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都道府県とは?

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都道府県(とどうふけん)は、日本の広域普通地方公共団体である「」、「」、「」、「」の総称である。現在では、都が東京都の1、道が北海道の1、府が京都府および大阪府の2、県が43で、「1都1道2府43県」、総数は「47都道府県」である。市町村とともに普通地方公共団体(ふつうちほうこうきょうだんたい)の一種で、包括的地方公共団体(ほうかつてきちほうこうきょうだんたい)、広域的地方公共団体(こういきてきちほうこうきょうだんたい)ともいう。

目次

  • 1 概要
  • 2 歴史
    • 2.1 明治期の制度改変
      • 2.1.1 府県
      • 2.1.2 庁
    • 2.2 昭和期の制度改変
      • 2.2.1 都
      • 2.2.2 道府県
    • 2.3 地方自治法施行以後
      • 2.3.1 都道府県
      • 2.3.2 沖縄県
  • 3 制度
    • 3.1 議決機関
    • 3.2 都道府県に納める税
  • 4 廃置分合
    • 4.1 廃置分合の原則的な手続き
    • 4.2 合体と編入の例外
    • 4.3 廃置分合と知事・議会議員
    • 4.4 境界変更
    • 4.5 所属都道府県の変更
    • 4.6 都道府県にまたがる市町村の合体
    • 4.7 分割論が存在する地域
  • 5 一覧
    • 5.1 地方別
    • 5.2 五十音順・基礎データ
  • 6 名称
    • 6.1 都道府県の英訳名
  • 7 シンボル
  • 8 脚注
  • 9 関連項目
  • 10 外部リンク

概要

都道府県区分
市区町村をベースとした都道府県の境界詳細図
(※画像はクリックして拡大可能)

都道府県とは、日本における行政区画の一つである。市町村が「基礎的な地方公共団体」(地方自治法2条4項)とされるのに対して、都道府県は「市町村を包括する広域の地方公共団体」(同条5項)とされ、広域にわたる事務や市町村に関する連絡事務などを処理する。日本全国は1727市町村または23特別区にくまなく分けられ、すべての市町村および特別区は47都道府県(1都、1道、2府、43県)のいずれか一つに包括されている、二段階の地方制度である。

都道府県には、議決機関として議会(都道府県議会)、執行機関として知事(知事部局)を置く。そのほか、公安委員会(都道府県公安委員会)と警察本部教育委員会選挙管理委員会監査委員などの委員会および委員とその事務部局を置く。都道府県は自治権を持ち、条例・規則を制定し、地方税負担金などを賦課・徴収し、地方債を起こす権能を有する。

都道府県の行政事務の中枢となる組織、及び庁舎を、都庁、道庁、府庁または県庁といい、都道府県内の1都市(都道府県庁所在地)に置かれている。その都市名は、都道府県名と同じ県もあれば、異なる県もある(#名称参照)。

1947年(昭和22年)5月3日日本国憲法が施行された日に地方自治法も施行され、都道府県と市町村を中心とする地方自治制度が始められた。地方自治法には、統一的な都道府県制度が定められた。ただし、都道府県のうち、都は、特別区に対する一定の調整権限を有することが特徴的である。府県の間には法律上の違いはなく、名称の違いはもっぱら歴史的なものである。道は、地方自治法上は府県と同じ扱いであるが、府県とは若干異なる警察組織を有するほか(警察法46条・51条)、河川法(96条)、道路法(88条)などには道についての特例がある。

歴史

明治期の制度改変

江戸時代幕藩体制の時代には、領国支配・分割統治が行われていたが、明治維新により、段階を経ながら中央集権体制が確立されていった。

1871年(明治4年)の廃藩置県に前後して、順次設置された府・県・庁・都のいずれにおいても、内務省によって任命された官選知事が行政を司り、国の地方行政機関として位置付けられていた。一方、それぞれに民選議会が設置されており、ある程度の地方自治が存在した。

府県

1868年(明治元年)、江戸幕府の直轄領(幕領旗本の領地)が明治政府の直轄領になり、三都(江戸大坂)や、開港5港などを管轄する重要地域をとし、それ以外をとして、府に「知府事」が、県に「知県事」が置かれた。はそのまま大名(諸侯)が治めた。

1869年9月1日(明治2年7月25日)、かねてより諸侯から出されていた版籍奉還の願い出を受け入れ、諸侯を代替わりさせた上で知藩事として引き続き各藩の統治を任せた(廃止された藩もある)。

この時点で、諸侯は領地と領民に対する統治権を全て天皇に奉還したことになっているものの、実質的な地方支配体制は、幕藩体制江戸幕府の地位を明治政府が引継ぎ大名の役名や任地などの名称が変更されただけであり、府藩県三治制と呼ばれる(府県のみ直轄)。

1869年9月29日(明治2年8月24日)の太政官布告によって、京都府東京府大阪府以外は全て県と称することが決まり、前後して他の府(神奈川府新潟府越後府甲斐府度会府奈良府箱館府長崎府)が県に名称変更した。この時点では、天皇東京行幸東京にいたが、高御座(天皇の在所を示す玉座で、これのある場所が皇居とされる)の移動が無かったので、高御座のある京都府の方が東京府より序列が前になっている。なお、この太政官布告前は、東京府は江戸府と呼ばれており、同時に江戸から東京に改称された。

1871年8月29日(明治4年7月14日)に行われた廃藩置県により、藩は県となって、全国が明治政府の直轄となった。結果的に、1使(開拓使)3府(東京府・京都府・大阪府)302県となる。この時点では江戸時代の藩や天領の境界をほぼそのまま踏襲したものであったため、飛び地が全国各地に見られ、府県行政に支障を来たしていた。同年12月にはこれを整理合併し、1使3府72県となった。

1876年(明治9年)に県の大規模合併が行われ、1878年(明治11年)に制定された地方三新法の1つ、郡区町村編制法により合併や領域変更が行われ、一時は37府県まで減ったものの、分割運動によって1889年(明治22年)の市制町村制1890年(明治23年)の府県制郡制の制定を経て、1庁(北海道庁)3府(東京府・京都府・大阪府)43県となった。1890年(明治23年)以後、県の合併・分割は一切行われず、1943年(昭和18年)に正式に内地編入された樺太庁が追加されたほか、同年、東京府が東京都となり現在に至っている(終戦時、1都(東京都)2庁(北海道庁・樺太庁)2府(京都府・大阪府)43県)。

なお、1903年(明治36年)、内務省は19県を廃止し28道府県に統合する内容の「府県廃置法律案」をまとめ、桂内閣で閣議決定された。しかし閣議決定の2か月後の日露戦争勃発による議会の解散により、議会への提案まで至らなかった。

廃藩置県後、県の長官は「知県事」から「県令」と改称され、京都府・東京府・大阪府など府の長官は「知府事」から「知事」と改称された。1886年(明治19年)以後は、両者とも「知事」と呼ばれた。府知事や県令(県知事)は、内務省から派遣される官僚であった。一方で、1878年(明治11年)に制定された地方三新法の1つである府県会規則(北海道には適用されなかった)によって府県会が置かれることになり、地方自治の主体としての性格も併せ持った。

1889年(明治22年)に市制が始まるが、を代表するのは市会であり、現在のように市長ではなかった。ただし、「県」下の市には「市会推薦市長」が存在したのに対し、「府」下の市(東京市京都市大阪市)には市長は存在せず、府知事がその役を兼務した(市制特例参照)。これら3市では、1898年(明治31年)10月になって初めて市長が生まれた。

国の地方行政官庁としての府県は、勅令である「地方官官制」によって、地方自治体としては法律である「府県制」(明治23年 法律第35号(明治32年、法律第64号で全面改正))によって規定されている。

沖縄県は、「県」が設置される経緯が、他の県と異なっている。

沖縄県の歴史#琉球処分」も参照

都道府県数の推移
【年月日】
【数】
【備考】

1868年8月2日
(慶応4年6月14日)
 | 2府 | 最初の府県として箱館府京都府設置。
以降、府藩県三治制下において政府直轄地が順次府県となる
1869年9月20日
(明治2年8月15日) | -府-県 | (開拓使設置)
1871年8月29日
(明治4年7月14日) | 3府302県 | 廃藩置県。北海道の一部を除く国内全域が府県となる
1872年2月10日
(明治5年1月2日) | 3府72県 | 1月19日(前年12月10日)〜 第一次府県統合
1875年12月20日 | 3府59県 | 第二次府県統合前
1876年1月2日 | 3府35県 | 前年12月10日〜
第二次府県統合。廃藩置県後では最少の府県数
1879年4月4日 | 3府36県 | 沖縄県設置
1880年3月2日 | 3府37県 | 徳島県分立
1881年2月7日 | 堺県編入、福井県分立
1881年9月12日 | 3府38県 | 鳥取県分立
1882年2月8日 | 3府41県 | 開拓使を3つの県に移行
1883年5月9日 | 3府44県 | 富山県佐賀県宮崎県分立
1886年1月26日 | 3府41県1庁 | 3つの県を北海道庁に移行
1887年11月4日 | 3府42県1庁 | 奈良県分立
1888年12月3日 | 3府43県1庁 | 香川県分立
1899年3月16日 | 府県制が3府4県に施行され、北海道と沖縄県を除く
全3府42県が「自治体」となる
1943年7月1日 | 1都2府43県1庁 | 東京府を東京都に移行
1945年〜 | 1都2府42県1庁 | 沖縄県がアメリカ施政下に入る
1946年9月27日 | 1都1道2府42県 | 府県制改正により北海道庁を北海道に移行
1947年5月3日 | 地方自治法施行により都道府県が「普通地方公共団体」となる
1972年5月15日 | 1都1道2府43県 | 沖縄返還により沖縄県が復帰
※開拓使および樺太および戦前における外地は除いた。

北海道」という呼称は、1869年(明治2年)7月開拓使設置と同年、「松前地」および「蝦夷地」と呼ばれた地域を改称し、北海道11国86郡を制定したのに始まる。これは律令制の下で68の五畿七道に区分した用法と整合する。渡島国の一部については廃藩置県で成立した館県が弘前県に吸収・青森県の一部となっていたが後に開拓使に移管。1882年(明治15年)に開拓使が廃止されて道内を三分する函館県札幌県根室県の3県が設置されたが、1886年(明治19年)に廃止され「北海道庁」が設置された。

当時、北海道庁の管轄域を「北海道」と呼んだが、「北海道」は単なる地域呼称・地方名であり、現在のような「道」という自治体名ではない(内地編入された樺太における樺太庁の命名法と共通する)。従って、地方行政官庁として他の府県と並列するときには「庁府県」という表現が用いられた。

北海道庁官制(明治19年 勅令第83号(後に全面改正))によって北海道庁長官を他府県の知事に当たる官職とした。1901年(明治34年)、北海道会法(明治34年 法律第2号)および北海道地方費法(明治34年 法律第3号)が公布されて議会が設置され、「北海道地方費」という名称の法人格を持つ地方自治体となった。なお、北海道会は府県会と比べて議会の権限は狭かった。その後、樺太(共通法1条2項では内地に含まれた)における法令上の特例が廃止され、新たに樺太庁が正式に加わり2庁となった。

昭和期の制度改変

第二次世界大戦中の1943年(昭和18年)7月1日東京都制(昭和18年 法律第89号)の施行により、東京市東京府と合併され「東京都」となり、市制と自治権を剥奪された。東京都官制(昭和18年 勅令第504号)により「東京都長官」が長官とされ、東京都を設置した内務官僚である大達茂雄が、その第1代に任命された。

東京都制によって都議会が設置され、旧・東京市内の各区にも区会が置かれたが、特に区部に対する国の統制は強力だった。

道府県

戦後、1946年(昭和21年)9月の府県制改正に伴って、北海道会法北海道地方費法が廃止されて府県制に統合され、同法は道府県制と改称された。この改正法の附則の規定により従来北海道地方費と呼んできた自治体を「道」と呼ぶものとされた。

1947年(昭和22年)5月3日の地方自治法施行とともに、北海道庁官制も廃止され、地方行政官庁であった北海道庁も、普通地方公共団体の一つである「北海道」となった。

地方自治法施行以後

都道府県

1947年(昭和22年)4月日本国憲法第92条で予定された法律として地方自治法が公布された。この中で都道府県は、以前の「中央政府の下部機関」という立場ではなく、市町村と同様の「普通地方公共団体」に位置づけられ、議会議員のみならず知事選挙によって選ばれることになった。ただし、1947年(昭和22年)4月に実施された最初の知事公選はまだ成立していなかった地方自治法ではなく、前述の府県制(道府県制)・東京都制改正で地方長官について公選制が導入されたことを根拠に行われた。この時点で、1都(東京都)1道(北海道)2府(京都府・大阪府)42県。その後、1972年(昭和47年)にアメリカから返還された沖縄に沖縄県が置かれ、再び43県となっている。

都道府県知事が公選となる一方で、戦前に起源を持つ機関委任事務制度は2000年(平成12年)に廃止されるまで長く存続した。都道府県は、普通地方公共団体として市町村と対等であるが、都道府県は市町村を包括する広域の地方公共団体として、広域にわたるもの、市町村に関する連絡調整に関するもの及びその規模又は性質において一般の市町村が処理することが適当でないと認められるものを処理する(地方自治法(第2条第5項))。

しかし、「都」・「道」・「府」・「県」という「単位」の定義が地方自治法には明記されておらず、現在の都道府県名は同法第3条第1項の「地方公共団体の名称は、従来の名称による」という規定に基づいて使われている。ただし、「都」については単なる名称ではなく、「道府県」とは異なる性格を有する。すなわち、地方自治法上、「都」の「区」は「特別区」とされており(地方自治法281条1項)、「道府県」とは異なる取扱いである。なお、道府県であっても大都市地域における特別区の設置に関する法律に基づき特別区を設置することは可能であり、特別区を包括する道府県は、地方自治法その他の法令の規定の適用については、原則として「都」とみなされる(同法10条)。

沖縄県

沖縄県1945年(昭和20年)から(正式にはサンフランシスコ講和条約が発効した1952年(昭和27年)4月28日から)1972年(昭和47年)のアメリカによる占領下では、日本の統治下になかったため、この時期における沖縄の扱いは微妙であり、国会では「琉球政府」、「南西諸島」などの呼称が使用され、都道府県の数では「1都1道2府42県」の「46都道府県」などと数えられ、沖縄は県の数として含められていない。

沖縄復帰を前に制定された「沖縄の復帰に伴う特別措置に関する法律」では、かつての沖縄県が「地方自治法に定める県として存続する」ものとされた。

制度

議決機関

都道府県に納める税


廃置分合

都道府県を合併したり、新しく都道府県を設置したりすることを「廃置分合」といい、次のように分けられる。

  • 複数の都道府県を廃止して、新たに都道府県を設置する(合体)。
  • 一の都道府県を廃止して、その区域を他の都道府県の区域とする(編入)。
  • 一の都道府県を廃止して、その区域に複数の都道府県を設置する(分割)。
  • 都道府県の区域の一部を分けて、都道府県を新設する(分立)。

廃置分合については、都道府県の設置・廃止を伴わずに区域のみを変更する「境界変更」(市町村の所属都道府県の転属を含む)と併せて、地方自治法第6条及び第6条の2に規定されている。

廃置分合の原則的な手続き

法律による(第6条第1項)。この法律は、憲法95条に定める「一の地方公共団体のみに適用される特別法」(地方自治特別法)であると解されるので、関係都道府県において住民投票を行い、それぞれ過半数の賛成を得なければ効力を生じない(詳細な規定は地方自治法第261条第262条)。

合体と編入の例外

平成16年法律第57号による改正で、簡略な方法による合体・編入の手続きが新設された。

  • 複数の都道府県を廃止して、その区域全部に新しい都道府県を設置するとき
  • 一の都道府県を廃止して、その区域全部を他の一の都道府県の区域とするとき

に限って、

  • 関係都道府県の議会の議決により申請し、
  • 国会の承認を経て内閣が定める。

という手続きによることができるようにしたものである(地方自治法第6条の2)。

これは、長野県山口村岐阜県中津川市との合併の際に、都道府県にまたがる市町村の合体(新設合併)には法律の制定が必要なこと(後述)がクローズアップされたことや、道州制導入の前段としての自主的な都道府県合併を促す必要があるとの趣旨で設けられたものである。

廃置分合と知事・議会議員

  • 合体の場合、関係都道府県の知事と議会議員は失職し、新しく設置された都道府県で知事選挙と議員選挙が実施される。
  • 編入の場合、編入された都道府県の知事と議員は失職するが、編入をした都道府県の知事と議員は失職しない。
  • 分割の場合、廃止される都道府県の知事と議員は失職し、分割後に新しく設置された都道府県で知事選挙と議員選挙が実施される。
  • 分立の場合、分離前の都道府県の知事と議員は失職せず、分離されて新しく設置された都道府県で知事選挙と議員選挙が実施される。

境界変更

都道府県の境界変更も、廃置分合と同じく法律(地方自治特別法)によることを原則とするが、次のような場合は「自ら変更する」こととなっている(地方自治法第6条第2項)。

  • 都道府県の境界でもある市町村の境界に変更があったとき
  • 都道府県の境界にわたって市町村の設置があったとき

この2つの場合においては、関係する市町村・都道府県が、それぞれ議会の議決を経て申請し、総務大臣が定めることとなる(第7条第3項)。

  • 従来地方公共団体の区域に属しなかった地域を市町村の区域に編入したとき

市町村の境界変更と同じく、市町村の区域に変更があったことに伴う変更であるからである。

所属都道府県の変更

一の市町村又は一の郡の全体が他の都道府県に編入されるときも、都道府県の境界変更であり、法律によることとなる(昭和25年9月9日付け)。

都道府県にまたがる市町村の合体

異なる都道府県に所属する市町村が廃止され、その区域に市町村が設置される場合は、関係する市町村・都道府県が、それぞれ議会の議決を経て申請し、総務大臣が定める(第7条第3項)。

従来、都道府県の境界を越える市町村の合体(複数の市町村を廃止して、その区域に新たに市町村を設置すること)にも、第6条第1項により、新たに制定される法律によるものとされていた(昭和28年6月29日付け 自行行発第195号)。

そのためもあり、2005年(平成17年)の長野県山口村と岐阜県中津川市との合併は、中津川市への編入という形をとることになった。それを契機として、平成16年法律第57号による改正により、都道府県の境界にわたる市町村の境界変更の手続きと同様の簡易な手続きによることとされた。

分割論が存在する地域

1876年(明治9年)に大規模合併が実施された県では分割運動が起こって再度分割された県も存在するが、1888年(明治21年)末に香川県愛媛県から分離されて以来、都道府県の分割は実施されていない。

しかし今もなお、都道府県の分割を求める声が市町村長や都道府県知事やネット上などで見られる。ここでは、市町村長や都道府県知事が県の分割や分離を示唆している都道府県を挙げる。

福井県
2006年(平成18年)3月上旬に、嶺南(若狭地方)に当たる敦賀市小浜市市長が「(もし道州制が敷かれる際に、)嶺北(越前地方)が北陸州へ入るなら、嶺北とは縁を切っても近畿州へ入る」と発言し、嶺南の福井県からの脱退を示唆している。
日本の道州制論議#北陸」も参照
長野県
筑摩県が分割されて長野県に編入されて以来、分割を求める動きが度々出ている。両県の合併後、県内地理教育唱歌として作られた「信濃の国」が事実上の県歌として広く歌われ、県民意識統合の象徴とされた(1968年、正式に県歌として制定)。
長野県#地域的特徴」も参照
山口県下関市福岡県北九州市
関門海峡の両岸に位置する下関市と北九州市が合併して、山口県や福岡県、さらには道州制のにも属しない「関門特別市」を結成する動きがある。
道州制#各地別の論議」も参照
兵庫県
五畿七道(五畿八道)のうち畿内山陰道山陽道南海道に跨り(47都道府県中最多)、令制国では摂津国丹波国但馬国播磨国美作国備前国淡路国の7ヶ国に跨り(北海道の11ヶ国に次ぐ)、それぞれ異なる歴史や風土を持っているために分離論がある。7つの国境、6つの共和国、5つの民族、4つの言語、3つの宗教、2つの文字、1つの国家と形容された「ユーゴスラビア」になぞらえた「ヒョーゴスラビア」という渾名さえある。

一覧

地図上の配置を示す。北海道と沖縄県は別枠とした。

沖縄県鹿児島県 宮崎県 熊本県 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
出典:wikipedia
2018/05/26 11:23

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