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福島第一原子力発電所事故とは?

【日付】
2011年3月11日 (2011-03-11)
【時間】
14時46分 (日本標準時)
【場所】
福島県双葉郡大熊町大字夫沢字北原22番地
座標
北緯37度25分17秒 東経141度1分57秒 / 北緯37.42139度 東経141.03250度 / 37.42139; 141.03250
【結果】
国際原子力事象評価尺度 (INES) レベル7(4月12日時点の原子力安全・保安院による暫定評価)
【死者】
地震・津波による死者 2人(4号機タービン建屋内)
その他の死者 2人
(原子力安全・保安院 地震被害情報(第169報)、pp.50-55、2011年6月14日15時30分現在)
原発による災害関連死を含めた死者 1600人
【負傷者】
地震による負傷者 6人
1号機・3号機の爆発による負傷者 15人
被曝の可能性

従業員 30人(100 mSvを超過した人数)
住民 88人(除染を実施した人数)

その他の負傷者 19人
【損害】
21.5兆円
東京
福島
福島第一原子力発電所

福島第一原子力発電所事故(ふくしまだいいちげんしりょくはつでんしょじこ)は、2011年(平成23年)3月11日東北地方太平洋沖地震による地震動津波の影響により、東京電力福島第一原子力発電所で発生した炉心溶融(メルトダウン)など一連の放射性物質の放出を伴った原子力事故である。国際原子力事象評価尺度 (INES) において最悪のレベル7(深刻な事故)に分類される。2015年(平成27年)3月現在、炉内燃料のほぼ全量が溶解している。東日本大震災の一環として扱われる。

目次

  • 1 概要
  • 2 事故の内容
    • 2.1 事故経過
      • 2.1.1 地震と津波による電源喪失
      • 2.1.2 1号機における事故の進展
      • 2.1.3 3号機における事故の進展
      • 2.1.4 2号機における事故の進展
      • 2.1.5 4号機の水素爆発
      • 2.1.6 5-6号機
      • 2.1.7 収束へ
      • 2.1.8 ALPSの運転
    • 2.2 事故後の原子炉の状態
  • 3 放射性物質の放出、拡散と汚染の状況
    • 3.1 汚染水の漏出
    • 3.2 汚染土の再利用
  • 4 日本政府等の対応
    • 4.1 SPEEDIによる予測とデータ公開
    • 4.2 事故調査・検証委員会
    • 4.3 原子力安全・保安院の対応
  • 5 国際原子力機関の動き
  • 6 影響
    • 6.1 原発関連死
  • 7 事故重大度の評価
  • 8 原因
    • 8.1 事故の根本原因
      • 8.1.1 津波想定
      • 8.1.2 地震動との関係
      • 8.1.3 過酷事故対策の不備
    • 8.2 現場の事故対応上の問題点
      • 8.2.1 1号機のIC作動状況の誤認
      • 8.2.2 1号機ベント操作の遅れ、水素爆発の原因
    • 8.3 災害対策に関する問題点
      • 8.3.1 国際基準 (IAEA) の災害対策の導入見送り
  • 9 教訓と再発防止策
  • 10 裁判
  • 11 最悪のシナリオ
  • 12 誤報
    • 12.1 原発安全神話
    • 12.2 海水注入問題
    • 12.3 東京電力の全面撤退をめぐる報道
    • 12.4 「吉田調書」〔朝日新聞の報道〕
  • 13 専門家による指摘
    • 13.1 原子力工学
    • 13.2 放射線医学
  • 14 第三者による事故調査・報告
    • 14.1 国会の事故調査委員会
      • 14.1.1 最終報告書英語版序文に対する異論
    • 14.2 民間の独立検証委員会
  • 15 注釈
  • 16 出典
  • 17 参考文献
  • 18 関連資料
  • 19 関連項目
  • 20 外部リンク

概要

2011年(平成23年)3月11日の東北地方太平洋沖地震発生当時、福島第一原子力発電所(以下「原子力発電所」は「原発」と略す)では1〜3号機が運転中で、4号機〜6号機は定期検査中だった。1〜3号機の各原子炉は地震で自動停止。地震による停電で外部電源を失ったが、非常用ディーゼル発電機が起動した。

ところが地震の約50分後、遡上高14 m - 15 m(コンピュータ解析では、高さ13.1 m) の津波が発電所を襲い、地下に設置されていた非常用ディーゼル発電機が海水に浸かって機能喪失。さらに電気設備、ポンプ、燃料タンク、非常用バッテリーなど多数の設備が損傷し、または流出で失ったため、全電源喪失(ステーション・ブラックアウト、略称:SBO)に陥った。このため、ポンプを稼働できなくなり、原子炉内部や核燃料プールへの注水が不可能となり、核燃料の冷却ができなくなった。核燃料は運転停止後も膨大な崩壊熱を発するため、注水し続けなければ原子炉内が空焚きとなり、核燃料が自らの熱で溶け出す。

実際、1・2・3号機ともに、核燃料収納被覆管の溶融によって核燃料ペレットが原子炉圧力容器(圧力容器)の底に落ちる炉心溶融(メルトダウン)が起き、溶融した燃料集合体の高熱で、圧力容器の底に穴が開いたか、または制御棒挿入部の穴およびシールが溶解損傷して隙間ができたことで、溶融燃料の一部が圧力容器の外側にある原子炉格納容器(格納容器)に漏れ出した(メルトスルー)。また、燃料の高熱そのものや、格納容器内の水蒸気や水素などによる圧力の急上昇などが原因となり、一部の原子炉では格納容器の一部が損傷に至ったとみられ、うち1号機は圧力容器の配管部が損傷したとみられている。

また、1〜3号機ともメルトダウンの影響で、水素が大量発生し、原子炉建屋、タービン建屋各内部に水素ガスが充満。1・3・4号機はガス爆発を起こして原子炉建屋、タービン建屋および周辺施設が大破した(4号機は定期検査中だったが、3号機から給電停止と共に開放状態であった、非常用ガス処理系配管を通じて充満した可能性が高い)。

格納容器内の圧力を下げるために行われた排気操作(ベント)や、水素爆発、格納容器の破損、配管の繋ぎ目からの蒸気漏れ、冷却水漏れなどにより、大気中・土壌・海洋・地下水へ、大量の放射性物質が放出された。複数の原子炉(1,2,3号機)が連鎖的に炉心溶融、複数の原子炉建屋(1,3,4号機)のオペレーションフロアで水素爆発が発生し、大量に放射性物質を放出するという、史上例を見ない大規模な原発事故となった。

事故により、大気中に放出された放射性物質の量は、諸説あるが、東京電力の推計によるとヨウ素換算値で約90京ベクレル (Bq) で、チェルノブイリ原子力発電所事故での放出量520京Bqの約6分の1に当たる。東京電力は、2011年8月時点で、半月分の平均放出量は2億 Bq (0.0002TBq) 程度と発表している。また空間放射線量が年間5ミリシーベルト (mSv) 以上の地域は約1800km、年間20mSv以上の地域は約500kmの範囲に及んだ。

日本国政府は、福島第一原発から半径 20 km圏内を警戒区域、20km以遠の放射線量の高い地域を「計画的避難区域」として避難対象地域に指定し、10万人以上の住民が避難した。2012年4月以降、放射線量に応じて避難指示解除準備区域・居住制限区域・帰還困難区域に再編され、帰還困難区域では立ち入りが原則禁止されている。2014年4月以降、一部地域で徐々に避難指示が解除されているが、帰還困難区域での解除は、事故発生から10年後の2021年以降となる見通しである。

事故の内容

事故経過

各原子炉の配置図
(国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成1975年撮影。3号機〜6号機は当時建設中)
・6号機が相馬
・4号機がいわき
3月末までの詳細な経緯については「福島第一原子力発電所事故の経緯」を、4月以降の経緯については「福島第一原子力発電所事故の経緯 (2011年4月以降)」を参照

地震と津波による電源喪失

日本近海の牡鹿半島沖で2011年3月11日14時46分に発生した東北地方太平洋沖地震で、福島第一原発の在る大熊町震度6強の揺れとなり、最大加速度は設計値の約126パーセントの550ガルを記録、施設内外に多くの破損が起こった。参考までに他の地震と比べると、兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)で観測された最大加速度は818ガル、事故時までの世界最大はギネスブックによると、2008年6月14日岩手・宮城内陸地震での4022ガルである。

この地震により、稼働中の1 - 3号機は自動的に制御棒が挿入され緊急停止した(原子炉スクラム)。原発に電力を供給していた6系統の送電線の内の鉄塔1基が地震による土砂崩れで倒壊し、5号機・6号機が外部電源を喪失した。1〜4号機もまた、送電線の断線やショート、関連設備の故障などにより、同じく外部電源を喪失した。外部電源・非常用発電機を損失したために館内は停電し、大量の水が降ってきた場所もあり作業員は緊急退避した。

外部電源が失われたため、一旦は非常用電源(ディーゼル発電機)が起動し切り替わった。しかし、太平洋から押し寄せた大きな津波が、地震発生41分後の15時27分の第一波以後、数回にわたり本原発を襲った。津波は低い防波堤を越え、施設を大きく破壊し、地下室や立坑にも浸水した。地下にあった1 - 6号機の非常用電源は水没し、二次冷却系海水ポンプや、燃料のオイルタンクも流失した。

このため1・2・4号機が全電源喪失、3・5号機が全交流電源喪失に陥り、非常用炉心冷却装置 (ECCS) や冷却水循環系のポンプを動かせなくなった。しかも海水系冷却装置系統 (RHR) は津波で破損した。核燃料は原子炉停止後も長い年月、崩壊熱を発し続けるので、長時間冷却が滞ると過熱を起こし重大な事故に繋がる。

いったん冷却不能になれば、燃料棒は過熱し続け炉内温度は上昇、そのため冷却水からの水蒸気発生によって炉内水位は低下し、圧力容器と格納容器の内圧は上昇、燃料ペレット被覆管(ジルカロイ材)溶融による化学反応で多量の水素発生、といった過程は進行を続け、有効な対策を打たない限りは数十時間程度で爆発する可能性がある。

これを防ぐため、格納容器内の蒸気を外に逃がす操作(ベント)を行い格納容器の圧力を下げる必要がある。しかしベントによっても放射性物質は放出されるのであり、最悪の事態を避けるためのやむを得ない措置である。通常行なわれるベントは、ウェットベント(=PCVベント)といい、格納容器内の蒸気を圧力抑制室内に貯められた水にくぐらせて大半の放射性物質を取り除いてから外部に放出する。ドライベントは、格納容器から直接外部に放出するためより多くの放射性物質が放出されることになる。

電源喪失により、原子炉冷却機能を失っただけでなく、原子炉の状態を示す各計器の値が表示されなくなり、さらに発電所内の照明、通信機能も失ったことが、事故対応を極めて困難なものにした。また津波によって発電所敷地内にがれき、車両、重油タンク等が散乱し、事故復旧のための資材搬入や車両通行を妨げた。さらに、大津波警報が継続するとともに大きな余震が繰り返し発生し、それらへの警戒からたびたび作業中断を余儀なくされた。

1号機では最も早く注水が止まり、地震翌日までに炉心溶融、建屋爆発に繋がった。2号機では蒸気タービン駆動の隔離時注水系 (RCIC) が、奇跡的に3日間、炉心に水を注入し続けた。直流電源の残っていた3号機も2日間注水が継続していた(2号機・3号機は、全交流電源喪失を考慮し、隔離時注水系 (RCIC)・高圧注水系 (HPCI) と、2系統の蒸気タービン駆動注水装置がある)。

しかし停電時間は、電力会社が設計上想定してきた最大8時間に収まらず、非常用バッテリーを使い切った。渋滞による電源車の遅れ、原子炉の電圧と合う電源車が62台のうち1台しかなかったこと、電源車の出力不足、唯一の受電施設が水没したこと、地震翌日に開通した仮設電源ケーブルが開通6分後に1号機の水素爆発で吹き飛ばされたこと、自衛隊在日米軍による電源車のヘリコプター空輸が、重量超過のため搬送できなかったことなどの複合要因により、全電源喪失の時間が長期化した。

1号機における事故の進展

1号機では、3月11日14時46分の地震発生後、14時52分に原子炉を冷却する非常用復水器が起動したが、急激な圧力低下を緩和するため(圧力容器の破損を避けるため)作業員は手動での操作(起動・停止を繰り返し)に切り替えた。その操作中の15時半頃、津波に襲われ、15時50分に非常用電池が水没して遮断状態のまま非常用復水器が使用不能になり、同時に計器、動弁電源も失われた。東京電力は、17時に電源車を出動させたが渋滞で動けず、18時20分に東北電力に電源車の出動を要請したが、到着は22時で、津波の被害・電圧不一致もあって、翌3月12日15時まで接続できなかった。

一方11日19時30分に1号機の燃料は蒸発による水位低下で全露出して炉心溶融が始まり、20時50分から動かしていたディーゼル駆動消火ポンプも翌12日1時48分に機能停止、翌12日明方6時頃には全燃料がメルトダウンに至ったとみられる。1号機は上記の経緯で、地震発生後5時間で燃料が露出したとみられ、15時間ほどで炉心溶融したと思われる。

東京電力は11日夕方から夜にかけて、非常用復水器が停止していることを認識せず、注水が行われているとみていた(後述)。ところが11日23時頃から1号機原子炉内圧力の異常な上昇を検知し、格納容器内部圧力は設計強度の1.5倍にも達したため、3月12日0時6分頃、第一原発所長の吉田昌郎は、ベントの準備をするよう指示した。

経済産業大臣海江田万里も3月12日早朝、大量の放射性物質が大気中に放出される虞、また水素爆発低減用に充填されている窒素も抜けてしまう虞は承知の上で、ベント実施を命令し、内閣総理大臣菅直人も第一原発を訪れて、ベントを急ぐように指示した。東京電力は12日9時頃にウェットベント作業を開始。しかし、操作マニュアルの不備や、高濃度の放射線に現場が汚染されたことでベントの作業は難航し、14時30分にようやくベント成功を確認した 。

その1時間後の3月12日15時36分、1号機の原子炉建屋は水素爆発を起こして大破した。この瞬間の様子は福島中央テレビが唯一撮影に成功し、世界に知れ渡った。1号機は火炎を視認できない透明な爆発と同時に地面を這うような白煙が広がった。水素爆発の原因は、圧力容器が損傷したことで原子炉建屋内に水素が充満していたか、あるいはベントにより排出された多量の水素を含む水蒸気が、原子炉建屋のオペレーションフロアに流れ込んだためと諸説ある。福島中央テレビが撮影した映像は、3月12日15時40分に福島県ローカルのみで映像が放送され、その1時間9分後の16時49分にNNN全国ネットで放送され、この映像で総理官邸が事態を把握したことになる。この映像は世界に配信されたものの、発生当日に国内で放送されたのはNNNのみである。

水素爆発でまき散らされた瓦礫等により、負傷者が出るとともに、完成間近だった2号機への注水用ポンプケーブル敷設作業が、振り出しに戻ってしまった。また、爆風によって2号機建屋のブローアウトパネルが脱落、原子炉建屋内部が外気に通じた。

3号機における事故の進展

バッテリーが生きていた3号機でも、隔離時注水系 (RCIC) による注水が、3月12日11時36分に停止。約1時間後の12時35分には高圧注水系 (HPCI) が、RCIC停止を感知して入れ替わり起動し、その後14時間ほど稼働し続けた。しかし高圧注水をいつまでも続けることはできず、13日2時42分、HPCIを手動で停止。ディーゼル稼働消火ポンプでの注水に切り替えようと、主蒸気逃し安全弁(SR弁)を開いて原子炉内の圧力を下げようとした。ところがSR弁が開かず、注水が約7時間中断してしまった。

このため、3月13日4時15分に、炉心の露出が始まった。8時41分にベントに成功し、その1時間後までにディーゼル稼動消火ポンプと消防車によって注水も再開できたが、12時20分、注水用の水が無くなり注水が停止。13時12分に海水注入に切り替えたが、十分に水位が上がらず炉心の露出が続いた。2014年8月6日に東京電力が発表した再解析の結果によると、すでに3月13日午前5時半頃から、3号機の炉心溶融が始まり、3月14日7時頃には、燃料の大部分が圧力容器の底を突き破って、格納容器へ溶け落ちたとみられる。

3月14日11時1分、原子炉建屋のオペレーションフロアから上が、1号機と同じように水素爆発し大破した(保管燃料由来の水素爆発とされている)。一瞬の透明な爆発の直後、燃料プール付近で一瞬の赤い炎が発生し、爆発煙が上がった。大量の瓦礫が高度数100mまで巻き上げられ7人が負傷し、復旧作業も中断した。その後数日間、3号機建屋からは何度も煙が上がった。核燃料を貯蔵する燃料プールが沸騰していると推測され、3月17日からは、自衛隊がヘリコプターと消防車で燃料プールを目掛けて放水を行った。

2号機における事故の進展

2号機では、全電源喪失2分前の11日15時39分に隔離時冷却系 (RCIC) を手動で起動していて、その後3日間も持ちこたえた。RCICの起動には直流電源が必要で、もし電源喪失前に起動していなければ、すぐに冷却機能を失い炉心損傷へと急転していた可能性が高い。

RCICによる注水は14日13時25分に停止。19時過ぎから格納容器ドライウェル圧力が上昇し、21時頃には圧力容器圧力とドライウェル圧力がほぼ同じになったことから、圧力容器が破損したものと推定される。水素も発生したと考えられるが、ブローアウトパネル脱落により建屋に開いた穴から放出されたため水素爆発には至らなかった。東電はウェットベントとドライベントを試みたがすべて失敗し、このままでは圧力容器の破壊というこれまでよりも桁違いに深刻な事態に陥ることを恐れて現場は緊迫した空気に包まれた。東電は作業員の安全のため政府に第一原発からの撤退を申し入れたが、政府側はこれを「全面撤退」の意味で受け取り、拒否した(詳細は#東京電力の全面撤退をめぐる報道を参照)。格納容器圧力は600~700kPa(設計強度の約1.5倍)の高圧を7時間以上にわたって維持した。

15日6時14分頃、大きな衝撃音が発生し、同時に圧力抑制室の圧力計が0を示した。圧力抑制室が破損した可能性があると判断した現場は、最小限の要員を残して第一原発から退避した。しかし、実際にはこれは圧力計の故障と推定されている。この衝撃音は、同時間帯に起きた4号機水素爆発のものと考えられる。東電による地震計の解析によれば、衝撃音発生の正確な時刻は6時12分、場所は4号機からで、同時間帯に発生した衝撃はこの1回だけだった。しかしながら、このとき2号機圧力抑制室が破損したとの見方もある。

格納容器内圧力は15日7時25分にはまだ730kPaという高い値だったが、次に監視員が戻ってきて11時25分に確認した際には155kPaまで低下していたため、この間に格納容器に破損が生じたと考えられる。事故で放出された放射性物質は、15日に2号機から放出されたものが最も多かったと推定されている。1・3号機ではウェットベントに成功したが、2号機ではベントに失敗し格納容器から直接放射性物質が放出されたためとみられる。しかし、吉田所長らが恐れていた原子炉の決定的な破壊にまでは至らず、最悪の事態は回避された(詳細は#最悪のシナリオを参照)。この日放出された大量の放射性物質は、初めは南向きの風に乗って関東地方へ拡散したが、北西への風に変わった夕方に降り出した雨で土壌に降下し、原発から北西方向へ延びる帯状の高濃度汚染域を作り出した。

4号機の水素爆発

15日6時14分頃、大きな衝撃音と振動が発生し、その後4号機原子炉建屋の損傷が確認された。4号機建屋は水素爆発を起こしたと考えられるが、1・3号機と違って爆発時の映像が残っていない。4号機は炉心定期点検中で、炉に燃料は装荷されていなかったが、3号機と4号機は原子炉建屋から排気筒への配管が共通のため、3号機建屋の水素が4号機建屋へ漏れたことで爆発が発生したと推定されている。なお4号機建屋に3号機建屋からの水素ガスが漏れてきた原因は、電源喪失に伴う切替弁の作動停止によるものと思われている。仕様として、1号機・2号機、3号機・4号機というふうに隣接同士で原子炉建屋の排気筒を共有する設計が問題であると指摘されている。水素爆発によって4号機の使用済燃料プールがむき出しになり、プールの冷却水喪失による核燃料の過熱が恐れられたが、実際には水が残っていて核燃料の冠水が継続していた。15日9時38分、建屋内で火災を確認したが、11時までに自然に鎮火した。16日5時45分頃に再び火災の連絡があったが、6時15分には現場に火は無かった。隣接する3号機建屋付近の放射線量が極めて高かったため、現場の確認さえ困難になっていた。

5-6号機

5号機・6号機は、1〜4号機と立地が異なりやや離れた高所にあり、津波被害がやや軽微だった。6号機の高い位置に設置されたディーゼル発電機1基のみ津波被害を免れ実働であったので、これを輪番で兼用することで全電源喪失を免れることができ、核燃料冷却を継続できた(#地震と津波による電源喪失と原子炉の破損の進行も参照)。1号機〜4号機は、標高35mの丘陵を岩盤に近づけ標高10mまで削って整地し(→福島第一原子力発電所#各原子炉の建設)、非常用電源も地下や1階に設置していた。標高は5号機・6号機は13m、福島第二原発は12mだった。この落差がそのまま、津波被害の軽重へ直結した。現地では、やや高い5号機付近の敷地から、施設周辺が次第に津波に覆われる様子を撮影している。

収束へ

原子炉の冷温停止状態を目指す復旧作業として、原子炉と使用済み核燃料プールを冷やすための注水または放水(初期は海水、のちに淡水。福島県双葉郡大熊町坂下ダムの貯水の淡水を使用。)が各種ポンプ車両、および仮設ポンプなどにより行われ続け、完成とは呼べないものの7月上旬には従来の注水から、アレヴァキュリオンの設備により放射性物質を除去した上での循環水冷却に完全に移行し、8月には東芝などの開発したサリー (機械)も加わり処理能力が向上した。以降も引き続き事態を収束へ向かわせる懸命の努力が続いた。

現場では、過酷な状況の中で作業者、技術者らが事故収束作業をしている。彼らは当初の人数に因み「フクシマ50」(フクシマフィフティ)などと称賛された。

注水を継続する中、タービン建屋の修理に必要な汚染水移送や、国内外のロボットを使った調査などがされている。原子炉建屋は高線量で人が立ち入れず、配管故障状況の調査、修理は難航しており、多くの計器や電気系統が故障し、原子炉の状態の詳細は把握されていない。それを助けるために、「原発災害用ロボット」を使った調査・情報収集も行われている。

原発事故へのロボットの投入については「レスキューロボット#原発災害用ロボット」を参照

4月17日、東京電力から2011年10月 - 2012年1月に原子炉を冷温停止させる2ステップからなる収束工程表が発表された。進められている手順は、主に以下の通りである。

  1. 機器のリモートコントロール化を利用し、また、作業員の線量管理、健康管理を厳重に行うことで、被曝などによる疾病を予防する。
  2. 建屋に人が入れるように、また、環境に漏出させないように、放射性物質を含む溜まり水を保管できる先を確保して移す。将来は浄化する。
  3. 立ち入れるよう、建屋の空気をフィルターでこして線量を下げる。
  4. 立ち入れるようになったら水位計、圧力計を修理して状況をより正確に把握する。状況に応じて適切に冷却手段を講じる。その過程で圧力が下がりすぎて空気(酸素)の流入で水素爆発が起こらないよう、窒素の注入を慎重に継続する。
  5. 4号機の使用済み燃料プールが損壊しないよう、下部を補強する。
  6. 空冷による冷却水循環系を早期に構築して、冷温停止させる。

作業の制約になる敷地内の線量を減少させ、また大気汚染を減らすために、主に以下の対策が行われた。

  1. 飛散防止剤(樹脂エマルジョン)の敷地散布。
  2. リモートコントロール重機による汚染した瓦礫の撤去。
  3. 原子炉建屋を特殊なカバーで覆う。

2011年12月16日、政府は「発電所の事故そのものは収束に至った」として原子炉の冷温停止を宣言した。福島県知事は事故は収束していないとして反発した。

2013年3月18日に1号・3号・4号・共用プールの使用済み燃料プールが停電状態に陥って循環冷却機能を一時喪失したが、20日未明までに配電盤の復旧を行い冷却機能を回復した。

ALPSの運転

2012年10月、トリチウム以外の62核種の放射性物質を汚染水から除去できる多核種除去装置・ALPS(アルプス・Advanced Liquid Processing System)を東芝が完成した。2013年3月25日、原子力規制委員会が、評価に基づき試運転の実施に向けた原子炉施設保安規定の変更を認可、東電は試運転(ホット試験)を月内にも開始すると発表した。1日250トンを処理できる能力を持つ3系統があり、この内1系統で3月下旬から試運転が行われた。そして6月15日に、4月から試験運転していたA系でタンクの腐食による水漏れトラブルが発生した。東電は7月25日に、汚染水に含まれる塩化物イオンや次亜塩素酸の影響で、厚さ約9ミリのタンクの溶接部分の腐食が進み、微細な穴が開いたことを明らかにした。そこで、まずタンクの内側にゴムを張ることとし、次に試運転中のB系統も8月初めに停止してタンクを補修、さらにまだ試運転を始めていないC系統も対策を取ることとした。そして全ての系列が停止した。9月中旬には1基目の運転再開を目指していた。年内本格稼動の予定であった。除去できないトリチウム入り汚染水はタンクに保管して希釈した上で海洋に放出する予定であるが、漁業者の反対が多く放出時期の目処は立っていない。この点、すでに東電側がトリチウムの安全性を主張していた。しかし、これに対する批判は多い。

事故後の原子炉の状態

施設の損害状況一覧については「福島第一原子力発電所事故の経緯#施設の損害状況」を参照

2015年、宇宙線ミュー粒子を利用して原子炉内部を透視した結果、1号機の核燃料はほぼ全量が熔融落下していることが分かった。核燃料は圧力容器の底から格納容器へ漏れ出たとみられる。また2号機では7割以上が熔融落下していることが分かり、2016年7月、落下した燃料の大部分が圧力容器の底に残っているとみられると分かった。また2014年の東電の解析によると、3号機では核燃料の大部分が圧力容器の底を突き破って格納容器へ落下したとみられる。

2011年5月24日に、東京電力は、計測された圧力データを基に、1号機は圧力容器の外側にある格納容器に直径7 cm相当の穴が1箇所、2号機では格納容器に直径10 cm相当の穴が2箇所開いていると見ていることを発表した。これは事故が炉心溶融だけでなく、さらに進んだ炉心溶融貫通(メルトスルー)に至っている可能性を示唆している。

東京電力の5月26日の発表では、崩壊熱は5月20日時点で1〜3号機でそれぞれ1000 kW〜2000 kW、地震から半年後時点で1000 kW前後としている。いずれにしてもウラン燃料が被覆管を溶融し、圧力容器、格納容器、そして配管の破れや2号機圧力抑制プールの破れから、放射性物質として外部環境に漏れ続けている。3号機の炉心にはプルサーマル利用としてMOX燃料が使われ、ウランのほかにプルトニウムが含まれているので、特に大気、海水および地下水への漏洩が心配されている。

放射性物質の放出、拡散と汚染の状況

詳細は「福島第一原発事故による放射性物質の拡散」および「福島第一原子力発電所事故の影響#放射性物質による汚染の状況と影響」を参照
事故に伴って出された避難エリア等

ベント、水素爆発、格納容器の破損、冷却水漏れなどにより、大気中、土壌、溜まり水、立坑、海水、および地下水へ放射性物質が放出された。汚染は日本国内、国外に広がった。

福島第一原発からの放射性物質の放出は、3月14日深夜から16日までに最大のピークがあり、3月20日から23日にもこれに次ぐ放出量があったとみられる。3月15日前後の放出は、主に2号機からのものと考えられているが、3月20日からの放出の原因は不明である。

放射性物質の拡散および土壌への沈着状況は、風向きおよび降水に大きく左右されたため、原発からの距離が同じでも放射線量は大きく違い、汚染状況は同心円状ではない。放出された放射性物質は、14日深夜から15日未明には南-南西への風で茨城県方面へ流されたが、風向きは次第に西向きに変わった。やがて降り出した雨によって放射性物質が地上に降下したことで群馬県北部・栃木県北部に汚染をもたらした。さらに15日午後には福島県中通りで、15日夜には原発から北西方向の地域で、雨によって放射性物質が地上に降下し高濃度の汚染地域が作られた。また3月20日午後に北向きの風で運ばれた放射性物質が、雨によって宮城・岩手県境付近に降下。3月21日夜から22日未明には南向きの風に運ばれて茨城県南部・千葉県北部(柏市付近)へ汚染をもたらした。

3月14日から15日にかけて放射性ヨウ素131が大量に放出されたことがのちに判明した。飛散した地域と時刻の解析(シミュレーション)結果をNHKが番組『埋もれた初期被ばくを追え』(2012年3月11日)内で放送した。14日に2号機で事故が発生し、通常の2500倍(1立方メートル当たり1万ベクレル)を超える放出した放射性ヨウ素が初期は風向きで海側へ流れていたが、3月15日0:00より南側の風向きに変化し、茨城県、そして栃木県を通過した、という内容であり、放射性のヨウ素131は、SPEEDIによる放射性セシウムの飛散予測とは全く異なる地域となっていたことが判明した。

第一原発正門付近の放射線量は、3月12日4時00分まで毎時0.07 マイクロシーベルト (μSv/h) と正常範囲だったが、4時30分に0.59 μSv/h、7時40分に5.1 μSv/hと上り、15時29分には1号機北西敷地境界付近で1,015 μSv/hになった。3月14日深夜からは一段と高い値を示し、15日9時00分に11,930μSv/hの最大値を観測。3号機付近では15日10時22分に毎時400 ミリシーベルト(40万μSv/h)という非常に高い値を観測した。その後敷地の線量は減少し、5月2日21時に正門付近では45 μSv/hとなった。

各地の空間放射線量の事故直後における最大値は、福島県浪江町赤宇木で170μSv/h、福島市で24.24μSv/h、栃木県宇都宮市で1.318μSv/h、東京都新宿区で0.809μSv/hなどであった。なお、日本での事故前の平常時の放射線量は、0.025~0.15μSv/hほどである。

大気中に放出された各放射性物質の量は、東京電力および東京電力福島原子力発電所事故調査委員会(国会事故調)の報告によると、希ガスが約50京ベクレル (500PBq)、ヨウ素131が約50京ベクレル、セシウム134が約1京ベクレル、セシウム137が約1京ベクレルだった。ヨウ素131とセシウム137の合計は放射性ヨウ素換算値で約90京ベクレル (900PBq) であり、チェルノブイリ原子力発電所事故の国際原子力事象評価尺度評価である5200PBqと比較して、約6分の1の放出量となる。なお、原子力安全・保安院(2012年2月16日発表)によれば48京 Bq、原子力安全委員会(2011年8月22日発表)によれば57京ベクレルである。(チェルノブイリ事故との比較#福島第一原発事故との比較も参照)

また、2号機から放出された高濃度汚染水が含む放射性物質の量は、東京電力発表の水量と濃度に基づけば330京 Bqである。高濃度汚染水の一部は海洋や地下水に漏れた。

2011年10月13日時点における土壌中に蓄積されたセシウム137・セシウム134の合計値が1万ベクレル/m以上となる地域は、東北・関東・甲信越の13都県、3万km以上に及んだ(1999年以降の調査での、事故前におけるセシウム137の最大値は、長野市の4700ベクレル/mである)。また年間の空間放射線量が5ミリシーベルト (1.0μSv/h) 以上の地域は福島県内の約1800km、20ミリシーベルト (3.8μSv/h) 以上の地域は約500kmの範囲に及んだ。事故後は年間20ミリシーベルトが住民の許容被曝限度とされ、避難の基準となった。政府は、長期的には追加被曝量を年間1ミリシーベルト以下へ下げることを目指すとして、年間1ミリシーベルト (0.23μSv/h) 以上の放射線量が観測されていた8県の102市町村を2011年12月に「汚染状況重点調査地域」に指定して除染を進めている。

もともと原子炉内にあった核燃料は東京電力の所有物であるが、東京地方裁判所で行われた裁判における同社の主張では、放出された放射性物質の所有権は同社になく、付着した土地の持ち主にあるとしている。

汚染水の漏出

福島第一原発側面図

3月24日、3号機タービン建屋(側面図 (2))建屋地下の溜まり水に浸かりながらケーブル敷設作業をした作業員3人が被曝した。この水は濃度390万 Bq/cmの放射性物質を含み、表面から約400 mSv/hの放射線を発していた。また3月26日には1号機の溜まり水から380万 Bq/cmの放射線を検出、翌3月27日には2号機の溜まり水の表面で1,000 mSv/h を超えた(針が振り切れて測定不能となった)。

さらに、3月28日には1 - 3号機の海側にある立て坑(ピット)(側面図 (3))の溜まり水からも放射線が検出され、うち2号機の立て坑の水表面からは1,000 mSv/hを超える放射線量が検出された。立て坑は冷却用の海水などの配管が通っているトンネルであるトレンチ(側面図 (4))に通じている。2号機から、核燃料の混じった冷却水が漏れてこれらに流入しているとみられる。冷却水を循環できず外部注水していたため、注水量が多すぎれば蒸発しきれない分、汚染水漏出量が増え、少なすぎれば温度や圧力が上がってさらなる炉心過熱の危険が増すという微妙な問題が発生した。

4月2日、2号機海側の立て坑に亀裂があり高濃度の放射性物質汚染水が海に流出しているのが発見された。コンクリートでは固められず、新聞紙やおがくずを投入してみるという試行錯誤の末、水ガラスの導入によって4月6日に止めることができたが、その後、地下水の放射性物質濃度が高くなった。

東京電力は、高濃度汚染水をタービン建屋やトレンチから緊急に排出するために、集中廃棄物処理施設中の6.3 Bq/cmの低濃度汚染水(実測値9,070トン)を海に放出して空けてそこに入れるしかないと判断した。さらに、5号機・6号機のサブドレンピットに増してきた貯留地下水(実測値1,323トン)もそれぞれ16 Bq/cm、20 Bq/cmで設備水没の危険もあるので同時に海に放出するとした。東京電力は、核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律に基づいて政府の承認を受け、発表を行った。放出は4月4日から10日にかけて実施された。放射能レベルは約1,500億 Bqで、「原発から1 km以遠の魚や海藻を毎日食べた場合の年間被曝量は0.6 mSvであり、年間に自然界から受ける放射線量の4分の1」とされたが、この処理には日本国内外から抗議の声が上がった。

一方、2号機からの高濃度汚染水だけで2万5000トンあって、そのセシウム137の濃度は300万 Bq/cmで、ヨウ素131の濃度は1300万 Bq/cmと発表されている。国際原子力事象評価尺度マニュアルの大気放出時ヨウ素換算係数を準用し40を掛ければ、セシウム137のヨウ素等価濃度は1.2億 Bq/cmで、この2核種だけで合計濃度は1.33億 Bq/cmなので、2万5000トンの2号機汚染水に含まれる2核種の放射性物質総量はそれらの積で、330京 Bqと単純計算される。

4月6日以前に毎分2リットルで海に流れ出てしまった高濃度汚染水中の放射性物質は、上記濃度を仮定すれば、10日間あたり0.2京 Bqと計算される。東京電力は独自仮定に基づき、IAEAのヨウ素換算係数を適用しない単純合計ベースで、放射性物質放出の総量を0.47京 Bqと推算した。この発表では「原発から1 km以遠の魚や海藻を毎日食べた場合の年間被曝量」についての言及はなかった。

炉を冷温停止させるための冷却水循環系を修理または外部接続するには、タービン建屋の高濃度汚染水を除去して作業環境を整える必要があったが、タービン建屋の水を減らすと新たに炉から放射性物質を含む汚染水が流入し、炉内の冷却水量が保てないというジレンマが発生した。

そこで、日本国内外の提案や援助を得ながら、主に以下の対策が実施されている。

  1. 汚染水の復水器・集中廃棄物処理施設・メガフロート(巨大人工浮島)などへの移送
  2. 汚染水収納用のタンクの新設
  3. 高放射線量環境でも作業できる原子力災害ロボットの投入
詳細は「レスキューロボット#東日本大震災とレスキューロボット」を参照
  1. ロシア液体放射性物質処理施設「すずらん」の投入
  2. 仙台ゼオライト(沸石)活性炭などによる放射性物質および海水由来塩分の浄化
  3. タービン建屋の汚染水を原子炉に戻すことによる汚染水減量
  4. 浄化フィルター設備および海水による冷却機の新設・接続による、安定的な循環冷却系の構築

4月12日、汚染水の一部移送が始まった。

上記対策などを織り込んで6 - 9か月後の冷温停止を目標とする収束工程表が、4月17日、東京電力から発表された。

6月3日、東京電力は、1 - 4号機および集中廃棄物処理施設建屋の地下にたまっている放射能汚染水の放射能が推定で72京 Bqに上ると発表した。

各建屋内に漏洩した滞留水の放射能の推定量
【核種】
放射能 (PBq)
【1号機】
【2号機】
【3号機】
【4号機】
【集中廃棄物処理施設
プロセス主建屋】
【集中廃棄物処理施設
高温焼却炉建屋】
合計
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出典:wikipedia
2018/08/21 07:44

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