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東武バスイーストとは?

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東武バス株式会社
TOBU BUS CO., LTD.
本社(東武館)

種類
株式会社
【本社所在地】
日本
131-8522
東京都墨田区押上二丁目18番12号
東武鉄道本社内
【設立】
2002年(平成14年)1月30日
業種
陸運業
法人番号
9010601028389
【事業内容】
運行会社の管理業務 他
【代表者】
代表取締役社長 名倉 豊
【資本金】
25億7,635万円
【主要株主】
東武鉄道
【関係する人物】
根津嘉澄
【外部リンク】
www.tobu-bus.com/
東武バスの一般路線車両 (東武バスセントラルで使用される天然ガス車)
東武バスの一般路線車両 (東武バスウエストで使用されるハイブリッド車)
東武バスの高速車両 (あだたら号)

東武バス(とうぶバス)は、東武グループが運営するバス。

  • かつて東武鉄道バス事業本部が運行していたバスの通称。
  • 東武バス株式会社 - 上記同社からの分社により設立。下記の運行担当子会社4社の統括会社。
    • 東武バスセントラル
    • 東武バスウエスト
    • 東武バスイースト
    • 東武バス日光
  • 上記の運行担当4社が運行するバスの総称。
  • 東武バスグループ - 東武バス株式会社および運行担当4社の総称。

本項では東武バス株式会社を中心に、これらを総括して詳述する。

東武バス株式会社(とうぶバス、英称:TOBU BUS CO., LTD.)は、東京都北東部、埼玉県南部および西部、千葉県北西部、そして日光地区に路線を有する東武鉄道グループのバス事業者である。かつて東武バスといえば東武鉄道バス事業本部の運営するバスを指す呼び名であったが、2002年4月に同事業本部が分社化され、現在の東武バス株式会社が設立された。なお、同社は統括会社(中間持株会社)として管理業務のみを行ない、運行は地域ごとに設立された東武バスセントラル東武バスウエスト東武バスイースト東武バス日光の4社が担当する。これらの運行会社を合わせた5社から東武バスグループを形成する。

目次

  • 1 沿革
    • 1.1 東武バスの生い立ち
    • 1.2 戦時下における事業統合
    • 1.3 戦後の発展
    • 1.4 路線撤退・移管そしてバス事業本部の分社化
  • 2 運行会社、営業所
    • 2.1 東武バスセントラル
    • 2.2 東武バスウエスト
    • 2.3 東武バスイースト
    • 2.4 東武バス日光
  • 3 高速バス
    • 3.1 東武バスセントラル
    • 3.2 東武バスウエスト
    • 3.3 東武バスイースト
    • 3.4 東武バス日光
    • 3.5 廃止された路線
  • 4 深夜急行バス
    • 4.1 東武バスセントラル
    • 4.2 東武バスウエスト
    • 4.3 東武バスイースト
    • 4.4 廃止された路線
    • 4.5 年表
  • 5 車両
    • 5.1 概説
    • 5.2 カラーリング
    • 5.3 社番
    • 5.4 廃車車両の譲渡
  • 6 一日乗車券
  • 7 閉所になった営業所
    • 7.1 東武バスの営業所・路線を引き継いだ関連子会社
  • 8 東武グループのバス事業
  • 9 脚注
  • 10 参考文献
  • 11 外部リンク

沿革

東武バスの生い立ち

東武バスの歴史は、昭和初期に東武鉄道が2本建ての経営形態によりバス事業を開始したことに始まる。その1つは、1933年に傍系会社として毛武自動車を設立、群馬県埼玉県北部でのバス事業を開始したものであり、もう1つは、翌1934年に東武鉄道本体が川越地区において、直営の路線バス事業を開始したものである。以後、概ね東武本線沿線は毛武自動車、東武東上線沿線は直営によってバス路線の拡張が進められることとなるが、関東地方では他の大手私鉄と比べると事業開始の時期が遅かったため、既に沿線には多数の中小バス事業者が乱立しており、事業の拡張は主にそれらの買収・合併により進められた。

毛武自動車は当初、群馬県太田に営業所を置き、太田・桐生・熊谷周辺に路線を有していたが、創業から1年が経った1934年には早くも両毛回進社、東毛自動車、毛武遊覧自動車の3社を合併し、事業規模を拡大した。さらに、周辺事業者の買収を行い、1935年には群馬県北部における営業を本格化するため前橋営業所を設置、翌1936年に騎西自動車、野州自動車等を買収し、加須、栃木、渋川に営業所を新設した(前橋は渋川の出張所となる)。これらによって、事業区域が毛武地方外にも拡大したことから、1936年9月に社名を東武自動車と改めた。

次いで東武自動車は1937年、奥日光自動車、赤城山自動車、坂東自動車を合併、利根地方に路線を拡大するとともに沼田営業所を設置した。また同年には、桐生市内線等を運営する桐生市街自動車も合併し、桐生、伊勢崎、館林にも営業所を開設した。

一方、川越地区において開業した東武鉄道の直営バスも、その後徐々に周辺事業者の買収を繰り返し、成増・越生・松山(現東松山)・草加周辺等へと路線網を拡大していた。1939年に至り、これらも東武自動車が引き継ぐことでバス事業の一元化が図られることとなり、旧直営バスの車庫は川越営業所、草加営業所となった。さらに同年、傍系会社の京水モーターバス、埼玉自動車、英自動車の3社を合併、それぞれの事業を南千住、熊谷、下館の各営業所を設置して継承した。

戦時下における事業統合

戦争の拡大に伴う物資不足によりバス事業の継続が困難となる中で、交通統制の必要から、鉄道省は1941年より地域ごとにバス事業者の統合を命じていった。これに従い、東武自動車は埼玉・群馬・茨城・栃木各県における統合主体となって多数の事業者を買収、さらに1943年に傍系の茨城急行自動車(現存する同名会社とは異なる)、群馬自動車、上武自動車の3社を合併し、境、中之条、本庄に営業所または出張所を置いて事業を継承した。また、1944年には、東武鉄道が総武鉄道(野田線の前身)を合併した事により引き継いだバス事業を東武自動車が譲受し、大宮、野田両営業所を設置した。

都内においては、常磐線東南部の路線が京成電鉄に併合されることになったため、南千住営業所の路線のうち、千住大橋~堀切間を同社に譲渡し、さらに1942年に南千住営業所に対して疎開命令が下ったため、これを西新井に移転して西新井営業所とした。また、1945年には花畑乗合自動車を合併、草加・北千住間などの路線を継承している。

戦後の発展

第二次世界大戦後の1947年には、東武鉄道が東武自動車および日光軌道を合併し、以後2002年に分社化されるまでの東武鉄道のバス事業の基礎が確立された。その後も、千葉、埼玉、群馬で路線の拡大を図っていく。また、他事業者の買収やグループ化なども行っており、1958年には阪東自動車を傘下に入れている。

路線撤退・移管そしてバス事業本部の分社化

1970年代の路線バス(旧塗色)

しかし、1970年代に入ると群馬を始めとする地域での急速なモータリゼーションの発展や道路渋滞、鉄道の利便性の向上、山間部における過疎化など日本全国で見られた問題が影響し、徐々に東武鉄道のバス事業は縮小していくこととなった。

輸送人員が1980年代には1970年前後の約20%程度まで激減した結果、特に関東地方北部の栃木県、群馬県および埼玉県北部において路線の廃止や東武グループ貸切バス事業者への移管が進められていくようになった。なお、この他の地域では見られないほどの急速な路線撤退と、東武鉄道のみによる独占営業地帯でもあったため、その過程においては全国初の「バスの走らない市」(館林市、1986年)を生み出す事態につながった。しかし、これらの施策にもかかわらず、東武鉄道のバス事業は赤字へと転落することとなった。このため、1990年以降は、さらなる路線の縮小や東武グループ以外の事業者に移管することとなった。

さらに移管は止まらず、2000年以降になると従来東京のベッドタウンとして団地線を中心に収益を生み出していた埼玉県南部の地域の路線も移管されはじめた。そのような中、東武鉄道は経営改善を目指すために社内分社などさまざまな方策を検討することとなった。その結果、東武鉄道本体の労働コストのままバス事業を続けていくことは困難であるとして、2001年9月にバス事業の分社化を決定することとなった。この際に、東武鉄道は、バス事業を資産管理会社として東武バス、エリアごとにバスを運行する東武バスイースト東武バスセントラル東武バスウエスト東武バス日光に分割する形をとった。

その後、2002年に子会社への移管が実施された。移管後も、つくばエクスプレスの開業などにより大きな影響を受けることとなった。

運行会社、営業所

東武バスの運営業務は、分社化と同時に設立された東武バスセントラル、東武バスウエスト、東武バスイースト、東武バス日光の4つの運営会社が地域ごとに担当する。各社の担当地域は以下の通りである。運行路線の詳細は、各営業所記事を参照のこと。営業所名に続く括弧内の英字2字は営業所の略記で、主に高速バス・空港リムジン車・貸切車・深夜急行バスの後部に掲出されている。

分社化と同時に、従来の営業所を「営業事務所」、出張所を「営業所」に変更しているが、これは法令の変更に伴うもので会社組織的には内容の変更はない。また東武バスにおける営業事務所と営業所の違いは、規模やエリアなどではなく会社組織的な都合で区別されているものであり、運行上は営業事務所と傘下となる営業所の間に関係はない。

東武バスセントラル

東武バスセントラルで使用される大型路線車

主に東京都北東部、埼玉県南東部を担当する運行会社であり、本社は東京都足立区伊興本町の足立営業事務所内にある。

東武伊勢崎線(東武スカイツリーライン)沿線の住宅路線を主力とし、足立、草加の2営業事務所と6営業所を有する。日本バス協会傘下の東京バス協会の会員である。東北方面への高速路線の運行も担当している。はとバスと共同で東京発の日光方面定期観光バスも運行する。

東武バスウエスト

東武バスウエストで使用される大型路線車

主に埼玉県中南部、南西部を担当する運行会社であり、本社は埼玉県さいたま市北区の大宮営業事務所内にある。日本バス協会傘下の埼玉県バス協会の会員である。

設立にあたり、乗務員の不足から川越営業所森林公園出張所及び坂戸出張所の一部路線を川越観光自動車に、上尾営業所菖蒲出張所及び上尾営業所の一部路線を朝日自動車へ移管した。

東武野田線(東武アーバンパークライン)とJR高崎線沿線を管轄する大宮営業事務所、東武東上線沿線を管轄する川越営業事務所と新座営業事務所、および4つの営業所を有する。埼玉県より国民保護法に基づく指定地方公共機関に指定されている。

東武バスイースト

東武バスイーストで使用される大型路線車

千葉県北西部を担当する運行会社であり、本社は千葉県柏市の西柏営業事務所内にある。日本バス協会傘下の千葉県バス協会の会員である。

設立にあたり、沼南営業所の一部路線を阪東自動車に移管している。

路線の大半が柏駅をターミナルに運行されており、同駅を境に西側を西柏営業事務所が、東側を同営業事務所下の沼南営業所が担当する。管轄地域の路線の基礎は、東武野田線(東武アーバンパークライン)の前身である総武鉄道によって築かれたもので、戦後のベッドタウン化の流れの中で多数の住宅路線が開設された。

東武バス日光

東武バス日光で使用される観光型路線車

栃木県の日光地区を担当する運行会社である。本社は栃木県日光市である。詳細は東武バス日光の項目を参照のこと。

分社化前に鬼怒川地区の路線がグループ会社の東武ダイヤルバスへ譲渡されたため、営業所は日光営業所のみである。観光路線であるだけでなく、いろは坂のように勾配の続く路線が多いことや、冬季の保温性を考慮して観光タイプの車両が主力である。

高速バス

高速バスは2009年12月現在、東北方面へ向かう2路線の他、東武鉄道沿線を起点とする羽田・成田空港への連絡バスが運行されている。<>内は共同運行会社。

東武バスセントラル

以下の9路線を担当する。なお、いわき号は常磐自動車道経由、あだたら号は東北自動車道経由である。

高速バス いわき号

東武バスウエスト

以下の8路線を担当する。

東武バスイースト

以下の1路線を担当する。なお、同社はかつてJRバス関東と共同で東京駅 - 江戸川台駅間の路線を運行していたが、2006年2月28日に廃止された。

柏駅~羽田空港線
  • 羽田空港 - 柏駅西口 <京浜急行バス>

東武バス日光

以下の1路線を担当する。

横浜・羽田空港 - 日光・鬼怒川線

廃止された路線

深夜急行バス

ミッドナイトアロー柏(2748)

深夜急行バスは、「ミッドナイトアロー」の愛称で10路線が深夜の帰宅の足として運行されている。いずれも高速型の車両による運転であったが、交通バリアフリー法の適用に伴いワンステップバスをベースとしたワンロマへの置き換えが進んでいる。いずれの路線も平日のみの運行である。

1989年に東武鉄道バス事業本部初の深夜急行バスとなるミッドナイトアロー川越が運行を開始し、翌年にはミッドナイトアロー柏・ミッドナイトアロー春日部が運行を開始した。2002年に分社されるまでの約13年間は、この3路線の運行形態が続いていた。

東武バスセントラル

東武伊勢崎線(含む、東武スカイツリーライン)沿線の、以下の3路線を担当する。

東武バスウエスト

東武東上線、東武野田線(東武アーバンパークライン)及び埼玉新都市交通(ニューシャトル)沿線の、以下の5路線を担当する。

  • 東上線方面
  • 野田線(アーバンパークライン)方面
    • ミッドナイトアロー岩槻・春日部:大宮駅東口→岩槻駅東岩槻駅入口→豊春駅入口→八木崎駅入口→春日部駅西口
      • 大宮駅東口→岩槻駅は、大50系統と同じ経路を運行する。
    • ミッドナイトアロー岩槻:春日部駅西口→八木崎駅入口→東岩槻駅入口→岩槻駅
      • ミッドナイトアロー岩槻・春日部の折り返し運転。往路と同じ経路で運行するが、「豊春駅入口」は通過する。
  • 埼玉新都市交通(ニューシャトル)方面
    • ミッドナイトアロー伊奈・内宿:大宮駅東口→伊奈中央駅内宿駅
      • 大宮駅の埼玉新都市交通(ニューシャトル)のりばは西口にあるが、深夜急行バスは東口から発車する。

東武バスイースト

東武野田線(東武アーバンパークライン)、JR常磐線沿線の、以下の2路線を担当する。

廃止された路線

  • ミッドナイトアロー大宮・川越:大宮駅西口→シティハイツ三橋→本川越駅→川越駅東口(2007年12月25日-2009年2月10日)
  • ミッドナイトアロー和光・志木:池袋駅西口→和光市駅南口→志木駅南口(2008年12月11日-2012年10月29日)

年表

  • 1989年(平成元年) 12月18日 - ミッドナイトアロー川越を運行開始。
  • 1990年(平成2年)
    • 2月28日 - ミッドナイトアロー柏を運行開始。
    • 9月4日 - ミッドナイトアロー春日部を上野駅始発で運行開始。
  • 2002年(平成14年) - 東武バス分社化に伴い、上記3路線を3社が1路線ずつ担当する。
  • 2003年(平成15年)12月22日 - ミッドナイトアロー吉川・三郷を運行開始。
  • 2005年(平成17年)12月12日 - ミッドナイトアロー岩槻・春日部を運行開始。
  • 2006年(平成18年)12月11日 - ミッドナイトアロー久喜を北千住駅西口始発で運行開始。
  • 2007年(平成19年)
    • 3月26日 - ミッドナイトアロー岩槻を運行開始。
    • 5月24日 - ミッドナイトアロー久喜の始発停留所を上野駅に変更。
    • 12月11日 - ミッドナイトアロー久喜の上野駅出発時刻を10分繰り下げ。
    • 12月25日 - ミッドナイトアロー大宮・川越を運行開始。
  • 2008年(平成20年)
    • 3月17日 - ミッドナイトアロー吉川・三郷の新越谷駅東口出発時刻を30分繰り下げ。
    • 4月25日 - ミッドナイトアロー東松山・森林公園を運行開始。
    • 12月11日 - ミッドナイトアロー和光・志木、ミッドナイトアロー伊奈・内宿を運行開始。
  • 2009年(平成21年)2月10日 - ミッドナイトアロー大宮・川越を廃止。
  • 2010年(平成22年)7月5日 - ミッドナイトアロー柏を我孫子駅北口へ延伸し、ミッドナイトアロー柏・我孫子に名称変更。
  • 2011年(平成23年)5月30日 - ミッドナイトアロー久喜、ミッドナイトアロー春日部で新越谷駅東口からの乗車取り扱いを開始。ミッドナイトアロー春日部の上野出発時刻を10分繰り下げ。
  • 2012年(平成24年)
    • 4月2日 - ミッドナイトアロー吉川・三郷が吉川美南駅に停車開始。運行担当を足立営業事務所から草加営業事務所に移管。
    • 10月29日 - ミッドナイトアロー和光・志木を廃止し、ミッドナイトアロー川越に統合。
  • 2013年(平成25年)12月20日 - ミッドナイトアロー久喜を東鷲宮駅西口へ延伸し、ミッドナイトアロー久喜・東鷲宮に名称変更。
  • 2014年(平成26年)12月18日 - ミッドナイトアロー アーバンパークライン野田を運行開始。
  • 2015年(平成27年)11月30日 - ミッドナイトアロー春日部の始発停留所を東京駅に変更。
  • 2016年(平成28年)11月24日 - ミッドナイトアロー吉川・三郷を南流山駅へ延伸し、ミッドナイトアロー吉川・三郷・南流山に名称変更。レイクタウン北、越谷レイクタウン駅入口、三郷駅北口に停車開始し、三郷駅入口 - 早稲田八丁目間を廃止。

車両

概説

  • 東武バスの車両は、いすゞ製と日野製がほぼ半々となっている。いすゞ車は1985年以降は富士重工車体が標準であったが、ノンステップバスの導入以降は純正車体となっている。かつては日野車で富士重工車体の車両も存在した。都内用は前中扉車、その他の地区は前後扉車と日野車の大型車の一部が3扉車だったがワンステップ以降はその他の地区用も前中扉車になった。
  • 国土交通省の発表するノンステップバス導入率が高い事業者ベスト30で、セントラルが13位、ウエストが16位、イーストが19位、にランクインした。ちなみに1位は東京都交通局
  • 東武バスでは、営業所ごとに採用しているLED方向幕が違う。昔から、日野自動車のバスを選択していた営業所は、オージ製のLEDで、いすゞ自動車を選択していた営業所は、レシップ製を採用している。
  • 車両は4社が所有する形ではなく、東武バスが管理し、4社にリースするという形をとっており、車両増減などの事業計画によって東武バスが仲介役となって4社間を転籍している。転籍に伴う工事は朝日自動車グループ朝日カーメンテナンスで行っている。

カラーリング

1970年(昭和45年)までは青と革色(バフ)の塗装で、一般路線車と貸切車・長距離路線車では色は同じであるがデザインが異なっていた。運転訓練車の2644号車はこの塗装に復刻されているが、青帯の数が1本少なかったり、前面・後面に「東武」と表記されているなど差異がある。1970年からは、路線車についてはアイボリーと青に変更された。1985年に現在の塗装である、東武鉄道の日光線方面優等列車用車両と同じオレンジ・赤に変更された。塗装上部には「東武バス」と表記されているが、分社化後に導入した車両は譲渡車も含め「東武」と表記されていた。2011年以降に導入された新車は「東武バス」の表記に戻っている。

1970年以降の貸切車・長距離路線車の色は、白をベースに青・橙・グレーが配されたもので、スーパーハイデッカー車については、配色はそのままでデザイン変更が行われた。また、1992年からは、車体の社名表記が「TO-B」から「TOBU」に変更された。その後、1990年代中盤に東武グループ貸切共通色(白をベースに後ろに向かって赤~オレンジのグラデーション)が制定されたことにより、現在はほぼ統

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出典:wikipedia
2018/05/23 02:33

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