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柏崎刈羽原子力発電所とは?

新潟県における柏崎刈羽原子力発電所の位置
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新潟県における柏崎刈羽原子力発電所の位置
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【国】
日本
【所在地】
新潟県柏崎市青山町16
座標
北緯37度25分35秒 東経138度35分40秒 / 北緯37.42639度 東経138.59444度 / 37.42639; 138.59444 (柏崎刈羽原子力発電所)座標: 北緯37度25分35秒 東経138度35分40秒 / 北緯37.42639度 東経138.59444度 / 37.42639; 138.59444 (柏崎刈羽原子力発電所)
【現況】
定期検査中(2017年10月現在)
【着工】
1978年12月 (1978-12)
【運転開始】
1984年11月 (1984-11)
【事業主体】
東京電力ホールディングス

【原子炉】

【運転中】
5 × 1100MW
2 × 1356MW
【種類】
BWR(1~5号機) ABWR(6・7号機)
【原子炉製造元】
東芝
日立
GE
ウェブサイト
http://www.tepco.co.jp/nu/kk-np/
2016-09-26現在
航空写真

柏崎刈羽原子力発電所(かしわざきかりわげんしりょくはつでんしょ)は、新潟県柏崎市と、同県刈羽郡刈羽村にまたがる東京電力ホールディングス原子力発電所。略称はKK(ケーケー)。

1号機から7号機までの7基の原子炉を有し、合計出力は821万2千kWである。1997年7月2日に7号機が営業運転を開始したことで、それまで最大だったカナダブルース原子力発電所の出力を抜き、世界最大の原子力発電所となった。

発電された電気は、新新潟幹線及び南新潟幹線の2系統の各々50万V送電により、一旦群馬県の西群馬開閉所に収容され、そこから山梨県を経て首都圏に送電される。

なお、この発電所が所在する新潟県は、東京電力ホールディングスの事業地域ではなく、東北電力の事業地域である。両者の協定に基づき、この電力の一部は東北電力に供給される。

目次

  • 1 沿革
  • 2 発電設備
  • 3 送電設備・送電技術(100万V送電)
  • 4 新潟県中越沖地震
    • 4.1 地震発生時の状況と現場の対応
      • 4.1.1 地震直後
      • 4.1.2 3号機近くの変圧器火災の鎮火の過程
      • 4.1.3 炉心の冷却
    • 4.2 地震の影響
      • 4.2.1 IAEAによる調査
      • 4.2.2 設計時の予想を超えた加速度
      • 4.2.3 柏崎市の緊急使用停止命令
      • 4.2.4 風評被害の発生
      • 4.2.5 その後の経過
  • 5 福島第一原子力発電所事故後の措置
  • 6 柏崎原発沖の活断層
  • 7 過去の主なトラブル
  • 8 脚注
    • 8.1 注釈
    • 8.2 出典
  • 9 関連資料
    • 9.1 書籍
  • 10 関連項目
  • 11 外部リンク

沿革

発電設備

原子炉形式 運転開始 定格出力 施工 現況
1号機 (KK-1) 沸騰水型軽水炉(BWR) GE社設計Mark-2 | 1985年9月18日 | 110万kW | 東芝 | 定期検査中
2号機 (KK-2) 沸騰水型軽水炉(BWR) GE社設計Mark-2改 | 1990年9月28日 | 110万kW | 東芝 | 定期検査中
3号機 (KK-3) 沸騰水型軽水炉(BWR) GE社設計Mark-2改 | 1993年8月11日 | 110万kW | 東芝 | 定期検査中
4号機 (KK-4) 沸騰水型軽水炉(BWR) GE社設計Mark-2改 | 1994年8月11日 | 110万kW | 日立 | 定期検査中
5号機 (KK-5) 沸騰水型軽水炉(BWR) GE社設計Mark-2改 | 1990年4月10日 | 110万kW | 日立 | 定期検査中
6号機 (KK-6) 改良型沸騰水型軽水炉(ABWR)3社合同設計 | 1996年11月7日 | 135.6万kW | 東芝/日立/GE | 定期検査中
7号機 (KK-7) 改良型沸騰水型軽水炉(ABWR) | 1997年7月2日 | 135.6万kW | 日立/東芝/GE | 定期検査中

(参考:東電公表内容)

送電設備・送電技術(100万V送電)

柏崎刈羽原子力発電所から群馬県の西群馬開閉所までの2系統の送電線のうち、1993年に竣工した南新潟幹線は技術的に100万Vでの交流送電が可能な構造となっており、当初の計画では既に100万Vでの交流送電が開始されていたはずであった。しかし、電磁波の影響を懸念する沿線地域が計画に反対しているため、日本初の100万V送電計画は未だ実現しておらず、その目処も立っていない。同じ電力(単位時間当たりのエネルギー)を送電するのに電圧を上げるとそれに反比例して電流は小さくなるので、現在は50万Vで送電しているが、100万Vで送電すれば送電損失が1/4になる(送電損失)。

需要の増大に比例して電圧は上昇しており、20年で2倍程度に昇圧する傾向があるといわれている。次第に100万V級送電は一般化すると考えられており、電気の需要を含めて諸外国に対しての技術的遅滞が懸念されている。

新潟県中越沖地震

2007年の新潟県中越沖地震発生時、稼働する全ての原子炉は自動停止した。3号機のすぐ横の変圧器からの火災は地震発生から2時間後に鎮火した。この詳細とその後の状況を記す。

地震発生時の状況と現場の対応

1990年以降に柏崎原発30km圏内で起きた地震の震源マップ(気象庁のデータより作成)

地震直後

2007年7月16日10時13分頃に最大の揺れ993ガルを観測した新潟県中越沖を震源とする新潟県中越沖地震が起こった。柏崎刈羽原子力発電所内の運転中の全ての原子炉は緊急停止した。ただし運転を管理する中央制御室では数十秒間にわたり続く揺れのために計器の確認が出来ない状況であった。第一運転管理部長は構内を自動車で移動中に地震発生、3号機建屋からの発煙を発見、運転中の全機がスクラム(緊急停止)したと構内PHSで確認、3号機すぐ横の変圧器から出火を確認、延焼の可能性はないと判断して初期消火を他の職員に任せ、スクラム後の対応に全力を傾けるべきとして緊急時対策室のある事務所建物へ移動。ところが緊急時対策室入口ドアの枠が歪んでドアが開かなくなったために室内に入れず、駐車場にホワイトボード4~5枚を引き出して構内PHSで連絡を取り続けた。

3号機近くの変圧器火災の鎮火の過程

全ての運転中の炉の中央制御室では、多くのアラームが鳴り続け、職員が対応に追われていた。3号機中央制御室でも100近くの異常を示すアラームに対応するために当直長ら5人の運転職員らは、変圧器火災の情報が知らされ、地元消防に通報を試みるが中央制御室に優先接続電話は無く、電話は繋がらなかった。3号機変圧器の火災現場では4人が消火を試みたが、消火栓の水は地震の影響でほとんど出ず、さらに緊急用の軽トラック搭載消火ポンプは失念していたという。自衛消防隊の招集も忘れていた。この時点で駐車場の第一運転管理部長は、「消火は出来ない」という連絡が入ったため、「地元の消防を待て」と指示した。周辺住民は外部からの携帯電話等の情報で発電所火災を知った。発電所から地元刈羽村への連絡は地震発生から1時間以上経っても無かった。新潟県庁にも詳しい情報は伝えられなかった。各自治体へ伝えられていた環境放射線の測定データも地震直後から途絶えていた。新潟県知事は最悪の場合を考え、地元自治体と住民避難の相談をはじめていた。地震発生から約2時間後の12時10分、非番からの呼集で原発へ駆けつけた5人の地元消防の手で3号機変圧器の火災は消し止められた。

炉心の冷却

第一運転管理部長は、3号機と4号機の炉心をスクラム後に冷やす2つの装置の内の片方が停止していて、1つの装置で2つを冷やす事の判断を迫られた。3号機当直長は午後4時、内外気圧の差圧異常の原因が判明、3号機建屋壁面のブローアウトパネルが脱落していた事、すぐには建屋の気密を戻せない事、などを知らされ仮緊急対策本部の第一運転管理部長へ報告。同部長は炉心冷却を3号機優先と決定した。この時、6号機建屋内で微量の放射性の水の漏洩が発見された。本来、放射性物質を扱わないフロアでの発見に3回にわたる試験と調査が繰り返され、漏洩発見から6時間後に同部長へやはり放射性の水の漏洩であることが報告された。これは、後に上の階のプールの水が地震の揺れでこぼれたものが配線の隙間穴から階下へ流れたものであることが判明し、その一部は外部へ排水されたと判った。

翌日の朝6時54分にすべての炉心の冷却を終えて、安全な状態になった。

地震の影響

この地震では、柏崎市で震度6強を観測したため、運転を行っていた2、3、4、7号機は自動で緊急停止した。原子炉冷却用冷媒等の重要な機構からの外部への放射性物質の流出は確認されていない。また、3号機建屋外部にあるの所内変圧器から出火したが、地震から1時間57分後の12時10分に鎮火が確認されている。その他、低レベル放射性廃棄物の入ったドラム缶400本が倒れた。うち39本のドラム缶は蓋が開いており、床の1カ所で微量の放射性物質汚染が確認された。6号機の原子炉建物内において鉄製クレーンの駆動部が損傷していた事も分かった。

以下に確認された放射性物質漏洩を記載する。

施設内部は地震発生から5日後の7月21日には報道機関などに立ち入りが許可され、公開された。

IAEAによる調査

国際原子力機関(IAEA)のモハメド・エルバラダイ事務局長は、地震発生後に調査協力の用意があると表明。日本政府はIAEAに調査団の受け入れを当面見送る意向を伝えたが、泉田裕彦新潟県知事7月21日、「IAEAの調査が必要だ」との考えを表明。原子力安全・保安院はIAEAの調査を受け入れると7月22日に発表した。8月14日にIAEAは予想より被害は少ないとの報告を行っており、同機関による事故評価レベル0から7までの8段階のうち「0(尺度以下)」である。

設計時の予想を超えた加速度

東京電力から発電所本館に設置されている地震計の記録が発表されており、それによると観測された記録は、耐震設計時の基準加速度を上回っていた。

その後、3号機タービン建屋1階で2058ガル(想定834gal)、地下3階で581ガル(想定239gal)、3号機原子炉建屋基礎で384ガル(想定193gal)を観測したとの発表もなされた。

柏崎市の緊急使用停止命令

こうした地震の影響を受け、会田洋・柏崎市長は、東京電力に対し1-7号機のすべての貯蔵タンクなどを対象として、消防法に基づく緊急使用停止命令を出した。また、経済産業省も同社に対して、耐震安全性が確認できるまで、原子炉の運転を再開しないよう指示を出した。

風評被害の発生

今回の地震では放射性物質の漏れは健康に問題があるとされる量を遙かに下回っているとされるが、たび重なる報道により、観光・漁業・農業などで「買い控え」がおきると言った二次的な風評被害が発生している。さらには2007年7月26日から8月まで秋田、静岡、千葉の3試合を日本で行う予定だった、セリエAカターニアは、放射性物質の流出を理由に日本遠征を中止した。泉田裕彦新潟県知事は「日本全土が放射能に包まれているような報道が海外でなされ、サッカークラブの来日中止どころじゃない甚大な風評被害が生じている」と語っている。地震後の優先順位は電源確保が最優先され変電機の火災(煙)に対する消火は地震発生時全体に比べ危険度は微々たるものであったが、メディアなどで煙をあげる変電機の映像を繰り返し、正確さよりも事故の危険性を煽ることを中心とした報道がなされた。

その後の経過

東京電力が保有する他の原子力発電所への影響および電力供給への影響については新潟県中越沖地震に対する東京電力の対応も参照のこと。

福島第一原子力発電所事故後の措置

柏崎刈羽原子力発電所周辺の過去1年間の地震の震源分布と地殻変動(防災科学技術研究所 Hi-net 高感度地震観測網の地震データと国土地理院の電子基準点の位置データより作成)

2011年3月11日東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)で高さ14~15mの津波をかぶり浸水、原子炉冷却機能が失われた福島第一原子力発電所事故の発生を受け、東京電力は本原発において海抜高さ15mの防潮堤2013年6月までに設置すると発表。1~4号機の防潮堤延長は800m以上、5~7号機は500m以上となる。併せて2012年9月までに原子炉冷却機能を失った場合の注水の溢れを貯める貯水池も設ける。

2014年3月現在、同原発は1~7号機全てが定期検査および新規制基準適合性審査中を理由に停止している状況であり、東京電力は対策工事などを施したのち2013年度中の運転再開を目標にしていたが事実上不可能となった。東京電力は福島原発事故の賠償のため、原子力損害賠償支援機構と策定した特別事業計画の中に、2013年度中の再稼働を見込んでいることを明記した。この特別事業計画は2012年4月27日に枝野幸男経済産業大臣に申請され、2014年1月15日に経済産業省の認定を受けて正式発表された。

市民団体「みんなで決める会」は、再稼働の是非について新潟県での住民投票条例の制定を求める署名運動を行うため、2012年4月から活動を開始した。

2013年7月に地元新潟県の泉田裕彦知事と、東京電力の広瀬直己社長の会談が開かれた。ここで、泉田知事は「なぜ再稼働を急いだのか。道路混雑などで物理的に県民が早急に避難を完了するのは不可能で、数日に及ぶ車中泊により被曝量は増大する」などと具体例を列挙しながら東京電力の姿勢を批判し、再稼働を容認しない姿勢を示した。会談後の記者会見では広瀬社長も「難しい。」と答えた。これに対し甘利明経済産業大臣は、知事側が原子力規制委員会に安全性の判断させないと主張している点は誤解があると指摘し、原子力規制委員会の田中俊一委員長も、「申請が出されれば粛々と審査していく。」とし、「地元自治体との調整については規制委員会では関与しない。」と述べた。その後、知事側も再度の会談に向け調整を行なっていく考えを示した。

2017年12月に、原子力規制委員会は6、7号機に対して新基準に対して適合性を示すと発表した。地元合意などを経て、東日本大震災後の再稼働へ進む見込みである。東日本大震災大震災後の新規性への適合性について、沸騰水型(BWR)として合格したのは本件が初めてである。

柏崎原発沖の活断層

新潟県中越沖地震後の2007年12月5日東京電力1981年の当発電所の設置許可申請の時点で長さ8kmと短く評価していた活断層の長さを新たに23kmと確認されたと発表した。活断層の長さは、原子力発電所から海岸線に沿って約11.5km東北に北上した地点と、発電所から海岸線に沿って約11.5km南西に南下した地点の両地点間、延長約23kmの海岸線をそのまま18.5km沖に平行移動した長さと位置に相当する。従来のあると考えられていた、長さ8kmの活断層は柏崎市椎谷のほぼ観音岬沖であり、その発表は従来の位置と同じだが、長さ23kmに延長されたものであったとした。

2号機以後の設計時に、東京電力では活断層の調査を行なったが、その時には新潟沖に4本の断層を見つけたとしている。この時には断層が古く短いとされて大地震を起こす可能性はないと判断された。鈴木康弘は東京電力が集めた79~85年の音波探査データを再分析して今回動いたとされる断層では、東京電力の約7kmに対して約36kmと判定した。2006年6月、島根原子力発電所に関して中国電力が「断層はない」としてきた地点で、中田高が活断層を実際に掘り起こすなどの成果によって、新しい断層の予想技術が認識されつつある。「活褶曲」(かつしゅうきょく)という地形の下に断層が潜んでいるというものである。渡辺満久は2007年9月に地球観測衛星「だいち」の合成開口レーダーのデータを分析した結果として「柏崎刈羽原発は活褶曲の真上にあるようだ」と発表した。

過去の主なトラブル

脚注

注釈

  1. ^ この教訓から、東京電力では緊急時対応拠点となる施設として「免震重要棟」という名称の免震構造の2階建ての建物を柏崎刈羽・福島第一第二の各原子力発電所に設置し、各発電所の緊急時対策室をこの建物に移転させた(各発電所とも2010年中に完成)。また、東北電力でも、女川原子力発電所の事務本館の機能拡張に際して事務本館全体を免震構造で新築し、「事務新館」の名称で2011年10月に完成した(8階建て)。結果としてこれが、2011年に発生した福島第一原発事故の現場において、なくてはならない存在として効力を発揮することになった。事故現場の東電及び協力会社の誰もが「免震重要棟がなければ原発事故対応は不可能だった」あるいは「まだ設置されてない各地の原発が再稼働するのは無謀」などと、インターネットSNSやマスコミインタビューにおいて口を揃えて断言。屋内拠点がないと降り注ぐ放射性微粒子を回避もできず被曝回避ができない上に会議室や休憩所がないばかりかまして着替えや飲食寝泊まりすらできないからである。
  2. ^ 出された放射性物質の入った水の量は約1.2立方メートルで、放射能量は約90,000ベクレル、濃度では80Bq/L相当である。ちなみにラドン温泉である村杉温泉の源泉は2700Bq/L 、三朝温泉の源泉は9300Bq/Lに相当するラドン温泉と健康 ATOMICA
  3. ^ 学術用語ではない。安全率の項参照

出典

  1. ^ 新潟県原子力安全対策課
  2. ^ 「発電所の概要」東京電力HDサイト
  3. ^ 「合計出力は821万2千kWで世界最大の原子力発電所として、ギネスブックに認定されています。」柏崎刈羽原子力発電所パンフレット
  4. ^ 柏崎刈羽原子力発電所からの送電線 柏崎市HP・柏崎刈羽原子力発電所の状況
  5. ^ “柏崎刈羽原子力発電所の「ISO9001」認証取得について〜原子力発電所の運営管理を登録範囲とした取得は国内初〜” (プレスリリース), 東京電力, (2006年4月26日), http://www.tepco.co.jp/cc/press/06042602-j.html 2011年4月13日閲覧。
  6. ^ TEPCO. “TEPCO:原子力情報|トピックス 原子炉格納容器のかたち マークII (円すい)型” (日本語). 2011年3月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年5月5日閲覧。
  7. ^ TEPCO. “TEPCO:原子力情報|トピックス 原子炉格納容器のかたち マークII改良 (つりがね)型” (日本語). 2011年3月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年5月5日閲覧。
  8. ^ TEPCO. “鉄筋コンクリート製 (円筒)型” (日本語). 2011年3月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年5月5日閲覧。
  9. ^ 概念設計、基本設計当初からメーカー3社(GE、東芝、日立)が 協力して共同作業を実施
  10. ^ 発電所の概要|原子力|東京電力
  11. ^ 「100万V設計送電線(UHV)」東京電力HDサイト
  12. ^ TEPCO. “災害に強い発電所づくり” (日本語). 2011年5月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年5月5日閲覧。
  13. ^ http://www.tohoku-epco.co.jp/news/atom/1183593_1065.html
  14. ^ 朝日新聞取材班著 「『震度6強』が原発を襲った」 朝日新聞社 2007年10月30日第1刷発行 ISBN 978-4-02-250340-4
  15. ^ 柏崎刈羽原子力発電所6号機の放射性物質の漏えいについて, 東京電力, 2007年7月16日
  16. ^ 柏崎刈羽原子力発電所6号機の放射性物質の漏えいに関する調査結果について, 東京電力, 2007年7月23日
  17. ^ 平成19年新潟県中越沖地震における東京電力(株)柏崎刈羽原子力発電所 7 号機の主排気筒からのヨウ素等の検出について(第3報), 原子力安全・保安院, 2007年7月20日.
  18. ^ 停止中の柏崎刈羽原子力発電所7号機における主排気筒からのヨウ素等の検出に伴う調査状況について, 東京電力, 2007年7月19日
  19. ^ 柏崎刈羽原子力発電所7号機原子炉建屋(管理区域)内における水漏れについて
  20. ^ 2007年7月22日毎日新聞
  21. ^ 東京電力2007年7月16日付けプレスリリース
  22. ^ 日経新聞 柏崎刈羽原発、市長が緊急使用停止命令・「安全性確認できず」
  23. ^ Nuclear plant shut down in wake of Japanese quake CBC 2007年7月17日
  24. ^ 刈羽原発海外報道の風評被害甚大 日刊スポーツ 7月25日
  25. ^ 「こうしてニュースは造られる」 小島正美著 エネルギーフォーラム
  26. ^ 柏崎刈羽原子力発電所7号機の炉内点検状況について
  27. ^ 柏崎刈羽原子力発電所6号機の炉内点検状況について
  28. ^ TEPCO : TEPCOニュース | 12月24日付読売新聞「柏崎原発では『震度7』」について
  29. ^ 中越沖地震、柏崎原発では「震度7」…東電報告せず読売新聞、2007年12月24日
  30. ^ 原発老朽化問題研究会 『まるで原発などないかのように—地震列島、原発の真実』(2008年、現代書館)
  31. ^ 柏崎刈羽原発:「有意な損傷なし」調査したIAEA会見
  32. ^ 柏崎刈羽原発:7号機が営業運転再開 2年5カ月ぶり 毎日新聞 2009年12月28日
  33. ^ 柏崎刈羽原発:6号機が営業運転再開 その日作業員2人けが /新潟 2010年1月19日 毎日新聞
  34. ^ 新潟県中越沖地震後の当社柏崎刈羽原子力発電所1号機の営業運転再開について
  35. ^ 新潟県中越沖地震後の当社柏崎刈羽原子力発電所5号機の営業運転再開について
  36. ^ 読売新聞2011年4月22日13S版37面、及び柏崎刈羽原発に防潮堤設置へ「15メートルの津波に対応」産経新聞2011年4月21日
  37. ^ 原発再稼働■料金10%値上げ/東電に公的資金1兆円/特別事業計画 しんぶん赤旗 2012年4月28日
  38. ^ 政府が東電再建計画を認定、原発再稼働と脱国有化-株価上昇 bloomberg
  39. ^ 柏崎刈羽原発:再稼働是非、住民投票で 署名集めへ市民団体 /新潟 毎日新聞 2012年4月30日
  40. ^ 新潟県と東電の会談物別れ 拙速対応に強く反発神戸新聞2013/7/5
  41. ^ 泉田新潟県知事と東電廣瀬社長との面談
  42. ^ 「泉田知事、東電と再会談「調整中」 」
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