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横山典弘とは?

【基本情報】

【国籍】
日本
【出身地】
東京都府中市
【生年月日】
(1968-02-23) 1968年2月23日(51歳)
【身長】
163.0cm
【体重】
49.0kg
【血液型】
O型
【騎手情報】

【所属団体】
日本中央競馬会
【所属厩舎】
フリー
【初免許年】
1986年
【免許区分】
平地
【経歴】

【所属】
石栗龍雄(美浦)→フリー

横山 典弘(よこやま のりひろ、1968年2月23日 - )は日本中央競馬会 (JRA) の騎手である。美浦トレーニングセンター所属で現在はフリー。

目次

  • 1 来歴
  • 2 成績表
    • 2.1 受賞歴
    • 2.2 GI競走勝利一覧及び当該競走における騎乗馬(年度別)
  • 3 GI騎乗に関する記録
  • 4 エピソード
  • 5 テレビ出演
  • 6 脚注
    • 6.1 注釈
    • 6.2 出典
  • 7 参考文献
  • 8 関連項目

来歴

父は元JRA騎手の横山富雄、兄も元JRA騎手の横山賀一(ただしJRAの騎手免許は典弘のほうが先に取得している)。長男の横山和生、三男の横山武史はともにJRA騎手。さらに叔父に元JRA調教師奥平真治がおり、身内に競馬関係者が多数存在するなかで育つ。そのほか、義弟(妹の夫)に元JRA騎手・JRA調教師の菊沢隆徳が、甥にJRA騎手の菊沢一樹がいる。

なお、競馬新聞ではデビュー当時は横山雄一と、現在は横山義行および息子の和生、武史と区別するため、横山典と表記されている。

1986年3月1日中山競馬第2競走でデビュー(リキアイシンプウに騎乗し12頭立ての3着)。初勝利は同年4月29日東京競馬第12競走のキオイゴッド。デビュー年は8勝と奮わなかったが、翌年は31勝(障害競走1勝も含む)を挙げる。3年目の1988年にはウインターステークスでソダカザンに騎乗し重賞初制覇。

1990年にはキョウエイタップエリザベス女王杯を制し初めてのGIタイトルを獲得。1991年にはメジロライアンとのコンビで宝塚記念を制する。その後も着実に勝ち星を積み重ね、1995年には自身初の年間130勝を達成。初めての関東リーディングジョッキーとなる。この年のマイルチャンピオンシップではトロットサンダーに騎乗し3つ目のGIタイトルを獲得。また、12月のワールドスーパージョッキーズシリーズで4戦中3勝という離れ業を見せ初出場にして優勝を成し遂げる。

1996年は同年に引退した小島太に代わりサクラローレル主戦騎手となる。また、トロットサンダーで安田記念を制したほか、砂の女王と呼ばれたホクトベガにも騎乗。川崎記念(2勝)、フェブラリーステークス(当時はGII)、帝王賞などの地方交流ダート重賞を制した。

1997年ドバイワールドカップでホクトベガに騎乗したが、落馬して競走中止。同馬は予後不良となってしまう。しかし同年の秋、タイキシャトルとのコンビでスワンステークスとマイルチャンピオンシップを制した。これは主戦騎手の岡部幸雄が、シンコウキングとのコンビでマイルチャンピオンシップに出走するために代打騎乗したものであった。

1998年にはセイウンスカイとのコンビで皐月賞菊花賞を逃げ切ったほか、秋に騎乗停止処分を受けた武豊の代わりにエアグルーヴに騎乗した。

以後はブラックホークとのコンビでスプリンターズステークスと安田記念に勝利し、シンボリインディNHKマイルカップを、メジロベイリー朝日杯3歳ステークス(2000年)を制した。2004年には天皇賞(春)においてイングランディーレに騎乗し、単勝10番人気の低評価ながら大逃げを打ち、2着に7馬身差をつけ優勝。

2005年11月5日には東京競馬の第2競走で通算1600勝を達成すると、第7競走まで6連勝し、JRAの連続施行競走連続勝利の新記録を達成した。なお、この日の騎乗馬はすべて3着以内で馬券に絡んでいる。

2007年10月26日に発表されたJRA競馬学校騎手課程27期生の合格者の中に和生が合格していたことが明らかになった。11月17日には東京スポーツ杯2歳ステークスフサイチアソートに騎乗して制し、この勝利と同時に4年連続、自身8度目となるJRA年間100勝を達成した。

2008年は、6月15日の第25回エプソムカップ(サンライズマックス)で、この年の重賞6勝目を記録。これがJRA重賞競走通算100勝目となるメモリアル勝利ともなった。

2009年2月7日小倉大賞典をサンライズマックスで制覇。これにより新潟競馬場を残し、JRA全10競馬場重賞制覇に王手を掛けた。

同年3月1日中山記念カンパニーで連覇を果たすと翌週の3月7日にはアーバニティオーシャンステークスを制覇。さらにその翌日ロジユニヴァース弥生賞を制覇。その翌週の中山牝馬ステークスではトップハンデを背負った桜花賞馬キストゥヘヴンに騎乗、このレースで引退、繁殖入りが決まっていた同馬を勝利に導き有終の美を飾らせる。横山典弘は自身初の4連続の重賞勝利となった。

第76回東京優駿の表彰式にて。左から、内閣総理大臣(当時)麻生太郎、勝利騎手の横山典弘、JRAイメージキャラクターの俳優・佐藤浩市

同年5月31日日本ダービーロジユニヴァースで優勝、デビュー24年目、15回目のダービー挑戦にして悲願のダービー制覇を達成し、ついにダービージョッキーの称号を手にした。なお、美浦所属の騎手によるダービー優勝は1997年大西直宏以来12年ぶりのことである。また、2006年12月の大西の引退以来、美浦所属のダービージョッキーが不在という、美浦所属騎手の暗黒時代が続いていたが、横山がそれにひとまずのピリオドを打つことともなった。

同年7月18日札幌競馬場第12競走の3歳以上500万下でスギノブレイドに騎乗し、勝利。史上5人目となる2000勝を達成した。

同年の11月1日天皇賞(秋)ではカンパニーとともにGI制覇を果たし、横山は秋の天皇賞20度目の挑戦にして初の勝利を果たした。8歳馬による平地競走のGI競走制覇はJRAでは史上初となり、2008年の中山記念からコンビを組んでいた横山自身も「人間の想像を超えた馬。」とカンパニーを称えた。その後、カンパニーの引退レースとなったマイルチャンピオンシップでも1番人気に応え勝利した。

12月にはワールドスーパージョッキーズシリーズで、1995年以来自身2度目の優勝を果たす。有馬記念では二冠牝馬ブエナビスタの騎乗を任され、初騎乗で今までと違う騎乗を求められていた横山は今まで見せたことのない先行策に出るが惜しくも2着となった。

2009年の横山は2年連続となる重賞二桁勝利、日本ダービーを含めた3つのGI制覇、2000勝達成、ワールドスーパージョッキーズシリーズ優勝などの顕著な活躍が認められ、2009年度の東京競馬記者クラブ賞特別賞を受賞した。

2010年には、4週連続重賞勝ち(京成杯エイシンフラッシュアメリカジョッキークラブカップネヴァブション東京新聞杯レッドスパーダシルクロードステークスアルティマトゥーレ)を記録した。その後も早いペースで重賞勝利を積み重ねていき、5月16日のG1レースヴィクトリアマイルで2010年の重賞10勝目を挙げ、2008年から3年連続となる重賞二桁勝利を果たした。なお、過去最速は1998年10月11日にセイウンスカイで勝利した京都大賞典での10勝目だったため、約5か月速い上半期での重賞二桁勝利となった。さらに翌週のG1優駿牝馬でも1着同着ながら勝利したが、この勝利は優駿牝馬史上初となる父子騎手制覇(父の横山富雄は1978年の第39回優駿牝馬をファイブホープで制覇)でもあった。同年9月26日の中山競馬場第3競走で落馬負傷し頚髄損傷、頭蓋骨骨折の重傷を負い、当初は騎手生命の危機にさらされていたが、1か月後の10月27日には美浦トレーニングセンターに姿を現し、当日対面した武豊が自身のホームページで「ジャパンカップあたりでは馬に乗っていそう」と述べるほどの回復を見せ、11月13日に復帰を果たした。こうしたアクシデントなどによる長期間のブランクに見舞われながらも、この年は120勝を挙げ、自身初の中央競馬全国リーディングジョッキーに輝いたものの、JRA賞最多勝利騎手の受賞は内田博幸に譲る結果となった。これは、地方競馬との指定交流競走を含めた場合、内田が125勝、横山が121勝となったためである。JRA賞はJRA賞最高勝率騎手を受賞した。JRAのみの算出では勝利数・勝率・最多賞金獲得3部門で1位となっており、2013年のルール改定が適用されていればJRA賞騎手大賞の対象となった。

2013年の夏競馬は、例年騎乗していた北海道シリーズではなく福島、新潟で騎乗。夏の福島開催ではリーディングに輝いた。

第81回東京優駿をワンアンドオンリー号で優勝。ゼッケン13番の競走馬は蛯名正義鞍上のイスラボニータ

2014年は7年ぶりの台覧競馬となった5月の日本ダービーで、ワンアンドオンリーに騎乗して自身二度目の制覇を達成。奇しくもワンアンドオンリーの父は2004年のダービーで自身が騎乗してキングカメハメハの2着に敗れたハーツクライであり、その父と同じく橋口弘次郎調教師の管理馬であった。台覧に訪れた皇太子徳仁親王と横山とワンアンドオンリーは誕生日が同じである。

12月6日、第48回ステイヤーズステークスにて、デスペラードに騎乗し、同レース連覇を達成。同レース現役最多記録をさらに伸ばし、歴代2位タイの5勝目となる。

2016年9月4日、第52回新潟記念アデイインザライフで勝利。これで安田富男元騎手、武豊騎手、藤田伸二元騎手に次いで、中央競馬史上4人目のJRA全10場重賞制覇を達成。30年6か月4日での達成は、安田富男元騎手を上回る最長キャリアでの達成である。

2017年7月30日、第65回クイーンステークスアエロリットで勝利。これにより、現行のJRA北海道重賞8競走を完全制覇。史上初の快挙となった。

なお、本節における脚注のないレース結果や騎乗馬、勝利数の情報については、JRAホームページ(データファイル)、および競馬四季報1986年冬号~2015年秋号(~2000年:関東版/関西版、2001年~:全国版)の情報に基づいている。

成績表

本節は、JRAホームページ(データファイル)、および競馬四季報1986年冬号~2015年秋号(~2000年:関東版/関西版、2001年~:全国版)の情報に基づく。

【年】
【勝利数・連対率】
備考
1986年 | 8勝 (.138) | 
1987年 | 31勝 (.209) | 
1988年 | 26勝 (.216) | 重賞初制覇
1989年 | 49勝 (.263) | 
1990年 | 73勝 (.248) | GI初制覇
1991年 | 54勝 (.234) | 
1992年 | 64勝 (.222) | 
1993年 | 64勝 (.224) | 
1994年 | 75勝 (.242) | 
1995年 | 130勝 (.321) | 関東リーディング
ワールドスーパージョッキーズシリーズ優勝
1996年 | 126勝 (.316) | 
1997年 | 94勝 (.282) | 
1998年 | 104勝 (.266) | クラシック初制覇
1999年 | 92勝 (.251) | 
2000年 | 101勝 (.262) | 1000勝達成
2001年 | 97勝 (.292) | 
2002年 | 93勝 (.273) | 
2003年 | 90勝 (.253) | 
2004年 | 116勝 (.282) | 
2005年 | 134勝 (.308) | 関東リーディング(2回目)
2006年 | 113勝(.303) | 関東リーディング(3回目)
2007年 | 106勝(.274) | 
2008年 | 95勝 (.242) | 重賞100勝達成
2009年 | 106勝 (.281) | ダービー初制覇
ワールドスーパージョッキーズシリーズ優勝(2回目)
2000勝達成
2010年 | 120勝 (.325) | 全国リーディング(JRAでの成績のみ)
JRA賞最高勝率騎手
2011年 | 95勝 (.264) | 
2012年 | 112勝 (.312) | JRA賞最高勝率騎手
2013年 | 83勝 (.231) | 
2014年 | 76勝 (.220) | ダービー2勝目
2015年 | 57勝 (.196) | 
2016年 | 54勝 (.187) | JRA全10場重賞制覇達成
2017年 | 45勝 (.193) | 
2018年 | 49勝 (.199) | 

※通算勝利数には障害競走1勝を含む。2014年9月22日現在。

【】
【】
【日付】
【競馬場・開催】
【競走名】
【馬名】
【頭数】
【人気】
着順

地 | 初騎乗 | 1986年3月1日 | 2回中山3日2R | 4歳未勝利 | リキアイシンプウ | 12頭 | 2 | 3着
初勝利 | 1986年4月29日 | 2回東京4日12R | 5歳上900万円下 | キオイゴット | 10頭 | 7 | 1着
重賞初騎乗 | 1986年8月17日 | 1回函館6日9R | 函館記念 | キオイゴット | 11頭 | 11 | 11着
重賞初勝利 | 1988年12月4日 | 3回中京4日11R | ウインターS | ソダカザン | 15頭 | 4 | 1着
GI初騎乗 | 1988年4月17日 | 3回東京8日10R | 皐月賞 | メイブレーブ | 18頭 | 15 | 失格
GI初勝利 | 1990年11月11日 | 4回京都4日10R | エリザベス女王杯 | キョウエイタップ | 18頭 | 8 | 1着

害 | 初騎乗 | 1986年3月1日 | 2回中山3日5R | 障害未勝利 | グレイスハニー | 9頭 | 4 | 7着
初勝利 | 1987年3月14日 | 2回中山5日6R | 障害5歳上400万円下 | シルバーイッキ | 12頭 | 7 | 1着

受賞歴

GI競走勝利一覧及び当該競走における騎乗馬(年度別)

(カッコ内は騎乗馬名。また斜字は交流GI太字は海外GIを指す)

JRA27勝・交流7勝(*2018年JBCレディスクラシックをJRA・交流それぞれで計算に含めた値<中央GIに算入しない場合、JRA26勝>)

GI騎乗に関する記録

エピソード

テレビ出演

脚注

注釈

  1. ^ 2009年東京優駿終了時点で、中央競馬における現役のダービージョッキーは藤田伸二武豊角田晃一安藤勝己石橋守四位洋文、横山典弘の7人である。
  2. ^ 札幌記念(1965~)、函館記念(1965~)、札幌2歳ステークス(1966~)、函館2歳ステークス(1969~)、函館スプリントステークス(1994~)、エルムステークス(1996~)、クイーンステークス(北海道開催は2000~)、キーンランドカップ(2006~)の8競走
  3. ^ ただし、柴田政人元騎手が1988年のタマツバキ記念制覇により当時施行されていた6重賞(札幌記念・函館記念・札幌3歳S・函館3歳S・セイユウ記念・タマツバキ記念)の完全制覇を達成している(同騎手は以降の新設重賞は勝利していない)

出典

  1. ^ 平成28年度 騎手免許試験合格者 (PDF)”. 日本中央競馬会 (2016年2月11日). 2016年4月7日閲覧。
  2. ^ ワールドスーパージョッキーズシリーズ1987-2008(JRAホームページ内)
  3. ^ JRAホームページ 年度別全成績 2005年第5回東京(pdfファイル)
  4. ^ ラジオNIKKEI 横山典弘騎手がJRA年間100勝達成
  5. ^ 横山典弘騎手が重賞100勝を達成
  6. ^ 横山典が全10場重賞Vに王手/小倉大賞典
  7. ^ 関係者をうならせたベテラン横山典の妙技/トレセン発秘話
  8. ^ ラジオNIKKEI 【中山牝馬S(GIII)】(中山)~キストゥヘヴン 有終V
  9. ^ JRAホームページ 過去GI成績 第76回 東京優駿(日本ダービー)
  10. ^ 競馬情報のJRA-VANトップ>競馬かわらVAN(リレーコラム)>第47回 ロジユニヴァースの宿命
  11. ^ 競馬ブックweb 日本ダービーアラカルト
  12. ^ ラジオNIKKEI 横山典弘騎手、JRA通算2000勝達成!
  13. ^ 日刊スポーツ 横山典家族の前で2000勝「60歳まで現役」
  14. ^ 朝日新聞デジタル 「熟年の星」といわれたカンパニー
  15. ^ ワールドスーパージョッキーズシリーズ騎乗馬一覧・結果(JRAホームページ内)
  16. ^ 日刊スポーツ ブエナに横典!オークス後未勝利で新風
  17. ^ JRAホームページ 過去GI成績>第54回 有馬記念
  18. ^ 内田騎手に東京競馬記者クラブ賞(nikkansports.com)
  19. ^ スポニチANEX 【シルクロードS】横山典トゥーレで4週連続重賞V
  20. ^ 日刊スポーツ 横山典頭蓋骨骨折の重傷だった
  21. ^ 武豊オフィシャルサイト 日記・コラム(2010年10月28日)
  22. ^ ラジオNIKKEI 2010年度JRA賞発表~年度代表馬はブエナビスタ
  23. ^ JRAホームページ 2010年度 リーディングジョッキー(全国)【勝利度数順】
  24. ^ 福永騎手が中京リーディング、福島リーディングは横山典騎手(netkeiba.com)
  25. ^ [1] - 産経ニュース
  26. ^ sanspo.com 【ステ
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    出典:wikipedia
    2020/02/09 03:09

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