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近畿方言とは?

この記事には独自研究が含まれているおそれがあります。問題箇所を検証し出典を追加して、記事の改善にご協力ください。議論はノートを参照してください。(2007年9月)

近畿方言(きんきほうげん)は、主に近畿地方で用いられる日本語の方言の総称である。西日本方言に属する。上代から近世中期までの中央語である畿内語・近世上方語の系統を汲む方言で、現在も東京方言首都圏方言に次ぐ認知度と影響力を持つ(#歴史参照)。

関西弁(かんさいべん)とも呼ばれるが、「関西弁」と「近畿方言」では指すものが必ずしも一致せず、例えば漠然と西日本全域の方言を包括して「関西弁」と呼ぶこともある。

概要

古代より近畿地方は中央部の低地帯(奈良盆地大阪平野京都盆地)を中心に発展した。平安以降は京都、近世以降は大阪が最大都市となって文化圏を形成し、言語面でも京阪を中心に比較的まとまった方言圏が形成された。京阪の方言を合わせて上方語(上方言葉・上方弁)や京阪語とも言う。

近畿地方周辺では、四国方言北陸方言に近畿方言的性格がよく認められ、特に近畿地方との交流が活発な徳島県は言語面でも影響が強く、また兵庫県淡路島との対岸同士では方言差がほとんどない(阿波弁も参照)。岐阜県西濃の方言もアクセントなどに近畿方言との関係が見られる(美濃弁も参照)。近畿・四国・北陸の方言に共通点が多い背景には、かつては陸路よりも海路による交通の方が容易であり、瀬戸内海や日本海に沿って言葉がよく伝播したためと考えられる。

近畿方言の主な特徴としては、5母音をはっきりと発音すること、京阪式アクセント、「よおゆうた(良く言った)」のようなウ音便、「はよしい(早くしなさい)」のような連用形による命令、断定「や」、否定「ん」と「へん」の併用、「はる」に代表される敬語体系などが挙げられるが、文法や語彙に関しては近畿地方に留まらず西日本で広く共通しあうものが多い。ただし、京阪などでは「いる」の使用やサ行イ音便の消失など、東日本と共通する要素もある。

方言区画

奥村三雄が1968年に発表した区分案。中近畿式方言と外近畿式方言に大分し、外近畿式方言をさらに北近畿式方言・西近畿式方言・南近畿式方言・東近畿式方言に細分している。京都対大阪の違いよりも、大阪対播磨や京都対伊勢の違いを重視している。但馬北部・丹後西部・紀伊半島の一部は近畿方言から除外している。

近畿地方では地域ごとの方言意識が高く、特に京都と大阪の間には強い対抗意識が存在するが、京阪双方が周辺地域に及ぼす文化的影響力の強さと地理的障害の少なさから、近畿方言は他の方言区画よりは比較的均質である。

近畿方言内での方言区画には様々な案が提唱されているが、自然地理的・文化的条件を考慮しつつ、京阪からの距離を考えて区画されることが多い(方言周圏論的)。すなわち、京阪とそれを取り巻く近畿中央部(大よそ半径50km圏内)ほど一般に近畿方言的とされる特徴を多く備え、京阪から離れた周辺部(北近畿・紀伊半島など)ほど他の近畿方言との違いが大きくなる一方で古い言語状態を保っている。

兵庫県但馬(但馬弁)と京都府丹後西部(丹後弁)は、行政上は近畿地方であるが、方言においては東京式アクセントであるなど違いが大きく、中国方言に分類される。また紀伊半島で特に山岳が険しい奈良県奥吉野言語島として有名で、近畿方言的な特徴がほとんど現われない。経済活動や広域放送などの面で中京圏に含まれる三重県に関しては、愛知県との県境付近の揖斐川にアクセントなどの言語境界が走り、奥吉野などよりもずっと京阪方言に近く、近畿方言に含まれる。

近畿地方の主要都市である大阪、神戸、京都の方言をみると、音声上はアクセントが僅かに違う(大阪・神戸の「行きました」と京都の「行きました」など)程度で、問題とされやすいのは語法上の違いである。とりわけ「どす」と「だす」など京阪の違いがよく対比され、近畿中央部の方言を京言葉圏と大阪弁圏に二分する考え方もある(後述)。しかし、アスペクト(継続と完了の区別の有無)の点では神戸と京阪の間に著しい違いがある。

各方言の詳細は各項目を個別に、周辺の他方言との比較については日本語の方言の比較表を参照。

下位方言

歴史

日本語#歴史」も参照

上代から近世までは日本の文化・経済の中心は畿内だったため、上代は奈良盆地、平安時代以降は京都の方言が長らく中央語とされ、文語も平安時代の貴族の京都方言を基に成立した(中古日本語)。日本語のなかで古代から連続して文献資料が残る唯一の方言であり、また文芸活動の中心地であったことから、日本語史を語る上で最も重要な方言である。長らく都が置かれた京都では自らの方言を中央語と自負し、他地方の方言を卑しめる風潮が形成された。中世末にポルトガルなどから来日した宣教師も、公家の京都方言(御所言葉)を模範とすべき有力な日本語として扱っている(ジョアン・ロドリゲス日本大文典』など)。

歴史が変わるのは江戸時代後期、江戸幕府政権の安定に伴って江戸の町人文化が成熟し、日本の文化・経済の中心が上方から江戸へ移行した時代である(化政文化も参照)。江戸では町人文化の発展とともに江戸言葉の地位が向上し、上方・江戸の二つの有力方言が併存・拮抗する日本語史上唯一の事態が生じた。現代の関西と関東の方言対立意識はこうした歴史背景から形成されたものである。滑稽本浮世風呂』(1808年)にも江戸女と上方女の言葉争いの描写がある(以下はその一部)。

「そんなら言はうかへ。江戸詞のからを笑ひなはるが、百人一首(ひやくにんし)の歌に何とあるエ。
「ソレソレ。もう百人一首(ひやくにんし)じゃ。アレハ首(し)じゃない百人一首(ひやくにんしゆ)じゃはいな。まだまアしゃくにんしト言はいで頼母しいナ。
「そりゃア、わたしが言損(いひぞこねへ)にもしろさ。
「そこねへ、じゃない。言損(いひそこない)じゃ。ゑらふ聞づらいナ。芝居など見るに、今が最後(せへご)だ、観念(かんねん)何たら言ふたり、大願(でへがん)成就忝(かたじけ)ねへなんのかの言ふて、万歳(まんぜへ)の、才蔵(せへぞう)のと、ぎっぱな男が言ふてじゃが、ひかり人(て)のないさかい、よう済んである。
「そりゃそりゃ。上方も悪い悪い。ひかり人ッサ。ひかるとは稲妻かへ。おつだネエ。江戸では叱(しか)ると言ふのさ。アイそんな片言は申ません。
「ぎっぱにひかる。なるほど。こりゃ私が誤た。

上方言葉が権威ある言葉とされた江戸中期まで、江戸の上級武士や教養層は上方言葉を真似て話していたとされる。その後江戸言葉の地位向上に伴って上方風の話し方は廃れたが、一方で上方風の言い回しは「老人の言葉」「権威者の言葉」として歌舞伎戯作などでステレオタイプ化されていった。これが「わしは知らぬのじゃ」のような老人や古風な権威者(殿様など)の役割語の起源である(老人語も参照)。

江戸時代は、大坂が商都として栄え、京都を凌ぐ上方最大の都市となった時代でもある。豊かな経済力を背景に上方文化の一翼を担うようになり、言語面でも大坂方言が京都方言とともに上方言葉の中核となり、保守的な京都方言と進取的な大坂方言とで意識し合うようになった。1759年の洒落本弥味草紙』にも以下のような描写がある。

此ごろ京よりきたるうかれ女、なにはのどうとんぼりといへる所のうかれ里にたよりてつとめしに、やゝもすれば京ことばをもつてひとをいやしめ、大きいはいかつい、ぬくいはあたたか、其外やごとなきことばのはし\゙/をおぼへて、そのうたてさかぎりなしとや

明治の東京奠都によって標準語東京方言(とりわけ山の手言葉)を基に整備され、近畿方言は一地方方言に甘んずることとなった。反発はあったものの、標準語教育や標準語に対する規範意識の高まりなどから、近畿方言も標準語の影響を受けるようになっていった。1954年に梅棹忠夫が「第二標準語論」(「関東系標準語」に対抗して関西系の第二の標準語を作ろうという論)を唱えたこともあるが、実現はしなかった。

現状

話者人口の多さや京阪神の文化力・経済力を背景に、近畿方言は依然有力な方言勢力である。特に大阪弁は演芸を通じて日本全国に広く認知されている。もっとも、演芸で用いられる大阪弁は全国の視聴者に分かりやすいよう共通語を交えたり、誇張したりする場合があるため、船場言葉をはじめとする伝統的な大阪弁とは異なる「吉本弁」だと揶揄する声もある。

近畿方言は、単に認知度が高いだけでなく、共通語や各地の方言に影響を及ぼすこともある。「一緒」「しんどい」「ぼやく」「まったり」「むかつく」「ややこしい」「ヤンキー」など幅広い語彙が共通語に取り入れられたり、「関東はバカ、関西はアホ」だったのが東京でも「アホよりバカの方がきつく聞こえる」者が多数派となったりしている。

認知度の高さや、近世以来の江戸・東京への対抗心などから、近畿地方では自分達の方言への愛着や自負心が強いとされる。実際、2000年に大阪で行われた意識調査では、東京の言葉に対しては7割が「嫌い」「どちらかと言えば嫌い」、地元の言葉に対しては9割が「好き」「どちらかと言えば好き」と回答している。しかし他の地方と同じく共通語化・東京方言化は進んでおり、若年層では共通語や東京の若者言葉が混合した以下のようなスピーチスタイルが主流となっている(1993年に大阪府寝屋川市で収録された20歳女性と21歳女性の会話の一部)。

A:やっぱり髪の毛さあ、このままパーマあてるか、ちょっとショートめに切るか、どうしよっかなあ、迷ってんねんやん。
B:短く切ったら?
A:うーん。そうやんなあ。結構、雑誌にあんまりいいの載ってないからなあ。

近畿地方には、京都の御所言葉、大阪の商人言葉(船場言葉や堂島言葉など)や芸能言葉(関西歌舞伎文楽上方落語など)、遊郭言葉(京都嶋原や大坂新町など)、志摩半島海人言葉、紀伊山地の林業や山岳信仰関係の言葉、伊勢獅子舞神楽言葉など、階層・職業別に多様な言葉遣いがあった。しかし近代以降、特に太平洋戦争後、旧来の階層社会や生活習慣が大きく変質したため、多様性は薄れている。多様性の衰退は地域間でも起こっており、交通網の発達に伴う大阪を中心とした大都市圏の拡大によって、「関西共通語」(関東のいわゆる首都圏方言に相当)とも言うべき方言に均質化しつつある。例えば、互いに意識し合い、大きな違いを見せていた京言葉と大阪弁も、そのような明確な傾向が見られるのは団塊の世代までに限られつつある。

演芸文化に支えられ、近畿圏の放送局ローカルバラエティ番組では、出演者やアナウンサーが方言でトークを進めることが珍しくなく、共通語の規範とされやすいNHKも例外ではない。方言がメディアという公の場で一定の幅を利かせているのは他の地方ではあまり見られないものである。一方で、メディアの強い影響力から、放送で話される方言は近畿方言均質化の一因にもなっている。

2014年には、facebookが関西弁を公式サポートした。2019年、Vivaldiが関西弁の公式サポートを表明した。

イメージ

大阪弁#役割語としての大阪弁」および「関西人」も参照

文学・ドラマ・映画・漫画などのフィクションでは、ステレオタイプな大阪像を念頭に置かれた関西弁が強烈な役割語としてキャラクターの差別化の記号としてよく利用される。

「役割語」の提唱者である金水敏によると、フィクションにおける大阪弁・関西弁は「快楽・欲望の肯定と追求」(金銭への執着、好色、派手など)という性質を持ったトリックスターの役どころを表す記号であり、これは江戸時代における理想主義的な江戸文化と現実主義的な上方文化の対比に端を発するという。このイメージに関連して、高度経済成長期以降、菊田一夫の『がめつい奴』や花登筐の「根性もの」の流行から「ど根性」というイメージも定着している。

近代以降、大阪発の漫才や演芸番組がラジオテレビを通じて日本全国で人気を博したことから、「関西弁=お笑い」のイメージが強く定着した。このことを井上章一が「関西語は、道化的な言い回しに、おとしめられている」と否定的に指摘している。また太平洋戦争後、近畿地方を舞台とする迫力ある作品(ヤクザ映画など)の流行や、現実の近畿地方における凶悪事件の多発とその過熱報道などにより、関西弁は「暴力」などの荒々しいイメージと結び付けられるようになった(戦前までは、上方出身者は江戸っ子に比べて気長・柔弱・女々しいなどとされていた)。

フィクションでの関西弁については、以上のようなステレオタイプに加えて、大袈裟な誇張や誤ったアクセント・表現によって不自然な「似非方言」となりやすく、近畿地方出身者にとって違和感や不快感の対象となることがしばしばある。関西大学の黒田勇副学長もスポーツ紙などマスメディアにおいて、報道内容に庶民性や現実味を付加するために関西弁が恣意的に使われることがあり、それは一方で関西弁を「東京的な価値観」からの「逸脱者」を表す安易な役割語となし、「関西の文化と人々を傷つけるもの」であると指摘している。

1980年代以降、従来のステレオタイプな大阪像とは異なるイメージも生まれてきている。山下好孝によると、若者を中心に「かろやか」「ファッショナブル」「都会的」「タレント的なおもしろさ」といったプラスイメージで受け入れられるようになったという。要因として、関西お笑いタレントの東京進出が活発化し、全国放送のバラエティ番組において、漫才やコントの作り物のセリフではなく、フリートークとしての関西弁を耳にする機会が増えたことや、大阪出身以外の関西タレントが増えて近畿地方に対する認識が大阪一色でなくなったことなどが考えられるという。また、東京などの人が以前よりも関西弁を受け入れやすくなった要因として、共通語化で関西弁がマイルドになったこと、東京で活動するタレントの関西弁はさらに共通語化すること、関西弁と共通語をTPOで使い分けるタレントが登場したことなどが挙げられるという。

音声

近畿方言の音韻体系は東京方言とほとんど変わらないが、母音を丁寧に長く強く、子音を弱く軽く発音する傾向がある。

母音

近畿方言でも母音はア・イ・ウ・エ・オの5種であるが、ウは東京方言よりも唇を丸めて発音される(円唇後舌狭母音に近い)。

母音を丁寧に発音することから、母音の無声化がほとんど起こらず、例えば東京方言では「菊」の「き」や「月」の「つ」が無声化するが、近畿方言では全てはっきりと発音する(若い世代の近畿方言話者では「です」「ます」などで無声化の傾向も見られる)。「赤い→あけえ」「凄い→すげえ」「寒い→さみい」のような二重母音アイ・オイ・ウイの同化融合も「わたい→わて(一人称)」「かい→け(疑問・反語の終助詞)」などの数例を除いて起こらず、紀伊半島の一部では「丁寧→てえねえ」のような「エイ→エエ」も起こらない。また一般に鼻音前のウは「旨い→んまい」のように鼻音化しやすいが、近畿方言では丁寧にウと発音して鼻音化しにくいという(異論もある)。

1拍語ではほぼ規則的に「木→きい」「目→めえ」のように母音が長音化し、特定の語では「やいと(灸)→やいとお」「路地→ろおじ」「去年→きょおねん」など1拍以上の語や「寝たい→ねえたい」など語幹が1拍の動詞も長音化することがある。一方で「御幸町通→ごこまちどおり(京都市内の通り)」「早う学校行こう→はよがっこいこ」のように語中・語尾の長母音が短音化することもある。これらの現象は、話者の母音の長短意識が曖昧であることに起因すると考えられる。

語によっては「動く→いごく/いのく」「キツネ→けつね」「タヌキ→たのき」「ニンジン→ねんじん」「見える→めえる」のように母音がよく転訛するが、個々の単語に関わる問題であり、規則的・体系的な音変化ではない。

子音

大阪市内の質屋看板

子音も東京方言とほぼ同じであるが、全般に東京方言よりも摩擦や破裂が弱い。「ひ」は調音部位が東京方言と異なり、弱い響きで発音される(無声声門摩擦音に近い)。「じ」と「ず」は破裂音がほとんど聞こえず、語頭・語中問わず摩擦音である(有声歯茎硬口蓋摩擦音および有声歯茎摩擦音)。

摩擦や破裂が弱いため、子音の転訛・混同・脱落がしばしば起こる。近畿地方各地(特に和歌山県)で「全然→でんでん」「身体→かだら/からら」のようなラ行音・ダ行音・ザ行音の混同が起こり、それを揶揄した「よろがわのみるのんれ、はららぶらぶや/はらららくらりや(淀川の水飲んで、腹ダブダブや/腹だだ下りや)」という小噺もある。またサ行音が特定の語でしばしば「質屋→ひちや」「それなら→ほんなら/ほな」「山田さん→山田はん」「しません→しまへん」のようにハ行音化したり、「わし→わい(一人称)」「傘差した→傘さいた(サ行イ音便)」のように脱落したりする。「煙→けぶり」「寒い→さぶい」のようなマ行音とバ行音の交替も多い。奈良県などでは「牙→きわ」のようにバ行音のワ行音化もみられる。

都市部から離れた地域の高齢層では、「くゎじ(火事)」のような合拗音クワ・グワ、「しぇんしぇ(先生)」「じぇに(銭)」のようなシェ・ジェといった古い発音が残っている。中世の京都で行われた語中・語尾の鼻濁音の残存として、ダ行鼻濁音が紀伊半島各地や淡路島などにあるほか、ザ行・バ行鼻濁音が三重県志摩で「かんじぇ(風)」「あんぶ(虻)」など特定の語のなかに残っている。ガ行鼻濁音は近畿地方の広い地域で聞かれるが、鼻音性・破裂性ともに弱く、東京ほどガ行鼻濁音が意識されず、音素として捉えない話者がほとんどである。東京以上に衰退が進んでおり、1999年の兵庫県高砂市での調査によると、ガ行鼻濁音を発音する人の割合が、70-87歳の老年層では74%なのに対し、17-20歳の若年層では8%となっている。

その他

促拗音・撥拗音
近畿方言に特徴的な音の融合変化として、イ・ウの後ろにア・ヤ行音が続く場合、「日曜→にっちょお」「好きやねん→すっきゃねん」「カツオ→かっつぉ」のような促拗音化や「賑やか→にんぎゃか」「飲みよる→のんみょる」のような撥拗音化が起こることがある。
促音
子音が弱いため、東京方言と比べて促音の語気はそれほど強くなく、「からっかぜ」「川っぷち」などのような複合語中の促音も少ない。一方で、近畿方言では「脱ぎよる→ぬっぎょる」「有るぞ→あっぞ」「鉄道→てっどお」「有るやろ→あっりゃろ」など、東京方言では現われにくい濁音やラ行音前での促音の例が多数ある。
撥音
関東方言などと同じく、「何するねん→何すんねん」「おくれなされ→おくんなはれ」のような語中のラ行音の撥音化が盛んである。特定の語では「ゴボウ→ごんぼ」「幽霊→ゆうれん」「相撲→すもん」「菓子→かしん」のように語中・語尾が撥音化したり、逆に「大根焚き→だいこだき」「玄関→げんか」のように撥音が脱落したりすることがある。江戸時代、それを揶揄した「だいこんと付けべきものを付けもせで いらぬごんぼう茶ん袋かな」という戯れ歌を江戸町人に詠まれることもあった。

アクセント

近畿地方は京阪式アクセントの一大勢力圏である。京阪式は東京式アクセントと違いが大きく、近畿方言らしさを印象付ける大きな要素となっている。

一口に京阪式と言っても「地下鉄:ちてつ/ちかて」や「東京:とおきょお(大阪)/とおきょ(京都)」のように個人差・地域差があり、変化も起こっている。変化が最も進んでいるのは京阪神であり、「京阪式」と言えども、京阪から離れた和歌山県田辺市付近や四国地方に近代以前の伝統的なアクセントが残る。

隣接する中国地方と東海地方は東京式であり、違いが明瞭である。近畿地方でも、中国地方に続く形で但馬・丹後に、孤立した形で奥吉野に東京式の領域があり、京阪式と東京式の接触地域には京阪式のやや変化したアクセント(垂井式アクセント)がある。また紀伊半島の尾鷲市熊野市周辺には様々なアクセントが点在している。そうした地域では、1拍語の長音化が少なかったり、母音の無声化や連母音変化が盛んだったりと、音韻面でも他の近畿方言との共通性が薄い。これはアクセントと音韻の関連を匂わすものとして注目される。

表現

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この節の加筆が望まれています。

ウ音便

兵庫県西宮市の小売店にて

ワ行五段動詞の連用形音便や、形容詞の連用形ではウ音便を用いる。ウ音便は、語幹末の母音によって、次のように異なる。

  1. 語幹末 a - aをoに変えて長音化。(例)こおた(買った) あこおない(赤くない)
  2. 語幹末 i - iをyuに変えて長音化。(例)ゆうとる(言っている) たのしゅうない(楽しくない)
  3. 語幹末 u - そのまま長音化。(例)くうた(食った) うすうて(薄くて)
  4. 語幹末 o - そのまま長音化。(例)おもおた(思った) おもおなる(重くなる)

歴史的には、これらの母音交替は次のような連母音融合により成立したものである。

  1. au→oː (例)akaku→akau→akoː
  2. iu→yuː (例)tanosiku→tanosiu→tanosyuː
  3. uu→uː (例)usuku→usuu→usuː
  4. ou→oː (例)omoku→omou→omoː

上記は山陰を除く西日本方言で共通するが、後述するように、近代以降の近畿方言ではこれらがさらに変化している。

動詞

東京方言で廃れた活用形が一部残っている。関東では近世に一段活用化した「飽く」「借る」「しゅむ(染む)」「足る」「垂る」などが、近畿方言の多くでは明治以降も五段活用のまま保たれた(例:図書館で本を借った←→図書館で本を借りた)。各地の高齢層に「死ぬる」「いぬる(去る)」のナ行変格活用が、紀伊半島に「落つる」「見ゆる」などの上二段活用下二段活用が残っており、滋賀県には「蹴る」の下一段活用の名残がある。 一方で、「見らん(見ない)」「寝れ(寝ろ)」のような一段活用の五段活用化傾向が各地(特に紀伊半島)にあり、奥吉野などでは「見れる」「来れる」のようないわゆるら抜き言葉が東京よりも早くに定着していた。

前述のようにア・ワ行五段活用の連用形でウ音便が起こるが、3音節語と「食う」などでは「わろおた→わろた(笑った)」「くうて→くて(食って)」のように音便が脱落しやすい。ウ音便ではないが、「持つ」と「行く」でも「もてきた(持ってきた)」「いてまえ(行ってしまえ。やってしまえの意)」のように促音便が脱落することがある。サ行五段活用の連用形で「はないて(話して)」のようなイ音便が起こり、滋賀県など各地に「はないて→はないせ」のような特殊な音変化が点在するが、近畿中央部では「傘さいた(傘差した)」以外は稀である。その他、志摩や奥吉野などに、「およんだ(泳いだ)」のようなガ行撥音便や「のおだ(飲んだ)」「あそおだ(遊んだ)」のようなマ・バ行ウ音便がある。

形容詞

形容詞の連用形でもウ音便が起こるが、近畿方言ではしばしば「あこない」「おもなる」のようにウ音便が短音化する。京阪では語幹末がiのものは「たのしいない」や「たのしない」のように拗音を直音化させた形が優勢となり、本来の形は高齢層の語となっている。戦後にはさらに活用の簡略化が進み、「あこおない→あかない」「食べとうなる→食べたなる」のような語幹形との統一傾向や、「黒いない」「赤いかった」のような無活用化傾向も現われている。また「て(も)」に続く場合は、仮定表現「連用形+たら」の影響から「あこおて(も)」より「赤かって(も)」のような形が多くなっている。

近畿方言では「かとおになる(固くなる)」「よろしゅうに言うといて(宜しく言っておいて)」のように連用形に「に」を添えることがあり、特に大阪や神戸などで盛んである。また「冬寒く、夏暑い」のような連用中止法はほとんど用いず、「冬さむうて、夏暑い」のようにほぼ必ず「て」が伴う。

形容動詞

活用語尾が「や」(周辺部や高齢層では「じゃ」や「だ」とも)であるほかは東京方言とほとんど変わらないが、各地で「まめなや(達者だ)」のような連体形から生じた二次的な終止形がある。また若い世代(昭和30年代時点)では、「綺麗や」を「きれいかった」「きれい花」のように形容詞化して用いることがある。

存在動詞

人や生物の存在を表す際、東日本では「いる」を、西日本では「おる」を用いるが、京阪と滋賀県などでは「いる」を中立以上の表現、「おる」をやや粗野で見下げた表現(「おります」「おられる」の形で用いる場合は除く)として両方を使い分ける。「いる」に進行形を掛け合わせた「いてるいとる」もあり、「いてる」は特に大阪で多用する。紀伊半島の一部では古典文法そのままに「先生ないなあ。あっ、あそこにあら(先生がいないなあ。あっ、あそこにいるよ)」のように人や生物にも「ある」「ない」を用いる。

「ある」の丁寧語に「御参らす」の転「おます」があり、大阪を中心に近畿地方の広い地域で用いた。京都などでは「おはす」の転「おす」、大阪船場では「ござります」の転「ごわすごあす」とも。用法は「ございます」と同じで、「ほんまでおます」のように「で」に付いて丁寧な断定を表したり、「よろしゅおます」のように形容詞連用形に接続したりする。否定形はそれぞれ「おまへん」「おへん」「ごわへん・おわへん」。

断定

「や」は近畿・北陸・岐阜県・四国の一部などに分布する。

常体の断定表現には「」を用いる。室町以降「である」の変形「であ」が「ぢゃ(じゃ)」、江戸後期以降さらに「や」と転じたものである(関東の「だ」も「であ」の転)。「や」に取って代わられた「じゃ」も、罵倒など強い口調の際に終止形でのみ用いる(例:何見とんじゃ!)。「だ」にはない活用形として、「であって」に近い過去中止形「やって」がある(例:実家が貧乏やって、若い頃苦労したわ)。共通語では「だから」「だが」「だったら」のように「だ」を文頭でも用いるが、「や」を文頭で用いることは一般的ではない(例:○そやさかい ×やさかい)。「や」に引かれてか、「やら」の転「や」(例:何や知らんけど、なんやかんや)、終助詞「や」、「やん(か)」(後述)など、近畿方言では「や」を多用する傾向がある。

「や」を用言に後続させる場合は、「の」を介して「のや」とする(例:行くのや)。くだけて「んや」「ねや」「にゃ」 などとも。「や」との接続は、「のや・んや」は「なのや・なんや」(例:ほんまなんや)、「ねや」は「やねや」(例:ほんまやねや)とする。共通語「のだ・んだ」と違い、敬体にも接続可能(例:○行きますのや←→×行きますのだ)。「ねや」がさらに転じたものが後述「ねん」である。

「や」と対になる表現(体言の打消し)に「やない()」と「と違う()」がある。「やない(か)」に関しては、「や」+「無い(か)」と解されることもあるが、正確には「では無い(か)」の転である。反語的な強調に「やあるかい」がある。「と違う(か)」に関しては、終止形・連体形と「ます」に続く連用形で「ちゃう」「ちゃいます」と転ずることが多い。「と」の省略も頻繁に起こる。近年では若年層を中心に「違うかった」「違うくて」のように「違う」を形容詞的に活用させることがある(本来の形は「ちご(お)た」「ちご(お)て」)。

丁寧な断定表現には「だす」や「どす」を用いる。「でやす」の転「だす」は大阪を中心に播磨から奈良県北部・伊賀付近まで、「でおす」の転「どす」は京都を中心に丹波東部から滋賀県・若狭まで広がる表現で、ともに幕末から明治にかけてやや卑俗な表現として成立。成立後まもなくに標準語として東京の「です」が伝播したため、中流以上には浸透しないまま、早いうちから衰退していった。現在は一部の高齢層と特殊な場面(古典落語、京都の芸妓言葉など)でしか聞かれない。「です」と同様、形容詞には本来付けない。

待遇表現

近畿方言では敬語から侮蔑語に至るまで、助動詞による待遇表現が発達しており、話中の第三者の動作に対して日常的に多用することが特徴的である。

敬語体系は京都を中心に複雑に発達した。東京方言の敬語の基礎も江戸初期に京言葉の影響を強く受けて形成されたものであり、「おはようございます」「しておりませ」などにその名残が見られる。明治以降は敬語体系の簡略化や共通語化が進むが、絶対敬語(ウチとソトを区別せず、自分にとって目上の人物には必ず敬語を用いる)的な性格を保ち、共通語では廃れつつある素材敬語(話中の動作主を高める敬語)がむしろ興隆するなど、共通語とは違う敬語の発達を見せている。

紀伊半島などの周辺部では、近畿中央部のような助動詞による待遇表現が発達しておらず、「敬語がない」と見なされることがあるが(紀州弁#敬語も参照)、そうした地域の方言では助詞によって待遇表現を言い分けている(助詞敬語)。

ます
共通語と同様、敬体には「ます」を用いる。勧誘「ましょう」は「まひょ」、否定「ません」は「まへん」などと転ずることがある。否定には「連用形+はしませぬ」の転で婉曲な「(「へん」と同じ接続)+しませんしまへん」もある(例:行かしまへん・行けしまへん)。過去形「ました」は大阪と京都でアクセントが異なり、大阪では「行きました」、京都では「行きました」とする。「ます」や「だす・どす・です」や「おます・おす」など「す」で終わる丁寧語は、後ろに特定の助詞が付くと「す」が促音化・撥音化することがある。これは大阪で顕著であり、大阪弁らしさを醸し出す一因となる(例:儲かりますか→儲かりまっか、ぼちぼちですな→ぼちぼちでんな)。また、大阪では「す」そのものを省略することもある(例:止まります→止まりま)。近世大坂などでは「やす」とも言い(例:わかりやした)、現在も一部の高齢層で用いる。
連用形+「なはる」(例)行きなはる
「なさる」の転。語頭に「」を付けることも多い(例:お行きなはる)。明治以降は変化形の「やはる」と「はる」が広まり「なはる」は古風な表現となったが、「はる」の命令形は一部の地域を除いてほとんど普及しなかったため、命令表現には依然「なはる」の命令形「なはれ」や「なはい」(転じて「ない」とも)が用いられ続けた。「ておくれ」と共に用いることが多い(例:行っとくんなはれ・行っとくんなはい)。
五段ア音・その他連用形+「はる」(例)行かはる
「行きなはる」→「行きやはる」→「行きゃはる」と転じたもの。上一段・下一段・サ変・カ変では現在でも「やはる」または「ゃはる」とすることがある(例:きやはった、きゃはった)。相手や第三者に対する軽い敬意を表すが、高い敬意を表す「なさる」「なはる」や「やす」が衰退し、共通語の敬語が普及した現在、共通語の敬語に次ぐ高い敬意表現を「はる」がカバーするようになった。近畿中央部の広い地域で用い、ビジネスや公の場面でもよく聞かれる。大阪では「なさる」への回帰意識から五段動詞でも「連用形イ音+はる」とすることがある(例:行きはる)。「て」に接続して補助動詞として用いる場合は「てはる」と「たはる」の2通りの形があり、後者は京都に多い(例:食べてはる・食べたはる=食べておられる)。
京都などでは第三者の動作を表す際に「はる」を用いる頻度が特に高く(とりわけ女性)、「兄ちゃんが泣かさはった」「可愛らしい犬が歩いてはる」「田舎の人らはのんびりしたはる」「電車がもうすぐ着かはる」のように身内や目下、不特定の人物、無機物の動作などにも敬意をほとんど伴わずに用いることがある(丁寧語的な用法)。極端な例では、「B29が来はった!」「猫が魚を盗まはった」のように明らかに自分にとって良からぬ対象に用いることすらある。
「()連用形+やす」(例)お行きやす
「はる」よりも敬意の高い表現で、丁寧な命令表現としても多用。「ておくれ」と共に用いることが多い(例:行っとくれやす・行っとくりゃす)。金田一春彦によると「お・・・あそばせ」が「お行きあそばせ」→「お行きあすばせ」→「お行きあす」→「お行きやす」と転じたものという。京都で盛んな表現だが、それ以外の地域でも「ごめんやす(=ごめんなさい・ごめんください)」のように慣用表現で用いることは多かった。「お行きやしとくれやす」のように「やす」を重ねると極めて高い敬意を表す。「て」に接続する場合は「て御居やす」の転「といやす」とする(例:行っといやした)。くだけた表現に「やす」+「や」の転「やっしゃ」(例:ごめんやっしゃ)などがある。
連用形+「」+断定の助動詞 (例)行ってや(行かれる)、行っとってです(行っておられます)
相手や第三者に対する軽い敬意あるいは親しみを表す。京都や大阪では近世に多用。現在も播磨や丹波などで用いるが、大阪方面から「はる」の流入が進んでおり、昭和30年代時点では神戸市東灘区住吉川が「てや」と「はる」の境界だったのが、現在は播磨東部まで「はる」が広まりつつある。同形の命令・依頼表現とはアクセントで区別し、例えば「行っとってや」は「行っとってや」だと「行っててよ」、「行っとってや」だと「行っておいでだ」の意。過去形「てやった」は地域によって「たあったたった」や「ちゃった」となる。
連用形+「やる」(例)行きやる
「ある」を待遇の助動詞に転用したもので、近世には相手の動作に対して軽い敬意を、近代以降は同輩以下の第三者の動作に対して親しみの意を加える。大阪では主に女性が用いる。京都では、「やる」の用法を「はる」がカバーしているため、男女とも用いない。
連用形+「よる」(例)行きよる
「おる」を待遇の助動詞に転用したもので、同輩以下の第三者の動作や作用に対して軽い侮蔑・苛立ち・不快などの意を加える。男性のくだけた会話では侮蔑の意をほとんど伴わずに多用することがある。播磨・神戸・丹波では使われ方が異なる(#アスペクト参照)。
侮蔑語

近畿方言の侮蔑語としては「くさる」「さらす」「けつかる」などがあり、なかでも「けつかる」は非常に強烈な悪態語である。「くさる」は連用形と「て」に、「さらす」は連用形に、「けつかる」は「て」に付けて用いる。「けつかる」単体では「ある」「いる」の卑語(ただしほぼ死語)を、「さらす」単体では「する」の卑語を表す。

丁寧な表現

京阪では相手に対してなるべく丁寧に、へりくだって表現しようとする傾向が強い。そのため、近代の商家で「さようでござりましてござります」のような敬語が多用されたり、「ぶぶ漬けでも・・・」や「ぼちぼちでんなあ」のような婉曲法が発達したりした。改まった会話だけでなく日常会話でもその傾向はあり、「どいたれや」「堪忍したって」のような第三者的な命令・依頼表現(後述)はその典型と言える。共通語では慇懃無礼とされることのある「させてもらうさせていただく」も近畿地方から全国に広まった敬語表現という。

敬称の「さん」(くだけた場面では「はん」とも)も日常的に多用し、「おはようさん」「おめでとうさんです」などの慣用表現、「えべっさん」「おひがしさん」「すみよっさん」のような神仏社寺名などにも盛んに「さん付け」が行われる。「さん」と「はん」の使い分けは生粋の大阪出身者でも間違えることがあるほど難しく、大阪市出身の放送作家である新野新も『まるごとなにわの芸人はん』(1996年、リバティ書房)という、タイトルを「芸人さん」とすべきところを「芸人はん」としてしまった本を出版している。も女房言葉の応用で、「お芋さん」「お豆さん」「おくどさん」「飴ちゃん」など、生活に身近な物(特に飲食物)にも盛んに敬称を付ける。

アスペクト

動作や出来事がどこまで進んでいるかの違いを表す述語の形式を、アスペクト(相)と呼ぶ。

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出典:wikipedia
2020/05/25 12:10

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