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東京ヴェルディ1969とは?

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【東京ヴェルディ1969】

【原語表記】
東京ヴェルディ1969
【呼称】
東京ヴェルディ
【クラブカラー】
グリーン
【創設年】
1969年
【所属リーグ】
日本プロサッカーリーグ
【所属ディビジョン】
J2リーグ
【クラブライセンス】
J1
【ホームタウン】
東京都
【ホームスタジアム】

味の素スタジアム
【収容人数】
48,999
【運営法人】
東京ヴェルディ株式会社
【代表者】
羽生英之
【監督】
ミゲル・アンヘル・ロティーナ
【公式サイト】
公式サイト
■テンプレート(■ノート)サッカークラブPJ
東京ヴェルディ株式会社
TOKYO VERDY Inc.
種類
株式会社
【本社所在地】
206-0812
東京都稲城市矢野口4015-1
【設立】
1991年10月1日
業種
サービス業
法人番号
8013401002036
【事業内容】
サッカークラブの運営など
【代表者】
羽生英之(代表取締役)
【資本金】
2億8,225万8,000円
【売上高】
13億9,1000万円 (2017年1月期)
【営業利益】
▲2,600万円 (2017年1月期)
【経常利益】
▲3,000万円 (2017年1月期)
【純利益】
300万円 (2017年1月期)
【純資産】
3,800万円 (2017年1月期)
【総資産】
4億1,100万円 (2017年1月期)
【決算期】
1月期
【主要株主】
バディ企画研究所ほか13社 98.8%
京王エージェンシー
三和
稲城市多摩市日野市立川市
(2010年10月30日現在)
【関係する人物】
渡邉恒雄崔暢亮
【外部リンク】
http://www.verdy.co.jp/

東京ヴェルディ1969(とうきょうヴェルディいちきゅうろくきゅう、Tokyo Verdy 1969)は、日本東京都をホームタウンとする、日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)に加盟するプロサッカークラブ。呼称は「東京ヴェルディ」(とうきょうヴェルディ)である。

目次

  • 1 概要
  • 2 名称・呼称
  • 3 歴史
    • 3.1 前身
    • 3.2 1991年 - 2000年
    • 3.3 2001年 - 2005年
    • 3.4 2006年 - 2007年(J2)
      • 3.4.1 2006年
      • 3.4.2 2007年
    • 3.5 2008年(J1)
    • 3.6 2009年 -(J2)
      • 3.6.1 2009年
      • 3.6.2 2010年
      • 3.6.3 2011年
      • 3.6.4 2012年
      • 3.6.5 2013年
      • 3.6.6 2014年
      • 3.6.7 2015年
      • 3.6.8 2016年
      • 3.6.9 2017年
      • 3.6.10 2018年
  • 4 成績
  • 5 タイトル
    • 5.1 国際タイトル
    • 5.2 国内タイトル
    • 5.3 個人別
    • 5.4 その他
  • 6 個人成績
    • 6.1 ハットトリック
  • 7 スタジアム・練習場
    • 7.1 ホームスタジアム
    • 7.2 練習場
  • 8 ユニフォーム
    • 8.1 チームカラー
    • 8.2 ユニフォームスポンサー
    • 8.3 ユニフォームサプライの遍歴
    • 8.4 歴代ユニフォームスポンサー年表
  • 9 育成組織
    • 9.1 アカデミー
    • 9.2 支部・準支部・提携クラブ
    • 9.3 主な獲得タイトル
      • 9.3.1 ユース
      • 9.3.2 ジュニアユース
      • 9.3.3 ジュニア
  • 10 女子サッカー
  • 11 経営問題
    • 11.1 ヴェルディ川崎
    • 11.2 東京ヴェルディ1969
  • 12 脚注
  • 13 関連項目
  • 14 外部リンク

概要

1969年に創部された読売サッカークラブが前身となり、1991年にJリーグへ加盟した(オリジナル10のひとつ)。クラブ名のヴェルディは、ポルトガル語の「Verde」(緑の意味)からの造語である。エンブレムに描かれている鳥は始祖鳥。マスコットキャラクターはコンドルをモチーフにしたヴェルディくんである。

運営会社商号(会社名)は東京ヴェルディ株式会社である(1998年までは株式会社読売日本サッカークラブ、1998年から2009年10月20日までは株式会社日本テレビフットボールクラブ、2017年9月までは東京ヴェルディ1969フットボールクラブ株式会社の商号)。

ホームスタジアムは味の素スタジアム、クラブハウス・練習場はヴェルディグラウンド(東京都稲城市と川崎市多摩区に跨って位置するよみうりランドの敷地内)を、トップチームとアカデミーが一緒に使用している(詳細はスタジアム・練習場を参照)。

名称・呼称

チーム名(正式名称)は、Jリーグ加盟から1999年1月31日までは「読売日本サッカークラブ」、同年2月1日より2009年10月20日までは「FCニッポン」、2009年10月21日以降は現名称の「東京ヴェルディ1969」となっている。

ホームタウンを東京都に移転した2001年に、ヴェルディ川崎から東京ヴェルディ1969に改称。この1969は、1969年に前身の読売サッカークラブが創設されたことに由来する。2008年より「東京ヴェルディ」に呼称を変更した。

新聞社のスポーツ欄掲載の記録ページでは、1998年までは単に「川崎」と表していたが、1999年から川崎フロンターレ (川崎F)がJリーグへ加盟したため、「V川崎」(ナビスコ杯に川崎Fも参加したため、1997年以後この表記)としていた。東京移転後の2001年からは、FC東京と区別するため、「東京V」としている。一部新聞等では、「東京ヴ」と表記していることもある。

チーム名の変遷
  • 1969年-1991年 読売サッカークラブ
  • 1991年-1998年 読売日本サッカークラブ
  • 1999年-2009年 FCニッポン
  • 2009年-東京ヴェルディ1969
呼称の変遷
  • 1969年-1991年 読売サッカークラブ
  • 1992年-2000年 ヴェルディ川崎
  • 2001年-2007年 東京ヴェルディ1969
  • 2008年-東京ヴェルディ

歴史

前身

詳細は「読売サッカークラブ」を参照

1969年に読売サッカークラブとして創設。1972年に日本サッカーリーグ(JSL)2部に、1978年にJSL1部にそれぞれ昇格した。JSL1部で優勝5回、天皇杯優勝5回、JSLカップ優勝3回の戦績を残した。

1991年 - 2000年

1991年10月、Jリーグ開幕に備えて、読売新聞社株式会社よみうりランド日本テレビ放送網の讀賣グループ3社の出資により運営会社として株式会社読売日本サッカークラブが設立された。東京都にJリーグの規格に合ったスタジアムがなく、川崎市の等々力陸上競技場を本拠地とし、当初の収容人員は規格外であったが、1995年までに25,000人収容となった。

Jリーグ発足前後の92年から93年にかけて、クラブの出資者である、読売系のメディアを中心として読売ヴェルディと言う呼称が用いられていた。Jリーグはチーム名表記に際して企業名を排除してホームタウンの自治体(都道府県名、ないしは市区町村名)+ニックネームで使用する方針を定めていたため、1994年のシーズン開幕前から読売系メディアでも「ヴェルディ川崎」に表記を統一するようになった。

1992年のJリーグカップ(ナビスコ杯)で清水エスパルスを破り、初代王者に輝く。

1993年Jリーグ開幕節(5月15日)で横浜Mと対戦、オランダ人FWのヘニー・マイヤーがJリーグの第1号ゴールを決めた(試合は1-2で敗北)。1stステージは優勝した鹿島アントラーズに次ぐ2位であったが、2ndステージは優勝した。Jリーグチャンピオンシップで鹿島を破り、初代Jリーグ年間王者となった。ナビスコ杯も2連覇を果たした。

1994年も2ndステージを制覇。1stステージ制覇のサンフレッチェ広島F.Cをチャンピオンシップで破り、2年連続の年間王者となった。ナビスコ杯3連覇を果たす。天皇杯はジャパンフットボールリーグ(旧JFL)優勝のセレッソ大阪に敗戦。

1993年から1995年のJリーグチャンピオンシップは国立霞ヶ丘陸上競技場で行われた。1994年の2ndレグの試合は等々力で開催されることが一度決まっていたが、等々力は芝生の状態が思わしくなかったことや、改修工事の第2期を行うことが決まっていたこともあり、等々力での開催を返上。国立での開催を決めたが、当初予定の11月30日は翌12月1日に行われるトヨタカップのための練習を行った関係で使えず、12月2日に延期した。

1996年エメルソン・レオンが監督に就任。天皇杯で優勝もリーグ戦では7位に終わった。また、5月にラモス瑠偉京都へ移籍した。

1997年加藤久が監督就任。ビスマルクが退団。当時最高金額の移籍金である推定3億5千万円で前園真聖を獲得。8月にラモスが復帰した。しかし、前園と三浦知良の不調とビスマルクの抜けた穴の影響は大きく、チーム成績は1stステージ16位、2ndステージ12位と初の2桁順位に低迷。

1998年シーズン終了後に読売新聞社とよみうりランドが経営から撤退し、日本テレビ放送網の全額出資となる。それに伴い運営法人名は「株式会社読売日本サッカークラブ」から「株式会社日本テレビフットボールクラブ」、トップチーム名は「FCニッポン」に変更された。同時に経費削減を目的に三浦や柱谷哲二ら高額年俸の選手がチームを去った。

1999年には前年より導入された現役高校生を強化指定選手(現在の特別指定選手)として受け入れを開始、その3選手のうち最年長で帝京高等学校3年(義務教育終了4年目)矢野隼人が「J1公式戦出場した強化指定選手」第1号となった。リーグ戦では1stステージ2位。また中澤佑二がチームとしては3年振りのベストイレブンに選出された。2ndステージは10位に留まった。

2000年2月15日のJリーグ理事会において翌年からの東京都移転が承認された。

2001年 - 2005年

クラブスローガン :2002年「突破」 :2003年「BE TOUGH ~疾風怒涛~」 :2004年「STRONG SOUL

2001年にホームタウンを川崎市から東京都 に移転し、呼称も東京ヴェルディ1969となり、ホームスタジアムを調布市東京スタジアム(現:味の素スタジアム)にした。練習場のある稲城市の他、周辺の多摩市日野市や清水建設、京王電鉄系列の広告代理店である京王エージェンシーなど地元企業も出資し、日本テレビの出資比率は約79%となった。2008年立川市も出資した。

チーム名が変わった2001年シーズン、チームは松木安太郎を再び監督に招聘し、菊池・武田・永井といった黄金期を知るメンバーが復帰、また元サッカー日本代表小倉隆史三浦淳宏が移籍加入し、さらに小林大悟富澤清太郎が加入。1stステージは最下位。成績不振とフロントとの確執もあり松木は1stステージ終了をもって解任、監督を小見幸隆に代えて迎えた2ndステージではシーズン中盤に獲得したマルキーニョス、さらに終盤に獲得したブラジル代表のエジムンドブラジル人コンビが2ndステージでチームが挙げた22得点の内14得点を叩き出して9位。年間総合順位で自動降格圏の15位福岡との勝ち点差わずか3の14位で残留。天皇杯はJ2川崎フロンターレに敗れベスト8敗退。この年限りで武田修宏菊池新吉本並健治が引退。小倉が戦力外を受けコンサドーレ札幌に移籍。

2004年、アルディレス体制2年目。天皇杯全日本サッカー選手権大会を制し、東京移転後初のタイトルを獲得。同日行われた全日本女子サッカー選手権大会では女子チームのベレーザが優勝し、全日本選手権初の男女同時優勝を達成。

2005年、アルディレス体制3年目。ゼロックス杯で優勝。ブラジル全国選手権得点王のワシントンを獲得したが、7月2日G大阪戦、7月6日浦和戦、7月17日磐田戦での大量失点が響き、アルディレスが解任され、バドンが監督に就任したが、11月26日戦で1-5の大敗を喫し、J2降格が決まった。シーズン修了後にバドンは退任。また、22点を挙げたワシントンが浦和へ完全移籍、林健太郎米山篤志などが退団した。天皇杯優勝によって獲得したAFCチャンピオンズリーグ2006の出場権がJ2降格によって剥奪されるのではないかと心配されていたが、AFCから出場が認められた。

2006年 - 2007年(J2)

2006年

クラブスローガン :「All for win.

OBのラモス瑠偉が監督に就任。開幕後、課題とされた失点の多さは解消されなかった。スタメンがほぼ毎試合ごとに入れ替わり、デジマールヒキアナイウソンバジーリオの外国籍選手4人はシーズン途中に解雇。最終順位は7位であった。天皇杯は初戦で栃木SC(当時はJFL所属)に敗退した。

2007年

クラブスローガン :「全緑疾走!

ラモス体制2年目。選手会長だった柳沢将之を含めて選手を大量に放出。新たに元日本代表の服部年宏名波浩を始め土屋征夫佐藤悠介などを獲得。外国籍選手では既に契約を更新していたマルクス横浜FMへ移籍したが、フッキディエゴを獲得。また、新人選手も7人が加入、結果的に約半数のメンバーが入れ替わった。萩原敏雄代表は「内容が悪ければ早期での解任もありえる」と発言した。

開幕5試合は4勝1分であったが、第7節(福岡戦)から第13節(水戸戦)までクラブワーストタイの7連敗を喫し9位へ転落。ラモスの解任騒動に発展したが、京都戦に4-1で快勝するとその後は1度の連敗もなく安定して勝ち点を積み重ね、最終節で優勝は逃したが2位の成績でJ1復帰を果たした。また、フッキが37ゴールを挙げてJ2得点王となった。シーズン終了後にラモスが監督を退任して、エグゼクティブディレクターになり、柱谷哲二が監督に就任した。天皇杯は初戦でJFLのHonda FCに敗退。

2008年(J1)

クラブスローガン :「全緑疾走2008闘強

柱谷体制1年目。呼称が「東京ヴェルディ1969」から「東京ヴェルディ」に変更された。FC東京から元日本代表MF福西崇史やGK土肥洋一横浜FMからDF那須大亮清水からDF和田拓三を獲得。新外国人としてサンパウロFCからFWレアンドロ、6月に大黒将志を獲得した。前シーズン後に川崎にレンタル復帰していたフッキを開幕後に再度獲得したが、7月にFCポルトに移籍した。

初勝利は第5節の神戸戦となるが、フッキ加入後は次第に勝ち星が増え始める。しかしフッキ退団後には思うように勝てなくなり、9月には4戦全敗を喫する。終盤には、チームの攻撃の核であるディエゴを累積警告と天皇杯での退場による4試合出場停止で欠き、深刻な得点力不足に陥る上に試合終了間際での失点なども増えていき、第33節終了時点で16位。最終節で川崎に敗れ、17位だった千葉が勝利したため最終順位が17位となり、J2自動降格が決まった。柱谷はシーズン終了後に監督を退任した。

親会社の日本テレビが37年ぶりに赤字に転落。その影響を受け2009年の費用は大幅に削減されることとなり、土肥、服部、福西など多くの主力選手と来期の契約を結ばないことを発表(土肥と服部は再契約という形で残留)。日本テレビがほぼ100%保有している株式の譲渡を検討していることが一部マスコミに報じられた。

2009年 -(J2)

2009年

クラブスローガン :「VERDY 40EVER(ヴェルディ フォーエバー)

クラブ設立40周年となるこの年は、前年コーチを務めた高木琢也が監督に就任。那須が磐田、ディエゴが京都へ移籍。和田もレンタル元の清水へ戻った後、千葉へ移籍。2008年はJ2のクラブへのレンタル移籍であった戸川健太一柳夢吾も、レンタル先へ完全移籍した。新たに、横浜FCで高木と共にJ1昇格を経験した滝澤邦彦岩倉一弥、磐田のベテランMF河村崇大、ジュニアユース時代に東京Vに所属していた永里源気を獲得。過去2年レンタル移籍していた弦巻健人レオナルドが復帰、大黒も残留した。そして、一度は戦力外と発表された土肥、服部、船越優蔵と再契約を結んだ。

胸スポンサーのサイバーエージェントが撤退後、この年は年間通して胸スポンサーが入らなかった。高木をシーズン途中で解任。ベレーザ前監督、ユース監督の松田岳夫をトップ監督に昇格させたが、1度も昇格争いに絡むことなく7位でシーズンを終えた。天皇杯は初戦でJFL・ホンダロックに敗北。9月に日本テレビが経営から撤退した。

2010年

クラブスローガン :「結集のチカラ

川勝良一が3度目の監督に就任。服部、高木義成らと契約を更新せず、資金難により2009年の大卒新人3人を全員放出。レアンドロ、大黒と攻撃陣の核となっていた選手も放出され、16人がクラブを去った。新たに加わった選手は川勝の法政大学時代の教え子である吉田正樹菊岡拓朗、アカデミー出身の佐伯直哉清水康也など12人である。選手人件費はレンタル移籍している選手を除いて1億3000万円程度となった。ユースからは前年Jリーグデビューを果たした高木俊幸が昇格し、2010年シーズンから高木善朗小林祐希南秀仁がユース所属のままJリーグデビューした。J2へ昇格した北九州に初勝利かつ唯一のシーズン勝利を献上するなど一時は18位に低迷。その後巻き返して4位にまで浮上したが、11月20日に福岡に敗れてJ1昇格を逃し、5位でシーズンを終えた。天皇杯は初戦で町田に敗れ、6年連続の初戦敗退となった。

2011年

東京ダービー(2011年5月4日開催)での東京Vサポーター
クラブスローガン :「原点回帰~All for VERDY~

川勝体制2年目。この年よりエンブレムの文字が「FC NIPPON」から「FOOTBALL CLUB」へと変更された。前年チーム内で最長出場の柴崎晃誠川崎フロンターレに、得点数2位の高木俊幸が清水エスパルスに移籍した。小林祐希ら4人をユースより昇格させ、川崎で契約非更新となっていた森勇介や、期限付き移籍で岡山からキムテヨン喜山康平(4年ぶりの復帰、8月にJFL・讃岐へ移籍)、大宮から市川雅彦、甲府からマラニョンなどを獲得。6月に高木善朗がエールディヴィジFCユトレヒトへと移籍した。7月には、元京都中谷勇介、元アルテ高崎秋葉勇志を獲得。ジュニアコーチの塗師亮を選手登録し、関西学院大学梶川諒太特別指定選手として登録した。8月には、元日本代表の巻誠一郎を獲得した。J1昇格争いに加わっていたが最終的に5位に終わりJ1昇格を逃した。なお、天皇杯は7年ぶりに初戦を突破した。

2012年

クラブスローガン :「One.

川勝体制3年目。17年在籍していた菅原智が引退。富澤清太郎横浜F・マリノス河野広貴FC東京菊岡拓朗栃木SC井上平FC岐阜福田健介ヴァンフォーレ甲府吉田正樹松本に完全移籍、北九州にレンタル移籍していた福井諒司に完全移籍、平繁龍一市川雅彦がレンタル移籍期間満了となった。一方、千葉から昨シーズンC大阪にレンタル移籍していた中後雅喜愛媛からジョジマール吉弘充志草津からアレックス磐田から西紀寛京都から鈴木慎吾水戸から小池純輝大分から刀根亮輔G大阪から太洋一を完全移籍で獲得。仙台から島川俊郎を期限付き移籍で獲得した。さらに昨シーズン特別指定選手だった梶川諒太が加入した。また杉本竜士南秀仁舘野俊祐田中貴大がユースから昇格した。 コーチ陣は、元柏監督の高橋真一郎と元京都監督の秋田豊がトップチームコーチに就任した。

シーズン開幕後は3月28日に杉本健勇セレッソ大阪より同年7月17日までの期限付き移籍で、6月1日に練習に参加していたペ・デウォンを獲得した。杉本がC大阪に戻った後、7月26日に柴崎晃誠を川崎より2013年1月31日までの期限付き移籍で、7月28日に日系三世のニコラスがCRフラメンゴより2013年1月1日までの期限付き移籍で、8月13日に松本から木島良輔を完全移籍で、8月14日にジミー・フランサを清水より2013年1月31日までの期限付き移籍で獲得した。

6月23日に行われた第20節で千葉に勝利して首位に立ち、リーグ戦前半は2位で折り返した。しかし8月に入ると勝利から遠のくようになり、8月23日にジョジマールとの契約を解除。9月6日に川勝が監督および強化本部長を退任。高橋が監督代行の後、9月11日に監督に就任したが、第41節の横浜FC戦に敗れ、7位以下が確定。プレーオフ進出を逃した。最終順位は7位。天皇杯は3回戦で清水に敗退。シーズン終了後に高橋が監督を退任した。

2013年

クラブスローガン :「TOKYO GLOCAL STANDARD

2012年11月25日、OBで前北九州監督の三浦泰年の監督就任が発表される。それに伴い、常盤聡安田晃大佐藤優也金鐘必関光博ら5選手が北九州からいずれも完全移籍、北九州に在籍した時に三浦監督の元でプレーした福井諒司が完全移籍で復帰、北九州にレンタルしていたキローラン菜入キローラン木鈴が復帰など北九州に在籍した選手を数多く獲得した。その他福岡から鈴木惇清水から高原直泰が完全移籍、湘南から石神直哉が期限付きで加入した。さらに特別指定選手だった関西学院大学の井林章が加入した。一方、佐伯直哉中谷勇介木島良輔吉弘充志アレックス秋葉勇志新井章太竹中公基との契約を更新せず、期限付き移籍だったジミー・フランサ柴崎晃誠も所属元に復帰、磐田にレンタル移籍していた小林祐希がそのまま磐田に移籍、和田拓也仙台高橋祥平大宮梶川諒太が湘南、土屋征夫甲府深津康太吉弘充志町田へそれぞれ完全移籍した。また柴崎貴広横浜FC田中貴大と北九州に期限付き移籍していた高野光司が町田へいずれも期限付き移籍し、町田に期限付き移籍していた平本一樹は甲府へ期限付き移籍、富山に期限付き移籍中の舘野俊祐は移籍期間1年延長となったため、チームの陣容が大幅に入れ替わることとなった。

2月19日、カマタマーレ讃岐との練習試合で、ペ・デウォンが接触プレイにより讃岐の藤田浩平に右足関節開放性脱臼骨折の重傷を負わせ、クラブ公式ホームページに謝罪文を掲載する事態に発展、さらに同試合における三浦の言動も問題視され、「選手を守るためであったとはいえ、決して許される行為ではない」として、三浦はリーグ戦開幕節および第2節のベンチ入り停止、ペは最長3月一杯まで対外試合出場停止というクラブの自主的処分が下された。7月2日、ニコラスが期限付き移籍が終了でフラメンゴに復帰し、7月5日には練習に参加していた三渡洲舞人を獲得した。

7月9日、ジュニアからユースまで東京Vに所属していた慶応義塾大学の端山豪を特別指定選手として登録した。

リーグ戦は第6節のFC岐阜戦で初勝利を上げた後も勝ち切れない試合を重ねていく。怪我人も相次ぎ、2連勝以上の連勝も一度も無く、最終成績は14勝14分14敗での13位。

天皇杯は3回戦で川崎Fに敗退した。

2014年

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出典:wikipedia
2018/05/21 12:23

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