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横浜スタジアムとは?

横浜スタジアム
Yokohama stadium

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【施設データ】

【所在地】
神奈川県横浜市中区
横浜公園無番地
【座標】
北緯35度26分36.34秒 東経139度38分24.36秒 / 北緯35.4434278度 東経139.6401000度 / 35.4434278; 139.6401000座標: 北緯35度26分36.34秒 東経139度38分24.36秒 / 北緯35.4434278度 東経139.6401000度 / 35.4434278; 139.6401000
【起工】
1977年4月
【開場】
1978年4月4日
【所有者】
横浜市および国
【管理・運用者】
株式会社横浜スタジアム
【グラウンド】
内外野 - ロングパイル人工芝(フィールドターフ)
【ダグアウト】
ホーム - 一塁側
ビジター - 三塁側
【照明】
照明灯 - 6基
照度 - バッテリー間:2500ルクス
内野:2000ルクス
外野:1650ルクス
【建設費】
約49億円
【設計者】
創和設計
【建設者】
清水建設(幹事社)、大成建設など
11社による共同企業体
【使用チーム ・ 開催試合】

横浜大洋ホエールズ
横浜ベイスターズ
横浜DeNAベイスターズ(開場 - 現在)
JABA東京スポニチ大会(? - 現在)
関東地区大学野球選手権大会(2005年 - 現在)
全国高等学校野球選手権神奈川大会(主会場:開場 - 現在)
全日本少年軟式野球大会(1984年 - 現在)
全日本クラブ野球選手権大会(1978年)
ニッサングリーンカップ・全国草野球大会(1979年 - 1993年)
全国中学校軟式野球大会(1979年 - 1983年)
全日本アマチュア野球王座決定戦(1996年)
パルサーボウル(1980年 - 1991年)
クリスマスボウル(1982年、1988年、2011年)
ヨコハマボウル(1987年 - 1999年)
ジャパンXボウル(1987年)
あずまボウル(2011年)
【収容能力】

34,046人
(内野スタンド:20,755人、外野スタンド:5,299人、ライトウィング席:3,564人、レフトウィング席:2,812人、立見・車椅子席ほか:1,992人)

【グラウンドデータ】

【球場規模】
両翼 - 94.2 m(約309.1 ft)
中堅 - 117.7 m(約386.2 ft)
左右中間 - 111.4 m (約365 ft)
グラウンド面積 - 12,284 m
屋内練習場 - 963 m
【フェンス】
5.0-5.3 m (約16.4 ft)

横浜スタジアム(よこはまスタジアム)は、日本神奈川県横浜市中区横浜公園内にある野球場プロ野球セントラル・リーグに所属する横浜DeNAベイスターズの本拠地(専用球場)として使用されている。通称:「ハマスタ」。本項目では運営会社の株式会社横浜スタジアムについても述べる。

概要

1978年3月、老朽化した横浜公園平和野球場(よこはまこうえん・へいわやきゅうじょう、通称「平和球場」)の跡地に竣工。同年より、川崎球場(現:川崎富士見球技場)から移転した横浜大洋ホエールズ(現:横浜DeNAベイスターズ)の本拠地となったほか、神奈川大学野球連盟のリーグ戦や、全国高等学校野球選手権神奈川大会、横浜市長杯関東地区大学野球選手権大会(明治神宮野球大会出場決定戦)、社会人野球等、アマチュア野球の会場としても用いられる他に、アメリカンフットボールの会場としてもしばしば利用されている。高校野球夏の大会では、開会式のほか1回戦から使用され、準々決勝以降は保土ケ谷球場にかわりメインスタジアムとなる。

土地は国有地で、施設は横浜市が所有し、市などの出資による第三セクター・株式会社横浜スタジアムが運営管理を行っている。どんぶりを傾けたような外観と、横浜のイニシャル“Y”を模した逆三角形の6基の照明塔が特徴である。2003年からロングパイル人工芝「フィールド・ターフ」を、日本の屋外球場では初めて採用した。

1978年の落成時には日本のプロ野球本拠地球場の中で両翼までの距離が最も広い球場であったが、昭和時代の終わりから平成にかけて後楽園球場大阪スタヂアム藤井寺球場平和台野球場などが次々と廃止閉場されたり、東京ドーム福岡ドームの建設、広島市民球場の移転建て替え(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)や明治神宮野球場および阪神甲子園球場の大改修などが行われた結果、現在では逆に距離が最も狭い球場となっている。

管理・運用者

株式会社横浜スタジアム
Yokohama Stadium Co., Ltd.
種類
株式会社
【略称】
ハマスタ
【本社所在地】
231-0022
神奈川県横浜市中区横浜公園
【設立】
1977年(昭和52年)2月
業種
サービス業
法人番号
2020001029497
【事業内容】
プロ野球興行
催し物開催のための施設の運営および賃貸
物品の賃貸
広告および放映放送契約
場内売店等の経営
入場券、キャラクターグッズ等の販売
【代表者】
藤井謙宗(代表取締役社長)
【資本金】
34億8000万円
(2020年1月31日時点)
【発行済株式総数】
696万株(2020年1月31日時点)
【売上高】
66億2百万円
(2020年1月期)
【営業利益】
8億98百万円
(2020年1月期)
【経常利益】
14億1百万円
(2020年1月期)
【純資産】
162億87百万円
(2020年1月31日時点)
【総資産】
182億16百万円
(2020年1月31日時点)
【従業員数】
48人
(2020年1月31日時点)
【決算期】
1月末日
【主要株主】
横浜DeNAベイスターズ 76.9%
(2020年1月31日時点)
【主要子会社】
横浜球場商事株式会社 100%
【外部リンク】
http://www.yokohama-stadium.co.jp/
改修が完了した横浜スタジアム
増席以前の横浜スタジアム
横浜公園にある横浜スタジアム
ファンで盛り上がるスタンドの様子

事業の内容

横浜市との間の公園施設の寄附に関する契約に基づき、横浜市よりスタジアム施設の使用許可および管理許可を受けて、職業野球興行、催し物開催のための施設の運営および賃貸、物品の賃貸、広告および放映放送契約、場内売店等の経営を行ない、これらの観客、利用者を対象に入場券、キャラクターグッズ等の販売およびその他のサービス業務の事業活動を展開している。

ディー・エヌ・エーによる運営会社の買収

ディー・エヌ・エーの連結子会社でもある株式会社横浜DeNAベイスターズが、友好的TOBを通じて、2015年11月からスタジアム運営会社(株式会社横浜スタジアム)の発行済み普通株を取得。TOBの締め切り(2016年1月20日)までに、議決権所有割合の過半数(71.12%)に該当する普通株を、総額74億2,500万円で取得した。このため、運営会社は同月28日付で、横浜DeNAベイスターズの子会社(ディー・エヌ・エーの孫会社)に名義を変更。ディー・エヌ・エーによる球団とスタジアムの一体運営体制へ移行した(詳細後述)。

運営会社では、DeNAに買収される前の2014年に、スタジアムの近隣で日本綿花の横浜支店や大蔵省関東財務局の横浜財務事務所などに使われていた建物(1928年竣工の横浜市指定有形文化財)の活用事業権を同市から取得。買収後の2017年3月から「THE BAYS」という複合施設として運営するとともに、DeNAの球団事務所を4階のフロアに入居させるなど、収益の拡大を図っている。

沿革

横浜公園平和野球場」も参照

特徴

日本初の多目的スタジアム

内野スタンドの前段とピッチャーズマウンドは日本で初めて可動式を採用した。野球開催時(通常時)はグラウンドの形状が扇形になっているが、アメリカンフットボールなどの試合を開催する際は一塁側・三塁側の可動スタンドを移動させてグラウンド形状を長方形に変更することが可能であった。マウンドは昇降式であり、野球以外のイベント開催時にはマウンドを降下させ、その上に骨組みを組み、さらに人工芝マットを敷くことでグラウンド全体を水平にすることができる。

可動スタンドや昇降式マウンドは、いずれもプロ野球以外の興行への使用を前提に設置されており、横浜スタジアムは日本で初めて設計段階から多目的スタジアムとして造られた建築物といえる。二塁ベース後方を中心として真円形に作られたフィールドなど、アメリカで1960年代から1970年代にかけて流行したアメフト兼用球場の影響が見てとれる。この設計思想は後のドーム球場等にも取り入れられた。また、日本のプロ用野球場としては初めて、建設時から全面人工芝グラウンドと電光掲示式スコアボード、および映像表示装置を設置している。

可動スタンドについては、2003年シーズンより導入した「フィールド・ターフ」のメンテナンス性を考慮して移動させることがなくなっていたが、2013年よりファウルゾーンに設置されたフィールドシート(エキサイトシート)の基礎工事を施したことにより、永久的に移動が不可能となった。最後に可動スタンドが移動したのは、2001年11月23日に開催された横浜ベイスターズと横浜F・マリノスとの合同ファン感謝イベントである。

横浜スタジアム建設前には大型の競技場やコンサートホールなどが存在せず、横浜市はスポーツイベントや音楽興行の分野では立ち遅れた都市であったが、横浜スタジアムの完成がこれらの解消にも大きく寄与した。長年にわたり横浜国際女子駅伝の発着会場となったほか、Jリーグ草創期にはグラウンドに天然芝のマットを敷いてプレシーズンマッチを開催したこともある。

コンサート会場としても数多く利用され、国内外の多数の有名アーティストが大規模なコンサートを行なってきた。国内人気ロックバンドであるTUBE1988年から30年以上にわたり毎年8月、横浜スタジアムでコンサートを実施しており、夏の風物詩となっているのをはじめ、そのほかの人気国内アーティストも毎年夏に1組程度野外コンサートを開催している。加えて2006年から2009年2011年には横浜レゲエ祭も開催された。しかし、屋根がない横浜スタジアムは、天候によってイベント開催の可否が左右されやすく近隣への騒音問題もあり、また3万人収容という施設に応じた集客が難しいことから、横浜アリーナ横浜国際総合競技場が完成した1990年代以降、野球以外の大規模イベントで使用される機会は減少傾向にあるが2014年から2015年にかけてはSCRAP主催の体感型謎解きイベントであるリアル脱出ゲームの野外ツアーとして2014年は進撃の巨人とのコラボ『ある城塞都市からの脱出横浜公演』が、2015年はONE PIECEとのコラボ『頂上戦争からの脱出横浜公演』が開催され、リアル脱出ゲーム野外ツアー横浜公演の会場として利用された。

建蔽率の問題

建物の立体的な外観は、他の野球場に見られるような垂直的なそれではなく、スタンドの上辺が広く下辺が狭い逆円錐形をしている。これは都市公園法施行令第6条1項1号で定められている、都市公園内運動施設の建蔽率規制によるもので、スタンドの下辺をもって建蔽率を計算するためのいわば苦肉の策である。兎にも角にも面積上の問題をクリアするために様々な特徴ある設計を行っている。また、1990年代以降に建設されたいわゆる「国際規格」の野球場に比べ、収容観客数の少なさやグラウンド面積の狭さが指摘されて久しいが、法規上の制限ギリギリで設計されていることから、スタンドの増築を伴う観客席増設や、スタンドの構造変更を伴うグラウンド面積の拡張なども、法令の改正がなされない限り事実上不可能であったが、2012年の法改正に伴い建蔽率が12%まで緩和された。

以上の理由によりダッグアウト裏やグラウンド内に場所が確保できなかったため、ブルペンは外野スタンドの下に存在する。ブルペンは目隠し用のテントと侵入防止用の鉄柵を隔てただけで横浜公園に面しているので、リリーフ投手の投球を受ける捕球音やブルペン捕手の掛け声を球場外から聞くことができる。ダッグアウトとブルペンの間は連絡路がなく隔絶されているため、プロ・アマ問わずリリーフ投手は試合前からブルペンで待機するか、試合中の攻守交替時にファウルグラウンドを歩いてブルペンに向かわなければならない。なお、ブルペンからマウンドまでが遠いため、プロの試合における投手交代時は通常、リリーフカーを使用する。球場誕生時は日産自動車ブルーバード910型のオープンカーを使い、その後は同社のBe-1エスカルゴトヨタ自動車のスポーツカー・MR-Sを経て、2017年シーズンからは日産・リーフを改造したものを使用している。ただし2016年のオールスターゲームはスポンサー上の理由により、マツダ・アクセラのオープンカーが使用された。

ブルペンを外野スタンド下に収める構造を採用した結果、横浜スタジアムの外野フェンスは高さがドーム球場並みの5mに達するものになった。このため、グラウンド内でバウンドした打球がフェンスを越えてエンタイトルツーベースに至ることはまずあり得ず、フェンスによじ登ってのフライ捕球もまず不可能である(内野エキサイティングシートのフェンスは低いため、こちらに入ってのエンタイトルツーベースは何度か起きている)。フェンスが高いものの外野スタンドの奥行きは狭いため、プロのパワーヒッターであれば場外ホームランを打つことも可能である。ドーム球場並みの5mもある外野フェンスからの転落はその高さのために生命にかかわる事故も起きている。2009年8月27日開催の横浜対阪神戦において、泥酔した観客がライトスタンドから1mあるフェンスを乗り越えて5m下のグラウンドに転落したことで2日後に死亡する事故が発生している。

短所と長所

上記で述べた通り、法規制クリアのため設計上の無理が少なからずあり、以下のようなしわ寄せが来ている。

他にも観客の立場から見て不都合な点も多く、必ずしも快適に観戦できる球場とは言いがたい。

その一方で、以下の点は他球場と比較して有利とされる。

ゲーリッグとルースのレリーフ

横浜スタジアムには、外野レフトスタンドのポール際にベーブ・ルースのレリーフが、ライトスタンドのポール際にルー・ゲーリッグのレリーフがそれぞれ設置されている。これは、後述の通りルースやゲーリッグというメジャーリーグベースボールの歴史に名を残すスターがこの地でプレーしたことを記念するものである。

名球会入り選手のプレート設置

2006年からは、名球会入りしたホエールズ、ベイスターズの選手の名前を入れたボール模様のプレートをライト外野スタンドに設置し、その功績を称えている。当初は外野フェンスに設置されていたが、2012年シーズンよりリボンビジョンが導入されたのに伴い外野席上部へと移された。

配置は右中間からライトポール際に向かって、以下の通り。

売店

みかん氷

売店は内野スタンド2階通路と外野スタンド1階に設置されている。内野スタンド一塁側にはサーティワン アイスクリームが、三塁側にはケンタッキーフライドチキンがあり、一・三塁側双方にドミノ・ピザがワゴン形式で出店している。場内で販売されていた牛丼は2000年頃までは吉野家、2001年頃からはなか卯となっていたが、現在はいずれも撤退している。

スタジアム内で売られている「みかん氷」が名物となっている。かき氷の上に缶詰のみかんが乗り、その上に缶詰みかんのシロップをかけたもので、一杯350円。特に真夏のデーゲームや、高校野球神奈川大会の際には売り場に長蛇の列ができる。2009年までは1,3塁側の内野売店(2004年までは3塁側のみ)での販売であったが、2010年より外野席の売店でも販売するようになった。2007年からは1塁側のみだが、みかんの代わりに缶詰パイナップルとシロップを使った「パイナップル氷」が発売された。こちらも「みかん氷」同様、一杯350円。

「みかん氷」以外にも、スタジアムのオリジナルメニューが非常に豊富で、オリジナルビールの「ベイスターズエール」と「ベイスターズラガー」はお土産用の瓶入りも販売されており、ベイスターズの選手寮「青星寮」で選手が食べているカレー「青星寮カレー」はお土産用の缶詰が販売されている他、実際に横浜市内にある小学校の給食として出されたことがある。他にも「ベイカラ」「ベイメンチ」「ベイ餃子」などの新メニューも登場して人気を博している。

崎陽軒シウマイ弁当の掛紙は横浜スタジアムオリジナルの物が使われている。ただし定価の800円より100円高い900円となる。関内駅にある崎陽軒売店では定価で売られているが掛紙は通常。

内野席中程の3階には2005年に既存のレストランを改修した「カフェ・ビクトリーコート」があり、店内にはホエールズおよびベイスターズの歴代のユニフォームや優勝ペナント等が飾られている。

スタンドの傾斜が激しいこともあり、長年客席での生ビールタンクサーバー売りは実施されていなかったが、2013年シーズンよりタンク売りがスタートした、1杯700円。缶ビールをカップに移し替える場合は1杯500円。

場内のビール販売員が販売しているおつまみは、ちくわ(球団経営撤退後も暫く、マルハ製もあった)と地元の美濃屋あられ製造本舗の横濱ビア柿の2種類である。いずれも税込み200円。

場内の自販機及びワゴンでペットボトル飲料の販売が行われている(他球場では投げ込み防止の観点からペットボトルの持ち込み・販売を禁止している球場が多い)。

球場の歴史

建設に至る経緯

横浜スタジアムが建設される前、この地には1929年に落成した横浜公園平和野球場(通称:平和球場)が存在した。この平和球場は、戦前にはのちの日米野球の前身となる米大リーグ選抜対日本代表の親善試合が行われ、ベーブ・ルースルー・ゲーリッグといった当時のスター選手が訪れてプレーをしている。しかし太平洋戦争後、アメリカ軍による接収を経て横浜市に返還された後は老朽化が進行し、1970年代初頭にはスタンドが半分近く使用不可能な状況であった。

時を同じくして、当時神奈川県を保護地域としていた大洋ホエールズは、本拠地である川崎球場の集客力に限界を感じており、県内で最も知名度の高い都市である横浜市への移転を目論んでいた。そこで大洋球団は1972年11月22日、横浜市に対し「横浜平和球場が改築した折には、本拠地を川崎から移転したい」と申し入れを行い、当時横浜市長だった飛鳥田一雄の同意を得て覚書を取り交わした。

新球場建設

飛鳥田市長は、大洋の移転意思もあって新球場建設にはやぶさかでなかったが、折からの第一次オイルショックを受け横浜市の財政も逼迫しており、市が単独で建設の予算を捻出することは到底不可能な状況だった。また、当時はみなとみらい地区の造成もまだ構想段階であったうえ、市内には随所に返還の目処が立たない米軍接収地も点在しており、横浜公園以外で同等の交通アクセスを確保できるような土地はなかった。

従って、必然的に球場の建設イコール平和球場の建て替え、という図式へ流れていったが、平和球場を解体してプロ野球も開催可能な規模の球場を建設するには、公園内建築物の建ぺい率制限や、所管官庁である建設省との折衝、さらに神奈川県立武道館等、球場建設によって移転を迫られる横浜公園内施設の代替地問題など、資金面以外にもさまざまなハードルがあった。中でも、横浜公園内の米軍横浜チャペルセンターの立ち退きに際しては、日本国政府のほかに在日米軍との調整も必要であった。

着工へ

建設中の横浜スタジアム
横浜公園内には解体前の県立武道館・米軍チャペルセンター・野外音楽堂がまだ存在している(1977年撮影/国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成)

しかし、飛鳥田市長の斡旋により西武グループの総帥である堤義明国土計画社長が大洋球団の株式の一部保有(約45%)と建設資金3億円の融資を表明すると、建て替えの機運は急加速をはじめる。やがて飛鳥田らの奔走により資金以外の問題は順次クリアされ、堤による支援のほか市民からの株主も募り、1977年ついに第三セクター法人の運営会社「株式会社横浜スタジアム」が設立される。そして1977年4月1日、市の建替え計画に対し大蔵省の許可が下り、球場の建設が開始された。

通常、この規模の建築物であれば2年前後の工期がかかるが、横浜スタジアムは翌年のプロ野球開幕に間に合わせるため、平和球場の解体を含めて1年程度の非常に短い工期が組まれることとなる。このため着工当初は7社程度のゼネコンによる共同企業体であったが、工期の関係上最終的には11社に及ぶゼネコンが結集し、超突貫体制で建築作業が行われた。法律上、公有地に企業が運営する施設を設置することができないため、建設は横浜スタジアム社が行った上で、一旦横浜市に施設を無償譲渡する形を執り、運営を横浜スタジアム社が行うという形が取られた。なお平和球場解体の際、スコアボードは藤沢市八部野球場に移設され、その後10年ほど使われていた。

この間、大洋球団 は6月15日、横浜移転を前提として検討を進めている旨を発表。そして8月20日、翌1978年から横浜スタジアムを専用球場とすることを川崎市に正式に通達した。しかし、大洋側がそれまで川崎市側に対して配慮を行わず一方的に移転を伝えられたことに川崎市は猛反発。市内では「エントツだけのまちにしないで」とキャッチフレーズを銘打って移転反対を唱えるキャンペーンが行われ、当時の市の人口の約半分に当たる54万人分の署名を集める事態となった。

落成

建設工事は工期どおり無事に終了し、1978年3月31日、晴れて横浜スタジアムは完成。同年4月4日にこけら落しとなる横浜大洋ホエールズ(移転により改称)対読売ジャイアンツの公式第1回戦が行われ、前年新人王の斉藤明雄の力投により地元大洋が4-1で勝利して花を添えた。この試合の始球式は、前市長として建設に尽力した飛鳥田一雄(この時の地位は日本社会党委員長)が行っている。

ロッテ共用問題

ジプシー・ロッテ」も参照

横浜スタジアムの着工が正式に決定した頃、パシフィック・リーグロッテオリオンズは大洋に対し「横浜スタジアムをロッテも本拠地として共用し、年間40試合前後の公式戦を開催したい」と申し入れを行った。

ロッテは1972年オフに東京スタジアムが閉鎖され、1973年から宮城県仙台市宮城球場(現:楽天生命パーク宮城=東北楽天ゴールデンイーグルス本拠地)を暫定本拠地としていた。しかし当時は東北新幹線は未開通で、航空機も現在ほど気軽に利用できる交通手段ではなかった時代であり、6球団中4球団(南海ホークス近鉄バファローズ阪急ブレーブスクラウンライターライオンズ)が西日本に本拠を置き、さらに各球団とも現在とは比較にならないほど観客動員数の低かった当時のパ・リーグではカードごとの長距離移動はロッテ、ビジターともに選手の肉体面や球団の経営上大きな負担であった。それゆえ、横浜スタジアムの建設はロッテにとってまさに渡りに舟の機会であった。

これに対し、横浜スタジアムの単独使用を前提としていた大洋は、共用によって日程上の制約を受けることを懸念して、ロッテの申し入れに難色を示した。このとき大洋は既に川崎市に対し

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出典:wikipedia
2020/09/29 06:50

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