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日立市とは?

 | 

日立市旗 | 日立市章

【国】
日本
【地方】
関東地方
【都道府県】
茨城県
団体コード
08202-3
法人番号
4000020082023
【面積】
225.78km

【総人口】
178,658[編集]
(推計人口、2018年10月1日)
人口密度
791人/km
【隣接自治体】
高萩市常陸太田市那珂市那珂郡東海村
【市の木】
ケヤキ
【市の花】
サクラ
【市の鳥、魚】
ウミウ
サクラダコ
日立市役所

【市長】
小川春樹
【所在地】
317-8601
茨城県日立市助川町1丁目1番1号
北緯36度35分56.9秒
東経140度39分5.4秒
座標: 北緯36度35分56.9秒 東経140度39分5.4秒

【外部リンク】
日立市役所

― 市 / ― 町・村



【特記事項】
NTT市外局番:0294(市内全域)
ウィキプロジェクト

日立市(ひたちし)は、茨城県の北東部にある太平洋に臨む。市域の大半は旧多賀郡で一部は久慈郡である。総合電機メーカー・日立製作所の創業の地として知られる。

目次

  • 1 概要
    • 1.1 市名の由来
  • 2 地理
    • 2.1 気候
    • 2.2 隣接する自治体
  • 3 歴史
    • 3.1 古代
    • 3.2 戦国時代から戊辰戦争終結まで
    • 3.3 戊辰戦争終結から第二次大戦終結まで
    • 3.4 第二次大戦後
    • 3.5 行政区域変遷
  • 4 人口
  • 5 行政
    • 5.1 歴代市長
    • 5.2 広域事務
    • 5.3 日立市天気相談所
  • 6 議会
    • 6.1 衆議院
    • 6.2 茨城県議会
    • 6.3 市議会
      • 6.3.1 会派構成
  • 7 産業
    • 7.1 企業城下町
    • 7.2 鉱業地帯
    • 7.3 自動車の輸出入
    • 7.4 漁業
  • 8 教育施設
    • 8.1 大学
    • 8.2 高等学校
    • 8.3 中学校
    • 8.4 小学校
    • 8.5 特別支援学校
  • 9 金融機関
  • 10 交通
    • 10.1 鉄道
    • 10.2 路線バス
    • 10.3 高速バス
    • 10.4 空港バス
    • 10.5 道路
    • 10.6 交通事情
    • 10.7 港湾
  • 11 姉妹都市・提携都市
  • 12 観光地・祭事・施設
    • 12.1 観光地・施設
    • 12.2 祭、郷土芸能
    • 12.3 スポーツ
  • 13 出身有名人
  • 14 脚注
    • 14.1 注釈
    • 14.2 出典
  • 15 参考文献
  • 16 関連項目
  • 17 外部リンク

概要

日立鉱山から発展した鉱工業都市である。1905年(明治38年)、江戸時代から採掘されていた日立村の赤沢銅山を久原房之助が買収し、村名にちなんで日立鉱山に改名、久原鉱業所(現在のJX金属)を創業して以来の企業城下町として後年はその機械部門が分離・独立した日立製作所日立グループの企業城下町となるが、現在の日立グループの本拠は東京に所在している。他に、日立市と同様に鉱山町から企業城下町になった地域としては愛媛県新居浜市(別子銅山住友グループ)が代表的である。

7世紀国造の時代から、現日立市の中心部は助川(すけがわ)という地名だったが、1939年(昭和14年)9月1日助川町が日立鉱山を擁する日立町新設合併して市制を敷く際に日立市となった。1939年以後、都市名と企業名の混同を避けるために、日立市民は都市名を『日立(ひたち)』と呼び、日立製作所を『日製(にっせい)』と呼んで区別している(日製の略称はかつての日製商事=現在の日立ハイテクノロジーズなど日立グループでも用いられる)。

戦後の一時期、人口は県庁所在地の水戸市を上回っていたことがあるが近年は日立グループの再編などによって人口が減少し、十王町の編入にも関わらず、最盛期には21万人を数えていた人口も20万人を割り、現在はつくば市に抜かれ、県内3位となった。人口の半数近くは日立製作所関連の職員である。

市名の由来

1939年(昭和14年)に、旧日立町と旧助川町が対等合併して日立市となるが、対等な立場からどちらかの町名を使うわけにいかず、日立鉱山が調停案として新市名に「常陸市」を提案するも協議不調になり、新市名は茨城県に一任されることとなった。すると県は、すでに日立鉱山と日立製作所が全国的に知られていることを理由に、新市名を日立市に決定した。茨城県の新市名決定により、その理由が旧日立町からとられたものではなかったことから、市の中心地にあたる旧助川町にも受け入れた。 日立製作所(およびその母体である日本鉱業)の成立以前から「日立村」という自治体は存在していたが、「日立」の地名は、神峰山を登山した徳川光圀によって名付けられたとされるのが定説になっており、明治の大合併で成立した旧日立村(のちに町制を施行して日立町となる)は、この光圀の言い伝えにちなんで名づけられたとされる。

地理

関東平野久慈川(日立市と東海村の境)で北端となるため、東側の太平洋と西側の多賀山地に挟まれ、南北に細長く可住地が伸びている。可住地の多くは、日立製作所およびその関連企業の施設が占めているため、山間地を切り開いて造成した住宅地が多い。

1980年(昭和55年)撮影の日立市中心部海岸線沿い一帯の空中写真。この画像は左側が南方角、右側が北方角である。
1980年撮影の9枚を合成作成。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成。
玉簾の滝
平和通りのサクラ並木

可住地は大半が海岸段丘扇状地であるため、水の便が悪い所が多い。河口付近までになっているものが多い。昔は、の上流からかけどいと呼ばれる水道橋を作って用水を確保していた地域もある。また、扇状地の末端部分では泉が森のように地下水が湧き出しとなっているところもある。

南北に大きく伸びた海岸線を持つことから、市内には6箇所の海水浴場を持つ。名勝として、玉簾の滝(たまだれのたき)や諏訪梅林(すわばいりん)などがある。市内各地にの木が多く見られ、「日本さくら名所100選」にも選ばれている(かみね公園・平和通り)。

市北西部の日立鉱山には1914年(大正3年)に煙害対策として当時世界一の高さ155.7mの大煙突(だいえんとつ)が建てられ、鉱工業都市日立のシンボルとして長く親しまれた。これをモデルにした小説として、新田次郎の「ある町の高い煙突」がある。大煙突は、1993年(平成5年2月19日、この日に吹いた強風と老朽化の影響で倒壊し、現在は高さ54mとなっている。

総じて、常磐線の駅を目安に各地区が形成されており、大甕(おおみか)・多賀(たが)・助川(すけがわ)・小木津(おぎつ)・十王(じゅうおう)の国道6号沿線と、中里(なかざと)の国道349号沿線に分けられる。中里地区は、同じ国道349号沿線の常陸太田市との交流が多い。

なお、多賀山地の各所に露出する日立変成岩は5億年以上前のカンブリア紀のもので、日本最古の地層とされる。このことからこの地域が、昔ゴンドワナ大陸の東にあった火山島で、日本列島の始まりの地ではないかとも考えられている。

カンブリア紀の変成花崗岩でできた小木津不動滝

気候

太平洋阿武隈高地に挟まれているため、茨城県では北に位置しているにもかかわらず気候は比較的温暖であり、同じ茨城県内の大洗鹿嶋よりも、福島県浜通り南部の小名浜広野に近似する気候である。1月の平均気温は4.4℃と、茨城県中部の水戸や南部の土浦千葉県北西部の我孫子よりも高い。また、夏もさほど気温が高くならない。

日立(標高 34 m)の気候
【月】
【1月】
【2月】
【3月】
【4月】
【5月】
【6月】
【7月】
【8月】
【9月】
【10月】
【11月】
12月 年
最高気温記録 °C (°F) 17.2
(63) | 23.2
(73.8) | 25.0
(77) | 29.1
(84.4) | 30.6
(87.1) | 33.6
(92.5) | 37.4
(99.3) | 36.3
(97.3) | 35.8
(96.4) | 32.5
(90.5) | 24.9
(76.8) | 24.7
(76.5) | 37.4
(99.3)
平均最高気温 °C (°F) 9.0
(48.2) | 8.8
(47.8) | 11.2
(52.2) | 16.1
(61) | 19.7
(67.5) | 22.4
(72.3) | 26.3
(79.3) | 28.3
(82.9) | 25.2
(77.4) | 20.5
(68.9) | 16.0
(60.8) | 11.6
(52.9) | 17.9
(64.2)
日平均気温 °C (°F) 4.4
(39.9) | 4.4
(39.9) | 7.0
(44.6) | 11.9
(53.4) | 15.9
(60.6) | 19.0
(66.2) | 22.8
(73) | 24.7
(76.5) | 21.6
(70.9) | 16.6
(61.9) | 11.7
(53.1) | 7.1
(44.8) | 13.9
(57)
平均最低気温 °C (°F) 0.1
(32.2) | 0.2
(32.4) | 2.7
(36.9) | 7.6
(45.7) | 12.1
(53.8) | 16.0
(60.8) | 20.0
(68) | 22.0
(71.6) | 18.8
(65.8) | 13.1
(55.6) | 7.6
(45.7) | 2.8
(37) | 10.2
(50.4)
最低気温記録 °C (°F) -6.2
(20.8) | -6.9
(19.6) | -3.7
(25.3) | -1.9
(28.6) | 3.7
(38.7) | 9.1
(48.4) | 13.0
(55.4) | 15.2
(59.4) | 10.8
(51.4) | 3.7
(38.7) | -1.1
(30) | -3.9
(25) | -6.9
(19.6)
降水量 mm (inch) 51.4
(2.024) | 57.8
(2.276) | 111.6
(4.394) | 137.9
(5.429) | 155.8
(6.134) | 167.5
(6.594) | 164.7
(6.484) | 147.0
(5.787) | 181.4
(7.142) | 177.3
(6.98) | 80.5
(3.169) | 44.6
(1.756) | 1,477.3
(58.161)
平均月間日照時間 184.8 | 168.5 | 170.5 | 179.4 | 164.6 | 125.2 | 137.9 | 167.5 | 127.5 | 138.3 | 153.3 | 179.6 | 1,895.7
出典: 気象庁


隣接する自治体

助川山山頂から見た日立市市街(2017年)

歴史

鹿野場遺跡六ツヶ塚遺跡などから約3万年前の石器が出土しており、この地域には当時から人が定住していたと考えられている。

古代

7世紀前半の国造の時代には、現在の日立市は、道口岐閉国造の本拠地で、多珂国の南端であった。この多珂国は、現在の日立市から福島第一原発付近(大熊)まで広がる沿岸国であり、『常陸国風土記』では大熊が「苦麻」「道後 (道の尻)」と呼ばれたのに対して、日立市は「助川」「道前 (道の口)」と呼ばれていた。そして、7世紀後半に律令制が浸透すると、この多珂国は常陸国に編入された。

戦国時代から戊辰戦争終結まで

戊辰戦争終結から第二次大戦終結まで

第二次大戦後

行政区域変遷

日立市市域の変遷(年表)
年 月日 現日立市市域に関連する行政区域変遷
1889年(明治22年) | 4月1日 | 町村制の実施により、以下の町村が発足する。
1894年(明治27年) | 7月20日 | 久慈村は町制施行し久慈町となる。
1924年(大正13年) | 8月26日 | 日立村が町制施行し日立町となる。
1925年(大正14年) | 1月1日 | 高鈴村が町制施行・改称し助川町となる。
1938年(昭和13年) | 4月1日 | 河原子町・国分村・鮎川村が合併し多賀町が発足。
1939年(昭和14年) | 9月1日 | 日立町・助川町が合併し日立市が発足。
1941年(昭和16年) | 2月11日 | 坂上村が多賀町に編入。
1954年(昭和29年) | 11月23日 | 黒前村の一部(福平)・櫛形村の一部(友部の一部)が松岡町高岡村・高萩町と合併し、高萩市が発足。
1955年(昭和30年) | 2月11日 | 櫛形村・黒前村・高萩市の一部(友部)合併し、十王村が発足。
2月15日 | 多賀郡多賀町・日高村・久慈郡久慈町・坂本村・東小沢村・中里村を日立市が編入。
1956年(昭和31年) | 1月1日 | 十王村が町制施行し十王町になる。
9月20日 | 豊浦町を日立市が編入。
2004年(平成16年) | 11月1日 | 十王町を日立市が編入。
変遷表
1868年
以前 明治22年
4月1日 明治22年 - 昭和19年 昭和20年 - 昭和64年 平成元年 - 現在 現在
多賀郡 |  | 宮田村 | 日立村 | 大正13年8月26日
町制 | 昭和14年9月1日
日立市 | 日立市 | 日立市 | 日立市
 | 滑川村
 | 会瀬村 | 高鈴村 | 大正14年1月1日
助川町に町制改称
 | 助川村
 | 河原子村 | 河原子町 | 昭和14年4月1日
多賀町 | 昭和30年2月15日
日立市に編入
 | 金沢村 | 国分村
 | 大久保村
 | 下孫村
 | 諏訪村 | 鮎川村
 | 油縄子村
 | 成沢村
 | 水木村 | 坂上村 | 昭和16年2月11日
多賀町に編入
 | 森山村
 | 大沼村
 | 田尻村 | 日高村 | 日高村
 | 小木津村
久慈郡 |  | 久慈村 | 久慈村 | 明治27年7月20日
町制
 | 大和田村 | 坂本村 | 坂本村
 | 茂宮村
 | 石名坂村
 | 南高野村
 | 下土木内村 | 東小沢村 | 東小沢村
 | 神田村
 | 留村
 | 下深荻村 | 中里村 | 中里村
 | 中深荻村
 | 入四間村
 | 東河内村
多賀郡 |  | 砂沢村 | 豊浦町 | 豊浦町 | 昭和31年9月20日
日立市に編入
 | 折笠村
 | 川尻村
 | 黒坂村 | 黒前村
の一部 | 黒前村の一部 | 昭和30年2月11日
十王村
昭和31年1月1日
町制 | 平成16年11月1日
日立市に編入
 | 高原村
 | 山部村
 | 伊師村の一部 | 櫛形村 | 櫛形村
 | 伊師本郷
 | 友部村
 | 昭和29年11月23日
高萩市
昭和31年2月11日
十王村

人口


日立市と全国の年齢別人口分布(2005年) | 日立市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 日立市
緑色 ― 日本全国
 | 
青色 ― 男性
赤色 ― 女性

日立市(に相当する地域)の人口の推移
1970年 | 202,856人 | 

1975年 | 212,510人 | 

1980年 | 215,498人 | 

1985年 | 218,111人 | 

1990年 | 215,069人 | 

1995年 | 212,304人 | 

2000年 | 206,589人 | 

2005年 | 199,218人 | 

2010年 | 193,129人 | 

2015年 | 185,054人 | 


総務省統計局 国勢調査より

2016年10月1日現在の人口は、182,905人(男性91,475人・女性91,430人)である。同年に茨城県内で人口減少数が最も多かった市町村は日立市で2,101人の減であった。

行政

手前が東日本大震災で被災した旧市庁舎群,左奥が2017年7月に完成した新庁舎

歴代市長

【代】
【氏名】
【就任】
退任
初代 | 福田重清 | 1939年11月 | 1940年11月
2代 | 新開渧観 | 1940年9月 | 1945年5月
3代 | 高嶋秀吉 | 1945年9月 | 1963年4月
4代 | 萬田五郎 | 1963年5月1日 | 1975年4月30日
5代 | 立花留治 | 1975年5月1日 | 1991年4月30日
6代 | 飯山利雄 | 1991年5月1日 | 1999年4月30日
7代 | 樫村千秋 | 1999年5月1日 | 2011年4月30日
8代 | 吉成明 | 2011年5月1日 | 2015年4月30日
9代 | 小川春樹 | 2015年5月1日 | 現職

広域事務

日立市天気相談所

地方自治体としては全国的にも珍しい予報業務許可事業者の許可を持つ天気相談所がある。

議会

衆議院

茨城県議会

市議会

会派構成

日立製作所連合労組に支持されている国民民主党が市政・県政・国政とも強い。

産業

企業城下町

日立市は、日立製作所日立グループ企業城下町として有名である。市の人口のおよそ40%は日立製作所およびグループ会社の社員かその家族である。他の企業城下町では、豊田市(トヨタ自動車)や新居浜市(住友グループ)と対比されることが多い。

市内には、日立製作所およびその系列企業の工場や社宅、社員寮が多数点在する。東日本でも有数の工業集積地域として発展し、その事業所数はピーク時で1000を数えたが現在は約700。機械、電機、輸送機に関連する中小企業が日立市のものづくり産業を支えている。日立地区産業支援センター1999年(平成11年4月に開設された産業支援機関であり、こうした中小企業のさまざまな事業活動をサポートしており、その精力的な活動は全国的にも注目され、モデルケースとなっている。

日立鉱山は、現在のJXTGエネルギーJX金属の元になっている日本鉱業発祥の地でもある。日立鉱山は1981年(昭和56年)に閉鎖されたが、JX金属の工場は現在も所在する。現在は日立グループに比べると日立市内での規模はずっと小さく、グループ相互間の資本関係もないが、起源を同じくする会社として地元でも財界でも懇親関係は続いている。

鉱業地帯

阿武隈高地太平洋に挟まれている、日立市から大熊にかけての地域は、7世紀中期の多珂国であり、20世紀前半には日立鉱山常磐炭田で知られる鉱業地帯であり、常磐線の助川駅(20世紀前半、「日立駅」は「助川駅」を名乗っていた)からは日立山手工場や日立銅山への「鉱山鉄道」が走っていた。1960年代高度経済成長によって、石炭産業は衰退し、閉山に追い込まれた。

炭田時代の産業遺産として、セメントの原料である石灰石運搬用の架空索道がある。日立セメント株式会社が太平田鉱山で採掘したセメントの原料である石灰石を山根貯鉱場までの山間3.8kmの区間を運搬しているものである。ロープウェーにいくつものゴンドラが付いており、一つで1.25トンを積載、毎分150m移動する。さらに、山根貯鉱場からセメント工場までは、ベルトコンベアが通っており、数沢川の上に架かる線路上を通過し、日立市役所付近から地下に入り市街地を縦断して工場まで運搬しているものである。現在日本国内で架空索道が運転されているのはここだけの珍しい設備である。助川山市民の森の何カ所かで間近に見られる。

自動車の輸出入

茨城港日立港区では自動車の輸出入も盛んに行われており、ダイムラー(メルセデス・ベンツ)やルノー日産自動車が主に利用している。特にメルセデス・ベンツは常磐自動車道日立南太田ICそばに新車整備センター (VPC) を設けており、日本国内における重要な輸入拠点となっている。

漁業

十王地区の伊師浜海岸には、日本で唯一、海鵜(ウミウ)の捕獲が許可されている鵜捕り場が設けられている。

教育施設

大学

高等学校

出典:wikipedia
2018/11/12 20:59

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