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石川遼とは?

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石川 遼
Ryo Ishikawa

【基本情報】

名前
石川 遼
生年月日
(1991-09-17) 1991年9月17日(26歳)
身長
175 cm (5 ft 9 in)
体重
72 kg (159 lb)
出身地
埼玉県北葛飾郡松伏町
【経歴】

プロ転向
2008年
プロ勝利数
13
【日本ツアー】
14
メジャー選手権最高成績

マスターズ
T20: 2011
全米オープン
T30: 2011
全英オープン
T27: 2010
PGA選手権
T29: 2013
【受賞】

賞金王
2009
【成績】

【初優勝】
マンシングウェアOP
(2007年)
【ベストスコア】
58 - 中日クラウンズ:4R
(2010年)
【世界ランク最高位】
29位(2009年12月5日)
【賞金ランク最高位】
日本ツアー:1位(2009年)
2013年9月17日現在

石川 遼(いしかわ りょう、1991年9月17日 - )は、埼玉県北葛飾郡松伏町出身のプロゴルファーカシオ計算機所属。ニックネームは「ハニカミ王子」。男子ツアー世界最年少優勝、日本での最年少賞金王記録保持者。

目次

  • 1 経歴
    • 1.1 幼少期
    • 1.2 アマチュア時代
  • 2 プロ転向
    • 2.1 2008年
    • 2.2 2009年
    • 2.3 2010年
    • 2.4 2011年
    • 2.5 2012年
    • 2.6 2013年
    • 2.7 2014年
    • 2.8 2015年
    • 2.9 2016年
  • 3 優勝歴
    • 3.1 日本ツアー (14)
      • 3.1.1 プレーオフ記録 (2-2)
    • 3.2 その他
  • 4 成績
    • 4.1 メジャー選手権
    • 4.2 世界ゴルフ選手権
  • 5 ギア
  • 6 スポンサー
  • 7 ハニカミ王子
  • 8 チーム遼
  • 9 石川フィーバーに伴う騒動・出来事
  • 10 人物
    • 10.1 人間関係
  • 11 その他
  • 12 出演
    • 12.1 テレビ番組
    • 12.2 CM・イメージキャラクター
  • 13 脚注
  • 14 関連項目
  • 15 外部リンク

経歴

幼少期

6歳の頃、父に連れられてゴルフ練習場に行ったのをきっかけに、ゴルフにのめりこむ。小学校時代は、サッカークラブ、園芸委員会に所属。松伏町の自宅から車で30分程度の距離にある、千葉県野田市にあるゴルフ練習場に通って練習をしていた。中学校は、地元の松伏町立松伏第二中学校に進学。中学にゴルフ部がなかったため、陸上部に所属した。理由は、短距離走で足の筋力と体力を付けるため。

アマチュア時代

2004年に、全国小学校ゴルフ選手権横尾要カップで優勝。2005年関東中学校選手権、全国中学校選手権大会・春季大会を優勝するなど、全国規模の大会で常に上位を争うレベルにあった。

高校生となった2007年に行われた、マンシングウェアオープン KSBカップにアマチュア枠でツアー初出場。この大会に、日本のプロゴルフ大会においての史上最年少優勝を達成。男子ツアーでのアマチュア優勝は「中四国オープン」で優勝した1980年倉本昌弘以来で、史上2人目。大会初日が暴風のため中止となり、最終日に2ラウンドが行われた。高校生でありながら、36ホールを回っての逆転優勝(2日目終了時点で7打差の23位)であった。この優勝は、世界最年少優勝記録(15歳245日)として、ギネス・ワールド・レコーズに認定された。

5月25日に、優勝報告のため、埼玉県庁を訪れた際、上田知事から県のマスコット・コバトンのぬいぐるみが贈られた。

同年7月に行われた、世界ジュニア選手権に出場し、個人23位。8月17日、霞ヶ関CCで行われた日本ジュニアゴルフ選手権男子15歳から17歳の部で、大会史上最年少の15歳11か月で初優勝。スコアは、大会レコードタイとなる3日間通算9アンダーで204。直後のフジサンケイクラシックでは、2日目まで首位と3打差の6位だったが、3日目でスコアを落とし、結局3日間通算1オーバーの214で15位に終わるがローアマチュア(出場アマチュア選手最上位)を獲得。東海クラシック、三井住友VISA太平洋マスターズでもローアマチュアを獲得する。また、マンシングウェアオープンKSBカップでの優勝により、その年のツアー優勝者に出場資格のあるゴルフ日本シリーズJTカップに、アマチュアとして初めて出場した。この年は、プロツアー8試合に参戦して5試合で予選を通過、4試合でローアマチュアを獲得する活躍を見せた。

プロ転向

2008年1月10日、記者会見を行いプロ転向を宣言。16歳3か月24日の史上最年少のJGTOツアープロとなる。また、2009年末までシード権を保有していることから、同時に史上最年少のシード選手となった。JPGAのプロゴルファー資格は2008年4月1日に取得。

2008年1月25日にはヨネックスと5年間総額10億円の用具総合使用契約(ボール以外のクラブ、ウェアなど)を結んだ。ヨネックスと契約をしたのは、石川が10歳のとき実父とヨネックス本社に赴き、用具提供の支援の依頼をし、それをヨネックスが快諾したという関係からとされる。ヨネックスの他に、所属契約をパナソニックと、移動サポートをANA、サングラスを山本光学などとも契約した。その他、4月1日からトヨタと2年契約、コカ・コーラと5年契約、NTTドコモと3年契約、新学社と1年契約(その後も更新を続け、2011年現在継続中)を交わした。パナソニックとの所属契約を2013年1月27日で満了、更新しないことをパナソニックが発表した。

2008年

プロデビューは2008年2月5日に行われたオーストラリアのシドニーで行われた全英オープン予選会で4オーバー(1日制、36ホール)の41位。国内ツアーデビューは2008年4月の東建ホームメイトカップで2日目、3日目に首位に立ったが、最終的に5位Tであった。その後は5戦連続予選落ちなどで低迷するが、長嶋茂雄Invitational セガサミーカップゴルフトーナメントで3位タイに入り復調の兆しを見せ、2008年8月21日から24日にかけて滋賀GCで行われた関西オープンでプロ転向後初優勝を挙げた。2008年11月2日のABC・GCにてマイナビABCチャンピオンシップで優勝し、プロ転向後ツアー初優勝、ツアー通算2勝目を飾ると共に2010年までのシード権も獲得した。

2008年度の獲得賞金は106,318,166円で賞金ランキング5位に入り、史上最年少で1億円を突破した。また、史上最年少での賞金シードとなった。この活躍により史上最年少での内閣総理大臣杯日本プロスポーツ大賞を受賞した。2008年シーズン終了後に行われたジャパンゴルフツアー選手会(JGTPO)において、JGPTO理事に選出された。

この年、出身地の松伏町の松伏総合公園に、石川選手を称える石碑が設置された。また、同町を管轄する吉川警察署一日署長に任命された。

2009年

4月9日から開催されたマスターズ・トーナメントに、2008年シーズン終了時の世界ランキング60位であったため自動的に出場権を得ることはできなかったものの、17歳での日本ツアーでの活躍が認められ、特別招待された。17歳6か月でのマスターズ出場はアマチュア枠で出場したトミー・ジェイコブスの17歳1か月に次ぐ史上2番目の年少記録。プロゴルファーとしては史上最年少、日本人では戸田藤一郎の21歳を抜き史上最年少での出場。結果は73位で予選落ちとなった。

6月28日、よみうりCCで行われた全英への道 ミズノオープンよみうりクラシックで優勝、同時に7月の全英オープンの出場権を獲得し、日本人選手最年少での初出場を決めた。全英オープン選手権初日、石川遼は5バーディー、3ボギーの68、2アンダーの好スコアで回り、同組となった優勝候補のタイガー・ウッズのスコア71を上回ったが、2日目は後半に崩れトータル6オーバー85位。タイガー・ウッズと共に予選落ちした。

8月2日、小樽CCで行われたサン・クロレラクラシックでは、2番アイアンを入れて9番アイアンを抜くセッティングでプレイし、通算17アンダーで優勝。初日から4日間首位を守りきる完全優勝。9月6日、富士桜CCで行われたフジサンケイクラシックにて通算12アンダーで優勝。この優勝で賞金ランクトップに躍り出た。

この勝利によってワールドゴルフランキングは自己最高の47位となり、17歳11か月20日での史上最年少でのランキングトップ50入りを果たした。また、これが大きな要素となり、アメリカ合衆国代表と非米・非欧州地域代表で争われる団体戦・プレジデンツカップのインターナショナルチームに、キャプテン・グレッグ・ノーマンの推薦によって史上最年少で選出された。

10月4日、三好CCで行われたコカ・コーラ東海クラシックにて通算14アンダーで優勝。2年連続で獲得賞金額1億円を突破した。

10月8日 - 11日、プレジデンツカップに出場し、最終日には当時世界6位のケニー・ペリーに勝つなど、3勝2敗と世界選抜ではアーニー・エルスと並ぶ最多の3ポイントを挙げる大活躍を見せた。

12月6日、ゴルフ日本シリーズJTカップで3オーバー19位タイだったものの、年間獲得賞金額が1億8352万4051円で賞金王となった。これにより尾崎将司が1973年に26歳で達成した最年少賞金王記録を大幅に更新し、18歳80日とした。

12月7日、日本ゴルフツアー機構(JGTO)主催の2009年度 ジャパンゴルフツアー表彰式で、史上初の9冠(賞金王、最優秀選手賞、Unisysポイントランキング賞、平均ストローク賞、平均パット賞、バーディ率賞、ゴルフ記者賞、MIP賞、特別賞)に輝いた。

12月20日、男子ゴルフの2009年度最終の世界ランキングが発表され30位となり、2010年マスターズ・トーナメント招待の条件を満たした。

12月25日、日本プロスポーツ大賞を史上6人目となる2年連続で受賞した。

2010年

2月1日、SRIスポーツとゴルフボール使用契約を締結。

3月 - 杉並学院高等学校を卒業。2年生の時からツアープロとして活動していたため殆ど学校に通うことがなかった。しかし特待生としてスポーツ活動、ボランティアなどを20単位認められた。また学校の友達からFAXで授業日誌が送られレポートなどを提出していた。卒業式で校長から同中学の特別講師の委嘱状が手渡された。2年先輩に薗田峻輔がいる。大学へは進学せず、プロゴルファーとしての活動に専念。

4月4日より自らがホストを務めるゴルフトーク番組「石川遼スペシャル RESPECT 〜ゴルフを愛する人々へ〜」がテレビ東京で放送される。

4月8日 - 9日、2回目のマスターズ出場も予選落ち。

5月2日、名古屋GC和合Cで行われた中日クラウンズにて最終日18位から通算13アンダーで逆転優勝。さらに、最終日は男子ツアータイ記録となる12バーディーを記録し、1ラウンド58は男子国内ツアー新記録で世界記録を達成した。また、日本男子ツアー史上最速(54試合目)かつ最年少(18歳7か月)で生涯獲得賞金3億円を突破した。

9月5日、富士桜カントリー倶楽部で行われたフジサンケイクラシックにて、薗田峻輔とのプレーオフを制し中日クラウンズに続く今季2勝目を挙げるとともに、自身初の大会連覇を果たした。

9月25日、石川が所属するパナソニック協賛(ホストプロ)の大会「アジアパシフィック・パナソニックオープン」第3ラウンド(会場・六甲国際ゴルフ倶楽部)・6番ホールで自らツアー競技で初のホールインワンを達成。

11月14日、太平洋C御殿場コースで行われた 三井住友VISA太平洋マスターズにて、前日首位のまま逃げ切り、通算14アンダーで優勝。

2011年

3月30日、3月11日に発生した東日本大震災の被災者支援のため、2011年度の国内ツアーとメジャー大会での獲得賞金全額を寄付し、さらに大会でバーディーを1つとるたびに10万円を加えることを発表した。前年度の獲得賞金約1億5千万円とバーディー数341から、目標額を2億円とした。これは国内・海外ともに大きな反響を呼び、イギリスの新聞「タイムズ」にも「本物の一流の人物」として、最終面の半分のスペースでこの行為が大きく取り上げられた。

この年2月に石川はアメリカにおいて車の運転免許証国際運転免許証を取得したが、日本では連続3ヵ月以上海外に滞在している最中に取得したものでなければ無効で、無免許運転になることを知らずに5月下旬まで日本国内で運転していたことが6月9日発売の「週刊文春」で報じられ、父は「米国で確認したつもりだったが不十分だった」と述べている。6月9日、埼玉県警から任意で事情聴取を受けたとされ、翌10日、石川は記者会見で「自分の不注意、不手際でご迷惑をお掛けして本当に申し訳ない」と謝罪した。日本ゴルフツアー機構(JGTO)の小泉直会長は「警察が行政処分を下した場合には、JGTOとしてもどういった処分にすべきか協議する」とコメントしていたが、14日に開かれた日本プロゴルフ協会の理事会では処分を科さないことを決めている。

同年7月20日、無免許運転問題で、埼玉県警は道路交通法違反(無免許運転)の疑いでさいたま地検に書類送検した。

2012年

11月11日、太平洋C御殿場コースで行われた 三井住友VISA太平洋マスターズにて、前日首位のまま逃げ切り、通算15アンダーで優勝。2010年の本大会以来2年ぶり、史上最年少でのツアー通算10勝を挙げる。21歳1ヶ月の石川は、池田勇太の記録(26歳9ヶ月)を大幅に塗り替えた。

2013年

1月10日、米クラブメーカー・キャロウェイゴルフと3年18億の用具総合で正式契約したことを発表した。

成績
11/07-11/10 国内男子 HEIWA・PGM CHAMPIONSHIP in 霞ヶ浦 18T -2 282
08/15-08/18 米国男子 ウィンダム選手権 26T -5 275
08/08-08/11 米国男子 全米プロゴルフ選手権 29T +2 282
08/01-08/04 米国男子 リノ・タホ・オープン 予落 -1 -
07/25-07/28 米国男子 RBCカナディアン・オープン 77 +7 223
07/18-07/21 米国男子 サンダーソンファーム選手権 予落 -1 143
07/04-07/07 米国男子 ザ・グリーンブライヤー・クラシック 予落 0 140
06/27-06/30 米国男子 AT&Tナショナル 予落 +4 146
06/20-06/23 国内男子 日本ゴルフツアー選手権 Shishido Hills 予落 +1 145
05/30-06/02 米国男子 ザ・メモリアル・トーナメント 57T +6 294
05/23-05/26 米国男子 クラウン・プラザ招待 at コロニアル 70T +4 284
05/16-05/19 米国男子 HPバイロン・ネルソン選手権 10T -6 274
05/02-05/05 米国男子 ウェルズファーゴ選手権 50T +3 291
04/18-04/21 米国男子 RBCヘリテイジ 48T +3 287
04/11-04/14 米国男子 マスターズ 38T +4 292
03/28-03/31 米国男子 シェル・ヒューストン・オープン 予落 +5 149
03/21-03/24 米国男子 アーノルド・パーマー招待 65T +6 294
03/14-03/17 米国男子 タンパベイ選手権 予落 +6 148
03/07-03/10 米国男子 プエルトリコ・オープン 39T -10 278
02/28-03/03 米国男子 ザ・ホンダ・クラシック 予落 +8 148
02/14-02/17 米国男子 ノーザン・トラスト・オープン 61T +5 289
01/31-02/03 米国男子 ウェイスト・マネージメント・フェニックス・オープン予落 +3 145
01/24-01/27 米国男子 ファーマーズ・インシュランス・オープン 予落 +3 147
01/17-01/20 米国男子 ヒューマナ・チャレンジ 予落 -3 213

2014年

米国ツアー24試合に加えて、国内ツアー10試合に参戦。

7月に行われた長嶋茂雄Invitational セガサミーカップゴルフトーナメントで、およそ2年振りとなる国内ツアー優勝を飾った。

成績

12/04-12/07 国内男子 ゴルフ日本シリーズJTカップ 15 -1 279
11/27-11/30 国内男子 カシオワールドオープンゴルフトーナメント 34T -6 282
11/20-11/23 国内男子 ダンロップフェニックストーナメント 31T -1 283
11/13-11/16 国内男子 三井住友VISA太平洋マスターズ 60T +5 293
11/06-11/09 国内男子 HEIWA・PGM Championship in 霞ヶ浦 52T -2 282
09/25-09/28 国内男子 アジアパシフィックオープンゴルフチャンピオンシップ ダイヤモンドカップゴルフ 36T +3 287
09/18-09/21 国内男子 ANAオープンゴルフトーナメント 15T -10 278
08/29-09/01 米国男子 ドイツ銀行選手権 予落 +7 149
08/21-08/24 米国男子 ザ・バークレイズ 19T -6 278
08/14-08/17 米国男子 ウィンダム選手権 70T 0 280
08/07-08/10 米国男子 全米プロゴルフ選手権 予落 +4 146
07/17-07/20 米国男子 全英オープン 予落 +4 148
07/03-07/06 国内男子 長嶋茂雄 INVITATIONAL セガサミーカップゴルフトーナメント 1 -10 274
06/19-06/22 米国男子 トラベラーズ選手権 予落 +3 143
05/29-06/01 米国男子 ザ・メモリアル・トーナメント 57T +1 289
05/22-05/25 米国男子 クラウン・プラザ招待 at コロニアル 予落 0 142
05/15-05/18 米国男子 HPバイロン・ネルソン選手権 75T +3 213
05/01-05/04 国内男子 中日クラウンズ 5T -4 276
04/24-04/27 国内男子 つるやオープンゴルフトーナメント 26T -4 280
04/17-04/20 米国男子 RBCヘリテイジ 18T -3 281
04/03-04/06 米国男子 シェル・ヒューストン・オープン 31T -3 285
03/27-03/30 米国男子 バレロ・テキサス・オープン 予落 +6 150
03/20-03/23 米国男子 アーノルド・パーマー招待 8T -8 280
03/13-03/16 米国男子 バルスパー選手権 25T +1 285
03/06-03/09 米国男子 プエルトリコ・オープン 19T -11 277
02/27-03/02 米国男子 ザ・ホンダ・クラシック 予落 +6 146
02/13-02/16 米国男子 ノーザン・トラスト・オープン 予落 +4 146
01/30-02/02 米国男子 ウェイスト・マネージメント・フェニックス・オープン 予落 +7 149
01/23-01/26 米国男子 ファーマーズ・インシュランス・オープン 7T -7 281
01/16-01/19 米国男子 ヒューマナ・チャレンジ 25T -17 271
01/09-01/12 米国男子 ソニー・オープン・イン・ハワイ 予落 +3 143
10/31-11/03 米国男子 WGC-HSBCチャンピオンズ 66T +2 290
10/17-10/20 米国男子 シュライナーズ・ホスピタルズ for チルドレン・オープン 2T -18 266
10/10-10/13 米国男子 フライズ・ドットコム・オープン 21T -9 275

2015年

9月に行われたANAオープンゴルフトーナメントで、大会ホストプロとして7度目の挑戦で初優勝した。また、12月に行われたゴルフ日本シリーズJTカップでメジャー大会初優勝。

2016年

3月2日、幼なじみの一般女性と結婚。

優勝歴

日本ツアー (14)

勝数
メジャー (1)
ツアー (13)

No. 日時 大会 優勝スコア 打差 2位
1 | 2007年5月20日 | マンシングウェアオープン KSBカップ(アマチュア時代) | -12 (72-69-69-66=276) | 1打差 |  宮本勝昌
2 | 2008年11月2日 | マイナビABCチャンピオンシップゴルフトーナメント | -9 (70-70-70-69=279) | 1打差 |  深堀圭一郎
3 | 2009年6月28日 | 全英への道 ミズノオープンよみうりクラシック | -13 (69-65-68-73=275) | 3打差 |  デビッド・スメイル
4 | 2009年8月2日 | サン・クロレラクラシック | -17 (65-68-71-67=271) | 1打差 |  ブレンダン・ジョーンズ
5 | 2009年9月6日 | フジサンケイクラシック | -12 (69-65-68-70=272) | 5打差 |  丸山大輔
8 | 2009年10月4日 | コカ・コーラ東海クラシック | -14 (71-68-66-69=274) | 1打差 |  梶川剛奨
7 | 2010年5月2日 | 中日クラウンズ | -13 (68-70-71-58=267) | 5打差 |  藤田寛之/ ポール・シーハン
8 | 2010年9月5日 | フジサンケイクラシック | -9 (66-71-68-70=275) | プレーオフ |  薗田峻輔
9 | 2010年11月14日 | 三井住友VISA太平洋マスターズ | -14 (70-72-65-67=274) | 2打差 |  ブレンダン・ジョーンズ
10 | 2012年11月11日 | 三井住友VISA太平洋マスターズ | -15 (67-69-69-68=273) | 1打差 |  松村道央
11 | 2014年7月6日 | 長嶋茂雄Invitational セガサミーカップゴルフトーナメント | -10 (69-71-67-67=274) | プレーオフ |  小田孔明
12 | 2015年9月20日 | ANAオープンゴルフトーナメント | -16 (68-68-67-69=272) | 2打差 |  宮里優作
13 | 2015年12月6日 | ゴルフ日本シリーズJTカップ | -14 (68-68-63-67=266) | 5打差 |  藤本佳則/ 小田孔明
14 | 2016年8月28日 | RIZAP KBCオーガスタゴルフトーナメント | -15 (69-70-68-66=273) | 5打差 |  高山忠洋/ マイケル・ヘンドリー
/ ブラッド・ケネディ

プレーオフ記録 (2-2)

No. 年 大会 対戦相手 内容
1 | 2009年 | 日本オープンゴルフ選手権競技 |  小田龍一/ 今野康晴 | 1ホール目、3者パー。2ホール目、石川3オン、今野2オンでバーディーパット外す、小田が2オン1パットのバーディー。小田の優勝。
2 | 2010年 | フジサンケイクラシック |  薗田峻輔 | 1ホール目・2ホール目、両者パー。ピンポジション変更、3ホール目、両者パー。4ホール目、石川2オン2パットのパー、薗田2オンでパーパット外す。石川の優勝。
3 | 2011年 | とおとうみ浜松オープン |  小林正則 | 1ホール目、両者パー。2ホール目、3オンで石川バーディーならず、小林が3オン1パットのバーディー。小林の優勝。
4 | 2014年 | 長嶋茂雄Invitational セガサミーカップゴルフトーナメント |  小田孔明 | 1ホール目、共に2オン2パットのバーディ。2ホール目、小田2オン2パット、石川3オン1パットのバーディ。3ホール目、石川3オン1パットのバーディ、小田3オン2パットのパー。石川の優勝。

その他

成績

メジャー選手権

大会 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016
マスターズ | CUT | CUT | T20 | CUT | T38 | DNP | DNP | DNP
全米オープン | DNP | T33 | T30 | CUT | DNP | DNP | CUT | DNP
オープン選手権 | CUT | T27 | CUT | CUT | DNP | CUT | DNP | DNP
PGA選手権 | T56 | CUT | CUT | T59 | T29 | CUT | DNP | DNP

= ローアマチュア
DNP = 出場資格なし
WD = 怪我で辞退
CUT = ハーフウェイ・カット
T =タイ
緑は優勝. 黄色はトップ10入り.

世界ゴルフ選手権

【大会】
【2009】
【2010】
【2011】
【2012】
2013
マッチプレー | DNP | R16 | R64 | R32 | DNP
キャデラック | DNP | DNP | T42 | DNP | DNP
ブリヂストン招待 | DNP | T53 | T4 | T50 | DNP
HSBCチャンピオンズ | T17 | T41 | DNP | DNP | T66


ギア

スポンサー

ハニカミ王子

15歳の時プロトーナメント初参加したマンシングウェアオープンKSBカップの優勝インタビューでの言動から「ハニカミ王子」というニックネームが付いたことがあった。ちなみにその名づけ親は、この大会のテレビ中継を実況し、彼の優勝インタビューの最中にふと彼を「ハニカミ王子」と呼んだ瀬戸内海放送(KSB)の多賀公人アナウンサーである。まさに優勝した瞬間に生まれたニックネームであった。優勝記者会見で石川本人も「ハニカミ王子」のニックネームについてコメントした。

なお、優勝当日フジテレビジョン新報道プレミアAでは、サンバイザーをつけている姿から「サンバイザー王子」と呼んでいたが、まったく定着しなかったため翌週から「ハニカミ王子」と呼んでいた。この愛称が定着した理由としては、すでに定着していた野球選手斎藤佑樹の愛称「ハンカチ王子」と響きが似ていたことも挙げられる。2007年の活躍などが評価され、「ハニカミ王子」が2007年の流行語大賞に選ばれる。しかし、父親は後に「遼は小学生の時から人前で目立ちたがっていた」とメディアで語っていた。

プロに転向した2008年以降、石川目当てに主婦層が低迷している男子ゴルフのテレビ中継を見るようになり、視聴率が大幅に伸びた。また、日本国外では「shy prince」などと訳されていた。

チーム遼

2010年年明けより、タイのバンコク郊外にあるアマタ・スプリングCCで合宿をスタートさせた。昨年(2011年?)11月から石川の父の個人事務所がマネジメントを担当している同世代の男子プロ、山形陵馬と女子プロの大江香織が参加、帰国後はすぐに新潟のスキー場など精力的に場所を移動してトレーニングをしている。

三郷市にマンションを購入、合宿所仕様で1ルーム中心の10室。三郷は空港やゴルフ場へのアクセスの利便性確保の他、実家のある松伏町とは結びつきが強い。

また5歳年下の妹は「石川遼カップジュニアゴルフ選手権地区大会」で初優勝を飾った。

石川フィーバーに伴う騒動・出来事

2010Happy Mail