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社会民主党_(日本_1996-)とは?

日本政党
【社会民主党】

2017年から本部が置かれたマルキ榎本ビル

【党首】
又市征治
【副党首】
福島瑞穂
【幹事長】
吉川元
【成立年月日】
1996年1月19日
【前身政党】
日本社会党
【本部所在地】
〒104-0043
東京都中央区3-18-17 マルキ榎本ビル 5階
【衆議院議席数】
2 / 465 (0%)
(2017年10月23日現在)
【参議院議席数】
2 / 242 (1%)
(2016年7月26日現在)
【都道府県議数】
42 / 2,614 (2%)
(2017年12月31日現在)
【党員・党友数】
15,670人
(2015年12月31日現在)
【政治的思想・立場】
中道左派
社会民主主義
護憲平和主義
【機関紙】
社会新報
月刊社会民主
【政党交付金】
4億4142万2000 円
(2016年8月31日決定)
【公式サイト】
社民党OfficialWeb
【シンボル】
スカイブルーの四つ葉のクローバー
【国際組織】
社会主義インターナショナル
法人番号
3010005002277
法規上は前身の日本社会党と同一政党

社会民主党(しゃかいみんしゅとう、英語: Social Democratic Party)は、日本の政党である。1996年1月に日本社会党が改称して発足した。社会民主主義を掲げる。略称は社民党(しゃみんとう)、社民(しゃみん)、SDPSDPJ。1字表記の際は、と表記される。

目次

  • 1 概要
  • 2 政策
    • 2.1 基本政策
    • 2.2 その他
  • 3 歴史
    • 3.1 村山富市党首時代 (1996)
    • 3.2 土井たか子党首時代 (1996-2003)
    • 3.3 福島瑞穂党首時代 (2003-2013)
      • 3.3.1 自民・民主二大政党間での埋没
      • 3.3.2 ねじれ国会から政権交代まで
      • 3.3.3 民社国連立政権時代
      • 3.3.4 民社国連立離脱後
    • 3.4 吉田忠智党首時代 (2013-)
  • 4 組織
    • 4.1 本部
    • 4.2 地方組織
      • 4.2.1 ブロック協議会
      • 4.2.2 都道府県連合
      • 4.2.3 支部連合
      • 4.2.4 総支部
      • 4.2.5 支部
    • 4.3 党員
  • 5 役職
    • 5.1 歴代党首一覧
    • 5.2 執行部役員表
    • 5.3 歴代の執行部役員表
    • 5.4 政権ポスト
  • 6 財政
    • 6.1 党職員のリストラ問題
    • 6.2 本部移転問題
    • 6.3 政党交付金
  • 7 党勢の推移
    • 7.1 衆議院
    • 7.2 参議院
    • 7.3 所属国会議員
    • 7.4 地方政治
    • 7.5 政党収入額
  • 8 対外関係
    • 8.1 中華人民共和国
      • 8.1.1 中国による尖閣漁船衝突事件への姿勢
    • 8.2 朝鮮民主主義人民共和国
      • 8.2.1 北朝鮮による日本人拉致事件への姿勢
    • 8.3 ヨーロッパ
  • 9 支持・協力団体
  • 10 脚注
    • 10.1 注釈
    • 10.2 出典
  • 11 関連項目
  • 12 外部リンク

概要

社会民主党は、綱領的文書の「社会民主党宣言」では「社会民主主義を掲げる政党」としており、「日本における社会民主主義の理念」は「平和自由・平等・共生」としている。

1996年1月に日本社会党が改称して発足し、継続して自社さ連立政権に参加したが、1998年5月に連立離脱。2009年に民社国連立政権に参加したが、2010年に離脱。歴代党首は、村山富市土井たか子福島瑞穂吉田忠智又市征治機関紙は『社会新報』(週刊)、『社会民主』(月刊)。国際組織の社会主義インターナショナルに加盟しており、元党首の福島が副議長を務めている。

政策

基本政策

綱領的文書の「社会民主党宣言」(2006年採択)では「社会民主主義を掲げる政党」とし、「日本における社会民主主義の理念」を「平和・自由・平等・共生」とした。

  1. 社会的な規制による公正な市場経済 - 自由主義経済の是認、格差対策公共サービスの重視など。
  2. 生きがい、働きがいの持てる労働環境 - 労働条件の向上など。
  3. 公平で持続的な税財政 - 消費税引き上げ反対、所得税引き上げなど。
  4. 社会の連帯を柱とした社会保障 - 新年金制度、公的医療、介護制度など。
  5. 豊かで多様な自治の展開 - 住民主権、地方への権限・財源委譲など。
  6. 世界の人々と共生する平和な日本 - 国連憲章憲法九条を指針とし、自衛隊の縮小、在日米軍基地の縮小・撤去など。
  7. 公正な国際経済と平和を基礎にしたアジア経済圏 - 南北格差国内産業空洞化に対する公正なルール、東アジア共同体構想など。
  8. 両性平等社会の実現 - 男女平等ジェンダーフリーなど。
  9. 豊かな自然環境を次世代に - 循環型社会への転換、地球温暖化防止、脱原発自然エネルギーなど。
  10. 食と生命の安全を担う農林水産業 - 第一次産業の維持・発展など。
  11. 一人ひとりを大切にする教育の実現 - 個性の重視。
  12. あらゆる価値観を保障した創造的文化 - 表現の自由言論の自由の擁護。
  13. 民意を反映する政治への改革 - 小選挙区制から比例得票数を中心とした選挙制度へ、企業・団体献金の廃止。

その他

歴史

村山富市党首時代 (1996)

1996年1月の日本社会党第64回大会での名称変更決定を受け、3月に第1回大会を開き結成された。初代党首は日本社会党の村山富市委員長が引き続き務め、幹事長には佐藤観樹が就任した。村山内閣総辞職により成立した第1次橋本内閣に引き続き与党として参加し、自社さ連立政権の枠組みを維持した。一方、党名変更と自社さ連立政権に批判的な左派勢力は、1月に離党し新社会党を結党した。

結党時はさらに新党を作るための過渡的政党との位置づけであり、新進党にかわって反自民勢力の中核となりつつあった民主党(いわゆる「旧民主党」)への合流も模索したが、総選挙を控えた1996年9月に民主党は社民党・新党さきがけの長老議員で新党結成に消極的であった者の参加を拒否した(これに批判的なマスメディアなどからは「排除の論理」と呼ばれた)。拒否されなかった佐藤観樹ら右派系および一部左派の議員多数は別個に民主党へ参加したが、社民党としては単独で総選挙を戦うことになる。

土井たか子党首時代 (1996-2003)

総選挙に向けた立て直しの一環として、1996年9月28日、社会党時代に委員長を務めた土井たか子が党首に復帰する。社会党時代の支持基盤であった労働組合の大半が民主党支持に転じたため、土井党首は辻元清美市民運動出身者を積極的に立候補者に起用したが、第41回衆議院議員総選挙(10月20日投開票)では15議席しか獲得できなかった。この選挙で初当選した議員は「土井チルドレン」と呼ばれた。総選挙後は、閣外協力として引き続き連立政権(第2次橋本内閣)に参加したが、1998年5月に連立政権から離脱した。

政権離脱後の1999年東京都知事選挙では旧社会党時代から唯一の都知事選における自主投票となった。第42回衆議院議員総選挙(2000年6月25日実施)では4議席増の19議席を確保したが、第19回参議院議員通常選挙(2001年7月19日実施)では小泉旋風の煽りをうけて得票・議席とも大幅に減らした。その結果、同年の第7回党大会で自社さ連立政権以来の旧幹部が退き、幹事長に福島瑞穂、政審会長に辻元清美など市民派が重要ポストに就いた。これ以後、自由民主党に対する対決姿勢が強まった。

2001年10月、日本近海で続く北朝鮮不審船対策として、停船命令に従わない不審船への船体射撃を認める海上保安庁法改正案に対し、「警察比例の原則を逸脱し、警備体制の充実を踏み越えた内容である」などの観点から反対した。

2002年4月に国連の「テロ資金供与防止条約」を批准するための関連新法が国会で可決、成立した。テロ資金の授受で仮名口座などが受け皿になることが多いため、金融機関に対し口座開設や200万円以上の現金取引を行う際、顧客の身元確認(本人確認)を義務付ける法案であるが、「罪刑法定主義、構成要件の明確性を求める刑事司法の原則に違背し、この法律が施行されれば思想・良心の自由信教の自由等を侵害する虞があり、戦争その他国家による武力の行使による犠牲者に対する人道的な国際的救援活動を制約する虞もある」という自由人権協会の意見を引用し、反対した。

2002年9月17日日朝首脳会談において、北朝鮮側が日本人の拉致を公式に認めたが、このことにより社会党時代より朝鮮労働党と友党関係を結んで積極的に交流していた社民党は、それまでの拉致問題への対応を巡って世論から非難に晒されることになり、党内でも田嶋陽子が公然と党を批判した。

詳細は「#北朝鮮による日本人拉致事件への姿勢」を参照

第43回衆議院議員総選挙(2003年11月9日実施)では、自民・民主の二大政党への流れに押され、議席数が18から6へ、3分の1に減じた。党首の土井自身も小選挙区で落選し、比例復活で辛うじて議席を確保した。選挙後、土井は党首を引責辞任した。

福島瑞穂党首時代 (2003-2013)

自民・民主二大政党間での埋没

党首辞任後、東京都議会議員選挙を応援する土井たか子(2005年7月2日)。

2003年11月15日福島瑞穂が党首に就任。幹事長には自治労出身の又市征治が就任し、労組、エコロジー派、消費者運動、市民派 (NPO) 等の吸収を目指して、新しいグローバリゼーションの状況に対抗可能な社会民主主義の模索を開始している。

2004年第20回参議院議員通常選挙(2004年7月25日実施)では、前党首の土井が「選挙違反をやっていいとは言わないが、すれすれのところまで、本気になって頑張ろう」と声明を発した。福島をはじめ比例区で2議席を確保し、複数議席獲得により解党などの事態は回避できた。

第44回衆議院議員総選挙(2005年9月11日投開票)では、選挙前に副党首の横光克彦、元政策審議会長の濱田健一らが離党、民主党に移籍した。議席数は公示前の5議席から7議席に回復したが、比例近畿ブロックで単独立候補していた土井が落選した。

2006年2月11日、12日の第10回党大会で「社会民主党宣言」を採択した。この中で自衛隊は「現状、明らかに違憲状態にある自衛隊は縮小を図り、国境警備災害救助・国際協力などの任務別組織に改編・解消して非武装の日本を目指します」と記載され、旧社会党時代の1994年に村山首相が打ち出した自衛隊合憲・容認路線は修正された。同時に、1993年政治改革関連4法案に反対し処分された17名のうち離党した者を除く9名の処分を取り消したほか、元党首の村山、土井両人が「名誉党首」就任した。一方、新社会党及び「9条ネット」については、又市は「『戻ってらっしゃい』と言っている。『村山政権のときに安保・自衛隊を認めた』と、馬鹿みたいな話をまだしている。」と批判した。その後、新社会党幹部の原和美2010年形式的に離党し社民党比例候補として参院選に出馬した。

2007年4月20日、国の海洋政策を一元化するための海洋基本法と、ガス田掘削施設などの周辺への船舶進入を規制する海洋構築物安全水域設定法に対し、党派としては唯一反対。福島は「この法律は領土問題や資源問題について近隣諸国との関係に影響を与えるものである。拙速に行うと、交渉に悪い影響を与えることになる。」とコメントした。

ねじれ国会から政権交代まで

2007年に入ると、自民党の支持率が低減し、政権交代が現実味を帯びるようになる。

第21回参議院議員通常選挙(2007年7月29日実施)では、「憲法9条と年金があぶない! 今回は社民党へ」をキャッチコピーに、憲法と年金問題を中心に主張し、政党CMではアニメを採用するユニークなCMを流した。結果は幹事長の又市を含め比例区で2議席確保の参議院計5議席にとどまったが、民主党系会派と社民党の議席の合計が過半数に達し、参議院ではねじれ現象を誕生させた。

同年12月22日、本部にて第11回党大会を開催し、立候補者1名のみの無投票で福島の党首当選(3期目)を正式に決定した。福島は「次回の衆議院選挙で2桁(10人以上)の当選を目指す」と宣言した。この党大会では1998年(自民党当時総裁の橋本龍太郎)以来久々に、他党幹部として民主党代表代行の菅直人国民新党副代表の自見庄三郎らが来賓出席した。また、党役員人事では副党首に幹事長の又市征治、幹事長に国会対策委員長の重野安正、副幹事長に東京都連副会長だった保坂展人が就くことになった。また、参院選比例区候補だった上原公子は、社民党を労組依存体質から脱却し、市民運動NPOの連合体を目指す党改革案を提出し話題となった。

2009年東京都議会議員選挙では議席回復はできなかったが、昭島選挙区で野党系候補(社民党は推薦)の星裕子が当選した(当選後は生活者ネットの会派に所属)。

民社国連立政権時代

2009年第45回衆議院議員総選挙においては、党として上述の「次回の衆議院選挙で2桁(10人以上)の当選を目指す」に及ばず敗北した。しかし、圧勝した民主党に対して、国民新党と共に政策合意に基づく、歴史的な民社国連立政権に参加することになった。この3党合意により、鳩山内閣において、党首の福島の閣僚入り(消費者・少子化担当相)が決定し、基本政策閣僚委員会が設定された。自社さ連立政権以来、13年ぶりに閣僚を送り込み、11年ぶりに与党に復帰した。また、国土交通副大臣に辻元清美が就任した。

2006年の「社会民主党宣言」では自衛隊は「違憲状態」としたが、社会民主党が政権与党となった際に党首である福島は大臣就任後の2010年3月1日の衆議院予算委員会において、自衛隊の憲法上の位置づけについて「(党として合憲違憲か)結論を出していない」としており、同月12日の参議院予算委員会では、自民党の佐藤正久の「(自衛隊を)合憲と認めるか」との質問に対して、「閣僚としての発言は差し控えさせていただく」として回答を拒んだが、最終的に「社民党の方針は変わらない。内閣の一員としては内閣の方針に従う。自衛隊は違憲ではない」と答弁した。

2009年12月の社民党党首選挙で福島瑞穂は、アメリカ軍普天間基地の問題について、国外や県外への移設を強く主張し、党内の照屋寛徳ら国外・県外移設を強く主張する議員 に応えたこともあり、無投票で福島が再選した。

普天間基地移設問題は、従来からの社民党の主張である基地の国外・県外への移設を連立政権の中でも主張し、閣僚である党首の福島は「鳩山内閣が万が一、辺野古沿岸部に海上基地をつくるという決定をした場合には、社民党にとっても、私にとっても、重大な決意をしなければならない」と述べ、基地問題の解決のために、連立政権からの離脱も辞さない覚悟で基地を国外・県外へ移設させる強い覚悟を示した。2009年12月15日、与党3党で基本政策閣僚委員会を開き、民主党が具体的期日を設けることを求めたのに対して社民党は「重要なことは期限ではなく、沖縄県民の負担軽減と、沖縄県民、日本国民の多くが納得するような結論を3党で力を振り絞って出すこと。そうでなければ結局、この問題は解決しない」と述べ拒否したため、米軍普天間基地の移設先に関する方針決定を先送りし、連立3党実務者でつくる協議機関で再検討することを決めた。

12月24日、社民党は基地のグアム移転を目指して党内に米軍普天間飛行場の移設問題に関するプロジェクトチームを発足させた。プロジェクトチームは2010年1月中に米グアム島を視察し、米側の普天間移設問題に対する認識を確認するため、ワシントン訪問も検討した。同年1月10日、福島は、来日中の米議会下院外交委員会「アジア・太平洋・地球環境小委員会」の委員長エニ・ファレオマバエガマイク・ホンダジョゼフ・カオら下院議員と米軍海兵隊を主力とする普天間飛行場移設問題について意見交換した。ファレオマバエガは、会談後の記者会見で「誰もが納得できるような解決につなげるための情報収集を目的に来日した。同移設問題の方針決定は日本の国内問題だが、今後も行方を見守り、解決につなげていきたい」と述べた。

福島は、「環境ジュゴンの問題も大事だが、一番大切なのは沖縄県民の気持ちだ」、「沖縄県民の大多数は県外、国外移設を望んでいると説明した。県民の思いが重要だというファレオマバエガの言葉は沖縄の基地負担を理解しているようで印象的だった」と述べ、米下院での今後の動きに期待を寄せた。1月の名護市長選で当選した稲嶺進は、当選後、就任あいさつで「選挙中、辺野古のにも陸上にも新しい基地は造らせないということを訴えた」と同市辺野古への米軍普天間飛行場の移設反対をあらためて主張した。2月24日沖縄県議会本会議では、「米軍普天間飛行場の早期閉鎖・返還と県内移設に反対し、国外・県外移設を求める意見書」案を全会一致で可決した。これらの世論の動向を受けるかたちで、福島からは、沖縄県内の民意を最大限尊重し、場合によっては、5月末決着を先延ばししてでも、慎重な政権運営を図っていきたいという意向が示された。また、政審会長の阿部知子は、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設案として、米領グアムなどに全面移転する「国外移設案」や、国外移設までの期限付きで九州北部の既存自衛隊基地などに分散移転する「暫定県外移設案」など3案を、3月上旬にも開かれる政府・与党の沖縄基地問題検討委員会に提出し、最終調整に臨む方針(「私案」)も示した。

しかし普天間問題で、鳩山は結局自公連立政権時代の案に近い内容で政府案をまとめ、福島にも同意の署名を求めた。福島はこれを拒否し、内閣府消費者・少子化担当特命大臣を罷免された。直後に福島党首が開いた会見で「社民党は沖縄を裏切ることはできない」「数々の犠牲を払ってきた沖縄にこれ以上の負担を押し付けることに加担するわけにはいかない」と述べ署名に応じなかった経緯を説明した。また「言葉に責任を持つ政治をやって行きたい」と述べ上記の「重大な決意」を実行した社民党と、「国外、最低でも県外」の公約を守らなかった民主党を比較し民主党を批判した。これを受け党内では、「党首たる福島が罷免された以上連立を維持する意味がない」として、連立解消を求める意見が大勢となり、2010年5月30日に開いた全国幹事長会議で、最終的に連立を解消することを決定した。

琉球新報毎日新聞が合同で緊急の沖縄県民世論調査を行った結果、社民党の政党支持率が大幅に上昇し10.2%でトップとなった。県内で社民党の政党支持率が他党をおさえてトップになるのは初めてである。その調査では普天間基地の辺野古移設に反対が84%、賛成が6%となった。

民社国連立離脱後

第22回参議院議員通常選挙では、組織内候補を立てていた日本私鉄労働組合総連合会(私鉄総連)が、渕上貞雄の引退に伴って立候補先を民主党へ移動、改選議席数3を2に後退させた。沖縄県では比例での得票数こそトップになったものの、沖縄県選挙区では自民党公認の島尻安伊子が再選され、社民党が推薦した候補は次点に終わった。選挙後、辻元清美が離党、民主党へ移った。

沖縄の基地問題だけでなく自民党などが提出した柳田稔法相問責決議案に賛成するなど菅内閣への対立姿勢を示しつつも、国会運営に必要な3分の2の議席を必要とする菅内閣からは政権への協力を呼びかけられていた。社民党は与党には戻らないとしながらも、社民党の要求が通るならば政権に協力するという立場を表明した。菅政権も武器輸出三原則の見直しを先送りさせるなどして社民党に配慮した。

2011年9月28日、自民・公明など野党7党の国対委員長は、国会内で会談し、社民党を除く6党は、民主党の小沢一郎元代表の資金管理団体による土地取引事件について、小沢本人と、同氏の元秘書で有罪判決を受けた石川知裕衆院議員の証人喚問を求めることで一致し、29日の与野党国対委員長会談で民主党に申し入れた。この件で、社民党は衆院政治倫理審査会を主張した。翌29日午前の与野党国会対策委員長会談で、民主・国民新両党は、開会中の臨時国会再延長せず、30日で閉会する方針を野党側に伝えた。石川知裕衆院議員ら元秘書3人が政治資金規正法違反の罪で有罪判決を受けた小沢一郎元代表の証人喚問についても「応じられない」と回答した。

党首・福島は米国の外交専門誌フォーリン・ポリシーが選ぶ2011年の「世界の100人」に名を連ねた。脱原発の活動を長く続けたとして、福島の事実婚のパートナーで原発訴訟に携わる弁護士海渡雄一と共同で選ばれた。同誌は2009年から、その年に政治、経済、平和活動など幅広い分野で影響力をふるった人物を挙げている。日本の政治家では福島が初めてで、オバマ米大統領や英仏独の首相・大統領、ミャンマー(ビルマ)の民主化運動指導者アウンサンスーチーらとともに選ばれた。

2012年2月、社民党の党首選が行われ、福島のみが立候補を届け出て、無投票で5選された。立候補には所属する都道府県連合の推薦に加え、党国会議員(10人)の3分の1以上(4人)か、党員200人以上の推薦が必要で、福島は重野安正中島隆利吉泉秀男吉田忠智ら4人の国会議員から推薦を取り付けた。福島と対立する阿部知子照屋寛徳服部良一らは立候補要件を満たせず、対立候補を立てられなかった。また党員推薦で立候補を目指した稲森稔尚・三重県伊賀市議も、同県連合の推薦確保に難航し断念。福島は記者団に「社民党を元気にしたい。衆参の選挙で勝つことが一番大事な仕事だ。生活再建と脱原発を頑張りたい」と語った。

なお、民社国連立政権時代には与党原子力政策(鳩山イニシアチブに基づく原発依存率の強化と原発増設)を容認し、2012年7月に実施された鹿児島県知事選挙では原発再稼動に反対する反原発団体事務局長で新人の向原祥隆を支援せず、現職の伊藤祐一郎を社民党系の県議全員が支援した(社民党鹿児島県連は自主投票とした)。

2012年11月15日、社民党による政策実現に疑問を持った阿部知子が離党届を提出し日本未来の党に合流した。さらに、第46回衆議院議員総選挙の陣頭指揮をとるはずだった幹事長の重野安正脳梗塞で入院したため、11月18日に出馬断念に追い込まれた(重野の選挙区には吉川元が出馬)。

同選挙では第三極の台頭もあって、旧来政党でしかも小規模な社民党は新党乱立の中で埋没し、これまで以上の苦戦を強いられた。毎回安定した戦いを見せる照屋寛徳沖縄2区を除く全議席が当落線上にあったものの、辛くも比例九州ブロックで1議席を確保。しかし総獲得議席数は小選挙区・比例各1議席ずつの合計2議席と、公示前の半減、阿部離党前と比すと3分の1に減少。比例代表における得票率は2.3%(前回総選挙は4.27%)、得票数は142万票(同300万票)とほぼ半減した(11ブロック中6ブロックで得票率が有効得票数の2%に達せず、新聞広告公費負担から外れた)。同じく第三極台頭の中で埋没した共産党が、議席減を1(9→8議席)にとどめて比較的善戦したのとは対照的な結果となった。

第18回東京都議会議員選挙(2013年6月23日投開票)では1人を擁立したものの議席獲得はできなかった。

第183回国会会期末の6月25日安倍晋三内閣総理大臣に対する問責決議案生活の党及びみどりの風とともに参議院に共同提出し可決させた、その結果、電気事業法改正案や生活保護法改正案などが審議未了のまま廃案となった。

2013年7月21日第23回参議院議員選挙では、先の衆院選時における新党・第三極ブームは収まったものの、 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

出典:wikipedia
2018/10/04 01:16

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