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近未来政治研究会とは?

【略称】
石原派
【前身】
政策科学研究所(旧渡辺派)
【設立年】
1998年(平成10年)11月30日
【設立者】
山崎拓
【種類】
自由民主党の派閥
【本部】
平河中央ビル
【位置】
東京都千代田区平河町
【メンバー】
自由民主党所属国会議員
【会長】
石原伸晃
【関連組織】
志帥会(二階派)
【予算】
78,780,338円
  1. ^ 法的には1998年8月20日、政治団体として総務省届出が行われている。その他の政治団体一覧(3008団体) - 総務省
  2. ^ 平成22年分政治資金収支報告書参照

近未来政治研究会(きんみらいせいじけんきゅうかい)は、自由民主党の派閥。会長は石原伸晃であり、通称石原派と呼ばれる。

目次

  • 1 概要
  • 2 沿革
  • 3 現在の構成
    • 3.1 役員
    • 3.2 衆議院議員
    • 3.3 参議院議員
  • 4 かつて所属していた人物
    • 4.1 その他国政選挙落選・引退者
  • 5 脚注
  • 6 関連項目

概要

1998年11月30日政策科学研究所(中曽根派→渡辺派→旧渡辺派)から分離独立した山崎グループ37名によって結成され、武闘派集団として形成されていった(山崎派→石原派)。

派閥結成当初は憲法改正に熱心で、過去に派閥メンバー全員で改憲論や政策集の単行本を出版した。

沿革

山崎拓
石原伸晃

当初は山中貞則が山崎拓の後見役として在籍していたが、山崎と加藤紘一小渕恵三に対抗して1999年自由民主党総裁選挙に強行出馬したのを機に離脱した。

小泉内閣では山崎が党幹事長副総裁として主流派入りするが、2003年第43回衆議院議員総選挙では山崎のスキャンダルが響き落選。山崎は副総裁を辞任したが、同派の会長継続を支持され、非議員ながら内閣総理大臣補佐官に任命され、一定の政治的影響力を維持し続けた。山崎は2005年4月24日の補欠選挙で当選、政界に復帰した。

小泉政権下での急激な勢力拡大もあってか、他派閥出身者や野党からの出戻り組も少なくないが、結成以来、山崎や派閥幹部の保岡興治関谷勝嗣亀井善之らベテラン議員の面倒見が良かったため、他派に比べても依然まとまりがあった。しかし、2006年自民党総裁選挙頃から、反安倍晋三志向の山崎に対して、一部が安倍支持に動くなど、派閥に綻びが出始めていた。

2007年には郵政造反組だった武田良太(元亀井派)と古川禎久(元橋本派)が入会。さらに同年12月には元党政調会長の石原伸晃が入会したが、これは政界関係者から驚きを持って迎えられた。山崎が石原を入会させたことは、石原慎太郎を父に持ち国民的知名度が高く資金力もある石原を次期派閥領袖候補に据えることで、武部勤甘利明など山崎に反発する派内の動きを牽制し、山崎の政治的影響力を保つ目的があったとされる。一方で、石原慎太郎自身は山崎派とは関係がない。

北朝鮮問題については独自の動きを見せる。山崎が側近の田野瀬良太郎と訪朝した際には政府与党内から強い不満が噴出した。2008年5月の派閥会合で役員人事を一新。甘利を会長代行、石原を事務総長、山崎の腹心である木村義雄を事務総長代理、関谷を顧問に据えるなど派閥の引き締めを図った。同年には石原が総裁選に強行出馬。

2009年第45回衆議院議員総選挙では改選前の37議席から16議席へと勢力が激減した。会長の山崎も再度落選したが、派閥の存続のためにという理由で会長職を続けることになった。その後古川や武田は退会する。同年所属議員の激減による財政難から派閥事務所を閉鎖し、活動の拠点を山崎の個人事務所に移すことを決定した。

2011年6月、会長代行の甘利によって「さいこう日本」が結成された。

2012年自民党総裁選挙に石原が再び強行出馬するも安倍晋三石破茂に次ぐ3位にとどまる。 その後の第46回衆議院議員総選挙に山崎が立候補せずに引退したことを受けて、2012年12月20日、山崎が派閥会長を退き石原伸晃が新会長に就任、石原派に衣替えした。石原会長の実弟にあたる石原宏高も入会する。しかし、派閥幹部である甘利や田中和徳、山崎派初期メンバーであった渡海紀三朗原田義昭らが新体制に反発して派閥を離れ、選挙前には岡田広小泉昭男両参議院議員も退会して所属参議院議員が一時的にゼロとなるなど勢力は弱体化した。

2012年、自民党政権復帰後の第2次安倍内閣で会長の石原伸晃が環境大臣として入閣。しかし、2014年第2次安倍改造内閣では石原は閣僚から外れ、党内各派の中で唯一入閣者・党四役がゼロとなるなど石原派の冷遇ぶりが取り沙汰された。一方、かつて同派を退会した甘利明は2012年以降経済財政政策担当大臣のポストに就き続けた。

2015年森山裕農林水産大臣に就任。2016年には金銭授受疑惑の責任を取り大臣を辞任した甘利の後任として石原会長が再度入閣する。

2015年二階派との合流論が浮上。2017年には事務総長であった平沢勝栄が派閥を退会。一方、分裂騒動に揺れる谷垣政策集団中谷元小里泰弘が石原派のパーティーに出席して依頼された合流が話題となる。同年8月の第3次安倍第3次改造内閣では、石原が閣僚から外れ入閣者がゼロとなったが、森山が国会対策委員長に就任し執行部入りした。同年11月の第4次安倍内閣では、閣僚と党役員が全員再任されたため、引き続き森山が国会対策委員長を務めた。2018年10月の第4次安倍改造内閣においても入閣者がゼロであったが、森山が国会対策委員長に再任された。

現在の構成

役員

会長 会長代行 座長 事務総長 事務局長 最高顧問
石原伸晃 | 野田毅 | 森山裕 | 坂本哲志 | (空位) | 山崎拓

衆議院議員

野田毅
(16回、熊本2区) | 石原伸晃
(10回、東京8区) | 森山裕
(6回・参院1回、鹿児島4区) | 坂本哲志
(6回、熊本3区) | 石原宏高
(4回、東京3区) | 上野賢一郎
(4回、滋賀2区) | 冨岡勉
(4回、比例九州) | 鬼木誠
(3回、福岡2区) | 金子万寿夫
(3回、鹿児島2区) | 田野瀬太道
(3回、奈良3区)
宮路拓馬
(2回、比例九州) | 

(計11名)

参議院議員

木村義雄
(1回・衆院7回、比例区)

(計1名)

かつて所属していた人物

その他国政選挙落選・引退者

※は、第45回衆議院議員総選挙における落選者(原則国会議員でなくなったことにより一時的に退会せざるを得なくなった人たちで、実質的な構成員であることに変わりない)、◆は、政界を引退、●は、故人。括弧内は、議員でなくなった時点での議会所属。

脚注

  1. ^ 石原知事定例記者会見
  2. ^ 「幹事長なんてやめちまえ」 石原都知事、伸晃氏に
  3. ^ 「幹事長なんて辞めちまえ」=長男の伸晃氏に―石原都知事
  4. ^ “自民・甘利氏ら「さいこう日本」立ち上げ”. 産経新聞. (2011年6月21日). http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110621/stt11062101210001-n1.htm 2012年2月7日閲覧。
  5. ^ 自民山崎派から石原派に 時事通信 2012年12月20日閲覧
  6. ^ 第2次安倍内閣 閣僚名簿 | 首相官邸ホームページ http://www.kantei.go.jp/jp/96_abe/meibo_a/index.html
  7. ^ 時事ドットコム:初入閣8人、民間ゼロ=石原派冷遇、石破氏側近も 時事通信 2014年9月3日
  8. ^ [1]
  9. ^ 石原派、谷垣グループにラブコール
  10. ^ 自民・二階派、第4派閥に 麻生派と並ぶ
  11. ^ 石破派「水月会」が発足 参加した20人の国会議員は?
  12. ^ 自民・平沢勝栄氏、石原派に退会届を提出 取材に「ノーコメント」

関連項目

自由民主党
前身: 自由党日本民主党
歴史
1950年代:
55年体制の成立と
社会保障制度の導入 | 
55年 - 鳩山一郎 | 
日ソ国交回復国連加盟 - 保守合同

56年 - 石橋湛山 | 
初の総裁公選による選出

57年 - 岸信介 | 
満州人脈 - 警察官職務執行法改正案 - 60年安保 - 国民皆保険


1960年代:
高度経済成長
吉田学校の系譜 | 
60年 - 池田勇人 | 
所得倍増計画 - 農業基本法公布 - OECD加盟 - 東京オリンピック - 岸派分裂 - 財界四天王

64年 - 佐藤栄作 | 
日韓基本条約 - 非核三原則(日米核持ち込み問題) - 公害国会 - 日本万国博覧会 - 沖縄返還(西山事件) - 佐藤派五奉行 - 黒い霧事件 - 日通事件


1970年代:
三角大福中
闇将軍 | 
72年 - 田中角栄 | 
日中国交回復 - 日本列島改造論 - 第1次オイルショック - 第一次角福戦争 - 青嵐会結成 - 椎名裁定

74年 - 三木武夫 | 
ロッキード事件 - 三木おろし

76年 - 福田赳夫 | 
日中平和友好条約調印 - 福田ドクトリン - 大福密約 - 第二次角福戦争

78年 - 大平正芳 | 
田園都市構想 - 総合安全保障構想 - 第2次オイルショック - ダグラス・グラマン事件 - 四十日抗争 - 第三次角福戦争 - ハプニング解散


1980年代:
和の政治と
戦後政治の総決算 | 
80年 - 鈴木善幸 | 
増税なき財政再建

82年 - 中曽根康弘 | 
新保守主義 - 国鉄分割民営化 - 二階堂擁立構想 - 死んだふり解散 - 創政会結成と田中派分裂 - 皇民党事件 - ニューリーダー(安竹宮)と中曽根裁定

87年 - 竹下登 | 
消費税導入 - 昭和天皇崩御 - 竹下派七奉行 - ネオ・ニューリーダー - リクルート事件

89年 - 宇野宗佑 | 
参院選惨敗 - 自民一党優位の終焉

89年 - 海部俊樹 | 
バブル景気 - 自衛隊初の海外派遣 - YKK - 一龍戦争 - 一六戦争 - 安倍派四天王分裂と三六戦争 - 海部おろし


1990年代:
野党転落と
経世会支配 | 
91年 - 宮澤喜一 | 
バブル崩壊 - 東京佐川急便事件 - ゼネコン汚職 - KK戦争 - 経世会(金竹小)分裂 - 嘘つき解散

93年 - 河野洋平 | 
小選挙区比例代表並立制 - 自社さ連立政権 - 阪神・淡路大震災

95年 - 橋本龍太郎 | 
失われた10年 - 六大改革中央省庁再編の決定 - 保保連合構想

98年 - 小渕恵三 | 
金融国会 - ITバブル - ブッチホン


2000年代:
清和会支配と
野党再転落 | 
00年 - 森喜朗 | 
五人組 - KSD事件 - 加藤の乱 - 神の国解散

01年 - 小泉純一郎 | 
自公連立政権 - 聖域なき構造改革 - 金融再生プログラム - 郵政民営化(郵政国会 - 郵政解散) - 年金未納問題(政治家の年金未納) - 小泉劇場(小泉旋風)と抵抗勢力 - 日歯連事件(日歯連闇献金事件) - 中二階麻垣康三

06年 - 安倍晋三 | 
美しい国 - 憲法改正論議(国民投票法) - 防衛省昇格 - 教育基本法改正 - 価値観外交(自由と繁栄の弧) - 再チャレンジ - 年金記録問題 - フールファイブ - 大宏池会構想 - 参院選惨敗、第一党より転落 - 麻生包囲網

07年 - 福田康夫 | 
中宏池会 - 大連立構想

08年 - 麻生太郎 | 
世界金融危機(リーマン・ショック) - 麻生おろし - 自民大敗、民主大勝

09年 - 谷垣禎一 | 
参院選勝利、改選第一党へ復帰 - 東日本大震災 - 三党合意(社会保障と税の一体改革)


2010年代:
地方創生
一億総活躍 | 
12年 - 安倍晋三 | 
結党以来初の総裁再登板 - 近いうち解散 - 3年ぶりの政権奪還、自公で2/3確保 - アベノミクス - 参院選圧勝ねじれ解消 - 2020年五輪東京に決定 - 国家安全保障会議創設 - 特定秘密保護法 - 防衛装備移転三原則 - 集団的自衛権の行使容認(平和安全法制) - テロ等準備罪新設 - 都民ファーストの会と三大政党制 - 憲法改正




派閥
保守本流 | 
宏池会(宏池会系)

宏池会(池田派 → 前尾派 → 大平派 → 鈴木派 → 宮澤派 → 加藤派)、※大勇会(河野派 → 為公会(麻生派) → 麻生派に合流×)、※宏池会(小里派 → 谷垣派 → 古賀派に合流×)、宏池会(堀内派 → 丹羽・古賀派 → 古賀派)、宏池会(古賀派 → 岸田派)、有隣会(谷垣政策集団)

平成研究会(木曜研究会系)

木曜研究会(佐藤派)、周山会(佐藤派)、周山クラブ(保利派 → 福田派に合流×)、※七日会(田中派)、政治同友会(田中派)、木曜クラブ(田中派 → 二階堂派 → ×)、※経世会(竹下派 → 小渕派)、※改革フォーラム21(羽田・小沢派 → 新生党に合流×)、平成政治研究会(小渕派)、平成研究会(小渕派 → 橋本派 → 津島派 → 額賀派 → 竹下派)

水曜会

水曜会(緒方派 → 石井派 → ×)

白政会

白政会(大野派)、睦政会(大野派)、一新会(船田派 → ×)、※一陽会(村上派 → 巽会(水田派 → ×))

・・・・・・・・・・・・・・・・・・
出典:wikipedia
2018/11/17 11:31

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