このキーワード
友達に教える
URLをコピー

水野晶子とは?

 | 
この存命人物の記事には検証可能な出典が不足しています。信頼できる情報源の提供に協力をお願いします。存命人物に関する出典の無い、もしくは不完全な情報に基づいた論争の材料、特に潜在的に中傷・誹謗・名誉毀損あるいは有害となるものはすぐに除去する必要があります。(2014年12月)

みずの あきこ
水野 晶子
【プロフィール】

【出身地】
滋賀県草津市
【生年月日】
(1958-12-18) 1958年12月18日(60歳)
【最終学歴】
神戸市外国語大学
【職歴】
毎日放送→フリー
【活動期間】
1981年 -
【ジャンル】
ニュース番組
【出演番組・活動】

【現在】
本文参照
【過去】
本文参照
備考
毎日放送では、1981年から1991年3月31日までの専属契約期間を経て、1991年4月1日から2018年12月31日まで正社員として勤務。2019年1月1日のフリーアナウンサー転身後は、「愉かい亭 びわこ」という高座名でアマチュアの落語家としても活動。

水野 晶子(みずの あきこ、1958年12月18日 - )は、日本のフリーアナウンサー・アマチュアの落語家

1981年から1991年3月31日までは、大阪テレビタレントビューローに所属しながら、毎日放送(MBS)との間でアナウンサーとしての専属契約を締結。1991年4月1日付でMBSに正社員で入社してからは、2018年12月31日に定年で退職するまで、アナウンサーとして勤務していた。

目次

  • 1 概要
  • 2 受賞歴
  • 3 出演番組
    • 3.1 現在
      • 3.1.1 ラジオ
    • 3.2 過去(毎日放送アナウンサー時代)
      • 3.2.1 ラジオ
      • 3.2.2 テレビ
  • 4 脚注
  • 5 関連人物
  • 6 外部リンク

概要

滋賀県草津市の出身で、滋賀県立膳所高等学校から神戸市外国語大学へ進学した。大学卒業後の1981年4月に、大阪テレビタレントビューローと契約。MBS専属のアナウンサーとして同局の番組へ出演した後に、1991年4月に専門職(アナウンサー、後に一般職)の社員として入社した。水野以前にも、佐々木美絵が同様の経緯で同社の正社員になっている。

MBSのアナウンサーになったきっかけは、大学への在学中に、MBSのアナウンサーだった角淳一がパーソナリティを務めるMBSラジオの音楽生ワイド番組(タイトル不詳)のアシスタントを選ぶオーディションへ参加したことにある。水野が「舟唄」(八代亜紀)を十八番にしていることを角に伝えたところ、角から目の前で歌うように勧められた。ところが、「突然の勧めで頭が真っ白になった」という水野は「舟唄」を歌えないまま角の前で号泣。これに対して、角は「(オーディションで求めていた)タレントというより、アナウンサーに向いている」という言葉で水野を慰めたという。結局、水野はアシスタントに採用されなかったものの、オーディションから半年後にMBSとの間でアナウンサーとしての専属契約を締結。角淳一が当時同社のアナウンサーだったことから、角の部下になった。

大阪テレビタレントビューローへの在籍中から、『諸口あきらのイブニングレーダー』(毎日放送ラジオ報道部が制作していたMBSラジオ平日夕方の生ワイド番組)へ出演。後継番組の『情報ラヂオ・スパイス!』『MBSニュースワイドアングル』でも長年パーソナリティやアシスタントを務めた。

2005年4月の番組改編で、上記番組の放送枠が平日の早朝(06:00 - 07:45)に移動したのを機に、冠番組はやみみラジオ!水野晶子です』でメインパーソナリティを担当。2008年3月に同番組が終了すると、同年4月から平日夜間に放送を開始した『MBSニュースレーダー』で金曜日(「ニュースレーダー 金曜は水野です」)でもパーソナリティを務めた。その一方で、『諸口あきらのイブニングレーダー』時代から、毎日新聞社近藤勝重(大阪本社社会部記者→「サンデー毎日」編集長→東京本社専門編集委員)と番組でたびたび共演。MBSラジオで『はやみみラジオ!水野晶子です』以降に出演の生放送番組では、2012年度のプロ野球オフ期間を除いて、2014年3月27日まで近藤勝重によるラジオコラム「しあわせの雑学」で聞き手を務めていた。

MBSテレビの深夜番組『シネマチップス』で当時の後輩アナウンサーの三上智恵と映画批評を展開するほど、映画に対する造詣も深い。同番組の終了後も、アナウンサーや管理職としての仕事のかたわら、大阪毎日文化センターで「水野晶子のシネマトーク」と題した講義を担当していた。

テレビ番組については、前述の『シネマチップス』のほか、平日の午前中に放送されていた大阪株式市況関連の番組で長らくキャスターを務めていた。ただし、ラジオ報道部が制作する生放送番組を担当する機会が増えるにつれて、登場の頻度は減っている。他に、アナウンサー総出演の『あどりぶランド』出演。2007年10月15日放送の『ちちんぷいぷい』(角が2011年9月30日までレギュラーで出演していた平日午後の情報番組)の「今日のポン!」コーナーに、MBSラジオが聴取率調査週間に合わせて設定する「スペシャルウィーク」のPRで、ラジオパーソナリティの1人として出演するまでは、ほぼ6年間『MBSニュース』以外出演していなかった。その後も出演番組を事実上ラジオ番組に限っていたが、角が2017年10月6日から『ちちんぷいぷい』の金曜日に「もう興奮させんといて~」(自身の発案によって同日から始まったコーナー)のパネラーとしてレギュラー出演を再開したことを受けて、同日放送の「もう興奮させんといて~」にプレゼンターの1人としてテレビ番組へ久々に出演した。

2009年10月から2012年9月までは、『MBSニュースレーダー』の後継番組『RadioNews たね蒔きジャーナル』で、月~水曜日と金曜日のメインキャスターを務めていた。2012年10月以降は、ラジオ報道部制作の『報道するラジオ』をはじめ、MBSラジオの複数の番組でパーソナリティを担当。その一方で、2016年4月からMBSラジオで始まった音楽番組『野村啓司の懐メロ♪ジュークボックス』では、野村啓司(毎日放送出身のフリーアナウンサー)のパートナーを務めている。かつての上司だった野村からの指名による起用で、音楽番組へのレギュラー出演は、テレビ・ラジオを通じても初めてである。

専属契約アナウンサー時代の1981年から37年間にわたってラジオ報道部制作の生ワイド番組に出演してきたが、2018年の誕生日で、毎日放送の定年(60歳)に到達。このため、『報道するラジオ』の終了(3月26日)を機に、MBSラジオの生放送番組やラジオ報道部制作の報道番組から勇退した。『報道するラジオ』最終回当日の『MBSマンデースペシャル』(19:00 - 20:00)では、「水野晶子が振り返る ラジオと報道の37年」を放送。その一方で、レギュラーを務める収録番組(『野村啓司の懐メロ♪ジュークボックス』など)には、2018年の4月改編以降も引き続き出演している。

2018年12月31日(月曜日)に、毎日放送を定年退職。この退職によって、専属契約期間を経て毎日放送へ入社した現役のアナウンサーが、同局から姿を消した。毎日放送アナウンサーとしての最終出演番組は、定年の当日にMBSラジオで放送された『弁護士の放課後 ほな行こか〜』(2012年4月からパーソナリティを務めている事前収録番組)。

ちなみに、毎日放送アナウンサー室が制作するテレビ番組のうち、『あどりぶランド』(1984年1月 - 1998年3月)には専属契約アナウンサー時代から随時登場していた。 2018年7月からレギュラー放送を開始した『コトノハ図鑑』については、アナウンサー室全体で取り組む企画に参加していたものの、定年で退職するまで出演の機会がなかった。その一方で、同年夏には、『野村啓司の懐メロ♪ジュークボックス』などの番組で随時共演している大山慎介(STVラジオちょっと暮らし北海道』パーソナリティ、株式会社北海道田舎プロデュース代表取締役、元・北海道庁職員)からの勧めによって、1ヶ月間の休暇を取得したうえで北海道での「ちょっと暮らし」(短期移住)を体験した。

定年退職後の2019年1月以降は、フリーアナウンサーやアマチュアの落語家として活動。定年退職時点でのレギュラー番組(詳細後述)への出演や「水野晶子のシネマトーク」の講師を続ける一方で、落語やドキュメンタリー朗読(インタビュー取材に基づく朗読)などへ本格的に取り組む。

受賞歴

いずれも毎日放送のアナウンサー時代

出演番組

現在

ラジオ

いずれも事前収録番組で、毎日放送のアナウンサー時代から出演。

過去(毎日放送アナウンサー時代)

ラジオ

以上はいずれも、ラジオ報道部制作の生放送番組。

テレビ

脚注

  1. ^ 2016年8月9日にMBSラジオで放送された『MBSラジオ65年物語 水野晶子編』より
  2. ^ 『報道するラジオ』2018年3月19日放送分「スタジオ余話」
  3. ^ 水野が定年を迎えた時点での毎日放送アナウンサーのうち、先に定年を迎えた美藤啓文(2016年9月定年)や赤木誠(2018年10月定年)は、定年当日の昼前にテレビ、夕方にラジオでニュースを担当。柏木宏之(2018年2月定年)も、定年当日の夜にラジオニュースを担当することで、正社員生活を締めくくった。3人とも、定年の翌日から、嘱託契約扱いの「シニアスタッフ」に移行している(赤木・柏木は「毎日放送アナウンサー」を放送上の肩書に引き続き使用)。ただし、水野はいずれのニュースも担当せず、定年を機に退職した。
  4. ^ 2016年4月改編からは基本として毎週月曜日の18:30 - 19:00に放送されているが、年末年始の特別編成につき、当日は放送枠を18:00 - 18:30に繰り上げ。
  5. ^ MBSアナブログ 山中真オフィシャルブログ2018年4月21日付記事「卒業」…『はやみみラジオ!水野晶子です』で共演していた桂かい枝のアマチュア弟子として「愉かい亭 びわこ」という高座名を受けている。
  6. ^ 歴代受賞者”. 日本女性放送者懇談会 SJWRT. 2016年6月21日閲覧。

関連人物

外部リンク

放送ウーマン賞
1970年代 | 

1980年代 | 
  • 1980 せんぼんよしこ・坂本登志子・(特別賞)江上フジ
  • 1981 石井ふく子・笹谷清子
  • 1982 加藤道子・五井千鶴子
  • 1983 大野靖子・市岡康子
  • 1984 澤地久枝・高橋幸子
  • 1985 アグネス・チャン・うないフェスティバル'85
  • 1986 樹木希林湯川れい子
  • 1987 和田アキ子額田やえ子
  • 1988 落合恵子・福田雅子
  • 1989 樋口恵子・松永英美・(日本女性放送者懇談会20周年特別賞)久米宏

  • 1990年代 | 
  • 1990 内館牧子小池ユリ子
  • 1991 米原万里山田邦子
  • 1992 宮嶋泰子・NHK『はんさむウーマン』スタッフ
  • 1993 櫻井よし子・岩井まつよ
  • 1994 東海林のり子・橋本佳子・(日本女性放送者懇談会25周年特別賞)秋山ちえ子
  • 1995 小山内美江子合津直枝
  • 1996 斎明寺以玖子・城菊子
  • 1997 国谷裕子星田良子
  • 1998 五十嵐久美子・伊井純子
  • 1999 田丸美寿々 ・宮田輝美・(日本女性放送者懇談会30周年特別賞)大島渚

  • 2000年代 | 
  • 2000 増田明美鹿児島テレビナマ・イキVOICE〜100%女性倶楽部〜』スタッフ
  • 2001 竹葉晶子・佐藤園子・(放送ウーマン賞2001特別賞)平良とみ
  • 2002 浅野加寿子・土江真樹子
  • 2003 東ちづる・野澤喜代
  • 2004 大山のぶ代・大脇三千代・(日本女性放送者懇談会35周年特別賞) FMながおかFMゆきぐに
  • 2005 磯山晶・大原れいこ
  • 2006 岡江久美子・糸林薫
  • 2007 中園ミホ・金本麻理子
  • 2008 宮本理江子水野晶子
  • 2009 右田千代・(日本女性放送者懇談会40周年特別賞) 黒柳徹子宇田川清江

  • 2010年代 | 
  • 2010 大石静三上智恵
  • 2011 堀川惠子・白石草
  • 2012 岩谷可奈子・内山聖子
  • 2013 薬師丸ひろ子日本テレビキユーピー3分クッキング』制作チーム
  • 2014 喜多あおい・深谷茂美・(日本女性放送者懇談会45周年特別賞)加藤みどり
  • 2015 小柳ちひろ・山口千波
  • 2016 大橋グレース愛喜恵・松本彩夏
  • 2017 岡野真紀子・柿澤真理子

  • 1995年度までは日本女性放送者懇談会賞(SJ賞)

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    出典:wikipedia
    2019/02/20 03:00

    HAPPY Wikipedia

    あなたの考える「水野晶子」の意味を投稿しよう
    「水野晶子」のコンテンツはまだ投稿されていません。
    全部読む・投稿 

    水野晶子スレッド一覧

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    「水野晶子」のスレッドを作成する
    水野晶子の」
    友達を探す
    掲示板を探す
    このページ
    友達に教える
    URLをコピー

    注目のキーワード

    錦織圭/北島康介/2014_FIFAワールドカップ・アジア予選/サッカー日本女子代表/消費税/東京スカイツリー/ダルビッシュ有/イチロー/香川真司/野田内閣/復興庁/石川遼/HKT48/AKB48/ワールド・ベースボール・クラシック日本代表/黒田博樹/尖閣諸島/バレンタインデー/ONE_PIECE

    キーワードで探す

     
    友達を探す
    掲示板を探す
    ハッピーWiki
    ハッピーメール
    ハッピーランド
    HAPPY NEWS
    2010Happy Mail