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浅村栄斗とは?

【基本情報】

【国籍】
日本
【出身地】
大阪府大阪市東淀川区
【生年月日】
(1990-11-12) 1990年11月12日(29歳)
【身長
体重】
182 cm
90 kg
【選手情報】

【投球・打席】
右投右打
【ポジション】
二塁手一塁手
【プロ入り】
2008年 ドラフト3位
【初出場】
2010年3月31日
【年俸】
5億円(2020年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

【国際大会】

【代表チーム】
日本
プレミア12
2019年
この表について
この表はテンプレートを用いて表示しています。編集方法はTemplate:Infobox baseball playerを参照してください。

プロジェクト:野球選手 テンプレート


獲得メダル
男子 野球
日本
WBSCプレミア12
 | 2019 | 
西武時代
(2011年 県営大宮球場にて)

浅村 栄斗(あさむら ひでと、1990年11月12日 - )は、大阪府大阪市東淀川区出身のプロ野球選手(内野手)。右投右打。東北楽天ゴールデンイーグルス所属。

経歴

プロ入り前

3人兄弟の末弟。大阪市立井高野小学校4年からソフトボールを始め、大阪市立井高野中学校1年から硬式の都島ボーイズで野球を始める。中学時代は特に目立った選手ではなかったが、次兄(中村剛也岩田稔らと同学年)が大阪桐蔭の野球部出身であったため、父親が同校野球部監督の西谷浩一に栄斗のプレーを見て欲しいと連絡し、プレーを見た西谷の判断で入学が決まった。

大阪桐蔭高等学校では1年秋からベンチ入り。第79回選抜高等学校野球大会ではベンチ入り出来なかったものの、2年夏からは二塁手で背番号14ながらも全試合レギュラーとして出場。最高学年となった新チームがスタートすると遊撃手を守るようになり、2008年第90回全国高等学校野球選手権記念大会に出場。「1番・遊撃手」として全6試合に出場、29打数16安打(2本塁打)、守備でも好プレーと攻守に渡る活躍で大阪桐蔭高校の優勝に貢献。一回戦の大分県立日田林工高等学校戦で5安打を放ち、二回戦の金沢高等学校戦では2本塁打を放った。守備面でも10回にセンターに抜けようかという打球を好捕、ノーバウンドスローで一塁に送球しアウトとした。決勝の常葉学園菊川高等学校戦では7回の守備で無死二塁でピッチャーのグラブを掠めた打球を三塁に送球しアウトをとるなど美技といわれる守備で注目された。高校最後の打席も左翼へのソロホームランで飾った。高校通算22本塁打。

2008年10月30日に行われたプロ野球ドラフト会議埼玉西武ライオンズから3巡目指名を受け、契約金5000万円、年俸600万円で仮契約を結んだ。背番号は「32」。

西武時代

2009年(1年目)は一軍でのデビューは果たせなかった。

2010年3月31日の福岡ソフトバンクホークス戦で代打としてプロ入り初出場を果たし、左翼線に適時二塁打を放ちプロ入り初安打・初打点を記録した。2010年8月10日の楽天戦ではプロ入り初本塁打を放ち、そこから約2ヶ月後の9月26日の公式戦最終戦では先制の2号2ランを放った。また、この二本の本塁打はどちらもクリネックススタジアム宮城で放っている。

2011年は開幕スタメン入りを果たし、レギュラーの座を一年間守った。守備位置は固定されず、外野手もこなした。オープン戦では片岡易之の出遅れのため片岡の復帰まで主に二塁手として試合に出場、片岡が復帰してから交流戦までは主に一塁手、交流戦の指名打者が使えない試合ではファーストに回るホセ・フェルナンデスのために左翼手を務めることになった。交流戦明けからは他の選手の入れ替わりにより、一塁手、二塁手、三塁手、左翼手に加え右翼手も守った。守備の負担があったためか中盤は打撃の調子を落としたが、再び一塁手に固定された10月は打率が.460とリーグトップの成績を残し、初の月間MVPを獲得した。

2012年は開幕を一軍で迎えたが、打撃不振に陥り5月21日に二軍落ちした。一軍に昇格した後は打撃が復調し、8月に栗山巧が左手の負傷で離脱した後は、シーズン終了まで1番打者として起用された。

2013年は開幕からしばらく一塁手で起用された。遊撃手を任せられることもあったが、失策が多くほぼ一塁手専任になると共に離脱中の中村剛也の代役として4番を任されるようになった。5月29日の対横浜DeNAベイスターズ戦でプロ入り後初めて4番打者を務めたことによって、一軍公式戦のスタメンで全ての打順を経験する。4番起用2試合目となった東京ヤクルトスワローズ戦(5月31日)では、2年振りのサヨナラ本塁打を含む自身初の1試合2本塁打を記録した。7月には月間打率.395と6本塁打で自身2度目の月間MVPを受賞。9月26日の対東北楽天ゴールデンイーグルス戦(西武ドーム)では日本プロ野球最年少タイ(史上4人目、23歳)で100打点を達成。最終的に110打点を挙げ、平成生まれで初の打点王を獲得した。オフの11月に台湾で開催された「2013 BASEBALL CHALLENGE 日本 VS チャイニーズ・タイペイ」の日本代表に選出された。

2014年から守備位置を二塁に移す。中村剛也が故障により出遅れ、開幕当初は4番を務めた。5月21日の読売ジャイアンツ戦で村田修一のフライを追いかけ、右翼手木村文紀と交錯。数日後に左足に痛みを覚えるもノーステップ打法に切り替え出場を続け、6月3日時点でチームトップの8本塁打、32打点を記録していたが、6月5日に登録を抹消された。7月15日の北海道日本ハムファイターズ戦にて復帰を果たすも、前年の約半分の14本塁打、55打点に終わった。シーズンオフの11月4日には左肩のクリーニング手術を受けた。

2015年は開幕から3番打者として出場。前半戦打率3割キープも後半戦に入り調子を落とし、結果は打率.270、本塁打は前年以下の13本塁打でシーズン終了。9月10日に第1回WBSCプレミア12の日本代表候補選手に選出された。

2016年のシーズン序盤は31打席無安打などで打率が1割台と打撃不振に陥ったが、5月から調子を上げた。オールスターゲーム第2戦で記録したホームランが球宴通算400号となった。8月はパ・リーグ1位の38安打を記録し、2013年8月以来3回目の月間MVPを受賞。最終的に「打率.309(リーグ3位)、24本塁打(リーグ6位)」の成績を残して、二塁手としては自身初めてのベストナインを受賞した。オフに背番号を中島宏之の退団以来空き番となっていた「3」に変更した。11月24日、スポンサー向けのパーティーの席上で、2017年シーズンのキャプテンに指名される。

2017年5月20日のソフトバンク戦で中田賢一から通算100本塁打、9月28日のソフトバンク戦で寺原隼人から左前に適時打を放ち、通算1000安打を達成。平成生まれの1000安打到達者第1号となった。

2018年10月3日の日本ハム戦で逆転の31号2ラン本塁打を放ち、シーズン打点を124に伸ばしてリーグ単独トップとなり、2001年アレックス・カブレラ、2015年の中村剛也と並ぶ球団タイ記録となった。10月4日のロッテ戦で有吉優樹から適時二塁打を放ち、球団新記録となるシーズン125打点をマーク。全143試合に出場して、打率.310 32本塁打 127打点という成績で安打・本塁打・打点はキャリアハイを記録し、球団に所属する日本人選手で初めて「3割30本塁打100打点」達成者となった。オフの11月5日、国内フリーエージェント権行使を球団に通知した。 所属先である西武の他にソフトバンク、楽天、オリックスが獲得意思を示した。

楽天時代

2018年11月21日に楽天が獲得を発表した。背番号は引き続き「3」。日本人の着用は吉岡雄二以来、11年ぶり。

2019年4月17日の埼玉西武ライオンズ戦で通算150本塁打を達成。最終的には球団で唯一となる全試合に出場し、キャリアハイである33本塁打を記録したが、キャリアワーストを大きく更新する162三振を記録した。クライマックスシリーズでは史上初の3試合連続本塁打4本塁打で新記録を達成した。オフの11月に開催された第2回WBSCプレミア12日本代表に選出された。また、11月17日にフリーアナウンサーの淡輪ゆきと結婚し、年内に婚姻届を提出する事を発表した。

選手としての特徴

打撃

西武時代
(2009年8月27日 読売ジャイアンツ球場にて)

初球から積極的に振っていくタイプ。初球スウィング率は2012年にリーグ2位、2013年にリーグトップを記録。
浅村本人も「ファーストストライクから思い切りバットを振っていくのが、自分の長所だと思っている」と語っており、2013年のファーストストライクの打率は.363を誇った。

走塁・守備

本来は遊撃手であるが、プロ入り後は一塁手および二塁手につく機会が多い。
2011年の若手時代、コーチを務めていた鈴木康友からは「入団したときから守備のうまさはずば抜けていました。おそらく今、12球団で最も動きのいい野手だと思う」と評価されていた。
2013年は一塁手として136試合に出場。守備率は.997を記録し、UZRは16.4を記録した(いずれも一塁手としての記録)。

人物

目指す選手像について、「トリプルスリーをできるような選手ですね。すべてパーフェクトにやりたいというか、全部でトップクラスになりたいんです。」と語っている。

尊敬する選手として、松井稼頭央の名前を挙げている。子供の頃、野球ゲームをする際には、必ず松井のいる西武でプレーしていた。入団から2016年まで浅村の付けていた背番号「32」は、松井が入団から一軍の正遊撃手の座を得るまで付けていた背番号である。浅村にとっては松井は背番号「7」の印象が強いが、入団の際に浅村は球団関係者から「松井さんが入団時につけていた背番号だから」と言われたという。

2013年シーズンより、用具でナイキ社と契約。稲葉篤紀モデルのバットを高山久から借り、重量バランスを気に入り、同様のモデルを、当時契約していたSSK社が受注していたが、2013年からは、ナイキ社から同モデルを供給されることとなった。

埼玉西武ライオンズ球団シニアディレクターの渡辺久信によれば、浅村がライオンズのキャプテンに指名された時、「(主将にして)大丈夫なんですか?」と驚いたのが恩師である大阪桐蔭監督の西谷浩一であったとのこと。

詳細情報

年度別打撃成績









































































O
P
S

2010 | 西武 | 30 | 55 | 42 | 11 | 11 | 1 | 1 | 2 | 20 | 9 | 2 | 0 | 1 | 1 | 8 | 0 | 3 | 8 | 2 | .262 | .407 | .476 | .884
2011 | 137 | 498 | 437 | 48 | 117 | 17 | 3 | 9 | 167 | 45 | 7 | 2 | 18 | 3 | 37 | 1 | 3 | 52 | 8 | .268 | .327 | .382 | .709
2012 | 114 | 459 | 404 | 52 | 99 | 18 | 7 | 7 | 152 | 37 | 13 | 6 | 13 | 4 | 34 | 0 | 4 | 63 | 9 | .245 | .307 | .376 | .683
2013 | 144 | 620 | 543 | 85 | 172 | 38 | 5 | 27 | 301 | 110 | 14 | 8 | 7 | 4 | 61 | 3 | 5 | 88 | 9 | .317 | .388 | .554 | .943
2014 | 118 | 501 | 440 | 52 | 120 | 19 | 1 | 14 | 183 | 55 | 3 | 5 | 0 | 8 | 47 | 2 | 6 | 100 | 8 | .273 | .345 | .416 | .761
2015 | 141 | 627 | 537 | 88 | 145 | 19 | 2 | 13 | 207 | 81 | 12 | 9 | 2 | 7 | 69 | 0 | 12 | 136 | 13 | .270 | .362 | .385 | .747
2016 | 143 | 611 | 557 | 73 | 172 | 40 | 0 | 24 | 284 | 82 | 8 | 6 | 3 | 6 | 38 | 0 | 7 | 108 | 18 | .309 | .357 | .510 | .867
2017 | 143 | 633 | 574 | 78 | 167 | 34 | 1 | 19 | 260 | 99 | 5 | 1 | 1 | 6 | 44 | 0 | 8 | 96 | 17 | .291 | .347 | .453 | .799
2018 | 143 | 640 | 565 | 104 | 175 | 27 | 0 | 32 | 298 | 127 | 4 | 2 | 0 | 5 | 68 | 4 | 2 | 105 | 18 | .310 | .383 | .527 | .910
2019 | 楽天 | 143 | 635 | 529 | 93 | 139 | 26 | 2 | 33 | 268 | 92 | 1 | 1 | 0 | 9 | 93 | 9 | 4 | 162 | 12 | .263 | .372 | .507 | .878
NPB:10年 1256 | 5279 | 4628 | 684 | 1317 | 239 | 22 | 180 | 2140 | 737 | 69 | 40 | 45 | 53 | 499 | 19 | 54 | 918 | 114 | .285 | .357 | .462 | .820

年度別打撃成績所属リーグ内順位

【年

度】



【リ
|
グ】
【打

率】
【安

打】
【二

打】
【三

打】
【本

打】
【打

点】
【盗

塁】



2010 | 20 | パ・リーグ | - | - | - | - | - | - | - | -
2011 | 21 | - | - | - | - | - | - | - | -
2012 | 22 | - | - | - | 2位 | - | - | - | -
2013 | 23 | 5位 | 3位 | 1位 | 5位 | 4位 | 1位 | - | 7位
2014 | 24 | - | - | - | - | - | - | - | -
2015 | 25 | - | 8位 | - | - | - | 9位 | - | -
2016 | 26 | 3位 | 2位 | 1位 | - | 6位 | 8位 | - | -
2017 | 27 | 6位 | 2位 | 2位 | - | - | 2位 | - | -
2018 | 28 | 5位 | 2位 | 9位 | - | 3位 | 1位 | - | 7位
2019 | 29 | - | - | 10位 | - | 3位 | 5位 | - | 9位

WBSCプレミア12での打撃成績

【年

度】



【試

合】
【打

席】
【打

数】
【得

点】
【安

打】
【二

打】
【三

打】
【本

打】
【塁

打】
【打

点】
【盗

塁】
【盗

死】
【犠

打】
【犠

飛】
【四

球】
【敬

遠】
【死

球】
【三

振】
【併

打】
【打

率】
【出

率】



2019 | 日本 | 7 | 29 | 25 | 1 | 9 | 3 | 0 | 0 | 12 | 6 | 0 | 0 | 0 | 1 | 4 | 0 | 0 | 3 | 0 | .333 | .450 | .400

年度別守備成績

内野守備
【年
度】
一塁
二塁
三塁
遊撃


















【試

合】
【刺

殺】
【補

殺】
【失

策】
【併

殺】
【守

率】
【試

合】
【刺

殺】
【補

殺】
【失

策】
【併

殺】
【守

率】
【試

合】
【刺

殺】
【補

殺】
【失

策】
【併

殺】



2010 | - | 1 | 1 | 6 | 0 | 1 | 1.000 | 8 | 2 | 8 | 1 | 1 | .909 | 9 | 12 | 32 | 0 | 9 | 1.000
2011 | 84 | 625 | 21 | 4 | 51 | .994 | 10 | 11 | 13 | 1 | 3 | .960 | 3 | 0 | 1 | 0 | 0 | 1.000 | -
2012 | 71 | 488 | 23 | 4 | 29 | .992 | 56 | 143 | 135 | 10 | 28 | .965 | - | -
2013 | 136 | 1086 | 87 | 3 | 85 | .997 | 10 | 9 | 15 | 0 | 2 | 1.000 | - | 12 | 13 | 21 | 4 | 4 | .895
2014 | - | 88 | 206 | 265 | 8 | 59 | .983 | 33 | 16 | 48 | 4 | 0 | .941 | -
2015 | - | 141 | 339 | 472 | 14 | 99 | .983 | - | -
2016 | 1 | 3 | 0 | 0 | 1 | 1.000 | 142 | 347 | 450 | 10 | 110 | .988 | - | -
2017 | 55 | 162 | 8 | 0 | 13 | 1.000 | 137 | 277 | 391 | 12 | 82 | .982 | - | -
2018 | 5 | 0 | 0 | 0 | 1 | 1.000 | 142 | 279 | 412 | 12 | 99 | .983 | - | -
2019 | 3 | 3 | 0 | 0 | 0 | 1.000 | 136 | 285 | 365 | 7 | 67 | .989 | - | -
通算 355 | 2367 | 139 | 11 | 180 | .995 | 863 | 1897 | 2524 | 74 | 556 | .984 | 45 | 18 | 57 | 5 | 1 | .937 | 21 | 25 | 53 | 4 | 13 | .951
外野守備
【年
度】
外野
【試

合】
【刺

殺】
【補

殺】
【失

策】
【併

殺】



2011 | 68 | 110 | 3 | 3 | 1 | .974
2012 | 4 | 6 | 0 | 1 | 0 | .857
通算 72 | 116 | 3 | 4 | 1 | .967

タイトル

表彰

記録

初記録
節目の記録
その他の記録

背番号

登場曲

代表歴

関連情報

書籍

脚注

  1. ^ 楽天移籍の浅村、4年24億円契約 日本経済新聞朝刊 2018/12/2付
  2. ^ 第74回 通算180本塁打のスラッガー・浅村栄斗(東北楽天)が大阪桐蔭に入学した意外なワケ
  3. ^ 大阪桐蔭・浅村、高校有終アーチ…おおいた国体”. スポーツ報知. 2008年12月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年5月13日閲覧。
  4. ^ 2008年 ドラフト会議開催! 埼玉西武ライオンズ オフィシャルサイト
  5. ^ 2008年ドラフト指名選手の交渉状況(12月19日)”. スポニチアネックス (2008年12月19日). 2016年11月13日閲覧。
  6. ^ “4連勝西武に新星!19歳浅村が初ホームラン”. スポニチ Sponichi Annex (スポーツニッポン). (2010年8月11日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2010/08/11/kiji/K20100811Z00002370.html 2013年11月8日閲覧。
  7. ^ “浅村 初受賞に驚き「苦しい時期 今になったらいい経験」”. スポニチSponichi Annex (スポーツニッポン). (2011年11月1日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2011/11/01/kiji/K20111101001938700.html 2013年7月21日閲覧。
  8. ^ 浅村 新4番2発、サヨナラ弾「自分は“ただの4番目”なんで」(「スポーツニッポン2013年6月1日付記事)
  9. ^ “浅村、打点に満足「このまま維持して笑って終われるように」”. スポニチSponichi Annex (スポーツニッポン). (2013年8月6日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2013/08/06/kiji/K20130806006366560.html 2013年10月8日閲覧。
  10. ^ 王貞治、門田博光、松井秀喜に次ぐ4人目 “V阻止ならずも西武CS争い手応え 3位と1差”. スポニチSponichi Annex (スポーツニッポン). (2013年9月27日). http://www.sponichi.co.jp/ba
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    出典:wikipedia
    2020/04/02 12:22

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