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漢中郡とは?

この記事の参考文献は、一次資料や記事主題の関係者による情報源に頼っています。信頼できる第三者情報源とされる出典の追加が求められています。(2019年4月)
現在の漢中市。漢中盆地にほぼ一致。

漢中郡(かんちゅう-ぐん)は、古代中国に存在した。後に漢中(かんちゅう)は、郡の役所が置かれた南鄭(なんてい、現在の陝西省漢中市)を中心とした一帯の名称となる。劉邦が興した王朝や、現在の「漢民族」や「漢字」などの名称の由来となる地名でもある。

地理

孤立した盆地漢中盆地になっていて、北は秦嶺山脈西安など渭水盆地(関中)と、南は大巴山脈重慶など四川盆地(巴蜀)と画されている。長江支流の漢水が東西に流れていて、東に下ると長江流域へ出、西へ上ると甘粛省天水付近へ出る。

漢水やその支流の褒水・胥水などが流れる肥沃な盆地であり、漢水の中程にあるので「漢中」と名付けられたと伝えられている。

経済的には豊かな土地ではないものの、北は関中、南は巴蜀、東は漢水を下って長江流域に出られることから交通の要所であり、関中や巴蜀を支配する勢力にとっては漢中を押える事は軍事的に重要であった。

広義の蜀もしくは漢中は、狭義の蜀(現在の成都一帯)、巴(現在の重慶一帯)、漢中の3つを合わせた一帯の事をさす。

歴史

古くは梁州に属し、後には独立した国家を持っていたが戦国時代に併合される。紀元前325年、漢中郡と命名されて南鄭県に郡治(郡の役所、及びその所在地)が設置された。一時に奪われるも紀元前312年に回復した。

秦が滅んだ後は、劉邦は本来封じられるべき関中では無く、この漢中の地に封じられた(ただし当時、漢中を関中の一部に含む説もあった)。この漢中の中で国士無双韓信を見出し、天下統一への足がかりとした。そのため劉邦は「漢王」(「漢中王」の略)を名乗り、帝位に就くと国号を漢とした。前漢代には益州に属し、西城旬陽南鄭褒中房陵安陽城固沔陽武陵上庸長利の12県を治めた。前漢末に10万1570戸、30万0614人があった。

王莽新成郡と改称したが、後漢で戻された。

後漢の時代にも益州に属していた。後漢末に黄巾の乱で世の中が乱れると五斗米道がこの地に勢力を伸ばし、張魯が南鄭を漢寧と改名して独自の王国を築き上げ、益州であった劉焉と対立していた。 その後、長安から涼州を平定した曹操と、劉璋を降伏に追い込み益州を奪取した劉備に挟まれる形となった張魯は曹操に降伏したため、曹操は南鄭の呼称を復活した上で夏侯淵を駐屯させるが、黄忠率いる劉備軍は夏侯淵自身をも討ち取る大勝を収め、漢中は劉備の支配圏となった。かねてより前漢の第6代皇帝・景帝の子である劉勝の後裔を称していた劉備は、前漢の高祖・劉邦に倣って漢中王に即位し、直後に後漢がへの禅譲により名実ともに消滅すると「漢」の皇帝として即位した(ただし一般的には、あるいは蜀漢と呼ばれている)。劉備の死後は、丞相諸葛亮が漢中に駐屯し、北伐の拠点としていた。諸葛亮の没後、263年に魏が蜀を滅ぼした(蜀漢の滅亡)後は、漢中を含んだ益州は魏の支配権となった。しかし265年に魏は禅譲により、重臣の司馬氏一族率いるに滅ぼされる。280年に滅ぼして三国を統一した西晋は梁州を復活させて漢中郡を所属させた。

短命に終わった西晋が滅亡した後の南北朝時代には、南朝北朝の両勢力が接しており、その帰属は度々変更された。の時代に一時「漢川郡」と改称したが、になって旧に復され、後に梁州の管轄区域が漢中郡のみとなるとそのまま梁州と改名された。徳宗の時代、節度使の反乱によって都・長安を追われた徳宗が漢中に仮首都を置き、以後「興元府」と改名した。北宋には興元府は利州路の治所となり周囲の成都府路・梓州路・夔州路と合わせて「四川路(川峡四路)」と呼ばれるようになる。その後、に奪われるものの、北側に接していたモンゴル帝国が南下の際に興元府を占領して漢水から金の領土の南側に回って南北から挟撃、金の滅亡につながった。モンゴル帝国が分裂しての時代には興元府に代わって「興元路」が設置され、同時に興元路の帰属も従来の四川から分離されて陝西省に変更された。

1370年洪武帝は興元路を「漢中府」として唐以来途絶えていた漢中の呼称を復活させた。1601年、南鄭県に万暦帝の息子・瑞王朱常浩を封じた。になっても漢中府の呼称は維持されて、辛亥革命後には一時「漢中路」が置かれたが、後に陝西省に再統合された。

中華人民共和国が成立した1949年、漢中の中心であった南鄭県を分割して県の市街地中心部を南鄭市とした。1953年に南鄭市は現在の漢中市に改名された。1958年に隣接する褒城県の一部を編入する。1964年に一時市制が廃止されて漢中県となるが、1981年に旧に復した。

脚注

  1. ^ 班固漢書』地理志第8上。小竹武夫訳『漢書』3(ちくま学芸文庫)、352-353頁。
  2. ^ 班固『漢書』地理志第8上。小竹武夫訳『漢書』3(ちくま学芸文庫)、351頁。
漢朝の行政区分

前漢
司隷校尉部 | 

京兆尹(渭南郡) | 左馮翊(河上郡) | 右扶風(中地郡) | 河南郡 | 河東郡 | 河内郡 | 弘農郡


豫州刺史部 | 

潁川郡 | 汝南郡 | 梁国(碭郡) | 沛郡


兗州刺史部 | 

淮陽国(淮陽郡) | 陳留郡(済川郡) | 定陶国(済陰郡) | 東郡 | 山陽郡(昌邑国) | 東平国 | 泰山郡 | 城陽国


青州刺史部 | 

斉郡 | 済南郡(博陽郡) | 済北国 | 平原郡 | 千乗郡 | 菑川国 | 高密国(膠西国) | 北海郡 | 膠東国 | 東莱郡


徐州刺史部 | 

東海郡 | 楚国(彭城郡) | 魯国(薛郡) | 琅邪郡 | 広陵国(広陵郡) | 臨淮郡 | 泗水郡(沛郡)


冀州刺史部 | 

魏郡 | 趙国 | 広平国 | 鉅鹿郡 | 清河郡 | 信都国(広川国) | 河間国 | 真定国 | 常山郡(恒山郡) | 中山国


幽州刺史部 | 

広陽郡(燕国) | 涿郡 | 勃海郡 | 上谷郡 | 漁陽郡 | 右北平郡 | 遼西郡 | 遼東郡 | 蒼海郡 | 楽浪郡 | 真番郡 | 臨屯郡 | 玄菟郡


并州刺史部 | 

太原郡 | 代郡 | 上党郡 | 雲中郡 | 雁門郡 | 定襄郡


朔方刺史部 | 

朔方郡 | 五原郡 | 西河郡 | 上郡 | 北地郡


涼州刺史部 | 

隴西郡 | 天水郡 | 安定郡 | 酒泉郡 | 張掖郡 | 敦煌郡 | 武威郡 | 金城郡 | 西海郡


益州刺史部 | 

蜀郡 | 広漢郡 | 漢中郡 | 巴郡 | 武都郡 | 犍為郡 | 越巂郡 | 汶山郡 | 沈黎郡 | 牂牁郡 | 益州郡


荊州刺史部 | 

南郡 | 南陽郡 | 江夏郡 | 長沙国 | 桂陽郡 | 武陵郡 | 零陵郡


揚州刺史部 | 

会稽郡 | 丹陽郡 | 九江郡 | 廬江郡 | 六安国 | 豫章郡


交阯刺史部 | 

南海郡 | 蒼梧郡 | 合浦郡 | 鬱林郡 | 象郡 | 交阯郡 | 九真郡 | 日南郡 | 珠厓郡 | 儋耳郡




後漢
司隷校尉部 | 

河南尹 | 河内郡 | 河東郡 | 京兆尹 | 左馮翊 | 右扶風 | 弘農郡


豫州刺史部 | 

潁川郡 | 汝南郡 | 沛国 | 梁国 | 陳国(淮陽郡) | 魯国 | 西平国 | 譙郡


兗州刺史部 | 

山陽郡 | 陳留郡 | 泰山郡 | 済陰郡 | 東平国 | 任城国 | 済北国


青州刺史部 | 

平原郡 | 東莱郡 | 斉国 | 済南国 | 楽安国(千乗郡 / 千乗国) | 北海国 | 楽陵郡 | 長広郡


徐州刺史部 | 

東海郡 | 広陵郡 | 琅邪国 | 彭城国(楚郡 / 楚国) | 下邳国(臨淮郡) | 利城郡 | 城陽郡 | 東莞郡 | 東安郡 | 東城郡


冀州刺史部 | 

魏郡 | 鉅鹿郡 | 渤海郡 | 常山国 | 中山国 | 安平国(信都郡 / 楽成国) | 河間国 | 清河国(甘陵国) | 趙国 | 広川国 | 広平国 | 博陵郡


幽州刺史部 | 

広陽郡 | 涿郡 | 上谷郡 | 漁陽郡 | 右北平郡 | 遼西郡 | 遼東郡 | 玄菟郡 | 楽浪郡 | 代郡 | 帯方郡 | 遼東属国


并州刺史部 | 

太原郡 | 上党郡 | 西河郡 | 五原郡 | 雲中郡 | 定襄郡 | 雁門郡 | 朔方郡 | 上郡 | 新興郡 | 楽平郡


涼州刺史部 | 

漢陽郡(天水郡) | 隴西郡 | 武都郡 | 金城郡 | 安定郡 | 北地郡 | 武威郡 | 張掖郡 | 酒泉郡 | 敦煌郡 | 張掖属国 | 張掖居延属国(西海郡) | 安定属国 | 南安郡 | 新平郡 | 永陽郡 | 西平郡 | 西郡


益州刺史部 | 

広漢郡 | 漢中郡(漢寧郡) | 巴郡(巴西郡) | 蜀郡 | 犍為郡 | 牂牁郡 | 越巂郡 | 益州郡 | 永昌郡 | 広漢属国 | 蜀郡属国 | 巴東属国 | 犍為属国 | 上庸郡 | 房陵郡 | 永寧郡(巴郡) | 固陵郡(巴東郡) | 梓潼郡 | 汶山郡 | 江陽郡


荊州刺史部 | 

武陵郡 | 南陽郡 | 南郡(江陵国) | 江夏郡 | 零陵郡 | 桂陽郡 | 長沙郡(長沙国) | 章陵郡 | 南郷郡 | 襄陽郡 | 宜都郡 | 新城郡 | 漢昌郡 | 臨江郡 | 西陵郡 | 固陵郡


揚州刺史部 | 

九江郡 | 丹陽郡 | 豫章郡 | 呉郡 | 会稽郡 | 廬江郡(六安国) | 新都郡 | 臨川郡 | 鄱陽郡 | 廬陵郡 | 彭沢郡


交州刺史部 | 

交阯郡 | 南海郡 | 鬱林郡 | 蒼梧郡 | 合浦郡 | 九真郡 | 日南郡 | 高涼郡





三国の行政区分

(咸熙2年、紀元264年)
司州 | 

河南尹 | 弘農郡 | 河東郡 | 平陽郡 | 河内郡 | 魏郡 | 広平郡 | 陽平郡 | 原武郡 | 野王郡 | 滎陽郡 | 朝歌郡


幽州 | 

涿郡 | 燕国 | 漁陽郡 | 右北平郡 | 上谷郡 | 代郡 | 遼西郡 | 昌黎郡 | 遼東郡 | 玄菟郡 | 楽浪郡 | 帯方郡


冀州 | 

鉅鹿郡 | 趙国 | 安平郡 | 博陵郡 | 中山国 | 河間郡 | 勃海郡 | 常山郡 | 平原郡 | 楽陵国 | 清河郡 | 章武郡


并州 | 

太原郡 | 西河郡 | 上党郡 | 楽平郡 | 雁門郡 | 新興郡 | 朔方郡


青州 | 

北海郡 | 東莱郡 | 斉国 | 済南国 | 楽安郡 | 城陽郡


徐州 | 

彭城国 | 下邳郡 | 広陵郡 | 東海国 | 琅邪国 | 東莞郡 | 利城郡 | 平昌郡


兗州 | 

陳留国 | 東郡 | 済北国 | 東平国 | 済陰郡 | 泰山郡 | 山陽郡 | 任城郡


豫州 | 

潁川郡 | 汝南郡 | 弋陽郡 | 陳郡 | 魯国 | 沛国 | 譙郡 | 梁国 | 襄城郡 | 汝陰郡


雍州 | 

京兆郡 | 馮翊郡 | 扶風郡 | 新平郡 | 北地郡 | 安定郡 | 広魏郡 | 天水郡 | 南安郡 | 隴西郡 | 武都郡 | 撫夷護軍


涼州 | 

武威郡 | 金城郡 | 西平郡 | 張掖郡 | 西郡 | 酒泉郡 | 敦煌郡 | 西海郡


荊州 | 

南陽郡 | 南郷郡 | 襄陽郡 | 江夏郡 | 魏興郡 | 上庸郡 | 新城郡 | 房陵郡 | 義陽郡 | 錫郡 | 襄陽南部都尉


揚州 | 

淮南郡 | 廬江郡 | 安豊郡


梁州 | 

漢中郡 | 梓潼郡 | 広漢郡 | 涪陵郡 | 巴郡 | 巴東郡 | 巴西郡 | 東広漢郡 | 陰平郡


益州 | 

蜀郡 | 汶山郡 | 犍為郡 | 江陽郡 | 漢嘉郡 | 朱提郡 | 越巂郡 | 牂牁郡 | 建寧郡 | 永昌郡 | 雲南郡 | 興古郡


西域長史府 | 

西域




(景耀6年、紀元263年)
益州 | 

蜀郡 | 汶山郡 | 犍為郡 | 江陽郡 | 漢嘉郡 | 広漢郡 | 東広漢郡 | 梓潼郡 | 巴西郡 | 巴郡 | 巴東郡 | 涪陵郡 | 漢中郡 | 宕渠郡


涼州 | 

陰平郡 | 武都郡


庲降都督 | 

朱提郡 | 越巂郡 | 牂牁郡 | 建寧郡 | 永昌郡 | 雲南郡 | 興古郡 | 南広郡




(天紀4年、紀元280年)
揚州 | 

廬江郡 | 蘄春郡 | 丹陽郡 | 新都郡 | 呉郡 | 毗陵典農校尉 | 呉興郡 | 会稽郡 | 東陽郡 | 臨海郡 | 建安郡 | 豫章郡 | 鄱陽郡 | 廬陵郡 | 廬陵南部都尉 | 臨川郡 | 安成郡 | 彭沢郡 | 臨川郡 | 東安郡 | 故鄣郡 | 巴丘郡 | 雲陽郡


荊州 | 

南郡 | 宜都郡 | 建平郡 | 江夏郡 | 武陵郡 | 天門郡 | 長沙郡 | 衡陽郡 | 湘東郡 | 零陵郡 | 始安郡 | 昭陵郡 | 桂陽郡 | 始興郡 | 臨賀郡 | 西陵郡 | 固陵郡 | 武昌郡 | 営陽郡


広州 | 

南海郡 | 蒼梧郡 | 鬱林郡 | 桂林郡 | 高涼郡 | 高興郡


交州 | 

合浦郡 | 合浦北部都尉 | 珠崖郡 | 交阯郡 | 新昌郡 | 武平郡 | 九真郡 | 九徳郡 | 日南属国 | 寧浦郡 | 日南郡





晋朝の行政区分
西晋 | 
司州 | 

豫州 | 

兗州 | 

青州 | 
出典:wikipedia
2020/02/29 14:06

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