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東海道本線とは?

【基本情報】

【通称】
東海道線(東京駅 - 神戸駅間)
上野東京ライン(東京駅 - 沼津駅間)
横須賀線(東京駅 - 武蔵小杉駅 - 大船駅間)
湘南新宿ライン(品川駅 - 武蔵小杉駅 - 小田原駅間)
京浜東北線(東京駅 - 横浜駅間の電車線)
山手線(東京駅 - 品川駅間の電車線)
美濃赤坂線(大垣駅 - 美濃赤坂駅間)
垂井線(南荒尾信号場 - 垂井駅 - 関ケ原駅間)
琵琶湖線(米原駅 - 京都駅間)
湖西線(山科駅 - 京都駅間)
JR京都線(京都駅 - 大阪駅間)
JR神戸線(大阪駅 - 神戸駅間)
JR宝塚線(大阪駅 - 尼崎駅間)
【国】
日本
【所在地】
東京都神奈川県静岡県愛知県岐阜県滋賀県京都府大阪府兵庫県
【種類】
普通鉄道(在来線幹線)
【起点】
東京駅
【終点】
神戸駅
【駅数】
183駅(内訳は路線データ参照)
電報略号
トカホセ
【路線記号】
(東京 - 熱海間の列車線)
(東京 - 武蔵小杉 - 大船間)
(西大井 - 武蔵小杉 - 大船間)
(東京 - 横浜間の電車線)
(東京 - 品川間の電車線)
CA(熱海 - 米原間)
A(米原 - 神戸間)
B(山科 - 京都間)
G(大阪 - 尼崎間)
【開業】
1872年10月14日
【所有者】
東日本旅客鉄道(JR東日本)
(東京 - 熱海間)
東海旅客鉄道(JR東海)
(熱海 - 米原間)
西日本旅客鉄道(JR西日本)
(米原 - 神戸間)
日本貨物鉄道(JR貨物)
(山王信号場-名古屋港間、吹田貨物ターミナル-大阪貨物ターミナル間)
【運営者】
第1種鉄道事業者としてJR東日本・JR東海・JR西日本・JR貨物、
第2種鉄道事業者としてJR貨物
【使用車両】
使用車両を参照
【路線諸元】

【路線距離】
589.5 km(東京-神戸間)
17.8 km(品川-武蔵小杉-鶴見間)
20.0 km(浜松町-東京貨物ターミナル-浜川崎間)
2.3 km(鶴見-八丁畷間)
8.5 km(鶴見-東高島-桜木町間)
16.0 km(鶴見-横浜羽沢-東戸塚間)
5.0 km(大垣-美濃赤坂間)
13.8 km(大垣-〈新垂井〉-関ケ原間)
10.7 km(南荒尾信号場-垂井-関ケ原間)
12.2 km(吹田貨物ターミナル-宮原操車場-尼崎間)
10.0 km(吹田貨物ターミナル-梅田信号場-福島間)
6.2 km(山王信号場-名古屋港間)
8.7 km(吹田貨物ターミナル-大阪貨物ターミナル間)
軌間
1,067 mm
【線路数】
複々線複線単線(詳細は路線データ参照)
電化方式
直流1,500 V 架空電車線方式
閉塞方式
運行管理参照
保安装置
運行管理参照
最高速度
130 km/h(米原 - 神戸間。詳細は運行管理参照)

東海道本線(とうかいどうほんせん)は、東京都千代田区東京駅から兵庫県神戸市中央区神戸駅までを結ぶJR鉄道路線である。このほかに品川駅から西大井駅武蔵小杉駅新川崎駅新鶴見信号場を経由して鶴見駅に至る支線(通称品鶴線、旅客案内上は横須賀線湘南新宿ラインを構成する一部分として案内される)、大垣駅から美濃赤坂駅に至る支線(通称美濃赤坂線)、および多数の貨物支線を持つ。日本の鉄道路線としては最古であり、明治時代に初めて日本に鉄道が敷設されて以来、日本の鉄道交通・物流の大動脈を担い続けている。

東京駅から熱海駅までは東日本旅客鉄道(JR東日本)、熱海駅から米原駅までは東海旅客鉄道(JR東海)、米原駅から神戸駅間までは西日本旅客鉄道(JR西日本)の管轄となっている。支線については一部の貨物支線が日本貨物鉄道(JR貨物)の管轄であるほかは、接続する本線と同じ会社による管轄となっている(「路線データ」節を参照)。

なお、広義では東海道・山陽新幹線の東京駅から新神戸駅までの区間も東海道本線に含める場合がある(後述)が、本項目では在来線としての東海道本線全般の概要や沿革などについて記す。新幹線については「東海道新幹線」「山陽新幹線」を、また在来線の地域ごとの詳細については以下の記事も参照。

目次

  • 1 概要
  • 2 歴史
    • 2.1 明治期
    • 2.2 大正期・昭和初期
    • 2.3 昭和中期
    • 2.4 昭和後期以降
    • 2.5 年表
      • 2.5.1 新橋駅 - 神戸駅間全通まで
      • 2.5.2 新橋駅 - 神戸駅間全通以後
      • 2.5.3 熱海線
      • 2.5.4 丹那トンネル開通後
      • 2.5.5 戦後
      • 2.5.6 東海道新幹線開業後
      • 2.5.7 分割民営化以降
  • 3 運行形態
    • 3.1 優等列車
    • 3.2 普通列車
      • 3.2.1 東京駅 - 熱海駅間(JR東日本)
      • 3.2.2 熱海駅 - 豊橋駅間(JR東海 静岡地区)
      • 3.2.3 豊橋駅 - 米原駅間(JR東海 名古屋地区)
      • 3.2.4 米原駅 - 神戸駅間(JR西日本)
    • 3.3 貨物列車
    • 3.4 そのほか
  • 4 使用車両
    • 4.1 優等列車用車両
      • 4.1.1 国鉄時代の形式
      • 4.1.2 民営化後および他社の形式
    • 4.2 普通列車用車両
      • 4.2.1 国鉄時代の形式
      • 4.2.2 民営化後の形式
    • 4.3 機関車など
  • 5 沿線概況
    • 5.1 JR東日本区間
      • 5.1.1 東京駅 - 大船駅間
      • 5.1.2 大船駅 - 熱海駅間
    • 5.2 JR東海区間
      • 5.2.1 熱海駅 - 静岡駅間
      • 5.2.2 静岡駅 - 豊橋駅間
      • 5.2.3 豊橋駅 - 名古屋駅間
      • 5.2.4 名古屋駅 - 美濃赤坂駅・米原駅間
    • 5.3 JR西日本区間
      • 5.3.1 米原駅 - 京都駅間
      • 5.3.2 京都駅 - 大阪駅間
      • 5.3.3 大阪駅 - 神戸駅間
  • 6 データ
    • 6.1 路線データ
      • 6.1.1 管轄・路線延長
      • 6.1.2 駅
      • 6.1.3 線路・電化方式
      • 6.1.4 運行管理
      • 6.1.5 旅客運賃・乗車券関連
    • 6.2 駅一覧
      • 6.2.1 東日本旅客鉄道
      • 6.2.2 東海旅客鉄道
      • 6.2.3 西日本旅客鉄道
      • 6.2.4 日本貨物鉄道
      • 6.2.5 未成線
      • 6.2.6 廃止区間
      • 6.2.7 廃駅
      • 6.2.8 廃止信号場
  • 7 注記
  • 8 出典
  • 9 参考文献
  • 10 関連項目
  • 11 外部リンク

概要

東海道本線は、東京から横浜静岡浜松名古屋大阪などの、太平洋ベルトといわれる本州太平洋側の各都市を経て神戸までを結ぶ全長589.5 km(支線を除く)の路線である。

当路線のうち、新橋駅(後の汐留貨物駅、現存せず) - 横浜駅(現在の桜木町駅)間は日本最初の鉄道として1872年(明治5年)に開業した。その後関西で大阪駅 - 神戸駅間が開業し、数回にわたる路線延伸を経て1889年(明治22年)に新橋駅 - 神戸駅間の全線が開業して首都圏京阪神とが鉄道で結ばれた。その後、東京駅の開業や山間部でのルート変更などを経て、現在の東海道本線が出来上がっている。長らく日本国有鉄道(国鉄)が運営する一本の路線であったが、1987年(昭和62年)の国鉄分割民営化によってJR東日本・JR東海・JR西日本の3社に管轄が分かれ、この旅客3社が第一種鉄道事業者として線路の保有と旅客列車の運行を行い、JR貨物が第二種鉄道事業者として旅客3社の線路を使用して貨物列車を運行するという体制となった。

全線開業以降は日本を代表する動脈となり、東京と京阪神などを結ぶ優等列車が多数運行されていたが、1964年(昭和39年)に輸送力増強を目的とした東海道新幹線が開通すると、遠距離の旅客輸送は同新幹線に譲り、並行する東海道本線の旅客輸送は地域輸送中心の体制に移行した。一方で、貨物輸送に関しては現在まで大動脈としての位置づけを保っており、多数の貨物列車がJR貨物によって運行されている。気候は関ヶ原付近をのぞくと通年温暖で、改良により勾配も抑えられている。

路線の名称は、かつて江戸と京都を結んでいた東海道に沿う経路で建設されたことに因んでいる。ただし、熱田駅 - 草津駅間は、当初中山道経由で路線が計画された経緯から、中山道および美濃路に沿っている。これは中世の東海道の経路である。現代では東海道本線と並行する主要道路として、東名新東名名神新名神などの高速道路および国道1号がいずれも東京圏名古屋圏大阪圏三大都市圏を結んでいるものの、一部区間では経路が大幅に異なる。

国鉄時代の『日本国有鉄道線路名称』では、本路線を指す名称として「東海道本線」が使われており、「東海道線」の名称は東海道本線およびその支線だけでなく、山手線横須賀線御殿場線身延線飯田線武豊線福知山線などを支線として含む総称として使われていた。しかし、国鉄が分割民営化された際に策定された「日本国有鉄道の事業等の引継ぎ並びに権利及び義務の承継等に関する基本計画」 においては、本路線の(御殿場線などを含まない)名称が「東海道線」と定められている。以降、両方の名称が並立して使用されている。例えば国土交通省発行の文書や、同省監修『鉄道要覧』では「東海道線」の名称が使われ、JRの線路名称公告では「東海道本線」の名称が使われている。ただし、国土交通省やJR各社のウェブサイトにおいても両方の名称が混用されている。

東京近郊では、旅客案内上の「東海道線」は小田原・熱海方面への中距離電車や特急列車を指し、東京駅 - 大船駅間で並行して走る近距離電車(かつての国電)に対しては山手線・京浜東北線・横須賀線などといった系統名称を使用することで区別している。また、JR西日本は民営化後、自社の管轄区間に「琵琶湖線」「JR京都線」「JR神戸線」の路線愛称を設定した。終点である神戸駅からはほとんどの列車が山陽本線と直通運転していることから「東海道・山陽本線」とまとめて呼ばれることがある。

2015年の上野東京ライン開業で起点の東京駅から東北本線宇都宮線区間・高崎線常磐線と直通運転を開始したため、東海道本線はこれまで電車線のみが繋がっていた東北本線とも本格的に繋がった。結果として起点・終点で本州の大動脈の東北本線、山陽本線と直通運転が行われるようになった。

なお、東海道新幹線(管轄はJR東海)は東海道本線の線増として建設されたため、その観点で同新幹線および山陽新幹線新大阪駅 - 新神戸駅間(JR西日本)を東海道本線に含め、新神戸駅を神戸駅とした場合、東海道本線は支線をのぞいて全区間複々線の路線となる。1982年東北新幹線開業以前は、新幹線は完全な線増扱いであったが、JR線路名称公告では東海道新幹線および山陽新幹線新大阪駅 - 新神戸駅間を東海道本線の名無しの支線として扱っている。一方、基本事業計画や『鉄道要覧』では別の路線として扱われている。

歴史

東海道本線の歴史は、日本の鉄道の歴史を象徴している。

明治期

開業当時の新橋駅
日本の鉄道開業」も参照

明治時代に入ると、政府は東京と大阪を結ぶ鉄道の計画を持ち上げたが、当時は東海道経由と中山道経由の2案があり、方向性が未決定であったため、まずは流動の多い東京 - 横浜間を支線として先行開業させることとなった。まず1872年(明治5年)10月14日(旧暦9月12日)に新橋駅(のちの汐留駅) - 横浜駅(現在の桜木町駅)間が日本で最初の鉄道として開業。翌年9月15日からは貨物列車の運行も開始された。一方関西では1874年(明治7年)の大阪駅 - 神戸駅間の仮開業を経て、1877年(明治10年)2月5日京都駅 - 神戸駅間の営業を開始。1880年(明治13年)には逢坂山経由で大津駅(現在のびわ湖浜大津駅付近)まで延伸され、大津駅 - 長浜駅間には太湖汽船による琵琶湖経由の鉄道連絡船が開設された。

1883年(明治16年)8月、政府はすでに東京 - 高崎間(現在の高崎線)の建設が決まっていたことに鑑み、東京 - 大阪間幹線鉄道を中山道経由で建設することを決定(中山道幹線)。中部地区ではこの中山道線建設のための資材輸送を目的として、現在武豊線となっている区間を含めた武豊駅 - 木曽川駅間が1886年(明治19年)に開業。また1884年(明治17年)には中山道ルートの一部として大垣駅 - 関ケ原駅 - 長浜駅間が開業している。

しかし1886年7月、政府は東京 - 大阪間鉄道の予定経路を、工期が半分に抑えられるとして、工事の難航が予想された中山道経由から東海道経由に変更した。ただし、既存路線を積極的に活用して建設予算を低減する方針から、名古屋 - 草津間は江戸時代の東海道ではなく、美濃路と中山道に沿うルートでの敷設となった。

この後は一大プロジェクトとなり、一気に建設が進んでいった。1887年(明治20年)には木曽川駅 - 加納駅(現在の岐阜駅) - 大垣駅間、横浜駅 - 国府津駅間、浜松駅 - 大府駅間が開業。武豊駅 - 大府駅間は支線化された。1889年(明治22年)に国府津駅 - 浜松駅間(現在の御殿場線経由)、そして同年7月に関ケ原駅 - 米原駅 - 馬場駅(現在の膳所駅)間が開業し、こうして新橋駅 - 横浜駅間開業から17年の月日を経て、新橋駅から神戸駅までの600.2kmが鉄路で結ばれた。このときに全線直通列車が1往復運行され、所要時間は20時間強であった。なお正式な路線名称はこれまで設定されていなかったが、1895年(明治28年)には「東海道線」の路線名称が与えられた。このときの路線は、伊豆・箱根、伊吹山、逢坂山という交通の難所において、ルートが異なっていた。

最初のころは、「宿場にお客が来なくなる」「汽車が火事を起こす」などと宿場から反対された結果、市街地に用地を取得できず多くのルートが郊外に建設されたため、宿場から離れた地点に設けられた駅も多かったとも言われている(鉄道忌避伝説)。ただし、当時の新聞記事や県の記録などには、東海道各宿が積極的な誘致運動を行なっていた記録こそあれ、反対運動を行なっていたという記録が見つからないことから、これを否定する見解もある。

日清戦争終戦後の1895年(明治28年)10月には、神戸駅から西へ伸びる山陽鉄道(現在の山陽本線)との直通運転が始まった。翌1896年(明治29年)には新橋駅 - 神戸駅間の急行列車の運行が開始され、1900年(明治33年)には寝台車1901年(明治34年)には食堂車の連結も開始されている。1906年(明治39年)には最急行が登場し、1909年(明治42年)には新橋駅 - 神戸駅間が12時間50分にまで短縮。明治最後の年である1912年(明治45年)に最急行が特別急行(特急)に変更され、新橋駅 - 山陽本線下関駅間で運行された。

大正期・昭和初期

東京駅
超特急「燕」

1914年(大正3年)12月20日には東京駅が開業し、同駅が東海道本線の起点となった。同時に東京駅 - 高島駅間で電車(現在の京浜東北線)の運行が開始されている。

大正期になると輸送力増強のため、前述の難所においてルートの変更が必要となった。そのひとつである逢坂山(大津駅 - 京都駅間)は新逢坂山トンネル・東山トンネルが新たに造られ1921年(大正10年)に現在のルートになった。これによって特急列車による東京駅 - 神戸駅間の所要時間は11時間45分となった。伊豆・箱根地区(国府津駅 - 沼津駅間)についても別ルートを建設することとし、1925年(大正14年)までに国府津駅 - 熱海駅間が「熱海線」として開通したが、熱海駅 - 沼津駅間は丹那トンネルの建設が難工事となったため、開通が遅れることとなった。一方、このころから列車線の電化工事が東京側から始まり、1928年(昭和3年)までに東京駅 - 熱海駅間の電化が完成、それまでの蒸気機関車に代わる電気機関車の運用も開始された。

1929年(昭和4年)には初めて愛称つきの特急「富士」「」が、翌1930年(昭和5年)には超特急「」が登場。1934年(昭和9年)には丹那トンネルが開業し、国府津駅 - 沼津駅間の現在のルートが完成。旧ルートは御殿場線と名称が変更された。同時に電化区間も東京駅 - 沼津駅間となり、「燕」の東京駅 - 神戸駅間は8時間37分となった。また同年以降、京阪神地区でも電車(緩行電車急行電車)の運転が開始された。1937年(昭和12年)7月には特急列車が1日5往復体制となり、このときが戦前における東海道本線の黄金期とされる。しかし日中戦争、そして太平洋戦争が始まり戦時体制下となると、様々な物資を運ぶために貨物列車が増発・長編成化されていき、代わって特急列車は廃止されていき、寝台車や食堂車も消滅していった。また1945年に入ると、連合国軍機による空襲機銃掃射によって駅や線路・車両が破壊された。

昭和中期

電車特急「こだま」

1945年(昭和20年)に日本は敗戦を迎える。その後の混乱期には、電力不足や蒸気機関車を動かすための石炭も不足した上に、連合国軍専用車両の導入などもあり列車ダイヤは乱れ、一時は特急・急行や一等車・二等車がまったく走らないという事態にもなった。また客車不足のために貨車による旅客輸送が行われたりもした。

1948年(昭和23年)にようやく急行列車が復活。1949年(昭和24年)に公共企業体としての日本国有鉄道が発足後、戦後初の特急列車「へいわ」が運行開始(のちに「つばめ」に改称)、また電化区間も沼津駅から西へ再び延伸を始めた。1950年(昭和25年)は「つばめ」に加えて特急「はと」が登場し、戦時中に延びていた所要時間も戦前の水準にまで短縮された。また東京口では客車普通列車が電車化され“湘南電車”の運行が開始されている。

1956年(昭和31年)、東海道本線全線の電化が完成した。これによって特急「つばめ」「はと」は東京駅 - 大阪駅間7時間30分となる。1958年(昭和33年)には20系客車による寝台列車(ブルートレイン)が運行を開始。また151系電車を使用した初の電車特急「こだま」が運行を開始し、東京駅 - 大阪駅間を6時間50分、東京駅 - 神戸駅間を7時間20分で結んだ。1960年(昭和35年)には「つばめ」「はと」も電車化され、従来の展望車に代わるパーラーカーが連結された。このほかにも優等列車が多数増発されていった。貨物列車では1959年(昭和34年)に高速コンテナ列車「たから」の運行が開始された。一方このころ高度経済成長東京オリンピックの開催決定を受け輸送力増強のための線増計画が持ち上がり、標準軌による別線建設が決定。1959年(昭和34年)に着工が始まり、これが東海道新幹線となるのである。

昭和後期以降

新快速
湘南ライナー

1964年(昭和39年)10月1日、東海道新幹線東京駅 - 新大阪駅間が開業。当時の最速達列車「ひかり」は両駅間を当初4時間、翌年から3時間10分で運転した。これによって東京 - 京阪神間輸送の主役は新幹線に移ったため、在来線と呼ばれるようになった東海道本線では優等列車の多くが廃止され、代わって地域輸送主体の路線に変化していった。1970年代以降、京阪神地区では並行他社線に対抗する都市間速達輸送列車として新快速が新設された。同様に名古屋地区でも電車による快速列車が登場している。首都圏では通勤五方面作戦の一環として湘南電車と横須賀線電車の線路の分離1980年(昭和55年)に行われている。1984年(昭和59年)以降は列車本数の少なかった静岡・名古屋地区でも短距離列車の増発・等時隔ダイヤ化が行われるようになる。

1987年(昭和62年)4月1日に行われた国鉄分割民営化によって、東海道本線は旅客3社と貨物1社に経営が分かれ、各社の地域事情に合わせた輸送改善が行われるようになった。通勤ラッシュの激しいJR東日本の首都圏地区では列車の定員増加による混雑緩和、他社と競合するJR東海の名古屋地区とJR西日本の京阪神地区では快速列車の増発やスピードアップが図られていった。通勤客向けの通勤ライナーも各地域で相次いで登場した。さらに空港アクセス特急の乗り入れ、1997年(平成9年)からの京阪神緩行電車のJR東西線宝塚線直通運転、2001年(平成13年)開業の湘南新宿ライン など、新たな運行形態も登場させている。一方、新幹線開業後も残っていた夜行寝台列車は、航空機高速バスなどに押されて利用者が減少。2009年(平成21年)をもって東京駅発着のブルートレインが姿を消し、その後は電車特急「サンライズ瀬戸・出雲」1往復を残すのみとなった。JR貨物では貨物列車の高速化が行われ、2004年(平成16年)には動力分散式の貨物用電車“スーパーレールカーゴ”の運行を開始している。

年表

ここでは当路線の線路の変遷や駅の開業・改廃などを中心に記す。*が付いている駅は、後に路線分離により東海道本線の駅ではなくなった駅。列車の運行形態の歴史については「#関連項目」節で挙げられている記事を参照。

新橋駅 - 神戸駅間全通まで

出典:wikipedia
2019/09/19 12:07

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