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東京駅とは?

とうきょう
Tōkyō

【所在地】
東京都千代田区丸の内一丁目
所属事業者
東日本旅客鉄道(JR東日本・駅詳細)
東海旅客鉄道(JR東海・駅詳細)
東京地下鉄(東京メトロ・駅詳細)
東京駅全景(2012年9月30日)
東京駅夜景(2012年10月4日)

東京駅(とうきょうえき)は、東京都千代田区丸の内一丁目にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)・東海旅客鉄道(JR東海)・東京地下鉄(東京メトロ)のである。

※以下、JR東日本とJR東海を総称する場合は「JR」と表記する。

目次

  • 1 概要
    • 1.1 乗り入れ路線
    • 1.2 中央駅としての位置付け
    • 1.3 建設当時の東京駅
    • 1.4 将来の計画
  • 2 歴史
    • 2.1 完成
    • 2.2 発展
    • 2.3 戦災と復興
    • 2.4 現在
  • 3 駅構造
    • 3.1 JR東日本
      • 3.1.1 プラットホーム
        • 3.1.1.1 在来線地上ホーム(1 - 10番線)
        • 3.1.1.2 新幹線ホーム(20 - 23番線)
        • 3.1.1.3 総武地下ホーム(総武地下1 - 4番線)
        • 3.1.1.4 京葉地下ホーム(京葉地下1 - 4番線)
        • 3.1.1.5 のりば
    • 3.2 JR東海
      • 3.2.1 のりば
    • 3.3 東京メトロ
      • 3.3.1 のりば
    • 3.4 国鉄・JR線地上ホームの変遷
    • 3.5 その他
      • 3.5.1 地下水上昇問題
  • 4 再開発事業
    • 4.1 赤レンガ駅舎の復原
      • 4.1.1 復原に至る経緯
      • 4.1.2 復原工事
  • 5 その他の特徴
  • 6 駅弁
  • 7 利用状況
    • 7.1 年度別1日平均乗降人員
    • 7.2 年度別1日平均乗車人員(1910年代 - 1930年代)
    • 7.3 年度別1日平均乗車人員(1953年 - 2000年)
    • 7.4 年度別1日平均乗車人員(2001年以降)
    • 7.5 備考
  • 8 駅周辺
    • 8.1 丸の内口
    • 8.2 八重洲口
    • 8.3 日本橋口
    • 8.4 地下街
  • 9 バス路線
  • 10 駅長
  • 11 隣の駅
  • 12 脚注
    • 12.1 記事本文
      • 12.1.1 注釈
      • 12.1.2 出典
    • 12.2 利用状況
  • 13 参考文献
    • 13.1 登場する文学作品
  • 14 位置情報
  • 15 関連項目
  • 16 外部リンク

概要

プラットホーム遠景
(2004年4月22日)

東京の表玄関とも言うべきターミナル駅。特に東海道新幹線東北新幹線の起点となっており、全国の新幹線網における最大の拠点となっている。また、東海道本線東北本線など主要幹線の起点駅でもある。当駅から乗り換えなしで実に33都道府県と結んでおり、1日当たりの列車発着本数は約3000本という日本を代表するターミナル駅の一つである。プラットホームの数は日本一多く、在来線が地上5面10線と地下4面8線の合計9面18線、新幹線が地上5面10線、地下鉄は地下1面2線を有しており、面積は東京ドーム約3.6個分に相当する。赤レンガ造りの丸の内口駅舎は辰野金吾らが設計したもので、1914年に竣工、2003年に国の重要文化財に指定されている。「関東の駅百選」認定駅でもある。

JR東京駅の事務管コードは、▲460101または▲440101である。JR東日本、JR北海道では前者を使うが、他の旅客鉄道会社では後者を使うことの方が多い。

なお、東京都区内は▲449901、東京山手線内は▲449902の事務管コードが用いられている。しかしながら、前者が▲469901、後者が▲469902を用いるケースもある。

乗り入れ路線

東京駅とその周辺駅の位置関係
当駅周辺のJR在来線の線路名称と運転系統

当駅にはJRの新幹線と在来線各線(後述)、東京メトロの丸ノ内線が乗り入れている。JR東日本の駅には「 TYO 」のスリーレターコードが、丸ノ内線の駅には「M 17」の駅番号が与えられている。また、当駅を発着するJR線と東京メトロ大手町駅間との連絡運輸東西線のみ行われている。

JRの駅に乗り入れている路線は、正式な線路名称上は、新幹線が東海道新幹線東北新幹線の2路線、在来線が東海道本線東北本線総武本線京葉線の4路線であり(詳細は路線記事および「鉄道路線の名称」を参照)、東海道本線を当駅の在来線における所属線としている。管轄会社は東海道新幹線がJR東海、東北新幹線がJR東日本となっている。これら各路線はすべて当駅を起点としており、当駅構内にはこれら各線の0キロポストが設置されている。ただし旅客案内では後述の運転系統名称が使用される。案内上の「東北(本)線」は長・中距離列車を意味し、それらはかつて上野駅発着であったため、当駅では用いられていなかった。現在は上野東京ラインが開業し、特に東海道新幹線における車内放送の乗り換え案内を中心に使われるようになった。なお中央本線についてもかつては当駅が正式な起点であったが、当駅 - 神田間における東北本線との二重戸籍区間を解消するため、JRへの移行に伴い中央本線は神田駅が起点とされた。ただし、現在でも0キロポストは設置されている。

運転系統では、JR東日本の新幹線ホームには、以下の路線の列車が乗り入れている。

また在来線に関しても多岐にわたる運転系統が発着する。これらの在来線各線のうち、宇都宮線・高崎線と常磐線、京葉線と武蔵野線が同一の線路を共有している。それ以外は、各系統ごとに専用の線路が割り当てられている。なお、東北本線に乗り入れる列車は、中央線電車を除き、日中の全列車が東海道本線と直通している。

JRでは当駅を「中央駅」と位置付けており、前身である日本国有鉄道(国鉄)の時代から列車の進行方向を示す「上り・下り」の基点となっていた。現在、中央本線は当駅 - 神田間は戸籍上東北本線となっているが、起点であった当駅へ向かう列車が引き続き上りとされている。なお、「中央駅」である当駅は東京都区内および東京山手線内各駅を発着するJR線長距離乗車券運賃を算出するためのキロ数基準駅ともなっている(前者:201km以上、後者:101 - 200km)。

中央駅としての位置付け

1889年に国鉄東海道本線の新橋 - 神戸間が全通し、私鉄の日本鉄道が上野を始発駅として青森に向けて線路を建設していた。そこで、新橋と上野を結ぶ高架鉄道の建設が東京市区改正計画によって立案され、1896年の第9回帝国議会でこの新線の途中に中央停車場を建設することが可決された。実際の建設は日清戦争日露戦争の影響で遅れ、建設工事戦争終了後の1908年から本格化し、1914年12月18日に完成し、同時に「東京駅」と命名された。

建設当時の東京駅

ドイツから招へいされて日本の鉄道建設を指導していた技術者フランツ・バルツァーにより駅の位置や規模、構内の配置が決められた。駅舎は繁華街のある東側(現在の八重洲側)ではなく、陸軍の練兵場跡地だった西側(現在の丸の内側)と決まった。皇居の正面と対峙することになり、国家の象徴的な位置付けであった。プラットフォームはレンガ積の高架式で新橋駅まで複々線の高架橋が計画された。東側には貨物ヤードが置かれることになった(後に車両基地に変更)。バルツァーは日本風の駅舎を提案していたが日本側に反対意見が多く実現しなかった。

駅舎は辰野金吾葛西萬司が設計し、埼玉県深谷市から鉄道輸送されたレンガ鉄筋造り、3階建て総建坪9,545m・長さ330mの豪壮華麗な洋式建築である。南北にそれぞれドーム状の屋根があり、当時は丸の内南口が乗車口、丸の内北口が降車口と分けて使用されていた。中央の玄関は皇室専用とされ、規模は小さいものの、細かい装飾が各所に施されていた。中央玄関と東西の一般出入り口との間に、各1つ別の出入り口があるが、これは荷物の搬入搬出口として設けられた。開業年の1914年第一次世界大戦の開戦の年でもあり、中国青島周辺のドイツ租借地を占領した陸軍の司令官神尾光臣中将が凱旋し、皇居に参内するイベントに合わせて開業式を行った。

アムステルダム中央駅が当駅舎を設計する際のモデルになったという説があるが、1988年以降に藤森照信らをはじめとする西洋建築研究者により設計者の系譜や建築様式の両面から、否定的な意見も出ている(要出典)。辰野は英国留学の経験がありロンドンのターミナル駅を参考にした可能性もある。

(以降は歴史年表を参照のこと)

将来の計画

つくばエクスプレス延伸・都市部臨海地下鉄構想
首都圏新都市鉄道つくばエクスプレス大深度地下を利用して秋葉原駅から当駅に乗り入れる計画がある。駅は丸の内仲通り直下に建設される予定である。1985年運輸省運輸政策審議会による運輸政策審議会答申第7号では当駅起点での整備を求めながらも、採算面の問題で秋葉原駅始発へ変更された経緯がある。
さらに、2016年の国土交通省交通政策審議会による答申「東京圏における今後の都市鉄道のあり方について」では、中央区が推進している「都心部・臨海地域地下鉄構想」との一体整備および相互直通運転が盛り込まれている。
都心直結線(新東京駅)
京成押上線押上駅京急本線泉岳寺駅を当駅経由でつなぎ、成田空港から30分台、羽田空港から20分台のアクセスを実現させる都心直結線の構想がある。この構想では京急と京成の通勤電車も乗り入れるとしている。設置場所は、つくばエクスプレスと同じく丸の内仲通りの直下が有力で、つくばエクスプレスと一体整備する案もある。
京葉線の中央線方面延伸
2000年の運輸政策審議会答申第18号では、京葉線を大深度地下で新宿駅経由三鷹駅までの延伸を行い、中央線と直通運転させる延長線をともに2015年までに整備着手するのが適当であるとした。
東京モノレール延伸
浜松町駅止まりとなっている東京モノレールを東京駅へ延伸する計画がある。完成すれば羽田空港国際線ビル駅まで18分、羽田空港第1ビル駅まで23分に短縮されるとしている。しかし、親会社であるJR東日本はこの計画と競合する羽田空港アクセス線の計画を発表していることもあって、「東京圏における今後の都市鉄道のあり方について」には盛り込まれなかった。

歴史

詳細は「東京駅の歴史」を参照

完成

竣工当時の東京駅(前庭より)

1889年(明治22年)に神戸まで全通した官設鉄道の新橋駅と、私鉄・日本鉄道の上野駅を結ぶ高架鉄道の建設が東京市区改正計画によって立案され、1896年(明治29年)の第9回帝国議会でこの新線の途中に中央停車場を建設することが可決された。施工は大林組が担当。

日清戦争とその後の日露戦争が終わった1908年(明治41年)から建設工事が本格化し、1914年(大正3年)12月20日に開業した。中央停車場は皇居(宮城)の正面に設定され、「東京駅」と名付けられた。

発展

関東大震災直後、尋ね人のビラが貼られた東京駅警備巡査派出所(1968年、解体。1972年博物館明治村に移築)
丸の内側正面前で敬礼するヒトラーユーゲントの隊員(1938年)

1919年(大正8年)3月1日に中央本線が、1925年(大正14年)11月1日に東北本線が乗り入れ、1929年(昭和4年)12月16日には東側に八重洲橋口(現在の八重洲口)が開設するなど、徐々にターミナル駅としての体裁を整えていった。

1923年には関東大震災で被災したものの大きな被害はなく、1935年1940年満州国皇帝溥儀の来日においては昭和天皇が出迎えに来たほか、チャーリー・チャップリンの東京来訪や、1938年ヒトラーユーゲントの来日などにおいては東京の玄関口として機能した。

戦災と復興

空襲で焼失した東京駅の全景(1945年)
戦災復旧後、復元工事以前の丸の内口駅舎の近景(2007年)
 | 画像提供依頼:戦災復旧後、復元工事以前の丸の内口駅舎の全景の画像提供をお願いします。(2017年12月)

しかし、太平洋戦争末期の1945年(昭和20年)5月25日、アメリカ軍による東京大空襲では丸の内駅舎の降車口に焼夷弾が着弾、大火災を引き起こした。これによりレンガ造の壁やコンクリート製の床など構造体は残ったが、鉄骨造の屋根は焼け落ち、内装も大半が失われた。

同年8月の終戦直後から修復体制を整えて計画を立案し、年末から1947年(昭和22年)にかけて修復工事を行った。3つのドーム部分の外壁は修復したが、安全性に配慮してその他の焼失の著しかった3階部分内外壁は取り除いて2階建てに変更、中央ドームは木造小屋組で元の形に復原、南北両ドームは丸型から台形に変更、軒蛇腹・パラペット・壁面・柱型・窓枠などは2階建てになっても忠実に復原、南北ドーム内のホール天井はローマパンテオンを模したデザインに変更、といった内容だった。

できるだけ早期に本格的な建て直しをするつもりで「4、5年もてば良い」とされた修復工事だったが、占領軍の要求で突貫で進める中でも当時の鉄道省建築家・伊藤滋や松本延太郎たち、あるいは工事を行った大林組の日夜の努力でできるだけ日本の中央駅として恥ずかしくないデザインによる修復をした逸話が伝えられている。

一方、八重洲口には、1948年(昭和23年)11月16日にモダンデザイン建築の八重洲駅舎が竣工したが、翌1949年(昭和24年)4月29日に失火で焼失してしまい、1954年(昭和29年)10月14日に鉄道会館ビルが建てられ大丸が開業した。外堀が埋め立てられて、呉服橋、八重洲橋、鍛冶橋が解体撤去された。

現在

1964年(昭和39年)10月1日に東海道新幹線が開業し、1972年(昭和47年)7月15日には総武地下ホーム、1990年(平成2年)3月10日には京葉地下ホームがそれぞれ営業を開始、1991年(平成3年)6月20日には東北新幹線が当駅に乗り入れるなど、東京駅は順次拡大してきた。

その後、長らく先延ばしされてきた建て替え計画は、1999年(平成11年)から2000年(平成12年)にかけて、創建当初の形態に復原する方針がまとめられ、500億円とされた復原工事の費用を丸の内地区の高層ビルへの容積率の移転という形で捻出することで、丸の内地区の高層ビル建て替え事業と並行して、東京駅の復原工事が行われることとなった。復原工事自体は、2007年(平成19年)5月30日に起工され、2012年(平成24年)10月1日に完成した。

駅構造

かつて、現在のJR東日本とJR東海の駅は同じ国鉄の駅であったが、1987年国鉄分割民営化を機に、東海道新幹線は東海旅客鉄道(JR東海)、それ以外は東日本旅客鉄道(JR東日本)の管轄へと分離された。ここでは会社別に解説する。

JR東日本

【JR東日本 東京駅】

22・23番線(2009年7月)

とうきょう
Tōkyō
TYO

【所在地】
東京都千代田区丸の内一丁目9-1
北緯35度40分52秒
東経139度46分0秒
座標: 北緯35度40分52秒 東経139度46分0秒

所属事業者
東日本旅客鉄道(JR東日本)
電報略号
トウ
【駅構造】
高架駅地下駅
ホーム
2面4線(新幹線)
5面10線(在来線・高架)
2面4線(在来線・総武地下)
2面4線(在来線・京葉地下)
【乗車人員
-統計年度-】
467,165人/日(降車客含まず)
-2018年-
【開業年月日】
1914年(大正3年)12月20日
【乗入路線 16 路線】

【所属路線】
東北新幹線
(山形新幹線秋田新幹線北海道新幹線上越新幹線北陸新幹線直通含む)
【キロ程】
0.0km(東京起点)
(3.6km) 上野

【所属路線】
東海道線(上野東京ライン)
【駅番号】
JT01
【キロ程】
0.0km(東京起点)
(1.9km) 新橋 JT 02

【所属路線】
宇都宮線(上野東京ライン)
(高崎線常磐線直通含む)
【駅番号】
JU01
【キロ程】
0.0km(東京起点)
(3.6km) 上野 JU 02

【所属路線】
京浜東北線
【駅番号】
JK26
【キロ程】
0.0km(東京起点)
大宮から30.3km
JK 27 神田 (1.3km)
(0.8km) 有楽町 JK 25

【所属路線】
山手線
【駅番号】
JY01
【キロ程】
0.0km(東京起点)
JY 02 神田 (1.3km)
(0.8km) 有楽町 JY 30

【所属路線】
中央線
【駅番号】
JC01
【キロ程】
神田から1.3km
(1.3km) 神田 JC 02

【所属路線】
横須賀線・総武線(快速)
【駅番号】
JO19
【キロ程】
0.0km(東京起点)
JO 18 新橋 (1.9km)
(1.2km) 新日本橋 JO 20

【所属路線】
京葉線
(武蔵野線直通含む)
【駅番号】
JE01
【キロ程】
0.0km(東京起点)
(1.2km)八丁堀 JE 02

【備考】
直営駅(管理駅)
みどりの窓口
東京山手線内東京都区内駅(中心駅)
  1. ^ 正式な路線名は、有楽町・新橋方面は東海道本線、神田・上野方面は東北本線、新日本橋方面は総武本線
東海道線と宇都宮線・高崎線・常磐線は直通運転実施(上野東京ライン)
横須賀線と総武線(快速)は直通運転実施

JR東日本の駅は各路線の線路とホームが南北方向に伸びているが、地下の京葉線ホームのみ東西方向に伸びている。出入口は東西南北に設けられており、西側を丸の内口、東側を八重洲口、北東側を日本橋口、南側を京葉地下出口と称している。

東西の駅舎を連絡する改札内通路は北・中央・南の3本があり、それぞれの通路に対応して丸の内側・八重洲側それぞれの地上に3か所の改札口がある。丸の内側の地下3か所と八重洲中央口の地下にも改札口があり、丸の内側は東京メトロ丸ノ内線や丸ビル新丸ビル方面へ、八重洲側は八重洲地下街方面へ通じる。

このほか、新幹線の日本橋改札などがある。また、改札内通路の他に北口通路に隣接し東西の駅舎をつなぐ自由通路(1階・地下1階)がある。なお、南口にも東西の駅舎をつなぐ通路があるが、こちらは通行する人が限られている。日本橋口は唯一改札の外から新幹線乗り場に直接入ることができる。

新幹線乗換口(中央・南とも。乗換窓口・精算所業務を含む)、丸の内地下北口、京葉地下丸の内口、日本橋口の業務はJR東日本ステーションサービスに委託している。

在来線の構内は非常に広い。1階は改札内商業施設が充実している。長年、地下1階はコインロッカーが多く商業施設が少なかったが、2007年10月25日にJR東日本の商業施設「グランスタ」がオープンしたことにより人通りが爆発的に増えた。

これに合わせて、八重洲地下中央口の改札内にある待ち合わせ場所として有名な「銀の鈴」のリニューアルが行われ、1階と地下1階を結ぶエスカレーターが新設された。

対して、新幹線の構内はあまり広くなく、商業施設はホーム上にほぼ限られている。

駅コンコースにはJR東日本の管轄エリアも多く、それらの店舗やレストランなどでは電子マネーとして、Suicaおよびこれと相互利用可能な交通系ICカードが利用できる。

駅長(兼 常務執行役員)・助役配置の直営駅で、京葉線八丁堀駅越中島駅を管理する。