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英智とは?

【基本情報】

【国籍】
日本
【出身地】
岐阜県羽島市
【生年月日】
(1976-05-09) 1976年5月9日(43歳)
【身長
体重】
182 cm
74 kg
【選手情報】

【投球・打席】
右投右打
【ポジション】
外野手
【プロ入り】
1998年 ドラフト4位
【初出場】
2001年9月13日
【最終出場】
2012年10月22日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴


コーチ歴

  • 中日ドラゴンズ (2013 - )

この表について
この表はテンプレートを用いて表示しています。編集方法はTemplate:Infobox baseball playerを参照してください。

プロジェクト:野球選手 テンプレート


英智(ひでのり、1976年5月9日 - )は、岐阜県羽島市出身の元プロ野球選手(外野手)、コーチ。1999年から2012年まで中日ドラゴンズでプレーした。現在は中日の二軍外野守備走塁コーチを務める。

旧名、旧登録名は「蔵本 英智」(くらもと ひでのり)、現姓は説田。愛称は「ひでのり」、「クラ」など。

目次

  • 1 経歴
    • 1.1 プロ入り前
    • 1.2 プロ入り後
    • 1.3 引退後
  • 2 人物
  • 3 選手としての特徴
  • 4 詳細情報
    • 4.1 年度別打撃成績
    • 4.2 年度別守備成績
    • 4.3 表彰
    • 4.4 記録
    • 4.5 背番号
    • 4.6 登録名
    • 4.7 代表歴
  • 5 関連情報
    • 5.1 著書
  • 6 脚注
    • 6.1 注釈
    • 6.2 出典
  • 7 関連項目
  • 8 外部リンク

経歴

プロ入り前

岐阜県立岐阜商業高等学校では控え投手から中堅手のレギュラーとなる。高校卒業後、名城大学に進み、3番・中堅手として活躍。また、投手も兼任。1998年愛知大学野球リーグで春・秋季ベストナイン外野手に選ばれた。愛知大学リーグ通算93試合出場、310打数88安打、打率.284、2本塁打、36打点。

トヨタ自動車から入社内定を得ていたものの、1998年のドラフト会議中日ドラゴンズから4位指名を受け入団。

プロ入り後

1999年2000年は一軍出場なしに終わった。入団当初から俊足強肩が高く評価され、山田久志が監督だった時代には投手と外野手の兼任案が出たこともある。

2001年に初めて一軍出場すると、翌2002年から一軍での出場機会を増やしていく。

2004年から登録名を「英智」に変更した。この年から監督に就任した落合博満が掲げた「オレ流野球」の一つ「一芸に秀でた選手が必要」を象徴する選手として、開幕から一軍の代走及び守備固めとして活躍。6月27日の対阪神戦では、葛城育郎の放った犠飛と思われた打球を、好返球で三塁走者の桧山進次郎を刺し、勝利に貢献。守備での活躍でお立ち台に立つという珍しい経験をした。また、このプレイが英智を知らしめるきっかけにもなった。井上一樹との併用体制の中で徐々に出場機会が増え、福留孝介が8月にアテネオリンピック出場のため欠場、更に9月に死球による骨折で戦列を離れると、右翼手のレギュラーに定着し、ゴールデングラブ賞を獲得した。左翼手・英智、中堅手・アレックス右翼手・福留と組んだ堅守で一躍有名となった。

2005年は走塁中に肩を強打して負傷した影響もあり、打率1割にも満たない打撃不振に陥った。また代走専門選手として活躍していた澤井道久がシーズン後半から登録を抹消されたため、やむを得ず代走で起用され守備位置の関係で途中交代させられるなど、起用法が一定しなかった。8月5日の対横浜戦では、1点を追う最終回、一死満塁のチャンスに三塁走者の英智は、立浪和義の浅い右飛に迷うことなく本塁に突入。ヘッドスライディングで捕手の相川亮二のタッチをかいくぐって同点のホームインをもたらし、その後の福留の逆転満塁本塁打に繋げた。試合後、落合は「英智はプロだ」と語り、賛辞を惜しまなかった。

2006年5月10日、対日本ハム戦で、延長11回表、岡島秀樹暴投で二塁から悠々ホームインする走塁を見せた。この年は124試合に出場した。

2007年李炳圭の加入でシーズン序盤は代打・代走・守備固めでの起用が多かったが、李の低迷や福留の戦線離脱、打撃好調ということもあり、中盤以降はスタメンでの起用が増加。9月26日の対巨人戦で肉離れを起こし、残りのシーズンを棒に振ってしまう(落合はその後のメンバーのやりくりについて「クラ(英智の愛称)の離脱が一番痛かった」と語っている)。シーズンオフに背番号が57から24へ変更されることが発表された。これは落合が「57ではケガが多いから」という理由からで(彦野利勝の項も参照)、新番号で心機一転を図って欲しいという願いがこめられている。また、5と7の付いていた2005年と2007年はケガをしている。

2008年も代走・守備固めとしての起用が多かったが、交流戦に入ってレギュラーだった森野将彦や李が怪我で離脱したことによってスタメン出場する機会もあった。だが、森野や李が復帰後は二軍落ちも経験するなど77試合に留まった。 2009年は、藤井淳志や新人の野本圭らの台頭もあり、開幕を二軍で迎えたが4月21日に一軍登録され、その日の対阪神戦で6番・右翼で初出場を果たした。

2010年11月29日の契約更改では、その年の打撃成績が.220であったにも関わらず、走塁や守備といった数字に現れない部分を球団に評価されて300万円増となった。しかし喜ぶはずの本人が納得せず、交渉の場で「上がる理由はなんですか?」と聞き返したという。その時に「来シーズンはお立ち台に立ちたい」という決意を述べた。

2011年は若手外野手の台頭で出場機会が減少。守備固めや代走での出場が主になったため打席に立つ機会も少なく、打率も.100と振るわなかった。8月6日の対横浜戦(ナゴヤドーム)で勝ち越しのスクイズを決めたことでお立ち台に上がり、前年オフの契約更改で述べた決意を達成した。

2012年も出場機会が少なく、同季限りでの現役引退を発表。10月5日のナゴヤドームでのシーズン最終戦の対広島戦に途中出場し、3打席凡退に終わっているが、試合後のセレモニーでは本塁から外野めがけての遠投を見せ、球は約110メートル先の右翼ポールに直撃、スタンドからのアンコールによる二投目ではライトスタンドに放り込んだ。同年のクライマックス・セのファイナルステージ(第6戦)で9回表に代走として現役最後の出場をし、チームとして2012年最後の得点を踏んだ。その得点となる安打を放ったのは、英智を尊敬し慕っていた大島洋平であった。

引退後

シーズン終了後、2013年度から中日二軍の外野守備・走塁コーチに就任。登録名は引き続き「英智」となる。2016年は一軍外野守備走塁コーチに転じ、攻撃時には3塁コーチャーも担当していた。11月25日から台湾で開催された2016アジアウインターベースボールリーグにおいて、NPBウエスタン選抜の外野守備走塁コーチを務める。2017年から再び二軍外野守備走塁コーチに戻る。前年に続き、11月25日から台湾で開催される2017アジアウインターベースボールリーグにおいて、NPBウエスタン選抜の外野守備走塁コーチを務める。

人物

 | 
この選手の人物像に関する文献や情報源が必要です。出典を明記するためにご協力をお願いします。(2012年1月)

英智の兄2人も県立岐阜商業高校で野球をしており、高校生時代は「蔵本三兄弟の三男」としてプロのスカウトに知られていた。長兄の蔵本雅由名城大学を経て社会人野球の一光に入り、チーム創設時から長年エースとして活躍した。次兄の蔵本敬充法政大学野球部でも野球を続け、その後はモデルに転身。英智は「野球は父親の影響で始めたが、スパルタ式の指導が嫌でずっと辞めたかった」と語っており、高校時代、強豪だった母校が甲子園に出場した時を想定し、それを機に辞める予定だったという。しかし、結果は県予選3回戦敗退。そのために辞めるきっかけがなくなってしまい、野球を続けることにしたのだった。

打席登場曲は通常時がTHE HIGH-LOWSの「日曜日よりの使者」、チャンス時がRCサクセションの「雨あがりの夜空に」であった。これ以前はLINDBERGの「BELIEVE IN LOVE」を使用していた(ランナーのいない打席では井上陽水の「Make-up Shadow」)。

中日ドラゴンズのマスコットであるドアラと仲が良く、中日ドラゴンズ公式ブログではしばしば彼とドアラが会話している場面の写真が掲載されている。選手では小田幸平、また同期入団の小笠原孝と非常に仲が良い。本人曰く「球場で小田の顔を見るときが一番ほっとする」。小田は英智の引退試合で守備に入る前のキャッチボールの相手を泣きながら引き受け、また最初の遠投の際、右翼ポールに直撃しグラウンド内に跳ね返ってきた球を回収に走っている。

チームにおける自身の立ち位置について、「カレーの中の福神漬けのように、一見美味しそうじゃないけど無いと様にならないタイプになりたい」と『サンデードラゴンズ』の取材で語っている。

Spoken!』のインタビュー内で、野球論を語ろうとすると数時間かかるほど詳細かつ丁寧になってしまうため伊集院光から「さわりだけお願いします」とお願いされるほどだった。またこのインタビュー内では、野球の神様(男性)はいると発言しており、一部のプレーは野球の神様が打球が来ることをささやいてくれたので捕れたとも語っている。

2002年12月に収録されたプロ野球オールスタースーパーバトル「遠投日本一決定戦」では遠投123メートルを記録して優勝している。

選手としての特徴

俊足で守備範囲が広く、打球判断も優れており捕球点まで最短距離で到達できる上、広いナゴヤドームの外野深めの位置から本塁へノーバウンド返球を行いタッチアップを試みた走者をアウトにできるだけの強肩で守備固めとして活躍した。しかし打撃面では非力で難があり、典型的な「守備の達人」タイプの選手であった。

詳細情報

年度別打撃成績









































































O
P
S

2001 | 中日 | 15 | 48 | 45 | 7 | 14 | 1 | 0 | 1 | 18 | 3 | 0 | 2 | 0 | 0 | 3 | 0 | 0 | 7 | 2 | .311 | .354 | .400 | .754
2002 | 72 | 123 | 115 | 17 | 31 | 5 | 1 | 2 | 44 | 13 | 2 | 2 | 3 | 1 | 4 | 0 | 0 | 28 | 1 | .270 | .292 | .383 | .674
2003 | 61 | 36 | 33 | 11 | 9 | 1 | 0 | 0 | 10 | 2 | 3 | 2 | 0 | 0 | 3 | 0 | 0 | 10 | 1 | .273 | .333 | .303 | .636
2004 | 107 | 221 | 201 | 33 | 54 | 10 | 2 | 0 | 68 | 19 | 11 | 3 | 4 | 0 | 14 | 0 | 2 | 46 | 5 | .269 | .323 | .338 | .661
2005 | 81 | 61 | 52 | 14 | 4 | 0 | 0 | 0 | 4 | 5 | 3 | 1 | 3 | 1 | 4 | 0 | 1 | 12 | 1 | .077 | .155 | .077 | .232
2006 | 124 | 288 | 256 | 30 | 55 | 8 | 1 | 1 | 68 | 27 | 4 | 3 | 22 | 2 | 5 | 0 | 3 | 49 | 1 | .215 | .237 | .266 | .502
2007 | 99 | 219 | 198 | 27 | 55 | 8 | 1 | 4 | 77 | 19 | 8 | 2 | 7 | 1 | 6 | 0 | 7 | 33 | 4 | .278 | .321 | .389 | .710
2008 | 77 | 77 | 70 | 10 | 15 | 2 | 1 | 1 | 22 | 7 | 4 | 0 | 5 | 0 | 2 | 0 | 0 | 23 | 3 | .214 | .236 | .314 | .550
2009 | 71 | 128 | 121 | 15 | 26 | 2 | 0 | 1 | 31 | 10 | 4 | 1 | 4 | 1 | 2 | 0 | 0 | 20 | 4 | .215 | .226 | .256 | .482
2010 | 68 | 147 | 127 | 15 | 28 | 3 | 1 | 1 | 36 | 9 | 8 | 0 | 10 | 1 | 6 | 0 | 3 | 20 | 3 | .220 | .270 | .283 | .553
2011 | 56 | 24 | 20 | 9 | 2 | 0 | 0 | 0 | 2 | 1 | 2 | 0 | 2 | 0 | 2 | 0 | 0 | 3 | 0 | .100 | .182 | .100 | .282
2012 | 53 | 24 | 19 | 5 | 4 | 0 | 0 | 0 | 4 | 0 | 1 | 1 | 3 | 0 | 1 | 0 | 1 | 4 | 0 | .211 | .286 | .211 | .496
NPB:12年 884 | 1396 | 1257 | 193 | 297 | 40 | 7 | 11 | 384 | 115 | 50 | 17 | 63 | 7 | 52 | 0 | 17 | 255 | 25 | .236 | .275 | .305 | .580

年度別守備成績

【年
度】
【球
団】
外野
【試

合】















2001 | 中日 | 15 | 24 | 1 | 0 | 0 | 1.000
2002 | 64 | 63 | 3 | 1 | 1 | .985
2003 | 23 | 16 | 0 | 1 | 0 | .941
2004 | 102 | 124 | 6 | 0 | 2 | 1.000
2005 | 72 | 50 | 0 | 0 | 0 | 1.000
2006 | 120 | 154 | 3 | 1 | 1 | .994
2007 | 86 | 102 | 6 | 1 | 1 | .991
2008 | 69 | 39 | 1 | 1 | 1 | .976
2009 | 71 | 82 | 0 | 1 | 0 | .988
2010 | 64 | 75 | 0 | 0 | 0 | 1.000
2011 | 50 | 20 | 0 | 0 | 0 | 1.000
2012 | 46 | 16 | 0 | 0 | 0 | 1.000
通算 782 | 765 | 20 | 6 | 6 | .992

表彰

記録

背番号

登録名

代表歴

関連情報

著書

脚注

注釈

  1. ^ 参考:
    • 「羽島市生まれ」…
    • 「羽島市出身」…
  2. ^ 参考:
    • 本名を「蔵本英智」と記す情報…
      • 2004年に本名の蔵本英智から英智に登録名変更の旨が掲載…
    • 「蔵本 英智」の読みを「くらもと ひでのり」と記した資料…

出典

  1. ^ 本人著書『英智スタイル48』奥付のプロフィール
  2. ^ 『12球団全選手カラー百科名鑑2013』(2013年、廣済堂出版発行。コード:ISBN 4331802213)P43「英智」
  3. ^ 登録名変更した2004年発行の名鑑。参考:『12球団全選手カラー百科名鑑2004』(『ホームラン』2004年3月号増刊。2004年3月31日、日本スポーツ出版社発行)P61「英智」
  4. ^ 中日、平井らと契約せず 英智は引退 - 野球 - SANSPO.COM(サンスポ) 2012年10月2日付(2012年10月4日 インターネットアーカイブ)
  5. ^ 『2013年プロ野球選手写真名鑑』(2013年、日刊スポーツ出版社発行。コード:ISBN 4817255307)P27「英智」
  6. ^ 個人年度別成績 【英智(蔵本英智) (中日ドラゴンズ)】 - 日本野球機構公式サイト
  7. ^ 『2013スポニチプロ野球選手名鑑』(2013年、毎日新聞社発売・スポーツニッポン新聞社発行。コード:ISBN 4620794031)P26「英智」
  8. ^ 社会人野球│県立岐阜商業高等学校硬式野球部OB会(2015年7月29日 インターネットアーカイブ)
  9. ^ 週刊ベースボール2012年6月11日号 P48
  10. ^ 中日新聞2010年11月30日朝刊より
  11. ^ 英智選手が引退中日球団公式サイト
  12. ^ 【中日】英智引退「すばらしいシナリオ」 日刊スポーツ 2012年10月2日閲覧
  13. ^ 英智惜別レーザー!ホームベースから右翼ポール直撃!スポーツニッポン2012年10月6日閲覧
  14. ^ 2016アジアウインターベースボールリーグ(AWB)NPBメンバー一覧”. NPB.jp (2016年11月22日). 2017年11月21日閲覧。
  15. ^ 2017アジアウインターベースボールリーグ(AWB)NPBメンバー一覧”. NPB.jp (2017年11月17日). 2017年11月21日閲覧。
  16. ^ 小笠原も同年で引退を決めており、英智と同じ試合でセレモニーが行われた。
  17. ^ 『Spoken!』2012年11月25日放送分より。
  18. ^ DRAGONS TOPICS 【2003年12月07日(日)】

関連項目

外部リンク

中日ドラゴンズ 2019 - 2020
監督 | 

一軍コーチ | 
  • 91 伊東勤(ヘッド)
  • 85 村上隆行(打撃)
  • 71 波留敏夫(打撃)
  • 74 阿波野秀幸(投手)
  • 84 赤堀元之(投手)
  • 80 中村武志(バッテリー)
  • 83 奈良原浩(内野守備走塁)
  • 78 工藤隆人(外野守備走塁)
  • 96 勝崎耕世(コンディショニング)
  • 95 塚本洋(コンディショニング)

  • 二軍監督・コーチ | 
  • 82 小笠原道大(監督)
  • 79 石井昭男(打撃)
  • 75 森野将彦(打撃)
  • 87 門倉健(投手)
  • 86 小笠原孝(投手)
  • 81 浅尾拓也(投手)
  • 72 田村藤夫(バッテリー)
  • 88 荒木雅博(内野守備走塁)
  • 89 英智(外野守備走塁)
  • 90 立石充男(巡回野手)
  • 93 宮前岳巳(コンディショニング)

  • 投手 | 
  • 11 小笠原慎之介
  • 12 田島慎二
  • 14 谷元圭介
  • 16 又吉克樹
  • 17 柳裕也
  • 18 松坂大輔
  • 19 吉見一起
  • 21 岡田俊哉
  • 22 大野雄大
  • 24 福谷浩司
  • 25 佐藤優
  • 28 梅津晃大
  • 29 山井大介
  • 30 阿知羅拓馬
  • 33 祖父江大輔
  • 34 福敬登
  • 38 松葉貴大
  • 40 石川翔
  • 41 勝野昌慶
  • 43 三ツ間卓也
  • 46 鈴木博志
  • 47 笠原祥太郎
  • 50 清水達也
  • 54 藤嶋健人
  • 57 ロドリゲス
  • 59 山本拓実
  • 61 垣越建伸
  • 64 小熊凌祐
  • 65 伊藤準規
  • 69 丸山泰資
  • 70 ロメロ
  • 97 R.マルティネス
  • 98 木下雄介
  • 99 鈴木翔太

  • 捕手 | 
  • 27 大野奨太
  • 35 木下拓哉
  • 39 武山真吾
  • 45 杉山翔大
  • 52 加藤匠馬
  • 58 石橋康太
  • 68 桂依央利

  • 内野手 | 
  • 0 高松渡
  • 1 京田陽太
  • 3 高橋周平
  • 5 阿部寿樹
  • 7 根尾昂
  • 9 石川駿
  • 32 石垣雅海
  • 36 石岡諒太
  • 37 三ツ俣大樹
  • 48 溝脇隼人
  • 53 亀澤恭平
  • 55 福田永将
  • 63 堂上直倫
  • 66 ビシエド

  • 外野手 | 
  • 4 藤井淳志
  • 6 平田良介
  • 8 大島洋平
  • 23 遠藤一星
  • 26 井領雅貴
  • 31 渡辺勝
  • 42 アルモンテ
  • 49 伊藤康祐
  • 51 滝野要
  • 56 武田健吾
  • 62 友永翔太
  • 67 近藤弘基

  • 育成選手 | 
  • 201 ブリトー(投手)
  • 202 浜田智博(投手)
  • 203 濱田達郎(投手)
  • 206 大藏彰人(投手)
  • 209 石田健人マルク(投手)
  • 210 A.マルティネス(捕手)


  • セントラル・リーグ ゴールデングラブ賞(外野手)
    1970年代 | 

    1980年代 | 
  • 1980 J.ライトル, J.スコット, 山本浩二
  • 1981 J.ライトル, 松本匡史, 山本浩二
  • 1982 北村照文, 平野謙, 松本匡史
  • 1983 北村照文, 長嶋清幸, 松本匡史
  • 1984 長嶋清幸, 屋鋪要, 山崎隆造
  • 1985 平野謙, 屋鋪要, 山崎隆造
  • 1986 平野謙, 屋鋪要, 長嶋清幸
  • 1987 長嶋清幸, 屋鋪要, 山崎隆造
  • 1988 彦野利勝, 屋鋪要, ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  • 出典:wikipedia
    2019/10/19 09:26

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