このキーワード
友達に教える
URLをコピー

野口五郎とは?

この存命人物の記事には検証可能な出典が不足しています。信頼できる情報源の提供に協力をお願いします。存命人物に関する出典の無い、もしくは不完全な情報に基づいた論争の材料、特に潜在的に中傷・誹謗・名誉毀損あるいは有害となるものはすぐに除去する必要があります。(2015年1月)
野口 五郎

【出生名】
佐藤 靖
【生誕】
(1956-02-23) 1956年2月23日(63歳)
【出身地】
日本岐阜県
【ジャンル】
歌謡曲
J-POP
【職業】
歌手
俳優
【活動期間】
1971年 -
【レーベル】
ポリドール - トーラスレコード - BMGファンハウス - avex io
【事務所】
NPミュージック・プロモーション(デビュー時〜1986年6月)
オフィス・ジー(1986年7月〜現在)
【公式サイト】
GORO-NET

野口 五郎(のぐち ごろう、1956年2月23日 - )は、日本歌手俳優である。本名、佐藤 靖(さとう やすし)。岐阜県美濃市出身。オフィス・ジー所属。新御三家の一人として、1970年代の日本を代表する男性アイドルである。血液型はA型。妻はタレント三井ゆり。子供は一女一男。実兄は作曲家佐藤寛

目次

  • 1 来歴
  • 2 人物・エピソード
    • 2.1 歌手として
    • 2.2 ギタリストとして
    • 2.3 タレントとして
    • 2.4 アイデアマン
  • 3 音楽
    • 3.1 シングル
    • 3.2 アルバム
      • 3.2.1 オリジナル・アルバム
      • 3.2.2 ギター・インストゥルメンタル・アルバム
      • 3.2.3 ライブ・アルバム
      • 3.2.4 ベスト・アルバム
      • 3.2.5 サウンドトラック
      • 3.2.6 その他のアルバム
  • 4 出演
    • 4.1 テレビ番組
      • 4.1.1 NHK紅白歌合戦出場歴
      • 4.1.2 ドラマ
      • 4.1.3 バラエティ
    • 4.2 映画
    • 4.3 舞台
    • 4.4 ラジオ
    • 4.5 CM
  • 5 書籍
  • 6 関連項目
  • 7 脚注
  • 8 外部リンク

来歴

岐阜県美濃市に生まれる。曽祖父人形浄瑠璃太夫、両親はアマチュア楽団「青空楽団」の歌手同士。本来、家族会議で「直樹」と命名するつもりだったが、父親が家族に許可を得ずに「靖」という名前で出生届を出したという。

1966年10月、フジテレビの『日清ちびっこのどじまん』で荒木一郎の「今夜は踊ろう」を歌い優勝。中部日本放送の『どんぐり音楽会』に出演し、ザ・ワイルド・ワンズの「青空のある限り」を歌い1位となる。

『ちびっこのどじまん』をきっかけに本格的に歌手を目指すことを決意。自ら“ソウルソング”という美空ひばりの『リンゴ追分』の作曲家・米山正夫の門下生になりたく、約2年間、米山が係わるオーディションに何度も出場。ついに声が掛かって中学2年生の時、プロを目指し実母とともに上京、東京・浅草の伯父の経営する印刷工場の一室に下宿し、美濃市立美濃中学校から台東区立台東中学校に転校。ポリドール児玉英毅が設立したNPミュージック・プロモーションの第一号タレントとして所属し、堀越高等学校に進学する。

1971年5月1日、当初は演歌歌手としてシングル曲「博多みれん」でデビュー。キャッチフレーズは「青い木の芽の、はだざわり」で売り出した、が、同曲のセールスは全く振るわなかった。しかし2曲目の「青いリンゴ」からポップス歌手に転向してスマッシュ・ヒット、若い女性ファンの人気を獲得。

1972年12月31日第23回NHK紅白歌合戦において当時としては最年少(16歳10か月)となる初出場歌手に抜擢されて、「めぐり逢う青春」を歌う。

1973年4月9日、「オレンジの雨」がオリコン週間チャートで初のベストテン入り。続く「君が美しすぎて」は第3位にランクされ、第24回NHK紅白歌合戦も同曲で出場。西城秀樹郷ひろみと共に新御三家と呼ばれて、一躍トップアイドルの仲間入りを果たす。

1974年11月25日、「甘い生活」で初のオリコン週間チャートの第1位を獲得。最大のヒット曲となり、第25回NHK紅白歌合戦も同曲で出場。この作品で筒美京平第16回日本レコード大賞・作曲賞を受賞。

1975年2月10日、実兄 (佐藤寛)作曲による「私鉄沿線」が有線放送をきっかけに大ヒットし、「甘い生活」から2作品連続してオリコン週間チャートの第1位を獲得する。また年末の第8回日本有線大賞・グランプリ、第17回日本レコード大賞・歌唱賞、第6回日本歌謡大賞・放送音楽賞など、多くの音楽賞を受賞し第26回NHK紅白歌合戦も同曲で出場。さらに第3回FNS歌謡祭(1975年上半期)では「哀しみの終るとき」で最優秀歌唱賞を受賞。『再会』で映画初主演。

1975年4月4日 - 1983年3月、日本テレビ系のバラエティー番組カックラキン大放送!!』にメイン・タレントとしてレギュラー出演、視聴者にコミカルな面をアピールして広く一般大衆の人気を獲得した。

1976年、「きらめき」が第2回日本テレビ音楽祭・グランプリ、第5回東京音楽祭・ゴールデンスター賞を受賞。「針葉樹」では第18回日本レコード大賞・歌唱賞、第7回日本歌謡大賞・放送音楽賞を受賞し、第27回NHK紅白歌合戦も同曲で出場。発売前の「むさし野詩人」で第9回日本有線大賞・有線功労賞を受賞。4月29日、日本テレビ系で単独のバラエティー番組『輝け!五郎・マペット ゲバゲバ90分!』が放送される。

1977年、「風の駅」で第8回日本歌謡大賞・放送音楽賞を受賞、第28回NHK紅白歌合戦も同曲で出場。映画『季節風』で主役を演じ、同名タイトルの主題歌「季節風」を歌う。

1978年、「グッド・ラック」で第9回日本歌謡大賞・放送音楽賞、第20回日本レコード大賞・金賞を受賞し、第29回NHK紅白歌合戦も同曲で出場。

1979年、「青春の一冊」で5年連続となる第10回日本歌謡大賞・放送音楽賞を受賞し、第30回NHK紅白歌合戦にも同曲で出場。

1980年12月31日、第31回NHK紅白歌合戦に「コーラス・ライン」で出場。

1981年12月31日、第32回NHK紅白歌合戦に「裏切り小僧」で10年連続10回目の出場を果たす。

1983年、連続ドラマ『誰かが私を愛してる』にヒロイン多岐川裕美の相手役として出演。その主題歌「19:00の街」が「グッド・ラック」以来久々の15万枚を超えるヒットとなる。第12回東京音楽祭・世界大会でフリオ・イグレシアス賞を受賞。同年末の第34回NHK紅白歌合戦にも、同曲で2年ぶり11回目のカムバック出場を果たした。なお2018年時点で紅白歌合戦の出場は第34回が最後となっている。

1985年4月 - 1987年9月、再び日本テレビ系のバラエティー番組『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』にレギュラー出演。

1995年、初のNHK大河ドラマ八代将軍吉宗』に徳川頼職役で出演。2006年には『功名が辻』にも出演。

1999年、刑事ドラマ『ケイゾク』に出演、早乙女仁役を演じる。

2002年NHK連続テレビ小説さくら』で、ヒロイン・さくら先生 (演:高野志穂) の赴任先となる中学校の英語担当教師を演じる。

私生活では長年独身を通していたが、2001年2月に三井ゆり北マリアナ諸島ロタ島で挙式。なお結婚披露宴は徳光和夫が司会を務め、その模様が日本テレビにより全国に中継放送された。2002年6月5日、2780グラムの第一子となる女児が誕生。2004年5月2日、2994グラムの第二子となる男児が誕生。

2005年、音楽プロデューサーとして音楽映像配信サイト『音コレ』 (2006年7月20日、『Gプロデュース』と改名) を立ち上げ、ものまね、インディーズ、オリジナル楽曲をプロデュース。根本はるみ網野泰寛などもプロデュースしている。NTTドコモKDDI auSoftBankの公式サイトにおいても、「音コレものまねMIX」「うれセン!」として着うたフル着うた、着モーションなどを配信。

2007年10月16日、飛騨・美濃観光大使を委嘱。

2008年9月21日、北マリアナ諸島の観光親善大使に夫妻で任命。

2009年2月4日、初のプロデュース作品となる双子歌手ユニット「あ☆ぅん」がデビュー。

2010年5月1日、デビュー40周年を迎える。近年は、六本木[STB139スイートベイジル]におけるライブがゴールデンウィークの恒例になっていた。最終公演2014年5月22日。

2015年4月13日、新御三家の盟友、西城秀樹が自ら「ヒデキ還暦!」と題した満60歳の記念ライブに、野口がサプライズ・ゲストとしてバースデーケーキを運びながら登場、西城は思わず感激の涙を浮かべる。その後野口は「1回だけ、恥ずかしいけど、抱いていいか?」との懇願に、西城は「なんだよ~!」と照れながらも、二人共に熱い抱擁を交わしていた。

2016年2月23日、野口が60歳の誕生日を迎える。新御三家が3人揃っての還暦祝いを機に、久々に郷ひろみも参加し「還暦鼎談」を行った。

然しそれから2年後の2018年5月16日、西城秀樹は急性心不全により63歳で逝去。翌5月17日、西城の訃報に対し野口はショックが大きく、文書で「あまりにも突然で、今は言葉が見つかりません。気持ちの整理がつくまで少し時間を下さい。申し訳ありません」と述べるに留まった。

同年5月25日に野口は、郷ひろみを始め歌手仲間達と共に西城の通夜へ出席したが、終始憔悴しきった表情を浮かべ、新御三家の郷は「(五郎は)本当に残念だと。毎日泣いていると言ってました。僕より遥かに秀樹に近い存在でいた。悲しみは想像つかない位深いと思う」とコメント。翌5月26日、西城の告別式に参列した野口は「僕もひろみも秀樹の代わりになれないけど、まだ暫くはお前の分も頑張って歌うからね。もうリハビリ頑張らなくて良いから。君の可愛い子供達、家族を見守って欲しい。そしてお前の思うラブソングを天国で極めてくれ。秀樹、お疲れ様。そして有難う」とハンカチで涙を拭い、時折声を詰まらせながら弔辞を読んでいた。告別式終了後、取材に応じた野口自ら「(2003年最初の脳梗塞発症後)秀樹が会見で『引退する』と言おうと思った瞬間、インタビュアーの方が『2人目のお子さんがもうすぐ誕生ですね』との言葉が有った。それで秀樹は引退を言えなくなったので、あれから十数年歌い続ける事が出来た。僕はその方に感謝をしたい」とコメントしている。

それ以降野口は、西城の追悼特集に関し特別ゲストとして、ワイドショートークドキュメンタリー番組などに登場。2018年8月18日にはNHK「第50回思い出のメロディー」へ生出演し、西城の代表曲「傷だらけのローラ」を当番組の司会進行役・氷川きよしが、「ブルースカイブルー」を野口がそれぞれ西城を偲んで歌唱。その後、司会者の氷川と木村佳乃の二人が感極まって涙する場面が有った。

2019年2月11日、Bunkamuraオーチャードホールで行われたコンサートで、前年12月25日に食道がんの手術をしたことを公表。

人物・エピソード

歌手として

日清ちびっこのどじまん』の司会者、大村崑の「黄金の人差し指」がなかったら今の自分はないとも話している。大村の「出たい人!」の呼びかけに周りが一斉に手を挙げる中で野口も精一杯手を伸ばし、指されてステージに出て行った。後に「実際は自分の周りが指されていたが、体が自然と前へ出て行った」と回顧している。小学生の頃には、すでに成人並みのビブラートが掛けられるようになっていた。ちびっこのど自慢大会にいくつも参加する中で、幼い頃ライバルとして一目置いていたのが現在の天童よしみであるという。

芸名は飛騨山脈野口五郎岳に由来するもので、名付け親はデビュー時に所属していたポリドール・レコードのディレクター。現在では歌手・野口五郎の知名度が高く、山の名前が歌手にちなんで付けられたと誤解している人もいるという。なお、黒部五郎岳にちなんだ「黒部五郎」も芸名の候補となっていた。野口五郎とどちらかを選ぶように言われ「山の名前を芸名にするなら高い山のほうがいい」と考えて、黒部五郎岳 (2840m) よりも高い野口五郎岳 (2924m) にちなんだ野口五郎を選んだという。当初は「水城哲也」という芸名でデビュー予定であった。

ギタリストとして

子どもの頃はプロ野球選手を目指していたが脚を傷めて諦め、以来、ギターに打ち込むようになったという (『中一時代』グラビアより)。「(脚の) 故障がなかったら"歌手・野口五郎"は存在しなかったかも」と述懐している。歌手よりギタリストとしての活動歴の方が長い。中学生のときからキャバレーなどで演奏する「ハコバン」に在籍して腕を磨き、当時の「エレキギターコンテスト」にも多数出演していた。

音楽的には60年代後半から70年代前半のものを好むが、ギタリストとしては、その時代以外のものにも関心を示し、ヴァン・ヘイレンスティーヴ・ヴァイの来日公演の観客席で目撃されている。1982年1993年2014年にはインスト・アルバムを発表し、ギタリストとしても優れた音楽センスを披露した。フジテレビの深夜番組『寺内ヘンドリックス』にも、度々、アナウンサーにギターを指導する講師等として出演していた。2014年10月にはギターメーカーPRS(Paul Reed Smith)主催のイベント「EXPERIENCE PRS in JAPAN 2014」(於:ディファ有明)に出演。ライブステージにてアルバム『Playin' It All』から「雪の華」「ありがとう」「異邦人」「ミ・アモーレ」を演奏した。

自身のアルバムにラリー・カールトン等の著名ギタリストが参加したことがある。またサンタナのヒットシングル「Smooth」を、「愛がメラメラ」として日本語詞を付けてカバーした際には、カルロス・サンタナとの面会も果たしている。2005年には、ヘヴィメタル専門番組『ヘビメタさん』に出演。元メガデスマーティ・フリードマンと競演する。 東京都に本社と工房を置くギターメーカー「Combat Guitars」から、野口五郎モデルのギターが発売されていた (現在は製造販売終了)。

ベーシストとしても活動しており、主に演歌のレコーディングにスタジオ・ミュージシャンの立場で数多く参加している。

タレントとして

カックラキン大放送!!』では、当時のアイドルとしては珍しい捨て身のギャグが定番だった。バラエティ番組では、ダジャレ好きなタレントとして、歌手活動とは違った魅力を見せている。自ら「ぼくも野口五郎というタレントを作るスタッフの一人なんですよ」と話している。しかし『カックラキン』は最初は歌番組だと思って引き受けたが、初回の収録が終わった後にプロデューサーに「コント番組はあんまりやりたくないんで、辞めさせて下さい」と降板を申し入れが、プロデューサーから「分かった。降りるのはいいが、その代わり(これからの芸能活動が)どうなるか分かってるな」と言われ、芸能界を干されると思っておののいた野口はその場で「喜んでやらせてもらいます」と答えたという。後に「やったら楽しかった」と振り返っている。

なお、かつて「短足」という噂や伝説が広まったことがある。これは野口がロンドンブーツを、日本で流行するかなり前から履いていたことで、これを見た人が「短足を隠すためだからに違いない」と思い込んだことからだったという。

火曜ワイドスペシャルで放送された芸能人野球大会に投手として出場したことがあり、その時の背番号は560番だった。 野口をものまねしたコロッケに対して、怒るどころか、むしろ軽妙にトークをする懐の深さを見せた。 2006年、『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』に出演し、コミカルな一面を披露している。

アイデアマン

野口は自身の音楽活動とは別に、QRコードスマートフォンに読み込ませ、音楽コンサート・ライブの映像などをデジタル配信するサービス『テイクアウトライブ』を発案したことで知られる。野口は路上ライブでCDを手売りする無名の若者ミュージシャンの姿を見て、「若い子たちに音楽に集中できる時間を作ってあげよう」と考え、『観客がライブを持ち帰る』という着想の下にアイデアを生み出し、自ら特許を取得してコンピュータソフト会社のトーセ傘下のフォネックス・コミュニケーションズにより実用化サービスが開始された。このサービスは現在ではDREAMS COME TRUEBOYS AND MENなどといったアーティストたちのライブ会場でも提供されている。

音楽

シングル

【#】
【発売日】
【タイトル】
【作詞】
【作曲】
編曲
1970年代
1 | 1971年
5月1日 | 博多みれん | 鳳司哲夫
大日方俊子 | 荒井英一 | 竹村次郎
2 | 1971年
8月1日 | 青いリンゴ | 橋本淳 | 筒美京平 | 高田弘
3 | 1971年
12月10日 | 好きなんだけど | 橋本淳 | 筒美京平 | 高田弘
4 | 1972年
4月1日 | 悲しみの日曜日 | 橋本淳 | 筒美京平 | 高田弘
5 | 1972年
6月1日 | 青い日曜日 | 大日方俊子 | 馬飼野俊一
6 | 1972年
9月1日 | めぐり逢う青春 | 大日方俊子 | 馬飼野俊一
7 | 1972年
12月15日 | 雨に消えた恋 | 千家和也 | 筒美京平
8 | 1973年
3月21日 | オレンジの雨 | 吉田栄子
大日方俊子 | 筒美京平 | 高田弘
9 | 1973年
7月1日 | 君が美しすぎて | 千家和也 | 馬飼野俊一
10 | 1973年
10月21日 | 愛さずにいられない | 阿久悠 | 馬飼野俊一
11 | 1974年
2月5日 | こころの叫び | 阿久悠 | 筒美京平
12 | 1974年
4月25日 | 告白 | 千家和也 | 馬飼野俊一
13 | 1974年
7月21日 | 愛ふたたび | 山上路夫 | 佐藤寛 | 馬飼野俊一
14 | 1974年
10月20日 | 甘い生活 | 山上路夫 | 筒美京平
15 | 1975年
1月21日 | 私鉄沿線 | 山上路夫 | 佐藤寛 | 筒美京平
16 | 1975年
4月21日 | 哀しみの終るとき | 山上路夫 | 筒美京平
17 | 1975年
7月10日 | 夕立ちのあとで | 山上路夫 | 筒美京平
18 | 1975年
10月21日 | 美しい愛のかけら | 山上路夫 | 佐藤寛 | 東海林修
19 | 1976年
2月10日 | 女友達 | 山上路夫 | 佐藤寛 | クニ河内
20 | 1976年
6月10日 | きらめき | 山上路夫 | 筒美京平
21 | 1976年
9月10日 | 針葉樹 | 麻生香太郎 | 筒美京平
22 | 1977年
1月15日 | むさし野詩人 | 松本隆 | 佐藤寛 | 筒美京平
23 | 1977年
4月25日 | 沈黙 | 松本隆 | 筒美京平
24 | 1977年
7月21日 | 季節風 | 有馬三恵子 | 筒美京平
25 | 1977年
10月25日 | 風の駅 | 喜多條忠 | 筒美京平
26 | 1978年
2月21日 | 愛よ甦れ | 藤公之介 | 平尾昌晃 | 船山基紀
27 | 1978年
5月10日 | 泣き上手 | 岡田冨美子 | 佐藤寛 | クニ河内
28 | 1978年
9月1日 | グッド・ラック | 山川啓介 | 筒美京平 | 高田弘
29 | 1978年
12月25日 | 送春曲 | 阿久悠 | 筒美京平
30 | 1979年
4月21日 | 真夏の夜の夢 | 阿久悠 | 筒美京平
31 | 1979年
7月10日 | 女になって出直せよ | 阿久悠 | 筒美京平 | 船山基紀
32 | 1979年
9月15日 | 青春の一冊 | 伊藤アキラ | 佐藤寛 | 萩田光雄
1980年代
33 | 1980年
2月16日 | 愛の証明 | なかにし礼 | 佐藤寛 | 井上鑑
34 | 1980年
5月1日 | コーラス・ライン | 麻生香太郎 | 東海林修
35 | 1980年
6月5日 | さすらい気分 | 山上路夫 | 筒美京平 | 大村雅朗
36 | 1980年
9月21日 | 愁雷 | 三浦徳子 | 山中涼平
37 | 1981年
2月5日 | 序曲・愛 | 伊藤アキラ | 三木たかし | 船山基紀
38 | 1981年
4月25日 | 氷をゆらす人 | 浜辺芳光
伊藤アキラ | 三木たかし | 船山基紀
39 | 1981年
8月21日 | 裏切り小僧 | 伊藤アキラ | 宇崎竜童 | 新井英治
40 | 1981年
12月25日 | ダイヤル177 | 伊藤アキラ | 山中涼平
41 | 1982年
5月25日 | ふるえて眠れ | 水木れいじ | 浜圭介 | 船山基紀
42 | 1982年
8月1日 |  | 水木れいじ | 浜圭介 | 船山基紀
43 | 1983年
1月25日 | 19:00の街 | 伊藤薫 | 筒美京平 | 川村栄二
44 | 1983年
5月25日 | 過ぎ去れば夢は優しい | 売野雅勇 | 筒美京平 | 川村栄二
45 | 1983年
10月10日 | 今夜はつれづれ | 三浦徳子 | 宇崎竜童 | 後藤次利
46 | 1984年
2月25日 | 停車場 | 高森悦郎 | 川村栄二
47 | 1984年
5月1日 | 一人が好きですか | 小椋佳 | 筒美京平 | 若草恵
48 | 1984年
9月25日 | 花遊戯 | 小椋佳 | 松井忠重
49 | 1985年
3月25日 | 別れのエチュード | 荒木とよひさ | 芹澤廣明 | 若草恵
50 | 1986年
2月23日 | サ・ヨ・ナ・ラ | 松本一起 | 佐藤健 | 佐藤準
51 | 1986年
12月21日 | 涙のチケット | 三浦徳子 | P.D.Wijn | 佐藤寛
52 | 1987年
12月25日 | 少し抱かれて | 荒木とよひさ | 筒美京平 | 川村栄二
53 | 1988年
7月24日 | さらば友よ
-最後の握手- | 荒木とよひさ | 都倉俊一 | 桜庭伸幸
54 | 1988年
10月26日 | スマイルアゲイン | 泉冴子 | Keith Brown | 佐藤寛
1990年代
55 | 1990年
4月25日 | 流沙れて | 伊藤薫 | 川村栄二
56 | 1991年
12月4日 | 想い出のメリークリスマス | 渡辺なつみ | 佐藤寛
57 | 1996年
4月25日 | さよならは、誰のため | 水木かおる | 佐藤寛 | 白石幸一郎
2000年代
58 | 2000年
4月5日 | 愛がメラメラ
〜Smooth〜 | 山田ひろし | I.Shur
R.Thomas | 船山基紀
59 | 2002年
10月23日 | 私鉄沿線02 | 山上路夫 | 佐藤寛 | 野口五郎
aqua.t
60 | 2003年
9月26日 | Sweet Rain | 松尾潔 | 筒美京平 | 和田昌哉
2010年代
61 | 2012年
5月2日 | 僕をまだ愛せるなら | 松井五郎 | 森正明 | 鳥山雄司
62 | 2014年
1月1日 | でも好きだよ | 松井五郎 | 森正明 | 都啓一
63 | 2015年
7月29日 | 再会タイムマシン | 秋元康 | 筒美京平 |  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
出典:wikipedia
2019/07/14 17:37

HAPPY Wikipedia

あなたの考える「野口五郎」の意味を投稿しよう
「野口五郎」のコンテンツはまだ投稿されていません。
全部読む・投稿 

野口五郎スレッド一覧

・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「野口五郎」のスレッドを作成する
野口五郎の」
友達を探す
掲示板を探す
このページ
友達に教える
URLをコピー

注目のキーワード

錦織圭/北島康介/2014_FIFAワールドカップ・アジア予選/サッカー日本女子代表/消費税/東京スカイツリー/ダルビッシュ有/イチロー/香川真司/野田内閣/復興庁/石川遼/HKT48/AKB48/ワールド・ベースボール・クラシック日本代表/黒田博樹/尖閣諸島/バレンタインデー/ONE_PIECE

キーワードで探す

 
友達を探す
掲示板を探す
ハッピーWiki
ハッピーメール
ハッピーランド
HAPPY NEWS
2010Happy Mail