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金城龍彦とは?


コーチ歴

  • 読売ジャイアンツ (2016 - )

【国際大会】

【代表チーム】
日本
WBC
2006年
この表について
この表はテンプレートを用いて表示しています。編集方法はTemplate:Infobox baseball playerを参照してください。

プロジェクト:野球選手 テンプレート


獲得メダル
日本
ワールド・ベースボール・クラシック
 | 2006 | 野球

金城 龍彦(きんじょう たつひこ、1976年7月27日 - )は、大阪市東成区出身の元プロ野球選手(外野手内野手)、プロ野球コーチ。現役時代は攻守ともに球に食らいつく野性的なプレースタイルから「野生児」とも呼ばれていた。横浜時代の2000年首位打者を獲得し、スイッチヒッターのプロ野球史上最高打率を記録している。実父の金城晃世も元プロ野球選手である。

現在は、読売ジャイアンツのファーム打撃兼外野守備コーチを務める。

目次

  • 1 経歴
    • 1.1 プロ入り前
    • 1.2 横浜・DeNA時代
    • 1.3 巨人時代
    • 1.4 引退後
  • 2 選手としての特徴
  • 3 詳細情報
    • 3.1 年度別打撃成績
    • 3.2 年度別守備成績
    • 3.3 タイトル
    • 3.4 表彰
    • 3.5 記録
    • 3.6 背番号
    • 3.7 代表歴
  • 4 関連情報
    • 4.1 CM
  • 5 脚注
  • 6 関連項目
  • 7 外部リンク

経歴

プロ入り前

在日韓国3世で、近鉄バファローズ投手だった金城晃世の三男として出生(旧名は金 龍彦。横浜選手時代の2000年に結婚したことを機に、日本国籍を取得している)。子どもの頃から誰にでも優しく謙虚だった父に憧れを抱き、かつての父と同じプロ野球選手を目指すようになる。

近畿大学附属高等学校時代は投手で、同期の藤井彰人とバッテリーを組んでいた。2年生の夏に、大阪大会決勝で松井稼頭央福留孝介を擁するPL学園に勝利し、第75回全国高等学校野球選手権大会に出場。2回戦で金子誠を擁する常総学院に敗退。なお、投手でありながら1番打者を任されていた。

1994年には韓国の鳳凰大旗全国高校野球大会に新井貴浩松井稼頭央 、引率教員の当時松商学園教諭の山田晴道(東京経済大学教授)らとともに在日韓国人チームの一員として出場するが、その際には現地の韓国人に受け入れてもらえず厳しいバッシングを受け、とても悔しい思いをしたという。

高校卒業後は社会人野球の住友金属に所属。速球と大きく曲がるカーブを武器に活躍。チームを日本選手権優勝に導き、1997年には優秀選手にも選ばれる。

1998年度のドラフトで、横浜ベイスターズからの5位指名を受けて入団。投手としてではなく、打者としてテストを受けた上での指名であった。

横浜・DeNA時代

1999年(1年目)、入団を機に打者へ転向し、スイッチヒッターに挑戦。本来は右打者だが、社会人での4年間に1度もバットを握っていなかったため、ブランクを埋めようと必死に打撃練習に取り組んだ。10月3日の対中日ドラゴンズ戦でプロ初出場。

2000年、対読売ジャイアンツ戦で代打で出場し槙原寛己からプロ入り初本塁打を記録。その後正三塁手進藤達哉の故障や二番打者の波留敏夫の成績不振も重なって「2番・三塁」でレギュラーに定着。驚異的なペースでヒットを積み重ね、打率が一時4割を超え話題となった。8月18日の対阪神タイガース戦で打率.384で規定打席に到達した。そのまま閉幕まで打率トップを維持し、首位打者のタイトルを獲得し新人王に選出された。同時受賞はプロ野球史上初であり、横浜の選手が新人王となるのは斉藤明雄以来23年ぶりであった。オフにはテレビCMにも出演するなど飛躍の一年となったが、当時、球団が金城の人気を盛り立てようとファンから募集して決まった「ハマの龍神」というニックネームは、あまり定着しなかった。代わりに野性的なプレースタイルから野生児という愛称で親しまれる事のほうが多かった。

2001年、三塁手としては失策が目立ったことや、俊足・強肩を生かすため、新監督の森祇晶の意向でこの年から外野手へ本格転向。他球団のマークが厳しくなったこと、サインプレーを好む森監督の采配によって2番打者としての要求が増え、自由な打撃が出来なくなったことなどから打率を大きく下げたが、球団記録となる43犠打を記録するなど繋ぎ役として活躍。

しかし2002年はキャンプイン前の減量が仇になり、さらに大きく打率をさげて1割台に終わった。

2003年は1番打者として打率3割を記録し、16本塁打を記録するなど長打力も身につけた。同年、1試合左右両打席本塁打を2回記録した。1年での記録はセ・リーグ史上初であった。外野転向後は主に中堅を守っていたが、2004年から多村仁が中堅に入り、金城は右翼を守るようになった。同時に、打順も6番になったが、2年連続となる打率3割を記録した。

2005年に打順が3番になると、ロバート・ローズの球団記録にあと1本と迫る191安打を記録し、打点も自己最多を記録。さらに、守備も評価され、ゴールデングラブ賞を初受賞。

2006年3月に開催されたWBC日本代表に選出された。シーズンでは前年に続き3番・右翼に入るが、調子が上がらず、後半になると7番打者に回り、最終的な打率も.268に終わる。しかし故障者が相次ぐ中全144試合出場を果たした。

打席に立つ金城
(2010年4月3日、明治神宮野球場)

2007年は多村が福岡ソフトバンクホークスへ移籍したこともあり、再び中堅手に戻る。前半戦は打撃不調に陥るが、後半戦で打率を2割8分台まで持ち直した。2度目のゴールデングラブ賞を受賞した。

2008年は4月に猛打賞を3度記録するなどしたが、夏場には調子を落とし、スタメン落ちもしばしば経験した。最終的には打率.247で、本塁打も9本の成績に終わる。FA権を取得したが、FA権は行使せず残留することを表明し、横浜と2年の複数年契約を結んだ。

2009年以降はスタメン出場が激減し、守備固めや代打として出場することが目立つようになった。

2010年オフにFA権を行使したが他球団からオファーはなく、年俸5000万円の1年契約で横浜に残留した。

2011年は体重を首位打者を獲った当時に戻した。開幕スタメンこそならなかったが、前半戦はレギュラーに定着。夏場はスタメン落ちが増えるも安定した成績を残していたが、9月26日の対広島東洋カープ戦で走塁中に左足を痛め、左大腿二頭筋肉離れで全治4~6週間と診断され戦線を離脱する。そのまま復帰できずにシーズンを終え、108試合の出場に留まった。

金城の打撃フォーム
(2012年3月18日、横浜スタジアム)

2012年は開幕スタメンに名を連ね、4月1日の開幕第3戦となる対阪神戦で横浜DeNAベイスターズとしてのチーム第1号本塁打を放つ。9月14日の対東京ヤクルトスワローズ戦(明治神宮野球場)にて村中恭兵からこの日2安打目となるヒットをセンター前へ放ち、通算1500本安打を達成。スタメンの機会は多かったが、代打での打率が3割越えを記録するなど、代打で結果を残すことが多かった。一方得点圏打率が.132に終わるなど、チャンスには極端に弱かった。結局、オフには40%ダウンの3000万円プラス出来高で契約更改を行った。

2013年。5月25日の対千葉ロッテマリーンズ戦で通算100号本塁打を達成。118試合に出場し、打率.291、本塁打6、打点36を記録した。

2014年、5月26日の対オリックス戦(横浜スタジアム)の延長10回2死一、二塁の場面で代打で出場、サヨナラ打となる中前適時打を放つ。通算8本目のサヨナラ安打は球団タイ記録となった。しかし、一軍では2002年以来の本塁打0に終わった。シーズン終了後には、現役からの引退とコーチへの就任を打診した球団に対して、海外FA権の行使を宣言。球団が宣言選手の残留を認めない方針を立てているため、事実上退団が決まった。

巨人時代

海外FA権の行使を宣言した金城に対して、巨人だけが交渉に応じたため、2014年11月15日の初交渉で同球団への入団に合意。2014年12月8日の入団記者会見には、自身と同じくFA権の行使によってヤクルトから移籍した横浜時代の同僚・相川亮二も顔を揃えた。背番号は33

2015年には、春先から野手の故障者や不振が相次いだことを受けて、開幕から1番打者としてスタメンに起用された。古巣・DeNAと横浜スタジアムで対戦した4月15日には、移籍第1号となる3点本塁打を放ってチームの勝利に貢献。試合後には、移籍後初めて、同スタジアムでヒーローインタビューを受けた。しかし、試合を重ねるにつれて、打率が徐々に下降。左前腕外頭部の損傷で登録を抹消された6月以降は、一軍公式戦での出場機会がなかった。二軍のイースタン・リーグ優勝で臨んだ福岡ソフトバンクホークスとのファーム日本選手権(10月3日・サンマリンスタジアム宮崎)では、「7番・左翼手」としてスタメンに起用されると、3安打を放って優秀選手賞を受賞。その一方で、一軍公式戦への出場は36試合にとどまった。

2015年10月18日に、球団へ任意引退を申し入れた。球団は、この申し入れを受諾したうえで、金城の現役引退を発表した。11月5日に、日本野球機構(NPB)から任意引退選手として公示された。

引退後

指導者として巨人に残留し、2016年には新設された三軍の打撃コーチ、2017年からは二軍外野守備走塁コーチを務めている。また、11月25日から台湾で開催される2017アジアウインターベースボールリーグにおいて、NPBイースタン選抜の外野守備走塁コーチを務める。 2019年は、ファーム打撃兼外野守備コーチ。

選手としての特徴

もともと投手で右打ちだったが、150キロのストレートを投げる肩の強さ、身体能力の高さに横浜のスカウトが目をつけ、プロ入りを機に野手に転向。俊足を活かすためにスイッチヒッターとなった。

右打席のときはバットを振り切り、左打席ではフォロースルー直後に一塁へ駆け出す。上体を突っ込み気味にしながら打つというプロ野球選手でも珍しいバッティングフォームだが、ボールとの距離感を掴むためにはこのフォームが一番打ちやすいという。ストライクゾーンから離れたワンバウンドしそうな低めの球も体勢を崩しながらヒットにさせるバランス感覚を持ち合わせる。

横浜時代の通算8本のサヨナラ安打は球団最多タイ記録である。

外野守備では肩の強さを発揮させ、守備範囲も広く外野手のアウト寄与率を示すレンジファクターも二度1位を記録している 。

打撃、守備ともに俊足を生かしたプレーをしていたが、盗塁は通算の成功数が40にして盗塁死数が49と顕著に苦手としていた。

詳細情報

年度別打撃成績









































































O
P
S

1999 | 横浜
DeNA
 | 6 | 11 | 11 | 1 | 2 | 0 | 0 | 0 | 2 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | .182 | .182 | .182 | .364
2000 | 110 | 475 | 419 | 60 | 145 | 18 | 3 | 3 | 178 | 36 | 8 | 7 | 17 | 0 | 37 | 0 | 2 | 58 | 6 | .346 | .402 | .425 | .827
2001 | 138 | 579 | 480 | 68 | 130 | 19 | 2 | 3 | 162 | 49 | 10 | 10 | 43 | 0 | 56 | 0 | 0 | 57 | 6 | .271 | .347 | .338 | .685
2002 | 111 | 258 | 224 | 13 | 38 | 8 | 1 | 0 | 48 | 13 | 5 | 0 | 14 | 3 | 14 | 2 | 3 | 35 | 2 | .170 | .225 | .214 | .440
2003 | 136 | 592 | 549 | 78 | 166 | 26 | 1 | 16 | 242 | 40 | 4 | 13 | 2 | 4 | 33 | 3 | 4 | 60 | 7 | .302 | .344 | .441 | .785
2004 | 133 | 527 | 486 | 53 | 147 | 15 | 2 | 13 | 205 | 52 | 0 | 5 | 6 | 0 | 29 | 3 | 6 | 74 | 12 | .302 | .349 | .422 | .771
2005 | 144 | 642 | 590 | 70 | 191 | 30 | 1 | 12 | 259 | 87 | 1 | 2 | 5 | 8 | 32 | 1 | 7 | 63 | 6 | .324 | .361 | .439 | .800
2006 | 144 | 618 | 552 | 60 | 148 | 22 | 2 | 11 | 207 | 59 | 2 | 1 | 8 | 3 | 48 | 7 | 7 | 57 | 14 | .268 | .333 | .375 | .708
2007 | 139 | 580 | 511 | 66 | 145 | 27 | 2 | 14 | 218 | 66 | 2 | 2 | 12 | 4 | 49 | 1 | 4 | 64 | 11 | .284 | .349 | .427 | .775
2008 | 136 | 532 | 489 | 44 | 121 | 16 | 1 | 9 | 166 | 41 | 0 | 4 | 6 | 2 | 32 | 1 | 3 | 64 | 11 | .247 | .297 | .339 | .636
2009 | 118 | 341 | 312 | 37 | 88 | 21 | 2 | 9 | 140 | 34 | 1 | 3 | 5 | 1 | 18 | 6 | 5 | 44 | 6 | .282 | .330 | .449 | .779
2010 | 96 | 149 | 130 | 9 | 27 | 7 | 0 | 1 | 37 | 10 | 0 | 0 | 4 | 0 | 15 | 1 | 0 | 17 | 3 | .208 | .290 | .285 | .575
2011 | 108 | 354 | 324 | 24 | 88 | 13 | 1 | 3 | 112 | 29 | 1 | 0 | 6 | 5 | 16 | 0 | 3 | 35 | 8 | .272 | .307 | .346 | .653
2012 | 129 | 331 | 294 | 29 | 70 | 11 | 0 | 3 | 90 | 18 | 2 | 1 | 3 | 2 | 26 | 0 | 6 | 37 | 1 | .238 | .311 | .306 | .617
2013 | 118 | 334 | 306 | 33 | 89 | 12 | 1 | 6 | 121 | 36 | 3 | 0 | 2 | 1 | 17 | 2 | 8 | 40 | 8 | .291 | .343 | .395 | .739
2014 | 90 | 175 | 160 | 9 | 32 | 6 | 0 | 0 | 38 | 11 | 0 | 1 | 1 | 0 | 13 | 2 | 1 | 21 | 3 | .200 | .264 | .238 | .502
2015 | 巨人 | 36 | 95 | 90 | 9 | 21 | 3 | 0 | 1 | 27 | 10 | 1 | 0 | 1 | 0 | 3 | 0 | 1 | 11 | 0 | .233 | .266 | .300 | .566
NPB:17年 1892 | 6593 | 5927 | 663 | 1648 | 254 | 19 | 104 | 2252 | 592 | 40 | 49 | 135 | 33 | 438 | 29 | 60 | 737 | 106 | .278 | .332 | .380 | .714

年度別守備成績

【年
度】
【球
団】
二塁
三塁
遊撃
外野


















【試

合】
【刺

殺】
【補

殺】
【失

策】
【併

殺】
【守

率】
【試

合】
【刺

殺】
【補

殺】
【失

策】
【併

殺】
【守

率】
【試

合】
【刺

殺】
【補

殺】
【失

策】
【併

殺】



1999 | 横浜
DeNA | - | 3 | 1 | 6 | 1 | 0 | .875 | 3 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | -
2000 | 1 | 2 | 1 | 0 | 1 | 1.000 | 83 | 69 | 130 | 12 | 9 | .943 | - | 25 | 39 | 2 | 0 | 0 | 1.000
2001 | - | - | - | 137 | 281 | 14 | 5 | 1 | .983
2002 | - | - | - | 102 | 136 | 7 | 3 | 1 | .979
2003 | - | - | - | 136 | 268 | 15 | 5 | 1 | .983
2004 | - | 1 | 0 | 0 | 1 | 0 | .000 | - | 133 | 216 | 7 | 4 | 1 | .982
2005 | - | - | - | 144 | 290 | 11 | 1 | 4 | .997
2006 | - | - | - | 144 | 274 | 8 | 4 | 2 | .986
2007 | - | - | - | 137 | 257 | 10 | 4 | 2 | .985
2008 | - | - | - | 132 | 223 | 2 | 2 | 0 | .991
2009 | - | - | - | 97 | 146 | 3 | 0 | 1 | 1.000
2010 | - | - | - | 47 | 66 | 2 | 1 | 0 | .986
2011 | - | - | - | 94 | 166 | 5 | 0 | 1 | 1.000
2012 | - | - | - | 95 | 122 | 3 | 0 | 0 | 1.000
2013 | - | - | - | 87 | 122 | 0 | 1 | 0 | .992
2014 | - | - | - | 61 | 59 | 0 | 0 | 0 | 1.000
2015 | 巨人 | - | - | - | 20 | 25 | 0 | 0 | 0 | 1.000
通算 1 | 2 | 1 | 0 | 1 | 1.000 | 87 | 70 | 136 | 14 | 9 | .936 | 3 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | 1591 | 2690 | 89 | 31 | 14 | .989

タイトル

表彰

記録

初記録
節目の記録
その他の記録
【】
【日付】
【対戦球団】
【球場】
【回】
【打席】
【相手投手】
【回】
【打席】
相手投手
1 | 2003年8月13日 | 阪神22回戦 | 札幌ドーム | 4回裏 | 左 | 藪恵壹 | 9回裏 | 右 | ジェフ・ウィリアムス
2 | 2003年8月16日 | 広島17回戦 | 広島市民球場 | 3回表 | 左 | 佐々岡真司 | 4回表 | 右 | 西川慎一
3 | 2006年8月19日 | 広島15回戦 | 横浜スタジアム | 4回裏 | 左 | フアン・フェリシアーノ | 7回裏 | 右 | 高橋建

背番号

代表歴

関連情報

CM

脚注

  1. ^ プロ野球界・消えたニックネーム伝説 ウルフ、ハマの龍神、マッサン…”. スポーツブル. 2019年7月29日閲覧。
  2. ^ 求む!松井稼頭央以来の“大物スイッチヒッター””. BASEBALL KING (2017年12月13日). 2019年7月29日閲覧。
  3. ^ <鳳仙花>◆在日のプロ野球4割打者◆
  4. ^ 朝日新聞 2006年8月9日 34面
  5. ^ これまでの道 これからの道 横浜ベイスターズ 金城龍彦選手”. ハマスポ. 2019年7月29日閲覧。
  6. ^ 韓国スポーツの発展支えた体育会 元老たちが語る秘話(下)”. 統一日報 (2012年1月12日). 2017年5月6日閲覧。
  7. ^ 第2回 韓国の高校野球事情 【韓国野球が熱い理由】”. ベースボールドットコム (2013年7月27日). 2017年5月6日閲覧。
  8. ^ “[https://www.sponichi.co.jp/baseball/yomimono/professional_bbd0708/kiji/K20100801Z00003100.html 日めくりプロ野球 8月 【8月18日】2000年(平14) ついに規定打席!金城龍彦 松井秀喜の3冠阻止する首位打者]”. www.sponichi.co.jp. 2019年1月12日閲覧。
  9. ^ 泥臭く積み重ねてきた1500安打”. 週刊ベースボールONLINE. 2015年8月29日閲覧。
  10. ^ 2001 ベースボール・レコード・ブック 53頁 「2000年度の主な記録と出来事」より。
  11. ^ 【DeNA】金城40%減「こういう世界」 - 2012年11月21日,日刊スポーツ
  12. ^ キヨシ的中!代打金城10回サヨナラ打ニッカンスポーツ2014年5月27日配信
  13. ^ FA金城45分で即決!巨人と初交渉、代打の切り札で期待スポーツ報知2014年11月15日配信
  14. ^ V4へ新戦力加入 相川、金城の両選手が入団決定巨人球団公式サイト2014年12月8日配信
  15. ^ 2015年プロ野球ファーム日本選手権 先発メンバー
  16. ^ 【巨人】久保、ラスト登板で1回無失点 20年ぶりファーム日本一逃すスポーツ報知2015年10月3日配信
  17. ^ 巨人金城が引退 今季FAで加入、00年に首位打者-2015年10月18日,日刊スポーツ
  18. ^ 2015年度 任意引退選手 - 2015年11月5日閲覧
  19. ^ 来季の三軍コーチングスタッフについて読売巨人軍公式サイト 2015年10月29日
  20. ^ 二岡智宏が1軍打撃コーチへ/巨人来季の組閣一覧日刊スポーツ 2016年10月26日掲載
  21. ^ 2017アジアウインターベースボールリーグ(AWB)NPBメンバー一覧”. NPB.jp (2017年11月17日). 2017年11月21日閲覧。
  22. ^ 【8月18日】2000年(平14) ついに規定打席!金城龍彦 松井秀喜の3冠阻止する首位打者”. スポニチ (2010年8月12日). 2015年8月29日閲覧。
  23. ^ 『ベースボールマガジン 2011年5月号』ベースボール・マガジン社、2011年、68頁。
  24. ^
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    出典:wikipedia
    2019/11/28 12:26

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