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石巻線とは?

【基本情報】

【通称】
仙石東北ライン(石巻駅 - 女川駅間)
【国】
日本
【所在地】
宮城県
【起点】
小牛田駅
【終点】
女川駅
【駅数】
14駅
【開業】
1912年10月28日
【所有者】
東日本旅客鉄道(JR東日本)
【運営者】
東日本旅客鉄道(全線)
日本貨物鉄道(小牛田 - 石巻間)
【使用車両】
使用車両を参照
【路線諸元】

【路線距離】
44.7 km
軌間
1,067 mm
【線路数】
単線
電化方式
全線非電化
最高速度
85 km/h
【路線図】



石巻線(いしのまきせん)は、宮城県遠田郡美里町にある小牛田駅から宮城県牡鹿郡女川町にある女川駅を結ぶ、東日本旅客鉄道(JR東日本)の鉄道路線(地方交通線)である。

2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)で全線不通となったが、順次運転を再開し2015年3月21日に全線が復旧した。

ラインカラーはピンク()で、全線をJR東日本仙台支社が管轄している。IC乗車カードSuica」は利用エリア外であるが、小牛田駅石巻駅を利用する場合に限り、Suicaを使用することができる特例が認められている。

目次

  • 1 歴史
    • 1.1 東日本大震災以後
    • 1.2 過去の仙石線直通運転構想
    • 1.3 年表
  • 2 運行形態
    • 2.1 直通快速
    • 2.2 貨物列車
  • 3 使用車両
    • 3.1 過去の車両
  • 4 沿線概況
  • 5 データ
    • 5.1 路線データ
    • 5.2 平均通過人員
    • 5.3 駅一覧
    • 5.4 廃止区間
  • 6 脚注
  • 7 参考文献
  • 8 関連項目
  • 9 外部リンク

歴史

1892年(明治25年)、国が建設すべき鉄道路線を定めた鉄道敷設法が発布され、その中の奥羽線の部において「宮城県下仙台ヨリ山形県下天童若ハ宮城県下石ノ巻ヨリ小牛田ヲ経テ山形県下舟形町ニ至ル鉄道」が規定された。これは、現在の仙山線、石巻線、陸羽東線に当たる路線であるが、この時はいずれの区間も着工には至らなかった。このような状況の中、1894年(明治27年)に前谷地村の斎藤善右衛門ら216人が発起し、逓信大臣宛に「石巻鉄道株式会社及鉄道敷設申請書」を提出した。この石巻鉄道は、石巻を起点に、小牛田古川岩出山を経由して、玉造郡温泉村(鳴子)鍛冶谷沢まで鉄道の敷設を企図したものだった。当時、小牛田には現在の東北本線に当たる日本鉄道の小牛田駅が設置されていて、これとの連絡も考慮していた。この鉄道計画に対して1896年(明治29年)に仮免許が交付され、1897年(明治30年)に正式な敷設許可が出された。石巻、鹿又、和渕、涌谷、小牛田、古川、岩出山、下宮、鍛冶谷沢の9駅を、日本鉄道と同じ軌間1067ミリメートルの線路で結び、貨車、客車あわせて73両をもって運輸に当たる計画だった。しかし、日清戦争後の不況の影響で株金の払い込みが少なく、石巻鉄道は倒産した。

1909年(明治42年)になると、石巻と小牛田を軽便鉄道で結ぶ計画が持ち上がるが、これも実現はしなかった。1910年(明治43年)に鉄道敷設法が改正され、陸羽東線と陸羽西線の着工が決定されたが、石巻方面への鉄道敷設はこの時も将来的な計画路線として据え置かれた。計画上の沿線町村は政府に対して陳情を盛んに行ったが、当時の逓信大臣だった後藤新平は、北上川改修の審議があり鉄道敷設の見込みは当面ないとして、私設鉄道を勧めたという。こうした中で、1911年(明治44年)に実業家で当時貴族院議員だった荒井泰治が有志の働きかけに応える形で中心となり、仙北軽便鉄道株式会社が設立された。この鉄道会社は石巻と小牛田の間のみならず、築館から石越を経由して登米に至る、合わせて二つの路線を計画していた。この鉄道の敷設に対して、石巻町は線路および駅敷地を仙北軽便鉄道に寄付し、沿線の牡鹿郡桃生郡遠田郡からも、開業後に利益がでたり建設を中止したら還付するなどの条件付で、寄付金が寄せられた。石巻と小牛田の間の路線は、予算を大幅に超過する53万7717円をもって1912年(大正元年)に完成した。一方で資金不足のために築館と登米を結ぶ路線は着工されなかった。

開業時に設置された駅は、小牛田と石巻のほか、涌谷、前谷地、佳景山、鹿又である。車両の動力は蒸気機関で軌間は2フィート6インチの路線だった。石巻から小牛田の運賃は並等で30銭、または44銭とも伝わっている。1918年(大正7年)の時点で、仙北軽便鉄道は機関車4両、客車12両、貨車31両を保有していた。運行日数は1年のうち200日前後で、多くても300日にはならなかったという。鉄道事業として利益は上げていたものの、物価の上昇が会社の負担になった。開業後しばらくすると、軽便鉄道であるがゆえに、列車の速度が遅い事、貨物の積載量が少ない事、小牛田駅で東北本線と貨物の積み替えが必要な事が問題視されるようになり、1916年(大正5年)から石巻町が政府に対して国有化に向けた働きかけを行った。1919年(大正8年)に仙北軽便鉄道は国有化され、仙北軽便線と名を変えた。この後、仙北軽便線は軌間を1067ミリメートルに広げる工事を経て石巻線となる。

石巻線は石巻から女川まで延伸されることになるが、それ以前にこの地域には牡鹿軌道と金華山軌道という二つの鉄道会社が存在した。牡鹿軌道は北上川東岸の石巻湊と渡波を結ぶ馬車鉄道として1915年(大正4年)に開業したが経営状態が悪く、1924年(大正13年)に新会社の金華山軌道が牡鹿軌道を吸収してこれの資産や営業権を引き継いだ。1926年(大正15年)に金華山軌道は渡波から女川まで路線を延伸し、石巻と女川を結ぶ路線となった。一方、1922年(大正11年)の鉄道敷設法で「宮城県松島ヨリ石巻ヲ経テ女川ニ至ル鉄道」が規定され、これに伴って石巻町や女川町は連携して石巻線の女川延伸の早期着工を政府に働きかけた。松島と石巻の間は宮城電気鉄道が敷設される予定だった事からこの区間の着工は見送られ、石巻から女川までの部分が着工された。路線延伸工事は1936年(昭和11年)に始まって1939年(昭和14年)に完成した。これに合わせて金華山軌道は廃止された。女川への延伸にあたって、石巻から渡波の間を、内陸の稲井を経由するか、金華山軌道と同じように海沿いを通すかで問題になった。結局、鉄道大臣らが現地視察した結果、稲井を経由することになり、こうして小牛田から女川に至る現在の石巻線のルートが出来上がった。

1953年(昭和28年)、まばらだった石巻線の運輸形態を改善するために、8両のキハ45000形(キハ17形)気動車が投入された。同年12月15日に小牛田駅で祝賀が行われ、翌16日からこの新型車両は走り始めた。1954年(昭和29年)に8両がさらに増備され、石巻線の定期旅客列車は全て気動車で運行されることになった。

東日本大震災以後

2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)では、地震津波の被害を受け、全線にわたり不通となった。同年5月19日までに小牛田駅 - 石巻駅間、2012年3月17日には石巻駅 - 渡波駅間、2013年3月16日には渡波駅 - 浦宿駅間が復旧した。残る不通区間の浦宿 - 女川間は軌道の損傷、女川駅は駅舎が消失しており復旧の目途は立っていなかったが、2015年3月21日に復旧した。2015年3月20日までは浦宿駅 - 女川駅間ではバス代行輸送が行われた。

JR東日本は被災した路線について「線路の位置変更も考えていくことになる」との考えで、現在の線路よりも内陸部への移設も視野に入れているため復旧には時間がかかることを明らかにし、特に被害が大きかった女川駅を内陸側に移設することが検討された。

2012年3月5日には、被害の大きかった女川駅をのぞく渡波駅 - 浦宿駅間を2013年度初頭を目処に復旧させるとJR東日本から発表され、同年12月21日には翌年3月16日に予定されるJRグループダイヤ改正に合わせて同区間を復旧させることが正式に発表された。

2013年1月24日のJR東日本仙台支社長定例記者会見では、浦宿駅 - 女川駅間の復旧時期は明言を避け、女川町が要望する2015年度の復旧について「技術的に可能かどうか、町側と検討する」としている。そして2月1日に女川駅を150m内陸側に移設し、かさ上げした上で浦宿駅 - 女川駅間(距離は2.5kmから2.3kmに短縮)を復旧させることで女川町とJR東日本との間で覚書を締結した。

東日本大震災では仙石線も高城町駅 - 矢本駅間が長期運休となり、2011年12月から石巻線および東北本線経由で石巻 - 仙台間直通の臨時快速が設定された。当初は仙台行の片道のみだったが、2012年1月からは石巻行も設定されている。この臨時快速は同年3月17日のダイヤ改正で「直通快速」として定期化された(「#運行形態」節も参照)。2015年5月30日の仙石線全線運転再開に伴い、同年5月29日限りで運転を終了した。

また、宮城県石巻市女川町より、仙台と石巻を結ぶ新しい運行系統仙石東北ラインの女川駅までの延伸が要望され、実現に向けて、宮城県は協力する姿勢を示した。2016年6月29日、一部列車を女川まで延長運転することが発表され、同年8月6日から運行を開始した。

過去の仙石線直通運転構想

仙石線直通運転については、1992年(平成4年)に、通商産業省(現 経済産業省)資源エネルギー庁の委託で、東北産業活性化センター(現 東北活性化研究センター)の 電源地域振興指導事業(南三陸地域振興計画策定事業)として、当線の石巻駅 - 女川駅間の直流電化による仙石線の女川駅乗り入れの調査がなされたことがあった。 具体的な計画は以下の通りであったが、(当線の電化による直通運転は)2015年8月現在実現していない。

年表

運行形態

停車場・施設・接続路線
凡例
 |  | 
 |  | 陸羽東線
 |  | 
 | 0.0 | 小牛田駅 東北本線

 | 3.5 | 上涌谷駅

 | 6.2 | 涌谷駅

 | 12.8 | 前谷地駅

 |  | 気仙沼線

 | 17.1 | 佳景山駅

 | 21.2 | 鹿又駅

 | 23.7 | 曽波神駅

 |  | 仙石線

 | 27.9 | 石巻駅

 |  | 旧北上川

 | 30.9 | 陸前稲井駅

 |  | 大和田トンネル
 |  | 
 |  | 金華山軌道
 |  | 
 | 35.9 | 渡波駅
 |  | 
 | 37.0 | 万石浦駅
 |  | 
 | 38.3 | 沢田駅
 |  | 
 |  | 
 |  | 
 | 42.4 | 浦宿駅
 |  | 
 |  | 女川トンネル

 | 44.7 | 女川駅 (2)

 | 
44.9
0.0
 | 女川駅 (1) -2015

 | 1.4 | 女川港駅 1958-1980


旅客列車は小牛田駅 - 石巻駅・女川駅間の運転が基本で、前谷地駅発着や前谷地駅経由の気仙沼線柳津駅発着、小牛田駅経由の陸羽東線古川駅着の列車も設定されている。一部列車を除いてワンマン運転を実施している。2016年8月6日からは、仙台駅 - 石巻駅間を東北本線仙石線経由で結ぶ「仙石東北ライン」のうち上り始発列車と下り最終列車が当路線の石巻駅 - 女川駅間に乗り入れ、仙台駅 - 女川駅間を直通運転している。当路線内では仙石東北ライン直通列車も含めすべての旅客列車が各駅に停車する。

震災前は、仙台駅から当路線の小牛田駅 - 前谷地駅間を経由して気仙沼線に直通する快速南三陸」も運転されていた(当路線内は上涌谷駅を通過)。また2001年頃まで小牛田駅 - 前谷地駅間で石巻線の列車と気仙沼線の列車を併結する運用も見られた。

直通快速

震災後は2015年5月29日まで仙石線の一部区間が不通となっており、2011年12月1日から東北本線小牛田駅経由で朝に石巻発仙台行き、2012年1月10日から夜に仙台発石巻行きの直通快速がそれぞれ1本運行されていた。いずれも途中無停車で、仙石線経由の定期券や乗車券が利用でき、仙台駅直通のため仙石線代替バス乗り継ぎよりも所要時間が30分程度短縮された。当初は臨時快速として平日のみの運転だったが、2012年3月17日のダイヤ改正で毎日運転の「直通快速」となった。2015年5月30日の仙石線全線運転再開および「仙石東北ライン」運行開始に伴い、前日の29日限りで運転を終了した。

2012年5月7日からは、概ね平日の年末年始等を除いた指定日に限り、朝の仙台発石巻行きと夜の石巻発仙台行きの小牛田駅経由の臨時直通快速も1本ずつ運転開始された(平日は既設の定期直通快速と合わせて1日2往復運転となった)。シーズンごとに運転が継続され、2015年5月29日まで運転された。使用車両は2012年5月7日から2013年3月15日までがキハ40系2両編成で、2013年3月18日から2015年5月29日まではキハ110系2両編成だった。

貨物列車

貨物列車は定期列車が月曜日6往復、火 - 金曜日8往復、土曜日7往復、休日6往復、他に臨時列車が2往復設定されている。ダイヤ上は石巻港駅小牛田駅仙台貨物ターミナル駅を結ぶ列車であるが、継走先は岩沼駅北王子駅(2014年3月14日まで)・新座貨物ターミナル駅宛てである。すべてコンテナで、財源(積荷)はがほとんどである。震災以後は運休していたが、2012年10月9日より運行を再開した。

貨物列車(2014年11月 涌谷駅 - 前谷地駅間)

使用車両

以下の小牛田運輸区所属の気動車で運行されている。

過去の車両

キハ28・キハ58形気動車は快速「南三陸」のキハ110系への置き換えに伴い、2007年6月末で定期運用から撤退した。なお、撤退前は快速「南三陸」関連以外に石巻線内普通列車(非ワンマン運用)にも比較的多く充当されていた。

キハ40・48形気動車は石巻線運用のキハ110系への置き換えに伴い、2015年5月29日で定期運用から撤退した。2013年3月23日から2015年5月31日までの土曜・休日に一部の定期普通列車が、キハ48形に石ノ森章太郎作品のキャラクターのラッピングを施した「石巻線マンガッタンライナー」で運行されていた。

このほか、小牛田運輸区に在籍するジョイフルトレインこがね」が、臨時列車「こがねふかひれ号」として運転されていたが、車両の老朽化により2010年12月26日限りで運転を終了した。

沿線概況

石巻線は仙台平野の中北部を横断し、牡鹿半島の基部を抜けて太平洋に至る鉄道路線である。路線の起点の小牛田から途中の石巻までの沿線はおおむね田園風景が広がり、石巻から終点の女川までは北上山地の山々と水辺の風景が石巻線列車の車窓に広がる。

石巻線の起点の小牛田は東北本線や陸羽東線が交わる鉄道の十字路であり、東北新幹線が開業する以前は東北地方を縦断する特急列車や急行列車が停車する駅だった。小牛田には産神として信仰を集める山神社があり、これにあやかった山の神まんじゅうが駅で販売されて名物となった。小牛田を発した路線は東に進路をとり、上涌谷、涌谷と駅を辿る。涌谷は中世から続く城下町である。涌谷駅の北方に涌谷城の城跡があり、ここが公園として整備されている。この他に著名な名所としては黄金山神社がある。

涌谷からはしばらく江合川に沿うように線路は進み、トンネルを一つくぐると気仙沼線が分岐する前谷地である。前谷地から次の佳景山までは沿線に水田が広がる。線路の南部には、かつて江戸時代に灌漑のために作られた広淵沼があって、石巻線の前身に当たる仙北軽便鉄道が敷設された当時にもこの大きな沼は存在したが、大正末期から昭和始めにかけて干拓されて現在に至る水田地帯となった。

佳景山から鹿又、曽波神の間は旧北上川に沿うように線路が延び、沿線に建物が多く見られるようになると、まもなく仙石線と繋がる石巻に達する。石巻は中世期には戦国大名の葛西氏の領土であり、江戸時代には仙台藩の港町として栄えた。石巻市街地の南部に見晴らしのよい日和山があり、江戸時代には松尾芭蕉もここを訪れた。また、石巻はマンガを観光産業に位置づけていて、旧北上川に浮かぶ中瀬石ノ森萬画館がある。また猫が多い島として知られる田代島網地島への離島航路の発着地でもある。

石巻から旧北上川を橋梁で越えて東へ進むと陸前稲井に至る。ここは碑石や橋材として知られる井内石の産地である。陸前稲井から南へ向かってトンネルをくぐると漁港を有する町、渡波である。万石浦、沢田と駅が続き、ここから線路は万石浦の北岸をなぞるように浦宿に至る。万石浦は一部分が海に繋がっている大きな湖沼で、その名称は仙台藩2代藩主伊達忠宗が、もしここを干拓したら1万石になるだろうと言ったことに由来すると伝わっている。現在では、牡蠣や海苔の養殖がここで行われている。

浦宿から東へ進んでトンネルを抜けると終点の女川である。女川湾は天然の良港とされ、太平洋戦争中は日本海軍の小型艦艇が停泊していた。現在では女川漁港で多くの魚が水揚げされ、中でもサンマの水揚げ量は日本全国でも指折りである。また、離島の出島金華山と航路で結ばれている。

データ

路線データ

平均通過人員

各年度の平均通過人員(人/日)は以下の通り。

駅一覧

駅名 駅間営業キロ 累計営業キロ 接続路線 線路 所在地
小牛田駅 | - | 0.0 | 東日本旅客鉄道:東北本線陸羽東線 | | | 遠田郡美里町
上涌谷駅 | 3.5 | 3.5 |  | | | 遠田郡涌谷町
涌谷駅 | 2.7 | 6.2 |  | ◇
前谷地駅 | 6.6 | 12.8 | 東日本旅客鉄道:気仙沼線 | ◇ | 石巻市
佳景山駅 | 4.3 | 17.1 |  | |
鹿又駅 | 4.1 | 21.2 |  | ◇
曽波神駅 | 2.5 | 23.7 |  | |
石巻駅 | 4.2 | 27.9 | 東日本旅客鉄道:仙石線仙石東北ライン(仙台方面) | ◇
陸前稲井駅 | 3.0 | 30.9 |  | |
渡波駅 | 5.0 | 35.9 |  | ◇
万石浦駅 | 1.1 | 37.0 |  | |
沢田駅 | 1.3 | 38.3 |  | |
浦宿駅 | 4.1 | 42.4 |  | | | 牡鹿郡女川町
女川駅 | 2.3 | 44.7 |  | |

廃止区間

貨物支線(1980年廃止)

女川駅 - (貨)女川港駅 (1.4km)

脚注

  1. ^ 東日本旅客鉄道株式会社ICカード乗車券取扱基準規程(第27条第1項及び第2項)
  2. ^ 『石巻の歴史』第5巻 産業・交通編757-758頁。
  3. ^ 『石巻の歴史』第5巻 産業・交通編766-767頁。
  4. ^ 『石巻の歴史』第5巻 産業・交通編770頁。
  5. ^ 『石巻の歴史』第5巻 産業・交通編771-775頁。
  6. ^ 『石巻の歴史』第5巻 産業・交通編775-776頁。
  7. ^ 『石巻の歴史』第2巻 通史編(下の2)317-319頁。
  8. ^ 『石巻の歴史』第5巻 産業・交通編777-778頁。
  9. ^ 『石巻の歴史』第5巻 産業・交通編806-811・813-819頁。
  10. ^ 『石巻の歴史』第2巻 通史編(下の2)320-321頁。
  11. ^
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    出典:wikipedia
    2018/12/07 23:15

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