貧困線(ひんこんせん、英: poverty line、poverty threshold)は、統計上、生活に必要な物を購入できる最低限の収入を表す指標。
イギリスのシーボーム・ラウントリーによって導き出された。
それ以下の収入では、一家の生活が支えられないことを意味する。貧困線上にある世帯や個人は、娯楽や嗜好品に振り分けられる収入が存在しない。
貧困線は、社会学や経済学の指標であり、貧困状態にある住民を減らすため、必要な社会政策を決定するのに有効である。貧困線以下にある住民が多い社会は、最低限の生活を送る必要があるため、経済発展が阻害される。このため、近代的な国家の目標は、社会の全ての構成員を貧困線を上回る収入を生活保障や雇用保険の失業等給付を通して、保障することにある。
貧困線を計算する基本の手法は、1人の成人が1年間に最低限必要な物の購入費用を積み立てていく方法がとられる。「住環境に費やす費用が収入のもっとも大きな割合を占めることが多い」ことから、歴史的に経済学者は、物件価格や賃貸費用の変動に注目してきた。個人の年齢や家族構成により貧困線は上下する。多くの先進国では、娯楽や嗜好品なども貧困線を算出する際に加算している。これは「単に衣食住が満たされる状況は、貧困状態未満である」という認識を持つため。
ただ、貧困線は、厳密な指標ではなく、国や機関によって異なる。そのため、貧困線を若干上回る収入の層とやや下回る収入の層の間に、実際には大きな生活水準の差はない場合もある。世界貧困線は、現在は「2011年の購買力平価(PPP)が1人当たり1日1.9$以下の層」と設定されている。また、最初に世界貧困線を定めたのは、1990年の時である。世界銀行の研究者グループは、世界の貧困層の数を把握するため、世界最貧国の基準を用いた測定法を提案した。彼らは、当時の最貧国数カ国の国別貧困ラインを検証し、購買力平価(PPP)を用いてそれらを米ドルに換算し、その平均値を算出した結果、1人当たり約1ドル/日という数値を出した。2005年、当時の世界最貧国のうち15カ国の国別貧困ラインの平均を用いて国際貧困ラインの改定が行われ、この改定後の貧困ラインが、1人当たり1.25ドル/日という数値となった。そして2015年10月、国際貧困ラインを1.25ドル/日から1.90ドル/日に改定した。この改定は、物価の変動を反映させることで、より正確に貧困層の数を把握する目的で行われ、2011年に世界各国から新たに集められた物価データに基づいて設定された。
絶対的貧困(ぜったいてきひんこん)とは、食料・衣服・衛生・住居について最低限の要求基準により定義される貧困レベルである。1970年代に「人間の基本的必要の充足」を開発の目的であるとしたロバート・マクナマラ総裁時代の世界銀行で用いられはじめた概念で、低所得、栄養不良、不健康、教育の欠如など人間らしい生活から程遠い状態を指す。この指標は絶対的なものであるため、各々の国家・文化・科学技術水準などに関係なく、同じレベルでなければならないとされている。こういった絶対的指標は、各個人の購買力だけに着目すべきであり、所得分布などの変化からは独立していなければならない。
絶対的貧困を示す具体的な指標は国や機関によって多様であるが、2000年代初頭には、1人あたり年間所得370ドル以下とする世界銀行の定義や、40歳未満死亡率と医療サービスや安全な水へのアクセス率、5歳未満の低体重児比率、成人非識字率などを組み合わせた指標で貧困を測定する国際連合開発計画の定義などが代表的なものとされている。国連ミレニアム宣言により制定された『ミレニアム開発目標』ではこうした世界の絶対的貧困率を2015年までに半減させることが明記された。
世界銀行は、2013年4月に開催されたIMFとの合同総会で、2030年までに極度の貧困(1日1.25ドル未満)で生活する人の割合を2030年までに3%まで減らし、所得の下位40%の人々の所得を引き上げ繁栄を共有するという2つの目標を掲げた。更に、2015年10月に国際貧困ラインを2011年の購買力平価(PPP)に基づき1日1.90ドルと設定、これは年換算で365日693.5ドル・366日695.4ドル(2015年10月以前は2008年に2005年の購買力平価に基づき設定された1日1.25ドルと設定されていた、これは年換算で365日456.25ドル・366日457.5ドル)。
このように絶対的貧困は、一定の指標を定め、その基準に沿って一律に定義される。しかしながら、こうした貧困の定義に対しては、何が必要かをめぐる社会的・文化的個別性や、ニーズを充足する手段の獲得における社会内部での階層化(たとえばピーター・タウンゼントが相対的剥奪という語で示そうとした状況)、そしてまた貧困状況をもたらす社会構造に対する批判的視点も必要ではないかとの批判も存在する。
また、別の批判の1つに、貧しさとは、場所によって生存に必要最低限の条件が変わること、そしてこれを満たさない状態を絶対的貧困であるとの見解をロバート・アレンが示している。
そのため、ロバート・アレンは、国によって異なる気候や食生活を反映させた貧困線を定義した。そして、食費と住居費・衣料や光熱費などの食費以外を合算した必要最低限の費用を貧困線とした。
その結果、右の表より、それぞれの国で異なる貧困線が出てきた。この表では、大半の国の貧困線が、世界銀行が定める1日1.9ドル(PPP)を超えている。そして、アメリカとヨーロッパ諸国以外、食費の比重が多く、逆にアメリカ・イギリス・フランスの先進諸国3国は、住居費の比重が重かった。またアレンの計算によれば、低所得国貧困層の消費は最低限の要件を満たす支出内容に似る一方、高所得者の消費は肉類や動物性脂肪が多く、差が大きい。
そして、世界の絶対的貧困人口はロバート・アレンが算出した貧困線の方が、世界銀行の貧困線を使うよりも約5割多くなった。
国際連合開発計画の委託を受けた2000年度『人間開発報告書』によると、1999年に1日1ドル以下(365日365ドル・366日366ドル)で生活している絶対的貧困層は、1995年の10億人から12億人に増加しており、世界人口の約半分にあたる30億人は1日2ドル未満(365日730ドル・366日732ドル未満)で暮らしていた。また、2011年基準の米ドル購買平価ベースの場合、1日2ドル未満の絶対的貧困層は、19億2,202万人(世界人口の約33.7%)であった。
そして2015年、極度の貧困は過去20年にわたり大幅に減少した。1990年には開発途上国の人口の半数近くが1日1.25ドル未満で生活していたが、2015年にはその割合が14%まで低下し、約3分の1となった。世界全体では、極度の貧困の中で暮らす人の数は、1990年の19億人から2015年には8億3,600万人と半数以下に減少した。進展の多くは2000年以降に見られ、ミレニアム開発目標を達成することが出来た。
但し、極度の貧困率の世界的な低下の大部分を中国とインドが占めていること、更に人口が急増したため、「貧困者の数」そのものの減少は、はるかに小さい。2010年時点で世界には、約10億人の極度の貧困者がいた。中国とインドを無視すると、残りの開発途上国では、1990年から2010年までの間に貧困から脱却した人の数はわずか1億5,000万人程度であり、実際には、サハラ以南のアフリカの貧困者数は1990年から1億2,000万人増えていた。
貧困率(1日1.90ドル未満)は、2017年時点で、6億8,911万人(世界人口の約9.2%)である。
貧困層の約62.5%(約4億3,083万人)がサブサハラ・アフリカ地域に集中しており、約86.8%(約5億9,838万人)がサブサハラ・アフリカ地域もしくは南アジア地域に、また残りの13.2%(約9,073万人)がそれ以外の地域に住んでいることになる。サブサハラ地域以外での貧困率の平均値は1.32%(ヨーロッパと中央アジア)から15.19%(南アジア[2014年])なのに対し、サブサハラ・アフリカでは約41.03%が貧困ライン以下となっており、地域別の貧困率において偏りがでている。特に中東・北アフリカ地域での極度の貧困率の増加が顕著となっている。
また、1日3.20ドル未満の場合は、18億1,108万人(世界人口の約24.12%)であり、サブサハラ・アフリカで約7億652万人(サブサハラ・アフリカ地域人口の約67.28%)、南アジアは2014年の値であるが、約9億487万人(南アジア人口の約52.38%)であった。
1日5.50ドル未満の場合は、32億7,085万人(世界人口の43.56%)であった。1日5.50ドル未満の貧困層は、サブサハラ・アフリカで9億467万人(サブサハラ・アフリカ地域人口の約86.15%)、南アジアは2014年の値であるが、14億4,017万人(南アジア人口の約83.36%)であった。
しかし、ここ数年、貧困削減のペースには減速が見られており、2013年から2015年にかけての年間貧困率の減少は0.6ポイントであった。2030年までに極度の貧困(1日1.90ドル未満)撲滅を達成するには、所得の下位40%の人々を8%以上にまで所得拡大させる必要がある。現在のペースのままでは、2030年までに極度の貧困率は5%を超えることが予想されている。
更に、新型コロナウイルス流行による経済悪化により、2020年は約8800万人(2020年の世界成長率が約5%縮小した場合)~約1億1500万人(2020年の世界成長率が約8%縮小した場合)が極度の貧困へ追いやられ、極度の貧困層人口が2019年の約8.4%から2020年は約9.1%~約9.4%へと増加する可能性があると世界銀行により推測されている。
総務省の平成26年全国消費実態調査(2016年10月31日発表)で、世帯人員総数1億1,519万6,894人を対象に、以下のような結果となった。また、年間可処分所得とは、世帯員ごとの年間収入額から、年間の税額及び社会保険料を推計し、控除した所得である。そして、世帯員ごとに計算された年間可処分所得を合算し,世帯の年間可処分所得を計算した。 更に、世帯当たり所得が同水準であっても世帯人員によって1人当たりの効用水準が異なることを考慮して、世帯の年間可処分所得を等価世帯人員で調整する。等価世帯人員(equivalent household member)とは世帯人員に等価弾性値(0~1の値をとる)を累乗したものである。なお、等価弾性値が0のときは世帯所得がそのまま各世帯員の効用(等価可処分所得=世帯員ごとに計算された年間可処分所得の合算)となり、1のときは1人当たりの所得が各世帯員の効用(等価可処分所得=世帯員ごとに計算された年間可処分所得の合算/世帯人員)となる。
相対的貧困(そうたいてきひんこん)の定義は「等価可処分所得(世帯の可処分所得を世帯人員の平方根で割って調整した所得)の中央値の半分に満たない世帯員」(この「中央値の半分」という基準は科学的根拠に欠けるということが研究者の共通した認識となっている)であり、この割合を示すものが相対的貧困率である。ただし、預貯金や不動産等の資産は考慮していない。
実収入-非消費支出=可処分所得
可処分所得÷√世帯人員=等価処分所得
※等価弾性値=0.5(平方根)。現物給付、預貯金、資産は考慮しない。
絶対的貧困率と違い数学的な指標なので主観が入りにくいとされるが、国によって「貧困」のレベルが大きく異ってしまうという可能性を持つ。この為、先進国に住む人間が相対的貧困率の意味で「貧困」であっても、途上国に住む人間よりも高い生活水準をしているという場合と先進国においては物価も途上国より高く購買力平価を用いた計算をすると途上国よりも生活水準が低い場合が存在する。 国民生活基礎調査における相対的貧困率は、一定基準(貧困線)を下回る等価可処分所得しか得ていない者の割合をいう 。
最新のデータであるOECDの2020年の統計によれば、相対的貧困率は下記の表となる。総合で高い国は高い順に、南アフリカ共和国、コスタリカ、ルーマニアであり、逆に低い国は低い順に、デンマーク、チェコ、アイスランドである。18歳未満で高い国は高い順に、南アフリカ共和国、コスタリカ、トルコであり、逆に低い国は低い順に、フィンランド、デンマーク、アイスランドである。18~65歳で高い国は高い順に、南アフリカ共和国、コスタリカ、ルーマニアであり、逆に低い国は低い順に、チェコ、アイスランド、スイスである。66歳以上で高い国は高い順に、韓国、エストニア、ラトビアであり、逆に低い国は低い順に、アイスランド、デンマーク、オランダである。
なお、表には無いが、中国とインドの相対貧困率は、2011年時点で以下のようになっていおり、特に中国はどの年齢層も2011年のデータがあるOECD加盟諸国及びコスタリカ、ロシア、ブラジルの中で最も多かった。
日本の貧困率について表した最新のデータであるOECDの2020年の統計によれば、日本の相対的貧困率(2015年)は、同じ年の2015年に調査されたOECD諸国33カ国の中での立ち位置は以下のようになっている。
これは、日本の貧困率が先進国の中でもかなり高い部類に入っていることが示されている。日本より貧困率が高いトルコ、チリ、ラトビア、エストニアはいずれもOECDには加盟しているが、先進国とはっきり言える経済力ではないため、その点を踏まえると、日本は先進国の中でイスラエル、韓国、アメリカに次いで4番目に貧困率が高い国という見方もできる。
また、66歳以上の多くが受け取る年金に関しては、退職後の年金の代替率は37%と4割を切っており、全キャリアを通じた任意加入の年金を合わせた場合は、62%になるものの、45歳からの加入だとその上昇幅は大きく狭まってしまう。一般的な雇用労働者の年金制度の対象外であることから、自営業者は年金の拠出額も受給額も低い。OECDの推定では、受給額は正規雇用労働者の約3分の1で、OECD諸国の中でメキシコに次ぎ2番目に低い。
更に貧困率の低い国を見てみると、西欧諸国の大半が10%以下の国であり、2015年の総合で33か国中もっとも低いアイスランドの5.4%とデンマークの5.5%を筆頭に、北欧諸国の貧困率が低い。
日本の相対的貧困率は、以下の表より2018年の時点で15.4%(新基準:15.7%)であり、旧基準のデータが存在する1985年以降、3年ごとの調査の中で5番目に高い数値となっている。
2020年7月17日発表の国民生活基礎調査では、日本の2018年の等価可処分所得の中央値名目値253万円(新基準:248万円)の半分名目値127万円(新基準:124万円)未満の等価処分所得の世帯が、相対的貧困率の対象となる。2018年調査ではOECDの基準に合わせた新基準において、従来の調査での「非消費支出」に「自動車税・軽自動車税・自動車重量税」、「企業年金・個人年金等の掛金」及び「親族や知人などへの仕送り額」を加えた上で、貧困率を算出している。各名目値は、新基準で見た場合、単身者では可処分所得が約124万円未満、2人世帯では約175万円未満、3人世帯では約215万円未満、4人世帯では約248万円未満に相当する。
1年の総労働時間を法定労働時間2096時間~2080時間とすれば、可処分所得(「実収入」から「非消費支出」を差し引いた額で,いわゆる手取り収入。賃金などの就労所得、資産運用や貯蓄利子などの財産所得、親族や知人などからの仕送り等等。公的年金、生活保護、失業給付金、児童扶養手当てなどその他の現金給付を算入する。)が名目値で124万円の年収に達する時給は約592円~597円以上となり最低賃金水準を下回る、2人世帯では時給約837円~843円以上となり、3人世帯では時給約1,025円~1,033円以上、4人世帯では時給約1,184円~1,193円以上で可処分所得名目値に達する。これに非消費支出(直接税や社会保険料、資産運用の必要経費など世帯の自由にならない支出及び借金利子など。)分を加算した金額が相対的貧困線以上の実収入(一般に言われる税込み収入。世帯員全員の現金収入を合計したもの。)となる。※現物給付(保険、医療、介護サービス等)、資産の多寡については考慮していない。
子どもの貧困率は13.5%(新基準:14.0%)、子供がいる現役世帯の貧困率が12.6%(新基準:13.2%)。貧困率は子供がいる現役世帯のうち大人が一人48.1%(新基準:48.2%)、大人が二人以上の貧困率が10.7%(新基準:11.7%)となっている。※世帯とは、住居と生計を共にしている人々の集まりをいい、大人とは18歳以上の者、子供とは17歳以下の者をいい、現役世帯とは世帯主が18歳以上65歳未満の世帯をいう。
総務省の平成26年全国消費実態調査(2016年10月31日発表)で、世帯人員総数1億1,519万6,894人を対象に、以下のような結果となった。
平成26年の貧困線は、下記の表より、等価可処分所得の中央値263万円の半分の額132万円となっており,相対的貧困率(貧困線に満たない世帯人員の割合)は9.9%となり、前回2009年調査結果の10.1%から0.2ポイント低下している(表Ⅱ-1)。注)世帯主の年齢階級別及び世帯類型別の相対的貧困率は、統計表[(全国)分析表:第84表]から計算している。また、子どもの相対的貧困率(17歳以下)は、貧困線132万円を用いて場合は7.9%となり、前回2009年調査結果の9.9%から2.0ポイント低下している(表Ⅱ-2)。
前項の国民生活基礎調査の相対的貧困率と違う値を示す理由は、①回収率、②調査系統、③対象母集団、 ④標本の復元・補正方法の違いといった統計技術的な点が影響している可能性があることと、両調査における貧困線の水準に大きな違いがない中、150万円未満の所得で生活する65歳未満の2以人以上世帯の割合の違いなどが貧困率の差につながっている可能性が考えられる。
山形大学の戸室健作は人文学部研究年報第13号で2012年の都道府県別の貧困率、ワーキングプア率、子どもの貧困率、捕捉率を算出した。
日本は、かつての調査では北欧諸国並みの水準で「一億総中流」と言われたが、1980年代半ばから2000年にかけて貧富格差が拡大し相対的貧困が増大した。
なお、ジニ係数と相対的貧困率は定義が異なるので一概に比較は出来ないが、単身世帯を含めたすべての世帯における年間可処分所得(等価可処分所得)のジニ係数で国内格差をみると日本はアメリカ・イギリス・オーストラリア・カナダの英語圏諸国より格差が小さく、フランス・ドイツとほぼ同程度の格差であった。
相対的貧困率は、1980年代半ばから上昇している。この上昇には、預貯金や不動産を所有しつつも収入は年金しかない「高齢化」や「単身世帯の増加」、そして1990年代からの「勤労者層の格差拡大」が影響を与えている。「勤労者層の格差拡大」を詳しくみると、正規労働者における格差が拡大していない一方で、正規労働者に比べ賃金が低い非正規労働者が増加、また非正規労働者間の格差が拡大しており、これが「勤労者