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會澤翼とは?

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會澤 翼
広島東洋カープ #27

2017/10/19マツダスタジアム

【基本情報】

【国籍】
日本
【出身地】
茨城県日立市
【生年月日】
(1988-04-13) 1988年4月13日(30歳)
【身長
体重】
177 cm
91 kg
【選手情報】

【投球・打席】
右投右打
【ポジション】
捕手一塁手外野手
【プロ入り】
2006年 高校生ドラフト3巡目
【初出場】
2009年5月27日
【年俸】
5,000万円(2018年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

この表について
この表はテンプレートを用いて表示しています。編集方法はTemplate:Infobox baseball playerを参照してください。

プロジェクト:野球選手 テンプレート


會澤 翼(あいざわ つばさ、1988年4月13日 - )は、広島東洋カープに所属するプロ野球選手(捕手)。

報道などで、苗字を「会沢」と表記する場合もある。

目次

  • 1 経歴
    • 1.1 プロ入り前
    • 1.2 プロ入り後
  • 2 選手としての特徴・人物
  • 3 詳細情報
    • 3.1 年度別打撃成績
    • 3.2 年度別守備成績
    • 3.3 表彰
    • 3.4 記録
    • 3.5 背番号
    • 3.6 登場曲
    • 3.7 代表歴
  • 4 関連情報
    • 4.1 CM
  • 5 脚注
  • 6 関連項目
  • 7 外部リンク

経歴

プロ入り前

茨城県日立市出身。小学校3年生の時に助川野球スポーツ少年団で野球を始め、捕手ひと筋。捕手を始めたきっかけは「誰もやろうとしなかったから」。本格的に捕手としての楽しさや奥深さを覚えたのは高校の頃だという。中里中学校では野球部員15人という少人数で活動。高校進学後、1年夏からベンチ入りし、秋には早くも正捕手となる。打線では先輩の春田剛と中軸を担った。高校3年春には早実斎藤佑樹投手と練習試合で対戦し、二塁打を含む2安打を放ったこともあった。高校通算35本塁打

3年間で甲子園出場は無くメディアへの露出も少なかったが、複数の球団が一年から注目しており、2006年9月25日高校生ドラフト会議で、広島東洋カープに3巡指名される。指名直後の会見では短ランボンタンという格好で集まった関係者を驚かせた。指名挨拶の際、苑田スカウト部長から、ブラウン監督がドラフト会議で首から下げていた入場パスをサイン入りでプレゼントされた。10月16日に契約金4000万、年俸500万円(金額は推定)で仮契約を結ぶ。12月20日に広島で行われた入団会見には顎ひげを生やして会見に臨んだ。

プロ入り後

2007年は春季キャンプ序盤に故障したことで出遅れ、5月2日のウエスタン・リーグ、対サーパス5回戦(北神戸)に代打で二軍戦初打席を迎えるも頭に死球を受けて救急車で病院に運ばれる事態となった。相手投手の近藤一樹完全試合目前の9回2死2ストライクで會澤が最後の27人目の打者だった(近藤は危険球退場)。その後は二軍でも代打が主で出場は34試合。捕手としては16試合で守備に就き、先発マスクも経験。打撃面では本塁打を放ち、長打率が4割を超えるなどの結果を残した。

2008年は春季キャンプ終盤に一軍帯同を予定されていたが、左肩を脱臼。もともと脱臼癖があった箇所ということもあり、3月に手術をしてシーズン期間をリハビリに費やした。秋のフェニックス・リーグ直前に実戦に復帰した。

2009年は春季キャンプ中盤に初めて一軍の練習に参加する。開幕二軍スタートとなったが、正捕手格と中軸に抜擢されると好成績を残し、5月25日に初めて一軍に昇格した。5月27日ロッテ戦で代打で一軍初出場。7月15日に再び一軍に昇格すると同日MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島で行われた対横浜戦でプロ入り初スタメンを果たした。フレッシュオールスターにも選出されウエスタン選抜の5番を任された。シーズン終盤にも一軍に昇格。チーム最年少捕手ながら石原慶幸倉義和に次ぐ15試合に出場。うち9試合で捕手の守備に付いた。二軍では53試合に出場し、打率.337、5本塁打、30打点、長打率.580、出塁率.409、守備率.996の好成績を残し、ウエスタン・リーグ優秀選手賞に選ばれた。

2010年は開幕一軍はならなかったが、5月15日の日本ハム戦でダルビッシュ有と投げ合った同い年の前田健太をリードし勝利に導いた。6月下旬から二軍生活となったが、8月下旬に再昇格すると9月5日に久保田智之からプロ初本塁打を放った。二軍ではチームトップの8本塁打を記録した。また、10月に台湾で開催された第17回IBAFインターコンチネンタルカップの日本代表に選ばれた。

2011年は一軍出場が前年より少ない19試合に留まった。

2012年は長打力を生かすため、捕手登録のまま外野の守備練習に取り組んだ。8月2日DeNA戦(横浜スタジアム)では9回表に代打で出場したが、山口俊から直球を左目の下部に受けて昏倒。一時意識を失ったため、救急車で横浜市内の病院へ搬送された。病院で診察の結果、鼻骨骨折が判明。ヘルメットのツバが割れるほどの投球だったため、山口は東利夫球審から危険球を宣告されるとともに退場処分を受けた。會澤は意識は回復したものの、翌3日出場選手登録を抹消された。

2013年は一軍出場は31試合に留まったものの、交流戦後半からの1ヶ月の間に3本塁打を放った。

2014年は開幕一軍入り後すぐ抹消されたが、5月に一軍に再昇格。石原慶幸の故障や捕手陣の打撃低迷もあって徐々に先発出場を増やし、3割を越える打率を維持して7月半ば以降正捕手に定着した。8月31日中日戦(ナゴヤドーム)で肉離れを起こし離脱するが、復帰した9月29日ヤクルト戦では代打で10号3ランを記録。球団史上4人目となる2桁本塁打を記録した捕手となった。自己最多の65試合出場で打率.307、OPSも.892に達する飛躍のシーズンとなった。

2015年は開幕前の2月16日に「GLOBAL BASEBALL MATCH 2015 侍ジャパン 対 欧州代表」の日本代表に選出され、ナショナルチームに初めて招集された。3月11日の第2戦に途中出場している。7月16日に、第1回WBSCプレミア12の日本代表第1次候補選手に選出された事が発表され、9月10日には第1回WBSCプレミア12の日本代表候補選手に選出された事が発表された。

シーズンでは、背番号をかつて山本浩二も着用していた27に変更した。「7番・捕手」でプロ入り初の開幕スタメンを果たすと、前半戦は前年からの好調な打撃を維持し、貧打にあえぐチームの中で5番を打つ試合もあった。オールスターゲームにもセ・リーグ捕手部門のファン投票1位で初出場を果たし、第2戦ではブランドン・ディクソンから本塁打を放つなどの活躍で広島の捕手としては史上初のMVPを受賞した。しかし後半戦は打撃不振に陥り、石原に先発マスクを譲る試合が増えた。最終的に自己最多の93試合に出場したものの、本塁打は6本と前年度を下回った。

2016年は石原と併用される形で捕手を務め、4月5日のヤクルト戦ではプロ入り後初のグランドスラムを放った。出場試合数は83試合と前年を下回ったが、本塁打は前年を上回る7本を記録した。

2017年は前年同様石原と併用される形で開幕を迎えたが、セ・パ交流戦で打率.311を記録すると以降は正捕手に定着した。最終的に自己最多の106試合出場で打率.275、OPS.729の成績を残しチームの37年ぶりのリーグ連覇に貢献、初のベストナインも受賞した。また、この年最高勝率のタイトルを獲得した薮田和樹が先発登板する試合では全試合先発マスクを務めた。

2018年は小窪哲也に代わり選手会長に就任。

選手としての特徴・人物

打席での會澤(2017/10/24マツダスタジアム)

遠投110mで、二塁への送球は1.8秒台。小学校6年生の時のソフトボール投げで市内1位の記録を残したり、中学では市内の大会で盗塁を許したことはなく、走ってくればすべて刺したなど地肩の強さが伺えるエピソードがある。

愛称は「アツ」で、姓と名の頭文字をとったもの。チームメイトの外国人であるブラッド・エルドレッドサビエル・バティスタなどからも呼びやすい愛称として定着している。

2011年12月1日、高校時代から交際していた女性と結婚した。

詳細情報

年度別打撃成績









































































O
P
S

2009 | 広島 | 15 | 31 | 28 | 3 | 6 | 1 | 0 | 0 | 7 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 | 1 | 0 | 8 | 1 | .214 | .290 | .250 | .540
2010 | 32 | 56 | 53 | 4 | 9 | 1 | 0 | 1 | 13 | 5 | 0 | 0 | 1 | 0 | 2 | 0 | 0 | 16 | 3 | .170 | .200 | .245 | .445
2011 | 19 | 29 | 28 | 0 | 5 | 1 | 0 | 0 | 6 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 9 | 3 | .179 | .207 | .214 | .421
2012 | 28 | 70 | 66 | 4 | 13 | 3 | 0 | 0 | 16 | 2 | 0 | 1 | 0 | 0 | 2 | 0 | 2 | 7 | 2 | .197 | .243 | .242 | .485
2013 | 31 | 68 | 64 | 6 | 12 | 1 | 0 | 3 | 22 | 6 | 0 | 0 | 0 | 0 | 4 | 0 | 0 | 18 | 1 | .188 | .235 | .344 | .579
2014 | 65 | 200 | 179 | 25 | 55 | 9 | 0 | 10 | 94 | 30 | 0 | 1 | 1 | 2 | 16 | 5 | 2 | 28 | 6 | .307 | .367 | .525 | .892
2015 | 93 | 290 | 252 | 23 | 62 | 7 | 3 | 6 | 93 | 30 | 0 | 1 | 2 | 3 | 26 | 3 | 7 | 49 | 9 | .246 | .330 | .369 | .699
2016 | 83 | 220 | 197 | 18 | 47 | 7 | 0 | 7 | 75 | 26 | 1 | 1 | 4 | 1 | 14 | 0 | 4 | 42 | 7 | .239 | .301 | .381 | .682
2017 | 106 | 329 | 287 | 35 | 79 | 15 | 0 | 6 | 112 | 35 | 0 | 0 | 10 | 3 | 22 | 1 | 7 | 45 | 12 | .275 | .339 | .390 | .729
NPB:9年 472 | 1293 | 1154 | 118 | 288 | 45 | 3 | 33 | 438 | 136 | 1 | 4 | 18 | 9 | 89 | 10 | 23 | 222 | 44 | .250 | .314 | .380 | .693

年度別守備成績

【年
度】
捕手
外野
一塁
【試

合】

















【企

数】
【許

塁】







【試

合】
【刺

殺】
【補

殺】
【失

策】
【併

殺】
【守

率】
【試

合】
【刺

殺】
【補

殺】
【失

策】
【併

殺】



2009 | 9 | 41 | 3 | 0 | 0 | 0 | 1.000 | 7 | 5 | 2 | .286 | - | -
2010 | 26 | 69 | 7 | 0 | 0 | 1 | 1.000 | 5 | 4 | 1 | .200 | - | -
2011 | 11 | 34 | 4 | 0 | 1 | 1 | 1.000 | 2 | 2 | 0 | .000 | - | -
2012 | 7 | 20 | 1 | 1 | 1 | 0 | .955 | 2 | 1 | 1 | .500 | 11 | 19 | 1 | 0 | 0 | 1.000 | -
2013 | 21 | 76 | 8 | 2 | 1 | 0 | .977 | 12 | 8 | 4 | .333 | - | 4 | 9 | 1 | 0 | 1 | 1.000
2014 | 60 | 319 | 28 | 3 | 7 | 2 | .991 | 35 | 25 | 10 | .286 | - | -
2015 | 93 | 560 | 62 | 3 | 9 | 8 | .995 | 47 | 28 | 19 | .404 | - | -
2016 | 80 | 402 | 27 | 1 | 7 | 3 | .998 | 44 | 33 | 11 | .250 | - | -
2017 | 106 | 653 | 52 | 2 | 8 | 2 | .997 | 57 | 42 | 15 | .263 | - | -
通算 413 | 2174 | 192 | 12 | 34 | 17 | .995 | 211 | 148 | 63 | .299 | 11 | 19 | 1 | 0 | 0 | 1.000 | 4 | 9 | 1 | 0 | 1 | 1.000

表彰

記録

初記録
その他記録

背番号

登場曲

代表歴

関連情報

CM

脚注

  1. ^ 広島 - 契約更改 - プロ野球”. 日刊スポーツ. 2018年6月17日閲覧。
  2. ^ “外野手”会沢活躍 野村監督「のほほんとしている野手は危うい」”. スポニチ Sponichi Annex (2012年2月25日). 2012年3月9日閲覧。
  3. ^ “【広島】会沢鼻骨骨折 球場内に救急車”. 日刊スポーツ (2012年8月3日). 2012年8月8日閲覧。
  4. ^ http://www.sanfield.net/athlete/a-nikki/a-nikki.cgi?date=2006.09.29
  5. ^ 『広島アスリートマガジン2009年9月号』による。
  6. ^ 欧州代表戦、侍ジャパン出場選手発表!6選手が小久保体制下で初招集 侍ジャパン公式サイト (2015年2月16日) 2015年3月22日閲覧
  7. ^ ひかりTV 4K GLOBAL BASEBALL MATCH 2015 侍ジャパン 対 欧州代表 第2戦 2015年3月11日(水) 東京ドーム 打席結果・投打成績 野球日本代表 侍ジャパンオフィシャルサイト (2015年3月11日) 2016年3月10日閲覧
  8. ^ トップチーム第一次候補選手発表!11月に行われる「WBSC世界野球プレミア12」へ向けて65名が名を連ねる 野球日本代表 侍ジャパンオフィシャルサイト (2015年7月16日) 2015年8月4日閲覧
  9. ^ 「WBSC世界野球プレミア12」侍ジャパントップチーム候補選手45名を発表 野球日本代表 侍ジャパンオフィシャルサイト (2015年9月10日) 2015年9月20日閲覧
  10. ^ 会沢に伝統の「27」正捕手奪取じゃ デイリースポーツ(2014年11月16日).2018年1月20日閲覧。
  11. ^ 広島・会沢、プロ10年目で初満塁弾 デイリースポーツ 2016年04月05日
  12. ^ 広島・會澤翼 ベストナイン初受賞「選んでいただいて光栄です」 週刊ベースボールONLINE(2017年11月17日)2018年1月20日閲覧。
  13. ^ 広島 会沢が新選手会長就任 小窪前会長が新井が人柄に太鼓判 スポニチアネックス . (2017年12月28日) 2018年1月20日閲覧。
  14. ^ 『広島アスリートマガジン2007年5月号』による。
  15. ^ 広島・会沢 高校時から交際女性と結婚していた”. スポニチ Sponichi Annex (2011年12月21日). 2012年1月1日閲覧。

関連項目

外部リンク

広島東洋カープ 2018
監督 | 
79 緒方孝市

一軍コーチ | 

二軍監督・コーチ | 
  • 89 水本勝己(監督)
  • 85 永田利則(外野守備・走塁)
  • 80 山田和利(内野守備・走塁)
  • 83 朝山東洋(打撃)
  • 92 森笠繁(打撃)
  • 88 佐々岡真司(投手)
  • 87 澤崎俊和(投手)
  • 76 倉義和(バッテリー)

  • 三軍コーチ | 
  • 82 浅井樹(統括)
  • 86 菊地原毅(投手)
  • 93 青木勇人(投手強化担当)

  • 投手 | 
  • 11 福井優也
  • 12 九里亜蓮
  • 13 加藤拓也
  • 14 大瀬良大地
  • 16 今村猛
  • 17 岡田明丈
  • 19 野村祐輔
  • 20 永川勝浩
  • 21 中崎翔太
  • 23 薮田和樹
  • 24 横山弘樹
  • 26 中田廉
  • 28 床田寛樹
  • 29 ケムナ誠
  • 30 一岡竜司
  • 34 高橋昂也
  • 36 塹江敦哉
  • 39 飯田哲矢
  • 41 藤井皓哉
  • 42 ジョンソン
  • 46 高橋樹也
  • 47 山口翔
  • 48 アドゥワ誠
  • 53 戸田隆矢
  • 56 辻空
  • 57 オスカル
  • 58 ジャクソン
  • 62 ヘルウェグ
  • 64 中村恭平
  • 65 長井良太
  • 66 遠藤淳志
  • 67 中村祐太
  • 68 平岡敬人
  • 70 カンポス
  • 97 フランスア
  • 98 佐藤祥万

  • 捕手 | 
  • 22 中村奨成
  • 27 會澤翼
  • 31 石原慶幸
  • 32 白濱裕太
  • 40 磯村嘉孝
  • 54 船越涼太
  • 61 坂倉将吾

  • 内野手 | 
  • 0 上本崇司
  • 2 田中広輔
  • 4 小窪哲也
  • 6 安部友裕
  • 7 堂林翔太
  • 25 新井貴浩
  • 33 菊池涼介
  • 45 桑原樹
  • 52 庄司隼人
  • 55 エルドレッド
  • 59 美間優槻
  • 63 西川龍馬
  • 69 青木陸
  • 96 メヒア

  • 外野手 | 
  • 9 丸佳浩
  • 10 岩本貴裕
  • 35 下水流昂
  • 37 野間峻祥
  • 38 赤松真人
  • 43 土生翔平
  • 44 松山竜平
  • 49 天谷宗一郎
  • 50 高橋大樹
  • 51 鈴木誠也
  • 60 永井敦士
  • 95 バティスタ

  • 育成選手 | 
  • 120 岡林飛翔(投手)
  • 121 藤井黎來(投手)
  • 122 佐々木健(投手)
  • 123 木村聡司(内野手)
  • 142 タバーレス(投手)


  • 業績
    日本プロ野球オールスターゲームMVP
    1950年代 | 

    1960年代 | 
  • 1960 森下整鎮, 金田正一, 張本勲
  • 1961 広瀬叔功, 田宮謙次郎
  • 1962 ブルーム, 張本勲
  • 1963 近藤和彦, 王貞治, 古葉毅
  • 1964 金田正一, J.マーシャル, J.スタンカ
  • 1965 D.スペンサー, 高倉照幸, 江藤慎一
  • 1966 広瀬叔功, 榎本喜八, 古葉竹識
  • 1967 土井正博, 長池徳二, 大杉勝男
  • 1968 江藤慎一, 柴田勲, 小池兼司
  • 1969 土井正博, 船田和英

  • 1970年代 | 
  • 1970 長池徳二, 江夏豊, 遠井吾郎
  • 1971 江夏豊, 長池徳二, 加藤秀司
  • 1972 野村克也, 阪本敏三, 池田祥浩
  • 1973 若松勉, 福本豊, 山崎裕之
  • 1974 高井保弘, 福本豊, 張本勲
  • 1975 山本浩二, 松原誠, 土井正博
  • 1976 有藤道世, 門田博光, 吉田孝司
  • 1977 若松勉, 野村克也, 王貞治
  • 1978 A.ギャレット, 簑田浩二, 掛布雅之
  • 1979 王貞治, B.マルカーノ, 山本浩二

  • 1980年代 | 
  • 1980 岡田彰布, 平野光泰, 江夏豊
  • 1981 藤原満, 掛布雅之, 山倉和博
  • 1982 福本豊, 柏原純一, 掛布雅之
  • 1983 門田博光, 梨田昌崇, 落合博満
  • 1984 簑田浩二, ブーマー, ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  • 出典:wikipedia
    2018/07/11 05:02

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