側の説明に基づいているようである。

詳細

『日本書紀』では日本の初代天皇の神武天皇は神日本磐余彦尊(かむやまといわれひこのみこと)と言われ、饒速日命は「虚空見つ日本の国」と日本を呼んだ。

新羅本紀』では「670年、倭国が国号を日本と改めた」とされている。「倭」と「日本」の関係について、『日本書紀』によれば、「ヤマト」の勢力が中心に倭を統一した古代の日本では、漢字の流入と共に「倭」を借字として「ヤマト」と読むようになり、やがて、その「ヤマト」に当てる漢字を「倭」から「日本」に変更し、当初はこれを「ヤマト」と読んだとする。

「日本」という国号の表記が定着した時期は、7世紀後半から8世紀初頭までの間と考えられる。この頃の東アジアは、618年に成立したが勢力を拡大し、周辺諸国に強い影響を及ぼしていた。斉明天皇は658年臣の阿倍比羅夫に、外国である粛慎(樺太)征伐を命じている。663年の白村江の戦いでの倭国軍の敗戦により、唐は使者を倭国に遣わし、唐と倭国の戦後処理を行っていく過程で、倭国側には唐との対等関係を目指した律令国家に変革していく必要性が生じた。これらの情勢を契機として、668年には天智天皇が日本で最初の律令である近江朝廷之令(近江令)を制定した。そして672年の壬申の乱を経て強い権力を握った天武天皇は、天皇を中心とする体制の構築を更に進め、689年の飛鳥浄御原令から701年(大宝元年)の大宝律令の制定へと至る過程において国号の表記としての「日本」は誕生したと考えられる。

具体的な成立の時点は、史料によって特定されていない。ただし、それを推定する見解は2説に絞られる。

(1) 第一説は、天武天皇の治世(672年 - 686年)に成立したとする説である。これは、この治世に「天皇」の号および表記が成立したと同時期に「日本」という表記も成立したとする見解である。例えば吉田孝は、689年の飛鳥浄御原令で「天皇」表記と「日本」表記と両方が定められたと推測する。

(2) もう一説は、701年(大宝元年)の大宝律令の成立の前後に「日本」表記が成立したとする説である。例えば神野志隆光は、大宝令公式令詔書式で「日本」表記が定められたとしている。ただし、『日本書紀』の大化元年(645年)七月条には、高句麗・百済からの使者への詔には「明神御宇日本天皇」とあるが、今日これは、後に定められた大宝律令公式令を元に、『日本書紀』(720年(養老4年)成立)の編者が潤色を加えたものと考えられている。

8世紀前半の唐で成立した『唐暦』には、702年(大宝2年)に「日本国」からの遣使(遣唐使)があったと記されている。後代に成立した『旧唐書』、『新唐書』 にも、この時の遣唐使によって「日本」という新国号が唐(武則天、大周)へ伝えられたとの記述がある。両書とも「日の出の地に近いことが国号の由来である」とする。国号の変更理由については「雅でない倭国の名を嫌ったからだ」という日本国側からの説明を記載するものの、倭国と日本国との関係については、単なる国号の変更ではない可能性について言及している。すなわち、『旧唐書』は「小国だった日本が倭国を併合した」とし、『新唐書』は、日本の使者は「倭が国号を日本に変えたとか、倭が日本を併合し国号を奪った」と言っているが疑わしいとしており、同書でも、日本は、隋の開皇末(600年頃)に初めて中国と通じた国であり、古くから交流のあった倭国とは別と捉えられている。また、日本の王の姓は阿毎氏であること、筑紫城にいた神武が大和を征服し天皇となったことなどが記載されている。いずれにせよ、これらの記述により、702年に初めて「日本」国号が唐によって承認されたことが確認できる。

これまでに発見されている「日本」国号が記された最古の実物史料は、開元22年(734年、日本:天平6年)銘の井真成墓誌である。但し2011年7月、祢軍という名の百済人武将の墓誌に「日本」の文字が見つかったという論文が中国で発表された。墓誌は678年制作と考えられており、もしこれが事実であるならば日本という国号の成立は従来説から、さらに遡ることになる。

旧唐書』・『新唐書』等を理由として「日本」国号は、日本列島を東方に見るという中国大陸からの視点に立った呼称であるとする説がある。平安時代初期に成立した『弘仁私記』序にて、日本国が中国に対して「日の本」、つまり東方に所在することが日本の由来であると説明され、平安時代に数度に渡って行われた『日本書紀』の講読の様子を記す『日本書紀私記』諸本においても中国の視点により名付けられたとする説が採られている。

『隋書』東夷伝に、倭王が皇帝への国書に「日出ずる処の天子」と自称したとあり、このときの「日出ずる処」という語句が「日本」国号の淵源となったとする主張もある。しかし、「日出ずる処」について、仏典『大智度論』に東方の別表現である旨の記述があるため、現在、単に文飾に過ぎないとする指摘もある。

歴史

日本の歴史」も参照
日本の歴史


旧石器時代 | – 紀元前14000年頃
縄文時代 | 前14000年頃 – 前4世紀
弥生時代 | 前4世紀(前10世紀) – 後3世紀中頃
古墳時代 | 3世紀中頃 – 7世紀頃
大和時代 | 前660年? – 710年
飛鳥時代 | 0592年 – 0710年
奈良時代 | 0710年 – 0794年
平安時代 | 0794年 – 1185年
鎌倉時代 | 1185年 – 1333年
建武の新政 | 1333年 – 1336年
室町時代 | 1336年 – 1573年
南北朝時代 | 1336年 – 1392年
戦国時代 | 1467年(1493年)– 1590年
安土桃山時代 | 1573年 – 1603年
江戸時代 | 1603年 – 1868年
幕末 | 1853年 – 1868年
明治時代 | 1868年 – 1912年
大正時代 | 1912年 – 1926年
昭和時代 | 1926年 – 1989年
連合国軍占領下 | 1945年 – 1952年
平成時代 | 1989年 – 2019年(予定)

Category:日本のテーマ史

通常、日本の歴史は、日本列島における歴史と同一視される。しかし、厳密な「日本」の成立は、国号にあるように7世紀後期であり、それまでは「倭国」と呼び記されていた。この倭国がどのような地理的範囲あるいは系統的範囲をもつ集団であるかについては史料に明確にされておらず、多くの学術上の仮説が提出されている。倭国と日本国との関係は諸説あり、「日本の歴史」と「日本列島の歴史」とを明確に区別して捉えるべきとする考えも示されている。

時代の区分は、考古学上のものと歴史学上のものとがある。

(1) 考古学上は、旧石器時代(先土器時代)、縄文時代弥生時代、歴史時代、とするのが一般的である。

一方、(2) 歴史学上は、古代(古墳時代から・飛鳥時代奈良時代・平安時代)、中世(鎌倉時代室町時代戦国時代)、近世(安土桃山時代・江戸時代)、近代(明治維新から1945年8月14日まで)および現代(1945年8月15日以降)の五分法が通説である。

日本の黎明

日本列島における人類の歴史は、次第に人が住み始めた約10万年前以前ないし約3.5万年前に始まったとされる。当時の日本列島は、アジア大陸と陸続きで、西方の華北や北方のシベリアとの文化交流も見られた。約3万年前には朝鮮半島と海峡で隔たり、約1万2千年前の前後に最終氷期が終わると6千年前頃まで100m以上の海進が進んだ(

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出典:wikipedia
2018/05/26 13:06

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