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東京六大学野球連盟とは?

【東京六大学野球連盟】

【競技】
大学野球
【理事長】
井上崇通
【開始年】
1925年
【参加チーム】
6
【国】
日本
【前回優勝】
慶應義塾大学(37回目)
【最多優勝】
早稲田大学法政大学(45回)
【テレビ局】
ABEMANHK Eテレ
【公式サイト】
東京六大学野球連盟

一般財団法人東京六大学野球連盟(とうきょうろくだいがくやきゅうれんめい(: TOKYO BIG6 BASEBALL LEAGUE)は、東京を所在地とした6校の大学硬式野球部で構成された大学野球リーグである。全日本大学野球連盟傘下。

概要

現存している大学野球リーグでは最も長い歴史がある。

1903年に開始された早稲田大学慶應義塾大学の対抗戦(早慶戦)を発祥とする。1906年、応援の過熱などから早慶戦は中断されたが、明治大学(1914年)、法政大学(1917年)、立教大学(1921年)、東京帝国大学(現在の東京大学、1925年春)が参加。同年秋リーグから他校の説得により早慶戦が再開され、ここに東京六大学野球連盟として正式に発足した。翌年の1926年10月には神宮球場が東京六大学野球連盟の協力の下で完成、実質的には連盟専用球場として運用されることになる。

プロ野球人気が高まりを見せるまで長く日本の野球人気の中心的存在であり、土日に神宮球場で開催されることもあって大学野球連盟の中では平均入場者数が最も多い。プロ・アマチュア球界へも多数の人材を送り出してきた。また、アマチュアのリーグでありながら、硬式野球を代表して天皇杯が下賜されている。

加盟大学

特記:記順は1年ごとに交代する連盟当番校の順番による(いろは順で決められたもの)

各校からOB1名ずつが先輩理事として出されるほか、各校の部長・監督・主将・マネージャーらが理事として連盟の運営に当たる。他に事務局長を筆頭とする事務局員が連盟運営の実務を担当する。代表者は理事長で、いろは順による各校部長による持ち回り、1年任期である。

運営概要

登録選手

部長・監督・助監督・コーチ・マネージャー(記録員)以外に1試合にベンチ入りできる選手は25人。ベンチ入り選手は1試合毎に変更可能。監督以外の3人の指導者がベンチ入りできる。その他に、1980年から2008年まで特別要員(コーチ扱い)1名がベンチ入りできた(役割は主に一塁ないしは三塁ベースコーチであり、特別要員として登録された選手は試合に出場できなかった)。2008年春季リーグ戦より、試合開始前と試合中に各1回、監督名とベンチ入り全25選手(苗字と背番号を表示)がスコアボードに表示されるようになった。

対戦方法

1年2シーズン制(春季:4月から5月末/秋季:9月から10月末)をとっており、それぞれのシーズンで6チーム総当たりの15カードを戦う。通常、開幕試合は前シーズンの優勝チームと最下位チームが、14カード目は前シーズンの優勝チームと2位のチームがそれぞれ対戦する。最終15カード目には早慶戦が組まれる。

毎週末の土曜・日曜に1カードずつ開催しており、1週目から7週目は2カードずつ開催、8週目は最終早慶戦のみを開催する。リーグ優勝校の発議などで9週間の変則日程で行われることがあり、この場合、早慶戦は最終第9週に行われ、第7週、第8週も第13カード、第14カードがそれぞれ単独で開催される。

試合方式

対戦カードの勝敗の決め方として、単純な1試合制ではなく、2戦先勝方式の総当たりによる勝ち点制を採用している。同一カードで試合を連続して行い(ダブルヘッダー)、先に2勝したチームがその相手校との対戦に勝利したとして対戦を終了、勝利チームは勝ち点1を獲得する(1勝1敗の場合は第3戦を行う)。引き分けの場合も再試合を行い、対戦校のいずれかが2勝するまで、対戦は完結しない。

週1カードしかない早慶戦(9週シーズンの場合はその前のカードを含む)は、ダブルヘッダーではなく1日1試合を行う。

試合開始時刻は1日2試合の場合は第1試合11時00分より・第2試合13時30分より、1日1試合の場合は13時00分。2009年春季リーグ戦より、併用日における第1試合の開始を10時30分に早めた。かつては第1試合を12時00分より開始していたため、特に秋のシーズンにおいて、第2試合の途中からナイトゲームとなることが多かった。週末で決着がつかない場合は週明けの平日に再試合が行われるが、月火水曜の3日間でも決着がつかない場合は、翌週以降の平日に(ただし、翌週の予定カードの決着を優先して)対戦が繰り越される。

試合日程がプロ野球の試合と重なる場合は併用日と称しており、試合開始時間を早めるほか延長戦は行わず引き分けとしている。プロ野球の開始時刻に配慮してのものだが、こうした規定があっても六大学の試合が長引いてプロの試合開始が遅れることがごく稀にある。

引き分け

引き分けはプロ併用日は9回終了時、それ以外は1・2回戦は12回終了時、3回戦以降は1勝1敗の場合、15回終了時同点であれば引き分けとしている(この場合でプロ野球ナイターとの併用であれば、第2試合(1試合のみの場合はその試合)は15回を満たしていなくてもJST17時を過ぎた時点で次のイニングスに入らない)。7回終了(後攻チームがリードの場合は7回表終了時)をもって試合成立とし、それ以前の試合中止はノーゲームとなる。得点差によるコールドゲームの成立は採用していない。

なお、2011年東日本大震災が発生したのに伴う節電対策の一環として、同年春季リーグにおいては「日没で試合続行が不可能となった場合はコールドゲーム」とするなど特別ルールが制定された。その他は次に示す。

順位決定方法

※以上は基本的に東京六大学野球連盟として独自のもの。他のリーグで採用しているものもあるが、大学野球では基本的にはリーグ細則は独自のものとして運用される。

審判・公式記録員

審判員・公式記録員とも、各校が各々選任したOBが務める。審判員は各校から3名ずつ選出され、球審及び塁審3名の4名(照明点灯時は線審2名が加わる)で審判を行う。また、試合判定に関わる規則委員も各校から1名ずつ、選任されたOBが務める。各試合の審判員・記録員とも、対戦当該校以外の者が務める(例:早慶戦では明・法・立・東の4校のOBが審判員及び記録員を務める)。また、球場スタンド内のボール係は、各校のベンチ入り以外の部員が務めている。

背番号・ユニフォーム

各校に共通して、背番号は監督が30、助監督・学生コーチが40・50・51、主将が10と決められている。プロ野球にある「0」「00」番は存在しない。

各校とも、背番号に一定の原則を有している。例えば早稲田なら、投手は10番台、内野手は一桁、正捕手は6番、外野手は20番台、第二捕手は26番(詳細は早稲田大学野球部を参照)、明治ならレギュラーは守備位置に応じて背番号が振り分けられる(捕手なら2番、遊撃手なら6番)、立教なら31番以上の番号を選手は付けない、などである。新人やシーズン途中からベンチ入りした選手などはその時点の空き番号や30番台をつけることが多い(年度により使用しない大学もある)。背番号はカードごとに変更可能であり、開幕当初とシーズン後半で背番号が違う選手も見られる。

早稲田のみ、9番を欠番としている。これは1972年の第1回日米大学野球選手権の試合中に頭部に送球を受けて死去した東門明が、大学では9番を使用していたためである。

ユニフォームは早慶以外の4校は先攻用・後攻用(グレーを基調とする)の2種類を一時期使用していた(長嶋茂雄の立教時代の写真で二種類のユニフォーム姿を確認できるのはそのため)が、現在は1種類のみ。特に早・慶・明は帽子やユニフォームのカラー・ロゴなどを戦前からほとんど変えていない。早・明は襟付きのユニフォームを使用しているが、これは日本野球の草創期の名残(その当時はもっと大きな襟であったが)をとどめているものである。

選手表彰

個人タイトルは首位打者(毎日新聞社制定)と最優秀防御率(読売新聞社制定)の2つ。それぞれにトロフィーが与えられる。規定打席・投球回数は時期により差異があったが、現在は打席はプロ野球同様試合数×3.1を規定打席数とし、投球回数は試合数×2を規定回数としている。

アマチュア野球担当記者たちの投票によりベストナインを選出している(1954年秋季から)。ベストナイン選外の選手でめざましい活躍をした選手には特別賞が与えられる。過去には本塁打記録を大幅更新した法政田淵幸一、史上2人目の完全試合を達成した立教上重聡の2名。

2003年春季リーグ戦より、連盟ホームページにおいてファン投票によるMVPを選出している。斎藤佑樹が入学して以降は成績にかかわらず斎藤が大量得票でMVPに選出されようになり、2010年秋季には投票ページに良識ある投票を呼びかける注意書きが設けられた。

開・閉幕式

リーグ戦第1週の試合前に開幕式を、早慶最終戦終了後に閉幕式を行う(優勝決定戦が行われるときには決定戦の終了後)。開幕式では連盟理事長の挨拶、前シーズン優勝チームからの天皇杯返納と選手宣誓(前シーズン優勝チームの主将が行う)が行われる。閉幕式では各杯の授与と連盟理事長の挨拶が行われる。なお個人表彰・ベストナイン表彰は閉幕式中には行われず、終了後に表彰と写真撮影が行われる。

いずれも、東京六大学応援団連盟が協力している。入場行進曲は各校の第一応援曲のメドレーがリーグ戦の順位の順番で吹奏され、曲が代わるのに合わせて一塁側ファウルグラウンドに控えている各校の第一応援旗が掲揚される。

2010年の結成85周年記念として、優勝校には優勝旗(天皇杯トロフィー共々持ち回り)が贈呈される

連盟ホームページ(下記「外部リンク」参照)

2000年より稼働し、全試合の速報・結果、個人成績や過去の成績、連盟役員や各校の部員名簿などを掲載。試合速報はほぼリアルタイムに近い速さで配信している。試合速報・結果の画面は、神宮球場のスコアボードを模している。ファン投票によるMVP選出も行っている。携帯版でも試合速報をほぼリアルタイムで配信している。

フレッシュリーグ(新人戦)

2016年度秋季まで、新人戦として春秋リーグ戦の最終日(原則として早慶戦)の翌日から行われた。出場は1・2年生が対象で(他校より部員数が少ない東大は3・4年生も参加可能)、原則として神宮球場で行うが、プロ野球の試合スケジュールの都合で、加盟各大学のグラウンドを借りて開催する場合もあった。

大会は特別ルールが適用され、延長戦はタイブレークを採用。「ノーアウト1・2塁」という設定とし、9回終了時の次の打者から攻撃を開始。9回終了時の最後の2人の打者がそれぞれ1・2塁にたつ。また試合成立後天災により同点で途中打ち切りとなった場合はサスペンデッドゲームとする。2016年まで新人戦トーナメントだった時期は決勝戦と3位決定戦はタイブレークは適用せず。神宮でプロ野球開催がある場合の午後4時以後を超えた場合は次のイニングに入らない。また日没・および神宮の規定時間を越えて同点である場合、決勝戦は優勝預かりとみなす。3位決定戦は9回終了で次のイニングに入らない。(但し加盟校のグラウンドで行う場合3位決定戦を実施しない)審判は球審と塁審(内野全てを兼ねる)の2人。

2017年度春季からは、フレッシュリーグの名称でリーグ戦の前座として、開幕日、リーグ戦中のプロ野球併用日を除く毎日1試合及びリーグ戦最終日の翌日から3日間は各2試合、6チーム総当たりリーグを行う。リーグ戦と同時開催日は9回以前でも1時間50分を超えて新たなイニングに入らない。同年秋季は従来通りトーナメントを行う。

その他

連盟結成までの経緯

連盟成立・結成にまつわる経緯と諸説

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この節は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。出典を追加して記事の信頼性向上にご協力ください。(2019年10月)

東京六大学野球連盟が結成された当時は娯楽文化が現在とはだいぶ異なる様相を呈しており、当該野球対抗戦はスポーツ競技娯楽として絶大な人気を集めていた(詳細は前述の特徴の章を参照)。このため、六大学野球連盟成立前の加盟候補に挙がったチームや、成立後に至ってもこの連盟に加盟を希望するチームは枚挙にいとまなかった。また、東都大学野球連盟との関係に関してもさまざまな異説が流布されている。(詳細は東都大学野球連盟参照)以下にそれらにまつわる事例を紹介する。(下記の大学以外にも伝承・伝聞が諸説存在するが、検証可能なものについてのみ記述した。)

三田綱町球場(現在は慶應義塾中等部グラウンドとなっている)
橋戸信(慶應への挑戦状を書いたとされる人物。1959年野球殿堂入り)
飛田穂洲(三大学リーグ結成時は東京運動記者倶楽部の委員、1919年に早大野球部監督となり、「本邦のマグロー氏」と称された)
大正末期の明大野球部(剛腕投手湯浅禎夫を擁してしばしば早慶を苦しめた)

沿革

※連盟結成以降を記述。

安部磯雄(早大野球部長。早慶戦復活時のスピーチで応援マナーの大切さを訴えた)
東京六大学野球の一場面(1930年秋の法立戦)
小泉信三(慶應義塾塾長。戦時下の野球弾圧に抵抗し、連盟解散後も出陣学徒壮行早慶戦の開催に尽力した)
マッカーサー元帥
法政三羽ガラス(1968年)
2017年の東京六大学野球
出典:wikipedia
2020/08/14 01:55

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