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蟹江町とは?

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蟹江町旗 | 蟹江町章
1934年(昭和9年)制定

【国】
日本
【地方】
中部地方東海地方
【都道府県】
愛知県
【郡】
海部郡
市町村コード
23425-7
法人番号
7000020234257
【面積】
11.09km

【総人口】
37,169[編集]
(推計人口、2020年1月1日)
人口密度
3,352人/km
【隣接自治体】
名古屋市津島市愛西市弥富市あま市海部郡飛島村
【町の木】
キンモクセイ
【町の花】
ハナショウブ
【町の鳥】
ヨシキリ
【蟹江町役場】

【町長】
横江淳一
【所在地】
497-8601
愛知県海部郡蟹江町学戸3丁目1番地
北緯35度7分56.1秒東経136度47分12.5秒

【外部リンク】
公式ウェブサイト

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町 / ― 村



ウィキプロジェクト

蟹江町(かにえちょう)は、愛知県海部郡に属する尾張地方に含まれる。東は名古屋市、北は津島市あま市、西は愛西市、南は弥富市飛島村に隣接している。海部津島広域行政圏に属する。2019年の人口は約3万7千人。

概要

町内には蟹江川日光川福田川善太川佐屋川などの河川が南北に流れ、町域の1/5がこれら5本の河川によって占められている。町のほとんどが海抜ゼロメートル地帯であり、古くから水害に悩まされてきたため、治水工事や対策がなされてきた。一方で、町内には日本の名湯百選に選ばれた尾張温泉が湧き出ており、加えて源氏泉緑地や日光川ウォーターパークといった河川と緑豊かな自然に恵まれた環境から「水郷の町」として知られる。かつてこの地を訪れた小説家の吉川英治は蟹江を「東海の潮来」と称した。

また、名古屋市都心から約15㎞に位置する本町は、古くから名古屋市との強いつながりを持って発展してきた。特に現在では、近鉄名古屋線、JR東海関西本線といった鉄道網や、東名阪自動車道国道1号西尾張中央道等の交通幹線が発達しており、それら鉄道、道路網を利用することによって、隣接する名古屋市へ短時間での移動が可能であるという交通の便に恵まれた大都市近郊の町として有利な立地条件のもとに、名古屋市のベッドタウンとして発展している。

町名の由来

「カニエ」という地名が初めて文献に登場するのは、1215年(建保3年)の「水野家文書」とされる。当時の蟹江は海に囲まれた土地であり、「蟹江郷」「富吉荘」という名称で呼ばれていた。海辺には柳の木が生え、水辺には多数の蟹が生息していたことから、「蟹江」と呼ばれるようになったと伝えられる。

地理

蟹江町中心部周辺の空中写真(2007年)。

名古屋市の西側に広がる濃尾平野南部、木曽川下流干拓デルタ地域に位置し、町の総面積11.09平方キロメートルのうちのほとんどが海抜ゼロメートル地帯の低平地地域である。町総面積の約1/5を占める蟹江川・日光川・福田川・善太川・佐屋川など大小さまざまな河川が町内を南北に流れ、それぞれが伊勢湾に注流する。地質は、木曽川水系の河川等からの河川搬出物が堆積し、形成された沖積層である。気候は、太平洋側気候区に属し、比較的温暖で夏期多雨、冬期小雨乾燥といった特徴がある。

また、津島市をはじめとする四市二町一村からなる『海部津島広域行政圏』(津島市愛西市あま市弥富市、蟹江町、大治町飛島村)に属し、広域行政圏の中にあっては「南部地域」(蟹江町、弥富市、飛島村)に区分され、本町はその北東端に位置する。

地形

河川

主な川

地名

括弧内は成立年、旧町・大字名である。

人口


蟹江町と全国の年齢別人口分布(2005年) | 蟹江町の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 蟹江町
緑色 ― 日本全国
 | 
青色 ― 男性
赤色 ― 女性


蟹江町(に相当する地域)の人口の推移

総務省統計局 国勢調査より

隣接する自治体・行政区

愛知県

歴史

町制施行、蟹江町の誕生

1888年(明治21年)4月25日、明治政府により市制町村制が公布された。この当時、明治政府は国内体制を整備し、ヨーロッパのような近代的な地方自治制度を行うだけの資金力、それを支えるための人口を目指し始めた。

そのような時代に、1889年(明治22年)10月1日、愛知県によって「市制町村制」が施行された。これにより、蟹江町区域には蟹江町、新蟹江村、千秋村、西之森村、須成村の5つの町村が成立した。(蟹江町は蟹江本町村、蟹江新町村、今村、西福田村の一部の合併により誕生。新蟹江村は蟹江新田の一部と鍋蓋新田が合併、千秋村は蟹江新田の一部と善太新田と大野村が合併してできた。また、西之森村と須成村は、江戸時代からの村域がそのまま引き継がれ、誕生した。)

海部地域全体でみると、町村制施行以前は244も存在した村々が56町村までに減少し、その中でも町制を敷いたのは津島市(当時)と蟹江町のみであった。町村制施行翌年の蟹江町の人口は6,236名に上り、海部地域では津島市に次ぐ2番目、愛知県下でも15番目の人口規模を誇った。また、明治期を通して蟹江町に警察分署、郵便局、電信局高等小学校、銀行、駅が次々と設置されたことで町は大いに繁栄した。

明治の大合併

1905年(明治38年)、愛知県は日露戦争によって財政難に陥り、小規模な自治体への補助金支出に苦慮していた。この時、愛知県下の町村数は全国府県の中で最多であり、一つの自治体あたりの人口は3番目に少なかった。こうした中で、愛知県は合併要領を示し、合併後の町村の平均戸数を1,000戸、人口を5,000人以上とすることを目指した。

そして1906年(明治39年)、蟹江町は須成村、西之森村、新蟹江村と合併した。これにより蟹江町の人口は1万人を超すこととなり、1908年(明治41年)の統計では県内265町村のうち、16番目に人口の多い自治体となった。当時の海部地域における自治体の平均人口は約6,000人であったことから、蟹江町はそれらの二倍近くの人口を有していた。

また、1913年(大正2年)7月1日には木曽川の支流である佐屋川に隔てられていた海東郡海西郡が合併して海部郡が誕生した。

昭和の合併

第二次世界大戦後、地方自治法が制定されると、各自治体では住民の生活環境や社会施設の充実が図られるようになる。1946年(昭和21年)から学校制度改革による新制中学校の建設、1947年(昭和22年)には「旧警察法」と「消防組織法」により、自治体警察と消防署の設置が行われると、財政規模の小さな自治体は運営困難になりつつあった。そこで打ち出されたのが、1953年(昭和28年)の「町村合併促進法」と1956年(昭和31年)の「新市町村建設促進法」であった。これらの法は各自治体の財政力や行政力を高めるために、自治体人口を8,000人以上を基準とした新市町村として再編することを目的としており、これにより1953年(昭和28年)から1961年(昭和36年)までの9年間でいわゆる「昭和の大合併」と呼ばれる全国的な市町村合併が巻き起こった。

この流れの中で、1961年(昭和31年)に蟹江町へ永和村の一部が合併し、現在の蟹江町域が形作られた。(ちなみに永和村は学区問題のために4地区に分割され、津島市、旧佐屋町、旧十四山村にもそれぞれ合併・編入されている。)海部地域全体では昭和の大合併の期間中に計9件の合併(神守村が津島市に編入合併、佐屋村市江村の一部が合併、弥富町と鍋田村、市江村の残部が合併、富田町南陽町名古屋市へ編入合併、永和村が海部地域各自治体へ分割編入)が実現した。その後もいくつかの変遷を通して、昭和の終わりには蟹江町のほか、津島市、弥富町甚目寺町佐織町佐屋町美和町七宝町大治町十四山村飛島村立田村八開村の1市8町4村となった。

平成の合併協議

平成の時代になると、経済成長の停滞や人口減少、少子高齢化などの社会問題に加え、国や地方財政の悪化、多種多様化する住民サービスへの対応など市町村を取り巻く環境は一層厳しさを増すこととなった。こうした社会状況の中、国は1999年(平成11年)以来、全国的な市町村合併を推進した。

蟹江町も2002年(平成14年)から弥富町、十四山村、飛島村との4町村合併に向けた協議を進めるも、翌年に飛島村が離脱、残る3町村による合併協議会を設置するも、結局合併には至らなかった。その後、海部地域では、2005年(平成17年)に愛西市、2006年(平成18年)に弥富市、2010年(平成22年)にあま市が誕生、平成の終わりには蟹江町のほか津島市、愛西市、弥富市、あま市、大治町、飛島村の4市2町1村となっている。

令和元年の町制施行130周年

明治昭和大正平成の時代を通して各自治体が大きく変化する中、蟹江町は単独町制を維持し、2019年(令和元年)10月1日、町制施行130周年を迎えることとなった。

ちなみに「市制町村制」が施行された130年前の1889年(明治22年)より、当時の市町村形態を変わらずに維持している愛知県下の自治体は蟹江町のほかでは名古屋市海部郡飛島村北設楽郡豊根村の3つの自治体のみである。

年表

行政

町長

歴代首長

代 氏名 就任年 備考
蟹江町長
初代 | 蟹江(鈴木)次郎 | 1890年 | 初代町長蟹江次郎氏の父は貴族院議員の蟹江史郎(鈴木重声)。 なお当時の町長は町民による名誉職であった
2代目 | 野崎兼久 | 1892年 | 
3代目 | 桜井義導 | 1896年 | 
4代目 | 大島又八 | 1902年 | 
5代目 | 横井亮 | 1907年 | 蟹江町が津島警察署の管轄下になる
6代目 | 佐藤峯太郎 | 1915年 | 
7代目 | 斎藤元夫 | 1927年 | 浅草上野間に日本初の地下鉄が開通
8代目 | 服田静夫 | 1935年 | 築地中央卸市場が開場
9代目 | 藤田謙吉 | 1936年 | 
10代目 | 長谷静雄 | 1946年 | 現代かなづかいが告示。第一回NHKのど自慢始まる
11代目 | 山田平左衛門 | 1951年 | 第一回紅白歌合戦始まる。蟹江町が本署の海部東地区警察署が発足
12代目 | 蟹江猶弓 | 1953年 | テレビ放送開始。翌年、愛知県蟹江警察署が発足。 ※蟹江猶弓は初代町長を輩出した蟹江家出身
13代目 | 山田平左衛門 | 1965年 | いざなぎ景気
14代目 | 藤田貞男 | 1977年 | スーパーカーブーム
15代目 | 河瀬佐兵衛 | 1989年 | 消費税3%導入。ゲームボーイ販売
16代目 | 佐藤篤松 | 1993年 | 皇太子ご成婚。ポケベルが流行
17代目 | 横江淳一 | 2009年-現在 | 民主党政権発足

庁舎

町章・町旗

1934年(昭和9年)1月10日、町の歴史に深い関わりを持つ旧蟹江城の城主であった佐久間家の家紋「三引紋」が、そのまま町章として制定された。

市町村合併

1889年(明治22年)10月1日、「市町村制度」施行のもと、蟹江本町村、蟹江新町村、今村、西福田村の一部が合併し、「蟹江町」が誕生した。また、1905年(明治38年)、愛知県が小規模町村大合併の方針を打ち出したことを受け、蟹江町は須成村、新蟹江村、西之森村と合併した。さらに、1956年(昭和31年)には、いわゆる昭和の大合併の影響により、かつて日光川、善太川に挟まれた地域に位置した永和村が蟹江町、津島市十四山村佐屋町の4市町村によって分割編入されることが決定、一部を蟹江町が編入合併したことで、現在の「蟹江町」の町域となった。

1989年(平成元年)の町制施行100周年を経て、2002年(平成14年)には、平成の大合併の影響下で、海部郡飛島村十四山村弥富町(現弥富市)との4町村で「海部南部ブロック市町村合併研究会」が設置されたが、まず財政の豊かな飛島村が研究会を離脱、さらにその後、新市名と新庁舎設置位置を巡り、蟹江町と十四山村・弥富町とが対立し、蟹江町は法定協議会を離脱した。(あくまで「対等合併」であるはずの合併構想において、新市名を「弥富市」に、本庁舎を弥富町域内に設置すべきと主張する弥富町の横柄な態度と、実質的な弥富町への蟹江町と十四山村の編入合併案は、当時の蟹江町にとって受け入れ難いものであった事が対立の主な原因であった。)その結果、弥富町・十四山村は2町村で合併し弥富市に、蟹江町は単独町制を継続することとなり、現在に至る。現在、愛知県としては周辺自治体との合併の検討を促すとしているものの、合併新法に基づく合併推進構想の策定などの具体的な動きはなく、蟹江町としても具体的な合併構想は存在していない。 ちなみに2016年(平成28年)に北名古屋市長が名古屋市との合併検討を表明した折、現蟹江町町長横江氏は、名古屋市と蟹江町の合併について「全面的な否定しないが、住民の生活圏等を考慮すると必ずしも現実的ではない面もある」と慎重な態度を示した。しかし同時に、市町村合併については「将来的に、生活圏が重なる海部地域の周辺市町村との合併なら検討する価値はある」としている。

広域行政

現在、蟹江町では市町村合併に関する具体的構想は存在していないものの、より効率的な行政運営と地域住民へのサービス向上を目的とする近隣自治体との広域行政・地域連携が推進されている。そして、それら広域行政を可能にするため、津島市をはじめとする四市二町一村からなる『海部津島広域行政圏』(津島市愛西市あま市弥富市、蟹江町、大治町飛島村)が策定されている。 また、2012年(平成24年)にあま市、大治町、飛島村とともに設立した、「まちづくり連携会議(AOKT)」では、蟹江町と同じく名古屋市と隣接する海部地域の自治体間での交流と広域行政の活発化を図ろうとしている。

財政

(平成28年度普通会計決算より)

都市宣言

出典:wikipedia
2020/04/06 20:38

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