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現役引退とは?

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引退(いんたい)は、官職地位などから退いたり、スポーツ選手などが選手としての身分を離れたりすることである。プロスポーツ選手の他、スポーツを行っている学生生徒らが最終学年となって高校大学受験・就職活動などで試合出場の機会が無くなり、所属するクラブ部活動から離れることも引退と呼ばれる。

プロスポーツの場合、あらかじめ引退が予告されることがあり、その場合、引退試合とされることがある。大相撲の引退においては取組としての引退試合はなく、引退決定後の断髪式が有名である。

機械の場合は「退役」と呼ぶ。

目次

  • 1 スポーツ
    • 1.1 プロ野球
      • 1.1.1 任意引退
      • 1.1.2 自由契約
      • 1.1.3 失格選手
      • 1.1.4 支配下選手登録抹消
    • 1.2 大相撲
    • 1.3 サッカー
    • 1.4 プロバスケットボール
    • 1.5 プロボクシング
      • 1.5.1 引退届
      • 1.5.2 37歳定年制
      • 1.5.3 引退勧告
      • 1.5.4 ライセンス剥奪
    • 1.6 競馬
    • 1.7 プロレス
    • 1.8 フィギュアスケート
    • 1.9 プロゴルフ
  • 2 政治
  • 3 将棋
  • 4 囲碁
  • 5 芸能界
  • 6 芸術家
  • 7 その他の引退
  • 8 慣用句
  • 9 注釈
  • 10 関連項目

スポーツ

プロ野球

プロ野球選手が引退する際、その手続きには次のような種類がある。ただし、引退のためではなく、移籍、傷病の治療などを前提にこれらの措置が執られる場合がある。

任意引退

日本プロフェッショナル野球協約(以下、野球協約)の規定により契約期間中または保留期間(契約更改のための期間)中、選手の希望により行う引退のことを言う。

現在の任意引退の場合、日本のみならずNPBと契約協定を結んでいる海外のプロ野球組織(MLBKBOCPBLCBL)に所属することが出来なくなるが、野茂英雄メジャーリーグに移籍した際には、まだ他国のプロ球団については規定がなかったため、日本において任意引退選手となって移籍している(国内他球団に自由移籍させないための措置)。この他に練習生制度がありかつ支配下登録選手が60人までしか認められなかった時期には、長期間の故障の治療期間や、外国人枠を超過した際に出場の見込みがなくなった外国人選手を登録外扱いで残留させる場合や、マイナーリーグに野球留学をする際に任意引退選手公示されることは珍しくなかった。日本ハムの河野博文は、ケガによる一時的な任意引退選手公示を戦力外通告だと勘違いし失踪して騒動となったが、この騒動も一因となって、練習生制度廃止および支配下登録選手70人につながった。

任意引退した選手が現役に復することも可能であるが、原則として任意引退は選手の希望によるものであるため、プロ野球界に復帰する場合には最終所属球団に復帰しなければならず、他球団に復帰する場合には最終所属球団の許可が必要である。

また、実質的な戦力外通告など、必ずしも本人が望まない引退であっても、翌年にチームスタッフ(コーチ、バッティング投手、ブルペン捕手、スカウト、スコアラーなど)として契約することが決まっている場合などでは、他球団と交渉させないために任意引退選手公示する場合がある。そのような場合でなくても、それなりの実績を残した選手で本人が他球団での現役続行を望まない場合などは、チームへの貢献者に対する球団側の配慮として(「クビ」というニュアンスの強い自由契約ではなく)任意引退にする場合もある。

なお、1999年の規約変更によりプロ野球選手であった者がアマチュア野球の選手・指導者に転身するためには最終所属球団からの自由契約となる必要があるため、任意引退後に改めて自由契約公示がなされる場合がある。そのような選手には1979年外木場義郎(2004年広島東洋カープから自由契約公示)、1985年定岡正二(2006年読売ジャイアンツから自由契約公示)、2005年初芝清(2006年に千葉ロッテマリーンズから自由契約公示)などがいる。さらに2009年の野球協約改正により、任意引退公示の年の12月2日より3年間経過した場合は自由契約扱いとなることとなった(2008年以前の任意引退選手には適用されない)。

自由契約

野球協約の規定により、球団との契約を解除されたり、球団が保有権を失った選手のことを「どの球団とも自由に契約できる選手」という意味で自由契約選手という。この自由契約選手になることそのものが即座に引退に直結するものではなく、いずれの球団であっても自由に契約を結べる選手であるということに過ぎない。しかし、いずれの球団とも契約を結べなかった場合には、実質的に引退となり、自由契約公示後に選手側が契約をあきらめて引退を発表することもある。ただし任意引退公示に切り替わるわけではない(黒木知宏田口壮など)。なお、ひとたび契約締結できずに翌シーズンに入り、実質的に引退となった場合であっても、いずれかの球団と契約を結ぶことで現役に復することもある(栗山聡は、2003年シーズン終了後に中日ドラゴンズから自由契約公示された後、2004年シーズン途中にオリックスで復帰した)。

一番多い形態としては保留選手名簿に記載されないことによる自由契約である。日本プロ野球においてはシーズン終了後に球団が次年度も引き続き契約する意思のある選手のリストである保留選手名簿をコミッショナーに提出し、12月2日にコミッショナーはこれを公示するが、この名簿から外れた場合、自動的に自由契約選手となる。なお、各球団はこの保留選手名簿の提出、コミッショナー公示に先立って当該選手に対して次年度は契約を結ばないことを告げる戦力外通告を行っている。これはプロ野球選手会との協定によるもので、保留選手名簿の公示される12月2日以前にトライアウト、入団テストなどが行われることが通例であるため、公示までに契約を結ばないことを明らかにすることで当該選手が翌年も他球団に所属できる可能性を残すためである。

契約更改の際に減額制限を超えた年俸が提示された場合、選手側からその契約を拒否することが可能でそのような場合でも自由契約となる。

また、自由契約選手公示を行うことはシーズン中であっても可能であるが、その場合にはトレード禁止期間であってもこの自由契約選手公示を行うことで実質的にトレードが行えるようにならないよう、自由契約選手公示に先立ってウエイバー公示される。この公示後の7日間、下位球団から順に当該選手の契約譲渡を受ける権利を有することになり、どの球団も契約する意思を示さなかった場合に限って自由契約選手となる。

なお、英語においては自由契約選手もフリーエージェント(Free Agent)と表記されるが、これはいわゆるフリーエージェント制度によるものとは別個のものである(選手が「自分の意志で」自由契約を宣言できるのがフリーエージェント制度)。

失格選手

失格選手とは、野球協約により日本野球機構(NPB)の構成員たる資格を失った選手を言う。失格選手には有期、無期、及び永久の三つがあるが、このうち永久失格選手は原則として処分が永久のもので、無期失格選手となった場合も資格を失っているため、必然的に退団を余儀なくされ、長期間のブランクになるため事実上の引退となる。

詳細は「除名#日本野球機構の除名」を参照

永久失格となる要件としては、所属球団を故意に敗れさせる敗退行為(八百長)などが挙げられており、これにより引退した例としては1969年から1971年の間に起こった黒い霧事件によって永久失格となった6人の選手(下記参照)がある。永久失格は一般には「永久追放」といわれることが多い。

なお、2005年までは永久追放された場合には現役に復する余地がなかったが、2005年(平成17年)の野球協約改正により、処分より15年が経過し、改悛の情が認められる者については処分を未来に向けて解除する条項が新設された。このため現在では失格選手となった場合であっても現役に復する余地はあるが、この規定自体、黒い霧事件で永久失格となった池永正明について当時の所属球団西鉄ライオンズや後継となった西武ライオンズ福岡ソフトバンクホークスのOBやファンから名誉回復運動が起こっていたことに対応したもので、これにより現役に復した選手はいない(現実問題として、15年のブランクを経て現役復帰できる実力を維持しているケースはありえず、事実上池永ら当該事件関係者が再びプロ野球に関与出来るようにするための条項である)。もし今後新たに処分を受ける選手が現れた場合、その解除に向けたアピールをする手段は極めて限られる。

詳細は「池永正明#復権」を参照

また、無期失格の選手も2005年の改正により、5年の経過後に永久と同様当人の申し出があればコミッショナーの判断により失格を解除できる。ただし無期の場合は後に期限が設けられる余地がありこれによらずとも復帰できる。ただし解除された実績は無い。

無期または永久の失格処分を受けた選手は任意引退同様NPBだけでなく、NPBと契約協定を結んでいる海外のプロ野球組織とも契約を結べない。また処分時の所属球団が保有権を有しているため、国内独立リーグのBCリーグ四国アイランドリーグplus日本野球連盟が管轄する社会人クラブチームといったアマチュアへの新規登録、日本学生野球協会によるプロ経験者を対象とした学生野球資格回復制度研修会の受講も事実上できなくなる。NPB管轄外のマスターズリーグでの活動は可能であるが、2010年(平成22年)以降リーグとしての活動が事実上休止状態となっている。

過去に適用された選手
【選手名】
【理由】
【処分内容】
【備考】

永易将之 | 八百長への関与 | 永久追放 | 
池永正明 | 永久追放 | 35年後に解除、球界復帰
与田順欣 | 永久追放 | 
益田昭雄 | 永久追放 | 
小川健太郎 | 永久追放 | 
森安敏明 | 永久追放 | 
高山忠克 | 失踪 | 無期限失格 | 
バール・スノー | 無断帰国 | 無期限失格 | 
小林浩二 | 不祥事(犯罪) | 無期限失格 | 
福田聡志 | 野球賭博への関与 | 無期限失格 | 
笠原将生 | 無期限失格 | 
松本竜也 | 無期限失格 | 
高木京介 | 1年間の有期失格 | 1年後に解除、前所属の巨人と育成契約

類似の概念に資格停止選手がある。

支配下選手登録抹消

支配下登録にある選手がそのまま死去した場合、支配下登録を抹消する。これは当該選手がすでに死去しているための措置であり、引退とはやや趣旨の違うものである(相撲やプロレスと異なり「各球団の支配下登録選手名簿」が存在するため、それから抹消する手続きが必要となるもの)。

現役中に亡くなったプロ野球選手の一覧」も参照

大相撲

大相撲においては、現役力士として取組に挑むことを辞めても、引き続き角界に身を置く場合を「引退」と表現し、現役を退き角界に残らない場合や、親方が停年前に角界から離れる場合を「廃業(はいぎょう)」と呼んでいた。

公式には1996年(平成8年)11月17日以降、その後の去就に関わらず現役を退くことを「引退」、親方を停年前に辞めることを「退職」と表現するように改めた。そのきっかけは、同年10月に現役中だった旭道山和泰が突如衆議院議員立候補を決意、当時の境川日本相撲協会理事長に廃業届を提出した時の「廃業」の語感・イメージが悪かったからとされる。なお、このほかにプロ野球の失格選手に相当するものとして「解雇」「除名」がある。解雇は理事会の決定によって可能で、近年では琴光喜啓司若ノ鵬寿則らの例があるが、除名は全年寄・力士代表・立行司の四分の三以上の賛成が必要で戦後適用された例がない。戦前までは脱退や素行不良などを理由に除名されるケースも珍しくなかったが、当時は一定期間を経て除名処分が解除されて現役復帰を果たすことができるなど現行制度と比べて格段と穏当な処分であり、戦前までの除名は公式の懲戒処分として記録されていない。

幕内を30場所以上務めた力士に対しては引退相撲が行われる。力士の後援会などが主催し、ふれ太鼓、相撲甚句、髪結い実演、横綱土俵入り等、1日に渡って盛大な催しとなる。その内最も有名なものが断髪式で、力士の大銀杏を交替で多数の人々(数百人規模になる事がある)が少しずつ鋏で切り取り、最後に師匠(何らかの理由で不可能な場合は一門を代表する親方などが代わって行う。詳細については断髪式の項を参照のこと)が止め鋏を入れて完全に切り取る儀式である。また横綱の場合は断髪前に最後の横綱土俵入りを行う。また、現役時代の好敵手や息子を相手にして実際に相撲を取ることもある。なお、プロ野球に見られるような「引退を公表した上で『引退試合』と銘打った公式戦に出場」ということは大相撲では滅多にない。これは「死に体になった人間が出るのは相手に失礼」ということからであり、大鵬小錦などの例が有名である。琴ノ若潮丸のように師匠の定年をもって引退して部屋の後継者になることが確定している場合でも、実際に引退表明するまでは決して「師匠の定年で引退」とは公言しないのが普通である(「東関親方は近く定年」「定年後の後継者は潮丸」という二つの事実が公表されていても、「では、その二つの事実からして潮丸は師匠の定年で引退ではないか?」とは本人も周囲もマスコミも口にしない)。

行司でも定年退職すると引退相撲が行われることがある。特に立行司軍配を次の立行司に継承させる儀式を行うために開催することが多い。

なお、大相撲の場合は他のスポーツ競技と異なり、引退すると二度と現役に復帰することはできない。これは昭和20年代に増位山大志郎が現役復帰を希望した際に「引退相撲を終えているのに筋が通らない」と力士会で否決され、現役復帰が認められなかった事例によって証明されている。

サッカー

サッカーの場合、引退と定義する一つのケースとして日本サッカー協会への選手登録を取り消した場合が挙げられる。これは野球や相撲、ボクシングと違いプロとアマチュアの垣根が低いためであり、日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)以外の国内クラブでの活躍により再びプロ選手となることもよくあるからである。

選手が引退をするケースには、本人の意思により契約を更新しない場合と、所属クラブから11月末までに来季契約をしないという通知(いわゆる「0円提示」)が出される場合がある。前者はプロ野球における「任意引退」、後者は「自由契約」に類似するが、保有権は生じない。

選手によってはその後、日本サッカー協会による「移籍リスト」に掲載されてトライアウトなどにより自由に所属先を探すことになるが、リストの有効期限内に引退となるケースも多い。また、協会への登録は残したまま所属不定のために事実上「引退」となるケースもあり、翌年のトライアウトには「所属なし」の選手として参加することも多く見られる。

プロバスケットボール

2016年に発足したB.LEAGUEでは「自由交渉選手リスト」と呼ばれるリストが存在する。この自由交渉選手リスト入りすることはいずれのクラブと選手契約を結んでいない状態を意味するが、引退する場合もこのリストに入ることが必要になる。リスト入り後にいずれのクラブと選手契約を結ばない意思を表明して引退となる。

かつて存在した日本バスケットボールリーグ(JBL)及び日本バスケットボールリーグ2部機構(JBL2)には「引退選手リスト」が存在し、同リストに登録された時点で引退とされていた。また、これとは別に存在し「移籍選手リスト」に登録されて移籍先が決まらなかった場合に引退とされていた。ただし引退選手リストに登録されても実業団やクラブチームなどでのプレー、海外移籍など現役を続ける場合もあった。なお、引退選手リストに登録された場合、最終所属を除いたJBL及びJBL2のチームに1年間は選手登録できないことになっていた。

プロボクシング

日本のプロボクサーの場合、日本ボクシングコミッション(JBC)によるボクサーライセンスが失効された時点で引退とされる。ただしあくまで国内でのライセンス失効(国内引退)であり、海外で資格を得れば当該国で選手活動を行うことができる。そのため、JBCライセンスを失効しても海外で現役を続行する選手も少なくない(竹原真敬山口賢一など)。

日本のプロボクサーがライセンス失効となるケースは以下の通り。

引退届

選手自らの意思で引退する場合に適用。大半のボクサーはこれに該当する。所属ジムに引退の意思を告げた後に、JBCが定める「引退届」をジム経由でJBC事務局に提出し、それが受理されてライセンス失効となる。成績不振や傷病などを理由にクラブオーナーあるいはマネージャーから引退を勧告されることもあるが、この場合も引退届提出が原則となる。ただし、ほんの一部ではあるが、引退届を提出せず期限を待って自動的に失効となった選手も存在する。また、このルールで一度ライセンス失効になった場合でも、JBCがライセンス再付与を認めれば現役復帰が可能となり、再度プロテストで合格して現役復帰した選手も存在する。

37歳定年制

1980年代に規定された。原則的に37歳の誕生日で自動的にライセンスが失効される。世界王座経験者では辰吉丈一郎(国内引退)、内藤大助富樫直美がこれを適用した。

  • 2001年のルール一部改正により、現役のチャンピオンは王座から陥落するまで、また、トーナメント戦に出場している者はそのトーナメントで優勝・敗退するまでライセンスの失効は猶予される(最初に適用された選手は寺地永)。
  • 2003年のルール一部改正により、WBAWBC(2013年からはIBFWBOも加わる。以下主要団体)認定の世界王者、OPBF認定の東洋太平洋王者、あるいは日本王者となったキャリアを持つ者、主要団体認定の世界タイトル挑戦経験者、そして現役の世界ランカー(主要団体の15位以内)及び日本ランカー(2016年より)に限り、37歳を過ぎても試合に出場することができる。JBC非公認王座(マイナー団体の世界王座、OPBF以外の地域王座など)は適用外(JBC公認ユース世界王座は不明)。ただし、この特例の申請はその選手の最終試合から5年以内とし、コミッションドクターによる特別診断をパスすることが条件となる(特例を適用された選手には西澤ヨシノリリック吉村嶋田雄大湯場忠志石田順裕内山高志らがいる)。
  • 2008年に女子の公認を始めた際に同年に限りプロテスト受験資格年齢を条件付で撤廃したため、猪崎かずみ池山直ら37歳を超えてデビューした選手も存在する。また、2011年からは年齢不問でボクサーライセンス取得の権利が得られる「プロトライアルマッチ」が開始されており、つのだのりこらが37歳を超えてデビューしている。

引退勧告

脳内出血を患った選手や、網膜剥離を起こして完治せず再発の可能性が高い、あるいは失明のリスクがある選手など、健康上重大な問題が発覚し、競技の継続が困難になった場合、JBCから引退勧告を受けることになる。コミッションドクターの検査結果を踏まえて勧告を出すことが多い。また、ライセンス更新時の健康診断で同様の異常が見つかった場合、ライセンスの更新がなされない。世界王座経験者では平仲明信鬼塚勝也竹原慎二山口圭司がこれを適用した。

  • 2013年3月までは網膜剥離の完治者であっても、厳重な医療診断の上で、世界戦または世界戦に準じる試合のみ出場が可能とされていた(辰吉丈一郎がこの特例を受けた)。

ライセンス剥奪

プロ野球における失格選手に相当する。JBCルールに違反し、日本国法律に抵触し、その他ライセンスを交付される資格に欠けると裁定された場合、JBCライセンス剥奪、あるいは更新時の場合は更新を認めないことになる。この場合は、ボクサーのみならずトレーナー・オーナー・プロモーター・マネージャー・セコンドなどJBCから給付されるすべてのライセンスが対象となる。

  • これに該当する要件としては社会的に許されざる悪質な不祥事や不正行為・契約違反がある。不正行為としては八百長ドーピングなど。契約違反の一種として、JBCが認めていない選手権や他の格闘技の試合出場等に伴う処分もある(西島洋介山などが該当)。
  • 剥奪には至らない要件に対する処分として無期限ライセンス停止がある。ピューマ渡久地の場合は後に処分解除され復帰を果たしたが、多くの場合は保住直孝大串尋人のように処分解除とならず引退を余儀なくされる。

競馬

競馬の場合、日本では競走馬登録の抹消を届け出た時点で引退となる。仮に競走中の事故で死亡した場合でも、登録抹消を届けるまでは事務的には現役馬である。ただし、日本には日本中央競馬会(中央競馬)と地方競馬全国協会(地方競馬)という2つの組織があり、一方の登録を抹消して他方に転籍することはある。中央競馬では、未勝利であることが出走条件の競走が3歳11月頃の開催の段階で無くなるが、未勝利のまま上級クラスの競走に出走することは可能であり、また障害競走への転向や、地方競馬への転籍をすることもある。地方競馬では、勝利は得ずとも上位入線によって獲得した賞金額によってクラスが上がる。よって、いずれも勝利を得られないことによる自動的な引退は制度的には存在せず、また年齢による制限もない。

引退式については、

  1. GIを勝利した馬
  2. 牡馬騸馬重賞を5勝した馬
  3. 牝馬障害競走で重賞を4勝した馬
  4. 以上いずれかの条件を満たした馬と合同で引退式を行う場合(モンテプリンスシービークロスとの引退式が有名)

など、競馬発展に多大な功績を残した馬で希望すれば競馬開催日に行うことができる。ただし、引退式に掛かる経費は馬主の負担となる。また、重賞を1勝でもすればJRAにより公式サイトなどで競走馬登録を抹消した旨と今後について告知がなされる。ただしJRAで競走馬登録を抹消した競走馬が海外で再デビューする例もある(シャドウゲイトキングストレイルがその例)。

騎手の場合、騎手免許取消願が受理された時点で引退となる。騎手には定年制は設けられておらず、引退は体力の限界を判断した場合、成績低迷により騎手としての収入が少なく、生活の維持のためには比較的収入が安定する調教助手調教師への転向が必要と判断した場合など、自らに委ねられる。

中央競馬の調教師には定年制が導入されており、70歳を過ぎた最初の2月末をもって調教師免許が自動的に失効となり、調教師としての資格を返上することになる(そのため内藤繁春元調教師は定年のない騎手に転向しようと考え、騎手免許試験を受験したが、合格できなかった)。また実績に乏しい調教師は定年が間近になってくると、管理する馬が集まらなくなる傾向にあり、また、優勝劣敗の厳しい勝負の世界であるがゆえに、管理馬の成績不振を直接の原因として厩舎経営に行き詰まるなどして、そのため定年前に自ら調教師免許を返上して厩舎を解散、引退する調教師も少なくない。

地方競馬の調教師については、主催者により千差万別である(定年制の有無など、競馬場・競馬組合毎に規定が定められている)。

なお、競馬法に違反する事件・行為などにより、資格を管理する組織(日本中央競馬会・地方競馬全国協会)から騎手・調教師などの免許の取り消し(剥奪)の処分がなされ、資格を喪失する形で強制的に引退(あるいは管理団体からの解雇)となった場合には、引退という言葉が用いられることは少ない。特に競馬マスコミなどでは『競馬界追放』などの表現がなされ、これが引退を事実上意味するものとなる(田原成貴逮捕と、河野通文暴力団交際による調教師免許剥奪時にこの表現が使用されていた)。

プロレス

プロレスラーの引退は、事実上の引退でない場合が多い。エースであるレスラーなどは興行上休むことが許されないために、怪我などをしても無理を押して出場し続けることも多く、体調上の問題から引退を宣言する場合も多いが、引退後体調がよくなると復帰を宣言する場合が多々ある(プロレス以外でもテニス伊達公子やボクシングのジョージ・フォアマンF1ミハエル・シューマッハのように引退後復帰した例はあるが、プロレスに比べると非常に少ない)。そのために大仁田厚など複数回の引退宣言を行った選手もいる。引退時の興行は観客の入りもよく、ご祝儀的なことでもあるため、その後の復帰などについては批判も多い。体調不良で引退→体調回復で復帰という流れは、日本のプロレス界ではテリー・ファンクが作ったといわれている。テリー・ファンクが復帰した際には「引退試合」で涙したファンを中心に大きな批判が起こり、人気は大幅にダウンした。小林邦昭は引退する際に「絶対に復帰しない」ことを明言したが、1試合限定復帰(後述)をしている。また、川田利明は「俺がプロレス辞める時は『引退』ではなく『休業』ということにしてくれ。」とコメントしている。アントニオ猪木は日刊スポーツのインタビューで「俺がコスチューム着てリングに立てば、東京ドームを満員にする自信はある。でも、それをやったらおしまい。」と自身の現役復帰を否定した。

このような背景もありレスラーが傷病により一時的にリングを離れる場合、比較的軽いものだったとしても「引退危機」と報じられるケースが多々ある。しかし近年は長期離脱となった場合でも引退を否定した上で復帰をした選手も少なくなく、ハヤブサは試合中の事故で重い後遺症が残り、復帰が事実上困難な状態だったが最期まで引退を否定していた。また、体力に自信のあるベテランレスラーなら、「生涯現役」すなわち「引退しない」と宣言することもある。

一方、これもプロレスラーにありがちな事情であるが、明確な「引退宣言」がなされていないものの長期間に渡り選手としてリングに上がることがなく、事実上の引退状態となっている選手も存在する。極端なケースとして小畑千代国際プロレス女子部が解散した1976年を最後に選手としてリングから退いているが、2014年3月現在も「引退表明をした憶えは無く、生涯現役を貫く」と頑なに引退を認めていない。

かつての全日本女子プロレスでは「25歳定年制」が布かれていたが、他団体やフリーで現役続行あるいは復帰するケースが多く、後に定年制も有名無実化された。定年制無実化のきっかけとなったのは、ブル中野とされている。中野は25歳を過ぎても現役を続けていたが、正式な引退表明が無いまま29歳の時に怪我でリングを去った。その後44歳の誕生日に引退セレモニーを行っている。

一方、JWP女子プロレスでは2011年末に米山香織がセレモニー中に「引退撤回」という前代未聞の行為を起こしたため、このような事態が二度と起こらぬよう引退のためのスキームを整備、これに反した場合の罰則を検討している。詳細は当該項目を参照。

なお、日本で引退興行を大々的にやった最初のレスラーは吉村道明だが、引退後の吉村は復帰どころか、プロレス界とのかかわりもほとんど持たなかった。

また、プロレス特有の事情として、ストーリーラインの都合上で「1試合限定復帰」というアングルが組まれることがある。有名な例では坂口征二バディ・ロジャースなど。

フィギュアスケート

フィギュアスケート選手の引退も特殊なケースと見られる。オリンピックを筆頭とするISU管轄の競技会はアマチュア選手に限定しているため、プロスケーターに転向することはすなわち競技生活から身を引くことである。そのため、プロ転向した場合も「引退」と表現されるが、プロ参加可能なISU非公認の競技会も存在する。

プロゴルフ

プロゴルファーの引退もまた特殊である。いわゆる「プロゴルファー」は統括機関が定めるプロライセンスを持った者を指すが、このライセンスにはトーナメント出場資格を持つ「ツアープロ」とレッスンのみ行う「ティーチングプロ」が存在するからである(他競技でもサッカーやボクシングなど指導者資格を設けている競技は存在するが、プロとはみなされない)。

そのため、「ツアープロ」資格を喪失した際にトーナメントから退くことになるが、「ティーチングプロ」として活動する場合は「プロゴルファー」の肩書きを失うことはない。ゴルフ界では「ツアー引退」はあっても「プロ引退」は基本的に存在しない。

政治

政界における引退とは政治家が政界から身を引くことを言う。身の引き方は任期による退任、自発的辞任、解任、落選を問わないが、一般的に引退を宣言以降、自分自身が当選するための選挙活動、政治活動はしないとされる。当然ながら、法的には引退には全く根拠のないものであり、引退を撤回して、再度政治家を目指してもなんら差支えない。例外的なケースではあるが、藤井裕久のように、衆議院議員選挙で落選して引退表明した後に比例復活での繰り上げ当選により政界復帰することもある(藤井はその後党税制調査会長、財務大臣にまで就任している)。

なお、国政から地方もしくはその逆で首長議員に転身する場合は引退とは言わない。また、選挙で落選しただけで次回選挙へ立候補意欲がある人物の場合、資金管理団体が存続する場合も引退とは呼ばない。山崎拓深谷隆司は落選の3年後の2012年に引退を表明したが、これは「復帰を目指して立候補する意欲がなくなった」ことによる引退表明である。

政治家が引退する理由には高齢により後進に道を譲るものが多いが、自らの不祥事を認めた場合(例:堀江メール問題における永田寿康)や自分が所属する派閥に対して不満があったり、意見が食い違ったりした場合に責任を取って引退する議員もいる(例:「郵政解散」での中村正三郎)。また、極稀なケースとして、近藤剛のように政治家以外の重要な役職に就任し、政治家との兼任が難しい場合(近藤の場合は日本道路公団総裁に就任するため、参議院議員を辞職)もある。竹中平蔵のように自分を政界に勧誘した人間(竹中の場合は小泉純一郎)の退陣に伴って議員を引退する例もあるが、この場合は「投票した選挙民への背信では

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出典:wikipedia
2018/01/23 17:15

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