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石川雅規とは?

【基本情報】

【国籍】
日本
【出身地】
秋田県秋田市
【生年月日】
(1980-01-22) 1980年1月22日(38歳)
【身長
体重】
167 cm
73 kg
【選手情報】

【投球・打席】
左投左打
【ポジション】
投手
【プロ入り】
2001年 自由獲得枠
【初出場】
2002年4月4日
【年俸】
1億2,000万円(2018年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

【国際大会】

【代表チーム】
日本
五輪
2000年
この表について
この表はテンプレートを用いて表示しています。編集方法はTemplate:Infobox baseball playerを参照してください。

プロジェクト:野球選手 テンプレート


石川 雅規(いしかわ まさのり、1980年1月22日 - )は、東京ヤクルトスワローズに所属するプロ野球選手(投手)。

2017年シーズン終了時点で、現役最多である通算11回の「2桁勝利(シーズン10勝以上)」を達成している。

目次

  • 1 経歴
    • 1.1 プロ入り前
    • 1.2 プロ入り後
  • 2 選手としての特徴
  • 3 人物・エピソード
  • 4 詳細情報
    • 4.1 年度別投手成績
    • 4.2 タイトル
    • 4.3 表彰
    • 4.4 記録
    • 4.5 背番号
  • 5 関連情報
    • 5.1 著書
  • 6 脚注
  • 7 関連項目
  • 8 外部リンク

経歴

プロ入り前

秋田市立秋田商業高等学校ではエースとして、第79回全国高等学校野球選手権大会に出場した(石川とバッテリーを組んでいた主将で捕手の太田直は現在、秋田市立秋田商業高等学校硬式野球部監督である)。1回戦の対島根県立浜田高等学校戦では、和田毅との投げ合いを制して完投勝利を挙げた。続く2回戦の対沖縄県立浦添商業高等学校戦では完投するも8失点を許し、チームは敗退した。 同年代の藤田太陽仁部智、後松重栄と共に秋田県内では注目される存在だった。高校時代の同級生にはタイ女子レスリングナショナルチームコーチの秋田谷康二、また中学時代のチームメートには中泉松司(後の秋田県県議会議員、参議院議員)がいる。

1998年青山学院大学へ進学。シンカーを習得し、東都大学リーグではエースとして活躍した。1999年第30回明治神宮野球大会2回戦の対創価大学戦では延長18回を完投した。大学3年生で2000年シドニーオリンピックに出場。大学時代の通算記録は、51試合23勝8敗、防御率1.63、284奪三振。最高殊勲選手1回(2年生春)、最優秀投手3回(2年生春・秋、4年生春)、ベストナイン3回(2年生春・秋、4年生春)を受賞した。

2001年自由獲得枠ヤクルトスワローズに入団。なお秋田北中で1年先輩だった鎌田祐哉も前年度ヤクルトに入団している。

プロ入り後

2002年
春季キャンプで一軍に帯同。開幕一軍こそ逃したものの、4月4日の広島東洋カープ戦(明治神宮野球場)で先発。6回2/3を無失点で抑えて初登板を初勝利で飾った。この年は新人ながらローテーションを守り続け、12勝をマークし、新人王を受賞した(秋田県出身のプロ野球選手としては初受賞)。
2003年
年間を通してローテーションを守り抜き、12勝をマークして優秀JCB・MEP賞を受賞した。また、7月13日にプロ入り後初の地元(秋田県立野球場)で凱旋登板し、勝利を収めて故郷に錦を飾った。オフに青山学院大学で同級生だった元客室乗務員と結婚した。
2004年
春季キャンプ中に発症した左肘痛の影響で開幕は二軍でスタート。4月半ばに一軍に昇格。昇格後はローテーションを守り抜き、11勝をマーク。オフに長男が誕生した。
2005年
オフに左足を疲労骨折したが、開幕には間に合わせる。初の開幕投手を務め、7回1失点で勝利を収める。6月には交流戦の休養日の影響で自身初のシーズン中の二軍落ちを経験。最終的には10勝をマークし、入団から4年連続で二桁勝利(球団では佐藤進西村竜次に次いで3人目)を記録した。
2006年
二年連続で開幕投手を務め、6回2失点で勝利投手となる。7月、監督推薦でオールスターゲームに初出場。1試合目の3番手として登板し、2回を1奪三振の無失点に抑えた。チームのローテーション投手が安定しない中、唯一ローテーションを守り10勝をマークする。ヤクルトでは球団史上初、セ・リーグでは堀内恒夫江夏豊に次ぐ3人目の、入団から5年連続の2桁勝利を達成した。
2007年
シーズン序盤は不調に苦しみ、中継ぎへ配置転換される。5月に二軍に降格。再び昇格するものの6月に再度二軍に降格した。シーズン中盤からは復調し、7点台だった防御率を4点台まで改善させた。9月13日の読売ジャイアンツ戦(神宮)でプロ初完封を果たす。成績は序盤の大不振がたたり、入団後初めて規定投球回に到達せず、自己最低の4勝に終わった。
2008年
投手キャプテンに就任。シュートを習得してシーズンに臨んだ。自身3度目の開幕投手を務め、6回2/3を2失点で勝利投手となった。4月までに5勝、防御率1点台をマークし、月間MVPを受賞。交流戦では12球団1位の防御率1.18という好成績を残した。8月には監督推薦でオールスターゲームに2度目の出場。第2戦に2番手として登板し、見事勝利投手に輝いた。この年は、自己最多のイニング数を投げ、前年の不振を払拭する活躍を見せたが、打線の援護から見放された為に勝ち星は12勝にとどまった。10月12日の横浜ベイスターズ戦(神宮)においてシーズン初のリリーフ登板。1/3を無失点に抑え広島のコルビー・ルイスを0.003差で逆転して初タイトルとなる最優秀防御率を獲得する。またゴールデングラブ賞を受賞した(投手部門での受賞は球団初)。10月に次男が誕生。
2009年
選手会長を務める。2年連続の開幕投手になったが、4回5失点でKOされ敗戦投手になったが、次の中日ドラゴンズ戦でシーズン初勝利を挙げる。前半戦は不調だったが、後半戦から調子を取り戻し、館山昌平と共にヤクルト投手陣の屋台骨を支えた。クライマックスシリーズ出場を賭けた10月9日の阪神タイガース戦では7回1/3を自責点0で勝ち投手となり、チーム初のクライマックスシリーズ出場に貢献した。この年は自己最多の13勝を記録。勝率はプロ入り8年目で初めて6割を超えた。
2010年
3年連続の開幕投手を務めたが、調子が上がらず開幕から6連敗、防御率は4点台と安定感を欠いていた。チームの成績不振の責任をとって高田繁監督が休養した直後の試合でようやく初勝利を挙げるものの、6月終了の時点では2勝8敗と散々な成績だった。しかし7月以降に急激に盛り返す。7月には自身2度目の月間MVPに輝き、無傷の11連勝を記録するなど抜群の安定感を誇った。最終的には13勝8敗、防御率3.53と前年とほぼ同じ成績まで持ち直してシーズンを終えた。
2011年
4年連続の開幕投手を務めた。5月14日の横浜ベイスターズ戦(横浜スタジアム)で史上128人目の通算100勝を達成した(球団では通算5人目)。10年目の100勝達成は球団としては金田正一に次ぐスピード記録だった。この年は勝ち星が思うように伸びなかったが、最終的に10勝をマーク、4年連続の二桁勝利を達成した。
2012年
5年連続の開幕投手を務め、開幕戦の巨人戦(東京ドーム)で9回1死まで巨人打線を無安打に抑えた。史上初の開幕戦ノーヒットノーランは果たせなかったが、トニー・バーネットとの完封リレーで4年ぶりに開幕戦を勝利で飾り、球団新記録である開幕戦4勝目を挙げた。8月21日の巨人戦(神宮)で谷佳知から史上132人目の通算1000奪三振を達成した。しかしシーズン通しての防御率は3点台後半にとどまり、二桁勝利も途切れた。
2013年
新球フォークを習得して臨んだシーズン、この年はチームの低迷に沿うように自身の勝利数も伸び悩む。自身のシーズン最終登板で11度目となる規定投球回数に到達し、前年度より成績は持ち直したものの、不運な失点や途中離脱も重なり自身の役割を全うできないシーズンとなった。オフには新たに3年契約(年俸1億8000万円・3年契約中2年目経過で契約の見直し)を結んだ。
2014年
開幕から絶不調で、3,4月の月間防御率は7.24と打ちこまれる登板が続いた。しかし、5月7日の広島戦(神宮)で自身2年ぶりの完封で今季初勝利をあげると、ここから順調に調子を上げていき、6月11日の東北楽天ゴールデンイーグルス戦で、山田哲人の先頭打者ホームランの1点を守り切り今季2度目の完封勝利を達成。1回表の先頭打者本塁打による1-0の勝利は球団では1959年の国鉄時代以来55年ぶりと記録的快挙となった。最終的にはチーム唯一ローテーションを1年間守り切り、唯一規定投球回に到達。両リーグ1位の援護率5.86と強力打線にも恵まれ、自身3年ぶり10度目の二桁勝利を達成し、6勝に終わった昨年から巻き返しを果たすシーズンとなった。ただし、四球は自己最多、昨年より防御率は悪化し規定投球回に到達したなかではセ・リーグ最下位に陥るなど、課題も残るシーズンとなった。
2015年
シーズン序盤は調子が上がらず登録抹消された期間もあったが、8月25日の登板以降は6連勝を記録し、チームの14年振りのリーグ優勝に貢献した。9月の成績は、5戦5勝防御率1.21と抜群の安定感でチームを牽引し、この活躍が評価され自身3度目の月間MVPを受賞した。9月10日の明治神宮球場での対DeNA戦で6回を1失点に抑え現役最多11度目の二桁勝利を達成。9月27日の2位巨人との直接対決では中4日で登板し、体調不良に見舞われながらも5回を1失点に抑え、更には決勝点となる適時打を打っており、9月の活躍の象徴となった。また、この試合で自身最多タイとなる13勝目を記録し、規定投球回数にも到達した。福岡ソフトバンクホークスとの日本シリーズでは2度先発投手を務めたが第一戦で4回3失点、第五戦で5回途中4失点でいずれも負け投手でチームも1勝4敗で敗退。12月7日の契約更改では約2000万円増の年俸2億円でサインした。2012、2013年に並ぶ自己最高額となった。
2016年
左ふくらはぎに不安をかかえ迎えたシーズン序盤は不安定な投球が多く、5月18日の広島東洋カープ戦後の5月22日に左ふくらはぎ痛で登録抹消。6月1日の北海道日本ハムファイターズ戦で復帰するが、3回4失点と怪我の影響を隠しきれず再び登録抹消。7月18日の横浜DeNAベイスターズ戦で復帰し、7回1失点で勝ち投手となりその後は比較的安定した投球を重ねる。8月27日の阪神タイガース戦で9回途中2失点で史上48人目の通算150勝を達成(球団では史上3人目)。しかし怪我での長期離脱が響き3年ぶりに2桁勝利に届かず、また2007年以来2度目の規定投球回に到達しなかった。
2017年
4勝14敗でリーグ最多敗戦投手となるなど、苦しい1年となった。

選手としての特徴

 | 
この節は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。出典を追加して記事の信頼性向上にご協力ください。(2013年7月)

スリークォーターからスライダーシンカーカットボールシュート、稀にカーブチェンジアップなど、多彩な変化球で打たせて取る投球が持ち味であり、球界を代表する技巧派投手の一人と称される。基本的に速球は平均球速約135km/h、最速140km/h序盤と遅いため、変化球のキレとコマンド力で補っている。四隅に精密に投げきる程の制球力はないものの、ストライクをとる能力に非常に長けていて四球が少なく、通算与四球率1.67を記録している。これは「精密機械」と呼ばれた北別府学の1.90、小山正明の1.80といった名投手達の記録を上回っている。

2008年の日本シリーズでの岸孝之の活躍に刺激を受け、オフに90km/h前後のスローカーブを習得。「カツオカーブ」と名付ける。カツオカーブの名は本人のあだ名(エピソード参照)と、の泳ぐ速さがおよそ時速80kmであることからきている。

人物・エピソード

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この節は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。出典を追加して記事の信頼性向上にご協力ください。(2013年7月)

詳細情報

年度別投手成績






























ブ




ド
































ボ











W
H
I
P

2002 | ヤクルト | 29 | 28 | 2 | 0 | 2 | 12 | 9 | 0 | -- | .571 | 735 | 178.1 | 183 | 20 | 29 | 2 | 2 | 104 | 5 | 3 | 76 | 66 | 3.33 | 1.19
2003 | 30 | 30 | 3 | 0 | 2 | 12 | 11 | 0 | -- | .522 | 793 | 190.0 | 201 | 21 | 33 | 4 | 7 | 97 | 3 | 1 | 88 | 80 | 3.79 | 1.23
2004 | 27 | 27 | 1 | 0 | 0 | 11 | 11 | 0 | -- | .500 | 708 | 163.1 | 200 | 21 | 22 | 2 | 5 | 72 | 4 | 1 | 90 | 79 | 4.35 | 1.36
2005 | 26 | 25 | 0 | 0 | 0 | 10 | 8 | 0 | 0 | .556 | 637 | 149.2 | 180 | 18 | 24 | 1 | 4 | 105 | 7 | 0 | 82 | 81 | 4.87 | 1.36
2006 | 29 | 28 | 0 | 0 | 0 | 10 | 10 | 0 | 0 | .500 | 648 | 151.0 | 191 | 12 | 17 | 1 | 3 | 81 | 4 | 0 | 82 | 76 | 4.53 | 1.38
2007 | 26 | 15 | 3 | 2 | 2 | 4 | 7 | 0 | 2 | .364 | 405 | 96.2 | 104 | 15 | 16 | 2 | 5 | 50 | 2 | 0 | 51 | 47 | 4.38 | 1.24
2008 | 30 | 29 | 3 | 1 | 2 | 12 | 10 | 0 | 1 | .545 | 792 | 195.0 | 180 | 21 | 41 | 2 | 4 | 112 | 2 | 0 | 59 | 58 | 2.68 | 1.13
2009 | 29 | 29 | 3 | 0 | 0 | 13 | 7 | 0 | 0 | .650 | 810 | 198.1 | 203 | 25 | 28 | 3 | 6 | 84 | 4 | 0 | 81 | 78 | 3.54 | 1.16
2010 | 28 | 28 | 2 | 1 | 1 | 13 | 8 | 0 | 0 | .619 | 783 | 186.1 | 209 | 20 | 27 | 1 | 7 | 98 | 9 | 0 | 81 | 73 | 3.53 | 1.27
2011 | 27 | 27 | 1 | 0 | 0 | 10 | 9 | 0 | 0 | .526 | 731 | 178.1 | 168 | 18 | 42 | 2 | 5 | 127 | 1 | 0 | 57 | 54 | 2.73 | 1.18
2012 | 27 | 27 | 2 | 1 | 0 | 8 | 11 | 0 | 0 | .421 | 721 | 172.2 | 175 | 14 | 41 | 2 | 5 | 100 | 4 | 0 | 77 | 69 | 3.60 | 1.25
2013 | 24 | 24 | 2 | 0 | 1 | 6 | 9 | 0 | 0 | .400 | 623 | 148.1 | 149 | 15 | 33 | 1 | 6 | 85 | 6 | 1 | 73 | 58 | 3.52 | 1.23
2014 | 27 | 27 | 2 | 2 | 0 | 10 | 10 | 0 | 0 | .500 | 725 | 165.0 | 181 | 20 | 49 | 1 | 6 | 101 | 2 | 0 | 97 | 87 | 4.75 | 1.39
2015 | 25 | 25 | 1 | 1 | 1 | 13 | 9 | 0 | 0 | .591 | 598 | 146.2 | 150 | 16 | 28 | 1 | 3 | 90 | 3 | 0 | 59 | 54 | 3.31 | 1.21
2016 | 20 | 20 | 0 | 0 | 0 | 8 | 8 | 0 | 0 | .500 | 500 | 116.2 | 126 | 15 | 33 | 1 | 2 | 52 | 3 | 1 | 59 | 58 | 4.47 | 1.35
2017 | 23 | 23 | 0 | 0 | 0 | 4 | 14 | 0 | 0 | .222 | 540 | 123.1 | 149 | 18 | 28 | 1 | 4 | 88 | 2 | 1 | 72 | 70 | 5.11 | 1.44
NPB:16年 427 | 412 | 25 | 8 | 11 | 156 | 151 | 0 | 3 | .508 | 10749 | 2559.2 | 2749 | 289 | 491 | 27 | 74 | 1446 | 61 | 8 | 1184 | 1088 | 3.83 | 1.27

タイトル

表彰

記録

 | 
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投手記録
打撃記録
節目の記録
その他の記録

背番号

関連情報

著書

脚注

  1. ^ ヤクルト - 契約更改 - プロ野球”. 日刊スポーツ. 2018年6月11日閲覧。
  2. ^ 【小さな巨人】スワローズの石川雅規はプロ通算200勝も射程圏内”. Baseball Crix. 2018年3月12日閲覧。
  3. ^ 公益財団法人 日本学生野球協会
  4. ^ 9月の月間MVPが発表!優勝のヤクルトが今季2度目のW受賞、山田は3カ月連続
  5. ^ 混セに終止符!石川“熱”投&V打でヤクルト14年ぶりVへM3
  6. ^ ヤクルト石川、年俸2億円に復帰 来季は「最多勝目指す」 - 日本経済新聞(2015/12/7 18:55)
  7. ^ 【野球】小さな大投手・ヤクルト石川 長く活躍する秘けつとは”. デイリースポーツ. 2017年1月21日閲覧。
  8. ^ 『2011プロ野球オール写真選手名鑑』 日本スポーツ企画出版社、2011年、183頁。ISBN 978-4-930942-98-2。
  9. ^ 石川「カツオカーブ」で開幕“釣り上げる””. スポニチ Sponichi Annex (2009年1月14日). 2010年9月4日閲覧。
  10. ^ 石川雅規(投手総合成績)Sports@nifty、2010年9月4日閲覧。
  11. ^ 【野球】小さな大投手・ヤクルト石川 長く活躍する秘けつとは”. デイリースポーツ. 2017年1月21日閲覧。
  12. ^ 清武英利著『巨魁』(ワック、2012年)より。
  13. ^ 球団マスコットのつば九郎が書いている公式ブログつば九郎ひと言日記」および「つば九郎ひとこと日記」より。
  14. ^ “【5周年継続パートナー その2】石川雅規 選手(東京ヤクルトスワローズ)にお話を伺いました” (プレスリリース), (2015年2月10日), http://www.happinets.net/news-cate08-entry/2015/02/10/15263/
  15. ^ 歴代授賞者”. 日本プロスポーツ大賞. 公益財団法人日本プロスポーツ協会. 2017年11月25日閲覧。
  16. ^ ファン感謝Dayレポート②(年間ヒーロー賞編)”. 燕市長 鈴木 力 の日記 (2016年12月3日). 2017年8月4日閲覧。

関連項目

外部リンク

東京ヤクルトスワローズ 2018
監督 | 
80 小川淳司

一軍コーチ | 

二軍監督・コーチ | 
  • 99 高津臣吾(
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    出典:wikipedia
    2018/09/24 06:59

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