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競輪選手とは?

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競輪選手(けいりんせんしゅ)とは、公営競技競輪において賞金を獲得するプロスポーツ選手であり、経済産業省管轄の国家資格所持者である。

選手数の変遷

選手数は、日本のプロスポーツとしては最大規模となる2,300人程度にのぼる。かつては4〜5千人もの選手がいたが、相次ぐ競輪場の閉鎖や開催日の減少、団塊世代の選手の大量引退、日本競輪選手養成所の選手募集年一回化などにより、直近10年間でも1,000人ほど減少した。ただ、現在では毎年男女合わせて100名近い新人選手がデビューしていることもあり、選手数の減少はほぼ止まっている。

競輪選手になるには

男女とも競輪選手になるには、国家試験である競輪選手資格検定(以下、資格検定)に合格する必要がある。資格検定に合格するには、日本競輪選手養成所(以下、養成所)に入所し、同所で研修・訓練を受けなければならない。資格検定は毎年度12月(第1回)と翌年3月(第2回)の年2回実施されるが、養成所の選手候補生は原則として毎年3月上旬に実施される第2回試験を受験する。

資格検定に合格し養成所を卒業したあと、全国いずれかの選手会に所属することで選手登録され、JKAより競輪選手であることを証明する選手登録証を交付されることで、晴れて競輪選手となれる。

現在では、男女ともに、原則として養成所を卒業したあと、5月に萬福寺(以下も参照)にて3泊4日の新人宿泊研修を受け、5月から6月にかけて新人選手のみで行われる『競輪ルーキーシリーズ』が実質のデビュー戦となる(2020年より)。そしてその成績を基に競走得点が算出され、それをもって下半期期初となる7月以降に正式デビューすることになっている(101期以降でも期によっては5月に正式デビューしていたこともあった)。

なお、養成所での学業・競走訓練がともに成績優秀である場合は、特例で半年早く1月にデビューすることも可能となっている。

養成所の受験方法・在校時の生活などについては、日本競輪選手養成所の項目を参照のこと。

競輪選手の生活

まず、競輪を開催する施行者(各競輪場)より委託を受けたJKA(旧・日本自転車振興会)の各地区本部がJKAあっせん課に対しあっせん依頼を行い、あっせん課はスケジュールや脚質など公正に勘案した上で選手に対しあっせん通知メールを送信する。それを受信した選手はメールの内容(あっせん先の競輪場・開催期日など)を確認し、参加の旨を意思表示したメールを返信することで、改めて開催施行者から参加通知メールが送信される。これで施行者と選手との間で契約成立となる。選手はあっせんされた競輪場へ前検日(開催前日)の指定時間までに赴き、選手登録証と通信機器を窓口に提出したあと、その日のうちに身体・車体など所定の検査を受けて「異常なし」と判断されれば、翌日以降の競走に参加できる。仮に身体や車体に「異常あり」と判断されればその場で契約解除となり競走には参加できず、規定により「前日検査不合格」という扱いとなる。なお、配送を委託した部品や自転車が前検日に競輪場に届かず検査が受けられない場合なども契約解除となるが、選手の責任を問えないと判断された場合は通常の欠場扱いとなる。

競走の公正確保(八百長防止)の観点から、前検日に競輪場入りしてから帰宅するため競輪場を離れるまで、選手全員が競輪場併設の選手宿舎 に隔離状態にされ、外部との接触や連絡はたとえ身内でも一切禁止となり、携帯電話や通信機器など も前検日に競輪場に必ず預けなければならない。参加中に、例え通信機能が無くても通信機器を所持ないし届け忘れが発覚すれば競輪場から即日契約を解除され、かつ一定期間のあっせん停止など厳しい処分が課せられ、更に使用が発覚した場合にはより重い処分となり、過去には手島慶介などがこの処分を受けている。

選手宿舎は、12畳1室で4人相部屋となっている。選手の宿舎内での生活は、基本的に、食事・風呂・トレーニング・同室の仲間との会話…がほとんどであり、藤本博之によれば、「食事か、仲間との会話ばかり」とのこと。この宿舎内での選手の生活については、競輪業界に題材をとった漫画『ギャンブルレーサー』などに詳しい描写がある。

基本的には開催初日から最終日まで毎日1走 し、帰宅の際、競輪場から賞金・手当が支給される。ただ、レースで失格と判定されたり違反行為が発覚したときは、開催途中であってもその時点で競輪場からあっせん・参加の契約を解除(“追放”)され即日帰郷となる。また、グレードレースでは、準優勝戦開催日の一般戦で成績の悪い選手については、最終日を待たず帰郷とすることが多い。このほか、出走したレースで落車し怪我を負ったり成績が振るわなかった場合、選手が自らの判断で途中帰郷することもある。

競走のない日は、主に非開催日の競輪場や街道で練習を行ない、次の参加レースに備える。この生活を月に2 - 3回ほど繰り返す。ただ、競輪は基本的にほぼ毎日全国どこかの競輪場で開催されているため、次に出場予定の開催まで長く間隔が空いている場合、出場予定の選手が急遽欠場したため数合わせで『追加』として、他にも開催中に出場選手が失格などで途中帰郷し選手数が不足した場合は『補充』として、それぞれイレギュラーであっせんを受けることもあるため基本的に休みというものはなく、特にお盆正月には多くの開催が集中するため、競輪選手にお盆や正月はあってないようなものである。

競輪選手の練習

殆どの競輪選手には師匠がおり(稀にいない選手もいる)、基本的にはそれら師弟関係や先輩・後輩などの集まりでグループを組み、集団で練習を行うことが多い。

練習内容は自転車競技選手と大差なく、競輪場自転車競技場において周回走行やダッシュを繰り返すが、「持久力をつけるため」や「身近に競輪場など練習できる場がないため」という理由で、公道を練習の場として活用する選手も多い。

また近年は自転車だけでは鍛えられない部分を補うためにウエイトトレーニングなどを行う事が一般的になっており、選手の中には自費でウエイト機材や自転車用ローラー台などを設置した「練習小屋」を自宅の敷地などに造成する者もいる。

函館青森福井など北日本及び北陸の競輪場は、冬季は積雪等の理由で使用不能になるところが多い。このため、当該競輪場をホームバンクとする選手の多くはその間温暖な地域に移動して練習を行う。これを「冬季移動」と呼び、ラインの形成などにも影響する。

競輪選手の収入

選手の収入は、その殆どが、出走したレースでの着順に応じて支払われる賞金と手当である。KEIRIN.JPなどで公表されている獲得賞金額は、本賞金のほか、副賞や手当も含んだ額となっている。

賞金額については、2015年度より全ての競輪場およびグレードにおいて統一されている。現在の賞金額は、2019年10月より全てのレースで増額され、最高はKEIRINグランプリ1着の9840万円(副賞込みでは1億340万円)、最低はA級3班チャレンジレース初日予選およびL級1班(ガールズケイリン)予選(初日・二日目とも)の7着33,000円である。なお、同着の場合は、複数合算した上で等分され支給される(2名が1着同着の場合は、1着賞金と2着賞金を合算し、それを等分した金額となる)。ただ、この賞金は途中棄権した場合には9着賞金(棄権が自分1人の場合)から20%がカットされ、失格となった場合にはそのレースの賞金は支払われないことになっている。

賞金とは別に支給される各種手当については様々あるが、レースに出走すれば、レース毎に「日当」と呼ばれる「正選手手当」26000円と「競走参加手当」4000円(合計30000円)が(失格や棄権となっても)必ず支給される。これに加えて、レース中に雨や雪が降れば「天候不良による出走手当」3000円、モーニング競輪に出走すれば「モーニング競輪手当」1000円、ミッドナイト競輪に出走すれば「ミッドナイト競輪手当」11000円、正月三が日(実際には年末年始の特定開催となる)に出走すれば「(通称)正月手当」なども、それぞれ支給される。また、自宅から競走に参加した競輪場までの「交通費」も別途支給される(但し自転車などの配送料は自己負担)。この他、先頭誘導員資格を持つ選手がレースで先頭誘導員を務めれば、その都度誘導員手当も支給される。

これらの賞金・手当は、原則として窓口で選手個々に帰宅時に現金で支給される。そのため開催最終日には窓口に札束が大量に並べられることも珍しくなく、実際に2019年寛仁親王牌で優勝した村上博幸は、窓口で受け取った3000万円ほどの賞金を丸々鞄に詰め込んで帰宅の途についたほか、かつて吉岡稔真も『別冊宝島』の企画で植木通彦と対談した際、自宅近くで行われている競輪祭において「いつも賞金の札束をそのまま車のトランクに積んで帰っている」と語った。ただし、高額の現金を持ち帰るのは強盗等の危険も伴うため、選手が希望すれば、一部を現金で受け取り残金を銀行振込とすることも可能となっている。

2014年度までの賞金制度では売り上げ減少を受けて賞金支給額が低ランクの競輪場が年ごとに増加していたことから、この影響から選手全体の賞金総額も過去と比べて大きく減少している。特に2017年は2007年以降の過去10年間で最低となる235億1,123万円であったが、2018年は236億2,511万円となり10年以上ぶりで増加となり、さらに2019年は10月以降全てのレースで賞金の増額が行われたこともあり247億1,581万円と、2014年当時の水準にまで回復した。

選手個人の年間平均取得額は、2010年までは1,000万円以上あったが、2011年は東日本大震災を受けての被災地支援競輪において収益拠出額を増加させる方針から大幅に減額され888万円となったほか、同年の年間獲得賞金額1,000万円以上の選手は782人に留まり、過去30年間で最低となった(最多は1998年の3,196人)。ただ、2012年以降は再び上昇基調が続いており、2019年の平均取得額は10,402,280円となり、2010年以来1,000万円の大台に乗せた。男子は、最上位のS級S班9人だけは平均1億462万円である一方、最下位のA級3班では平均642万円(いずれも2019年)であり、上下間の格差は大きい。女子は選手数が総体的に少ないこともあり平均646万円。また、2019年の1年間では、1億円以上を獲得した者が5人、1,000万円以上を獲得した選手は852人でこれも800人台は2010年以来であった。2018年7月にデビューした113期(男子)・114期(女子)からは別個でデビュー年の下期(7月 - 12月)における賞金取得額上位10人が公表されており、113期が藤根俊貴の646万円、114期が佐藤水菜の562万円、115期は坂井洋の825万円、116期は吉岡詩織の467万円であった。

このほか、オリンピックでは、アトランタ大会から自転車競技にプロである競輪選手の参加が認められたこともあり、以後大会毎に代表に選ばれた選手は、メダル獲得を目指してオリンピック開催の数か月前から通常の競走を欠場した上で合宿を行っている。そのため欠場中は特別な配慮がなされ、規定が定められて一定の収入補償がなされている。特に大会でメダルを獲得した場合は補償と共に報奨金も支給され、アトランタ大会で銅メダルを獲得した十文字貴信には5,000万円が、アテネ大会で銀メダルを獲得した長塚智広井上昌己伏見俊昭には各人に4,000万円が、北京大会で銅メダルを獲得した永井清史には4,300万円が、JKAなどからそれぞれ支給された。また現在では、日本自転車競技連盟よりエリート強化指定選手に指定された選手 の中には競輪よりも自転車競技に重点を置いて海外のレースに積極的に参戦している選手もおり(新田祐大小林優香など)、金額等は不明ながら同様に一定の収入補償を得ているとみられる。

なお、選手は獲得賞金の約1割を選手会に支払うことになっており、その中から選手会運営費、全選手の年金や退職金が捻出されている。さらに賞金とは別に、選手は1走ごとに1万500円を選手会に納めることになっており、その内訳は7500円が退職金に、残りが年金などの共済金に充てられている。

かつては、20年以上選手を務め上げれば引退する際に約2000万円の退職金が支払われ、またそれとは別に獲得賞金の一部を原資とした年間約120万円の年金が15年間支払われていたが、売上額がピーク時から1/3程度にまで落ち込んだ現状では年金などの積立金は元本割れしているとされ、年金は2010年度から支給停止となり、また退職金も2014年時点で今後約20%カット予定とされた。

競輪選手のペナルティ

競輪選手は競走において短期間に多くの警告を繰り返し受けると、ペナルティとして科される違反点数が累積していき、特に失格については男子では級班別審査(格付け)においてもマイナス点が与えられ不利になる。

一定期間の累積違反点数が90点以上に達した場合には、関係団体(実際は日本競輪選手会)から、訓練への参加通知が届き「特別指導訓練」に参加しなければならない。実施場所は日本サイクルスポーツセンターで期間は4泊5日、受講費を自腹で支払い当訓練に強制参加させられる。その内容は競走参加中と同様に携帯電話や電子機器の持ち込みが不可(預かり)となり、飲酒も厳禁で、決められた時間や範囲以外の外出も禁止になる。

また直近4か月間の累積違反点数が120点以上になると、JKAの規程により『あっせんをしない処置』(以下「あっせん処置」)という処罰の対象となる場合もあり、適用されると基本的に120点以上が1か月、150点以上が2か月、180点以上が3か月、といった間で出場へのあっせんが行なわれないことになり、これは一定期間実戦から遠ざかることをそのまま意味している。なお競走における失格についても内容によってはこの措置が適用されることもある。

これとは別に、競走における失格の内容やドーピング違反のほか、逮捕されるなど私生活において特に悪質な行為に及んだと判断された選手については『あっせん停止』という厳罰が下される。これは最短1ヶ月からの期間で処分を受けることとなるが、あっせん停止にあたる事象を行なった選手について後日正式な処分が下るまで緊急にあっせんを止めたほうが適切と判断された場合には『あっせん保留』の措置が下される。特に現状ではドーピングに対する処分は非常に厳しくなっており、ドーピングが発覚した伊藤成紀(90期)は日本アンチ・ドーピング機構より2018年7月から4年間の資格停止処分を下された。

このほか、あっせん停止期間が過ぎた後もKEIRINグランプリなど特別競輪への参加や、追加あっせんを受ける権利などが一定期間取り消される。さらに、特に違反点数を累積させた選手やあっせん停止に処された選手については「お寺行き」と呼ばれる特別な訓練が課せられる。これは競輪の公式ホームページでは明らかにされていないものの、上述した漫画『ギャンブルレーサー』などで詳しい描写がなされているほか、チャリロト公式ホームページでも語られているなどしており、事実上公然のものとなっている。この「お寺行き」が命じられた場合には、京都府宇治市黄檗宗大本山の萬福寺まで赴き、山内の施設において5泊6日の厳しい禅寺の修行を済ませなければならない。交通費も含めて自腹での参加であり、また期間中は座禅を組まされたり周辺の掃除などを課せられるため練習は全く行えないことから、選手からも恐れられている。

特別訓練やあっせん処置およびあっせん停止などの処分対象になると、その間の収入が途絶えてしまう。また、練習不足の他にもレース勘の維持などという面や、体調管理にも悪影響を与えるため、競走への復帰後もしばらくの間は成績下降などの「後遺症」が表れることも少なくない。なお特別指導訓練の対象選手は、その累積違反点数と共に一定期間毎にKEIRIN.JPにて一覧で公表されており、あっせん停止の対象選手についてはJKAが広報などで公示する。

その他にも競走参加中における競輪場からのペナルティもあり、無断欠場による費用請求、契約解除による強制欠場、中長期のあっせん停止または拒否などがある。いずれの場合も内容はJKAに報告され、改めて全体的な処分が検討されることになる。

なお、これらとは別に日本競輪選手会が問題を起こした選手に対し自粛欠場を要請する形で独自のペナルティを課すこともある(『SS11』、『松本整』の項目も参照)。

選手のクラス分け

男子は実力に応じて大きくS級・A級の2つのクラスに分けられ、さらにそれぞれの級の中で3班のクラスに分けられる。

S級S班…赤のレーサーパンツ、横のラインは黒
S級1班または2班…黒のレーサーパンツ、横のラインは赤
A級…黒のレーサーパンツ、横のラインは緑(以前は星なしの白の3本線)
B級(現在は廃止)…黒のレーサーパンツ、横のラインは青(以前は星なしの白の2本線)
C級(現在は廃止)…黒のレーサーパンツ、横のラインは白の1本線
国際競輪に出走する外国人選手…赤のレーサーパンツ、横のラインは虹色

なお、女子には現状は昇降級の制度がないため、全員がL級1班である。但し、男子同様に「代謝」の制度がある ため、一定期間内の成績が連続して相当な下位となった場合には、1回につき3人を上限に強制的に選手登録消除の対象とされ選手生活を継続することができなくなる。

S級特別昇級(昇班)制度

A級1班および2班の選手が3開催連続して「完全優勝」(予選・準決勝・決勝と全ての出走レースにおいて1着となること。俗称「ピン・ピン・ピン」)を達成した場合は、級班選考期間に関わらず即時(達成日の翌日)にS級に昇級となる(通称「特進」または「特昇」)。また、A級3班の選手が同様にチャレンジ戦で3開催連続して完全優勝した場合は、即時(達成日の翌日)にA級2班に特別昇班する。このほか、毎年6月と12月にいずれかの開設記念の最終日(4日目)において、A級1・2班の成績上位9名から特別昇級3人、並びにA級3班から特別昇班3名の枠を争う単発レース「レインボーカップ」が行われている。

現行のシステム(平成20年1月チャレンジレースA級3班戦導入)となって以降、デビューから無傷の18連勝(6場所完全優勝)でS級入りを果たしたのは、深谷知広寺崎浩平の2名のみである(2020年3月時点)。このほか、高橋晋也はデビュー2場所目(デビュー場所は1・1・3着)から通算7場所・20連勝でS級に特昇している。

S級特別昇級の最高齢記録は、3開催連続の完全優勝・レインボーカップ共に、大竹慎吾が保持している(2020年1月時点)。

仕組み(A級1・2班戦、A級3班戦ともに単発レース)

特別昇級の特典

特別昇級してから2期の間(1年間)は降級および降班しない(昇級は可能)。なお、レインボーカップから昇級した者は、この期間を3期とする(つまり期末に特別昇級してしまうため、その期間を算入している)。

歴史

競輪選手のクラス分けは、創成期はA級・B級・C級による3層制であったが、間もなくA級・B級の2層制となり、やがて2層7班制(A級1 - 5班、B級1・2班)に変更され、その後1983年に行われた競輪プログラム改革構想(通称KPK)により、S級・A級・B級の3層9班制(S級1 - 3班、A級1 - 4班、B級1・2班)に移行した。そして2002年4月よりS級・A級の2層5班制(S級1 - 2班、A級1 - 3班)となり、現在に至っている。なお、のちS級では1班の中で前年のKEIRINグランプリに出走した9名は特別に「S班」と称して現在に至っている。

またKPKから76期(1995年デビュー)までは、新人は当初新人のみで構成される「新人リーグ」で半年間競走を行い、その結果によってA級1班からB級2班に格付けされていたが、その後はB級2班(2002年以降はA級3班)格付けで通常のレースに参加する形態となった(KPK以前も最下級からのスタートであった)。

なお2008年前期よりA級3班はA級1・2班から分離され、基本的にA級3班のみの中でトーナメントが行われ、レースの組み合わせもA3同士のみになる。また特別昇級制度も分離され、A級3班においての3場所連続完全優勝はA級2班への「特進」となる(特別昇班)。

またS級1班の上位格付けとして『S級S班』が存在する。これはKEIRINグランプリ出場者9名に適用されるいわばトップ中のトップの選手のみが入れる特別ランクで、特別競輪の出場権利・レースあっせん希望選択・一定期間における公休などの優遇措置が与えられる。

S級S班の概要

競輪の歴代S級S班選手」も参照
(GI優勝者・世界選手権自転車競技大会個人種目優勝者・オリンピック自転車競技個人種目メダリスト・競輪祭終了時点での年間獲得賞金上位者)

KEIRINグランプリ07から適用された。当初は「SSカップみのり」・「SSシリーズ風光る」というS班選手を対象としたレースを開催していた関係で定員は18名であり、また「選ばれた後にS班の資格を失くした場合であっても、追加補充は行わないことにする」という規定であった。だが、2009年は同年1月25日にS班であった手島慶介が急逝したため1名の欠員が生じ、5月開催の「SSシリーズ風光る」において出場人数が揃わなくなったことから、3月4日に「選出後にS級S班の資格を失効する選手が生じた場合、追加選出を行うことができる」 と規定が改正され、これにより選考時の次点であった岡部芳幸が5月1日付で2009年のS級S班に追加選出された。グランプリ出場の9名を除く9名はグランプリシリーズ初日(12月28日)の第1レース「SSカップみのり」に出走となる。その後、2011年をもって上記のS班選手を対象としたレースを廃止したため、2012年以降はKEIRINグランプリ出場9名がそのままS班とされている。

なお武田豊樹はS級S班だった2013年の後期をあっせん停止によりほとんど出走していなかったが、2014年の後期はS級1班に格付けされたことから、S級S班から降格しても3期(適用期間の関係で実質1年間)はS級1班が保証されることになる。

1000勝以上達成選手

1000勝到達順に列挙

競技で活躍した競輪選手

競輪選手も自転車選手という側面を持つことから、各種の自転車競技に参加している選手もいる。長い間プロである競輪選手の自転車競技における頂点は世界選手権自転車競技大会であったが、アトランタオリンピックより自転車競技がプロアマオープンとなってからは、競輪選手もオリンピックに出場し活躍するようになった。

世界選手権自転車競技大会で優勝した競輪選手

オリンピック自転車競技に出場経験がある競輪選手

以上は競輪選手として選手登録される前にアマチュア選手として出場したものである。

その他のオリンピック競技に出場経験がある競輪選手

高校・大学時代から他の競技で活躍した選手が競輪選手に転向する例も多いが、中には他競技でのオリンピック出場者が後に競輪選手へ転向した例もある。特に、日本競輪選手養成所入所試験における受験資格の中で年齢制限(上限)が撤廃された93期以降で転向する者が増えている。

※名前の後ろに*印の付いた選手は女子選手

パラリンピックで活躍した選手

2010Happy Mail