自殺(じさつ、英: Suicide)とは、自分自身を殺すこと。自害、自死、自決、自尽、自裁、自刃などとも言い、状況や方法で表現を使い分ける場合がある。
世界保健機関(WHO)によると、世界で2016年時点で毎年約80万人が自殺している。世界の自殺の75%は低中所得国で起こり、自殺は各国において死因の10位以内に入り、特に15 - 29歳の年代では2位になっている(2016年)と報告している。
自殺は様々な事情が複雑に絡み合って生じる場合が多い。高所得国における主な理由は精神疾患(特にうつ病とアルコール乱用)であり、ほか金銭的問題、人間関係の悩み、病気による慢性痛などがある。
WHOは「自殺は、そのほとんどが防ぐことのできる社会的な問題。適切な防止策を打てば自殺が防止できる」として、世界自殺予防戦略(SUPRE)を実施している。このようなWHOに準ずる形で、各国で行政・公的機関・NPO・有志の方々による多種多様な自殺予防活動が行われている。
日本では『支援情報検索サイト』・『いのち支える相談窓口』や、様々な電話相談窓口・SNS相談窓口が設けられていて、「多種多様な悩みをご相談いただけます」「もし、あなたが悩みを抱えていたら、その悩みを相談してみませんか」と呼びかけている。
自殺をどのような概念としてとらえるか、またその法律上の扱われ方は、時代・地域・宗教・生活習慣などによって異なっている。欧米などキリスト教圏では伝統的に自殺は罪と見なされ、忌避されてきた。→#宗教と自殺。
自殺が、家族とその他自殺者に以前かかわったことのある人々や、偶然もしくは業務上自殺後の対応にかかわった人、さらに社会に対して及ぼす心理的影響・社会的影響は計り知れないものがある。自殺が1件生じると、少なくとも平均6人の人が深刻な影響を受ける。学校や職場で自殺が起きる場合は少なくとも数百人の人々に影響を及ぼす。
たとえば、高橋祥友によれば「うつ病、不安障害、PTSD(心的外傷後ストレス障害)などの深刻な危険を生じかねない」「さまざまな深刻な心理的苦痛に圧倒される」「遺された人自身が自殺の危険を伴う事態に追い込まれることすらある」としている。また、河西千秋(2009)によれば、「自殺の事実を知った人の多くは、まず衝撃で頭の中が真っ白になり、すべての感覚がマヒ状態に陥ってしまう」「多大な罪責感にさいなまれ、抑鬱状態になる」「長期にわたり影響が残り続け、心的外傷後ストレス障害などの精神障害を発症する」としている。
日本では景気の回復に伴い、1978年から統計が始まった10万人あたりの自殺率が過去最低を下回るなど減少傾向にある。2020年の4月の自殺者数は前年度同月より20%減少した。新型コロナウイルス感染症の流行の影響で、家族ら同居する人が外出せず家にいることや、職場や学校に行く機会が減り、悩むことが少なかったことなどが要因とみられている。
自殺を意味する英語でのスーサイド(suicide)という言葉自体の歴史は比較的浅く、『オックスフォード英語辞典』によると1651年、ウォーター・チャールトンの「自殺によって逃れることのできない災難から自己を救うことは罪ではない」という文が初出とされる。この用語の語源は現代(近代)ラテン語の「suicida」であり、「sui(自分自身を)」+、「caedere(殺す)」という表現である。 他にも1662年、1635年という説もあり、いずれにしても17世紀からの使用が定説とされる。それ以前には自己を殺す、死を手にする、自分自身を自由にする、などの表現があったが、一言でまとまってはいない。米国自殺学会のエドウィン・S・シュナイドマン(en:Edwin Shneidman)は「魂と来世という思想を捨て去ることができたとき、その時初めて、人間にとって"自殺"が可能になった」と述べて、観念の変化が反映していると指摘した。来世や魂の不死といったことを信じたとき、死は単なる終わりではなく別の形で「生き続ける」という存在の形態を移したものに過ぎなくなるからである。この概念の登場したのには死生観の変化がある。
このように自殺の問題は「死」をどう捉えるかということと不可分の関係にあり、文化や時代によってさまざまな様相を呈する。
日本の仏教では自殺を「じせつ」と読む。死は永遠ではなく輪廻・転生により生とは隔てがたいと、死生観を説いた。殺生は十悪の一つに数え、波羅夷罪(はらいざい)を犯すものであるとして、五戒の1つであるため、自殺もそれに抵触するとして禁じられているが、真言宗豊山派の寺院石手寺は「自殺者が成仏しないという考えは仏教にはない」という見解を示している。病気などで死期が近い人が、病に苦しみ、自らの存在が僧団の他の比丘(僧侶)に大きな迷惑をかけると自覚して、その結果、自発的に断食などにより死へ向う行為は自殺ではないとされる。また仏や菩薩などが他者のために自らの身体を捨てる行為は捨身(しゃしん)といい、これは最高の布施であった。また、焼身往生や補陀落渡海、密教系仏教の入定(即身仏)や行人塚のように人々の幸福のために自ら命を絶った例があった。
現代の日本では、仏教僧が「自死・自殺に向き合う僧侶の会」を組織して遺族や自殺を考える人の話を聞いたり、宗派を問わない追悼法要を増上寺で毎年行ったりしている。
その他、複数人の自殺が、近接した時間・場所において実行される群発自殺があり、これはメディア報道がきっかけとなって起こることが多い。群発自殺には、複数の自殺志願者が、お互いに合意の上で同時に自殺する集団自殺がある。インターネット上の自殺サイトを媒介として実行されたことがあった。戦争での集団自決とは異なる。
有名人の自殺の後追い自殺などを連鎖自殺、模倣自殺ともいい、その他一般人の凄惨な自殺を報じるニュースが、模倣者を発生させる現象のことも含めてウェルテル効果ともいう。オーストリアなどでは報道の仕方を変えることで群発自殺を減らせることが実証されている。疾病や人間関係など解決困難な問題から逃れるために自殺したい状態を自殺願望、具体的な理由はないが死にたいと思う状態を自殺念慮と使い分けることがある。
その他の類型として、利他的あるいは偽利他的な動機から相手の同意なく他人を自殺行為に巻き込む拡大自殺(Extended Suicide)、自身で直接自殺するのではなく、犯罪を犯して死刑になることで司法の手を借りて自殺しようとする間接自殺などがある。警官を挑発して事件現場で殺害されようと企てる(俗にいう"suicide by cop")場合もある。
自殺は社会的な制度として行われることもある。宗教的な理由から生け贄として自害するなどである。また一部のカルト宗教において、ある種の死によって魂が救われる、と教祖的立場の人間が説く場合に発生することがある(カルトの集団自殺)。自爆テロなどの事例があり、こうした死が殉教と見なされる場合もある。
歴史的には、キリスト教の過激派が、わざと旅人などを襲い、反撃を誘うことで自らを殺させて、殉教を達成しようとする「キルクムケリオーネス運動」などの異端が存在した。
自殺に関連、また類似したものとして以下のものがある。
積極的な安楽死とは、致死性の薬物やガスを投与・摂取することにより、苦しまずに死に至るという概念である。アメリカ合衆国の一部の州、オランダ、スイスなどの国々では、末期のがんや病気などで多大な苦痛があり、死が目前に迫っている患者本人が希望する場合は、致死性の薬物やガスを投与する、または本人に提供して本人が自己摂取することにより、苦しまずに死に至る安楽死が法律で認められている。
消極的な安楽死または尊厳死とは、救命回復のための治療も、病気の進行の抑止・遅延のための治療も、生命維持のための治療も行わず、緩和ケアの治療は行い、苦しまずに死に至るという概念である。消極的な安楽死または尊厳死は、一般論としてどこの国においても、法律により強制隔離・強制治療が義務付けられている感染症、精神病を例外として、本人の意思に基づくならば違法性はなく、医師、看護師、家族が犯罪として法的責任を問われない。
なお、米国では病院内での重大な医療事故の最多のものは自殺であるという。日本での日本医療機能評価機構による調査では、調査の3年間に29%の一般病院(精神科病床なし)で自殺が起こっている。その自殺者の入院理由となる疾患は、35%が悪性腫瘍(ガン)である。
自傷段階の場合、現世への希望をまだ諦めきっていないため、なんらか事態の改善につながる助けを求めている傾向があるとされるが、自殺ではコミュニケーションを求める行為はほとんどみられず、またそのような心の余裕もないことが多い。
以下、Walsh(2005)による自傷行為と自殺未遂の判定表を挙げる。ただし、双方は死への意図のあるなしではなく強弱の同一線上にある例も多いため、一種の指標として柔軟に用いるのが望ましい。
いずれの場合でも状況を一見しただけで安易に自殺であると断定するのは拙速であることがあり、特に有名人の自殺に関しては多くこの問題が取り上げられる。
警察の捜査で自殺と断定された事件が事故または殺人事件ではないかと疑われる例は以前から存在している。反対に、自殺であるにもかかわらず、遺族が故人の自殺を恥じるなどの理由によって事故とされている場合も存在するのではないか、ともいわれている。
日本では、徳島自衛官変死事件のように遺族とのトラブルや訴訟となった例もある。また、日本で起きた生坂ダム殺人事件は、警察により自殺として処理されたが、発生から20年後に犯人が名乗り出たため、殺人事件であることが判明している。
なお、警察庁統計では、解剖による鑑定において自殺と断定された案件においても遺書が残されている件は半数以下である。また、遺書の真贋を本人に質問できないので偽造や執筆強要だとしても認定が難しい。
他、自殺を考えている者が、あえて犯罪などの問題行動を起こすことで、警察に自分を攻撃するように誘い、わざと射殺されようとする「警察による自殺」もある。この場合、実際に他者を傷つける事件もあることから、遺書などがないと自殺を企図していたかどうか、判断が難しい場合がある。
死亡しなかった場合は「自殺未遂」(じさつみすい)という。
世界保健機関(WHO)によると、世界では40秒に1回程度の自殺が起こっており、世界の死因の1.4%を占め第15位である(2012年)。これは高所得国では1.7%、低中所得国では1.4%となる。
自殺の統計は、疾病及び関連保健問題の国際統計分類に基づいているので国際比較が可能である。疾病及び関連保健問題の国際統計分類における自殺のコードはX60-X84である。また、アフリカや東南アジアは、多くの国で統計が入手できていない。
WHOの『暴力と健康に関する世界報告』では、2000年における世界全体の暴力死が、自殺が815,000、他殺が520,000、戦争関連死が310,000と見積もられ、「これら160万の暴力関連死の1/2近くが自殺、ほぼ1/3が他殺で約1/5が戦争関連である」と述べられている。この結果を、世界全体の暴力死では戦争によるものよりも自殺によるものが多い、と述べた資料もある。
ただし、アフリカや東南アジアについては、多くの国で自殺についてまとめた統計が存在しない。このため、自殺に関する国際的なデータでは、アフリカや東南アジアの国々については省かれていることが多い。2019年9月、世界保健機関(WHO)が発表した調査では、2016年時点で、183のWHO加盟国のうち、質の高い自殺統計を持っている国は80カ国程度とされる。
WHOによると、2016年で世界の15-29歳成人の死因において、自殺は8.1%を占め第2位である(1位は交通事故)。30-49歳成人では4.3%であり第10位であった。とりわけ低中所得国と東南アジアにおいては、自殺は2012年時点で、15 - 19歳成人の死因の16.6 - 17.6%と高く、男女ともに第1位であった。
世界的には、男性の自殺は女性の3倍に上るとWHOは報告している。日本でも自殺者の約7割が男性であり、人口10万あたりの年齢調整自殺率は男性20.5、女性8.1、男女では14.3となり(2016年) 、日本における自殺の男女比は平均的なものである。この男女間の割合の差は、高所得国に行くほどに差は大きくなり、一方で中所得国では、差は小さくなる傾向にある。
2019年09月、世界保健機関が発表した統計によると、男性より女性の方の自殺率が高かった国は、バングラデシュ、中国、レソト、モロッコ、ミャンマーの5カ国のみであった。
カトリーヌ・ヴィダルらは、失業時や離婚時に男性の方に負荷が集中しやすいことを指摘、失業や離婚をした場合、女性であれば家族や社会の状況に組み込まれて保護されるのに対し、男性は社会的に孤立を余儀なくされることを挙げている。
世界的に見て、自殺の方法として選ばれるのは、首吊り、農薬、銃である。特に農薬は多く、世界保健機関の統計では、世界の自殺の20%は農薬によるものとされる。世界保健機関は、自殺者の数を減らす最も即効性のある手法は、農薬の購入を制限することだと指摘している。韓国やスリランカでは、パラコートの利用を制限すると、農薬による自殺者が減ったという統計がある。
自殺死亡率は、統計の信頼性や更新頻度が国によって異なるため、単純な比較が難しいとされる。世界保健機関(WHO)が、2014年に発行した「世界自殺リポート」では、順位付けはしていない。
自殺のリスクに影響を及ぼす因子には、精神疾患、薬物乱用、心理状態、文化的状況、家族および社会的状況、遺伝学、トラウマまたは喪失の経験がある。精神障害と物質乱用はしばしば共存する。その他の危険因子には、以前に自殺を試みたことがあること、自殺の手段がすぐに利用できること、自殺の家族歴、外傷性脳損傷の存在などがある。例えば、銃器を所有している世帯の自殺率は、所有していない世帯よりも高いことがわかっている。
失業、貧困、ホームレス、差別などの社会経済的問題は、自殺の考えを誘発することがある。なお、社会的結束が強く、自殺に対して道徳的な異議を唱える社会では、自殺はまれである可能性がある。そして約15~40%の人は遺書を残す。退役軍人は、心的外傷後ストレス障害などの精神疾患や、戦争に関連した身体的健康問題の発生率が高いこともあり、自殺のリスクが高い。遺伝学によると、自殺行動の38%から55%を遺伝が占めている。また自殺は地域集団としても起こりうる。
過去の自殺試行は最大のリスクファクターである。自殺者の約20%は以前に自殺未遂を経験しており、自殺未遂者の1%は1年以内に自殺を遂行し、5%以上は10年以内に自殺により死亡する。自傷行為は通常自殺未遂ではなく、自傷行為を行った人のほとんどは自殺のリスクは高くない。しかし、別の研究では自傷行為は自殺リスクと関連性があり、自傷行為を行う人は12か月後の自殺死亡リスクが50-100倍であると英国国立医療技術評価機構(NICE)は報告している。
WHOの自殺予防マニュアルによれば、自殺既遂者の90%が精神疾患を持ち、また60%がその際に抑うつ状態であったと推定している。該当しなかったのは、診断なし2.0%と適応障害2.3%に過ぎないとしている。物質関連障害(アルコール依存症や麻薬)の比率については日本の状況と大きくことなるものの。
自殺既遂者の約半数が人格障害と診断される可能性があり、境界性人格障害が最も多いと推定する研究者もいる。統合失調症患者の約5%が自殺で死亡する。摂食障害も自殺に関して高リスクの病態である。
WHOの2008年の発表では、毎年100万人近くの自殺者のうち、うつ病患者が半数を占めると推定している。WHO は自殺と密接に関連しているうつ病など、3種の精神障害を早期に治療に結びつけることによって、自殺予防の余地は十分に残されていると強調している。
自殺をした人の約80%の人は死亡する前年に医師の診察を受けており、45%は自殺する前の月に受診していた。自殺者の約25~40%がその前の年に精神保健サービスにかかっていた。SSRIクラスの抗うつ薬は、小児の自殺の頻度を増加させるようであるが、成人の自殺のリスクは変化しない。精神衛生上の問題に対する支援を受けたがらないこともリスクを高める。
物質乱用は、大うつ病や双極性障害に起因する自殺で、2番目に一般的なリスクファクターである。慢性的な物質乱用は、薬物中毒と同程度の関連性が認められている。個人的な悲しみ、メンタルヘルス問題は物質乱用リスクを増加させる。
自殺を試みる多くの人々は、催眠鎮静剤(アルコールやベンゾジアゼピンなど)の影響を受けており、アルコール依存症は15-61%のケースで確認されている。アルコール消費量やバーの分布が高い国々では、自殺率も高い。アルコール依存治療を受けた人々は、その2.2 - 3.4%が自殺で人生を終える。アルコール依存症による自殺は、男性、老人、過去に自殺を試行した人々らで一般的である。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・