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皇太子徳仁親王とは?

【続柄】
今上天皇第一皇男子
【称号】
浩宮(ひろのみや)
【全名】
徳仁
【身位】
皇太子親王
【敬称】
殿下
【お印】

【出生】
(1960-02-23) 1960年2月23日(58歳)
日本 東京都千代田区千代田
皇居宮内庁病院
【配偶者】
小和田雅子
【子女】
敬宮愛子内親王
【父親】
今上天皇
【母親】
皇后美智子
【役職】
日本赤十字社名誉副総裁
国際連合「水と衛生に関する諮問委員会」名誉総裁
学習院大学史料館客員研究員

皇太子
の称号

【敬称】
殿下
His Imperial Highness
皇室




皇太子徳仁親王(こうたいし なるひとしんのう、1960年2月23日 - )は、日本皇族今上天皇の第一皇男子。母は皇后美智子御称号浩宮(ひろのみや)。身位皇太子(法定推定相続人)、親王皇室典範に定める敬称殿下お印(あずさ)。勲等大勲位学位人文科学修士(学習院大学)1988年(昭和63年)。その他、名誉学位称号として名誉法学博士(ケンブリッジ大学)などがある。皇位継承順位第1位。

住居は東京都港区元赤坂の赤坂御用地内にある東宮御所

目次

  • 1 人物
  • 2 略歴
    • 2.1 皇孫時代
    • 2.2 皇太子時代
  • 3 年譜
  • 4 外国訪問歴
    • 4.1 昭和
    • 4.2 平成
  • 5 子女
  • 6 系譜
    • 6.1 系図
  • 7 皇位継承資格
  • 8 国事行為の臨時代行歴
  • 9 発言
  • 10 逸話
    • 10.1 人物に関するもの
    • 10.2 研究者として
    • 10.3 外遊に関するもの
    • 10.4 国内公務に関するもの
    • 10.5 皇族とのもの
    • 10.6 結婚までの経緯
    • 10.7 雅子妃の親族とのもの
  • 11 栄典
    • 11.1 日本
    • 11.2 外国
    • 11.3 名誉法学博士
    • 11.4 名誉職
  • 12 著作・論文・講演集など
  • 13 脚注
    • 13.1 注釈
    • 13.2 出典
  • 14 関連項目
  • 15 外部リンク

人物

1989年(昭和64年・平成元年)に父・明仁親王(当時)の皇位継承に伴い事実上の皇太子(皇位継承順位第1位、法定推定相続人)となり、1991年(平成3年)には立太子の礼が執り行われた。皇太子となって以降、国会政府の用いる正式表記では皇太子を冠し「皇太子徳仁親王」とされる。

1993年(平成5年)に国際司法裁判所所長・小和田恒の長女小和田雅子結婚の儀を挙げ、2001年(平成13年)に敬宮愛子内親王をもうけた。

2005年(平成17年)に愛知県で開催された日本国際博覧会(愛知万博、通称「愛・地球博」)では、名誉総裁を務めた。

2007年(平成19年)より国際連合「水と衛生に関する諮問委員会」の名誉総裁に就任。英語での講演を、スペイントルコアメリカなどで開かれたフォーラムおよびシンポジウムで行っている。

1987年(昭和62年)より2016年(平成28年)現在まで、22回、今上天皇の海外訪問の期間または病気療養の期間、天皇から委任を受け国事行為臨時代行を務めている。2016年(平成28年)1月28日には、平成時代の臨時代行として初の閣僚に対する認証式を行った。

男性皇族としては珍しく、歴史学(主に交通史・流通史)を専門とする。またヴィオラ演奏・登山ジョギングを趣味とし、国民にもその姿をたびたび披露している。

略歴

皇孫時代

1963年(昭和38年)2月、黒紅御縫御服姿の浩宮徳仁親王(3歳)
お印に用いられた(写真は梓とされる樹木の一種・キササゲ)

1960年(昭和35年)2月23日皇太子明仁親王同妃美智子(いずれも当時)の第一子・長男として、東京都千代田区宮内庁病院で誕生した。

懐妊に際しては母子手帳が発行され、皇居宮殿内の御産殿で出産を行わないなど、それまでの皇室の慣例によらない、戦後初の内廷皇族の親王誕生は、広く国民に注目された。同年2月29日命名の儀において祖父・昭和天皇が浩宮徳仁(ひろのみや なるひと)と命名した。「浩宮」の称号は四書五経のうちの『中庸』第32章にある「浩々たる天」、「徳仁」の名は同じく「聡明聖知にして天徳に達する者」を典拠とする。

皇太子夫妻による子育ても、国民の関心の的となった。中でも、生後7か月の徳仁親王から離れて夫妻が14日間の公務訪米旅行の際に、皇太子妃が世話係へ書き置いた育児メモ「ナルちゃん憲法」は、子供を預けて働く母親たちの子育て指針としても共感を呼んだ。

夫妻は、専任の養育係を置かず、子育てを行った。ただし、東宮侍従濱尾実が、徳仁親王が1歳3か月の時から初等科5年生まで、専任の養育係に準ずる存在として養育および教育に貢献している。徳仁親王は濱尾を「オーちゃん」と呼び、濱尾家の子ども達とも親しく遊んでいた。両親の下で、弟・礼宮文仁親王、妹・紀宮清子内親王とともに育つ徳仁親王たちの様子は、報道を通じてしばしば公表され、一般国民の感覚に近い戦後の幸せな家庭像を描くとともに、新しい皇室像の形成にも大きく寄与した。

徳仁親王は、幼稚園から大学まで学習院で学んだ。学習院高等科時代は、正規の授業のほか、御所におけるご進講の形で「歴代天皇の御事跡」や古事記日本書紀万葉集平家物語から比較神話学文化史文化人類学時事問題などを幅広く学んだ。「帝王学」の一環と考えられる。学習院大学では音楽部に所属しヴィオラを担当した。在学中の1980年(昭和55年)2月23日、満20歳で成年式を執り行った。

1982年(昭和57年)3月に学習院大学文学部史学科卒業した(文学士)。その後、同大学大学院人文科学研究科博士前期課程に進学。それまでの皇族が、生物学を中心とした自然科学を専攻したのに対して、徳仁親王は史学中世の交通史・流通史という人文科学社会科学に近い分野を専攻した。

1983年(昭和58年)から1985年(昭和60年)にかけて、オックスフォード大学マートン・カレッジに留学して、テムズ川の水運史について研究。1988年(昭和63年)には、学習院大学大学院人文科学研究科の博士前期課程修了した(人文科学修士)。この間、1987年(昭和62年)10月3日から10月10日には、昭和天皇の病気療養と皇太子明仁親王の外国訪問が重なり、初めて国事行為臨時代行に就いた。

昭和時代の末より、親王妃候補について様々な憶測が報道されるようになり、1986年(昭和61年)10月18日、来日中のスペイン王女の歓迎パーティーに出席した際、外務省に勤める小和田雅子と知り合う(後述→#結婚までの経緯)。

皇太子時代

皇太子旗
2008年(平成20年)6月18日ブラジル連邦議会にて

1989年(昭和64年)1月7日、祖父・昭和天皇崩御を受け、父・皇太子明仁親王が即位した。これに伴い、皇位継承順位が1位となり、徳仁親王は事実上の皇太子(法定推定相続人)となった。また、それまで家族と同居していたがこれを機に別居、独立した。

今上天皇即位の礼などを経て、1991年(平成3年)2月23日、満31歳となった日に立太子の礼が執り行われた。また同日、皇太子の印とされる「壺切御剣」を今上天皇から親授された。

1993年(平成5年)1月19日皇室会議において婚姻の相手に小和田雅子を内定。同年6月9日結婚の儀が執り行われた。

8年後の2001年(平成13年)12月1日、雅子妃との間に長女・敬宮愛子内親王が誕生した。

皇太子となってからは、たびたび外国を訪問し、皇室外交の進展を図っている。また、公務の傍ら1991年(平成3年)9月には、ケンブリッジ大学から名誉法学博士号を授与されている。そして1992年(平成4年)4月からは学習院大学史料館客員研究員の委嘱を受け、日本中世史の研究を続けている。学習院女子大学国際文化交流学部の授業では、「北米文化の源流・イギリスの社会と文化」や「オックスフォードにおける学生生活」について講義を行い、名誉総裁として臨席した世界水フォーラムの開会式では、「京都と地方を結ぶ水の道」や「江戸と水運」と題した講演を行なっている。

2004年(平成16年)5月10日、欧州3か国歴訪を前にした会見内で「雅子のキャリアや、そのことに基づいた雅子の人格を否定するような動きがあったことも事実です」と発言した(いわゆる人格否定発言)。同発言は、皇太子一家と皇室・宮内庁の間に不和があることを浮き彫りにし、大きな反響を呼んだ。同年7月に雅子妃が療養している事実が正式に発表され、以後徳仁親王は単独で公務・祭祀を行うことがほとんどとなった。

2007年(平成19年)3月27日、定期健康診断十二指腸ポリープが発見された。同年5月には良性と診断されたが、同年6月6日に十二指腸ポリープの内視鏡による切除手術を東京都文京区東京大学医学部附属病院で受けた。同年11月1日国連「水と衛生に関する諮問委員会」の名誉総裁に就任。日本の皇族が国連などの常設の国際機関の役職に就くのは初である。

2009年(平成21年)11月8日から11月20日まで来日した彭麗媛が団長を務める中国人民解放軍総政治部の歌舞団が東京と札幌で中国歌劇『木蘭詩編』を学習院大学で公演した際に皇太子は私的に会場を訪れて2階VIP席で彭麗媛と隣り合わせの席で観劇して言葉を交わしており、彭麗媛の夫の習近平天皇特例会見と同じ中華人民共和国による皇室の政治的利用と批判されることになった。

2013年(平成25年)3月6日、米国ニューヨーク国連本部で開かれた「水と災害に関する特別会合」で、英語で基調講演を行った。同会合は、東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)など世界的な水災害の増加を受け国連で初めて開催された会合である。

2016年(平成28年)1月28日、今上天皇がフィリピン訪問のために不在であったことから、第3次安倍第1次改造内閣経済財政担当大臣甘利明から石原伸晃へ交代したことに伴う閣僚の認証官認証式を臨時代行の形で執り行った。

年譜

外国訪問歴

昭和

昭和
【年】
【出国】
【帰国】
【訪問地】
【同行】
備考
1974年
(昭和49年) | 8月16日 | 8月30日 |  オーストラリア |  | 旅行
1976年
(昭和51年) | 8月7日 | 8月18日 | ベルギー スペイン |  | 旅行
1980年
(昭和55年) | 12月20日 | 12月29日 |  タイ |  | 旅行
1982年
(昭和57年) | 10月3日 | 10月18日 |  ブラジル( メキシコ立寄り) |  | 国際親善
1983年
(昭和58年) | 6月20日 | 10月31日 |  イギリス(留学)・ リヒテンシュタイン スイス サンマリノ バチカン チェコスロバキア アメリカ合衆国など16カ国 |  | マートン・カレッジ
1986年
(昭和61年) | 7月20日 | 7月27日 |  イギリス |  | アンドルー王子結婚式参列
1987年
(昭和62年) | 3月10日 | 3月25日 |  ネパールブータン インド( タイ立寄り) |  | 国際親善
11月6日 | 11月3日 |  西ドイツ |  | ベルリン日独センター開会式臨席

平成

平成
年 出国日 帰国日 訪問/旅行国 立寄国 同行者 訪問/旅行理由
1989年
平成元年 | 9月23日 | 10月1日 | ベルギー | フランス |  | ユーロパリア日本祭開会式
1990年
平成2年 | 8月17日 | 8月27日 | ベルギー | ルクセンブルク
アメリカ合衆国
 |  | 第10回国際経済史学会
1991年
平成3年 | 1月28日 | 2月1日 | ノルウェー |  |  | 故オーラヴ5世国王葬儀
9月11日 | 9月24日 |  モロッコ
イギリス | フランス |  | 国際親善
ジャパンフェスティバル1991開会式
1992年
平成4年 | 7月18日 | 8月4日 |  スペイン
ベネズエラ
メキシコ | アメリカ合衆国 |  | セビリア万国博覧会並びにバルセロナオリンピック
国際親善
国際親善
1994年
平成6年 | 11月5日 | 11月15日 |  サウジアラビア
オマーン
カタール
バーレーン | タイ | 雅子妃 | 国際親善
国際親善
国際親善
国際親善
1995年
平成7年 | 1月20日 | 1月28日 |  クウェート
アラブ首長国連邦
ヨルダン | シンガポール | 雅子妃 | 国際親善
国際親善
国際親善
1999年
平成11年 | 2月8日 | 2月9日 |  ヨルダン |  | 雅子妃 | 故フセイン1世国王葬儀
12月3日 | 12月7日 | ベルギー |  | 雅子妃 | フィリップ王太子結婚式
2001年
平成13年 | 5月18日 | 5月25日 |  イギリス |  |  | 「JAPAN2001」開幕行事
2002年
平成14年 | 1月30日 | 2月4日 |  オランダ |  |  | ウィレム=アレクサンダー王太子結婚式
12月11日 | 12月19日 | ニュージーランド
オーストラリア |  | 雅子妃 | 国際親善
国際親善
2004年
平成16年 | 5月12日 | 5月24日 | デンマーク
ポルトガル
スペイン |  |  | フレデリック王太子結婚式
国際親善
フェリペ王太子結婚式
9月8日 | 9月11日 |  ブルネイ |  |  | ビラ王太子結婚式
2005年
平成17年 | 8月3日 | 8月4日 |  サウジアラビア |  |  | 故ファハド国王弔問
2006年
平成18年 | 3月15日 | 3月21日 |  メキシコ | カナダ |  | 第4回世界水フォーラム全体会合基調講演
8月17日 | 8月31日 |  オランダ |  | 雅子妃
愛子内親王 | 静養(ベアトリクス女王からの招待によるもの)
9月18日 | 9月20日 |  トンガ | ニュージーランド |  | 故トゥポウ4世国王葬儀
2007年
平成19年 | 7月10日 | 7月17日 |  モンゴル |  |  | 国際親善
2008年
平成20年 | 6月16日 | 6月27日 |  ブラジル | アメリカ合衆国 |  | 日本人ブラジル移住100周年記念
7月16日 | 7月23日 |  スペイン |  |  | サラゴサ国際博覧会
7月30日 | 8月3日 |  トンガ | オーストラリア |  | トゥポウ5世国王戴冠式
2009年
平成21年 | 2月10日 | 2月15日 | ベトナム |  |  | 外交関係樹立35周年
3月14日 | 3月20日 |  トルコ | ドイツ |  | 第5回世界水フォーラム
2010年
平成22年 | 3月6日 | 3月15日 | ガーナ
ケニア | イギリス
イタリア
 |  | 国際親善
国際親善
6月17日 | 6月21日 | スウェーデン |  |  | ヴィクトリア王太子結婚式
2011年
平成23年 | 6月21日 | 6月25日 |  ドイツ |  |  | 日独交流150周年
10月26日 | 10月27日 |  サウジアラビア |  |  | 故スルターン王太子弔問
2012年
平成24年 | 6月20日 | 6月21日 |  サウジアラビア |  |  | 故ナーイフ王太子弔問
6月25日 | 7月1日 |  タイ
カンボジア
ラオス |  |  | 国際親善
国際親善
国際親善
10月18日 | 10月27日 |  ルクセンブルク |  |  | ギヨーム大公世子結婚式
2013年
平成25年 | 3月5日 | 3月8日 |  アメリカ合衆国 |  |  |  国連「水と災害に関する特別会合」基調講演(皇族として初)
4月28日 | 5月3日 |  オランダ |  | 雅子妃 | ウィレム=アレクサンダー国王即位式
6月10日 | 6月16日 |  スペイン |  |  | 交流400周年
12月9日 | 12月11日 | 南アフリカ共和国 |  |  | 故マンデラ元大統領追悼式
2014年
平成26年 | 6月17日0 | 6月23日0 |  スイス |  |  | 国交樹立150周年
2015年
平成27年 | 1月25日 | 1月26日 |  サウジアラビア |  |  | 故アブドラ国王弔問
7月2日 | 7月6日 |  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
出典:wikipedia
2018/08/12 13:50

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