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趙治勲とは?

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【趙治勲 名誉名人 二十五世本因坊】

【名前】
趙治勲
【生年月日】
(1956-06-20) 1956年6月20日(61歳)
【プロ入り年】
1968年(11歳9ヵ月)
【出身地】
韓国釜山市
【所属】
日本棋院東京本院
【師匠】
木谷實
名誉称号
名誉名人 二十五世本因坊
【概要】

タイトル獲得合計
74(歴代1位)
七大タイトル合計
42(歴代1位)
【七大タイトル】

棋聖
8期 (1983-85,94,96-99)
名人
9期 (1980-84,96-99)
本因坊
12期 (1981-82,89-98)
王座
3期 (1976,94,2001)
天元
2期 (1987-88)
碁聖
2期 (1979,86)
十段
6期 (1982,88-89,2005-07)
【世界タイトル】

富士通杯
優勝 (1991)
三星火災杯
優勝 (2003)
この表について
この表はテンプレートを用いて表示しています。編集方法はTemplate:infobox_囲碁棋士を参照してください。

Template


【趙治勲】

【各種表記】

ハングル: 조치훈
漢字: 趙治勳
【発音:】
チョ・チフン
日本語読み: ちょう ちくん
ローマ字: Jo Chihun

趙 治勲 (ちょう・ちくん、チョ・チフン、1956年6月20日 - )は、囲碁のプロ棋士名誉名人・二十五世本因坊韓国釜山広域市出身。日本棋院所属。血液型B型木谷實九段門下。本因坊10連覇の功績により特例で60歳未満で名誉称号を名乗ることができ、2016年6月19日まで無冠の際は二十五世本因坊治勲と表記されていた。

タイトル獲得数歴代1位、七大タイトル獲得数歴代1位、大三冠達成(史上初)、グランドスラム達成(史上初)、本因坊位獲得数・連覇数歴代1位、名人位歴代1位、棋聖位歴代1位タイ、棋道賞最優秀棋士賞9回(歴代最多)、秀哉賞9回(歴代最多)、公式戦通算1500勝(史上初)など数々の記録を保持している。

叔父に囲碁棋士の趙南哲、兄も囲碁棋士の趙祥衍

目次

  • 1 名前の漢字表記について
  • 2 来歴
  • 3 略歴
  • 4 主な記録
  • 5 タイトル優勝結果
    • 5.1 タイトル数74(歴代1位)
  • 6 タイトル歴
    • 6.1 タイトル
  • 7 顕彰等
    • 7.1 棋道賞
    • 7.2 秀哉賞
    • 7.3 その他
  • 8 棋風
  • 9 人柄・エピソード
  • 10 他の棋士たちとのかかわり
  • 11 主な著作
  • 12 年表
  • 13 脚注・注釈
  • 14 外部リンク

名前の漢字表記について

韓国の事実上の標準字形である康熙字典体によれば、彼の名前は趙治勳 (「」の「」部分の第2〜3画が「八」のような形態)と書く。しかし、韓国では「」を「」部分の第2〜3画を「ソ」のように、「」を「勲」と書くことも容認する。

来歴

1956年6月、韓国のソウルで生まれる。父方の祖父は地方銀行の支店長でかなりの資産家、母方の祖父は地方財閥で役人が出入りする家だった。しかし朝鮮戦争後は治勲の父母は無一文になっていた。治勲は兄が3人、姉が3人の7人兄弟の末っ子。一度改名しており前の名前は「豊衍(ほうえん)」だった。1、2歳の頃、家の外でお坊さんが通りかかり「名前を変えれば、この子は将来かならず大成する」と言われて改名した。

碁は4歳頃から打ち始めた。父も打てたがかなり弱かった。父は鉄道会社にわずかに務めたことがあるものの無職だったので暇を持て余し治勲を碁会所に連れて行った。碁を覚えて1年くらいでアマ五段になった。

先に長兄の趙祥衍が来日して木谷道場に入門していた。韓国では叔父・趙南哲に次ぐ打ち手だった祥衍だが日本ではレベルが違いすぎた。そこで祥衍は家に手紙を出して「ぼくはもう遅かった。いまからでも間に合う。治勲を日本で鍛えてもらったほうがいい」と両親や親戚の説得を始めた。父は猛反対したものの祥衍の説得に負けてしぶしぶ承知した。この6歳までの記憶は治勲には無いという。

来日した日から木谷の内弟子として四谷道場に住み込み始めた。その頃道場には10人くらいの内弟子と同数くらいの通い弟子がいた。門下になった翌日に木谷一門百段突破祝賀会が開かれ、そのアトラクションの一つとして当時六段だった林海峰(現・名誉天元)に5子置きで打つことになった。118手で中押し勝ちした。

父は日本語が達者で会話も読み書きもできたが治勲は日本に来るまで日本語を知らなかった。しかし来日後すぐに覚えベラベラと喋れるようになり、口の減らない子どもとなっていた。また様々なイタズラをした。

7歳で日本棋院の院生となった。それまでの入段最年少記録は林海峰の13歳だったが、治勲は来日前後から10歳までに入段して新記録をつくるだろうと予想されるなど大きな期待を寄せられていた。しかし10歳までの治勲は怠け者であり修行に身が入らなかった。木谷道場の方針も強制的には勉強させないというものだったためより不勉強になってしまった。そのため毎回入団亭の準予選の段階で落ちていた。周囲の落胆は大きく治勲は速くもタダの人かといった批判が広まった。

学校は東京韓国学院という在日韓国人の子弟のための教育施設に通った。入学した途端、典型的な落ちこぼれになった。小学1年から登校拒否になった。道場から出ると兄の祥衍の住むアパートで暇を潰していた。土曜日だけは授業が半日だったのでずっと無遅刻・無欠席を通した。学校の先生からも見放されていた。運動会にも遠足にも1回も参加しなかった。中学を卒業して高校にも1,2ヶ月在学したが退学した。

入段に失敗し続けてたある日、2番目の姉から呼び出され「治勲ちゃん、どうする?いくらやっても毎年入段がダメなら、それはそれでしかたがないから、姉さんといっしょに韓国に帰りましょう。いつまで日本にいても、しょうがないものね」と言い涙した。それを見た治勲は無性に悲しくなりまた姉を悲しませた自分が無性に腹立たしくなってきた。そしてしっかり勉強して来年入段できなかったら韓国に帰ると約束した。この時もし韓国に帰ることとなったらみっともなさのあまり死を覚悟したという。それからはよく勉強した。

1968年 11歳9か月で入段手合の準予選を上がり予選を勝ちそもまま本戦も通過して入段した (当時の入段最年少記録)。入段してからは碁を打つことが生きがいとなった。同年二段に昇段。1969年 三段に昇段。1970年 四段に昇段。

治勲が13歳の時、兄弟子の石田芳夫(現・二十四世本因坊秀芳)が22歳の史上最年少で本因坊位を獲得する。この頃石田に続けて何局か先で打ってもらい、その時の後の印象が今でも鮮明に記憶に焼き付いている。

1971年 15歳で五段に昇段。

1973年 新鋭トーナメント戦に優勝し、初タイトル。大手合33連勝を記録。六段に昇段。

1974年 この年、木谷道場が四谷から神奈川の平塚に移った。その際、年長の弟子はみな独立したため治勲が一番の兄弟子となった。この時一緒に移ったのは信田成仁(現六段)と園田泰隆(現九段)の2人。

1975年12年間の内弟子生活から独立。この年、日本棋院選手権(天元戦の前身)の挑戦者となった。相手は坂田栄男九段(現・二十三世本因坊栄寿)5番勝負で第1局・第2局を勝ちきりあと1番勝てば優勝というところで韓国からも新聞社の取材班がドッと押し寄せた。あと1勝というところでそれまで張り詰めていた気持ちがわずかにゆるみ2連敗。最終局でもう負けようのない形勢になるも最後のヨセでポカをし逆転負けを喰らった。この敗戦でいままで自分の強さだけしか見えなかったものが、急に相手の強さと自分の弱さが見えるようになった。

プロ十傑戦に優勝し、初の公式タイトル獲得とともに、タイトル獲得の当時最年少記録となる。七段に昇段。

1976年 第24期王座戦で兄弟子・大竹英雄と対局。2-1で破り20歳5か月で王座獲得 (当時の七大タイトル獲得最年少記録)。名人リーグ入り。1977年 結婚、のちに一男一女をもうける。1978年 八段に昇段。1979年 本因坊リーグ入り。第4期碁聖戦で大竹英雄九段を3-0で破りタイトル奪取。

1980年 第5期名人戦で大竹英雄名人を4-1(1無勝負)で破りタイトル奪取。韓国に帰国し文化勲章 (銀冠)を受章。

1981年 4月九段に昇段。第36期本因坊戦で兄弟子の武宮正樹本因坊を4-2で破り史上4人目の名人本因坊となる。第6期名人戦で兄弟子の加藤正夫九段を4-0で破り防衛。

1982年 第7期名人戦で大竹英雄九段を4-1で破り防衛。第37期本因坊戦で弟弟子のライバル・小林光一九段を4-2で破り防衛。第20期十段戦で大竹英雄九段を3-1で破りタイトル奪取。鶴聖十段、本因坊、名人の四冠を制す。

1983年 第7期棋聖戦で藤沢秀行に挑戦し、3連敗後の4連勝でタイトル獲得。大三冠達成し、棋聖位はその後3連覇。第8期名人戦で大竹英雄九段を4-1で破り防衛。千葉市に移住。第30回NHK杯優勝。

1984年 第9期名人戦で大竹英雄挑戦者を3連敗後4連勝で破り防衛。名人位5連覇、名人戦史上初の名誉名人の資格を得る。賞金ランキング1位。第3期NECカップ優勝。第8期棋聖戦で林海峯九段を4-2で破り防衛。

1985年 第9期棋聖戦で武宮正樹九段を4-3で破り防衛。第4期NECカップ優勝。

1986年 1月6日、交通事故で全治3か月の重傷を負う。車椅子での対局となった棋聖戦で小林光一にタイトルを奪われ無冠になるが、8月、第11期碁聖戦で大竹英雄九段を3-0で破りタイトル奪取。

1987年 第13期天元戦で小林光一天元を3-2で破り天元位を獲得、史上初のグランドスラム(生涯七大タイトル制覇)を達成。1988年 第14期天元戦で苑田勇一九段を3-2で破る。第26期十段戦で加藤正夫九段を3-2で破りタイトル奪取。

1989年 第44期本因坊戦で武宮正樹本因坊を4-0で破りタイトル奪取。第27期十段戦で林海峯九段を3-0で破り防衛。1990年第45期本因坊戦で小林光一九段を4-3で破り防衛。1991年 第46期本因坊戦で小林光一九段を4-2で破り防衛。第1回竜星戦優勝。世界囲碁選手権富士通杯で、決勝で中国銭宇平九段に不戦勝し優勝。この頃より内弟子をとりはじめる。

1992年 第47期本因坊戦で小林光一九段を4-3で破り防衛。第39回NHK杯優勝。

1993年 第48期本因坊戦で山城宏九段を4-1で破り防衛。本因坊位5連覇、25世本因坊の資格を得る。第3回竜星戦優勝。

1994年 第18期棋聖戦で小林光一から棋聖位を奪還。翌年弟弟子の小林覚に奪われるも、翌々年再び奪還 (以後4連覇)。第49期本因坊戦で片岡聡九段を4-3で破り防衛。第42期王座戦で加藤正夫九段を3-2で破りタイトル奪取。。賞金ランキングで10年ぶりに1位輝く。

1995年 第50期本因坊戦で加藤正夫九段を4-1で破り防衛。賞金ランキング1位。

1996年 第20期棋聖戦で小林覚棋聖を4-3で破りタイトル奪取。第21期名人戦で武宮正樹名人を4-1で破りタイトル奪取。賞金ランキング1位。 11年ぶりに名人奪取 (以後4連覇)、二度目の大三冠達成。翌年も保持。第51期本因坊戦で柳時熏七段を4-2で破り防衛。第43回NHK杯優勝。賞金ランキング1位。

1997年 第21期棋聖戦で武宮正樹九段を4-3で破り防衛。第22期名人戦で小林光一九段を4-2で破り防衛。第52期本因坊戦で加藤正夫九段を4-0で破り防衛。

1998年 第53期本因坊戦で王立誠九段を4-2で破り防衛。本因坊位10連覇。第22期棋聖戦で依田紀基九段を4-2で破り防衛。第23期名人戦で王立誠九段を4-2、1無勝負で破り防衛。賞金ランキング1位。

1999年 第24期名人戦で依田紀基九段を4-1で破り防衛で四連覇。第23期棋聖戦で小林光一九段を4-2で破り防衛。賞金ランキング6年連続1位。2000年 第19期NEC杯優勝。

2001年 第49期王座戦で王立誠九段を3-0で破りタイトル奪取。第20期NEC杯、早碁選手権戦優勝。

2002年 名人戦挑戦。第35回早碁選手権戦、第9期阿含・桐山杯優勝。タイトル獲得65となり二十三世本因坊栄寿を抜きタイトル獲得数史上1位

2003年 韓国朴永訓九段に2-1で勝利し第8回三星火災杯世界オープン戦優勝。国際棋戦で12年ぶりの優勝。

2004年 第2回JALスーパー早碁優勝。

2005年 48歳7か月 (史上最年少)、入段から36年9か月 (史上最速)で史上3人目の通算1200勝を達成。同年、第43期十段戦で四連覇中の王立誠から十段位を奪還。

2006年 第44期十段戦で山下敬吾棋聖を相手に十段位を防衛。2007年 NHK杯囲碁トーナメントで11年ぶりに優勝、通算70個目のタイトル獲得。さらに同年4月第45期十段戦で山下敬吾棋聖王座を3-2で破り防衛。3連覇し、タイトル獲得数を71へ更新。阿含・桐山杯準優勝。

2008年 51歳11か月 (史上最年少)、入段から40年2か月 (史上最速)で史上2人目の通算1300勝達成。第32期棋聖戦挑戦者。NHK杯準優勝。

2010年 王座戦予選Aで林漢傑に勝利し、入段から公式戦通算1364勝 (729敗3ジゴ4無勝負)を挙げ、林海峰を抜いて勝数史上一位となる。阿含・桐山杯準優勝。

2011年 第1回囲碁マスターズカップ決勝でライバル小林光一九段に勝利し優勝。タイトル獲得数72となる。

2012年 NEC杯準優勝。囲碁マスターズカップ準優勝。9月27日、史上初めての公式戦通算1400勝を達成。

2014年 第4回囲碁マスターズカップ決勝で小林覚九段に勝利し優勝。タイトル獲得数73となる。

2015年 第5回囲碁マスターズカップ決勝で武宮正樹九段に勝利し優勝。タイトル獲得数74となる。

2016年 6月20日に満60歳の誕生日を迎え、名誉名人を名乗ることになる。11月 人工知能の「DeepZenGo」と対決。第2局は負けたものの、第1局・第3局で勝ち越した。5年ぶりに賞金ランクで10位以内に入る(8位)。

2017年 4月27日に史上初の公式戦通算1500勝を達成。11月20日、韓国棋院総裁杯シニア囲碁リーグでMVPを獲得。

2018年 第5期大舟杯シニア最強者戦優勝。

略歴

主な記録

  • 史上最年少入段 11歳9か月
  • 史上初のグランドスラム
  • 史上初の大三冠
  • 史上最長の七大タイトル連覇 本因坊戦10連覇
  • 史上初の名誉名人号獲得
  • 史上最多の通算タイトル獲得 74回
  • 史上初の通算1500勝 (821敗3持碁4無勝負)2017年4月27日現在)
    • 100勝単位の節目の達成は全て当時の最年少記録
  • 史上初の七大タイトル1つを12期獲得
  • 史上2人目の七大タイトル1つを11期獲得
  • 史上2人目の七大タイトル1つを10期獲得
  • 史上初の七大タイトル1つを10連覇
  • 史上初の本因坊10連覇
  • 史上初の本因坊12期獲得
  • 史上初の本因坊11期獲得
  • 史上初の本因坊10期獲得
  • 史上初の名人位9期獲得
  • 史上初の七大タイトル全て2期以上獲得
  • 史上初の七大タイトル中2タイトルで9期以上獲得
  • 史上初の七大タイトル中2タイトルで8期以上獲得
  • 史上初の七大タイトル中3タイトルで8期以上獲得
  • 史上初の七大タイトル中3タイトルで7期以上獲得
  • 史上初の七大タイトル中4タイトルで6期以上獲得
  • 天元戦36期連続本戦出場 (第36期まで)
  • 史上2人目の棋聖位8期
  • 史上2人目の棋聖位7期
  • 史上3人目の棋聖位6期
  • 史上3人目の棋聖位5期
  • 史上3人目の棋聖位4期
  • 史上2人目の棋聖位3期
  • 史上2人目の棋聖位2期
  • 史上3人目の棋聖位4連覇
  • 史上2人目の棋聖位3連覇
  • 史上2人目の棋聖位2連覇
  • 史上3人目の名人位8期
  • 史上3人目の名人位7期
  • 史上3人目の名人位6期
  • 史上2人目の名人位5期
  • 史上3人目の名人位4期
  • 史上3人目の名人位3期
  • 史上2人目の名人位3連覇
  • 史上2人目の本因坊9期
  • 史上2人目の本因坊8期
  • 史上2人目の本因坊9連覇
  • 史上2人目の本因坊8連覇
  • 史上3人目の本因坊7連覇
  • 史上3人目の本因坊6連覇
  • 史上2人目の十段位6期
  • 史上4人目の十段位5期
  • 史上6人目の十段位4期
  • 史上5人目の十段位3期
  • 史上5人目の十段位2連覇
後に破られた記録
  • 史上最年少棋戦優勝
  • 史上最年少七大タイトル挑戦
  • 史上最年少七大タイトル獲得
  • 史上最速・最年少での通算600勝、通算700勝

タイトル優勝結果

タイトル数74(歴代1位)

棋戦
三大タイトル
他七大タイトル
国際タイトル
他大会
【結果】
【回】
【棋戦】
【開催】
【相手】

優勝 | 1 | 第5回新鋭トーナメント | 1973年 | 羽根泰正八段
優勝 | 2 | 第6回新鋭トーナメント | 1974年 | 小林光一七段
優勝 | 3 | 第12期プロ十傑戦 | 1975年 | 加藤正夫八段
奪取 | 4 | 第24期王座戦 | 1976年 | 大竹英雄王座
優勝 | 5 | 第8回新鋭トーナメント | 1976年 | 時本壱五段
優勝 | 6 | 八強争覇戦 | 1976年 | 藤沢秀行天元
奪取 | 7 | 第4期碁聖戦 | 1979年 | 大竹英雄九段
奪取 | 8 | 第5期名人戦 | 1980年 | 大竹英雄名人
奪取 | 9 | 第36期本因坊戦 | 1981年 | 武宮正樹本因坊
防衛 | 10 | 第6期名人戦 | 1981年 | 加藤正夫九段
防衛 | 11 | 第7期名人戦 | 1982年 | 大竹英雄九段
防衛 | 12 | 第37期本因坊戦 | 1982年 | 小林光一九段
奪取 | 13 | 第20期十段戦 | 1982年 | 大竹英雄九段
優勝 | 14 | 第4期鶴聖戦 | 1982年 | リーグ戦
奪取 | 15 | 第7期棋聖戦 | 1983年 | 藤沢秀行棋聖
防衛 | 16 | 第8期名人戦 | 1983年 | 大竹英雄九段
優勝 | 17 | 第30回NHK杯 | 1983年 | 大竹英雄九段
防衛 | 18 | 第9期名人戦 | 1984年 | 大竹英雄九段
優勝 | 19 | 第3期NECカップ | 1984年 | 坂田栄男九段
防衛 | 20 | 第8期棋聖戦 | 1984年 | 林海峯九段
防衛 | 21 | 第9期棋聖戦 | 1985年 | 武宮正樹九段
優勝 | 22 | 第4期NECカップ | 1985年 | 小林光一九段
優勝 | 23 | 第7期鶴聖戦 | 1985年 | リーグ戦
奪取 | 24 | 第11期碁聖戦 | 1986年 | 大竹英雄九段
優勝 | 25 | 第18期早碁選手権戦 | 1986年 | 小林光一九段
奪取 | 26 | 第13期天元戦 | 1987年 | 小林光一天元
防衛 | 27 | 第14期天元戦 | 1988年 | 苑田勇一九段
奪取 | 28 | 第26期十段戦 | 1988年 | 加藤正夫九段
奪取 | 29 | 第44期本因坊戦 | 1989年 | 武宮正樹本因坊
防衛 | 30 | 第27期十段戦 | 1989年 | 林海峯九段
防衛 | 31 | 第45期本因坊戦 | 1990年 | 小林光一九段
優勝 | 32 | 第23期早碁選手権戦 | 1990年 | 林海峯九段
防衛 | 33 | 第46期本因坊戦 | 1991年 | 小林光一九段
優勝 | 34 | 第1回竜星戦 | 1991年 | 石田芳夫九段
優勝 | 35 | 第4回世界選手権富士通杯 | 1991年 | 銭宇平九段
優勝 | 36 | 第24期早碁選手権戦 | 1991年 | 結城聡五段
優勝 | 37 | 第25期早碁選手権戦 | 1992年 | 王立誠九段
防衛 | 38 | 第47期本因坊戦 | 1992年 | 小林光一九段
優勝 | 39 | 第39回NHK杯 | 1992年 | 王立誠九段
防衛 | 40 | 第48期本因坊戦 | 1993年 | 山城宏九段
優勝 | 41 | 第3回竜星戦 | 1993年 | 柳時熏五段
奪取 | 42 | 第18期棋聖戦 | 1994年 | 小林光一棋聖
防衛 | 43 | 第49期本因坊戦 | 1994年 | 片岡聡九段
奪取 | 44 | 第42期王座戦 | 1994年 | 加藤正夫九段
防衛 | 45 | 第50期本因坊戦 | 1995年 | 加藤正夫九段
奪取 | 46 | 第20期棋聖戦 | 1996年 | 小林覚棋聖
奪取 | 47 | 第21期名人戦 | 1996年 | 武宮正樹名人
優勝 | 48 | 第29期早碁選手権戦 | 1996年 | 依田紀基九段
防衛 | 49 | 第51期本因坊戦 | 1996年 | 柳時熏七段
優勝 | 50 | 優勝 | 1996年 | 小林覚九段
優勝 | 51 | 第2回JT杯星座戦 | 1996年 | 中小野田智巳八段
防衛 | 52 | 第21期棋聖戦 | 1997年 | 武宮正樹九段
防衛 | 53 | 第22期名人戦 | 1997年 | 小林光一九段
防衛 | 54 | 第52期本因坊戦 | 1997年 | 加藤正夫九段
防衛 | 55 | 第53期本因坊戦 | 1998年 | 王立誠九段
防衛 | 56 | 第22期棋聖戦 | 1998年 | 依田紀基九段
防衛 | 57 | 第23期名人戦 | 1998年 | 王立誠九段
防衛 | 58 | 第24期名人戦 | 1999年 | 依田紀基九段
防衛 | 59 | 第23期棋聖戦 | 1999年 | 小林光一九段
優勝 | 60 | 第19期NECカップ | 2000年 | 加藤正夫九段
奪取 | 61 | 第49期王座戦 | 2001年 | 王立誠九段
優勝 | 62 | 第20期NECカップ | 2001年 | 加藤正夫九段
優勝 | 63 | 第34回早碁選手権 | 2001年 | 小林光一九段
優勝 | 64 | 第35回早碁選手権 | 2002年 | 石田芳夫九段
優勝 | 65 | 第9期阿含・桐山杯 | 2002年 | 張栩七段
優勝 | 66 | 第8回三星火災杯 | 2003年 | 朴永訓四段
優勝 | 67 | 第2回JALスーパー早碁 | 2004年 | 張栩九段
奪取 | 68 | 第43期十段戦 | 2005年 | 王立誠十段
防衛 | 69 | 第44期十段戦 | 2006年 | 山下敬吾棋聖
優勝 | 70 | 第54回NHK杯 | 2007年 | 結城聡九段
防衛 | 71 | 第45期十段戦 | 2007年 | 山下敬吾九段
優勝 | 72 | 第1期マスターズカップ | 2011年 | 小林光一九段
優勝 | 73 | 第4期マスターズカップ | 2014年 | 小林覚九段
優勝 | 74 | 第5期マスターズカップ | 2015年 | 武宮正樹九段

タイトル歴

国内棋戦 色付きは現在在位。

タイトル

他の棋士との比較は、囲碁のタイトル在位者一覧 を参照。

タイトル | 番勝負 | 獲得年度 | 登場 | 獲得期数 | 連覇 | 永世称号資格
棋聖 | 七番勝負
1-3月 | 83-85,94,96-99 | 12 | 8期
(歴代1位タイ) | 4
(歴代4位タイ) | 
名人 | 七番勝負
9-11月 | 80-84,96-99 | 12 | 9期
(歴代1位) | 5
(歴代2位) | 名誉名人
本因坊 | 七番勝負
5-7月 | 81-82,89-98 | 14 | 12期
(歴代1位) | 10
(7大タイトル最長記録) | 二十五世本因坊
王座 | 五番勝負
10-12月 | 76,94,01 | 9 | 3期 |  | 
天元 | 五番勝負
10-12月 | 87-88 | 3 | 2期 | 2 | 
碁聖 | 五番勝負
6-8月 | 79,86 | 5 | 2期 |  | 
十段 | 五番勝負
3-4月 | 82,88-89,05-07 | 10 | 6期
(歴代2位)
(現役1位) | 3 | 
登場回数合計64、獲得合計42期=歴代1位

国際棋戦

囲碁七大タイトル獲得記録

【順位】
【獲得回数】
【棋士名】

1位 | 42期 | 趙治勲名誉名人*
2位 | 40期 | 井山裕太棋聖*
3位 | 35期 | 小林光一名誉棋聖*
4位 | 31期 | 加藤正夫名誉王座
5位 | 23期 | 張栩九段*
6位タイ | 21期 | 二十三世本因坊栄寿 | 林海峰名誉天元*
8位 | 17期 | 大竹英雄名誉碁聖*
9位タイ | 14期 | 藤沢秀行名誉棋聖| 山下敬吾九段*
 |  | *は現役棋士
2018年十段戦終了時点
 | 
タイトル獲得数ランキング

【順位】
【獲得回数】
【棋士名】

1位 | 74期 | 趙治勲名誉名人*
2位 | 64期 | 二十三世本因坊栄寿
3位 | 60期 | 小林光一名誉棋聖*
4位 | 51期 | 井山裕太棋聖*
5位 | 48期 | 大竹英雄名誉碁聖*
6位 | 47期 | 加藤正夫名誉王座
7位 | 39期 | 張栩九段*
8位タイ | 35期 | 林海峰名誉天元*|依田紀基九段*
10位タイ | 24期 | 二十四世本因坊秀芳* | 武宮正樹九段*
 |  | *は現役棋士
2018年十段戦終了時点

顕彰等

棋道賞

2010Happy Mail