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米原駅とは?

まいばら
Maibara


【所在地】
滋賀県米原市米原
北緯35度18分53秒
東経136度17分24秒

所属事業者
西日本旅客鉄道(JR西日本・駅詳細)
東海旅客鉄道(JR東海・駅詳細)
日本貨物鉄道(JR貨物)
近江鉄道(駅詳細)
西口
東口

米原駅(まいばらえき)は、滋賀県米原市米原にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)・東海旅客鉄道(JR東海)・日本貨物鉄道(JR貨物)・近江鉄道である。駅番号はJR西日本がJR-A12、JR東海がCA83、近江鉄道がOR01

概要

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この節には独自研究が含まれているおそれがあります。問題箇所を検証し出典を追加して、記事の改善にご協力ください。議論はノートを参照してください。(2012年1月)

JR東海に所属する東海道新幹線と、JR西日本およびJR東海に所属する東海道本線、JR西日本に所属する北陸本線、近江鉄道の本線が乗り入れている駅である。北陸本線と近江鉄道本線は当駅が起点となっている。なお、東海道本線と北陸本線はJR貨物の第二種鉄道事業路線にもなっている。滋賀県内で唯一の新幹線停車駅である。

JR在来線における当駅の所属線は東海道本線となっている。東海道新幹線・東海道本線・北陸本線は、1987年(昭和62年)3月31日まではすべて日本国有鉄道(国鉄)の路線であったが、同年4月1日国鉄分割民営化によってJR東海とJR西日本に分割された。当駅がJR西日本とJR東海の会社境界駅となり、東海道本線は当駅より大垣名古屋方面がJR東海、草津京都方面がJR西日本の管轄となった。当駅はJR西日本とJR東海の共同使用駅であり、在来線構内はJR西日本、新幹線構内はJR東海の管轄である。またJR西日本の東海道本線の当駅 - 京都駅間と北陸本線の当駅 - 長浜駅間には合わせて「琵琶湖線」の愛称が設定され、一体化した運転系統となっている。なお当駅では北陸本線に対しては案内上「琵琶湖線」を使用していない。

米原駅周辺には鉄道関連の施設が多く設けられ、多くの鉄道従事者が駅周辺に在住したため「鉄道の町」として栄えた。

JR米原駅の事務管コードは、▲610147である。なお、国鉄時代に名古屋鉄道管理局が管轄していた頃は、▲530134が用いられていた。

歴史

旧駅舎西口(2006年3月、新駅舎完成後も暫くは自由通路入口として使われた)
1998年以前の旧東口駅舎
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この節には独自研究が含まれているおそれがあります。問題箇所を検証し出典を追加して、記事の改善にご協力ください。議論はノートを参照してください。(2012年1月)

1889年(明治22年)7月に東海道線(のちの東海道本線)深谷 - 大津間と敦賀線(のちの北陸本線)長浜 - 米原間の建設されたことで米原駅が設置され、開業当初から結節点となった。それまでは建設費の削減を目的に長浜 - 大津間は太湖汽船による湖上連絡を介して名古屋・東京方面と京阪神方面が結ばれていた。

深谷 - 長浜間の旧線(深谷線)は貨物線として残っていたが、1897年(明治30年)11月に廃止され、この区間を走っていた列車はすべて米原駅を経由するようになる。こうして東海道本線と北陸本線との接続駅としての役割を本格的に果たすようになるため、廃止に先立つ1895年(明治28年)1月に窮屈になっていた官舎を増設することが決定され、1900年(明治33年)1月に車長(現在の車掌)の合宿所も増改築が計画されるようになった。輸送量増大に伴う東海道本線も進み、1901年(明治34年)12月に米原 - 河瀬間、1902年(明治35年)11月に長岡(現:近江長岡) - 米原間が複線化された。明治40年代にはいると駅の拡張工事が計画された。1915年(大正4年)9月に東海道本線下りの仕訳線が新設されたが、第一次世界大戦によっ1917年(大正7年)からにわかに中継拠点として取り扱う貨物量が増加したため容量不足に陥った。そのため、拡張工事が開始されると、小口輸送の整理作業を一旦長浜に移してから中部仕訳線に着手し、次に東海道線上りの仕訳線に着手した。仕訳線の新設工事は1923年(大正12年)8月に竣工した。1930年(昭和5年)3月に小口輸送用のホームを拡張し、以後は客車留置線の設置や連動装置の設置などの改良工事が戦後まで随時行われてきた。

彦根以南の路線を持っていた近江鉄道は北陸本線や東海道本線急行列車の利用客の利便を図って自路線の利用を促進させるため1926年(大正15年)11月に米原 - 彦根に鉄道付設免許を申請し、1927年(昭和2年)8月に免許が交付された。そして、1929年(昭和4年)6月に着工し、1931年(昭和6年)3月に開業した。なお、長浜町(当時)の要請を受けて長浜 - 米原の延伸も計画されたが、冬季の降雪や国鉄の横断工事での工事費から未成に終わった。

1923年の改良以降、米原駅構内を改良する計画は1937年(昭和12年)から1938年(昭和13年)にかけて立案され、1940年(昭和15年)に用地買収と土工着手に取り掛かってきたが、第二次世界大戦によって工事が中断していた。そして、第二次世界大戦後は朝鮮特需によって急激に貨物輸送量が増加し、輸送拠点としての米原駅は更に逼迫した状況に陥った。浜松 - 姫路で電化工事計画の下で米原で工区を分割することが検討されたため、米原で機関車の付け替えが行われることになり、電気機関区や機回線の新設が要求された。同時に北陸本線の複線化工事も進められていたため、米原駅の抜本的な改良工事が必要となった。そこで1954年(昭和29年)2月1日から米原駅改良工事が着手。構内3ヶ所に分散していた仕訳線を神戸寄りに集約して1700両分の平面操車場を設置し、撤去した仕訳線跡地に電気機関区50両分を新設した。駅北側にあった扇形機関車庫は縮小された。旅客設備の改良も行われ、ホームや荷物跨線橋の新設や旅客跨線橋の延伸が行われている。施工費は約10億円で、当時としては珍しい大規模な機械化施工が行われた。昼夜を問わず工事が進められ、1955年(昭和30年)11月1日に竣工した。

1955年(昭和30年)の東海道本線稲沢 - 米原間の直流電化される。1957年(昭和32年)の北陸本線田村 - 敦賀間の交流電化にあわせて米原 - 田村間が複線化され、配線の変更工事が行われた。ただし、国内初の本格的な交流電化であったため、電化区間の起点は米原ではなく田村とし、はじめは交流と直流で直接接続するのを避けるため米原 - 田村間の直流電化は1962年(昭和37年)まで延期されることになり、その間は蒸気機関車牽引で両駅の連絡を行った。

1957年(昭和32年)の北陸本線田村 - 敦賀間の交流電化にあわせて田村 - 米原間が複線化され、配線の変更工事が行われた。東海道新幹線の計画線にあった客車操車場は電気機関区に隣接した場所に移設され、将来の電車化を想定して客車100両の容量で設置された。また、北陸本線複線化によって入換時に本線横断を伴うことを防ぐために貨車区も移動され、貨車操車場の位置に移設された。また、東海道本線の電車化の推進で、不要になった蒸気機関車関係の設備があった跡地に電車留置線が新設された。国内初の本格的な交流電化であったため、電化区間の起点は米原ではなく田村とし、当初は交直流の直接接続を避けて田村 - 米原間の直流電化は1962年(昭和37年)まで延期されることになり、その間はE10形などの蒸気機関車牽引で両駅の連絡を行った。

1964年(昭和39年)10月1日には、東海道新幹線が開業した。当初はターミナル機能を持つ駅を彦根と米原で検討し、彦根の方が都市・産業が発達していたものの連絡機能を全て彦根に移転しなければならないことや米原 - 彦根間を無駄に往復しなければならないことを考慮して米原駅に東海道新幹線との接続機能を置くことになった。北陸本線の電化によって不要になった土地を利用できて支障家屋が少なくなるため、新幹線の駅は駅西側に併設された。駅東側に設置した場合は家屋が密集する地域を縦断し、国道8号との立体交差によって高い部分を通らなければならなくなるため工費が増大するデメリットがあった。この工事によって、米原駅に元々併設されていた客貨車区・車掌区・ボイラー室などは新幹線より西側に総合現場事務所としてまとめられることになった。新幹線開業前から使われていた跨線橋を延伸する形で旅客通路の改良が行われた。施工は既に営業している線路や試運転が開始した新幹線に注意を払いながら行われ、き電停止や作業中止を行いながらも進められた。軌道工事のヤードは新幹線の米原駅の東京寄りに設置されたが、天野川氾濫時の浸水範囲の問題から地元と協議がつかず最小限の面積で設置された。新幹線開業に伴う米原駅の建設により駅構内の北部にある跨線橋(甲大よし架道橋)が拡幅された。

1990年代に入り、旧国鉄が保有していた資産を売却するための基盤整備事業が実施され、構内の配線が変更された。これまではホーム5面で計9本の線路を持つ駅で、車両基地や貨物ヤードを繋いだり交直セクションを橋渡しする目的の機関車を機回し・留置するための線路が多かった。しかし、客車列車やヤード系貨物列車の廃止によって構内配線が見直された。1998年(平成10年)に完成し、東海道本線下り線のホームを中心に旅客ホームが全体的に西側に移設された。東口駅舎から国道8号の間に鉄道用地としては不要になった土地が残り、米原市によって区画整理が行われた。

2006年から米原駅の改築に着手し、2009年(平成20年)3月21日には橋上駅として生まれ変わり東西自由通路によって西口と東口を改札に入らずに行き来できるようになった。従来は階段しかなかった米原駅であったが、エスカレーターエレベーターオストメイト対応トイレが設置されバリアフリー化した。この工事によってJR東海とJR西日本の駅舎が東西に並ぶ形になった。JR東海米原駅ではきっぷ売場や改札口の新設のほか、待合室やコンコースの改良、トイレの増設も同時に行われている。

米原駅は東海道新幹線、東海道本線、北陸本線という鉄道交通網の観点で言えば存在感があるが、駅周辺に著名な観光地が立地せず、地味な印象が強くなってしまった。そうした印象を克服すべく、米原駅東口の再開発が進められている。

北陸新幹線の敦賀駅以西のルート選定にあたっては、米原駅で東海道新幹線に接続する「米原ルート」がルート案の1つとして浮上し、滋賀県関係者が強く推していたものの、与党の整備新幹線建設推進プロジェクトチームが敦賀駅から小浜市を経由して京都駅へ直行する「小浜・京都ルート」を採用した。

ダイヤの変遷

1894年(明治27年)の時点で東海道本線で発着する列車は全て各駅停車で、その本数は7本に過ぎなかった。しかし、1940年(昭和15年)に至るまでに約5倍の本数の列車が発着するようになった。1896年(昭和29年)9月には急行列車1往復が運転されるようになり、1903年(明治36年)の時点では2本に増加していた。1906年(明治39年)4月に運行開始された最急行列車も米原駅に停車した。その後、鉄道国有化を経て長距離輸送が盛んとなったため急行列車は増加を続け、大正末から昭和初期には米原駅停車の列車の3分の1程度が急行列車だった。米原駅は北陸本線との結節点としていずれの列車も停車していたが、1930年(昭和5年)10月に運行開始したが初めての通過列車となった。この当時は東京・京阪神での出発・到着時刻より早朝・深夜に発着する列車が少なくなく、普通列車も毎時発着とはならず日中でも2時間程度間隔があることがあった。

北陸本線に対する列車は東海道本線の3分の1程度であった。開業した当時は金ヶ崎(敦賀港) - 米原間で1日3往復が設定された。金沢 - 小松間が開業した1898年(明治31年)4月1日からは東海道本線神戸方面との直通運転を開始した。また、東京方面への直通の要望を受けて1908年(明治41年)5月1日から東海道本線東京方面と北陸本線を直通する列車が新設された。急行列車が初めて設定されたのは1922年(大正11年)3月15日であった。彦根と長浜の都市間移動をする利用者が増加したため、1931年(昭和6年)11月から国鉄で初となる電気式ガソリンカーで彦根 - 長浜間を運行した。

北陸本線では第二次世界大戦によって急行は一時廃止された。また、彦根 - 長浜間の電気式ガソリンカーは戦時中の燃料統制によって休止された。

第二次世界大戦直後は全国で鉄道施設や車両が破壊された影響で、米原駅でも1950年(昭和25年)に発着する列車数は戦前の1931年(昭和6年)以前の水準に後退していた。ただし、優等列車は1950年(昭和25年)11月の段階で全て米原駅に停車していた。また、1947年(昭和22年)7月5日には米原発着の北陸本線急行列車が復活した。1950年(昭和25年)11月2日から北陸本線を経由する急行には「日本海」や「北陸」といった愛称が付けられた。

昭和30年代以降は高度経済成長を通じて東海道本線の電化と輸送力強化で優等列車が増発されたが、一部の特急が米原を通過し、また急行列車も米原の代わりに彦根に停車するようになる。1956年(昭和31年)11月から電車の運転が名古屋方面・京都方面の両方向から延伸され、米原駅にも電車が発着するようになった。このことで米原を発車する列車の時刻が均等化し、急行列車も含め1時間に2本程度の列車が運行されるようになった。北陸本線は1961年(昭和36年)から特急列車の運転が開始され、高度経済成長期には急行列車を含め大幅な増加が見られたが、1974年(昭和49年)に湖西線が開業したことで京阪神方面を発着とする列車の多くが湖西線経由となったため再び減少した。長浜 - 彦根間の運行は交流電化後に気動車によって復活し、列車の発着時刻も気動車による運行ができたことで偏りがなくなっていった。

東海道新幹線の開業により、在来線優等列車が廃止され、それによって線路容量に余裕ができたことから電車による運行が増え、一方で客車による普通列車が大幅に減少した。このことで次第に米原駅は京阪神の都市近郊に組み込まれていく。1980年(昭和55年)の国鉄の労使関係悪化や合理化による急行列車廃止によって一時は列車の本数が減少したこともあったが、国鉄の分割民営化によって悪影響が払拭され、1986年(昭和61年)には彦根までだった新快速列車が米原に延長されたおかげで乗り入れる列車の本数が増加した。東海道新幹線では昭和50年代からひかりの停車が増加し、ピーク時には終日毎時ひかり1本、こだま2本の時期があったが、運転系統の見直しによって終日毎時ひかり1本、こだま1本が停車するようになっている。北陸本線の特急列車は1961年(昭和36年)から運行開始し、昭和40年代以降は急行からの格上げなどを含めて特急が大増発された。これらの特急は国鉄の分割民営化以降に新幹線との接続を考慮してパターン化されていった。

はじめは東海道本線で見られた通勤・通学向けの列車が増加する事象は北陸本線でも見られるようになり、昭和50年代から客車列車や急行列車を廃止が見られるようになった。1991年(平成3年)9月に長浜 - 田村間が直流電化したことで東海道本線の新快速や快速が直通するようになり、列車の本数が大幅に増加した。2016年(平成28年)3月26日までは旅客列車の東海道本線(琵琶湖線)京都・大阪方面と東海道本線大垣・名古屋方面で特急しなの1往復と朝夕の普通列車が運行されていた。

年表

駅構造とダイヤ

JR西日本・JR東海

【JR 米原駅】

在来線改札口

まいばら
Maibara

【所在地】
滋賀県米原市米原475
北緯35度18分53秒
東経136度17分24秒

所属事業者
西日本旅客鉄道(JR西日本)
東海旅客鉄道(JR東海)
電報略号
マイ
【駅構造】
地上駅(橋上駅)
ホーム
2面3線(新幹線)
3面6線(在来線)
【乗車人員
-統計年度-】
(JR西日本)5,514人/日
(JR東海)7,240人/日(降車客含まず)
-2018年-
【開業年月日】
1889年(明治22年)7月1日
【乗入路線 3 路線】

【所属路線】
東海道新幹線
【キロ程】
445.9km(東京起点)
岐阜羽島 (49.6km)
(67.7km) 京都

【所属路線】
A 東海道本線(琵琶湖線)(JR西日本)
CA 東海道本線(名古屋地区)(JR東海)
【駅番号】
JR-A12(JR西日本)
CA 83 (JR東海)
【キロ程】
445.9km(東京起点)
*CA82 醒ケ井 (6.1km)
(6.0km) 彦根 JR-A13*

【所属路線】
A 北陸本線(JR西日本)
【駅番号】
JR-A12
【キロ程】
0.0km(米原起点)
(2.4km) 坂田 JR-A11►

【備考】
JR西日本:直営駅(管理駅)
JR東海:駅長配置駅(管理駅)
JR全線きっぷうりば
新幹線駅はJR東海、在来線駅はJR西日本管理
* 醒ケ井方 - JR東海
* 彦根方 - JR西日本

在来線・新幹線とも地上駅である。現在の駅舎は2009年3月より使用開始となった橋上駅舎である。米原市管理の東西自由通路が駅の東西を結び、自由通路から在来線改札口(JR西日本)・新幹線改札口(JR東海)を利用できる。また改札内には新幹線・在来線の乗り換え改札がある。

在来線

島式ホーム3面6線を使用する。1番のりば・4番のりばにはホームがなく、島式ホームはそれぞれ、2・3番のりば(東海道線・琵琶湖線下り発着)、5・6番のりば(北陸線・琵琶湖線)、7・8番のりば(琵琶湖線・東海道線上り発着と一部の北陸線列車)となっている。

北陸線の列車は2 - 8番のりばのいずれからも発着でき、折り返しが可能。一方、東海道線の列車は上り下りどちらの場合も一旦北側の電留・客操線に引き上げないと折り返しができない。また橋上駅となった後も、これまで通り7・8番のりばホームには階段およびエスカレーターが片方向1か所しかない。なおエレベーターは全ホームに設置されている。

国鉄時代は名古屋鉄道管理局管轄の駅であったが、分割民営化直前に在来線部分が大阪鉄道管理局に移管された。もともと米原駅が名古屋大阪金沢の各鉄道管理局に接しており、大阪と金沢がJR西日本になったため、それに合わされたものである。国鉄時代の名古屋・大阪局境は、米原駅 - 彦根駅間(旧仏生山トンネルの付け替え区間)にあった。境界駅では下り場内信号機を会社境界とすることが原則であるが、これでは米原機関区の設備区分が複雑になるため、分割時に設定された会社境界は駅東方(醒ケ井方)の、東海道本線の上り線と下り線とが合流するカーブ付近の下り第1閉塞信号機(東京起点443k995m)である。

米原駅の東京方に電留線を抱えており、電車1 - 6番線、客操7 - 15番線が設けられている。

2009年7月から、在来線を管轄するJR西日本は京阪神近郊エリアの在来線駅のホーム上の喫煙コーナーを廃止した関係で、当駅も同日以降、在来線ホームは全面禁煙となっている。ただし、JR東海が管轄する新幹線ホームにおいては、喫煙所は存置されている。

なお当駅は駅長が配置された直営駅であり、管理駅として北陸本線の坂田駅 - 近江塩津駅間の各駅を管理している。

在来線ホームの使用状況
【のりば】
【事業者】
【路線】
【行先】
備考
2 JR西日本 |  琵琶湖線(東海道線) | 草津京都方面 | 
3
5 琵琶湖線(北陸線) | 長浜敦賀福井金沢方面 | 
6
7 北陸線は一部のみ
JR東海 |  東海道線 | 大垣名古屋方面
8

新幹線

縦断線形で見ると跨線橋や周辺の道路・鉄道の関係から米原駅はすり鉢の底部にあたる部分に設置されている。下部構造は盛土。構内配線は通過線2線とその両側に上下線のホームを設けた東海道新幹線では標準的な形状である。しかし、東京側は関ケ原越えを控えるため事故車両や待避列車が停車できるよう上りホームの外側でも客扱いができるようになっている。いずれの線路も半径3000 mの曲線である。上りホームは幅員5.5 - 10.1 m・延長342 m、下りホームは幅員7.0 m・延長360 mである。ホームの断面に中空で作業員等が通行できるスペースがある。

上りホームには琵琶湖からの湖風を遮るためアクリルガラス風防が設置されている。

新幹線ホームの使用状況
【番線】
【路線】
【方向】
行先
11 東海道新幹線 | 下り | 新大阪方面
12 上り | 東京方面
13 (予備ホーム)

東海道本線・北陸本線のダイヤ

ここで示した「1時間あたりの本数」は昼間の本数であり、朝晩および夕方は本数が増加する。

東海道本線の米原をまたいだ列車は大阪 - 高山間を運転する特急(ワイドビュー)ひだが運転されている。特急しらさぎが金沢から名古屋か米原のどちからまで運転されているが、米原経由して名古屋に至る列車は米原駅をスイッチバックする。

湖西線が強風で運休になった場合は特急サンダーバードが米原経由で運行される。こうした湖西線の運休は不可避であるため、予めダイヤはサンダーバードが米原経由で運行することに対応している。金沢方面からの列車が米原に運転停車し、関西空港へ急ぐ旅客を新幹線に誘導することがある。

東海道本線名古屋方面は日中時間帯は1時間あたり2本が発着する。大垣行きの普通列車が大半を占めるが、朝夕には米原発豊橋行きあるいは浜松行きの新快速特別快速の発着がある(ただし岐阜まで各駅停車)。

東海道本線(琵琶湖線)京都・大阪方面と北陸本線(琵琶湖線)は日中時間帯は1時間あたり新快速2本と当駅発着の普通列車2本が停車する。日中以外を含め、北陸本線に入る列車は大半がJR京都線JR神戸線直通新快速である。普通列車は京都あるいは高槻より快速列車となる。

米原駅は特急しらさぎや新快速の両列車を対象に分割併合作業が日常的に実施されている。しらさぎは金沢方面からの乗客が米原で乗り換えする割合が大きく、新快速はホームの制約から長編成での進入ができないことから分割併合が行われている。貨物列車は昼夜を問わず通過し、特に深夜・早朝にかけて東海道本線上り(東京方)と北陸本線を折り返す列車が集中する。

サンライズ瀬戸サンライズ出雲(岡山駅まで併結運転)は会社ごとの乗務員に交代するため米原駅で運転停車する。

東海道新幹線のダイヤ

ほぼ全時間帯で「ひかり」と「こだま」が毎時1本ずつ停車する。最速達列車の「のぞみ」は全列車が通過する。この間のひかりはほとんどが各駅停車となっており、隣の停車駅は京都あるいは岐阜羽島となるが、夜間の東京行きひかり1本のみ岐阜羽島を通過し、名古屋まで停車しない。

近江鉄道

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【近江鉄道 米原駅】

改札口

まいばら
MAIBARA

(2.3km) フジテック前 OR02►

【所在地】
滋賀県米原市米原464-23
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出典:wikipedia
2020/08/03 21:44

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