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永川勝浩とは?

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この表はテンプレートを用いて表示しています。編集方法はTemplate:Infobox baseball playerを参照してください。

プロジェクト:野球選手 テンプレート


永川 勝浩(ながかわ かつひろ、1980年12月14日 - )は、広島県三次市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。広島東洋カープ所属。

目次

  • 1 経歴
    • 1.1 プロ入り前
    • 1.2 プロ入り後
  • 2 選手としての特徴
  • 3 人物
  • 4 詳細情報
    • 4.1 年度別投手成績
    • 4.2 表彰
    • 4.3 記録
    • 4.4 背番号
  • 5 関連情報
    • 5.1 ドラマ出演
    • 5.2 CM出演
  • 6 脚注
    • 6.1 注釈
    • 6.2 出典
  • 7 関連項目
  • 8 外部リンク

経歴

プロ入り前

三次市立三次中学校時代はバスケットボール部に所属していた。3年間のブランクがあったが高校で再び野球を始める。

広島県新庄高校(同級生にMEG)から亜細亜大学を経て、2002年ドラフトにおいて広島東洋カープから球団史上初の自由獲得枠として入団。東都大学リーグ通算15試合登板、5勝4敗。通算防御率2.03。球団として8年間欠番が続いていた北別府学の永久預かり番号である背番号20を継承した。

プロ入り後

2003年2000年苫米地鉄人以来となる新人開幕一軍入り。前年30セーブを挙げた小山田保裕が故障で出遅れるとクローザーを任され活躍。新人としては球団最高の25セーブを記録。オールスターゲームにも出場。41イニングで50三振を奪った。10勝を挙げた木佐貫洋や25本塁打を打った村田修一と新人王争いを繰り広げ、結局、新人王は木佐貫に譲った。

2004年は開幕から不調で、4月に4セーブを挙げたものの、5月1日の巨人戦で逆転負けを喫するとクローザーの役割を剥奪され、5月以降は0セーブに終わった。8月に一軍再昇格すると、8月15日の対阪神戦で初先発し、勝利投手になった。この試合は、大竹寛が抑えで登板するという本来とは逆のパターンでの起用であった。先発として球種が足りないためスライダーやカーブも駆使するピッチングだったが、速球で押す本来の良さが消えて長続きせず、右肩痛も重なり再度二軍落ちした。

2005年、クローザーのジョン・ベイルへつなぐ中継ぎとして起用された。キャンプで覚えたツーシーム、交流戦終盤から使い始めたスライダーで投球の幅を広げた。8月に右足内転筋を痛め一ヶ月戦列を離れたが、チーム最多、自己最多の57試合に登板し、守護神ベイル不在時はクローザーとしても活躍。狭い広島市民球場をホームにしながら被本塁打は2本、防御率は3.13と好成績を記録。

2006年、投球の2段モーションの規制により投球フォームを修正すると制球が以前より安定しだした。開幕当初は中継ぎとして起用されたが、5月中旬、ベイルが左足内転筋痛により登録抹消されるとクローザーを担当。5月16日の対西武戦で9回一死、8対7の一点差リードで登板し、2者を完璧に抑えシーズン初セーブ。その後も順調にセーブを重ね、リーグ最多の65試合に登板。岩瀬仁紀に次ぐ27セーブを挙げた。防御率も1.66と安定しており、クローザー転向後の救援成功率は79%だった。2度目のオールスターゲーム、オフの日米野球に出場した。

2007年、この年代における広島投手陣のクローザーは小山田保裕小林幹英のように1年間だけ好成績を挙げるものの、翌年には成績が急降下する例が続いていたが、永川は大野豊以来球団史上2人目の2年連続25セーブ以上・セーブの球団記録更新(31セーブ)を達成。ただ制球力が前シーズンより不安定となり、特にフォークボールが打者の手前でワンバウンドするなどし、当時自己最多の11暴投。与四球率が高まったためストライクを取りにいくストレートを痛打され、WHIPも前年より悪化した。2試合連続でサヨナラ負けを喫するなどセーブ機会を10回以上も失敗し、同点や点差が大きく離れた試合等を含めると16回もチームの逆転負けに関わった。また不調による2軍落ちもあったため、31セーブを上げた一方で不安定な内容のシーズンであった。この頃からランナーを出しても何とか抑える投球内容からファンに「永川劇場」等と揶揄されることとなる。

2008年、前年の不安定ぶりやフォーム改造の遅れの影響で、開幕を2軍で迎えたが、4月下旬に中継ぎで復帰した後、5月からはクローザーに復帰。フォーム改造が上手く行かず投球の大半をフォークに頼る投球を続けるが、結果としてシーズンを通して救援失敗が1度だけという抜群の安定感で、8月には大野豊以来球団史上2人目の3年連続20セーブを記録。9月には2年連続30セーブをあげ、9月12日には自らの球団記録を更新する32セーブ目を挙げた。最終的に藤川球児と並んでリーグ2位となる38セーブを記録。シーズン終了後には推定年俸が倍増の1億6000万円で契約更改し、この時点でのチーム最高年俸となった。

2009年、5月24日の対西武戦で、大野の記録を更新する球団新記録の通算139セーブ目を挙げ、8月1日の対横浜戦で、史上7人目となる通算150セーブを達成。9月10日のヤクルト戦で、球団新記録となる3年連続30セーブを記録した。しかしこのシーズンは、開幕からたびたび打ち込まれ不安定な投球を繰り返した。特にランナーのいない場面で球にバラつきがありクイックの方が安定感があったため、ランナーがいなくてもクイックで投げる試合もあった。以前からの課題だった四球数こそ前年とほぼ変わらなかったが、生命線であるフォークの落ちが悪く被打率が悪化。特にフォークで空振りを奪えないのは致命的で、奪三振率は7.71(56イニングで48奪三振)と、入団以来初めて9を割り込んだ。開幕から離脱することなく抑えを務め、8月以降は安定感を取り戻しリーグ2位の36セーブを挙げたものの、6敗を喫し、防御率は前年から1近く下げ、WHIPも2007年の水準まで悪化した。

2010年、前年に引き続きシーズン序盤から抑え投手を任されたものの、調子が上向かずにセットアッパーのマイク・シュルツに抑えの役割を譲る場面も見られた。4月14日には右内転筋を痛め1軍から離脱。5月29日には一旦1軍に復帰したが、内転筋損傷の再発のため6月8日から再び長期の離脱となった。その後は一軍に復帰することはなくシーズンを終えた。結局2010年は10試合の登板に終わり、セーブも1つ記録したのみだった。

2011年は主に中継ぎで19試合に登板したのみでセーブは0に終わり、抑え投手の座を失った。

2012年も調子が上がらず、この年はプロ入り後初めて一軍登板がないままシーズンを終えた。

2013年はオープン戦で9試合を投げ無失点と結果を残し、開幕一軍を果たすも、3月30日巨人戦の試合中に右手を痛め、右中指腱鞘炎と診断され同月31日に一軍登録を外れた。その後、リリーフ陣の不調により再登録され、後半戦で主にセットアッパーを任され16年ぶりのAクラス入りに貢献した。

2014年8月29日の中日ドラゴンズ戦にて3点リードの延長11回裏に登板し、1番藤井に2ランを浴びながら1回2失点とし、2010年3月26日の対ドラゴンズ戦以来、4年ぶりのセーブを挙げた。

2017年は左膝痛の影響で5年ぶりに一軍での出場機会が無く、二軍でも24試合で防御率4.85の成績に終わった。10月に膝のクリーニング手術を受けた。

選手としての特徴

ノーラン・ライアンを真似たという、セットポジションから上げた足(膝)を顎に当てる投球フォームから最速153km/h(2005年5月17日に計測)の球威あるストレートと、大小2種類のフォークボールを投げる。特に空振りを狙うフォークは落差を大きくする。投球の半分以上がフォークで、奪三振率が高い。

一方でフォークの制球が甘い場合には、四死球でランナーを溜めてストレートを痛打されたり、四死球で出したランナーを暴投や捕逸で進塁させてしまう傾向がある。 なおフォークの精度を欠く時には、プロに入ってから覚えたとするスライダーを多投。 また、独特な投球フォームを持つため、フォームが崩れた場合に修正が難しいことが指摘されている。

バッテリーとしては、フォークボールの捕球に優れる石原慶幸と組むことが多い。他の捕手とバッテリーを組んだ場合はフォークを投げる割合が減り、極端に崩れることがある。またフォークを多投するために、2013年から安定感を重視し常時セットポジションから投げ込むスタイルとなった。 さらに、これまでカウントを稼ぐ球として投げていたスライダーを、投球の軸の一つとして用いるまで成熟させた。

人物

 | 
この選手の人物像に関する文献や情報源が必要です。出典を明記するためにご協力をお願いします。(2016年11月)

中学時代の3年間はバスケットボール部に所属。広島のチームメイトの梵英心は三次市の同じ少年野球チームに所属した幼なじみ。 CHEMISTRY堂珍嘉邦は新庄高の2年先輩で、新人王を争った読売ジャイアンツ(当時)の木佐貫洋、元中日ドラゴンズ選手の小山良男亜細亜大学時代の同期。いわゆる松坂世代の選手の1人である。

2007年には日本テレビのドラマ「ドリーム☆アゲイン」の第1話冒頭で反町隆史演じる巨人の打者・小木駿介と劇中で対決するという設定で登場している。記録は9回裏2アウト満塁で空振り三振で勝った。

マウンドでは意識的に恐い顔を作っているという。「抑えはやるか、やられるかのポジション。なめられたら終わり」といい、「恐い顔で得することはあっても、損することは絶対ない」と語っている。結果的に打者を抑えることができても投球内容が良くなければ納得できない完璧主義な性格でもある。

2009年ドラフトで実弟の永川光浩が育成選手として入団したが、兄弟と球団で話し合った結果、スコアボードの表記名は「永川」のまま変更されていない(弟・光浩は「永川光」と表記)。

腰痛を持病にもつ。

詳細情報

年度別投手成績






























ブ




ド
































ボ











W
H
I
P

2003 | 広島 | 40 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 | 3 | 25 | -- | .500 | 178 | 41.2 | 40 | 3 | 16 | 1 | 2 | 50 | 7 | 1 | 20 | 18 | 3.89 | 1.34
2004 | 22 | 4 | 0 | 0 | 0 | 3 | 4 | 4 | -- | .429 | 201 | 41.2 | 53 | 10 | 30 | 1 | 0 | 48 | 7 | 0 | 39 | 37 | 7.99 | 1.99
2005 | 57 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 | 5 | 2 | 14 | .375 | 311 | 69.0 | 72 | 2 | 33 | 2 | 3 | 79 | 6 | 0 | 30 | 24 | 3.13 | 1.52
2006 | 65 | 0 | 0 | 0 | 0 | 5 | 6 | 27 | 9 | .455 | 283 | 70.2 | 45 | 5 | 24 | 2 | 0 | 86 | 7 | 0 | 15 | 13 | 1.66 | 0.98
2007 | 61 | 0 | 0 | 0 | 0 | 4 | 7 | 31 | 4 | .364 | 270 | 61.2 | 51 | 5 | 33 | 1 | 2 | 74 | 11 | 0 | 28 | 21 | 3.06 | 1.36
2008 | 56 | 0 | 0 | 0 | 0 | 4 | 1 | 38 | 5 | .800 | 239 | 61.0 | 33 | 3 | 24 | 2 | 1 | 64 | 3 | 0 | 12 | 12 | 1.77 | 0.93
2009 | 56 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 | 6 | 36 | 3 | .333 | 241 | 56.0 | 53 | 3 | 21 | 3 | 1 | 48 | 4 | 0 | 20 | 17 | 2.73 | 1.32
2010 | 10 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 2 | 1 | 1 | .333 | 58 | 11.1 | 13 | 1 | 9 | 2 | 1 | 10 | 2 | 0 | 6 | 5 | 3.97 | 1.94
2011 | 19 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 2 | 0 | 0 | .333 | 99 | 22.2 | 25 | 3 | 8 | 1 | 0 | 22 | 2 | 0 | 14 | 13 | 5.16 | 1.46
2013 | 29 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 | 1 | 0 | 13 | .750 | 138 | 35.1 | 29 | 3 | 5 | 1 | 2 | 28 | 5 | 0 | 8 | 8 | 2.04 | 1.02
2014 | 52 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 | 4 | 1 | 15 | .429 | 227 | 55.2 | 51 | 9 | 13 | 3 | 4 | 48 | 3 | 0 | 26 | 25 | 4.04 | 1.15
2015 | 26 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 1 | 0 | 9 | .500 | 119 | 26.1 | 27 | 2 | 14 | 0 | 3 | 27 | 0 | 0 | 14 | 14 | 4.78 | 1.56
2016 | 11 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | 0 | 1 | 1.000 | 46 | 10 | 14 | 1 | 2 | 0 | 1 | 8 | 0 | 0 | 7 | 7 | 6.30 | 1.60
NPB:13年 504 | 4 | 0 | 0 | 0 | 36 | 42 | 165 | *74 | .462 | 2410 | 563 | 506 | 50 | 232 | 57 | 20 | 592 | 57 | 1 | 239 | 214 | 3.42 | 1.31

表彰

記録

初記録
節目の記録

背番号

関連情報

ドラマ出演

CM出演

脚注

注釈

  1. ^ カープが導入する永久欠番に準ずる制度。前任者が推薦する選手が出て来るまでその背番号は欠番扱いとなる。

出典

  1. ^ 広島 - 契約更改 - プロ野球.日刊スポーツ.2018年6月18日閲覧。
  2. ^ http://www.chugoku-np.co.jp/Carp/2004/Cs04081501.html
  3. ^ 野村カープ元年<中>長期離脱 中国新聞 2010年10月14日
  4. ^ 2013年度 広島東洋カープ 個人投手成績(オープン戦)”. 日本野球機構. 2013年4月21日閲覧。
  5. ^ “広島 永川勝、栗原らも開幕1軍 菊池は初”. スポニチSponichi Annex (スポーツニッポン). (2013年3月27日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2013/03/27/kiji/K20130327005489690.html 2013年4月21日閲覧。
  6. ^ “永川勝は右中指けんしょう炎…出場選手登録抹消”. スポニチSponichi Annex (スポーツニッポン). (2013年3月31日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2013/03/31/kiji/K20130331005519380.html 2013年4月21日閲覧。
  7. ^ 前原淳 (2018年2月6日). “37歳、「松坂世代」はまだ戦える。広島・永川勝浩はなぜ諦めないか。”. 炎の一筆入魂. Number Web. 2018年6月8日閲覧。
  8. ^ プレーバック'07 2. 永川の不調-代役不在も響く”. 中国新聞 (2007年10月10日). 2010年7月25日閲覧。
  9. ^ “広島永川勝 3年ぶりつかんだ!開幕1軍”. 日刊スポーツ. (2013年3月28日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/p-bb-tp0-20130328-1104060.html 2013年3月28日閲覧。
  10. ^ 広島・永川 グランドスラム被弾直後に仏頂面で「500試合登板」花束受け取る 東スポWeb 2016年4月20日

関連項目

外部リンク

広島東洋カープ 2018
監督 | 
79 緒方孝市

一軍コーチ | 

二軍監督・コーチ | 
  • 89 水本勝己(監督)
  • 85 永田利則(外野守備・走塁)
  • 80 山田和利(内野守備・走塁)
  • 83 朝山東洋(打撃)
  • 92 森笠繁(打撃)
  • 88 佐々岡真司(投手)
  • 87 澤崎俊和(投手)
  • 76 倉義和(バッテリー)

  • 三軍コーチ | 
  • 82 浅井樹(統括)
  • 86 菊地原毅(投手)
  • 93 青木勇人(投手強化担当)

  • 投手 | 
  • 11 福井優也
  • 12 九里亜蓮
  • 13 加藤拓也
  • 14 大瀬良大地
  • 16 今村猛
  • 17 岡田明丈
  • 19 野村祐輔
  • 20 永川勝浩
  • 21 中崎翔太
  • 23 薮田和樹
  • 24 横山弘樹
  • 26 中田廉
  • 28 床田寛樹
  • 29 ケムナ誠
  • 30 一岡竜司
  • 34 高橋昂也
  • 36 塹江敦哉
  • 39 飯田哲矢
  • 41 藤井皓哉
  • 42 ジョンソン
  • 46 高橋樹也
  • 47 山口翔
  • 48 アドゥワ誠
  • 53 戸田隆矢
  • 56 辻空
  • 57 オスカル
  • 58 ジャクソン
  • 62 ヘルウェグ
  • 64 中村恭平
  • 65 長井良太
  • 66 遠藤淳志
  • 67 中村祐太
  • 68 平岡敬人
  • 70 カンポス
  • 97 フランスア
  • 98 佐藤祥万

  • 捕手 | 
  • 22 中村奨成
  • 27 會澤翼
  • 31 石原慶幸
  • 32 白濱裕太
  • 40 磯村嘉孝
  • 54 船越涼太
  • 61 坂倉将吾

  • 内野手 | 
  • 0 上本崇司
  • 2 田中広輔
  • 4 小窪哲也
  • 6 安部友裕
  • 7 堂林翔太
  • 25 新井貴浩
  • 33 菊池涼介
  • 45 桑原樹
  • 52 庄司隼人
  • 55 エルドレッド
  • 59 曽根海成
  • 63 西川龍馬
  • 69 青木陸
  • 96 メヒア

  • 外野手 | 
  • 9 丸佳浩
  • 10 岩本貴裕
  • 35 下水流昂
  • 37 野間峻祥
  • 38 赤松真人
  • 43 土生翔平
  • 44 松山竜平
  • 49 天谷宗一郎
  • 50 高橋大樹
  • 51 鈴木誠也
  • 60 永井敦士
  • 95 バティスタ

  • 育成選手 | 
  • 120 岡林飛翔(投手)
  • 121 藤井黎來(投手)
  • 122 佐々木健(投手)
  • 123 木村聡司(内野手)
  • 142 タバーレス(投手)


  • 広島東洋カープ 2002年ドラフト指名選手

    自由獲得枠:永川勝浩 / 2巡目:吉田圭 / 4巡目:鞘師智也 / 5巡目:松本高明


    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    出典:wikipedia
    2018/09/21 03:37

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