このキーワード
友達に教える
URLをコピー

西武鉄道とは?

種類
株式会社
【市場情報】
非上場
東証1部 9002
2004年12月17日上場廃止

【略称】
西武
【本社所在地】
日本
359-8520
埼玉県所沢市くすのき台一丁目11番地の1
【本店所在地】
171-0022
東京都豊島区南池袋一丁目16番15号(池袋旧本社ビル・建替中)
【設立】
1912年(明治45年)5月7日
(武蔵野鉄道株式会社)
業種
陸運業
法人番号
4013301006264
【事業内容】
鉄道事業、観光開発事業、不動産事業 他
【代表者】
若林久(取締役社長)
【資本金】
216億6523万2千円
(2015年3月期)
【売上高】
単体:991億47百万円(2015年3月期)
【経常利益】
単体:292億13百万円
(2015年3月期)
【純利益】
単体:204億28百万円
(2015年3月期)
【純資産】
単体:1,646億63百万円
(2015年3月31日現在)
【総資産】
単体:7,029億59百万円
(2015年3月31日現在)
【従業員数】
3,646人
(2014年度末)
【決算期】
3月31日
【主要株主】
株式会社西武ホールディングス 100%
(2016年3月31日現在)
【関係する人物】
堤康次郎堤義明後藤高志
【外部リンク】
https://www.seiburailway.jp/

西武鉄道株式会社(せいぶてつどう、英称:SEIBU RAILWAY Co.,Ltd.)は、埼玉県所沢市に本社を置く鉄道事業者である。登記上の本店所在地は東京都豊島区南池袋

東京都北西部から埼玉県南西部に路線を有する鉄道と関連事業(バス・タクシー、旅行・観光、商業、不動産開発など)を行う西武グループの主要企業で、大手私鉄の一つである。また、プロ野球埼玉西武ライオンズの親会社(2009年から)である。

「西武」の名称は武蔵国の西部に由来する。また、利用客は西武鉄道の路線のことを「西武線」と呼ぶことが多く、車内放送などでも「西武線」と呼称している。

目次

  • 1 特色
  • 2 同族経営時代
    • 2.1 総会屋利益供与事件
    • 2.2 証券取引法違反事件
  • 3 グループ再編へ
  • 4 グループ再編後
    • 4.1 プリンスカード
  • 5 外資ファンドによる路線廃止提案と敵対的TOB
  • 6 シンボルマーク
    • 6.1 旧シンボルマーク
    • 6.2 新シンボルマーク
  • 7 歴史
    • 7.1 武蔵野鉄道
    • 7.2 西武鉄道(旧)
    • 7.3 合併から現在まで
  • 8 路線
    • 8.1 営業中の路線
    • 8.2 廃止路線
    • 8.3 譲渡路線
    • 8.4 過去構想路線・未成路線
    • 8.5 他社乗り入れ路線
      • 8.5.1 実施中の乗り入れ
    • 8.6 開かずの踏切対策
    • 8.7 保安装置
  • 9 自動案内放送
    • 9.1 駅自動放送
    • 9.2 車内自動放送
  • 10 広告
    • 10.1 車内
    • 10.2 車体
  • 11 ダイヤ
    • 11.1 列車種別
  • 12 車両
    • 12.1 現有車両
      • 12.1.1 特急列車用
      • 12.1.2 一般列車用
      • 12.1.3 新交通システム用
    • 12.2 除籍車両
      • 12.2.1 特急列車用
      • 12.2.2 一般列車用
      • 12.2.3 電気機関車
      • 12.2.4 客車
      • 12.2.5 ディーゼル機関車
      • 12.2.6 蒸気機関車
      • 12.2.7 貨車
      • 12.2.8 軽便鉄道(おとぎ線)用車両
    • 12.3 未成車両
      • 12.3.1 新交通システム用
  • 13 車両基地・工場・検修場
    • 13.1 所有する車両基地・工場
    • 13.2 過去の車両基地・工場
    • 13.3 車両の製造を委託した企業
    • 13.4 留置線・留置場所
  • 14 運賃・乗車券
    • 14.1 運賃
    • 14.2 特急料金
    • 14.3 往復乗車券
    • 14.4 特殊連絡定期券
    • 14.5 企画乗車券・割引乗車券
      • 14.5.1 訪日外国人向け
      • 14.5.2 過去に発売していたきっぷ
  • 15 設備
    • 15.1 駅舎・ホーム
      • 15.1.1 リニューアル
      • 15.1.2 案内表記
      • 15.1.3 その他
    • 15.2 線路など
    • 15.3 踏切
  • 16 乗務員
    • 16.1 運転士
    • 16.2 車掌
  • 17 一日平均乗降人員上位20駅
  • 18 地球環境への配慮
  • 19 オリジナルキャラクター
  • 20 漫画・アニメ・ゲームとのコラボレーション
    • 20.1 西武鉄道
    • 20.2 西武グループ全体
  • 21 提携、合同企画など
  • 22 主要グループ企業
  • 23 関連施設・事業
  • 24 西武鉄道と関わりのある芸能人
  • 25 イベント
  • 26 提供番組
    • 26.1 現在
  • 27 その他
  • 28 脚注
    • 28.1 注釈
    • 28.2 出典
  • 29 関連項目
  • 30 外部リンク

特色

あれも、これも、かなう。(Makes it Happen.)」をスローガンにしている。

西武鉄道は東京急行電鉄と同じように、企業の多角化が他社よりも早く行われ、また自社の不動産が大きな利益を上げている。他社に比べ土地の買収が早く、西武沿線は勿論のこと、神奈川県千葉県房総伊豆箱根地方や、遠く滋賀県にまで及んでいる。七里ヶ浜海岸を私有地として保有していて、海岸を持つ数少ない鉄道会社となっている。

昭和中期には箱根の不動産開発をめぐり小田急グループ(当時の東急系)と「箱根山戦争」と称される縄張り争いが繰り広げられた。現代では、2003年から小田急電鉄と観光地や鉄道沿線事業での提携や、共通商品の開発に乗り出して功を奏している。

鉄道事業での収入より不動産部門の方が主となっているが、2006年のグループ再編により、日本国内のリゾート関係の不動産は兄弟会社のプリンスホテル西武プロパティーズ(旧・西武不動産販売)へ段階的に譲渡されている。東京都心や駅前の超一等地、神奈川県の箱根や湘南長野県軽井沢といった人気リゾート地に広大な土地を所有しており、企業の土地資産価値で日本一の時代もあった。その恵まれた土地資産を活用して、石神井公園駅大泉学園駅小手指駅周辺などの沿線再開発の他、赤坂プリンスホテル跡地に大規模な再開発である「ガーデンテラス紀尾井町」を開業した。また、所沢駅周辺や東京都区部池袋品川高輪でも再開発を進行・計画中である。

西武グループとして商業施設や小売・外食店を展開しているものの、大手私鉄では唯一、グループ内に百貨店を持っていない(そごう・西武は後述するように系列外)。これは、創業者である堤康次郎死後、西武鉄道グループ(現、西武グループ)と西武流通グループ(セゾングループ、2000年代に実質解体)の2グループに分かれたため。ただし、2003年のミレニアムリテイリング第三社割当増資時に和田繁明社長(当時)が堤義明会長(当時)へ打診し、西武鉄道が出資を引き受けた。2006年の西武ホールディングス設立に伴うコクドの第三者割当増資時にはミレニアムが10億円出資を引き受け、セブン&アイ・ホールディングスがミレニアム株式を現金で買上げるまでの数か月間は株式の持ち合い状態であった。

西武百貨店の小店舗として登場した西友が西武沿線に多いのは、グループ分裂前に発展過程で店舗と土地を賃貸しているのが、現在まで継続しているからである。しかし、西友が米ウォルマートの子会社になってからも西友との繋がりは未だに深く、西武鉄道の開発するニュータウンや駅改良工事後に、西友の新店舗が開店することが多い。また、西友の小売事業として発足したファミリーマートとは、駅ナカコンビニTOMONYの展開で提携している。

一方で西武鉄道グループとしても、西武プロパティーズ(旧西武商事)を介して、PePeEmioなどの駅ビルBIG BOXアウトレットモールといった大型商業施設の運営を行っている。また、「西武観光」と称する旅行代理業部門を擁しており、一般客向けには西武線のターミナル駅構内に窓口が置かれている。

近年は東京移住者が増加傾向にある。西武鉄道の利用者の数は減ってはいないものの、京王電鉄などと比較すると増加の割合は2009年度現在、約3%も西武鉄道の方が少ない。他社、特に小田急電鉄や東京急行電鉄では利用客の増加に対応し線路の複々線化が活発であるが、少子高齢化が進行すれば利用客の減少が近いうちに問題となることを予想し、西武鉄道では複々線化について歯止めをかけている。

一方、老朽化した駅施設などのリニューアルは活発に進めており、平成11年(1999年)の田無駅を皮切りに、野方花小金井狭山市東長崎江古田東久留米所沢の各駅で駅舎の全面改築が行われている。

2007年からはファミリーマートと協業した駅売店「TOMONY」や駅ビル型の中小規模な駅ナカ商業施設として「Emio(エミオ)」を開業させ、駅の改築に合わせて順次展開していく見通しである。

同族経営時代

衆議院議長に就任した堤康次郎

西武鉄道は2006年2月の西武グループ再構築まで長きに亘り、堤家コクドが株式の多くを保有する同族経営(=ファミリー企業)であった。

康次郎亡き後は後継者となった堤義明による経営手腕で1960年代以降、プリンスホテルスキー場ゴルフ場スケートリンクなどのリゾート開発と、ニュータウン/宅地開発などが東日本を中心に大規模に推し進められた。兄弟会社であったプリンスホテル(旧)の不動産物件はほとんど西武鉄道の所有であり、プリンスホテル社は運営のみを行っていた。また、1978年にはコクド(当時は国土計画)がクラウンライター・ライオンズを買収して、西武ライオンズを誕生させプロ野球球団経営に進出する。建築には西武建設(旧)、庭や芝生管理に西武造園を用いるなど内部経済でコクド・西武鉄道グループとしての規模を拡大させ社員3万人を有し、「西武王国」と言われた。また、1980年代には堤義明は世界の富豪(世界長者番付)入りを果たした。

1957年から東証一部に上場していたが、2004年に発覚した証券取引法違反事件により同年12月に上場廃止処分となり、その後のコクド・西武鉄道・プリンスホテル間での事業領域の再構築と不採算物件の売却が行われるなど、大きな転換期となった(後述)。

総会屋利益供与事件

2004年2月に総会屋の求めに応じて土地を安く譲渡させる形での利益供与が発覚し(西武鉄道総会屋利益供与事件)、総会屋側と利益供与に関わった西武鉄道と西武不動産販売(2009年に西武プロパティーズが事業承継)の役員合わせて11人が商法違反で逮捕・送検される事態となった。これにより、同年4月14日に旧西武鉄道グループ・西武ライオンズ(当時)のオーナーで西武鉄道コクド会長を務める堤義明と戸田博之西武鉄道社長が記者会見を開き、西武鉄道会長・社長職の引責辞任を発表する。これにより、同族資本の鉄道会社は東武鉄道富士急行が残るのみとなった。後任の西武鉄道社長には小柳皓正専務が昇格する形で就任した。

証券取引法違反事件

約6か月後の同年10月13日に堤義明コクド会長が急遽記者会見を開き、有価証券報告書虚偽記載(2004年3月期決算の有価証券報告書上でコクドが保有する西武鉄道の保有株数を22%過少申告していた)を公表。コクド会長職なども辞任表明をした。実態的には、西武鉄道株式〔西武株式〕のコクド持株分の多くを西武鉄道グループ各社の従業員持株会OB関係者と堤義明コクド会長ら1000名以上の個人名義に偽装し、コクド・伊豆箱根鉄道など上位10名(社)の西武株式保有分のみで東証上場廃止基準である80%を超えていたことを伏せて株式公開していた。1000円台の堅調な値動きをしていた西武株式は発表翌日からストップ安となり、東証・証券取引等監視委員会東京地検特捜部も西武鉄道・コクド幹部への事情聴取などの調査に乗り出した。

西武鉄道は連鎖的に同じ事態が発覚した伊豆箱根鉄道とともに、株式名簿管理を証券代行会社へ委託せず、自社内で行っていた(東証上場企業では当時3社のみ)が、株式の電子化(2009年開始)では、証券保管振替制度によって株券ほふりの参加者(証券会社・信託銀行等)口座を通じて預託(移管)するが、株主名義人の本人確認が必要となるため、もともと電子化が導入された時点で名義偽装が発覚する虞が高かった。なお、この株主偽装は上場当初の1957年から存在したと言われている。

いっぽう、発表前の同年9月前後に西武鉄道とコクド(プリンスホテル等)を通じて取引関係のあるキリンビールサントリー東京コカ・コーラボトリングなどの複数の飲料メーカー、王子製紙ワコール日立グループ三菱電機小田急電鉄鹿島前田建設クレディセゾンなど30企業に対し、西武株式8千万株を虚偽記載であることを伏せたまま売却した。10月の虚偽記載公表後の株価下落による損失を招いたことで、株式買い戻し(購入代金の返還)請求が起こされたとともに、売却を打診したコクド・西武鉄道の幹部や堤義明前会長に対してはインサイダー容疑であわせて捜査が行われた。

これらの事態によって、東証は11月16日に「虚偽記載という不適切な情報開示」と「公益・投資者保護」を理由に西武株式の上場廃止を決定し、11月17日に整理ポスト入りさせ、12月16日を以て取引を終了し、翌17日上場廃止となった。伊豆箱根鉄道においても、西武鉄道が50%超を持株保有していると2000年度分からの有価証券報告書を訂正し、上場廃止となった。上場廃止となるのは、それまでは企業の倒産(会社更生法民事再生法申請などの法的整理)や、M&Aに伴うものなどが通例であったことから、極めて異例の事態であった。2006年のライブドア事件においても酷似のケースで上場廃止となっている。

2005年3月3日に堤義明前会長は証券取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載とインサイダー取引)容疑で東京地検特捜部に逮捕された。同年10月に有罪判決を受け、2009年10月に執行猶予期間満了となった。この事件に際しては、コクドの幹部社員と小柳西武鉄道前社長が相次いで自殺したことが報じられている。

グループ再編へ

株式問題と並行して、2004年11月に西武鉄道とコクドは共同で「西武グループ経営改革委員会」を発足させ、2005年1月にはコクドの事業部門と西武鉄道などを新設する持株会社の傘下に入れるなどのグループ再構築を発表した。また、旧経営陣は退任し、メインバンクであるみずほコーポレート銀行(旧・第一勧業銀行)副頭取で西武グループ発足後に西武鉄道の代表取締役社長となる後藤高志らが迎えられた。

再編スキームとして、

資本再構成によって、西武鉄道は鉄道事業主体の普遍的な民営鉄道会社となり、西武グループの再編が完了した。

西武鉄道株式については有価証券報告書の虚偽記載が上場廃止の理由であったため、2004年度内のジャスダック上場を目指していたが、年度内上場はスケジュール的に難しく、コンプライアンス体制強化後の上場を目指すことになった。2006年のグループ再編後は株式移転により西武ホールディングスの子会社となっているが、同社株主には上場廃止前と同等に西武鉄道の株主優待乗車証などが謹呈されている。そして2014年4月23日に西武ホールディングスとして東京証券取引所第1部へ上場した。

グループ再編後

西武グループ発足後は後藤高志が代表取締役社長として、西武鉄道の新しい体制を築きあげ始めた。

この新体制の鉄道事業において特徴的なのが自社のイメージチェンジである。2007年、西武鉄道が中核となる西武グループのスローガン「でかける人を、ほほえむ人へ。」が表すように、現在は他社と同じく、量はもとより質の向上にも力を入れるようになった。同年には社内に「スマイル&スマイル部」が開設され、鉄道ファンや子供に対するイベントを、年間多く実施・企画し沿線の人にもっと西武線と親しんでもらおうと考えている。

その第一陣として登場したのが西武のイメージトレイン30000系(スマイルトレイン)である。それ以前の西武鉄道を思わせる「硬い」雰囲気に一線を画し「ソフトさ」をイメージしている。

プリンスカード

2007年2月には、西武鉄道とプリンスホテル・伊豆箱根鉄道など再編後の西武グループ各社が手掛ける物販・ホテル・リゾート各施設でのポイントサービスプリンスポイント」と「プリンスポイントカード」を共同で導入。2006年9月に先行する形で提携カード「SEIBUプリンスカード」の発行がクレディセゾン・西武鉄道・プリンスホテルの提携によって開始された。同カードではクレジット決済による定期券購入が可能となり、2007年3月開始の「PASMOオートチャージサービス」へも対応している。 なお、グループ再編前の1980年代(コクド資本下)より旧プリンスホテルと西武交通などの利用に限定されたハウスカード「プリンスカード」が存在しており(旧日本信販などと提携)、従業員関係者や西武グループの上得意客向けに限定されて発行されていた。2005年4月にクレディセゾンと旧プリンスホテルが提携した「プリンスカード《セゾン》」が一般向けにも募集されるようになったが、「SEIBU プリンスカード」とはサービス面で関連性が無く、新たに新規申込する必要が生じた。

外資ファンドによる路線廃止提案と敵対的TOB

2012年10月および2013年3月、親会社西武ホールディングスの大株主である外資ファンドサーベラス・キャピタル・マネジメントは、大規模なリストラ案を株主提案した。具体的には不採算5路線(多摩川線山口線国分寺線多摩湖線西武秩父線)の廃止、埼玉西武ライオンズの売却、プリンスホテルのサービス料の値上げ、品川駅周辺の再開発案の策定とされる。これに対し西武が拒否したため、2013年4月下旬を期限とする敵対的TOBへ発展した。

なお、2013年3月21日の報道でサーベラスは、「路線廃止や球団売却などを強要したことはない」と否定している。また、沿線自治体(特に西武秩父線沿線)からは路線の存続を求める声も上がっており、若林久社長は埼玉県秩父市に対して「公共交通機関なので守る」と説明している。

シンボルマーク

旧シンボルマーク

もともと西武軌道が使用していた社章で、西武の"西"をモチーフにしたもので、野球のボールに似た形をしている。2007年4月1日に西武鉄道とその子会社の社章が新社章に変更されたため現在の西武鉄道では使用されていないが、一部既存車両の側面にまだ旧社章が取り付けられている形式が存在する。しかし、これも現在徐々にではあるが車体更新に併せて取り外しが進行中である。

新シンボルマーク

新生西武鉄道を象徴する一環として2007年4月1日から使用が開始されている。西武鉄道のシンボル。旧社章と同じように、西武の"西"をモチーフにしている。それぞれマークの形の意味として、2つの輪は、様々なものが鉄道によって出会いつながる姿を、果実のようなデザインは、交流によって生まれる「実り」=「地域・社会の発展」を表現。カラーリングでは、グリーンで「自然との調和」、濃いブルーで「信頼」と「安心・安全」、明るいブルーで「新しいことへの挑戦」をイメージしている。2008年4月からは既存車両側面に表示されるようになり、同時に西武鉄道の制服もリニューアルされるなどして、多くの場所でこの社章を見かけるようになった。なお、社名ロゴのフォントも制定・変更され、「SEIBU」という英文表記もされるようになり、同社の広告に記載されたり、シンボルマークとともに全営業車両の先頭車両乗務員室扉横(8500系は車端部)に貼り出されたりした。ただし、近年、英文表記はあまり使わなくなり、同社が発行する広報誌『西武鉄道かわら版』の表紙には2013年度以降、記載されなくなった。また、2014年4月の消費税率変更時に運賃表を貼りかえた際、一部駅の運賃表下にあった「SEIBU」の英文表記が「西武鉄道」の漢字表記に変更され、駅のリニューアル工事後の駅入口看板も同様に変更されている。さらに、2013年度以降導入の30000系、近年に検査入場した車両、フルラッピングで車体色が変更された車両は、「SEIBU」の英文表記が「西武鉄道」の漢字表記に変更されている。

歴史

東村山市北山公園にて(青空を快走する黄色い電車、新101系)
西武のイメージトレイン。30000系(スマイルトレイン)。

西武鉄道は、現在の池袋線系統の路線を開業した武蔵野鉄道が、新宿線系統の路線を開業していた西武鉄道(旧)を合併してできた会社である。

武蔵野鉄道

武蔵野鉄道は、1911年(明治44年)10月18日に鉄道免許を取得し、1912年(明治45年)5月7日に設立、当初は巣鴨駅を起点とする計画であったが、東京府池袋駅を起点にするよう指示したため、1913年(大正2年)4月に計画を変更。1915年(大正4年)4月15日に現在の池袋線の一部である池袋駅 - 飯能駅間を開業した。1922年(大正11年)に池袋駅 - 所沢駅間、1925年(大正14年)に飯能駅までの全線を電化し、1929年(昭和4年)9月10日吾野駅まで開業させた。なお西武豊島線1927年(昭和2年)に、狭山線は1929年(昭和4年)に開業している。

一方、1924年(大正13年)箱根土地(後のコクド。現在のプリンスホテル)が武蔵野鉄道沿線の東京府北豊島郡大泉村に大泉学園都市の分譲を開始。武蔵野鉄道に東大泉駅(現在の大泉学園駅)を建設の上寄贈する。翌1925年には武蔵野鉄道の株式を取得した。また、箱根土地は1928年(昭和3年)村山貯水池(多摩湖)および小平地区一帯を開発すべく、多摩湖鉄道を設立。4月6日国分寺駅 - 萩山駅間を開業し、1936年(昭和11年)12月30日に村山貯水池まで開業させ、全通した。

1932年(昭和7年)に箱根土地社長の堤康次郎が経営危機に陥っていた武蔵野鉄道の株式を買い集め、再建に乗り出す。1934年(昭和9年)8月28日、武蔵野鉄道は鉄道抵当法に基づく強制執行が実施され、運賃収入が強制管理人に差し押さえられる(1937年(昭和12年)まで)。1935年(昭和10年)には電力料金11万円滞納を理由に東京電燈から制限送電を受け、経営は一層苦境に立たされるが、1936年(昭和11年)に武蔵野鉄道と債権者の間で和議が成立する。1938年(昭和13年)、大口債権者である東武鉄道の初代社長初代根津嘉一郎らがようやく債務免除に応じ、経営再建に道筋をつけた。

1940年(昭和15年)3月12日、武蔵野鉄道は同系の多摩湖鉄道を吸収合併する。10月、堤は根津および浅野財閥(元々の親会社)から株式を取得して過半数を確保し、社長に就任した(長年、西武鉄道株式のうち約45%を箱根土地の後身会社であるコクドが保有していて、他に西武建設の保有分を合わせると関連会社による持分が過半数を占めていたのはこの一件に由来するものである)。

西武鉄道(旧)

西武鉄道(旧)は川越鉄道に始まる。川越鉄道は、甲武鉄道の関連会社として1892年(明治25年)8月5日に設立され、1894年(明治27年)12月21日に現在の西武国分寺線である国分寺駅 - 久米川(仮)駅(現在の東村山駅)間を開業させた。さらに、川越鉄道は1895年(明治28年)3月21日に、現在の西武新宿線の一部である久米川(仮)駅 - 川越駅(現在の本川越駅)間を開業させた。その後、1920年(大正9年)6月1日武蔵水電に吸収合併された。武蔵水電の前身は、1906年(明治39年)4月16日川越久保町駅 - 大宮駅間を開業させた川越電気鉄道である。合併後、川越久保町駅 - 大宮駅間の路線は川越東線となった。

1921年(大正10年)10月、武蔵水電は同年に淀橋町角筈 - 荻窪村間を開業させていた西武軌道を吸収合併した。「西武」の名前はこの会社が起源であり、現在の西武鉄道が2007年3月まで使用していた西武の西という字を図案化した社章もこの会社のものであった(ただし、6000系・10000系・20000系以外の現在も残っている車種は一部をのぞき2009年現在でもその旧社章を使用しているが、更新工事を施工した車両では取り外されている)。翌1922年(大正11年)6月1日に武蔵水電は帝国電灯に吸収合併されたが、帝国電灯は鉄軌道部門を切り離し、武蔵鉄道として独立する。同社は、同年8月15日西武鉄道(旧)に社名を変更した。また、川越久保町 - 大宮駅の路線は大宮線となった。

1925年(大正14年)安比奈線南大塚駅 - 安比奈駅間開業。1927年(昭和2年)4月16日に東村山駅 - 高田馬場駅間を複線で開業。同年8月30日には、現在の多摩川線を開業させていた多摩鉄道を吸収合併した。同年には、東村山駅 - 川越駅間を電化し、高田馬場駅 - 川越駅間の直通運転を開始した。

1935年(昭和10年)12月27日、西武軌道線(淀橋町角筈 - 荻窪村間)を東京乗合自動車に委託した。委託後、同区間を譲渡(1951年)するまでの歴史は、「都電杉並線#歴史」を参照のこと。

1941年(昭和16年)、前年に川越線の開業に伴い休止していた大宮線を2月25日に廃止した。

1943年(昭和18年)6月、箱根土地が経営権を獲得。堤康次郎が社長に就任。

1944年(昭和19年)6月、第二次世界大戦下の食糧不足に対応するため、沿線の耕地を利用した大規模食糧供給を目的に、食糧増産株式会社を設立した。

また1944年には、東京都からの委託によって糞尿輸送が開始された。当時都内の糞尿処理は、トラックで湾岸へ運び船で東京湾へ捨てていたが、人手不足とガソリン統制により、処理が追いつかなくなっていた。そこで東京都長官大達茂雄からの要請で、武蔵野鉄道と西武鉄道(旧)と食糧増産の3社が一体となり、専用貨車と積込所・貯溜施設を造って大規模な糞尿処理にあたることとなったのである。同年9月10日夜から普通貨車による糞尿運搬の臨時運転を開始し、11月21日には専用貨車を用いた本運転に入った。この糞尿輸送列車は、「汚穢電車」「黄金電車」「黄金列車」などと呼ばれた。

この時の輸送力はあまり高いものではなく、積込所も2か所、貯溜槽も7か所しかなかった。社長の堤康次郎はさらに輸送規模を拡大させ、当時都内から排泄されていた1日約38,0

・・・・・・・・・・・・・・・・・・
出典:wikipedia
2019/06/12 04:34

HAPPY Wikipedia

あなたの考える「西武鉄道」の意味を投稿しよう
「西武鉄道」のコンテンツはまだ投稿されていません。
全部読む・投稿 

西武鉄道スレッド一覧

・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「西武鉄道」のスレッドを作成する
西武鉄道の」
友達を探す
掲示板を探す
このページ
友達に教える
URLをコピー

注目のキーワード

錦織圭/北島康介/2014_FIFAワールドカップ・アジア予選/サッカー日本女子代表/消費税/東京スカイツリー/ダルビッシュ有/イチロー/香川真司/野田内閣/復興庁/石川遼/HKT48/AKB48/ワールド・ベースボール・クラシック日本代表/黒田博樹/尖閣諸島/バレンタインデー/ONE_PIECE

キーワードで探す

 
友達を探す
掲示板を探す
ハッピーWiki
ハッピーメール
ハッピーランド
HAPPY NEWS
2010Happy Mail