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藤田一也とは?

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藤田 一也
東北楽天ゴールデンイーグルス #6

東京ドームにて(2016年)

【基本情報】

【国籍】
日本
【出身地】
徳島県鳴門市
【生年月日】
(1982-07-03) 1982年7月3日(38歳)
【身長
体重】
175 cm
75 kg
【選手情報】

【投球・打席】
右投左打
【ポジション】
内野手
【プロ入り】
2004年 ドラフト4巡目
【初出場】
2005年7月27日
【年俸】
3,600万円(2020年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

この表について
この表はテンプレートを用いて表示しています。編集方法はTemplate:Infobox baseball playerを参照してください。

プロジェクト:野球選手 テンプレート


藤田 一也(ふじた かずや、1982年7月3日 - )は、徳島県鳴門市出身のプロ野球選手(内野手)。右投左打。東北楽天ゴールデンイーグルス所属。

経歴

プロ入り前

徳島県立鳴門第一高等学校(現在は徳島県立鳴門渦潮高等学校)を経て、近畿大学に進学。関西学生野球リーグ通算72試合出場、266打数92安打打率.346、0本塁打、24打点。首位打者2回、ベストナイン遊撃手4回。137打席連続無三振という記録も残す。

2004年ドラフト4巡目で横浜ベイスターズに入団。背番号は「23」。

横浜時代

2005年、7月27日の中日ドラゴンズ戦(山形県野球場)に延長12回に代走でプロ初出場。9月1日の広島東洋カープ戦(横浜スタジアム)で「7番・三塁手」で初スタメン出場を果たし、4回の第2打席トム・デイビーからレフト前へプロ初安打を放った。

2006年内川聖一らの不調で9月以降、「2番・二塁手」でスタメン起用されることが多くなった。この年は自己最多の65試合に出場したが、打率は.203と振るわなかった。9月7日の広島戦(下関球場)では試合後のお立ち台に立ち、「今日は下関での試合ですがこの後夕食は何食べますか?」というアナウンサーの問いに大きな声で「ふぐ食べます!」と答え、球団発祥の地である下関のファンを沸かせた。

2007年読売ジャイアンツから移籍した仁志敏久が二塁のレギュラーに定着したことや、俊足内野手の野中信吾の台頭もあり、前年より出場機会を減らした。

2008年、不調の石井琢朗に代わって遊撃を守る機会も増えたが、五輪期間中に代表選手としてチームを離れた村田修一に代わって三塁を守った石川雄洋が活躍し、村田の復帰後も石川がそのまま遊撃を守るようになったため、仁志が怪我で離脱した後は二塁を多く守った。

横浜時代(2009年)

2009年、レギュラー二塁手の仁志が開幕から打率1割台と絶不調に陥ったため、5月から二塁手としてスタメン起用が増える。打率.269、チームトップの24犠打を記録した。

2010年、新加入したホセ・カスティーヨが二塁に定着したため、主に二塁や遊撃の石川の控えとして起用される。前年よりも出場機会を減らしたものの、打率では自己最高の成績を残した。11月23日、自身のブログにて結婚を発表した。

2011年、退団したカスティーヨと入れ替わる形で加入した渡辺直人が二塁のレギュラーに定着し、藤田は主に二塁の控えとして起用された。打席数も前年程度に留まったが、規定打席未満ながら打率.303を記録し、守備でもシーズン無失策を達成した。

2012年、シーズン途中の6月24日に、東北楽天ゴールデンイーグルス内村賢介との交換トレードが発表された。背番号は交換相手の内村が着用していた「6」。

楽天時代

2012年8月1日、こまちスタジアムにて

2012年、移籍直後の6月26日の北海道日本ハムファイターズ戦(東京ドーム)に「9番・二塁手」で先発出場し、楽天デビューを果たす。移籍後しばらくは主に守備固めとして出場し、松井稼頭央の離脱時には遊撃手として先発出場するなどしていたが、枡田慎太郎が戦線離脱し、それまで二塁手を務めていた銀次が三塁手に回ったことで二塁のポジションが空いたため、レギュラーを確保。

2013年、移籍2年目ながらキャプテンの松井から副キャプテンに任命される。開幕から「2番・二塁手」として定着し、プロ9年目にして自身初の規定打席に到達。持ち前の守備力で好守を連発し、監督の星野仙一からは「シーズンで10勝以上の価値があった」と評されるなど絶大な信頼を得た。自身初めての出場となった日本シリーズでも攻守で活躍。チーム初のリーグ優勝、日本一に大きく貢献し、ベストナインゴールデングラブ賞を初受賞した。

2014年、1月31日に選手会長に就任する。自身初のレギュラーシーズン全試合出場を果たし、ベストナイン、ゴールデングラブ賞を2年連続で受賞した。

2015年、開幕戦は9番でスタメンだったが、打撃が好調だったこともあり、去年と同じく2番、そして3番や5番などクリーンアップを打つことも多くあった。5月22日の埼玉西武ライオンズ戦では疲労を考慮して指名打者として出場し、ミゲル・メヒアから人生初の満塁本塁打を放った。6月20日の千葉ロッテマリーンズ戦で内野安打を打った際、走塁で足を負傷、肉離れと診断され、翌日に登録を抹消された。7月31日に復帰すると、怪我の影響を考慮してかサードでの起用が増えた。8月29日の西武戦では野上亮磨から今年2本目の満塁本塁打を放った。9月29日に死球を受け途中交代、その後は試合に出ず、10月2日に登録を抹消された。

2016年、4月に左肋骨を骨折し約1ヶ月離脱したが、120試合に出場。打率2割6分5厘、46打点の成績を残した。また得点圏打率はリーグトップの3割3分、自身3度目のゴールデングラブ賞を獲得。オフには取得していた海外FA権は行使せずに、新たに推定年俸1億1000万円(現状維持)の2年契約を結んだ。

2017年、2013年以降では初めて開幕スタメンの座を逃した。二塁手としての出場は94試合でチーム最多だったが、その内の先発出場は60試合に留まり、同位置での先発出場が80試合(チーム最多)に達した銀次の守備固めとして起用されることも多かった。8月末以降は遊撃手のレギュラーである茂木栄五郎の怪我と不振もあって、14試合ながら4年ぶりに遊撃手として出場した。

2018年、前年と同じく銀次との併用や渡辺直人の復帰により出場機会が減少。中盤にゼラス・ウィーラーの故障によってスタメン起用が増えるものの8月に走塁中の負傷によって戦線離脱。以降はチームが早々にポストシーズン進出の可能性が消滅したため若手選手が優先的に起用されるようになった影響で最後は二軍でシーズンを終える。

選手としての特徴

藤田の打撃フォーム
(2010年)

守備

二塁手・遊撃手・三塁手と複数ポジションをこなし、2013年5月には、テレビ番組で仁志敏久に「日本一守備がうまい選手」とその守備力を評されている。肩はそれほど強くなく、また本人曰く体も硬いというが、小・中学校時代からバウンドが不規則な軟式球で壁当てを続けたことで、グラブ捌きが上達したという。守備位置については「バッテリーの配球」「打者の傾向」によって1球毎にずらしているが、データには頼らず、感覚や記憶を頼りにポジショニングを決めるタイプだと語っている。プロ入りの際の入団会見では「横浜の牛若丸と言われたい」と語り、ファンからもそのように呼ばれるようになる(横浜時代の応援歌にも『ハマの牛若丸』という歌詞が入っている)。守備の名手であること、また名字とひっかけ、チームメイトからは「ジーター」と呼ばれている。

打撃

ボール球スイング率が高く選球眼に課題を残すが、空振りは少なく三振も少ない。2013年はパ・リーグ規定打席到達選手中最少の四球数、三振数を記録した。

詳細情報

年度別打撃成績









































































O
P
S

2005 | 横浜
DeNA
 | 12 | 9 | 9 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 4 | 0 | .111 | .111 | .111 | .222
2006 | 65 | 147 | 133 | 13 | 27 | 2 | 0 | 0 | 29 | 5 | 3 | 1 | 9 | 1 | 3 | 0 | 1 | 13 | 2 | .203 | .225 | .218 | .443
2007 | 42 | 89 | 76 | 11 | 19 | 5 | 0 | 0 | 24 | 2 | 1 | 1 | 8 | 0 | 4 | 0 | 1 | 8 | 0 | .250 | .296 | .316 | .612
2008 | 46 | 120 | 108 | 11 | 26 | 5 | 0 | 1 | 34 | 6 | 1 | 1 | 7 | 1 | 2 | 0 | 2 | 13 | 1 | .241 | .265 | .315 | .580
2009 | 120 | 381 | 346 | 44 | 93 | 7 | 5 | 4 | 122 | 20 | 6 | 2 | 24 | 3 | 7 | 0 | 1 | 34 | 4 | .269 | .283 | .353 | .636
2010 | 106 | 220 | 201 | 21 | 62 | 8 | 0 | 1 | 73 | 15 | 2 | 2 | 11 | 0 | 6 | 0 | 2 | 33 | 2 | .308 | .335 | .363 | .698
2011 | 96 | 208 | 188 | 16 | 57 | 8 | 1 | 1 | 70 | 15 | 0 | 0 | 3 | 0 | 10 | 0 | 7 | 20 | 3 | .303 | .361 | .372 | .733
2012 | 46 | 126 | 111 | 7 | 27 | 3 | 1 | 0 | 32 | 7 | 1 | 1 | 5 | 1 | 8 | 0 | 1 | 9 | 2 | .243 | .298 | .288 | .586
楽天 | 63 | 188 | 172 | 17 | 53 | 8 | 2 | 0 | 65 | 15 | 5 | 2 | 11 | 1 | 4 | 0 | 0 | 10 | 4 | .308 | .322 | .378 | .700
'12計 109 | 314 | 283 | 24 | 80 | 11 | 3 | 0 | 97 | 22 | 6 | 3 | 16 | 2 | 12 | 0 | 1 | 19 | 6 | .283 | .312 | .343 | .655
2013 | 128 | 536 | 466 | 48 | 128 | 17 | 2 | 1 | 152 | 48 | 3 | 3 | 33 | 4 | 21 | 0 | 12 | 43 | 7 | .275 | .320 | .326 | .646
2014 | 144 | 579 | 517 | 46 | 139 | 15 | 2 | 2 | 164 | 36 | 3 | 5 | 41 | 2 | 16 | 0 | 3 | 55 | 12 | .269 | .294 | .317 | .611
2015 | 111 | 451 | 392 | 38 | 106 | 14 | 1 | 5 | 137 | 43 | 8 | 3 | 16 | 7 | 28 | 2 | 8 | 30 | 3 | .270 | .326 | .349 | .676
2016 | 120 | 449 | 408 | 27 | 108 | 13 | 5 | 0 | 131 | 46 | 1 | 1 | 18 | 3 | 19 | 0 | 1 | 44 | 7 | .265 | .297 | .321 | .618
2017 | 102 | 315 | 270 | 28 | 68 | 9 | 2 | 3 | 90 | 33 | 2 | 1 | 25 | 3 | 16 | 1 | 1 | 21 | 8 | .252 | .293 | .333 | .626
2018 | 90 | 289 | 248 | 19 | 66 | 10 | 1 | 4 | 90 | 16 | 0 | 3 | 17 | 2 | 18 | 0 | 4 | 15 | 4 | .266 | .324 | .363 | .686
2019 | 61 | 136 | 124 | 13 | 32 | 4 | 0 | 2 | 42 | 10 | 1 | 0 | 4 | 0 | 7 | 1 | 1 | 16 | 1 | .258 | .303 | .339 | .642
通算:15年 1352 | 4243 | 3769 | 360 | 1012 | 128 | 22 | 24 | 1256 | 318 | 37 | 26 | 232 | 28 | 169 | 4 | 45 | 368 | 60 | .269 | .306 | .333 | .639

年度別守備成績

【年
度】
【球
団】
二塁
三塁
遊撃
【試

合】















【試

合】
【刺

殺】
【補

殺】
【失

策】
【併

殺】
【守

率】
【試

合】
【刺

殺】
【補

殺】
【失

策】
【併

殺】



2005 | 横浜
DeNA | 5 | 1 | 4 | 0 | 0 | 1.000 | 3 | 2 | 3 | 0 | 0 | 1.000 | -
2006 | 46 | 88 | 118 | 5 | 31 | .976 | - | 2 | 0 | 1 | 0 | 0 | 1.000
2007 | 5 | 13 | 10 | 1 | 3 | .958 | 9 | 1 | 2 | 0 | 1 | 1.000 | 23 | 21 | 56 | 2 | 6 | .975
2008 | 22 | 42 | 51 | 0 | 10 | 1.000 | 1 | 0 | 1 | 0 | 1 | 1.000 | 17 | 16 | 41 | 1 | 8 | .983
2009 | 98 | 166 | 246 | 2 | 50 | .995 | 13 | 3 | 12 | 2 | 1 | .882 | 22 | 24 | 52 | 2 | 9 | .974
2010 | 38 | 51 | 70 | 0 | 12 | 1.000 | 3 | 1 | 5 | 0 | 1 | 1.000 | 44 | 34 | 91 | 5 | 16 | .962
2011 | 49 | 115 | 121 | 0 | 16 | 1.000 | 3 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1.000 | 3 | 1 | 3 | 0 | 1 | 1.000
2012 | 楽天 | 59 | 87 | 125 | 2 | 18 | .991 | 18 | 8 | 22 | 0 | 1 | 1.000 | 40 | 44 | 100 | 0 | 17 | 1.000
2013 | 127 | 279 | 366 | 6 | 64 | .991 | - | 1 | 0 | 1 | 0 | 0 | 1.000
2014 | 140 | 326 | 379 | 4 | 73 | .994 | - | -
2015 | 90 | 202 | 254 | 6 | 41 | .987 | 21 | 16 | 34 | 1 | 1 | .980 | -
2016 | 117 | 262 | 310 | 4 | 61 | .993 | - | -
2017 | 94 | 141 | 180 | 2 | 39 | .994 | - | 14 | 12 | 24 | 0 | 3 | 1.000
2018 | 81 | 132 | 192 | 1 | 36 | .997 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | .--- | -
2019 | 4 | 8 | 5 | 0 | 2 | 1.000 | 21 | 3 | 12 | 0 | 1 | 1.000 | 22 | 17 | 59 | 2 | 11 | .974
通算 974 | 1910 | 2427 | 33 | 455 | .992 | 94 | 35 | 91 | 3 | 7 | .977 | 188 | 179 | 428 | 12 | 71 | .981

表彰

記録

節目の記録
その他の記録

背番号

代表歴

脚注

  1. ^ 楽天 - 契約更改 - プロ野球.日刊スポーツ.2019年11月26日閲覧。
  2. ^ FORZA SHIKOKU(月曜日更新) : 藤田一也(東北楽天ゴールデンイーグルス/徳島県鳴門市出身)第1回「マー君登板時、好守の理由」”. 二宮清純責任編集 SPORTS COMMUNICATIONS. 2014年5月10日閲覧。
  3. ^ “DeNA・藤田と楽天・内村が交換トレード”. スポニチ Sponichi Annex (スポーツニッポン). (2012年6月25日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2012/06/25/kiji/K20120625003538460.html 2013年11月12日閲覧。
  4. ^ “藤田 移籍即先発出場に「きょうの疲れは凄い」”. スポニチ Sponichi Annex (スポーツニッポン). (2012年6月27日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2012/06/27/kiji/K20120627003552890.html 2013年11月5日閲覧。
  5. ^ 久米島キャンプ1日目”. 春季キャンプレポート2013. 東北楽天ゴールデンイーグルス. 2013年2月5日閲覧。
  6. ^ “楽天 藤田に複数年提示 小山は大リーグ挑戦も”. スポニチ Sponichi Annex. (2013年11月4日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2013/11/04/kiji/K20131104006941060.html 2013年12月4日閲覧。
  7. ^ 田中将大選手、嶋基宏選手、藤田一也選手、C.マギー選手が【パ・リーグ:ベストナイン】を受賞!”. 東北楽天ゴールデンイーグルス オフィシャルサイト (2013年11月21日). 2013年12月4日閲覧。
  8. ^ 2013年 第42回 結果・得票数|三井ゴールデン・グラブ賞”. 三井広報委員会. 2013年12月4日閲覧。
  9. ^ 楽天 藤田が新選手会長就任” (2014年1月31日). 2016年12月1日閲覧。
  10. ^ 2014年度 表彰選手 投票結果(ベストナイン)”. 日本野球機構. 2014年11月25日閲覧。
  11. ^ 2014年 第43回 結果・得票数|三井ゴールデン・グラブ賞”. 三井広報委員会. 2014年11月25日閲覧。
  12. ^ “藤田、人生初満塁弾!DHで「最高」の仕事”. スポーツ報知. (2015年5月23日). http://www.hochi.co.jp/baseball/npb/20150522-OHT1T50194.html 2015年5月23日閲覧。
  13. ^ “藤田2年契約「もう一度優勝したいという気持ちで残留」”. スポニチアネックス. (2016年11月28日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2016/11/28/kiji/K20161128013807700.html 2018年8月3日閲覧。
  14. ^ 「12球団 WEEKLY トピックス 東北楽天ゴールデンイーグルス E担メモ」『週刊ベースボール』2013年7月1日号、2013年6月、 55頁。
  15. ^ 隠れ守備名人 DeNA 藤田 白井コーチ「見てきた中でもトップレベル」 - スポーツニッポン 2012年2月16日、2012年3月19日閲覧
  16. ^ 「12球団 WEEKLY トピックス 東北楽天ゴールデンイーグルス AURORA VISION 藤田一也内野手」『週刊ベースボール』2013年7月15日号、ベースボール・マガジン社、2013年7月、 45頁。
  17. ^ 中日スポーツ 2012年5月29日付
  18. ^ 『2013 プロ野球オール写真選手名鑑』日本スポーツ企画出版社、2013年、161頁。ISBN 978-4-905411-11-6。
  19. ^ 『2014 プロ野球オール写真選手名鑑』日本スポーツ企画出版社、2014年、11頁。ISBN 978-4-905411-17-8。

関連項目

外部リンク

東北楽天ゴールデンイーグルス 2020
【監督】

88 三木肇


【一軍コーチ】

【二軍監督・コーチ】

【投手】
出典:wikipedia
2020/09/15 06:05

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