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糸川正晃とは?

この項目は2019年7月28日(まで)に実施が予定されている投票および選挙候補者・候補予定者・政党等について扱っています。
投稿者は特に投票期間中の投稿には細心の注意を払い推測や予想、候補者や政党に対する主観的評価を加えないようにしてください。投稿の際は脚注などを用いて、随時その記述の根拠となる情報源を明記することを忘れないでください。その他の注意点についてはテンプレートの解説を参照願います。
日本政治家
糸川 正晃
いとかわ まさあき

【生年月日】
(1974-12-21) 1974年12月21日(44歳)
【出生地】
東京都
【出身校】
慶應義塾大学法学部法律学
【前職】
ファイナンシャルプランナー
【所属政党】
(国民新党→)
(民主党→)
自由民主党
【称号】
法学士
宅地建物取引士
【公式サイト】
糸川まさあき OFFICIAL SITE
衆議院議員

【選挙区】
比例北陸信越ブロック
【当選回数】
2回
【在任期間】
2005年8月 - 2012年12月

糸川 正晃(いとかわ まさあき、1974年12月21日 - )は、日本政治家

衆議院議員(2期)、国民新党国会対策委員長民主党副幹事長、民主党福井県連代表、厚生労働大臣政務官などを歴任した。

目次

  • 1 略歴
  • 2 政策・主張
  • 3 脚注
  • 4 外部リンク

略歴

東京都出身。慶應義塾大学法学部法律学科卒業。

2005年第44回衆議院議員総選挙国民新党公認で比例北陸信越ブロック単独1位で立候補し、初当選。国民新党では唯一の新人当選者であった。

2006年第164回国会において86回質問に立ち、1973年島本虎三(日本社会党)が記録した63回を大きく上回り、一国会における質問回数の記録を更新した。

その後、民主党・国民新党両党の幹事長合意により、衆院解散後の民主党入党が決定(比例選出のため、解散後でなければ移籍ができなかった)。2009年7月の衆議院解散後、国民新党を離党して民主党に入党し、民主党公認で福井2区より立候補した。自由民主党山本拓に敗れたが、重複立候補していた比例北陸信越ブロックで復活し、再選。

総選挙後、民主党国会対策副委員長への就任が内定したが、直前に差し替えられた。これは小選挙区当選者を優遇する当時の幹事長であった小沢一郎の意向によるものだった。

2012年2月の第12回民主党福井県連定期大会で県連代表に就任。

2012年10月2日第3次野田改造内閣厚生労働大臣政務官に就任。同年12月の第46回衆議院議員総選挙で民主党公認で福井2区から立候補するも、再び山本に敗れ、比例復活もならず落選した。

その後、引き続き県連代表をつとめるとともに2013年10月には次期衆院選への立候補を目指して党に公認申請を行い、同12月には選挙区割り再編後の「新2区」公認内定が発表されていたが、2014年11月に衆議院解散が確実視されるようになると同月18日に党本部に対し不出馬の意向を連絡、20日には県連の緊急役員会でも不出馬と代表辞任を表明し、正式に了承された。同日の記者会見では政界からの引退や離党は否定し、今後の選挙活動については「全くの白紙」とした。不出馬の理由については「自分の理想として掲げている政治と、現在の党利党略の政治のあり方にずれを感じる。(衆院議員の)4年間の任期で県民、国民に対して責任を負える自信がない」などと説明した。また、福井県内では3つあった選挙区が公職選挙法の改正による2013年の区割り変更で2区に再編され、糸川が地盤にしていた奥越(大野市勝山市)、坂井市あわら市が選挙区外になったことも判断に影響した。同県連では新1区への立候補を目指した元衆議院議員の笹木竜三(同じく2012年衆院選で落選)も党本部の公認を得られず立候補を断念した。民主党は第47回衆議院議員総選挙に際し、新1区については候補者擁立に至らず維新の党の公認候補に選挙区を譲り、新2区には新人候補を擁立したがいずれも落選した。

2015年、笹川堯の秘書に就任。

2016年、公益財団法人マリンスポーツ財団の評議員に就任。

2017年、公益財団法人全日本空手道連盟の理事に就任。

2018年9月、自由民主党は、翌2019年に実施予定の第25回参議院議員通常選挙比例区候補として糸川の公認を決定した。

政策・主張

脚注

  1. ^ JapanProducerインタビューVol.74 2008年、12月26日
  2. ^ 民主党 福井県総支部連合会 Official web site>活動について>第12回民主党福井県連定期大会が開催されました。
  3. ^ “衆院解散直前も民主党候補者いない 糸川氏辞退で福井県連、擁立急ぐ”. 福井新聞. (2014年11月21日). http://www.fukuishimbun.co.jp/localnews/nationalelections/57810.html 2014年11月21日閲覧。
  4. ^ “糸川氏が衆院選福井2区不出馬表明 民主党県連代表も辞任、引退は否定”. 福井新聞. (2014年11月21日). http://www.fukuishimbun.co.jp/localnews/nationalelections/57797.html 2014年11月21日閲覧。
  5. ^ “自民、参院選比例で元民主の糸川正晃氏公認”. 産経ニュース (産業経済新聞社). (2018年9月6日). https://www.sankei.com/politics/news/180906/plt1809060040-n1.html 2018年9月6日閲覧。
  6. ^ 公益財団法人 全日本空手道連盟 会長 笹川 堯 先生との対談 | 糸川まさあき OFFICIAL SITE”. itokawamasaaki.com. 2019年3月1日閲覧。
  7. ^ “2012衆院選 福井2区 糸川正晃”. 毎日jp (毎日新聞社). http://senkyo.mainichi.jp/46shu/kaihyo_area_meikan.html?mid=A18002002002 2014年4月19日閲覧。

外部リンク

公職
先代:
藤田一枝津田弥太郎 |  厚生労働大臣政務官
梅村聡と共同

2012年 | 次代:
渡嘉敷奈緒美丸川珠代
党職
先代:
亀井久興 | 国民新党国会対策委員長
第2代:2007年 - 2009年 | 次代:
下地幹郎
国民新党
常任幹事会 | 
代表:自見庄三郎(解党時)

代表 | 

副代表 | 
  • 紺谷典子2005-2006
  • 田村秀昭2005-2007
  • 亀井郁夫2005-2007
  • 自見庄三郎2007-2009
  • 亀井郁夫2009-2010
  • 自見庄三郎2010-2012
  • 松下忠洋2012
  • 廃止

  • 幹事長 | 
  • 亀井久興2005-2009
  • 自見庄三郎2009-2010
  • 下地幹郎2010-2012
  • 浜田和幸2012-2013
  • 解党

  • 政調会長 | 
  • 自見庄三郎2007-2009
  • 下地幹郎2009-2010
  • 森田高2010
  • 亀井亜紀子2010-2012
  • 浜田和幸2012
  • 野間健2012-2013
  • 廃止

  • 衆院国対委員長 | 
  • 亀井久興2006-2007
  • 糸川正晃2007-2009
  • 下地幹郎2009-2010
  • 中島正純2010-2012
  • 廃止

  • 参院国対委員長 | 
  • 長谷川憲正2006-2009
  • 森田高2009-2010
  • 亀井亜紀子2010-2012
  • 廃止

  • 最高顧問 | 
  • 綿貫民輔2009-2012
  • 廃止

  • 前身政党 | 
    自由民主党(一部)

    友党 | 
    民主党 - 社会民主党 - 新党大地 - 政党そうぞう - 新党日本

    その他・関連項目 | 
    郵政民営化 - 郵政解散 - 民国合併構想 - 民社国連立政権 - 民国連立政権 - 国民新党所属の議員及び党員


    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    出典:wikipedia
    2019/07/05 04:14

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