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桑田佳祐とは?

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桑田 佳祐

【出生名】
桑田 佳祐
【別名】
嘉門 雄三
桑竹 居助
JOHN PAUL MacLENNON
夷撫 悶汰
古賀 紅太
波乗亭 米祐
稲川ジェーン・フジオカ
【生誕】
(1956-02-26) 1956年2月26日(62歳)
【出身地】
日本神奈川県茅ヶ崎市
【学歴】
青山学院大学経営学部 除籍
【ジャンル】
ロック
J-POP
【職業】
シンガーソングライター
作詞家
作曲家
編曲家
慈善活動家
ラジオパーソナリティ
【担当楽器】
ボーカル
ギター
ベース
ドラムス
キーボード
ピアノ
シンセサイザー
パーカッション
タンバリン
マラカス
カウベル
ウインドチャイム
ホイッスル
ブルースハープ
シンセベース
ウクレレ
ウクレレベース
コーラス
【活動期間】

【レーベル】
Invitation(1982年)
タイシタレーベル(1987年 - )
【事務所】
アミューズ
【共同作業者】
サザンオールスターズ
KUWATA BAND
SUPER CHIMPANZEE
藤井丈司
小林武史
島健
斎藤誠
片山敦夫
山本拓夫
曽我淳一
【公式サイト】
SOUTHERN ALL STARS OFFICIAL SITE

桑田 佳祐(くわた けいすけ、1956年2月26日 - )は、日本男性ミュージシャンシンガーソングライター。自身がバンドマスターを務めるサザンオールスターズ作詞作曲ボーカルギターを担当。神奈川県茅ヶ崎市出身。所属事務所はアミューズ。所属レコード会社JVCケンウッド・ビクターエンタテインメント、所属レーベルタイシタレーベル鎌倉学園高等学校卒業、青山学院大学経営学部除籍愛称は、けいちゃん桑っちょなど。

妻はサザンオールスターズのキーボード担当の原由子

目次

  • 1 人物
    • 1.1 生い立ち
    • 1.2 青山学院大学時代〜メジャーデビュー
    • 1.3 パフォーマンス
      • 1.3.1 歌唱法
      • 1.3.2 プレイヤーとして
      • 1.3.3 ライブパフォーマンス
    • 1.4 曲作り
    • 1.5 サザンとソロ活動の両立
    • 1.6 交流関係
    • 1.7 人柄・エピソード
    • 1.8 ライブでのトラブル等
  • 2 音楽活動
    • 2.1 KUWATA BAND結成
    • 2.2 第1期ソロ活動
    • 2.3 第2期ソロ活動
    • 2.4 第3期ソロ活動
    • 2.5 第4期ソロ活動
    • 2.6 第5期ソロ活動
    • 2.7 第6期ソロ活動
    • 2.8 変名
  • 3 略歴
    • 3.1 誕生 - 1980年代
    • 3.2 1990年代
    • 3.3 2000年代
    • 3.4 2010年代
  • 4 哲学・思想
  • 5 評価
  • 6 受けた影響
  • 7 主な記録
    • 7.1 シングル記録
    • 7.2 アルバム記録
    • 7.3 映像作品記録
  • 8 受賞
    • 8.1 日本レコード大賞
    • 8.2 日本ゴールドディスク大賞
    • 8.3 SPACE SHOWER Music Video Awards
    • 8.4 ザテレビジョンドラマアカデミー賞
    • 8.5 その他
  • 9 作品
    • 9.1 シングル
      • 9.1.1 オリジナル・アルバム
    • 9.2 ベスト・アルバム
    • 9.3 ライブ・アルバム
    • 9.4 映像作品
    • 9.5 監督映画
  • 10 参加楽曲
    • 10.1 プロデュース
    • 10.2 楽曲提供(作詞・作曲)
    • 10.3 メインヴォーカル(デュエット含む)
  • 11 ライブ・コンサートツアー
  • 12 出演
    • 12.1 ラジオ番組
    • 12.2 テレビ番組
      • 12.2.1 NHK紅白歌合戦出場歴
    • 12.3 映画
    • 12.4 CM
  • 13 タイアップ楽曲
  • 14 演じた人物
  • 15 書籍
    • 15.1 著書
    • 15.2 関連書籍
  • 16 脚注
    • 16.1 注釈
    • 16.2 出典
  • 17 関連項目
  • 18 外部リンク

人物

青山学院大学在学中よりバンド活動を行い、バンド名の変更とメンバーチェンジを繰り返した後、サザンオールスターズとしてデビューした。

1987年のソロ活動開始以降、サザンとソロ、それぞれの活動を数年毎のローテーションで行っている。

1982年に、サザンのキーボーディスト原由子結婚し、これまでに2男をもうける。長男はインディーズバンド・READ ALOUDのボーカル、桑田祐宜。

生い立ち

父親が茅ヶ崎で映画館を経営していた。桑田が音楽に興味を持ったのは、姉・えり子の影響が大きい。姉の岩本えり子は後年、いくつかサザン、桑田ソロの曲で英語補作詞として参加している。桑田によると、作詞に行き詰った際に電話で相談し、参考にしていた。学生時代は、姉が集めていたビートルズ等のレコードを聴き入っていた。

学生時代 影響を受けたアーティストは、上記のビートルズ以外に、エリック・クラプトンリトル・フィートボブ・ディランなどがいる。また、フィラデルフィアポップス筒美京平の作品にも影響を受け、それらは後の音楽活動(演奏、作曲等)の下地になっている。

中学生から高校生にかけ、今は無きパシフィックホテル茅ヶ崎ボウリング場でジュニアボウラーとして鳴らしていた。アベレージは200以上あり、クイズ番組『カルトQ』でも問題として出題された、アマチュアのボウリング大会に出た時の公式記録は297(10フレーム目の3投目だけは7本倒し、それまでの11投は全てストライク)とのこと。昭和40年代、大ブームだったプロボウラーを目指してもいたという。当時ジュニアボウラーはあまり多くなく、パシフィックボウル茅ヶ崎で一緒にしのぎを削っていたのが、同い年で友人の扇一平(文化放送アナウンサー)である。その扇の娘で、ロックシンガーソングライターの扇愛奈は、桑田の長男と同級生で、高校時代バンドを組んでかなりの人気があった。また、桑田について中・高校時代の友人達は、後にワイドショーのインタビューに応じ「桑田は昔、歌手じゃなくてプロボウラーになりたがっていた」と語っている。2016年矢島純一プロに還暦祝いとしてマイボールをプレゼントされて以降ボウリング熱が再燃し、週に一度スタッフと10ゲーム以上プレーしている。その実力は年を重ねても衰えておらず、1年後の2017年には279(10フレーム目の1投目を9本、2投目に残りの1本を倒した他はすべてストライク)という高記録を達成した動画を公式のYouTubeに掲載している。

青山学院大学時代〜メジャーデビュー

高校は、鎌倉学園高等学校に通う。在学中は英語のみ成績が良く、明治学院大学と青山学院大学に合格し、青山学院大学を選択する。大学の音楽サークルBetter Days”(ベター・デイズ)に所属し、本格的にバンド活動を開始。「温泉あんまももひきバンド」「脳卒中」「ピストン桑田とシリンダーズ」「青学ドミノス」など、頻繁にバンド名の変更やメンバーチェンジを繰り返していたが、1976年頃から自身のバンドに“サザンオールスターズ”の名を使用。これが定着し、メンバーも固定されるようになる。1978年6月25日ビクター音楽産業より、サザンオールスターズとして「勝手にシンドバッド」でメジャーデビュー。ちなみに、大学は一度留年した後に、学費滞納により4年在学した後、1978年に除籍になったとのこと(サザンのメンバーで青学に在学していた桑田と大森・関口・原のうち、卒業出来たのは関口と原の2人だけである)。

パフォーマンス

歌唱法

独特の歌唱法は、日本人からは高校時代より大ファンだった前川清から来ており、洋楽ではボブ・ディラン等の影響を受け、学生時代は声質をより近付けるため、ウォッカで喉をうがいし、自宅の部屋にこもって枕に顔を押し付けて大声を出し続ける等などの荒行も行っていたという。その結果、1982年頃までの楽曲にしゃがれ声が際立っている作品が多い。しかし、声帯への悪影響も強く、声が出なくなって出血することもあった。その後は、声帯を酷使する極端な歌唱を控えるようになり、しゃがれ声が際立った曲は一部に留まっている。作品の発表時期によって歌声が異なって聴こえるのはこのためである。

また、サザンオールスターズは、テレビの音楽番組における歌詞の字幕スーパー(テロップ)が流される端緒を作ったとされる。これは、桑田の早口の歌い方に視聴者が「歌詞が判らない」と苦情を寄せたため、テレビ局が桑田の歌い方に対応するために歌番組でのテロップ表示を行ったとのことである。

プレイヤーとして

レコーディングなどではギターを担当することがほとんどだが、時にベースブルースハープドラムスキーボードパーカッションなども演奏するマルチプレイヤーでもある。特に、ソロ名義の「素敵な未来を見て欲しい」や「MUSIC TIGER」などは、桑田1人ですべての楽器が演奏されている。

ギタリストとしてクローズアップされることは比較的少ないが、ボトルネックによるスライドギターのプレイヤーとしても知られ、サザンやKUWATA BANDライブでは曲の間奏で度々その姿を披露、さらに泉谷しげるのアルバム「吠えるバラッド」では「JHON PAUL MacLENNON」名義でスライドギター奏者としてレコーディングに参加。しかし、本人によると「コードとかはよくわからない」という。

ライブパフォーマンス

1980年代から1990年代まで、ライブや音楽番組などでは時にステージに寝転がったり、飛び跳ねたりの激しいパフォーマンスが特徴であった。MCや曲中の煽りなども、いわゆる「縦ノリ」の男臭いロックミュージシャンらしい姿が見られていたが、近年では激しい動きは少なくなった反面、ギターのソロプレイを魅せる割合が多くなっている。サザンで活動の際は、ライブ終盤での客席への紙コップ(エスカレートした場合は消防用のホースでの放水)の水撒きも定番であった。これは、2005年『ミュージックステーション』出演の際に「花火や火薬等は制限があるが、水は制限は無い。これ以上スケールの大きいものは水しか考えられない」と桑田は語っている。

マイクを性器に見立ててマスターベーションを思わせるパフォーマンスは定番となっており、サザンの「イエローマン」や「BOHBO No.5」のプロモーションビデオやソロの「ヨシ子さん」のテレビ披露などでも確認できる。

曲作り

曲作りは、ほとんどが曲先(作曲された曲に詞を当てはめる)である。デタラメ英語などの仮歌段階のまま、編曲までほぼすべてを終わらせた後、仮歌の語感を崩さない言葉を選んで、そこから歌詞全体のテーマ・世界観を決める。そのため、日本語英語ともに文法的には間違っている歌詞も多々あり、間違いを指摘されたり「意味が分からない」などと批判される事がしばしばある。これは、文章の正確さよりも、語呂の良さ・符割などを優先させるが故の結果であり、そのためには古文方言都々逸も用い、メロディに合う言葉がないのなら造語を自分で作ってしまうこともある。

作詞の際には、作品中やタイトルに人名を登場させることも多い。特定の人物を讃えた曲もあるが、名前のみを身近な人物または縁の人物の中などから、歌詞全体とメロディに合う語感として引用し、特定の人物は指していない場合が多い。前者は『吉田拓郎の唄』『星空のビリー・ホリデイ』『Dear John』『唐人物語』など。後者は『いとしのエリー』『チャコの海岸物語』『そんなヒロシに騙されて』『MARIKO』『シュラバ★ラ★バンバ』『可愛いミーナ』ほか多数の曲で使われている。

また、英語と日本語とのダブル・ミーニングを取り入れ、日本語の中でも縁語掛詞など和歌における修辞技法がよく見られる。本人曰く「楽曲は歌詞カードも含めての作品なので、歌詞カードもじっくり読んで欲しい」との思いも込められている。

自身の音楽観については「言い訳が許されない音楽っていうのが一番正しい」とし、桑田にとってそれはポップスだとしている。

サザンとソロ活動の両立

サザンとソロとの活動の違いが分かりづらいと指摘されることも多い。この疑問に対して桑田は、サザンのメンバーやサザンとしての活動は家族家庭であり、ソロ時のサポートメンバーおよびソロとしての活動は愛人と逢っているようなものと例え、サザンの楽曲やソロの楽曲はそれぞれの間で生まれた子供達だと表現をしている。また、プロレスラー武藤敬司にも例え、サザンの時は素顔の武藤として戦い、ソロの時はペイントをしてグレート・ムタとして戦うとも表現している。

また、ソロ名義で出演するライブやフェスティバル、単独名義で行っている自身のラジオ番組のライブなどでは、サザン名義の楽曲も演奏されることがある。この点に関してファンからは「ソロのライブでサザンの曲を唄わないで欲しい」との意見もあったが、その意見に対して桑田は「ファンの気持ちも分かるんですけど、『唄ったっていいじゃん、どっちでもいいじゃん』て思う時も実はあるんですよね」とインタビューで答えている。ソロ名義で行うワンマンライブやツアーでは、基本的にサザン名義の楽曲が歌われることは少ない。1986年のKUWATA BANDのときは、ライブでサザンの曲を封印していたが、1988年のサザン復活ライブでは、途中に桑田ソロコーナーを設け、「スキップ・ビート」も歌っていた。

交流関係

 | 
この節の加筆が望まれています。

人柄・エピソード

ライブでのトラブル等

2014年12月31日、年越しライブ『ひつじだよ!全員集合!』にて、同年11月3日に秋の叙勲にて受賞した紫綬褒章を披露した際に、今上天皇のものまねをし、褒章をジーンズのポケットから取り出し、その直後に客にオークションを連想させ、「5000円から行きましょう」と冗談を述べたところ、ネット上で「天皇陛下を侮辱している」「不敬だ」といった批判が寄せられ、これに合わせた抗議デモも発生した。年が明けて2015年1月15日、アミューズは桑田と連名で前述の発言に対する謝罪文を発表し、桑田本人も同年1月17日放送の「桑田佳祐のやさしい夜遊び」の冒頭で謝罪を行った。しかし、NHK紅白歌合戦で歌った「ピースとハイライト」の歌詞がメディアで政権批判、反日と批判されたことは真っ向から否定した。「『反日だ』『お前は日本人じゃない』と言い出す方がいるのは本当に残念ですし、明確に否定させていただきます。」と述べた。そして「たかが歌なのでたいした力はないかもしれませんが、私は日本を愛する者ですし、平和を願う者として、“希望の苗を植えていこうよ、地上に愛を植えていこうよ”というメッセージをお伝えしたい」と紅白で歌った「ピースとハイライト」の歌詞になぞらえて思いを語った。

音楽活動

ここではソロ活動を中心に記す。サザンオールスターズなど、バンドとしての活動は各ページを参照のこと。

バンド活動と並行したり休業しつつ、ソロ活動を行っているが、活動期によりテーマやコンセプトを大きく異なることで、サザンオールスターズとしての活動とは特に一線を画している。

KUWATA BAND結成

1986年に結成されたKUWATA BAND唯一のスタジオアルバム『NIPPON NO ROCK BAND』は、日本語詞中心に構成されたシングル曲は一切収録せず、全曲新曲の全英語詞アルバムになった。

第1期ソロ活動

1987年 - 88年の第1期ソロ活動では小林武史が楽曲制作に参加し、プログラミング打ち込み中心のポップス路線を展開した。また、ダリル・ホール&ジョン・オーツと共演している。

第2期ソロ活動

1993年 - 94年の第2期ソロ活動は小倉博和との共同作業による、楽器本来の音に着目したアコースティック(アンプラグド)・フォーク路線を展開した。

第3期ソロ活動

2001年 - 2002年の第3期ソロ活動は、前半と後半でさらに方向性が異なった。前半の2001年は、サザンとの差別化にはこだわらなくなった。この時はサザンでのメンバー脱退による移行があったため、もともとサザン名義で発表する予定だった楽曲を、ソロ名義で発売したものもある。また、逆にソロワークとして製作していた楽曲を、のちにサザンとしてカラーやアレンジを加えて発表した曲も生まれている(恋するレスポールなど)。後半の2002年は、斎藤誠らサポートメンバーで結成されたTHE BALDING COMPANYとの共同作業による、バンド形態の本格派ロック路線を展開した。2001年に発表された楽曲はアルバムに収録されることなく、ソロ活動の集大成として発表されたベストアルバムに収録された。

第4期ソロ活動

2007年の第4期ソロ活動について桑田は、ラジオ番組や音楽雑誌インタビューなどの各メディアにおいて、『来年のサザン30周年に向けての足懸かりとしての期間』という旨のコメントをしている。なお、この時期のソロ活動でオリジナルアルバムは発表されていない。

第5期ソロ活動

2009年より第5期ソロ活動に入った。2010年にはソロとしては4枚目となるオリジナルアルバムの制作に着手していたが、初期の食道癌を患っていることが発覚。治療に専念するため暫く音楽活動を休止していたが、退院後体調を考慮しながら再開し、12月26日付けで公式ホームページから完成されたことが報告された。2010年のNHK紅白歌合戦で特別枠として出演(ソロ名義では初、サザンオールスターズを含めると1983年以来となる出場)し、回復と復帰をアピールした。

第6期ソロ活動

2016年に還暦を迎え第6期ソロ活動に入り、シングル「ヨシ子さん」「君への手紙」を発売し、2017年にはソロデビュー30周年を迎え前述のシングルらを収録した5枚目オリジナルアルバム『がらくた』を発売した。

変名

数多くの変名を使用しているがこれらの名前の由来は以下のとおり。いずれも桑田の遊び心に由来した名前である。

嘉門 雄三(かもん ゆうぞう)
1981年ライブ「嘉門雄三&Victor Wheels」等で使用。英語の「COME ON(カモン)」と、同郷で桑田が敬愛する加山雄三から。
桑竹 居助(くわたけ いすけ)
1988年、RCサクセションのアルバム『COVERS』等で使用。名前の区切りを変えたぎなた読み。漢字は当て字である。
JOHN PAUL MacLENNON(ジョン ポール マッカレノン)
1988年、泉谷しげるのアルバム「吠えるバラッド」にスライドギター奏者として参加した際に使用。The Beatlesジョン・レノンポール・マッカートニーより。
夷撫 悶汰(いヴ もんた)
1996年のAAAライブで使用。フランスの俳優イヴ・モンタンより。
古賀 紅太(こが こうた)
2001年、シングル「波乗りジョニー」PV等で使用。桑田がCMソングを担当した「コカ・コーラ」のもじり。
波乗亭 米祐(なみのりてい べいすけ)
2016年、NHK『SONGS』出演時等で使用。「米祐」は「スケベ」のもじりでもある。
稲川ジェーン・フジオカ(いながわジェーン・フジオカ)
2017年のLIVE TOUR 2017「がらくた」のツアー本編で映し出された映像で使用したものであり、京都の「三十三間堂」の怪談話を披露した。なお、名前の由来は桑田が監督を担当した映画『稲村ジェーン』と怪談話をする稲川淳二と、桑田が所属するアミューズの後輩の ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
出典:wikipedia
2018/12/11 20:54

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