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那覇市とは?

 | 
那覇市旗
1965年9月1日制定 | 那覇市章
1921年12月19日制定

【国】
日本
【地方】
九州地方沖縄地方
【都道府県】
沖縄県
団体コード
47201-8
法人番号
3000020472018
【面積】
39.98km

【総人口】
318,270[編集]
(推計人口、2018年10月1日)
人口密度
7,961人/km
【隣接自治体】

【市の木】
フクギ
【市の花】
ブーゲンビリア
【】

那覇市役所

【市長】
城間幹子
【所在地】
900-8585
沖縄県那覇市泉崎一丁目1番1号
北緯26度12分47.1秒
東経127度40分41秒
座標: 北緯26度12分47.1秒 東経127度40分41秒

【外部リンク】
那覇市 公式サイト

― 市 / ― 町・村



ウィキプロジェクト

那覇市(なはし、沖縄方言: ナーファ、ナファ)は、沖縄本島南部の中核市で、県庁所在地並びに沖縄県最大の都市である。

目次

  • 1 概要
  • 2 地理
    • 2.1 隣接している自治体
    • 2.2 気候
    • 2.3 人口
  • 3 歴史
    • 3.1 琉球王国時代
    • 3.2 琉球処分から第二次世界大戦まで
    • 3.3 第二次世界大戦以降
    • 3.4 市名の由来
  • 4 行政
    • 4.1 歴代市長
    • 4.2 市民意見提出制度
    • 4.3 行政区画
    • 4.4 市町村合併
  • 5 議会
    • 5.1 市議会
    • 5.2 沖縄県議会(那覇市・南部離島選挙区)
    • 5.3 衆議院
  • 6 国の行政機関
  • 7 領事館
  • 8 軍事施設
    • 8.1 専用施設
    • 8.2 共同利用施設
  • 9 姉妹都市・友好都市
    • 9.1 日本国内
    • 9.2 日本国外
  • 10 経済
    • 10.1 産業
    • 10.2 本社を置く主な企業
  • 11 支社・営業所・工場を設置している企業
    • 11.1 金融機関
    • 11.2 主な商業施設
  • 12 地域
  • 13 インフラの整備
    • 13.1 上水道
    • 13.2 下水道
    • 13.3 ガス
    • 13.4 電気
  • 14 健康
    • 14.1 医療
    • 14.2 福祉
    • 14.3 保健
    • 14.4 衛生
  • 15 広報活動
  • 16 公共サービス
    • 16.1 警察
    • 16.2 消防
    • 16.3 公共施設
    • 16.4 公園
    • 16.5 運動施設
  • 17 郵便・情報通信
    • 17.1 郵便
    • 17.2 電話
    • 17.3 メディア
      • 17.3.1 新聞
      • 17.3.2 放送
  • 18 学校
    • 18.1 大学・短期大学
    • 18.2 高等学校
    • 18.3 中学校
    • 18.4 小学校
  • 19 交通
    • 19.1 路線バス
    • 19.2 鉄道
    • 19.3 道路
      • 19.3.1 国道
        • 19.3.1.1 高速自動車国道
        • 19.3.1.2 一般国道
      • 19.3.2 県道
        • 19.3.2.1 主要地方道
        • 19.3.2.2 一般県道
    • 19.4 空港
    • 19.5 港湾
  • 20 文化・観光・スポーツ
    • 20.1 観光地
    • 20.2 祭り
    • 20.3 神社・霊廟
    • 20.4 スポーツチーム
  • 21 出身有名人
    • 21.1 学界
    • 21.2 音楽
    • 21.3 芸能
    • 21.4 芸術
    • 21.5 スポーツ
    • 21.6 アナウンサー
  • 22 脚注
  • 23 関連項目
  • 24 外部リンク

概要

那覇市上空を航行中の航空機から見た那覇市

沖縄県の政治経済文化の中心であり、また国際空港である那覇空港や、県外や周辺離島とを結ぶ那覇港を擁することから沖縄県の玄関口としての役割も担っている。

面積は日本の全都道府県庁所在都市の中で最も小さく、人口密度首都圏近畿圏を除いた地域としては全国で最も高い。また、那覇空港が市域面積の8%以上を占め、そのなかには自衛隊を含む。この他在日米軍施設那覇港の民間用途の施設の分も考慮に入れると、実際の都市活動に使用できる面積は限られる。さらに、那覇空港の制限表面により、市街地の多くは超高層ビル超高層マンションを建てることが出来ない。最近では、おもろまちを中心とする那覇新都心をはじめとした航空規制の影響がない北部エリアや、再開発事業の一環として旧市街地の牧志・安里地区などに超高層ビルが建ち始めている。

都市化に伴って周辺自治体のベッドタウン化が進み、那覇市を中心市とする那覇都市圏の人口は約78万人(都市雇用圏 - 2005年)となっている。なお、地方での人口減少が深刻な問題になっている今日においても那覇市及び那覇市の周辺自治体では人口増加が著しく、2015年12月現在の都市雇用圏人口は約86.1万人(10%流入人口※2010年の国勢調査の結果、北谷町から同都市圏への流入人口が沖縄市都市圏への流入人口を上回った為、都市圏域が北谷町まで広がった。)。さらに那覇市を中心とした沖縄本島中南部圏の人口は面積478kmに対し人口は約118.5万人(推計人口2015年12月1日現在)を超え、国内でも有数の人口集中地区である。

市の中心部は国場川(漫湖)、及び安里川に囲まれた平地地帯に広がり、那覇市、及び沖縄県の主要施設の多くがそこに立地している。近年では1987年に米軍の牧港住宅地区が全面返還されたことにより、那覇新都心として開発が進み、中心地に置かれていた企業本社などの一部が移転しており、新たな中心部となっている。

また、中心部周囲の丘陵地はほぼ全て市街化(主に住宅地)され、元々の地形の高低から立体的な都市景観を見せる。一時は琉球王国時代の首都でもあった首里地区は海抜100m程度の高台の上に位置し、場所によっては那覇市全域を見渡すことも可能である。

観光面では、市の中心部の国際通り、市東部の高台にある首里地区の首里城(琉球王国の王府。2000年12月世界遺産琉球王国のグスク及び関連遺産群として登録)が中心であったが、近年、前述の在日米軍住宅地の跡地が那覇新都心として開発が進んでおり、2004年12月に世界最大規模で国内では唯一の空港外大型免税店であるDFSギャラリア・沖縄がオープンした。東シナ海に面しているが、那覇空港や那覇港などの施設が海岸線のほとんどを占めているため、海水浴場1991年に供用開始された波の上ビーチ(人工海浜)のみとなっている。名産品として壺屋焼泡盛などがある。

2006年に中核市指定要件の1つである面積要件が撤廃された事を受け、本市は中核市移行を目指していた。そして2012年10月19日に行われた閣議により、那覇市を中核市へ指定する政令を決定したのち、2013年4月1日をもって全国で42番目の中核市に移行した。

地理

漫湖マングローブ群生

沖縄本島南部の西海岸に位置し、東シナ海に面している。市中央部がほぼ平坦で、周辺部に小高い丘陵地帯が取り巻くように展開し、市内を東から西に国場川や安里川が流れ、東シナ海に注いでいる。豊見城市との市境にある漫湖ラムサール条約に登録されている。

隣接している自治体

気候

平均気温が約23度、年間降水量は2000mm以上と高温多湿な亜熱帯性の気候(ケッペンの気候区分では、温暖湿潤気候(Cfa))を示す。冬でも最低気温が10度を下回ることは極稀で、また海洋性気候のため、真夏の最高気温が30度を超える日(真夏日)は多いものの35℃を超える日(猛暑日)はほとんど観測されない(最高気温の高極値は2001年8月9日に観測された35.6℃と、2017年4月時点で全国都道府県庁所在地の記録の中では最も低い。ちなみに、最も高いのは山形市である)。

那覇市の気候
【月】
【1月】
【2月】
【3月】
【4月】
【5月】
【6月】
【7月】
【8月】
【9月】
【10月】
【11月】
12月 年
最高気温記録 °C (°F) 26.8
(80.2) | 26.6
(79.9) | 28.2
(82.8) | 29.7
(85.5) | 31.6
(88.9) | 34.1
(93.4) | 35.0
(95) | 35.6
(96.1) | 34.6
(94.3) | 32.8
(91) | 30.8
(87.4) | 28.2
(82.8) | 35.6
(96.1)
平均最高気温 °C (°F) 19.5
(67.1) | 19.8
(67.6) | 21.7
(71.1) | 24.1
(75.4) | 26.7
(80.1) | 29.4
(84.9) | 31.8
(89.2) | 31.5
(88.7) | 30.4
(86.7) | 27.9
(82.2) | 24.6
(76.3) | 21.2
(70.2) | 25.7
(78.3)
日平均気温 °C (°F) 17.0
(62.6) | 17.1
(62.8) | 18.9
(66) | 21.4
(70.5) | 24.0
(75.2) | 26.8
(80.2) | 28.9
(84) | 28.7
(83.7) | 27.6
(81.7) | 25.2
(77.4) | 22.1
(71.8) | 18.7
(65.7) | 23.1
(73.6)
平均最低気温 °C (°F) 14.6
(58.3) | 14.8
(58.6) | 16.5
(61.7) | 19.0
(66.2) | 21.8
(71.2) | 24.8
(76.6) | 26.8
(80.2) | 26.6
(79.9) | 25.5
(77.9) | 23.1
(73.6) | 19.9
(67.8) | 16.3
(61.3) | 20.8
(69.4)
最低気温記録 °C (°F) 6.1
(43) | 4.9
(40.8) | 6.3
(43.3) | 8.7
(47.7) | 11.0
(51.8) | 14.8
(58.6) | 20.8
(69.4) | 20.7
(69.3) | 17.0
(62.6) | 14.8
(58.6) | 8.6
(47.5) | 6.8
(44.2) | 4.9
(40.8)
降水量 mm (inch) 107.0
(4.213) | 119.7
(4.713) | 161.4
(6.354) | 165.7
(6.524) | 231.6
(9.118) | 247.2
(9.732) | 141.4
(5.567) | 240.5
(9.469) | 260.5
(10.256) | 152.9
(6.02) | 110.2
(4.339) | 102.8
(4.047) | 2,040.8
(80.346)
平均降水日数 (≥ 1.0 mm) 10.5 | 10.2 | 11.8 | 10.5 | 11.5 | 10.6 | 8.8 | 11.8 | 11.2 | 8.3 | 8.5 | 8.1 | 121.8
% 湿度 67 | 70 | 73 | 76 | 79 | 83 | 78 | 78 | 76 | 71 | 69 | 66 | 74
平均月間日照時間 94.2 | 87.1 | 108.3 | 123.8 | 145.8 | 163.6 | 238.8 | 215.0 | 188.9 | 169.6 | 123.0 | 115.6 | 1,774
出典: 気象庁 沖縄気象台

人口


那覇市と全国の年齢別人口分布(2005年) | 那覇市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 那覇市
緑色 ― 日本全国
 | 
青色 ― 男性
赤色 ― 女性

那覇市(に相当する地域)の人口の推移
1970年 | 276,394人 | 

1975年 | 295,006人 | 

1980年 | 295,778人 | 

1985年 | 303,674人 | 

1990年 | 304,836人 | 

1995年 | 301,890人 | 

2000年 | 301,032人 | 

2005年 | 312,393人 | 

2010年 | 315,954人 | 

2015年 | 319,435人 | 


総務省統計局 国勢調査より

歴史

沖縄県の歴史」も参照
琉球王国時代の那覇港
那覇港の先にあった三重城
昭和初期の那覇・辻地区
20世紀初頭の那覇市
1950年代の国際通り

琉球王国時代

那覇は国場川河口の港で、安里川河口の泊(とまり、現在は那覇市の一部)の港とともに、古くから琉球王国首都首里の貿易港として、東アジア東南アジア一帯の中継貿易拠点として栄えてきた。

かつて那覇は国場川・安里川の河口の湾に散在した島々で、その一つの浮島は尚巴志王によって小さな港が整備されていた。景泰2年(1451年)、尚金福王からの冊封使を迎えるため、中国人の懐機に命じて「長虹堤」と呼ばれる長さ1km に及ぶ堤道を建設させて沖縄本島の安里川側と繋いだ。陸路交通が整備されたことから港としての発展が始まり、那覇四町(西・東・若狭・泉崎)と呼ばれる市街地が形成された。

近くの久米村には中国・福建省などからの「閩(びん)人三十六姓」(久米三十六姓)と呼ばれる移民が住み、これら三十六姓の末裔は、進貢使・通訳・造船など琉球の貿易と外交を支える仕事に従事してきた。

また倭寇などの襲撃からの防御のため、那覇港沖の海上にある島に城壁を築いて堤道を作り、国場川河口の那覇港の南北に防御用の砲台「三重城」(みえぐすく)「屋良座森城」(やらざもりぐすく)が完成した。同時に、那覇港の中央の島には御物城と呼ばれる貿易用倉庫が造られている。さらに那覇港の対岸にあたる南側の垣花などにも市街地や港湾が広がった。(那覇港の南岸は第二次大戦後更地になり、米軍の那覇軍港となっている。)

久米村、長虹堤、三重城など那覇の名所は中国人により「球陽八景」と謳われ、葛飾北斎浮世絵琉球八景」にも描かれているが、島だった那覇は土砂の堆積により琉球王国末期には本島につながっている。

琉球処分から第二次世界大戦まで

近代以後も沖縄県の物資集積地、商業都市として繁栄し、海が埋め立てられ那覇は完全に地続きとなった。だが、1944年10月10日十・十空襲と、1945年4月から始まる沖縄戦により市街地は完全に破壊された。

第二次世界大戦以降

戦後は、旧那覇市中心部は米軍の管理下に置かれ、軍施設から1マイル以内は立ち入りが許されず、住民の多くは県北部の収容所に移されていた。生活物資不足の解消のため、1945年11月、那覇市壷屋地区の窯業関係者たちがまず帰郷を許され、103人の職人が入市。さらに12月には牧志地区の瓦職人ら136人が入市した。続いて家族や親類縁者が移り住み、これにまぎれて許可のない住民も次々と那覇に住み着いたため、壷屋から新県道(現在の国際通り)の一帯に次々と集落が生まれ、闇市も自然発生的に拡大した。

こうした中、住民の高良一が米軍と直接交渉し、米軍の物資集積所があった新県道沿いの土地(現在のてんぶす那覇あたり)に1948年1月ごろ、映画館「アーニー・パイル国際劇場」を開館させた。以後、周辺は商業地として急速に発展し、新県道は「国際通り」として「奇跡の1マイル」と呼ばれるようになる。

海軍壕公園から望む那覇市のパノラマ画像

市名の由来

「那覇(なは)」の語源は、漁場を表す「なふぁ」からきている。この由来は、那覇市のサイトにも、伊波普猷の唱えた説として紹介されている。なお、那覇を本来の表記(旧字体)で表すと外字にあたるため、那覇市では人名用漢字を使用している。本来、「那」は左側の2本の横線を縦線の右まで突き通し、「覇」は西の下部にある一本線がない形()になる。

行政

歴代市長

【期】
【氏名】
【就任年月】
退任年月
市長代理 | 山城正馴 | 1921年(大正10年)05月 | 1921年(大正10年)09月
1 | 当間重慎 | 1921年(大正10年)09月 | 1923年(大正12年)09月
2 | 麓純義 | 1923年(大正12年)12月 | 1925年(大正14年)07月
3 | 岸本賀昌 | 1925年(大正14年)10月 | 1928年(昭和03年)02月
4 | 小嶺幸慶 | 1928年(昭和03年)03月 | 1931年(昭和06年)07月
5 | 照屋宏 | 1931年(昭和06年)08月 | 1935年(昭和10年)08月
6 | 金城紀光 | 1935年(昭和10年)08月 | 1939年(昭和14年)08月
7 | 当間重剛 | 1939年(昭和14年)09月 | 1942年(昭和17年)12月
8 | 崎山嗣朝 | 1943年(昭和17年)03月 | 1944年(昭和18年)07月
9 | 富山徳潤 | 1943年(昭和17年)03月 | 不詳
臨時市長 | 兼島景義 | 1945年(昭和20年)04月 | 1945年(昭和20年)07月
戦死
10 | 当間重剛 | 1946年(昭和21年)04月 | 1946年(昭和21年)06月
11 | 東恩納寛仁 | 1946年(昭和21年)07月 | 1948年(昭和23年)02月
12 | 仲本為美 | 1948年(昭和23年)03月 | 1949年(昭和24年)11月
市長代理 | 賀数世隆 | 1949年(昭和24年)11月 | 1949年(昭和24年)12月
13 | 当間重民 | 1949年(昭和24年)12月 | 1952年(昭和27年)02月
14 | 又吉康和 | 1952年(昭和27年)03月 | 1953年(昭和28年)09月
死去
15 | 当間重剛 | 1953年(昭和28年)11月 | 1956年(昭和31年)11月
16 | 瀬長亀次郎 | 1957年(昭和32年)01月 | 1957年(昭和32年)11月
臨時市長 | 東江誠忠 | 1957年(昭和32年)11月 | 1958年(昭和33年)01月
17 | 兼次佐一 | 1958年(昭和33年)01月 | 1962年(昭和37年)01月
18-19 | 西銘順治 | 1962年(昭和37年)01月 | 1968年(昭和43年)10月
20-23 | 平良良松 | 1968年(昭和43年)12月 | 1984年(昭和59年)11月
24-27 | 親泊康晴 | 1984年(昭和59年)12月 | 2000年(平成12年)11月
28-31 | 翁長雄志 | 2000年(平成12年)12月 | 2014年(平成26年)10月
32 | 城間幹子 | 2014年(平成26年)11月 | 現職

市民意見提出制度

市民生活に広く影響を及ぼす市の計画や条例などを立案するにあたって、那覇市民に対しこれらの案の趣旨や内容などを公表し、それに対する意見を広く募集する制度を設けている。また、その結果も公表している。

従来はパブリックコメントとして試行していたものが手直しされ、2005年(平成17年)度より現行制度としているものである。

行政区画

市域面積の39.98kmに対して、人口密度は7,961人/km(2018年10月1日現在)で、都道府県庁所在地では東京特別区(15,368人/km、2018年10月1日現在)、大阪市(12,100人/km、2018年10月1日現在)、横浜市(8,548人/km、2018年10月1日現在)に次いで4番目に高い。

全国の都道府県庁所在地で面積が最小である(東京都の都庁所在地を東京23区全域とみなした場合。)。

市町村合併

いわゆる平成の大合併においては、南風原町および周辺離島の渡嘉敷村座間味村粟国村渡名喜村南大東村北大東村による枠組みで任意協議会が設置され検討が行われたが頓挫し、同協議会も2003年(平成15年)11月4日をもって解散した。なお、上記の町村はいずれも、平成の大合併においては合併の選択を取らなかった。

議会

市議会

詳細は「那覇市議会」を参照
【会派名】
【議席数】
所属党派
公明党 7 | 公明党
新風会 7 | 無所属
社社市民ネット 6 | 社会民主党沖縄社会大衆党
日本共産党 5 | 日本共産党
自民党 4 | 自由民主党
ひやみかち那覇・無所属の会 3 | 無所属
無所属の会 2 | 無所属
無所属 3 | 無所属

沖縄県議会(那覇市・南部離島選挙区)

詳細は「沖縄県議会」を参照
【議員名】
【会派名】
備考
比嘉瑞己 | 日本共産党 | 
西銘啓史郎 | 自由民主党 | 
比嘉京子 | 社民・社大・結連合 | 党籍は沖縄社会大衆党
當間盛夫 | 維新の会 | 
渡久地修 | 日本共産党 | 
翁長政俊 | 自由民主党 | 
上原章 | 公明党 | 
崎山嗣幸 | 社民・社大・結連合 | 党籍は社会民主党
狩俣信子 | 社民・社大・結連合 | 党籍は社会民主党
糸洲朝則 | 公明党 | 
山川典二 | 自由民主党 | 

衆議院

【選挙区】
【議員名】
【党派名】
【当選回数】
備考
沖縄県第1区(那覇市、島尻郡) | 赤嶺政賢 | 日本共産党 | 7 | 選挙区
國場幸之助 | 自由民主党 | 3 | 比例復活
下地幹郎 | 日本維新の会 | 6 | 比例復活

国の行政機関

那覇第2地方合同庁舎2号館(沖縄総合事務局)

市内に所在する国の行政機関を以下に列挙した。

出典:wikipedia
2018/11/11 00:00

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