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竹島_(島根県)とは?

竹島
【外交紛争のある諸島】

北側から見た竹島。 左が女島(東島)、右が男島(西島)。

【地理】

【所在地】
日本海
【座標】
北緯37度14分30秒 東経131度52分00秒 / 北緯37.24167度 東経131.86667度 / 37.24167; 131.86667座標: 北緯37度14分30秒 東経131度52分00秒 / 北緯37.24167度 東経131.86667度 / 37.24167; 131.86667
【島数】
2島 37岩礁
【主要な島】
男島、女島
【最高地】

【実効支配】


韓国

慶尚北道
鬱陵郡 鬱陵邑 独島里
【領有権主張】


日本

島根県
市町村 隠岐郡 隠岐の島町 竹島
【人口統計】

【人口】
47
(警備隊員 40人
灯台管理員 5人
管理事務所職員 2人) (2013年9月現在)
竹島の位置

竹島(たけしま)は、日本海の南西部に位置する島嶼群で、急峻な地形をなす2つのと周辺の岩礁からなる。1952年以降、韓国占領(実効支配)を継続しており、日本および北朝鮮がそれぞれ領有権を主張している。「竹島」は日本における呼称で、韓国・北朝鮮では「独島(獨島、トクト、독도Dokdo)」、第三国では中立的立場から「リアンクール岩礁 (Liancourt Rocks)」等と呼ばれている。

本来は人の住みにくい環境であることから無人島であったが、1946年、連合国司令部がSCAPIN 第677号で竹島(独島)を日本の施政区域から除外した後、韓国が実効支配を実施し、1952年1月には李ライン(平和線)を設定して竹島を韓国側水域に含めた。韓国は、1952年4月にサンフランシスコ条約が発効した後、武装警察官を多数常駐させて実効支配を続けている。日本はこれに対し「不法占拠」であるとして抗議を続けている。しかし韓国側は、独島(竹島の韓国名)は歴史的・地理的・国際法的に韓国の固有領土であると主張し、独島問題に領土問題は存在しないという立場を取っている。

目次

  • 1 名称
  • 2 地理・自然
    • 2.1 地史・地質
    • 2.2 気候
    • 2.3 生態系
  • 3 領土問題
    • 3.1 概要
      • 3.1.1 日本の主張の概略
        • 3.1.1.1 日本の江戸時代の松島(現在の竹島)を示す地図
      • 3.1.2 韓国の主張の概略
        • 3.1.2.1 「于山」の名が残る朝鮮の古地図
    • 3.2 紛争の経緯
      • 3.2.1 韓国による軍事占領
      • 3.2.2 竹島の漁業経済価値と排他的経済水域問題
      • 3.2.3 当時の国際海洋法から見た李承晩ライン
      • 3.2.4 韓国軍による日本人漁民殺害や日本漁船拿捕
      • 3.2.5 竹島の標識
      • 3.2.6 金鍾泌による竹島爆破提案
      • 3.2.7 日韓基本条約と日韓両国の紛争の平和的処理に関する交換公文
      • 3.2.8 日韓漁業協定以降
    • 3.3 争点
      • 3.3.1 国際判例からみた領土の権原
      • 3.3.2 竹島の領土権原
      • 3.3.3 最初の発見者
      • 3.3.4 日本による竹島編入の有効性
      • 3.3.5 終戦後 サンフランシスコ平和条約締結までの竹島の扱い
        • 3.3.5.1 GHQ677・1033号覚書
        • 3.3.5.2 シーボルド勧告
        • 3.3.5.3 ラスク書簡
        • 3.3.5.4 サンフランシスコ平和条約締結
      • 3.3.6 サンフランシスコ平和条約締結後
        • 3.3.6.1 ラスク書簡の再通知
        • 3.3.6.2 ターナー覚書
        • 3.3.6.3 ヴァン・フリート特命報告書
        • 3.3.6.4 マッカーサー2世による電報
        • 3.3.6.5 国際法上における主権移転
    • 3.4 国際法による平和解決への模索
    • 3.5 非当事者国の見解と対応
      • 3.5.1 アメリカ
      • 3.5.2 中国
  • 4 韓国による占領の状況
    • 4.1 島内の現況
    • 4.2 観光地化
    • 4.3 射撃訓練の実施
  • 5 竹島に関する社会情勢
    • 5.1 韓国社会における状況
      • 5.1.1 韓国における領土教育
      • 5.1.2 「独島の月」・「対馬島の日」
      • 5.1.3 学術界における活動
    • 5.2 日本社会における状況
      • 5.2.1 日本政府による資料のデータベース化
      • 5.2.2 小沢一郎秘書の発言
      • 5.2.3 北海道教職員組合による資料配布
      • 5.2.4 動労千葉による日本政府弾劾
    • 5.3 切手の発行
      • 5.3.1 「竹島切手」
    • 5.4 地図等での名称・位置の表記
      • 5.4.1 「独島博物館」のレリーフ
      • 5.4.2 Xbox Live
      • 5.4.3 オレゴン州自動車管理局朝鮮語版マニュアル
      • 5.4.4 韓国紙幣上の地図表記
      • 5.4.5 Google マップなどでの記述
    • 5.5 その他の見解
  • 6 年表
    • 6.1 江戸時代
    • 6.2 明治以降
    • 6.3 ポツダム宣言受諾後
    • 6.4 サンフランシスコ平和条約署名後
    • 6.5 日韓国交正常化後
  • 7 竹島に上陸した著名人
  • 8 脚注
    • 8.1 注釈
    • 8.2 出典
  • 9 参考文献
  • 10 関連項目
  • 11 外部リンク

名称

竹島は、日本において幕末以前は「松島」と呼ばれ、現在の鬱陵島が「竹島」と呼ばれていた。幕末から明治中期にかけて西洋の近代的地図において鬱陵島に「松島」と誤って記載された。日本でもそれに伴い鬱陵島を松島としたため、本来の松島(現在の竹島)の日本名がなくなった。このことから、1905年(明治38年)に現在の竹島を「竹島」とし、竹島とされていた鬱陵島を元の「鬱陵島」に戻した(詳細は、竹島外一島を参照)。

韓国では現在の竹島を「独島」と呼んでいる。韓国は、「于山島」を現在の竹島とし、古来から先占していると主張しているが、于山島が現在の竹島である根拠は明確ではない。1900年大韓帝国「勅令第四十一号」で「石島」を鬱陵島に置かれた郡庁の管轄としており、韓国ではこの石島が現在の竹島で、1906年までに「独島」という名称に変更したと主張しているが、名称変更の理由は不明で石島が現在の竹島である明確な証拠もない(詳細は、于山島石島を参照)。

他の国では、1849年にフランスの捕鯨船 Liancourt 号が現在の竹島を発見し「リアンクール岩礁 (Liancourt Rock)」と命名して以来、現在でもこの名称で呼ばれることが多い。

地理・自然

竹島は、北緯371430東経131度52分に位置する。

女島(東島)、男島(西島)と呼ばれる2つの小島とその周辺の総計37の岩礁からなる。総面積は約0.21kmで、東京ドーム5つほどの大きさである。最頂部は男島が海抜168m(地図)、女島が海抜98m(地図)。周囲は断崖絶壁で、飲料水に乏しく、人の住みにくい環境である。

なお、日本の国土地理院が2007年12月に発行した竹島の2万5千分の1の地形図では二つの島について「東島」と「西島」と表記しているが、隠岐の島町では資料の調査や聞き取り調査を行い二つの島について「女島(めしま)(東島(ひがししま))」と「男島(おしま)(西島(にししま))」とするとともに岩礁や湾などの名称を定めて2013年6月に国土地理院に申請した。

日本領・隠岐と竹島の距離は両島の一番近い所で約157km、韓国領・鬱陵島と竹島の距離は両島の一番近い所で約87kmである。

地史・地質

竹島の地図

竹島は、現代からおよそ460万年前から250万年前(新生代第三紀の鮮新世)の海底火山活動により誕生した火山島であり、水深約2,000mの海底から噴出した溶岩が硬化したことにより形成された。朝鮮半島北部の白頭山から金剛山鬱陵島隠岐諸島へと連なる白頭火山帯の系列に属する。竹島の火山活動は約250万年前に停止した。当初は1つの島塊であったが、その後の風化と浸食により2つの小島とその周辺の数十の小岩礁の構成となった。

岩石と地質構造の分析結果によると、竹島は単一の火山爆発によって形成されたものではなく、200万年以上の長い期間の断続的爆発と噴火によって形成された。竹島は粗面岩、粗面安山岩、玄武岩質角礫岩、凝灰岩など計8種類の岩石によって構成されている。竹島の下部は主に玄武岩質の集塊岩であり、上部は粗面岩質の集塊岩と凝灰岩が相互層を形成している。岩石の年代は、竹島下部を構成する玄武岩が約460万年前、女島にある火口跡を満たす粗面安山岩が約270万年前であり、島の北西部には約250万年前に貫入した粗面岩が分布している。また火山堆積層が厚く積もった地点があり、断層が2箇所発見されている。

気候

暖流の影響を多く受ける典型的な海洋性気候。平均降水量は年間1,240mm程度であり、冬場の降水量が多い。年平均気温は約12°C。1月の平均気温は1°C、8月の平均気温は23°Cであり、世界平均と比較して温暖である。年平均風速は4.3m/s。冬と春は北西風、夏と秋は南西風の傾向があり、季節に応じた風向きがはっきりしている。霧が多く、晴れの日は年45日程度、曇りの日は年160日程度、雨や雪の日は年150日程度である。

鬱陵島と竹島(2003年〜2007年平均、鬱陵島気象台観測)の気候
【月】
【1月】
【2月】
【3月】
【4月】
【5月】
【6月】
【7月】
【8月】
【9月】
【10月】
【11月】
12月 年
平均最高気温 °C (°F) 4.88
(40.78) | 6.12
(43.02) | 9.06
(48.31) | 14.70
(58.46) | 18.62
(65.52) | 23.00
(73.4) | 24.52
(76.14) | 27.14
(80.85) | 22.84
(73.11) | 19.12
(66.42) | 14.16
(57.49) | 7.44
(45.39) | 15.967
(60.741)
日平均気温 °C (°F) 1.82
(35.28) | 2.94
(37.29) | 5.20
(41.36) | 10.62
(51.12) | 14.88
(58.78) | 19.36
(66.85) | 21.60
(70.88) | 23.88
(74.98) | 19.82
(67.68) | 15.66
(60.19) | 10.82
(51.48) | 4.52
(40.14) | 12.593
(54.669)
平均最低気温 °C (°F) -0.40
(31.28) | 0.44
(32.79) | 2.30
(36.14) | 7.30
(45.14) | 11.68
(53.02) | 16.64
(61.95) | 19.44
(66.99) | 21.58
(70.84) | 17.62
(63.72) | 13.24
(55.83) | 8.38
(47.08) | 2.26
(36.07) | 10.04
(50.071)
降水量 mm (inch) 94.72
(3.7291) | 66.00
(2.5984) | 86.30
(3.3976) | 136.54
(5.3756) | 181.88
(7.1606) | 148.82
(5.8591) | 259.06
(10.1992) | 200.14
(7.8795) | 277.82
(10.9378) | 100.06
(3.9394) | 124.44
(4.8992) | 155.34
(6.1157) | 1,831.12
(72.0912)
出典: 大韓民国気象庁、2003年〜2007年
竹島を主な生息地としていた絶滅したニホンアシカ

生態系

竹島周辺の海域は対馬暖流と北からのリマン海流の接点であり、魚介藻類が豊富な好漁場である。 竹島は伊豆諸島と並んでニホンアシカ (Zalophus californianus japonicus) の主要な繁殖地の一つであったが、1975年の目撃を最後にそれ以降の目撃例は報告されておらず、ほぼ絶滅したと考えられている。

ニホンアシカは日本周辺の海に多く生息していたが、漁獲や駆除、乱獲により各地で絶滅。20世紀初頭には生息地は竹島などの一部地域に狭まった。その他気候変動環境汚染、韓国によって竹島が要塞化されたことや在日米軍の軍事演習実施などの軍事関係も絶滅要因の一つとして指摘されている。

この他、哺乳類ではシャチなどの鯨類も近海を通過する。

領土問題

概要

第二次世界大戦後、日本の領域は、1952年発効のサンフランシスコ平和条約より定められたが、韓国の李承晩大統領は同島を韓国領であるとし、同条約発効直前にマッカーサー・ラインに倣った李承晩ラインを一方的に設定し、竹島を韓国領として韓国側水域に含めた(マッカーサーラインはサンフランシスコ条約発効と共に廃止されている)。

その後、1965年に締結された日韓基本条約と共に李承晩ラインは廃止されるが、現在に至るまで韓国は竹島を韓国領として実効支配を継続している。日本は毎年韓国に対して不法な支配であるとの口上書を提出し、また国際司法裁判所での司法解決の提案をしているが韓国はこれを拒否している。

竹島(韓国名:独島)は、現在も日本・韓国双方が歴史的にも国際法的にも自国の領土であると主張し、北朝鮮も韓国の主張を支持している。日本は戦後一貫して韓国に対し抗議しているが、韓国は日本との間に領土問題は存在しないという立場をとっている。

日本の主張の概略

詳細は争点の項を参照

現在の竹島は江戸時代には既に日本人によって政府(江戸幕府)公認の下、鬱陵島に渡る際の航行の目標及び船がかり(停泊地)として利用するとともに、アシカあわびなどの漁猟に利用されていた。明治に入り無主地であった現在の竹島を、1905年(明治38年)1月の閣議決定で島根県 隠岐島司の所管としている。

日本が現在の竹島の存在を古くから認知していたことは、数多くの文献や地図から確認できるが、韓国の古文献や古地図に登場する「于山島」が現在の竹島だとする主張は事実とそぐわず根拠がない。(詳しくは于山島を参照)

第二次世界大戦サンフランシスコ講和条約発効直前の1952年1月に韓国の李承晩大統領が現在の竹島と隠岐との間に境界線(李承晩ライン)を一方的に引き、竹島を自国領としている。その後、李承晩ラインは日韓基本条約によって廃止されたが、韓国はその後も国際法上何ら根拠がないまま警備隊を常駐させ占拠している。

これに対し日本は韓国へ平和的解決を求め国際司法裁判所に付託することを何度も提案しているが韓国は応じていない。

日本の江戸時代の松島(現在の竹島)を示す地図

韓国の主張の概略

詳細は争点の項を参照

現在の竹島(独島)は、古代から于山島の名で知られている韓国の領土である。1696年、朝鮮の安龍福が現在の竹島から日本人を追い返し日本の将軍に抗議するため日本へ渡った。その後、幕府は朝鮮政府に対し鬱陵島(当時の竹島)と現在の竹島(松島)を放棄している。1877年の明治期に日本は太政官指令により鬱陵島と現在の竹島(松島)を日本の領土から外している。1900年大韓帝国勅令第41号が官報に掲載され、独島は石島という名で鬱島郡(=現、鬱陵郡)の管轄となった。1905年の日本の竹島(独島)編入は、日本の韓国侵略の過程で行われたものであり無効である。

現在の竹島(独島)は歴史的にも国際法的にも韓国領土であり、韓国が国際司法裁判所に付託するいかなる理由も存在しない。

北朝鮮の立場

北朝鮮による領有権の主張は、もっぱら韓国による竹島の実効支配を支持するという形で行われている。北朝鮮は竹島が軍事境界線以北に属するとは主張しておらず、黄海における北方限界線問題のような実効支配をめぐる南北間の対立は存在しない。

「于山」の名が残る朝鮮の古地図

紛争の経緯

韓国による軍事占領

戦後、竹島を日本の施政権から外していたマッカーサー・ライン1952年4月のサンフランシスコ条約発効と共に廃止されるが、その直前の1952年(昭和27年)1月18日、大韓民国大統領李承晩李承晩ラインを宣言した。韓国側水域に竹島を含ませた。日本政府は同月28日に「公海上の線引きに抗議するとともに、竹島に領土権を主張しているかのように見えるがそのような僭称または要求を認めない」と述べた。この時点では韓国が本当に領土権を主張していたのかどうか不確実であったが、2月12日韓国は反論を提示し、以降、両国間で竹島問題に関する文書を交換するようになった。李承晩ラインは韓国が一方的に宣言したものであり、日本政府もアメリカもこれを国際法上不当なものと抗議した。1952年7月26日、サンフランシスコ条約発効と同時に日米安保条約を発効させた米国政府と日本政府は、竹島をアメリカ軍の訓練地として日本国が提供することを約する協定を締結したが、竹島周辺海域で漁業を行っている日本人から強い抗議を受けて爆撃演習場から除外をしている。韓国政府は、このことを米国が竹島を韓国領土として認めて配慮をしたと韓国側の竹島領有の根拠の一つとしている。 翌1953年1月12日、韓国は「李承晩ライン」内に出漁した日本漁船の徹底拿捕を指示し、同2月4日には第一大邦丸事件が発生、船長が韓国軍から銃撃を受け死亡した。同4月20日には韓国の独島義勇守備隊が竹島に駐屯して以降、韓国警察の警備隊が続けて駐屯している。日本政府は当初より韓国側の不法占拠であるとの声明を出して抗議し続けているが、韓国政府は、李承晩平和線は国際的先例のある韓国の主権行為であり、さらにこの問題は1965年の漁業権交渉と請求権交渉ですでに解決済みであって(実際にはこの時領有権交渉については棚上げにされている)、日本政府があたかもまだ解決されていないかのように宣伝するのは政治的プロパガンダであるとの立場を取っている。日本は、現在もこの領土問題は解決に至っていないと主張するが、韓国側はそもそも独島に領土問題は存在しないという立場である。

日韓両国往復外交文書(1958.1.28-1976,12.12)

マッカーサー・ライン」および「李承晩ライン」も参照

竹島の漁業経済価値と排他的経済水域問題

日韓漁業協定による暫定水域

竹島は険しい岩山で面積も狭く島自体から得られる利益はほとんど無いが、周囲の広大な排他的経済水域 (EEZ) の漁業権海底資源の権利が存在する。現在この島のEEZ内で石油などの海底資源は特に見つかっておらず、現在最も問題になっているのは漁業権である。竹島と周辺海域の経済価値は、1952年の日本の水産庁によれば130億円(李ライン内)、1974年の島根県漁連の算出では年間漁獲高は76億円、2010年の韓国の算出では年間11兆5,842億ウォン(約8600億)である。

当時の国際海洋法から見た李承晩ライン

詳細は「李承晩ライン」を参照

1952年の李承晩ラインの狙いは漁場としての利益であったともされ、韓国による近海漁業の独占が目的であったとされる。1951年の国際法委員会草案では「いかなる場合にも、いかなる水域も漁業を行おうとする他国民を排除してはならない」と排他的独占権は認めておらず、また「管轄権は関税徴収や衛生目的のものであり、沿岸国が漁業を独占するための管轄権は認められない」とも記されている。 海洋法からみても違法であるが、1952年1月の李承晩ライン設定に関して1958年に制定された海洋法を適用することは法律の遡及に当たり無効という考えもある。このような一方的な漁業独占権宣言は、1945年アメリカのトルーマン宣言を曲解した、アルゼンチンペルーなど南米諸国にも起こったが、トルーマン宣言の「水域は他国と合意された規程により統制管理される」とした内容にも反しており国際問題になっていた(李承晩ライン#トルーマン宣言参照)。海洋法の制定された1958年以前は、抗議する日本に対し韓国は李承晩ラインを韓国の主権行為として反論している。1956年4月13日、重光葵外務大臣は、韓国の李承晩ラインを認めることはできないが、韓国に拿捕された漁民を救出するためには、韓国に寛大な姿勢を見せることも必要ではないかと発言している。

1958年以降、日韓会談においては漁業管轄権を国際海洋法の観点から否定する日本に対して韓国側は反論できなかったが、李承晩ラインは1965年の日韓基本条約まで解消されることはなかった。

韓国軍による日本人漁民殺害や日本漁船拿捕

1952年1月18日に韓国の李承晩大統領によって海洋主権宣言に基づく漁船立入禁止線(いわゆる李承晩ライン)がひかれ、竹島が韓国の支配下にあると一方的に宣言した。1952年のこの宣言から1965年(昭和40年)の日韓基本条約締結までに、韓国軍はライン越境を理由に日本漁船328隻を拿捕し、日本人44人を死傷(死亡者数は不明)させ、3,929人を抑留した。韓国側からの海上保安庁巡視船への銃撃等の事件は15件におよび、16隻が攻撃された。

1953年(昭和28年)1月12日、韓国政府が「李承晩ライン」内に出漁した日本漁船の徹底拿捕して以後、日本漁船の拿捕や銃撃事件が相次ぎ、日本の漁業従事者に死傷者が多数出る事態となった。同年2月4日には第一大邦丸事件が発生した。済州島付近で同船の漁労長が韓国側に銃撃を受け死亡。また日本人漁師の瀬戸重次郎が殺害されている。

同年4月20日には韓国の独島義勇守備隊が、竹島に初めて駐屯。6月24日、日本の水産高校の船舶が独島義勇軍守備隊に拿捕される。6月27日に日本の海上保安庁と島根県が竹島調査を行い、「日本島根県隠岐郡五箇村」の領土標識を建て、竹島に住み着いていた韓国の漁民6名を退去させた。すると、7月12日に竹島に上陸していた韓国の獨島守備隊が日本の海上保安庁巡視船「へくら」(PS-9) に90mの距離から機関銃弾200発を撃ち込む事件が起きる。

以後、韓国は鬱陵島の警察官約40名を竹島に常駐させており、日本の艦船の接近を認めていない。また独島の西島には韓国人夫婦が定住している。実際、竹島は日本で言う武装化などはされてはおらず、その代わりに毎年韓国軍による独島防衛訓練が行われている。 日本政府はこの韓国による竹島実効支配に抗議しているが、韓国側は独島は韓国固有の領土であるとして「内政干渉」と退けている。

なお当時韓国には拿捕の法的根拠である漁業資源保護法は施行されておらず、日本漁船拿捕は国際法また韓国国内法においても非合法的な行為であった。この韓国の行為に対して日本の水産庁は「他国の類似事例とは比較にならないほど苛烈」と評した。しかし、韓国側は1952年1月18日の大韓民国海洋主権宣言が拿捕の根拠であるとしている。

また、韓国李承晩体制下に行われたかかる行為を、1960年駐日米国大使ダグラス・マッカーサー2世は、国務省への機密電文の中で「国際的な品行や道徳等の基本原理を無視した実力行使の海賊行為」と表現し、「日本人は李承晩の占領主義的手法で苦しんでいる」と訴えている。

竹島の標識

1952年6月に日本人9人が水産試験船で竹島に上陸し、『島根縣隠地郡五箇所村竹島』と書いた標識を建てた。

1953年10月15日、大韓民国山嶽グループの代表格である韓国山嶽会有志らが写真家を伴って山嶽会員達は、ソ・ドクギュ大尉が指揮する海軍905艇で竹島に渡った。上陸した山嶽会調査隊の構成メンバーは、測地班、記録班、報道班など。彼等は、日本が建てた『島根縣隠地郡五箇所村竹島』の標識を引き抜いた。その後、紅宗人(韓国山嶽会会長、当時の朝鮮日報主筆)が彼等が持って行った「독도(独島)」と書かれた石碑を設置した。この石碑には、表面には「독도」「獨島」「LIANCOURT」(正式フランス語名称は“Rochers de Liancourt”)、裏面には「한국산악회(韓国山嶽会)」「KOREA」「ALPINE ASSOCIATION」「15th AUG 1952」等と刻まれている。

金鍾泌による竹島爆破提案

金鍾泌

1962年10月の大平正芳 外相との会談で金鍾泌中央情報部長は、国際司法裁判所への付託を拒否したが、米国務省外交文書集によれば、金鍾泌中央情報部長は日本側に竹島問題の解決策として竹島破壊を提案していた。金鍾泌中央情報部長は、東京での池田勇人総理および大平外相との会談後、訪米。1962年10月29日のディーン・ロスク 国務長官との会談において、ロスク長官が「竹島は何に使われているのか」と問うたところ、金部長は「カモメが糞をしているだけ」と答え、竹島破壊案を自分が日本側に提案したと明かした。

のちに韓国国内で「独島爆破提案説」が問題視された時には、金鍾泌自由民主連合総裁は「日本には絶対に独島を渡すことはできないという意思の表現だった」と弁明している。また2010年の朝鮮日報の取材に対して金鍾泌は「国際司法裁判所で日本のものだという判決が出ても、すべてを爆破してなくしてしまってでも、あなたたちの手に渡すつもりはない」と激高して発言したと回想しているが、これは米国務省外交文書集「東北アジア1961-1963」収録関連会談記録の様子とは趣が異なる。

日韓基本条約と日韓両国の紛争の平和的処理に関する交換公文

1965年日韓基本条約調印によって李承晩ライン正式に廃止されたが、竹島問題は紛争処理事項として棚上げされた。

また、日韓基本条約締結に伴い「日韓両国の紛争の平和的処理に関する交換公文」が取り交わされた。そこには外務部長官李東元署名による韓国側書簡として

「両国政府は、別段の合意がある場合を除くほか、両国間の紛争は、まず外交上の経路を通じて解決するものとし、これにより解決することができなかつた場合は、両国政府が合意する手続に従い、調停によつて解決を図るものとする」

とある。この公文には竹島、または独島という名称は記載されず、一般的な「紛争」についてだけ記載された。竹島問題は李承晩の海洋宣言以来の紛争事項であるが、韓国側は竹島・独島は紛争事項ではないという立場をとっている。

この交換公文について日系韓国人保坂祐二(世宗大学校独島総合研究所所長)は「独島が紛争地域という日本の主張が交換公文から削除され、韓国は独島を紛争地域と認めなかった。したがって交換公文の紛争解決方式も独島には適用されない」、また「ICJ による解決方式は交換公文から除外されたので韓日紛争は ICJ に回付されない」として、この交換公文と日韓基本条約によって日本政府は竹島を日本の領土とする根拠を国際法的に消失し、そのため1965年以降日本政府は ICJ への提訴を韓国に対して公式に提案できなかったのであると主張している。

なお、日本側は日韓国交正常化に至る1951年から1965年までの外交交渉文書の開示を拒み続けている。この文書には竹島問題について日韓双方の発言や、昭和天皇と韓国高官とのやりとりなどが含まれているという。

日韓漁業協定以降

1965年の旧日韓漁業協定では竹島問題については棚上げされた。1980年前後には韓国漁船が山陰沿岸および北海道近海にまで出漁(密漁)し、日本の漁業者と係争が起こった。島根県シイラ漁漁船は35統から8統にまで激減する。

1996年に日韓両国は国連海洋法条約を批准。それに基づき新日韓漁業協定の締結交渉が開始され、両国の中間線を基準に暫定水域を設定、この海域において双方の漁獲が制限付きで認められた。日本側の配慮により日本が大幅に譲歩した暫定水域は、日韓共同で利用する協定であった。しかし、その後も韓国漁船が漁場を独占し、日本漁船が操業できない状態が続いている。さらに韓国漁船は日本側排他的経済水域(EEZ)にまで侵入するなど不法な漁業行為を行い、また竹島の周辺海域では韓国軍が頻繁に監視を続けている。また、竹島近海の海底地名の命名、および海底地下資源に関する調査活動を巡り、EEZ問題が再燃、EEZ確定交渉が再開されたものの、平行線を辿っている。

争点

竹島を巡る争点には次のようなものがある。

国際判例からみた領土の権原

領土権を主張する根拠(権原)として、

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出典:wikipedia
2018/11/14 01:53

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