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豊川駅_(愛知県)とは?

とよかわ
Toyokawa

CD04 牛久保 (2.1km)
(3.3km) 三河一宮


【所在地】
愛知県豊川市豊川町仁保通10
北緯34度49分21秒
東経137度23分50秒

駅番号
CD 05
所属事業者
東海旅客鉄道(JR東海)
日本貨物鉄道(JR貨物)
【所属路線】
CD 飯田線
【キロ程】
8.7km(豊橋起点)
電報略号
カワ
【駅構造】
地上駅(橋上駅)
ホーム
2面3線
【乗車人員
-統計年度-】
3,296人/日(降車客含まず)
-2017年-
【開業年月日】
1897年(明治30年)7月15日
【乗換】
豊川稲荷駅(名鉄豊川線)
【備考】
駅長配置駅(管理駅)
JR全線きっぷうりば
【豊川駅】

とよかわ
Toyokawa

(2.4km) 西豊川

所属事業者
日本国有鉄道(国鉄)
【所属路線】
飯田線(支線)
【キロ程】
0.0km(豊川起点)
【開業年月日】
1942年(昭和17年)5月12日
【廃止年月日】
1956年(昭和31年)9月15日*
* 国鉄豊川分工場への引き込み線として存続。日本車輌製造専用線として現存。

豊川駅(とよかわえき)は、愛知県豊川市豊川町仁保通にある、東海旅客鉄道(JR東海)・日本貨物鉄道(JR貨物)飯田線である。駅番号CD05名古屋鉄道(名鉄)豊川稲荷駅と隣接している。

概要

豊橋駅(愛知県)から飯田駅(長野県)を経て辰野駅(同)までを結ぶ鉄道路線・飯田線の中間駅(途中駅)である。飯田線全線を保有する事業者(これを第一種鉄道事業者という)であるJR東海と、同線豊橋・豊川間等で施設を借り受けて貨物列車を運営する事業者(第二種鉄道事業者という)であるJR貨物の2社が駅を運営している。

開業は1897年(明治30年)のことで、当初は私鉄豊川鉄道の運営であった。1943年(昭和18年)に国有化され国有鉄道の駅となるが、1987年(昭和62年)の国鉄分割民営化によって旅客営業はJR東海、貨物営業はJR貨物が担当する現在の形態へと移行した。

駅は、豊川稲荷門前町として発展した豊川市の中心市街地に位置し、年間100万人・1日あたり3,000人を超える乗車客数(乗降客換算で6,000人超)がある。飯田線唯一の優等列車である特急伊那路」の停車駅の一つであるほか、豊橋との間を結ぶ区間列車(普通列車)の終端でもある。また、隣接して名古屋鉄道(名鉄)豊川線豊川稲荷駅が設置されており、市内で唯一名古屋鉄道とJRの相互乗り換えが可能である。

IC乗車券サービスの対応駅の一つであり、「TOICA」や相互利用が可能なその他ICカードの利用が可能である。ただし、ICカードの利用可能エリアは飯田線では豊橋・豊川間のみであり、豊川以北では対応していない。

歴史

豊川駅を開設した豊川鉄道は、豊橋を起点に豊川、新城を経て大海(現・新城市)とを結ぶ路線を運営していた私鉄である。豊川駅は、このうち豊橋から豊川までの区間が開通した1897年(明治30年)7月に開業した。開業当初は路線の終着駅であったが、一週間後に次の一ノ宮駅(現・三河一宮駅)まで路線が延伸したため、終着駅ではなくなっている。このように短期間だけ終着駅となっていたのは、工事が竣工した区間から順次営業を開始させていったためである。

開業から40年を経た戦時中1943年(昭和18年)8月、豊川鉄道の鉄道路線は国に買収(国有化)され、「飯田線」として国有鉄道の路線図に組み込まれた。これにあわせて、豊川駅も国有化された。また、国有化の前年にあたる1942年(昭和17年)5月、新設された軍需工場(豊川海軍工廠)へのアクセス路線として西豊川駅への支線(通称西豊川支線)が開通し、同様に国有化されたが、後述の通りこの路線は戦後の1956年(昭和31年)9月に国鉄路線としては廃止されている。

1954年(昭和29年)12月、豊川駅の隣に名古屋鉄道(名鉄)の新豊川駅(1955年以降は豊川稲荷駅)が開設され、同社豊川線との乗換駅となった。同駅の開業以前は、豊川駅から2駅南の飯田線小坂井駅に名鉄小坂井支線が接続し、正月期間中に豊川稲荷への参拝客輸送を目的とする臨時列車がこの路線を介して名古屋方面から豊川駅まで乗り入れていた。新名古屋駅(現・名鉄名古屋駅)構内にかつて存在した連絡線を使用して、名鉄のみならず近畿日本鉄道(近鉄)からも参拝客の団体専用列車が乗り入れていた時期もある。小坂井支線の開通は、豊川鉄道時代の1926年(大正15年)4月で、当初から豊川駅乗り入れ列車が存在していた。

1984年(昭和59年)から翌1985年(昭和60年)にかけて、貨物荷物の取り扱いが相次いで廃止された。貨物については、開業以来扱い続けていたものである。1970年代以降飯田線南部では豊川駅を含む数か所の駅を除いて貨物および荷物営業が廃止されてそれらの駅へと集約されていたが、これによって南部では全面的に廃止されることとなった。しかし貨物営業については廃止3年後の民営化前日、条件付ながら再開されている。

1987年(昭和62年)4月、国鉄の分割・民営化が実施され、旅客営業はJR東海へ、前日付で復活した貨物営業はJR貨物へと継承された。これ以降運営体制については大きな変化はなく現在に至っている。

年表

駅構造

ホーム・配線

単式ホーム1線と島式ホーム1面2線の計2面3線の地上駅である。複線単線の境界であり、豊橋方面は複線、中部天竜・飯田方面は単線である。

ホーム番線は西側から順に1・2・3番線であり、1番線を下り列車、2番線を上り列車が使用し、3番線は双方に対応する。

【番線】
【路線】
【方向】
【行先】
備考
1 CD 飯田線 | 下り | 中部天竜飯田方面 | 
2 上り | 豊橋方面 | 
3 主に豊川始発の列車が使用

3番線の東側に並行して2本ホームに接さない線路も敷設されている。

2代目駅舎が使用されていたころは、ホームに隣接の単式ホーム1面と島式ホーム1面に加えてさらに1面島式ホームがあり、1番線から5番線までのホーム番線が存在した(4・5番ホームは末期は貨物積み降ろし用として使用されていた)。また、各ホームは地下道で繋がっていた。

駅舎・設備

駅舎は、1996年(平成8年)に建設された東西自由通路を併設する橋上駅舎が使用されている。改札口等の施設はホーム上階部分にあり、西口・東口を結ぶ東西自由通路に面する。駅舎内部には自動券売機JR全線きっぷうりばがあるほか、改札には自動改札機が導入されている。エレベーターは改札口と1番線ホームまたは2・3番線ホームを結ぶものが1基ずつ、東口・西口で地上と橋上を結ぶものが1基ずつで合計4基あり、エスカレーターは東口・西口に1基ずつ計2基設置されている。

現在の駅舎は、豊川駅の駅舎としては3代目にあたる。JR東海によれば駅舎のコンセプトは「」であり、豊川稲荷や商店街のある駅西側と、東口が新設された駅東側を結ぶ「懸け橋」となることからかつて豊川に架橋されていた旧当古橋アーチをイメージしたデザインであるという。

2代目の駅舎は現在の西口側(1番線ホーム側)にあった鉄筋コンクリート3階建ての地上駅舎で、豊川鉄道時代の1931年(昭和6年)に建設された。豊川鉄道時代には集客事業の一環として1階には駅業務部分のほか売店食堂、2階には日本全国の特産物を販売する物産館、3階には演劇落語漫才等の上演や映画の上映が可能な劇場が入っていた。2階の物産館は国有化で閉鎖され飯田線関連の事務所に転用されたが、3階は1966年(昭和41年)まで映画館(豊川映画会館)として存続した。

営業面では、豊川駅は有人駅で、駅長のいる駅長配置駅である。管理駅でもあり、豊川市・新城市北設楽郡東栄町に位置するJR東海の各駅(飯田線船町駅東栄駅間各駅および東海道本線愛知御津駅西小坂井駅の計26駅)を管理下に置く。

貨物取扱・専用線

JR貨物の豊川駅は、専用線を発着する車扱貨物の臨時取扱駅である。臨時列車の設定はあるが、定期列車の設定はされていない。

駅に接続する専用線として、駅西方にある日本車輌製造豊川製作所へ繋がる専用線がある。工場との間で搬出入される鉄道車両が輸送され、駅からは車両輸送列車が発着する。この専用線はかつて豊川駅と西豊川駅を結んでいた飯田線の支線(西豊川支線)であったが、1956年にこの支線は廃止されて国鉄浜松工場豊川分工場への引き込み線となり、同工場の廃止後、1964年7月に日本車輌製造に譲渡されたため同社専用線へと移行している。

配線図

豊川駅・豊川稲荷駅 構内配線略図
↑ 国府方面 ↑日本車輌製造豊川製作所
(旧・西豊川支線)

豊橋方面
新城方面
凡例
出典:


利用状況

旅客

2017年度の乗車人員(降車客含まず)は合計120万2870人で、1日あたりでは3,296人であり、飯田線の単独駅としては最も利用客数が多い。乗降客数は1日あたり約6,400人と換算される。

1950年度から2017年度までの1日平均の乗車人員は、下の表の通りに推移している。1950年度の時点では1日平均4,380人であったがその後徐々に増加し、1966年度にはその1.6倍の7,112人となった。だが1日平均7,000人を上回ったのは同年度のみで、以降減少して20年後の1987年度には3,000人を割り込んで1日平均2,892人となった。次年度から再び増加に転じたため、2008年度に至るまで1日平均3,000人台を保っていた。その後、3,000人前後で推移している。

1日平均の乗車人員の推移
【年度】
【乗車人員】
出典
1950年度 | 4,380人 | 
1951年度 | 5,194人 | 
1952年度 | 5,180人 | 
1953年度 | 5,364人 | 
1954年度 | 4,805人 | 
1955年度 | 4,267人 | 
1956年度 | 4,542人 | 
1957年度 | 4,867人 | 
1958年度 | 5,127人 | 
1959年度 | 5,259人 | 
1960年度 | 5,422人 | 
1961年度 | 5,316人 | 
1962年度 | 5,545人 | 
1963年度 | 5,843人 | 
1964年度 | 6,642人 | 
1965年度 | 6,975人 | 
1966年度 | 7,112人 | 
1967年度 | 6,926人 | 
1968年度 | 6,597人 | 
1969年度 | 5,983人 | 
1970年度 | 5,893人 | 
1971年度 | 5,794人 | 
1972年度 | 5,454人 | 
1973年度 | 5,213人 | 
1974年度 | 5,251人 | 
1975年度 | 4,870人 | 
1976年度 | 4,840人 | 
1977年度 | 4,621人 | 
1978年度 | 4,336人 | 
1979年度 | 3,914人 | 
1980年度 | 3,876人 | 
1981年度 | 3,736人 | 
1982年度 | 3,543人 | 
1983年度 | 3,341人 | 
1984年度 | 3,234人 | 
1985年度 | 3,149人 | 
1986年度 | 3,013人 | 
1987年度 | 2,892人 | 
1988年度 | 3,014人 | 
1989年度 | 3,129人 | 
1990年度 | 3,383人 | 
1991年度 | 3,642人 | 
1992年度 | 3,657人 | 
1993年度 | 3,717人 | 
1994年度 | 3,601人 | 
1995年度 | 3,522人 | 
1996年度 | 3,481人 | 
1997年度 | 3,438人 | 
1998年度 | 3,447人 | 
1999年度 | 3,332人 | 
2000年度 | 3,297人 | 
2001年度 | 3,281人 | 
2002年度 | 3,237人 | 
2003年度 | 3,232人 | 
2004年度 | 3,188人 | 
2005年度 | 3,112人 | 
2006年度 | 3,093人 | 
2007年度 | 3,104人 | 
2008年度 | 3,115人 | 
2009年度 | 2,999人 | 
2010年度 | 3,062人 | 
2011年度 | 3,091人 | 
2012年度 | 3,096人 | 
2013年度 | 3,272人 | 
2014年度 | 3,087人 | 
2015年度 | 3,199人 | 
2016年度 | 3,172人 | 
2017年度 | 3,296人 | 

貨物

1950年度から、取り扱いが一旦廃止された1983年度までの貨物取扱量(発送・到着トン数)は、以下の通りに推移していた。なお、1987年の再開以降の数値は明らかでない。

貨物取扱量の推移
【年度】
【発送】
到着
1950年度 | 21,891t | 13,101t
1951年度 | 32,059t | 19,189t
1952年度 | 33,505t | 22,186t
1953年度 | 31,487t | 23,121t
1954年度 | 30,285t | 29,181t
1955年度 | 23,416t | 19,628t
1956年度 | 65,192t | 23,425t
1957年度 | 43,489t | 29,734t
1958年度 | 31,281t | 33,424t
1959年度 | 36,476t | 35,753t
1960年度 | 38,280t | 36,971t
1961年度 | 47,011t | 38,572t
1962年度 | 38,775t | 35,335t
1963年度 | 23,292t | 33,468t
1964年度 | 33,203t | 42,456t
1965年度 | 29,801t | 34,526t
1966年度 | 34,093t | 37,227t
1967年度 | 39,716t | 47,213t
1968年度 | 46,983t | 47,233t
1969年度 | 40,908t | 32,651t
1970年度 | 41,778t | 34,729t
1971年度 | 43,761t | 33,837t
1972年度 | 80,983t | 37,158t
1973年度 | 64,078t | 44,845t
1974年度 | 54,700t | 37,228t
1975年度 | 41,712t | 28,064t
1976年度 | 32,890t | 29,059t
1977年度 | 30,396t | 26,142t
1978年度 | 36,896t | 26,847t
1979年度 | 41,367t | 31,016t
1980年度 | 40,013t | 22,549t
1981年度 | 42,466t | 18,858t
1982年度 | 49,312t | 13,435t
1983年度 | 31,215t | 9,502t
※出典は乗車人員の推移に同じ。

荷物

1974年度から、取り扱いが廃止された1984年度までの荷物取扱量(発送・到着個数)は、以下の通りに推移していた。

荷物取扱量の推移
【年度】
【発送】
到着
1974年度 | 56,231個 | 44,094個
1975年度 | 52,077個 | 42,608個
1976年度 | 39,818個 | 40,572個
1977年度 | 34,562個 | 38,555個
1978年度 | 29,728個 | 34,953個
1979年度 | 25,346個 | 33,418個
1980年度 | 19,527個 | 29,919個
1981年度 | 14,103個 | 24,459個
1982年度 | 9,549個 | 20,571個
1983年度 | 6,418個 | 16,946個
1984年度 | 5,230個 | 14,952個
※出典は乗車人員の推移に同じ。

停車列車

優等列車に関しては、豊橋駅と飯田駅を結ぶ特急「伊那路」が1996年(平成8年)3月の運行開始時から停車している。

普通列車は、豊橋駅行きの上り列車が1時間あたり概ね3・4本(朝ラッシュ時は最大6本)、新城駅本長篠駅やそれ以北へと向かう下り列車が1時間あたり概ね1・2本設定されている。豊橋~豊川間を結ぶ区間列車があるためここから豊橋までは本数が増える。また、上り方向に1日2本ある快速列車も停車する。

駅周辺

豊川駅西口と豊川稲荷駅(右)

JR飯田線豊川駅、名鉄豊川線豊川稲荷駅を中心とする地区であり、戦前は、豊川稲荷の門前町の旧豊川町の中心として栄え、現在でも門前町の雰囲気を色濃く残し、歴史ある街なみを形成する中心拠点となっている。しかし、以前は年間600万人を数えた観光客数も半減するまでに減少しているため、かつての賑わいを取り戻すべく活性化に向けた取組みが始まっている。 橋上駅舎建設により東口が設けられ、東口周辺では区画整理が行なわれており、豊川稲荷の門前町である駅西地区と合わせて「豊川市の顔」として、駅前広場及び幹線道路・補助幹線道路等の整備を含む市街地体系の再編成を行い、新たな商業・業務機能を集積するとともに、ゆとりある生活環境空間を創出することを目指している。。平成30年度固定資産税路線価で、市内で最も高い路線上位3路線が駅東口側に集中するなど、駅前とされる西口側との逆転現象が起きている。

西口

東口

バス路線

豊鉄バス(又は同社との共同運行)と豊川市コミュニティバスが発着する。

西口「豊川駅前」バス停
東口「豊川駅東口」バス停

東口のバス停は、中部国際空港行き特急バス(2010年4月から運休)の運行開始にあわせて2008年4月1日に設置された。

隣の駅

東海旅客鉄道(JR東海)
CD 飯田線
快速(上りのみ運転)・普通
牛久保駅 (CD04) - 豊川駅 (CD05) - 三河一宮駅

かつて存在した路線

日本国有鉄道
飯田線(西豊川支線)
豊川駅 - 西豊川駅

脚注

  1. ^ 中心市街地の概要(豊川市ウェブサイト)、2010年12月4日閲覧
  2. ^ 『新編豊川市史』第三巻
  3. ^ 『名鉄の廃線を歩く』、110-111頁
  4. ^ 『停車場変遷大事典』1、156頁
  5. ^ 『停車場変遷大事典』2、98頁
  6. ^ 『飯田線展』88頁および『新編豊川市史』第三巻843-846頁。日付は前者では15日、後者では1日。
  7. ^ 『停車場変遷大事典』1、157頁
  8. ^ 『飯田線百年ものがたり』、128頁
  9. ^ 『東海旅客鉄道20年史』、266-267頁
  10. ^ 『飯田線展』88頁
  11. ^ 『東海道ライン全線・全駅・全配線』第4巻、6・7頁の配線図による。方角は配線図と実際の地図との対照から補記。
  12. ^ 駅構内の案内表記。これらはJR東海公式サイトの各駅の時刻表で参照可能(駅掲示用時刻表のPDFが使われているため。2015年1月現在)。
  13. ^ 『タイムスリップ飯田線』、90頁
  14. ^ 『JR・私鉄全線各駅停車』5、125頁
  15. ^ 『国鉄全線各駅停車』5、174頁
  16. ^ 豊川駅構内図(JR東海ウェブサイト)、2010年12月4日閲覧
  17. ^ 『新編豊川市史』第三巻、843-846頁
  18. ^ 『飯田線 1897〜1997』、27・28頁
  19. ^ 『東海旅客鉄道20年史』、732・733頁
  20. ^ 『停車場変遷大事典』2、98頁
  21. ^ 「HiSE威風堂々」ほか
  22. ^ 『豊川市史』第四巻、464-466頁
  23. ^ 『愛知県統計年鑑』(以下「県統計」と省略)昭和27年度刊、327頁
  24. ^ 県統計28年度刊、311頁
  25. ^ 県統計29年度刊、330頁
  26. ^ 県統計30年度刊、306頁
  27. ^ 県統計31年度刊、304頁
  28. ^ 県統計32年度刊、320頁
  29. ^ 県統計33年度刊、336頁
  30. ^ 県統計34年度刊、380頁
  31. ^ 県統計35年度刊、293頁
  32. ^ 県統計36年度刊、261頁
  33. ^ 県統計37年度刊、325頁
  34. ^ 県統計38年度刊、297頁
  35. ^ 県統計39年度刊、299頁
  36. ^ 県統計40年度刊、263頁
  37. ^ 県統計41年度刊、239頁
  38. ^ 県統計42年度刊、263頁
  39. ^ 県統計43年度刊、193頁
  40. ^ 県統計44年度刊、197頁
  41. ^ 県統計45年度刊、205頁
  42. ^ 県統計46年度刊、229頁
  43. ^ 県統計47年度刊、237頁
  44. ^ 県統計48年度刊、217頁
  45. ^ 県統計49年度刊、215頁
  46. ^ 県統計50年度刊、221頁
  47. ^ 県統計51年度刊、225頁
  48. ^ 県統計52年度刊、217頁
  49. ^ 県統計53年度刊、231頁
  50. ^ 県統計54年度刊、233頁
  51. ^ 県統計55年度刊、221頁
  52. ^ 県統計56年度刊、227頁
  53. ^ 県統計57年度刊、239頁
  54. ^ 県統計58年度刊、223頁
  55. ^ 県統計59年度刊、223頁
  56. ^ 県統計60年度刊、241頁
  57. ^ 県統計61年度刊、235頁
  58. ^ 県統計62年度刊、223頁
  59. ^ 県統計63年度刊、223頁
  60. ^ 県統計平成元年度刊、225頁
  61. ^ 県統計2年度刊、223頁
  62. ^ 県統計3年度刊、225頁
  63. ^ 県統計4年度刊、229頁
  64. ^ 県統計5年度刊、221頁
  65. ^ 県統計6年度刊、221頁
  66. ^ 県統計7年度刊、239頁
  67. ^ 県統計8年度刊、241頁
  68. ^ 県統計9年度刊、243頁
  69. ^ 県統計10年度刊、241頁
  70. ^ 県統計11年度刊、241頁
  71. ^ 『豊川市の統計』平成14年版、74頁
  72. ^ 県統計12年度刊、239頁
  73. ^ 県統計13年度刊、240頁
  74. ^ 『豊川市の統計』平成20年版、50頁
  75. ^ 『豊川市の統計』平成23年版、52頁
  76. ^ 『豊川市の統計』平成25年版
  77. ^ 『豊川市の統計』平成28年版
  78. ^ 『豊川市の統計』平成30年版
  79. ^ 豊川駅東土地区画整理事業地区の概要” (日本語). 豊川市. 2018年11月1日閲覧。
  80. ^ 中心市街地の概要” (日本語). 豊川市. 2018年11月5日閲覧。
  81. ^ 豊川駅東土地区画整理事業地区の概要” (日本語). 豊川市. 2018年11月1日閲覧。
  82. ^ 豊川市HP『きらっと☆とよかわっ!ガイドマップ』より確認

関連項目

参考文献

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