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林芳正とは?

日本政治家
林 芳正
はやし よしまさ

2011年ザンクトガレン大学にて

【生年月日】
(1961-01-19) 1961年1月19日(57歳)
【出生地】
日本 東京都
【出身校】
東京大学法学部卒業
ハーバード大学ケネディスクール修了
【前職】
衆議院議員政策担当秘書
【所属政党】
自由民主党(岸田派)
【称号】
法学士(東京大学・1984年)
MPA(ハーバード大学・1994年)
衆議院議員政策担当秘書
【親族】
林平四郎(高祖父)
俵田明(曾祖父)
林佳介(祖父)
林義郎(父)
広瀬勝貞(義叔父)
【公式サイト】
林芳正 参議院議員<平成デモクラシー>
参議院議員

【選挙区】
山口県選挙区
【当選回数】
4回
【在任期間】
1995年7月 - 現職
第22・23代 文部科学大臣

【内閣】
第3次安倍第3次改造内閣
第4次安倍内閣
【在任期間】
2017年8月3日 - 2018年10月2日
第58代 農林水産大臣

【内閣】
第3次安倍内閣
【在任期間】
2015年2月23日 - 2015年10月7日
第55代 農林水産大臣

【内閣】
第2次安倍内閣
【在任期間】
2012年12月26日 - 2014年9月3日
内閣府特命担当大臣
(経済財政政策担当)

【内閣】
麻生内閣
【在任期間】
2009年7月2日 - 2009年9月16日

林 芳正(はやし よしまさ、1961年1月19日 - )は、日本の政治家。参議院議員(4期)。

参議院外交防衛委員長防衛大臣(第5代)、参議院政府開発援助等に関する特別委員長、同環太平洋パートナーシップ協定等に関する特別委員長、同環境委員長内閣府特命担当大臣(経済財政政策担当)農林水産大臣(第55代第58代)、文部科学大臣(第22代第23代などを歴任した。

学位MPA(ハーバード大学1994年)。

目次

  • 1 概要
  • 2 来歴
    • 2.1 生い立ち
    • 2.2 政治家として
    • 2.3 略歴
  • 3 人物
  • 4 年金未納、献金など
    • 4.1 年金未納問題
    • 4.2 補助金企業からの献金と政治資金規正法違反疑惑
    • 4.3 公用車でヨガ通い
  • 5 家族・親族
  • 6 所属団体・議員連盟
  • 7 著書・論文
  • 8 脚注
  • 9 関連項目
  • 10 外部リンク

概要

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この節は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。出典を追加して記事の信頼性向上にご協力ください。(2015年12月)

三井物産サンデン交通山口合同ガスを経て政治家秘書となり、第17回参議院議員通常選挙にて初当選を果たし政界に入る。小渕第2次改造内閣第1次森内閣にて大蔵政務次官を務め、第1次安倍内閣では内閣府副大臣を務めたほか、参議院では外交防衛委員長政府開発援助等に関する特別委員長などを務めた。また、自由民主党においては、参議院議員副会長政務調査会長代理、外交経済連携調査会長など要職を歴任した。福田康夫改造内閣においては防衛大臣麻生内閣においては内閣府特命担当大臣(経済財政政策担当)第2次安倍内閣では農林水産大臣を務めるなど閣僚を歴任し、第3次安倍内閣では西川公也の辞任により農林水産大臣に再登板することになった。厚生大臣大蔵大臣を務めた元衆議院議員林義郎は父。高祖父の林平四郎、祖父の林佳介もそれぞれ衆議院議員を務めた。大分県知事広瀬勝貞は義理の叔父にあたる。

来歴

生い立ち

通産官僚である林義郎の長男として、東京都で生まれる。1969年、父・義郎が第32回衆議院議員総選挙旧山口1区から出馬するのに伴い、一家で山口県下関市へ転居し、下関市立文関小学校に転入。1973年に下関市立文関小学校を、1976年に下関市立日新中学校を卒業。1979年山口県立下関西高等学校を卒業した。1984年東京大学法学部を卒業。

1984年三井物産に入社。1989年に同社退社、林家のファミリー企業であるサンデン交通に入社、同社社長秘書を務める。1990年に同社退社、山口合同ガスに入社。1991年4月、アメリカ合衆国ハーバード大学大学院に入学(身分は「特別研究生」)。1992年9月、ハーバード大学ケネディスクールに入学。また、1991年9月より米下院議員スティーブ・ニール(Stephen Neal)の銀行委員会スタッフを務めた。1991年11月に退職し、米上院議員ウィリアム・ロス(William Roth)の国際問題アシスタントを務めた。1992年12月、父の義郎が宮澤改造内閣にて大蔵大臣に就任したため、大学院休学。帰国、大臣秘書官を務める。1993年国会議員政策担当秘書資格試験に合格。1994年2月にケネディスクールに復学し、1994年6月に修了。1994年8月 林義郎の秘書を務める。

政治家として

2008年8月12日駐日アメリカ合衆国大使ジョン・トーマス・シーファー(右から2人目)、在日米軍司令官エドワード・A・ライス・ジュニア(右から1人目)と
2012年9月16日自由民主党総裁選挙の街頭演説にて石原伸晃(左から2人目)、町村信孝(左から3人目)、石破茂(左から4人目)、安倍晋三(左から5人目)と

1995年第17回参議院議員通常選挙自由民主党公認で山口県選挙区から出馬し、初当選。2001年7月、第19回参議院議員通常選挙で再選。2007年第21回参議院議員通常選挙では、自由民主党に逆風が吹く中、山口県選挙区で民主党戸倉多香子を大差で破り、3選。2012年8月、次期衆議院議員総選挙での山口3区からの出馬を検討するも、現職・河村建夫の選挙区のため、断念。2013年第23回参議院議員通常選挙では、現職大臣として選挙に臨み、民主党からの出馬はなく、圧倒的な得票数で4選。

その間、参議院や内閣の公職を多く歴任している。1999年10月、小渕第2次改造内閣大蔵政務次官に任命される。2004年10月、参議院外交防衛委員長に就任。2006年第1次安倍内閣では内閣府副大臣に任命された。。

2008年8月、福田康夫改造内閣防衛大臣に就任し初入閣を果たしたが、福田康夫首相の突然の辞任に伴い、1ヶ月あまりで退任した。2009年7月には、麻生内閣内閣府特命担当大臣(経済財政政策)に就任。これは、中川昭一の辞任により財務大臣内閣府特命担当大臣(金融)内閣府特命担当大臣(経済財政政策)を兼務していた与謝野馨の兼任を解くために行われた補充人事(同時に、鳩山邦夫の辞任により総務大臣国家公安委員会委員長を兼務していた佐藤勉の兼任を解くために、林幹雄が入閣した)。2009年8月、第45回衆議院議員総選挙での自民党惨敗、野党転落に伴う麻生内閣総辞職により、内閣府特命担当大臣(経済財政政策)を退任した。

2012年12月、自民党が政権奪還後の第2次安倍内閣農林水産大臣に任命され、2014年9月の内閣改造まで務めた。その後、後任を務めていた西川公也2015年2月23日に辞任したことで、同日に後任の農林水産大臣として再び任命された。

2017年8月3日、加計学園をめぐる問題で文部科学省のガバナンスが揺らぐ中、第3次安倍第3次改造内閣文部科学大臣に就任。参議院議員としては異例となる5度目の入閣となった。2018年10月の内閣改造まで務めた。

また、党においては、2009年9月、谷垣禎一自由民主党総裁の下で政務調査会長代理・参議院政策審議会長に就任。2010年中曽根弘文の参議院議員会長就任に伴い、参議院議員副会長に昇格。同年9月、政調会長代理に留任するとともに、党シャドウ・キャビネットでは財務金融部会長として「影の財務大臣」に就任。2011年9月21日、党人事に関する中曽根への不満から、参議院議員副会長の辞表を提出。中曽根は辞表を受理せず、林を慰留する方針を取った。なお、当初小坂憲次参院幹事長、山本一太参院政審会長の続投を模索していた中曽根は党内の反発を受け、一旦参院幹事長を鴻池祥肇に交代させる人事案を諮ったが否決されたため、参院幹事長に溝手顕正、参院政審会長に岩城光英を起用する新たな人事案を提示して了承され、林も辞表を取り下げた。2012年9月、自由民主党総裁選挙に立候補した。1972年に総裁選挙に推薦人制度が導入されて以降、参院議員が出馬したのは初めてであった。2009年自由民主党総裁選挙に際しても党内の中堅・若手議員を中心に林を擁立する動きがあったが、経験不足を理由に固辞している。総裁選では1回目の投票で27票を獲得するに留まり、5名中最下位に終わった。

略歴

2011年5月ザンクトガレン大学にて
2012年9月16日自由民主党総裁選挙の街頭演説にて

人物

林芳正

外交安全保障財政金融まで幅広く精通する政策通である。理知的で周囲の信頼も篤いとされるが、思い切りの良さや突破力に欠けるとの指摘もある。

2010年1月26日参議院予算委員会において菅直人財務大臣に対する質疑中、麻生内閣が編成した補正予算を凍結することのマイナス効果を容認する菅財務大臣の見解を質した林に対し、菅が「前政権公共事業は1兆円投資して1兆円しか効果がなかったが、現政権は異なる」という趣旨の答弁を行った。これを受けて林が即座に「どうも乗数効果のことを言っておられるようですが、子ども手当の乗数効果はいくらと見積もっておられますか」さらに「消費性向と乗数効果の関係は」と事前通告のない質問をすると菅が完全に答弁に窮したため、「菅財務大臣には大学の経済学部の1年生でも習う経済学の基礎知識すらないのか」などと話題になった。この質疑により林は名を上げ、菅内閣発足以降も菅の天敵として知られるようになった。

村上ファンド村上世彰東京大学の同期で、麻雀仲間でもある。評論家の宮崎哲弥は友人。浜田靖一小此木八郎松山政司松浪健太と共に議員バンド「Gi!nz(ギインズ)」を結成し、ライブも行っている。担当は主にボーカルギターピアノ&バックボーカルである。

自他ともに認める宏池会のエースとして、将来の総理総裁候補と目されることも多いが、参院議員であることが最大のネックとなっている。父親の代から安倍家とは同じ選挙区のライバル関係であり、関係は二代にわたり良好とは言いがたい。

林は衆院への鞍替えを常に意識しており、2012年には山口3区への鞍替えを画策し「クーデター」と騒動になったが、河村建夫がこれに強硬に反発し、鞍替えは不発に終わった。

自民党山口県連は候補者を一本化できず、党本部に白紙で公認申請した。そのため、党本部が河村の公認を内定し、林もその内定にしたがった。県連のみならず、地元経済界にも、林が山口3区にくら替えし、衆院議員として出馬することを待望する者は多い。

年金未納、献金など

年金未納問題

2004年、政治家の年金未納問題が注目された際に年金の未納が発覚した。

補助金企業からの献金と政治資金規正法違反疑惑

2015年3月に、政府から補助金を受けた企業から計60万円の寄付を受けていたことが報道された。

続けて、地元・山口県の所在地が同じで同一の個人の会社である2社が合計200万円のパーティー券を2013年10月に購入しており、政治資金規正法22条の8で定められた「同一の者から150万円を超えて政治資金パーティーの対価の支払いを受けてはならない」に違反する疑惑がある、としんぶん赤旗で報道された。

林芳正の資金管理団体が、林が農水相在任中に女性スタッフが接客するキャバクラで「飲食代」を支出していた。

公用車でヨガ通い

2018年4月24日、林芳正が平日の昼間、公用車を使って都内のヨガ店を訪れていたことが週刊文春の報道で明らかになった。政府関係者は公用車を利用して店に行ったことは認め、「公務と公務の間なので、公用車の運用規則上は問題ない」としている。 2018年5月8日、林芳正が通っていたヨガ店の指圧マッサージが違法だったことが週刊文春の取材で明らかになった。週刊文春の取材では、ヨガ店のインストラクターが、マッサージ指圧の国家資格を持たずに違法に指圧マッサージを行っており、林芳正はその施術を受けていたことになるという。

家族・親族

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この節は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。出典を追加して記事の信頼性向上にご協力ください。(2018年5月)

林家は、享保年間創業となる醤油製造業大津屋バス事業者・サンデン交通一般ガス事業者山口合同ガス(いずれも本社下関市)等の経営を行っている。厚生大臣大蔵大臣を務めた元衆議院議員の林義郎は父。祖父の林佳介も元衆議院議員。高祖父の林平四郎衆議院議員貴族院議員を務めた。

所属団体・議員連盟

著書・論文

共著
論文

脚注

  1. ^ 「プロフィール」『林芳正 参議院議員<平成デモクラシー>プロフィール』林よしまさ後援会事務所。
  2. ^ 「内閣府特命担当大臣(経済財政政策)」『内閣府特命担当大臣(経済財政政策)内閣官房内閣広報室
  3. ^ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
出典:wikipedia
2018/11/18 10:44

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