このキーワード
友達に教える
URLをコピー

石川雄洋とは?

【基本情報】

【国籍】
日本
【出身地】
静岡県駿東郡清水町
【生年月日】
(1986-07-10) 1986年7月10日(32歳)
【身長
体重】
183 cm
78 kg
【選手情報】

【投球・打席】
右投左打
【ポジション】
二塁手遊撃手
【プロ入り】
2004年 ドラフト6巡目
【初出場】
2006年10月12日
【年俸】
5,500万円(2018年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

この表について
この表はテンプレートを用いて表示しています。編集方法はTemplate:Infobox baseball playerを参照してください。

プロジェクト:野球選手 テンプレート


石川 雄洋(いしかわ たけひろ、1986年7月10日 - )は、横浜DeNAベイスターズに所属するプロ野球選手(内野手外野手)。右投左打。

目次

  • 1 経歴
    • 1.1 プロ入り前
    • 1.2 プロ入り後
  • 2 詳細情報
    • 2.1 年度別打撃成績
    • 2.2 年度別守備成績
    • 2.3 記録
    • 2.4 登場曲
    • 2.5 背番号
  • 3 脚注
  • 4 関連項目
  • 5 外部リンク

経歴

プロ入り前

横浜高校では1年生からベンチ入りを果たし、2003年春、第75回選抜左翼手で出場し準優勝。2004年夏、第86回全国選手権にも出場して14打数10安打と活躍、ベスト8に進出した。高校の同級生に涌井秀章、1年先輩に成瀬善久荒波翔、2年後輩に福田永将佐藤賢治下水流昂がいる。

2004年全国高等学校野球選手権大会、対京都外大西戦では6回に三塁打を放ちヘッドスライディングした際に三塁手と交錯。首などを強打し左肩を捻挫する。一時は意識を失い担架で運ばれるも、その後意識を取り戻し強行出場した。スコア0対0の9回には自身のエラーをきっかけに満塁のピンチを迎えるが涌井が三振で抑えると、10回には涌井が招いたピンチをファインプレーで助け、チームは11回に1対0でサヨナラ勝ちを決めた。

2004年9月に台湾で開催された第21回AAA世界野球選手権大会の日本代表に選ばれる。

2004年度ドラフト会議にて横浜ベイスターズから6巡目指名を受けて入団。

プロ入り後

2005年は、二軍で45試合に出場し、打率.243に終わる。

2006年は、シーズン途中に左打ちからスイッチヒッターに転向。シーズン終了目前の10月12日に一軍初昇格し、代打で初出場を果たす。

2007年は、初の開幕一軍入りを果たすと、4月1日読売ジャイアンツ戦、シーズン初打席で高橋尚成からプロ初安打(投手強襲の内野安打)を放つ。さらに代走としても出場機会を得ていた。しかし、4月19日ヤクルトスワローズ戦で11点の大量リードをしていたにも関わらず石川は盗塁を敢行。これが石川のプロ入り初盗塁となったが、これに怒ったヤクルトバッテリーが次の打者の内川聖一村田修一に連続死球を与えて乱闘騒ぎになり、この試合で2,000試合出場達成となった古田敦也選手兼任監督が球審井野修に退場を宣告されるなど後味の悪いゲームとなってしまった。さらに翌4月20日の練習中には打球を顔面に当て唇を20針縫う大怪我を負い、長期離脱をした。

2008年は、スイッチヒッターから左打ちに戻す。開幕一軍入りこそ逃すが、その後シーズンを通じて一軍に定着。故障の石井琢朗の代わりに遊撃手を守ったり、北京オリンピック出場のためにチームを離れた村田修一の代わりに三塁を守るなど主に1番打者でのスタメン出場が続き、自己最多の83試合に出場。チームトップとなる10盗塁を記録した。

2009年は、開幕スタメンは逃すが、遊撃手のポジション争いをしていた藤田一也仁志敏久の不調により二塁手に固定されたことで、レギュラーに定着。吉村裕基に次ぐチーム2位の134試合に出場し、初の規定打席到達、2年連続チームトップの19盗塁、チーム2位の15犠打を記録した。一方で、規定打席到達者ではリーグワースト2位の打率(.242)、リーグワーストの出塁率(.267)、四球数(13個)と対左打率(.156)、98三振、遊撃手リーグワースト2位の17失策を記録するなど、攻守に課題を残すシーズンとなった。

2010年、明治神宮野球場にて

2010年は、開幕から遊撃手のレギュラーとして好調を保ち続け、リーグ30盗塁一番乗りを果たす。終盤、梵英心に競り負け、盗塁王のタイトルは逃すも、36盗塁(リーグ2位)、38犠打(リーグ3位)、打率.294(チーム2位)を記録。守備面では失策数は6に減ったが、石川が守備に就くと得点換算で平均的な遊撃手に比べて年間17.92の失点(12球団ワースト2位)が増えるゾーンデータが算出されるなど、守備範囲に不安を残した。相変わらず三振は多く、四球数も規定打席到達者の中で2年連続リーグワースト(21個)を記録。XR27も3.87と規定打席到達者31人中29番目だったが、出塁率は初めて3割を超えた。なお両リーグ規定打席到達者で唯一本塁打ゼロであった。

2011年は、開幕から1番・遊撃手でレギュラーに定着。後半戦からは2番打者を打つようになった。前半戦は全試合フルイニング出場を果たしたが10月4日、右外腹斜筋付着部(右わき腹)損傷により出場選手登録を抹消される。10月22日のシーズン最終戦の巨人戦で復帰し、9回裏に守備固めとして起用されたが、自身の失策によりピンチを広げ、長野久義の代打逆転サヨナラ満塁本塁打と内海哲也最多勝をアシストしてしまう痛恨の結果を招いた。また2年連続で本塁打はなく、盗塁数も前年と比べて3分の1に減り失策数は13個に増加。シーズン中盤には三振数で一時リーグトップに立つなど、攻守共に粗さが目立った。

2012年は、同年現在チーム内に「石川」姓の選手・スタッフは在籍していなかったが、ユニフォームの背ネームを“T.ISHIKAWA”に変更。春季キャンプでは二塁手にコンバートされる。また、新生・横浜DeNAベイスターズ初代主将に指名される。シーズン序盤は打率2割に満たない極度の不振に陥っていたが、6月頃から徐々に調子を上げていった。しかし、7月18日東京ヤクルトスワローズ戦でファウルを打った際投球が右手を直撃し、右手小指の骨折で登録を抹消される。8月下旬に復帰し、8月26日にはチーム事情によりプロに入って初めて外野(ライト)を守り好プレーも見せていたが、前日の8月25日の巨人戦でバントをした際に、今度は左手人差し指を骨折。再び登録を抹消された。

2013年は、遊撃手に再転向。開幕は1番で出場するが次第に調子を落とし、下位打線に降格、さらには山崎憲晴にスタメンを奪われてしまう。チームの円陣の輪に入らないなど練習態度に問題ありと中畑清監督に叱責され、話し合いを行なっても態度は改善されなかったことから、5月後半に二軍降格となった。6月に調子を取り戻し一軍復帰を果たした後は、ほとんどの試合に二塁手として先発出場した。8月には球団新記録となる8試合連続マルチ安打を放つなど打撃も復調し、最終的には打率は.275ながらも、5本塁打、41打点、出塁率.357を記録。また得点圏打率.313はリーグ4位という好成績だった。

2014年は、開幕から「1番・二塁手」としてほぼ固定起用される。5月4日の広島戦(マツダスタジアム)では前田健太から初回に先頭打者本塁打、翌5日の同カードでは2試合連続の本塁打を放った。野球キューバ代表の二塁手として国際大会などで活躍したユリエスキ・グリエルが入団した6月以降の公式戦では、グリエルに二塁を守らせる関係で、高校時代に経験のある外野手として先発起用されることもあった。自己最高の本塁打数である7本塁打を記録したものの、打率は最終的に.248と前年より下げてしまった。

2015年は、3月28日の巨人戦でプロ通算100盗塁を達成した。前半戦では主に1番打者を任され、シーズン序盤には第一打席で出塁すると全勝するという珍記録がおき、「石川神話」と呼ばれた。一時は首位打者に立つこともあるなど好調であったが、交流戦前後からチームの調子に合わせて次第に調子を落とし、大きく打率を下げてしまった。6月11日には出場選手登録日数が8年に達し、国内FA権を取得。7月3日の阪神タイガース戦では、9回裏に敗色濃厚の状態で守護神呉昇桓からサヨナラタイムリーヒットを放ち、これが自身プロ初のサヨナラ打となった。7月31日の広島戦では5回表の守備で左足を負傷し翌日登録を抹消、その後はシーズン最終盤(最終戦から2試合目)の10月2日に出場するまで一軍に昇格することはなかった。この年は登録抹消を2回味わうなど、最終的に89試合の出場で、打率.259であった。

2016年は、負傷で出遅れるも、4月8日に一軍登録。主に「2番・二塁手」として先発出場したが、打率2割前後を推移し続けた。そのため、7月以後は宮崎敏郎や同シーズン途中に加入したエリアン・エレラに徐々に出場機会を献上することが増えていった。8月13日対広島カープ戦で通算1,000試合出場。最終的に95試合出場(うち先発出場73試合)、打率.209と、不本意なシーズンになってしまった。シーズンオフの11月21日、300万円ダウンの年俸6300万円で契約更改。三浦大輔の現役引退により、チーム生え抜きとしては最古参の選手となった。

2017年は、田中浩康の加入もあり、春季キャンプおよび開幕は二軍スタートとなったが、4月19日に一軍登録。田中との併用で対右投手用のスタメン起用が主だった。7月11日の広島戦で左太もも裏に違和感を覚え途中交代となり、翌日には一軍登録を抹消されている。8月23日から一軍に復帰するが、柴田竜拓が二塁に定着していたこともあり代打での起用がほとんどだった。9月26日に再び登録を抹消されそのままレギュラシーズン終了を迎えた。打撃成績は前年より回復したが、出場機会は一軍に定着した2008年以降では最少の63試合と前年より減少した。

詳細情報

年度別打撃成績









































































O
P
S

2006 | 横浜
DeNA
 | 2 | 2 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | .000 | .000 | .000 | .000
2007 | 19 | 27 | 24 | 5 | 3 | 0 | 0 | 0 | 3 | 1 | 1 | 0 | 1 | 0 | 2 | 0 | 0 | 6 | 0 | .125 | .192 | .125 | .317
2008 | 83 | 273 | 259 | 24 | 63 | 4 | 5 | 1 | 80 | 13 | 10 | 5 | 6 | 1 | 6 | 1 | 1 | 60 | 5 | .243 | .262 | .309 | .571
2009 | 134 | 495 | 463 | 38 | 112 | 15 | 3 | 2 | 139 | 24 | 19 | 4 | 15 | 1 | 13 | 0 | 3 | 98 | 8 | .242 | .267 | .300 | .567
2010 | 131 | 584 | 521 | 69 | 153 | 23 | 6 | 0 | 188 | 18 | 36 | 13 | 38 | 1 | 21 | 1 | 3 | 91 | 6 | .294 | .324 | .361 | .685
2011 | 125 | 530 | 466 | 49 | 121 | 11 | 1 | 0 | 134 | 22 | 12 | 7 | 32 | 0 | 30 | 0 | 2 | 95 | 8 | .260 | .307 | .288 | .595
2012 | 80 | 304 | 263 | 31 | 75 | 10 | 1 | 1 | 90 | 14 | 7 | 6 | 13 | 1 | 24 | 1 | 3 | 49 | 3 | .285 | .351 | .342 | .693
2013 | 119 | 523 | 459 | 75 | 126 | 12 | 4 | 5 | 161 | 41 | 5 | 2 | 5 | 0 | 51 | 0 | 8 | 76 | 6 | .275 | .357 | .351 | .708
2014 | 138 | 539 | 483 | 66 | 120 | 16 | 5 | 7 | 167 | 36 | 9 | 3 | 16 | 0 | 32 | 0 | 8 | 98 | 9 | .248 | .306 | .346 | .652
2015 | 89 | 375 | 343 | 43 | 89 | 8 | 1 | 1 | 102 | 18 | 6 | 3 | 9 | 0 | 16 | 1 | 7 | 82 | 2 | .259 | .306 | .297 | .603
2016 | 95 | 329 | 297 | 35 | 62 | 8 | 2 | 2 | 80 | 14 | 6 | 4 | 11 | 1 | 18 | 0 | 2 | 67 | 3 | .209 | .258 | .269 | .527
2017 | 63 | 192 | 167 | 18 | 41 | 7 | 0 | 2 | 54 | 11 | 1 | 1 | 6 | 3 | 12 | 0 | 4 | 41 | 4 | .246 | .306 | .323 | .630
NPB:12年 1078 | 4173 | 3747 | 453 | 965 | 114 | 28 | 21 | 1198 | 212 | 112 | 48 | 152 | 8 | 225 | 4 | 41 | 765 | 54 | .258 | .306 | .320 | .626

年度別守備成績

【年
度】
【球
団】
二塁
三塁
遊撃
外野
【試

合】















【試

合】
【刺

殺】
【補

殺】
【失

策】
【併

殺】
【守

率】
【試

合】
【刺

殺】
【補

殺】
【失

策】
【併

殺】
【守

率】
【試

合】
【刺

殺】
【補

殺】
【失

策】
【併

殺】



2007 | 横浜
DeNA | 4 | 2 | 5 | 0 | 0 | 1.000 | - | 8 | 2 | 6 | 0 | 1 | 1.000 | -
2008 | 8 | 14 | 24 | 0 | 5 | 1.000 | 13 | 8 | 19 | 2 | 3 | .931 | 57 | 68 | 132 | 7 | 27 | .966 | -
2009 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | 2 | 0 | 4 | 0 | 0 | 1.000 | 129 | 194 | 360 | 17 | 75 | .970 | -
2010 | 27 | 34 | 51 | 1 | 7 | .988 | - | 119 | 168 | 338 | 5 | 59 | .990 | -
2011 | - | - | 123 | 208 | 351 | 13 | 69 | .977 | -
2012 | 74 | 179 | 174 | 1 | 40 | .997 | - | 8 | 9 | 11 | 1 | 2 | .952 | 2 | 8 | 0 | 0 | 0 | 1.000
2013 | 77 | 203 | 214 | 6 | 54 | .986 | - | 40 | 58 | 124 | 8 | 20 | .958 | 2 | 4 | 0 | 0 | 0 | 1.000
2014 | 110 | 246 | 334 | 9 | 68 | .985 | - | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | 20 | 30 | 2 | 0 | 1 | 1.000
2015 | 84 | 200 | 266 | 8 | 31 | .983 | - | - | -
2016 | 87 | 145 | 218 | 3 | 34 | .992 | - | - | -
2017 | 49 | 99 | 121 | 2 | 32 | .991 | - | - | -
通算:11年 521 | 1122 | 1407 | 30 | 271 | .988 | 15 | 8 | 23 | 2 | 3 | .939 | 485 | 707 | 1322 | 51 | 194 | .975 | 24 | 42 | 2 | 0 | 1 | 1.000

記録

初記録
節目の記録

登場曲

背番号

脚注

  1. ^ DeNA - 契約更改 - プロ野球.日刊スポーツ.2018年3月28日閲覧。
  2. ^ Baseball Lab守備評価~Short StopSMR Baseball Lab 2011年7月3日閲覧。
  3. ^ “DeNA石川がマエケンから先頭打者弾”. nikkansports.com (日刊スポーツ). (2014年5月4日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/f-bb-tp0-20140504-1295722.html 2014年6月3日閲覧。
  4. ^ “DeNA石川「たまたま」弾2戦連発3号”. nikkansports.com (日刊スポーツ). (2014年5月5日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/f-bb-tp0-20140505-1296243.html 2014年6月3日閲覧。
  5. ^ “グリエルを二塁で起用なら石川を左翼にコンバートも”. Sponichi Annex (スポーツニッポン). (2014年6月2日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2014/06/02/kiji/K20140602008288020.html 2014年6月3日閲覧。
  6. ^ “中畑監督「今日の1勝は単なる1勝じゃない」”. nikkansports.com (日刊スポーツ). (2015年7月3日). http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150703-00000149-nksports-base 2015年7月3日閲覧。
  7. ^ DeNA石川が6300万円で契約を更改 300万ダウンに「悔しさが強い」”. デイリースポーツ. 2017年2月9日閲覧。

関連項目

外部リンク

横浜DeNAベイスターズ 2018
監督 | 
80 アレックス・ラミレス

一軍コーチ | 

二軍監督・コーチ | 
  • 82 万永貴司(監督)
  • 86 福原峰夫(野手総合兼内野守備走塁)
  • 84 嶋村一輝(打撃)
  • 85 柳田殖生(打撃)
  • 72 川村丈夫(投手)
  • 78 大家友和(投手)
  • 71 小池正晃(外野守備走塁)
  • 79 新沼慎二(バッテリー)
  • 87 靏岡賢二郎(バッテリー補佐兼育成)

  • 投手 | 
  • 11 東克樹
  • 12 阪口皓亮
  • 14 石田健大
  • 15 井納翔一
  • 16 加賀繁
  • 17 三嶋一輝
  • 19 山崎康晃
  • 20 須田幸太
  • 21 今永昇太
  • 22 熊原健人
  • 24 齋藤俊介
  • 26 濱口遥大
  • 28 福地元春
  • 30 飯塚悟史
  • 34 平田真吾
  • 35 三上朋也
  • 41 櫻井周斗
  • 42 バリオス
  • 43 進藤拓也
  • 45 綾部翔
  • 46 田中健二朗
  • 47 砂田毅樹
  • 48 京山将弥
  • 49 赤間謙
  • 53 パットン
  • 54 寺田光輝
  • 56 ウィーランド
  • 58 武藤祐太
  • 59 平良拳太郎
  • 62 エスコバー
  • 65 国吉佑樹
  • 68 藤岡好明
  • 91 中後悠平
  • 92 田村丈
  • 94 笠井崇正
  • 97 野川拓斗

  • 捕手 | 
  • 10 戸柱恭孝
  • 29 伊藤光
  • 39 嶺井博希
  • 50 山本祐大
  • 66 西森将司

  • 内野手 | 
  • 00 宮本秀明
  • 2 ロペス
  • 5 倉本寿彦
  • 7 石川雄洋
  • 9 大和
  • 23 大河
  • 31 柴田竜拓
  • 36 狩野行寿
  • 38 山下幸輝
  • 40 飛雄馬
  • 44 佐野恵太
  • 51 宮崎敏郎
  • 55 G後藤武敏
  • 61 中川大志
  • 64 百瀬大騎
  • 67 田中浩康
  • 99 ソト

  • 外野手 | 
  • 1 桑原将志
  • 3 梶谷隆幸
  • 4 荒波翔
  • 8 神里和毅
  • 25 筒香嘉智
  • 33 乙坂智
  • 37 楠本泰史
  • 52 細川成也
  • 57 青柳昴樹
  • 60 白根尚貴
  • 63 関根大気

  • 育成選手 | 
  • 100 網谷圭将(内野手)
  • 101 武白志(内野手)
  • 102 亀井塔生(捕手)
  • 104 中川虎大(投手)
  • 106 水野滉也(投手)


  • 横浜ベイスターズ 2004年ドラフト指名選手


    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    出典:wikipedia
    2018/08/18 10:04

    HAPPY Wikipedia

    あなたの考える「石川雄洋」の意味を投稿しよう
    「石川雄洋」のコンテンツはまだ投稿されていません。
    全部読む・投稿 

    石川雄洋スレッド一覧

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    「石川雄洋」のスレッドを作成する
    石川雄洋の」
    友達を探す
    掲示板を探す
    このページ
    友達に教える
    URLをコピー

    注目のキーワード

    錦織圭/北島康介/2014_FIFAワールドカップ・アジア予選/サッカー日本女子代表/消費税/東京スカイツリー/ダルビッシュ有/イチロー/香川真司/野田内閣/復興庁/石川遼/HKT48/AKB48/ワールド・ベースボール・クラシック日本代表/黒田博樹/尖閣諸島/バレンタインデー/ONE_PIECE

    キーワードで探す

     
    友達を探す
    掲示板を探す
    無料コミックを探す
    占い・診断
    着メロを探す
    GAMEを探す
    デコメを探す
    きせかえツールを探す
    FLASH待ち受けを探す
    ハッピーWiki
    ハッピーメール
    ハッピーランド
    HAPPY NEWS
    2010Happy Mail