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矢井田瞳とは?

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矢井田瞳

【生誕】
(1978-07-28) 1978年7月28日(40歳)
【出身地】
日本大阪府豊中市
【学歴】
豊中市立第九中学校
大阪府立箕面高等学校国際教養科
関西大学文学部
【ジャンル】
J-popロック
【職業】
シンガーソングライター
【担当楽器】
ボーカルギターピアノ
【活動期間】
1999年 -
【レーベル】
バンダイ・ミュージックエンタテインメント(1999年)
RESERVOTION RECORDS
(2000年 - 2005年)
青空レコード
(2000年 - 2009年)
ユニバーサルシグマA&Mレコード(2010年 - 2015年)
ヤマハミュージックコミュニケーションズ
(2016年 - )
【事務所】
クリアスカイコーポレーション
(2000年 - 2010年)
ヤマハミュージックアーティスト
(2010年 - 2015年)
ヤマハミュージックパブリッシング
(2015年 - 2016年)
shift music
(2016年 - )
【公式サイト】
矢井田瞳 official web site

矢井田 瞳(やいだ ひとみ、1978年7月28日 - )は、日本の女性シンガーソングライター大阪府豊中市出身。愛称は「ヤイコ」。所属事務所はshift musicレコード会社ヤマハミュージックコミュニケーションズ

目次

  • 1 人物
  • 2 音楽
  • 3 サポートメンバー
    • 3.1 プロデュース・チーム
    • 3.2 主なメンバー
  • 4 来歴
    • 4.1 SEESEE時代
    • 4.2 インディーズからメジャーへ〜東芝EMI時代
    • 4.3 再びインディーズへ
    • 4.4 ユニバーサル時代
  • 5 関連人物・エピソード
  • 6 ディスコグラフィ
    • 6.1 シングル
      • 6.1.1 その他シングル
    • 6.2 アルバム
      • 6.2.1 オリジナルアルバム
      • 6.2.2 ベストアルバム
      • 6.2.3 ミニアルバム
      • 6.2.4 ライブアルバム
      • 6.2.5 その他アルバム
      • 6.2.6 トリビュート・アルバム
    • 6.3 VHS・DVD・Blu-ray
    • 6.4 カヴァー曲
    • 6.5 楽曲提供
    • 6.6 著書
    • 6.7 タイアップ
  • 7 ミュージックビデオ
  • 8 出演
    • 8.1 ラジオ
    • 8.2 テレビCM
  • 9 脚注
    • 9.1 注釈
    • 9.2 出典
  • 10 外部リンク

人物

豊中生まれの豊中育ちで長らく大阪で過ごしていたが、音楽活動に集中するために大学卒業を機に上京。

ギターを始めたのは19歳とプロのミュージシャンとしてはかなり遅いが、初めてギターを購入してからわずか2年後にはプロデビューを果たした。

2007年7月に音楽関係者の一般男性と結婚、2009年10月に第1子となる長女を出産した。

ピアノを習っていたことと歌うのが好きなこと以外は音楽とは縁がなく、どちらかといえばスポーツの方が好きで子供の頃はスポーツばかりしており、大学に進学するまで体育会系な人生を歩んでいた。小学生時代は主に水泳を習い、中学・高校時代も特に音楽はやらず、部活動バレーボール中心の生活を送った。

言葉遊びや回文アナグラムが好きで、アルバムタイトルにも別に隠れた意味を持たせたものがある。

裸足でのライブが有名であるが、その理由として本人曰く「気にしぃ」な性格であり、靴やブーツの靴ひもでさえ気になることもあるので、より演奏に集中するために裸足でいるとのこと。しかし、2005年10月30日に行われた「京都文化祭典'05 京の華舞台 平安神宮幻夜コンサート第2夜公演」ではブーツを履いて登場。同年末の大阪城ホール日本武道館でのライブは靴を履いて登場した。多くのファンの疑問に対し「エフェクターを踏んだりするのに裸足では感触が悪く、気持ちよく音を踏み変えるには靴を履いたほうがいいので」という主旨の書き込みを自身のサイトでしている。以降、裸足で登場することはほとんど見受けられなくなっている。

音楽

影響を受けたアーティストは、ジョーン・オズボーンアラニス・モリセットイモージェン・ヒープ

歌との出合いは父親のおかげ。父親がスナックで歌うためにリビングでその時の流行歌などいろいろな音楽を聴く時、家族みんなも一緒に聴くという環境で育った。ザ・フォーク・クルセイダーズ井上陽水などの70-80年代フォークソングには聴いていて景色が浮かぶ曲が多く、そのメロディや曲の暖かさに影響を受けた。またよく父親に連れて行かれたスナックで父親がカラオケで歌うのを聞かされ、中でも父が歌う井上陽水の『傘がない』の独創的な歌詞には最も心惹かれた。小学四年生の頃にはスナックで披露するために自分でも歌の練習を始めていた。よく声がひっくり返るのが特徴的と言われるが、自分では裏声を身につけたのはその頃練習した石川さゆりの「津軽海峡冬景色」「天城越え」など演歌の歌い方のおかげではないかと思っている。

中学生の頃に出会ったブルーハーツはプロになってからもライブでカバーするほどリスペクトしていて、特に新しい物の見方に気付かさせてくれた『青空』の歌詞には衝撃を受けた。

ギターを弾き始めたのは大学入学後の19歳の時。漠然と音楽でもやろうかと思っていた時に大学キャンパス内で見かけた男友達がギターを弾いている姿が普段より数倍格好よく見え、自分にも出来無いだろうかと思い、1万円のギターを買った。当時は特にプロを目指していたわけでは無かったが、これをきっかけに熱心にギターの練習に取り組むようになった。本人曰く、『私はギターが上手くなりたいというよりも ギターというものを使って弾き語りというヤツをしたかった。ある日口ずさむわけでもなくアラニス(モリセット)の「HEAD OVER FEET」を繰り返し弾いていた…』。毎日ギターを触っている内にひと月ほどで有名な曲を何曲か弾けるようになり、コードも物理的に指が届かないもの以外は何となく弾けるようになっていた。

その頃、ジョーン・オズボーンの『relish』というアルバムに出会い、初めて音楽を作る側に興味がわいた。中でも「One Of Us」という曲は何度もギターで練習し、途中で声が裏返るのまでも真似したという。そしてアラニス・モリセットの曲は、色々なコードをおぼえる前に作曲を始めた彼女にとってはコードも少なくて、先に歌う喜びを知ることが出来るいいお手本になった。また自分の気持ちを吐き出すようなアラニスの歌詞を見て、「曲に素直に自分の気持ちを反映させてもいいと」いうことを学んだ。そしてアラニスの「HAND IN MY POCKET」と「HEAD OVER FEET」もまたギターの弾き語りの練習に使った。そうやってギターを弾いて楽しみながら独学でコードを探して覚え、知っているコードが増えてくると、それに合わせて知らないうちに新しいメロディを歌うようになり、自然と曲を作るようになっていた。

しかし曲作りを始めて自作曲が何曲か出来てくると、「友達に聴かせるのは恥ずかしいが、もしプロが聴いたらどう思うだろう?」という気持ちが芽生えてきた。そこでオーディションにデモテープを送ってみることにした。その結果、当時、千葉テレビで放送していたオーディション番組「ザ・デビュー」に出演することになり、見事グランドチャンピオンを獲得。その副賞としてバンダイ・ミュージックエンタテインメントよりCDをリリースする権利を得た。

ギターを弾きながら歌うことが多いが、ピアノも弾ける。ライブでは自身の楽曲である「Over the distance」や「この恋はもうしまってしまおう」をピアノ弾き語りで披露することもある。また、アルバムやシングルでは様々な楽器にチャレンジしている。

サポートメンバー

プロデュース・チーム

ダイヤモンド◆ヘッド(2000年 - 2003年)
矢井田瞳のバックバンド兼専属サウンドプロデュース・チーム。チーム名はダイヤモンドの他、「矢井田(やいだ)」の逆さ読み「ダイヤ」にも由来している。矢井田のデモテープを聞いてダイヤの原石を発見したと思った音楽プロデューサー片岡大志が中心となり、西川進浦清英村田昭との4人で2000年に結成。『daiya-monde』、『Candlize』、『i/flancy』、『Air/Cook/Sky』の4枚のアルバムをプロデュース。担当楽器はギターベースキーボードプログラミング等でドラマーは不在のため、レコーディングではドラムは全て打ち込みとなっている。

主なメンバー

来歴

SEESEE時代

1999年

インディーズからメジャーへ〜東芝EMI時代

2000年
2001年
2002年
2003年
2004年

再びインディーズへ

2005年
2006年
2007年
2008年
2009年

ユニバーサル時代

2010年
2011年
2012年
2013年
2014年
2015年
2016年
2018年

関連人物・エピソード

ディスコグラフィ

シングル

【枚】
【発売日】
タイトル
インディーズ 2000年5月3日 |  Howling
1st 2000年7月12日 |  B'coz I Love You
2nd 2000年10月4日 |  my sweet darlin'
3rd 2001年1月24日 |  I'm here saying nothing
4th 2001年6月27日 |  Look Back Again/Over The Distance
5th 2001年9月27日 |  Buzzstyle
6th 2002年3月27日 |  Ring my bell
7th 2002年7月10日 |  アンダンテ
8th 2002年12月4日 |  未完成のメロディ
9th 2003年4月23日 |  孤独なカウボーイ
10th 2003年9月10日 |  一人ジェンガ
11th 2004年3月17日 |  Chapter01/マーブル色の日
12th 2004年10月27日 |  モノクロレター
13th 2005年7月6日 |  マワルソラ
14th 2006年3月15日 |  Go my way
15th 2006年6月21日 |  STARTLiNE
16th 2006年11月1日 |  初恋
17th 2007年10月10日 |  I Love You の 形/ハネユメ
18th 2011年2月9日 |  Simple is Best
19th 2011年4月20日 |  同情みたいなLOVE
20th 2011年11月30日 |  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
出典:wikipedia
2018/11/11 23:46

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