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棚橋真作とは?

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【棚橋 真作】

【生誕】
1894年3月7日
大日本帝国岐阜県大垣市
【死没】
1946年2月9日(満51歳没)
大日本帝国熊本県菊池郡西合志町西合志村(現・合志市)
【所属組織】
大日本帝国陸軍
【軍歴】
1916年 - 1945年
【最終階級】
陸軍大佐

棚橋 真作(たなはし しんさく、1894年3月7日 - 1946年2月13日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大佐。終戦時に自決

生涯

前史

1894年(明治27年)3月7日、現在の岐阜県大垣市に生まれる。旧制中学を卒業後、陸軍士官学校28期で入学した。卒業後には歩兵第35連隊に配属され、シベリア出兵を経験する。後に歩兵第36連隊付き配属将校として旧制三国中学校へ赴任する。歩兵第7連隊第三大隊長も歴任する。第7連隊時代には、上海付近及び南京付近の戦闘に参加し、武功抜群により上海派遣軍司令官である松井石根大将より個人感状を授与され、金鵄勲章を叙勲される。

第一・二次アキャブ作戦

1940年(昭和16年)8月には陸軍大佐に任ぜられ、1941年(昭和17年)3月には歩兵第112連隊長(丸亀連隊)を拝命する。歩兵第112連隊ではビルマ戡定作戦を達成し、次いで第55師団の基幹部隊として第一次アキャブ作戦(三十一号作戦)にてビルマのインデン付近で英軍第6旅団を殲滅した。また、第二次アキャブ作戦(ハ号作戦)に於いてはシンゼイワ盆地に英軍第7師団を包囲し、弾薬や糧食が欠乏していたにも拘らず勇戦敢闘した。しかし、当初優勢だった戦況もその後物資に恵まれた連合軍に押されて戦死者や餓死者は日に日に増え、無謀な総攻撃命令ばかりを出す師団長の戦略や敵の糧食を奪い取ることを前提として4日間の糧食しか持たされなかったずさんな計画が影響して戦線は壊滅状態となる。業を煮やした棚橋は「これ以上、天皇の赤子を殺すに忍ばず」として、軍法違反を覚悟の上で師団長との無線を封鎖し生き残った部下約400名を率いて独断で撤退した。後には第二次アキャブ作戦で展開していた各部隊も戦線崩壊し作戦は1か月余りで中止となり日本軍は惨敗した。棚橋は1944年(昭和19年)4月11日に連隊長を更迭され、更にはマラリヤに罹患したことを理由に内地帰還させられる。

終戦後

内地帰還後は西部軍管区教育隊長を拝命し、赴任先の熊本県菊池郡西合志村黒石原(現・熊本県合志市)で終戦を迎える。終戦直後は教育隊の若手将校が「尊王義勇軍」と称して熊本市内の神社に立てこもったため、敗戦の現実を語り説得を行った。また、復員兵や引揚者の援助を目的に教育隊演習場だった黒石原を開墾するため、何度も熊本県庁に出向いては請願し開拓の許可を取り付けた。棚橋は岐阜の実家に疎開していた家族を黒石原へ呼び寄せて、教育隊の兵舎を引揚者へあてがう一方、棚橋ら家族7人は厩を改造した粗末な家に住んでいた。開拓地は棚橋によって「新開開拓地」と名付けられ、その開拓地には信心深い棚橋によって新開神社も創建された。1946年(昭和21年)2月13日、同地にある黒石日吉神社にて拝殿に向かって割腹自決した。

親族

脚注

出典

  1. ^ 初田正俊 2010, p. 37.
  2. ^ 「陸軍職員録」『軍事年鑑』朝風社、1933年、155頁。
  3. ^ 初田正俊 2010, p. 38.
  4. ^ 初田正俊 2010, p. 39.
  5. ^ 初田正俊 2010, p. 40.
  6. ^ 紀里谷和明僕の中の戦争(7/8) - ZAKZAK 2020年4月28日 閲覧
  7. ^ 初田正俊 2010, p. 41.

参考文献

・・・・・・・・・・・・・・・・・・
出典:wikipedia
2020/08/08 00:25

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