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西東京市とは?

にしとうきょうし
西東京市
田無神社の拝殿

 | 
西東京市旗 | 西東京市章

【国】
日本
【地方】
関東地方
【都道府県】
東京都
市町村コード
13229-2
法人番号
1000020132292
【面積】
15.75km

【総人口】
207,069[編集]
(推計人口、2020年6月1日)
人口密度
13,147人/km
【隣接自治体】
練馬区東久留米市小平市小金井市武蔵野市
埼玉県新座市
【市の木】
ケヤキ
ハナミズキ
(2004年1月21日制定)
【市の花】
ツツジ(春)
ヒマワリ(夏)
コスモス(秋)
スイセン(冬)
(2004年1月21日制定)
【その他】
市歌:大好きです、西東京
【西東京市役所】

【市長】
丸山浩一
【所在地】
188-8666
東京都西東京市南町五丁目6番13号
北緯35度43分32.2秒東経139度32分17.7秒

【外部リンク】
公式ウェブサイト

― 区 / ― 市 / ― 町・村




ウィキプロジェクト
市のランドマークといえる電波塔
スカイタワー西東京(田無タワー)

西東京市(にしとうきょうし)は、東京都多摩地域東部に位置する

2001年(平成13年)1月21日、旧・田無市保谷市合併して発足した。21世紀最初の新設合併により誕生した市である。人口は約20万5千人。

地理

西東京市のランドサット衛星写真。

地形的には武蔵野台地のほぼ中央に位置し、関東ローム層に覆われている。水利の便の乏しい多摩地域にあって市内に石神井川白子川、新川(白子川支流)と玉川上水から分水した千川上水があり、比較的水利に恵まれた土地である。市域は東西4.8キロメートル、南北に5.6キロメートル、北側がすぼまった葉の形をしている。区部と境界を接している隣接5市の内の一つである。

交通東京の中心へ向かう東西が主で青梅街道五日市街道の主要道路鉄道西武池袋線西武新宿線がいずれも市内を東西に連絡している。鉄道は南北への連絡はなく、南北の移動は市域のほぼ中央にあたる谷戸新道、境新道を用いてバスや自家用車などでの利用が中心となる。

多摩南北道路#多摩南北道路1号線(調布保谷線)」も参照

市内の中心は、西武新宿線西武柳沢駅田無駅北側と西武池袋線ひばりヶ丘駅保谷駅南側となる。

隣接している自治体

歴史

前史

以下に西東京市成立までの歴史を記述する。(出典)なお、西原総合教育施設内の西東京市郷土資料室にて史料を展示している。

原始

市内にはいくつかの遺跡があり、旧石器時代から人が住んでいたことがわかっている。最も大規模なものは下野谷遺跡(国史跡)で、旧石器時代末の細石器群や縄文時代の住居跡約390軒、竪穴4基、掘立式建物跡19棟など非常に多くの遺構が発掘されている。また、東伏見稲荷神社遺跡では1940年に旧石器が発見されているが、これは日本で初めて旧石器時代の遺跡として認定された岩宿遺跡の発見(1946年)よりも早い(ただし、東伏見稲荷神社遺跡はその時点で旧石器時代のものと認定されていない。)。これらはいずれも市内南部の石神井川流域にある。一方、市内北部の白子川流域からは、北宮ノ脇遺跡(旧石器時代、縄文時代)、上前遺跡(縄文時代)、中荒屋敷遺跡(旧石器時代、縄文時代、弥生時代)などが発見されている。

古代

西東京市の地域が属する武蔵国が設置されたのは飛鳥時代である。田無地域は多摩郡、保谷地域は新羅郡に属していた。なお、市内の西原遺跡から奈良時代の土器が、坂下遺跡からは平安時代の住居跡類や土器類が出土している。

中世

市内北部を流れる白子川(大泉堀)の流域に下保谷、中部を流れる新川の流域に上保谷と田無の集落が形成された。保谷の地名は熊野那智大社文書(1504年1555年)に「ほゝや」の文字が、小田原衆所領役帳(後北条役帳)(1559年(永禄2年))には「保屋」「田無」の文字が見られ、この頃には保谷・田無の地に集落が成立していることがわかる。また、14世紀の後半には、宮山(谷戸町付近)に尉殿権現が、16世紀には下保谷村総鎮守の三十番神社(現天神社)が建立されている。(その後、尉殿権現は17世紀に上保谷の尉殿権現(現尉殿神社)と田無の尉殿権現(現田無神社)に分祀されている。)

近世

1600年頃、江戸城造営のための石灰運搬のため青梅街道が開削され、田無にはこの街道の宿駅が置かれた。この際、谷戸などの住民が宿駅周辺に移住し、以後、田無は青梅街道の宿場町、交通の要所として栄えていく。一方、保谷では享保期(1716年1736年)以降に下保谷新田(現在のひばりが丘周辺)と上保谷新田(現在の新町周辺)が開墾された。特に玉川上水の分水である千川上水の整備により開墾された上保谷新田は順調に開発が進み、後に上保谷新田村として上保谷村から独立している。

近現代

1889年(明治22年)4月1日、町村制の施行に伴い、当時の下保谷村上保谷村上保谷新田村が合併し保谷村が成立した。この際、旧村域はそれぞれ保谷村の大字「下保谷」「上保谷」「上保谷新田」となっている。一方、田無では、これに先立ち1879年(明治12年)に田無村が町制を施行し田無町となっている。

1889年に開通した甲武鉄道(現在のJR中央線)は、当初、青梅街道沿いに敷設する計画だった。しかしながら、田無の農民・商人の反対により、そのルートは町内を大きく外れた。このことで、田無は次第にその優先的な地位を失う。(甲武鉄道は、青梅街道沿いのルートを断念した後に計画した甲州街道沿いのルートも調布の住民の反対で断念し、両街道の中間を通る現在のルートとなっている。)一方、保谷では地元の有力者が駅舎などの土地を寄付するなど積極的に武蔵野鉄道池袋線(現在の西武池袋線)を誘致し、池袋飯能1915年(大正4年)に開通した際に保谷駅が開設された。(このためか、(西武池袋線開業当時の保谷駅隣駅の)石神井公園駅(開業当時は石神井駅)東久留米駅間のルートは、両駅間の直線ルートよりかなり南にずれて保谷駅を通っている。)また、1922年(大正11年)の池袋〜所沢間の電化の際には保谷車庫が開設されている。その後、1924年(大正13年)に池袋線にひばりヶ丘駅(開業当時は田無町駅)が設置、1927年には西武鉄道村山線(現在の西武新宿線)開通と同時に東伏見駅(開業当時は上保谷駅)、西武柳沢駅田無駅が設置された。保谷市内の4駅、田無駅ともターミナル駅である池袋、新宿から15-25分程度と比較的近いこともあり、後に両市とも東京のベッドタウンとして発展した。

戦時中は、旧田無市内の軍需工場空襲を受け、旧保谷市南部も中島飛行機武蔵工場に近いため空襲を受けている。そのため南部で隣接する武蔵野市とともに不発弾が発見されることがある。また、1936年(昭和11年)にはシチズン時計が田無工場を開設(その後、2001年(平成13年)には本社も西東京市に移転)、1941年(昭和16年)には保谷町に東洋光学硝子製造所(現HOYA)が創業と、この時代に企業の市内への進出が続いている。この頃、保谷では1940年(昭和15年)に町制を施行している。

戦後は、1959年(昭和34年)に日本住宅公団最大の公団住宅であるひばりが丘団地が保谷町・田無町(および久留米町)にまたがる地域に造成されるなど両市とも順調に人口が増加し、1967年(昭和42年)には保谷町、田無町とも市制を施行して、それぞれ保谷市、田無市となっている。

年表

合併以前の年表については、田無市および保谷市の項を参照

合併の経緯

旧保谷市は旧田無市の北、東、南を囲むような形をしており、特に南部が細長い市形となっていたため、行政効率などの点で田無市との合併が古くから考えられてきていた。また、ひばりが丘団地が2市と東久留米市にまたがっており、1950年代から1960年代の市制施行前には田無・保谷・久留米(現・東久留米市)の3町での合併構想もあった。

名称問題

新市名の選考にあたっては、まず公募によって集まった名称から「西東京市」「けやき野市」「北多摩市」「ひばり市」「みどり野市」の5つが候補として絞り込まれた。これを受けて実施された市民意向調査によって最も多くの支持を集めた「西東京市」が、合併協議会によって新市名と決定された。

しかし、単に『東○○市』『西○○市』風の方角名称にすることに対しては、同時期に合併が行われた『さいたま市』(埼玉県)や『東かがわ市』(香川県)などと同様に、「安易過ぎる」との批判も多い。しかし、この『西東京市』以降、『西○○市』風の方角自治体が続々と誕生している。なお、それ以前にも東大阪市東広島市のような例はあった。

「西東京」という呼称は、「旧東京市の西」ではなく、「旧東京府の西部」を指すことが多かった。例えば西東京バスは青梅、日野、八王子地区に路線を持っている。そのため、旧東京府の中央部にある市にこの名称を付ける事に疑問を呈する意見もあった。合併協議会でも、東京という市は存在せず、位置的に正確な表現とは言えないのではないかという意見があった。

なお、本市発足に先立って、2市を主な対象とした「エフエム西東京」が開局している。ただしこの局と市名との関連はない模様である。

歴史的には、「東京」という地名は、明治維新期に「東の京」という意味から名付けられた。「西東京」では「東の京の西」という意味になる。なお、現在の東京都全体から見てむしろ中央より東寄りに位置することは、その名称に対する疑問の一因である。さらに、西東京市の領域は元々東京府に属していたわけではなく、旧田無市は神奈川県、旧保谷市は埼玉県に属していた。

北多摩市にした場合、北多摩郡の範囲(多摩郡からの分割時点で2町1駅36村)に比べて、西東京市の範囲が北東に寄りすぎており、かつ保谷市は1907年(明治40年)に東京府北多摩郡に編入されるまで埼玉県新座郡(新羅郡)(1896年(明治29年)に北足立郡に合併)に属しており、多摩郡の支配地域ではなかったという問題がある。合併協議会でも、多摩市と混乱を生じる可能性や、地域的に北多摩郡の一部に過ぎず適当ではないといった意見が出されている。

また、市内の地名にも方角が付くものが多く(例:南町東町北町)、「京都西東京市町」などと方角だらけの住所表記となってしまう地域も多い。なお、「西東京市」は名称の中に方角が2つ含まれる全国唯一の市である。

特別職報酬引き上げ問題

2007年(平成19年)11月「報酬審議会」で他市との比較を理由に10パーセント引き上げが答申された。答申通り報酬は改訂され、2008年(平成20年)4月1日より市長月額8万5千円の増額(月額105万円の報酬)、議員月額5万5千円の増額(月額55万円の報酬)となった。これに対して、市民から複数の報酬引き上げ撤回を求める陳情が提出されるもいずれも不採択となり、「市長・議員の報酬は増額、市民へは増税」として新聞テレビ等でも取り上げられた。

また、引き上げ分の受け取りを拒否した市議会議員森てるおに対して、市側は報酬(全額)の支払いを停止して法務局に全額を供託する事態となった。

人口

東京都内では東京23区八王子市町田市府中市調布市に次ぎ6番目(市町村では5番目)に人口が多い。合併後人口は増加傾向にある。2015年に行われた国勢調査では人口が20万人を超えた。


西東京市と全国の年齢別人口分布(2005年) | 西東京市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 西東京市
緑色 ― 日本全国
 | 
青色 ― 男性
赤色 ― 女性


西東京市(に相当する地域)の人口の推移

総務省統計局 国勢調査より


昼夜間人口

2005年の夜間人口(居住者)は189,386人である。市外からの通勤者と通学生および居住者のうちの市内に昼間残留する人口の合計である昼間人口は148,056人で、の0.782倍の人口で、夜間に比べて昼の人口は4万1千人ほど減る。昼夜間人口比0.782は東京23区および東京都市部25市の中で狛江市、稲城市に次いで3番目に小さい数字で、西東京市がオフィスや工場・学校が少なく住宅の多い街であることが示されている。

通勤者・通学者で見ると市内から市外へ出る通勤者59,549人、市外から市内へ入る通勤者は24,210人と通勤者では市外へ出る通勤者のほうが多く、学生でも市内から市外に出る通学生は11,024人、市外から市内へ入る通学生は5,033人と学生でも昼は市外へ流出する人数のほうが多い。

町名

西東京市では、全域で住居表示に関する法律に基づく住居表示が実施されている。

西東京市役所管内(108町丁)
町名 町名の読み 設置年月日 住居表示実施年月日 住居表示実施直前の町名 備考
田無町一丁目 | たなしちょう | 2001年1月21日 | 1966年9月1日 | 字柳沢、字下宿、字南芝久保、字上宿、字北原の各一部 | 
田無町二丁目 | 2001年1月21日 | 1966年9月1日 | 字柳沢、字下宿、字南芝久保、字上宿、字北原の各一部 | 
田無町三丁目 | 2001年1月21日 | 1966年9月1日 | 字柳沢、字下宿、字南芝久保、字上宿、字北原の各一部 | 
田無町四丁目 | 2001年1月21日 | 1966年9月1日 | 字柳沢、字下宿、字南芝久保、字上宿、字北原の各一部 | 
田無町五丁目 | 2001年1月21日 | 1966年9月1日 | 字柳沢、字下宿、字南芝久保、字上宿、字北原の各一部 | 
田無町六丁目 | 2001年1月21日 | 1966年9月1日 | 字柳沢、字下宿、字南芝久保、字上宿、字北原の各一部 | 
田無町七丁目 | 2001年1月21日 | 1966年9月1日 | 字柳沢、字下宿、字南芝久保、字上宿、字北原の各一部 | 
南町一丁目 | みなみちょう | 2001年1月21日 | 1966年9月1日 | 字柳沢、字下宿、字南芝久保、字上宿、字下向台の各一部 | 
南町二丁目 | 2001年1月21日 | 1966年9月1日 | 字柳沢、字下宿、字南芝久保、字上宿、字下向台の各一部 | 
南町三丁目 | 2001年1月21日 | 1966年9月1日 | 字柳沢、字下宿、字南芝久保、字上宿、字下向台の各一部 | 
南町四丁目 | 2001年1月21日 | 1966年9月1日 | 字柳沢、字下宿、字南芝久保、字上宿、字下向台の各一部 | 
南町五丁目 | 2001年1月21日 | 1966年9月1日 | 字柳沢、字下宿、字南芝久保、字上宿、字下向台の各一部 | 
南町六丁目 | 2001年1月21日 | 1966年9月1日 | 字柳沢、字下宿、字南芝久保、字上宿、字下向台の各一部 | 
西原町一丁目 | にしはらちょう | 2001年1月21日 | 1967年10月1日 | 字下宿、字北芝久保、字上宿、字西原の各一部 | 
西原町二丁目 | 2001年1月21日 | 1967年10月1日 | 字下宿、字北芝久保、字上宿、字西原の各一部 | 
西原町三丁目 | 2001年1月21日 | 1967年10月1日 | 字下宿、字北芝久保、字上宿、字西原の各一部 | 
西原町四丁目 | 2001年1月21日 | 1967年10月1日 | 字下宿、字北芝久保、字上宿、字西原の各一部 | 
西原町五丁目 | 2001年1月21日 | 1967年10月1日 | 字下宿、字北芝久保、字上宿、字西原の各一部 | 
緑町一丁目 | みどりちょう | 2001年1月21日 | 1967年10月1日 | 字西原、字北原、字谷戸の各一部 | 
緑町二丁目 | 2001年1月21日 | 1967年10月1日 | 字西原、字北原、字谷戸の各一部 | 
緑町三丁目 | 2001年1月21日 | 1967年10月1日 | 字西原、字北原、字谷戸の各一部 | 
谷戸町一丁目 | やとちょう | 2001年1月21日 | 1967年10月1日 | 字谷戸の一部 | 
谷戸町二丁目 | 2001年1月21日 | 1967年10月1日 | 字谷戸の一部 | 
谷戸町三丁目 | 2001年1月21日 | 1967年10月1日 | 字谷戸の一部 | 
北原町一丁目 | きたはらちょう | 2001年1月21日 | 1967年10月1日 | 字柳沢、字北原の各一部 | 
北原町二丁目 | 2001年1月21日 | 1967年10月1日 | 字柳沢、字北原の各一部 | 
北原町三丁目 | 2001年1月21日 | 1967年10月1日 | 字柳沢、字北原の各一部 | 
向台町一丁目 | むこうだいちょう | 2001年1月21日 | 1968年9月1日 | 字柳沢、字下向台、字上向台の各全部 | 
向台町二丁目 | 2001年1月21日 | 1968年9月1日 | 字柳沢、字下向台、字上向台の各全部 | 
向台町三丁目 | 2001年1月21日 | 1968年9月1日 | 字柳沢、字下向台、字上向台の各全部 | 
向台町四丁目 | 2001年1月21日 | 1968年9月1日 | 字柳沢、字下向台、字上向台の各全部 | 
向台町五丁目 | 2001年1月21日 | 1968年9月1日 | 字柳沢、字下向台、字上向台の各全部 | 
向台町六丁目 | 2001年1月21日 | 1968年9月1日 | 字柳沢、字下向台、字上向台の各全部 | 
芝久保町一丁目 | しばくぼちょう | 2001年1月21日 | 1968年9月1日 | 字南芝久保、字北芝久保の各全部 | 
芝久保町二丁目 | 2001年1月21日 | 1968年9月1日 | 字南芝久保、字北芝久保の各全部 | 
芝久保町三丁目 | 2001年1月21日 | 1968年9月1日 | 字南芝久保、字北芝久保の各全部 | 
芝久保町四丁目 | 2001年1月21日 | 1968年9月1日 | 字南芝久保、字北芝久保の各全部 | 
芝久保町五丁目 | 2001年1月21日 | 1968年9月1日 | 字南芝久保、字北芝久保の各全部 | 
新町一丁目 | しんまち | 2001年1月21日 | 1967年1月1日 | 大字上保谷新田の小字シラシクボ通、大日堂、鎮守前、鎮守台、堀分北、新橋道東、新橋道西 | 
新町二丁目 | 2001年1月21日 | 1967年1月1日 | 大字上保谷新田の小字シラシクボ通、大日堂、鎮守前、鎮守台、堀分北、新橋道東、新橋道西 | 
新町三丁目 | 2001年1月21日 | 1967年1月1日 | 大字上保谷新田の小字シラシクボ通、大日堂、鎮守前、鎮守台、堀分北、新橋道東、新橋道西 | 
新町四丁目 | 2001年1月21日 | 1967年1月1日 | 大字上保谷新田の小字シラシクボ通、大日堂、鎮守前、鎮守台、堀分北、新橋道東、新橋道西 | 
新町五丁目 | 2001年1月21日 | 1967年1月1日 | 大字上保谷新田の小字シラシクボ通、大日堂、鎮守前、鎮守台、堀分北、新橋道東、新橋道西 | 
新町六丁目 | 2001年1月21日 | 1967年1月1日 | 大字上保谷新田の小字シラシクボ通、大日堂、鎮守前、鎮守台、堀分北、新橋道東、新橋道西 | 
柳沢一丁目 | やぎさわ | 2001年1月21日 | 1966年5月1日 | 大字上保谷の小字柳沢(一部)、上柳沢、大字上保谷新田の小字坂上(一部)、葭窪北台 | 
柳沢二丁目 | 2001年1月21日 | 1966年5月1日 | 大字上保谷の小字柳沢(一部)、上柳沢、大字上保谷新田の小字坂上(一部)、葭窪北台 | 
柳沢三丁目 | 2001年1月21日 | 1966年5月1日 | 大字上保谷の小字柳沢(一部)、上柳沢、大字上保谷新田の小字坂上(一部)、葭窪北台 | 
柳沢四丁目 | 2001年1月21日 | 1966年5月1日 | 大字上保谷の小字柳沢(一部)、上柳沢、大字上保谷新田の小字坂上(一部)、葭窪北台 | 
柳沢五丁目 | 2001年1月21日 | 1966年5月1日 | 大字上保谷の小字柳沢(一部)、上柳沢、大字上保谷新田の小字坂上(一部)、葭窪北台 | 
柳沢六丁目 | 2001年1月21日 | 1966年5月1日 | 大字上保谷の小字柳沢(一部)、上柳沢、大字上保谷新田の小字坂上(一部)、葭窪北台 | 
東伏見一丁目 | ひがしふしみ | 2001年1月21日 | 1966年5月1日 | 大字上保谷の小字下柳沢(一部)、千駄山(一部)、下野谷、坂上、上柳沢(一部)、大字上保谷新田の小字坂上(一部) | 
東伏見二丁目 | 2001年1月21日 | 1966年5月1日 | 大字上保谷の小字下柳沢(一部)、千駄山(一部)、下野谷、坂上、上柳沢(一部)、大字上保谷新田の小字坂上(一部) | 
東伏見三丁目 | 2001年1月21日 | 1966年5月1日 | 大字上保谷の小字下柳沢(一部)、千駄山(一部)、下野谷、坂上、上柳沢(一部)、大字上保谷新田の小字坂上(一部) | 
東伏見四丁目 | 2001年1月21日 | 1966年5月1日 | 大字上保谷の小字下柳沢(一部)、千駄山(一部)、下野谷、坂上、上柳沢(一部)、大字上保谷新田の小字坂上(一部) | 
東伏見五丁目 | 2001年1月21日 | 1966年5月1日 | 大字上保谷の小字下柳沢(一部)、千駄山(一部)、下野谷、坂上、上柳沢(一部)、大字上保谷新田の小字坂上(一部) | 
東伏見六丁目 | 2001年1月21日 | 1966年5月1日 | 大字上保谷の小字下柳沢(一部)、千駄山(一部)、下野谷、坂上、上柳沢(一部)、大字上保谷新田の小字坂上(一部) | 
保谷町一丁目 | ほうやちょう | 2001年1月21日 | 1965年5月1日 | 大字上保谷の小字平松、桶久保(一部)、千駄山(一部)、立野、柳沢(一部)、西浦 | 
保谷町二丁目 | 2001年1月21日 | 1965年5月1日 | 大字上保谷の小字平松、桶久保(一部)、千駄山(一部)、立野、柳沢(一部)、西浦 | 
保谷町三丁目 | 2001年1月21日 | 1965年5月1日 | 大字上保谷の小字平松、桶久保(一部)、千駄山(一部)、立野、柳沢(一部)、西浦 | 
保谷町四丁目 | 2001年1月21日 | 1965年5月1日 | 大字上保谷の小字平松、桶久保(一部)、千駄山(一部)、立野、柳沢(一部)、西浦 | 
保谷町五丁目 | 2001年1月21日 | 1965年5月1日 | 大字上保谷の小字平松、桶久保(一部)、千駄山(一部)、立野、柳沢(一部)、西浦 | 
保谷町六丁目 | 2001年1月21日 | 1965年5月1日 | 大字上保谷の小字平松、桶久保(一部)、千駄山(一部)、立野、柳沢(一部)、西浦 | 
富士町一丁目 | ふじまち | 2001年1月21日 | 1965年5月1日 | 大字上保谷の小字一里塚、高塚、関道、下柳沢(一部)、桶久保(一部)、千駄山(一部) | 
富士町二丁目 | 2001年1月21日 | 1965年5月1日 | 大字上保谷の小字一里塚、高塚、関道、下柳沢(一部)、桶久保(一部)、千駄山(一部) | 
富士町三丁目 | 2001年1月21日 | 1965年5月1日 | 大字上保谷の小字一里塚、高塚、関道、下柳沢(一部)、桶久保(一部)、千駄山(一部) | 
富士町四丁目 | 2001年1月21日 | 1965年5月1日 | 大字上保谷の小字一里塚、高塚、関道、下柳沢(一部)、桶久保(一部)、千駄山(一部) | 
富士町五丁目 | 2001年1月21日 | 1965年5月1日 | 大字上保谷の小字一里塚、高塚、関道、下柳沢(一部)、桶久保(一部)、千駄山(一部) | 
富士町六丁目 | 2001年1月21日 | 1965年5月1日 | 大字上保谷の小字一里塚、高塚、関道、下柳沢(一部)、桶久保(一部)、千駄山(一部) | 
中町一丁目 | なかまち | 2001年1月21日 | 1967年1月1日 | 大字上保谷の小字三軒家(一部)、天神山、鳥久保、荒井竹(一部)、苗木山 | 
中町二丁目 | 2001年1月21日 | 1967年1月1日 | 大字上保谷の小字三軒家(一部)、天神山、鳥久保、荒井竹(一部)、苗木山 | 
中町三丁目 | 2001年1月21日 | 1967年1月1日 | 大字上保谷の小字三軒家(一部)、天神山、鳥久保、荒井竹(一部)、苗木山 | 
中町四丁目 | 2001年1月21日 | 1967年1月1日 | 大字上保谷の小字三軒家(一部)、天神山、鳥久保、荒井竹(一部)、苗木山 | 
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出典:wikipedia
2020/08/07 04:33

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