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法政大学とは?

【大学設置】
1920年
【創立】
1880年
【学校種別】
私立
【設置者】
学校法人法政大学
【本部所在地】
東京都千代田区富士見2-17-1
北緯35度41分44.3秒 東経139度44分26.4秒 / 北緯35.695639度 東経139.740667度 / 35.695639; 139.740667座標: 北緯35度41分44.3秒 東経139度44分26.4秒 / 北緯35.695639度 東経139.740667度 / 35.695639; 139.740667
【キャンパス】
市ケ谷(東京都千代田区)
多摩(東京都町田市)
小金井(東京都小金井市)
静岡サテライト(静岡県静岡市葵区)
【学部】
法学部
文学部
経営学部
国際文化学部
人間環境学部
キャリアデザイン学部
デザイン工学部
GIS(グローバル教養学部)
経済学部
社会学部
現代福祉学部
スポーツ健康学部
情報科学部
理工学部
生命科学部
【研究科】
人文科学研究科
国際文化研究科
経済学研究科
法学研究科
政治学研究科
社会学研究科
経営学研究科
キャリアデザイン学研究科
公共政策研究科
政策創造研究科
人間社会研究科
スポーツ健康学研究科
理工学研究科
情報科学研究科
デザイン工学研究科
法務研究科(法科大学院)
イノベーション・マネジメント研究科(経営大学院)
【ウェブサイト】
法政大学公式サイト

法政大学(ほうせいだいがく、英語: Hosei University)は、東京都千代田区富士見2-17-1に本部を置く日本私立大学である。1920年に設置された。大学の略称法大(ほうだい)、法政(ほうせい)。

法政大学

地理院地図 Googleマップ 法政大学

目次

  • 1 概観
    • 1.1 大学全体
    • 1.2 理念・目的
    • 1.3 教育・研究
  • 2 沿革
    • 2.1 草創期の歴史
      • 2.1.1 東京法学社から東京法学校へ
      • 2.1.2 仏学会・東京仏学校の設立
      • 2.1.3 東京法学校と東京仏学校の合併
    • 2.2 年表
  • 3 基礎データ
    • 3.1 所在地
    • 3.2 象徴
      • 3.2.1 校章
      • 3.2.2 エンブレム
      • 3.2.3 校旗
      • 3.2.4 略旗
      • 3.2.5 校歌
      • 3.2.6 応援歌ほか
      • 3.2.7 スクールカラー
      • 3.2.8 シンボルマーク
  • 4 組織
    • 4.1 学部
      • 4.1.1 法学部
      • 4.1.2 文学部
      • 4.1.3 経営学部
      • 4.1.4 国際文化学部
      • 4.1.5 人間環境学部
      • 4.1.6 キャリアデザイン学部
      • 4.1.7 デザイン工学部
      • 4.1.8 GIS(グローバル教養学部)
      • 4.1.9 経済学部
      • 4.1.10 社会学部
      • 4.1.11 現代福祉学部
      • 4.1.12 スポーツ健康学部
      • 4.1.13 理工学部
      • 4.1.14 生命科学部
      • 4.1.15 情報科学部
      • 4.1.16 募集停止学部
    • 4.2 通信教育部
      • 4.2.1 学部・学科
      • 4.2.2 就学コース
      • 4.2.3 履修方法
      • 4.2.4 その他
    • 4.3 大学院
    • 4.4 学部・大学院・通信教育部以外の大学組織
    • 4.5 法人の事務機構
      • 4.5.1 法政大学図書館
        • 4.5.1.1 各館概要
      • 4.5.2 法政大学出版局
      • 4.5.3 セミナーハウス等
  • 5 大学関係者と組織
    • 5.1 大学関係者組織
      • 5.1.1 学友会
      • 5.1.2 一般社団法人 法政大学校友会(旧: 法政大学校友連合会)
    • 5.2 大学関係者一覧
  • 6 研究
    • 6.1 文部科学省支援 研究プロジェクト
    • 6.2 文部科学省支援 教育プロジェクト
  • 7 教育
    • 7.1 学術機関リポジトリ
    • 7.2 IGIS(グローバル学際研究インスティテュート)
    • 7.3 スポーツ・サイエンス・インスティテュート
      • 7.3.1 国際遠隔講座「福祉工学」
    • 7.4 国際日本学インスティテュート
    • 7.5 自主マスコミ講座
    • 7.6 エクステンション・カレッジ
  • 8 対外関係
    • 8.1 国内他大学との協定
    • 8.2 海外交流大学等
    • 8.3 地方自治体との連携
    • 8.4 その他
  • 9 キャンパス
    • 9.1 市ケ谷キャンパス
      • 9.1.1 建築物
      • 9.1.2 学生食堂
      • 9.1.3 講堂
    • 9.2 市ケ谷キャンパス周辺の校舎
    • 9.3 多摩キャンパス
      • 9.3.1 エリア
      • 9.3.2 建築物
      • 9.3.3 学生食堂
      • 9.3.4 講堂
    • 9.4 小金井キャンパス
      • 9.4.1 主な施設
      • 9.4.2 学生食堂
    • 9.5 大学院静岡サテライトキャンパス
  • 10 付属施設
  • 11 学生生活
    • 11.1 部活動・サークル活動
    • 11.2 学園祭
      • 11.2.1 自主法政祭
      • 11.2.2 小金井祭
    • 11.3 オープンキャンパス
    • 11.4 新入生歓迎祭
    • 11.5 スポーツ
    • 11.6 大学による学生生活支援
    • 11.7 その他
  • 12 社会との関わり
    • 12.1 法政大学と外濠
    • 12.2 その他
  • 13 附属学校
  • 14 関連会社
  • 15 脚注
  • 16 関連項目
  • 17 関係プロジェクトリンク
  • 18 公式サイト

概観

大学全体

旧江戸城外堀から望むボアソナード・タワー

法政大学は、1880年4月設立の東京法学社(のち東京法学校) および1886年設立の東京仏学校を前身とする、私立総合大学である。明治初期の頃、近代国家にふさわしい制度づくりの必要性や、自由民権運動が高揚する時代背景などから、近代的な法治システムや権利義務等を教育する、フランス法系の私立法律学校として創設された。なお、現存する日本の私学の中では最古の法学部を有する。また、1920年大学令準拠の旧制私立大学に昇格した一校であり、東京六大学の一校としても知られる。現在では、15学部・大学院17研究科を抱える総合大学となっており、「スーパーグローバル大学」に選定されている。創立者のほかに、初代教頭のギュスターヴ・エミール・ボアソナード (Gustave Émile Boissonade) と初代総理(総長)の梅謙次郎を学祖としている。

ボアソナード博士像。1934年フェリックス・ベヌトー作。最高裁判所パリ大学にも同じ型の胸像が置かれている。
梅謙次郎切手。1952年郵政省発行。昭和以前に切手の題材となった唯一の日本人法学者。

本部および多くの文系学部生が通う市ケ谷キャンパスは、東京都千代田区に位置する。旧江戸城外堀皇居北の丸公園靖国神社付近に立地しており、都心の緑地に囲まれている。昭和後期に入ると郊外へとキャンパスを広げ、現在はサテライトキャンパスを除き、市ケ谷・小金井・多摩の都内3キャンパス体制となっている。

ランキング

大学志願者数ランキングでは、2017年・2018年に2位(東日本1位)、後期日程を除くと2007年〜2014年・2016年に3位、2017年・2018年に2位(東日本1位)となっている(法政大学は後期日程の入試を行っていない)。また、併願をカウントしない実志願者数でも2018年に2位となっている。

Times Higher Educationによる世界的大企業のCEO(最高経営責任者)輩出ランキング2013において、世界の大学中第100位(日本国内の大学では第9位)と評価されている。

グローバルなキャリア形成に力を入れており、国際教育プログラムとして独自の制度が用意されている。留学制度・海外派遣制度が充実しており、海外への留学生数は国内全大学中4位となっている。

理念・目的

自由な学風と進取の気象

建学以来「自由な学風と進取の気象」を校風としている。「自由進歩」は1880年の「東京法学社開校ノ趣旨」に述べられており、「進取の気象」は法政大学校歌に謳われている。また、戦後これらの伝統ヒューマニズム精神を加味した3つの指針「独立自由な人格の形成」、「学問を通じたヒューマニティの昂揚」、「日本人の社会生活の向上に寄与する人材の育成」を定めている。その後、「開かれた大学、開かれた精神」や「自立型人材の育成」を基本理念としながら、大学運営を行ってきた。そして、2016年に大学憲章を定めたうえで、次のようなミッションを掲げている。

「 | 

1. 本学の使命は、建学以来培われてきた「自由と進歩」の精神と公正な判断力をもって、主体的、自立的かつ創造的に、新しい時代を構築する市民を育てることである。
2. 本学の使命は、学問の自由に基づき、真理の探究と「進取の気象」によって、学術の発展に寄与することである。
3. 本学の使命は、激動する21世紀の多様な課題を解決し、「持続可能な地球社会の構築」に貢献することである。

 | 」

教育・研究

前身の東京法学社が、私立法律学校特別監督条規のもと帝国大学総長の監督下となった五大法律学校の中でも最初に設立されたため、現存する日本の私学最古の法学部を有する。また、日本の私立大学の中では、社会学部が最初に設立されたほか、経済学部が慶應義塾大学に次いで2番目、経営学部も明治大学に次いで2番目に設置されており、多くの伝統学部が存在する。さらに1947年には日本最初の大学通信教育課程を開設、1995年には日本最初の夜間博士後期課程を開設している。

企業側へ学生を派遣し、短期就職させるインターンシップも他大学に先立ち早くから始動させている。また、生涯設計や就職活動などに対する意識をいち早く形成させる目的の「キャリアデザイン学」を開講しており、学部の枠を超えて1年次から教養科目として履修できる。2011年公務員および法曹を目指す学生を支援するための「公務人材育成センター」を設置して公務員講座・法職講座を開講、2014年には「高度会計人育成センター」を設置して会計専門職講座を開講している。

国際社会で活躍できる人材を育成するための「グローバル教育センター」を2014年に開設しており、各学部のカリキュラムに連動した海外留学制度や国際ボランティア・国際インターンシップなどの様々な国際教育プログラムを整備している。学内においては、「英語強化プログラム(ERP)」や母語話者と英語で会話できる「Gラウンジ」を市ケ谷・多摩・小金井の全キャンパスに設けており、正課以外にも英語力を向上させることができる環境を整えている。

2003年より教育の質を向上させることを目的としたファカルティ・ディベロップメント(Faculty Development、通称FD)プログラムを実施している。具体例としては、授業の満足度等を学生が評価する「学生による授業評価アンケート」を年2回行っている。2008年には総長室に「大学評価室」を付置し、自己点検・評価のための情報収集・調査・分析などを行っている。

沿革

東京法学校」および「東京仏学校」も参照

草創期の歴史

東京法学社から東京法学校へ

日本近代法の父で法政大学の学祖でもあるボアソナード。日本最初の近代法典の起草者として国内法整備に大きく貢献したほか、司法省を中心に、太政官元老院外務省国際法の顧問も務め、日本の勲章を受章した最初の外国人となった。また、10年以上にわたり、無報酬で法政大学の基礎を築いた。

法政大学の前身である東京法学社は、1880年(明治13年)4月、当時の神田区駿河台北甲賀町に設立された。フランス法の流れを汲む金丸鉄伊藤修薩埵正邦堀田正忠元田直ら7名 の法律家司法省関係者によって創立されたもので、「教師を聘し、専ら我国の新法を講じ、又仏国法律を講義す」る講法局と、「上告、控訴、初審の詞訟代言を務め、又代言生を陶冶す」る代言局で構成されていた。つまり、学内に弁護士事務所を置いて、学生に弁護士業務を体験させるリーガル・クリニックを備えた現代の法科大学院の原型といえるものであるが、同年5月に「代言人規則」(現在の弁護士法に相当)が改正され、代言人組合以外に「私に社を結び号を設け営業を為したる」代言人は懲戒の対象となったため、代言局での実務教育は続行できなくなった。そのため、東京法学社は講義中心の通常の法律学校としての性格を強め、薩埵が中心となって1880年(明治13年)9月12日に「開校」、翌1881年(明治14年)5月に講法局が独立して東京法学校と改称した。1883年(明治16年)には、パリ大学から招聘された日本政府の法律顧問で、日本の近代法整備に大きく貢献した「日本近代法の父」ボアソナードが初代教頭に就任。その後、1886年(明治19年)に帝国大学特別監督学校となり、1888年(明治21年)には文部省令第3号「特別認可学校規則」により特別認可学校となった。

仏学会・東京仏学校の設立

仏学会の創立会員であり、初代会長に就任した文部次官辻新次。近代的教育制度の策定に尽力し、「教育社会の第一の元老」「明治教育界の元勲」と評された。
仏学会創立会員で、帝国大学工科大学初代学長と東京仏学校初代校長を兼任した古市公威土木学会初代会長、日本工学会理事長、理化学研究所第2代所長。

1886年(明治19年)4月に、辻新次(初代文部次官)・古市公威(帝国大学工科大学初代学長)・長田銈太郎(宮内省式部官明治天皇の通訳)・山崎直胤(内務省初代県治局長)・平山成信(後の枢密顧問官)・寺内正毅(後の第18代内閣総理大臣元帥陸軍大将)・栗塚省吾(後の大審院部長判事)の7名が、フランス学の普及を目的とした教育機関設立を計画し、5月に仏学会 (La Société de Langue Française) を組織(初代会長は辻新次)、11月に同学会が神田区小川町の東京法学校の正面に東京仏学校を設立した(初代校長は古市公威)。同校は1885年(明治18年)に旧東京大学に統合された官立の仏法系学校・司法省法学校の後身校的な性格をもち、フランス語で教授する法律科を有し、政府からは手厚い資金援助を受けていた。なお、当時の文部官僚トップで東京仏学校設立の中心人物であった辻新次と、当時の司法省刑事局長で後に東京法学校の校長に就任した河津祐之は、1872年(明治5年)頃の文部省において箕作麟祥のもとで学制の起草にあたっていた元同僚であり、両者とも仏学会の創立会員である。また仏学会の会員には、名誉総裁に伏見宮貞愛親王閑院宮載仁親王小松宮依仁親王(後に東伏見宮)、名誉会員に徳川昭武(第15代将軍徳川慶喜の弟、水戸藩第11代藩主)、徳川篤敬(水戸徳川家第12代当主)、鍋島直大(佐賀藩第11代藩主)、蜂須賀茂韶(徳島藩第14代藩主)、太田資美(掛川藩第7代藩主)、大木喬任(元老院議長、枢密院議長)、山田顕義(司法大臣)、ボアソナードアッペール等が名を連ね、彼ら会員からの支援も受けながら東京仏学校は設立・運営された。当初はフランス学を教授することを目的としていたが、法律科の設置以降は法律学校としての性格を強め、1888年(明治21年)に文部省令第3号「特別認可学校規則」により特別認可学校となった。

東京法学校と東京仏学校の合併

フランス法系の結集を図るため、1889年(明治22年)5月の仏学会臨時総集会において、東京法学校と東京仏学校の合併ならびに和仏法律学校への改称が決議され、9月9日に同校が正式に発足した。初代校長には、当時の司法次官(司法官僚トップ)で日本における「法律の元祖」 といわれる箕作麟祥が就任。以後、日本の現行諸法典を創った法典調査会の中心人物が校長に就任している。中でも、「日本民法典の父」 といわれる梅謙次郎は、20年間にわたり学監、校長、初代総理として、本学の発展に大きく貢献した。梅が校長を務めていた1903年(明治36年)に法政大学と改称(専門学校令準拠)、大学令が施行された翌年の1920年(大正9年)に旧制大学となり、1949年(昭和24年)より新制大学となって今に至っている。

年表

明治
大学令後の初代学長松室致司法大臣等の国の要職を務めながらも、校地移転、新校舎建設、学部や教職員の拡充、六大学野球連盟加入など、「大学」法政の骨格を築き上げた。
第25・28代内閣総理大臣若槻禮次郎。学祖・梅謙次郎の書生に始まり、講師維持員理事、そして顧問を歴任。一時は総長候補に推戴されるなど、長きにわたり本学の発展に尽力した。
1930年(昭和5年)、東京六大学野球で初優勝を果たした当時の野球部
1931年(昭和6年)、日本初の学生訪欧飛行に成功した青年日本号。目的地ローマのリットリオ飛行場では盛大な歓迎を受けた。写真中央は本学学生の栗村、教官の熊川両氏。左から三人目は、後に首相となる駐イタリア日本大使の吉田茂。この後、両氏はローマ教皇に謁見、イタリア首相と会見した。
大正
昭和(終戦まで)
2010Happy Mail