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金田留広とは?

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金田 留広
【基本情報】

【国籍】
日本
【出身地】
愛知県名古屋市北区
【生年月日】
(1946-11-17) 1946年11月17日(71歳)
身長
体重 180 cm
80 kg
【選手情報】

【投球・打席】
右投右打
【ポジション】
投手
【プロ入り】
1968年 ドラフト4位
【初出場】
1969年4月13日
【最終出場】
1981年9月23日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴


コーチ歴

  • ロッテオリオンズ (1987 - 1988)

この表について
この表はテンプレートを用いて表示しています。編集方法はTemplate:Infobox baseball playerを参照してください。

プロジェクト:野球選手 テンプレート


金田 留広(かねだ とめひろ、1946年11月17日 - )は、愛知県名古屋市北区出身の元プロ野球選手(投手)。

1974年にMVPを獲得。

同じく元プロ野球選手の金田正一金田高義金田星雄は実兄。金石昭人(姉の息子)、金田賢一(長兄・正一の息子)は甥。

目次

  • 1 経歴
  • 2 人物
  • 3 詳細情報
    • 3.1 年度別投手成績
    • 3.2 タイトル
    • 3.3 表彰
    • 3.4 記録
    • 3.5 背番号
  • 4 関連情報
    • 4.1 著書
  • 5 関連項目
  • 6 外部リンク

経歴

愛知高校を卒業後、愛知学院大学に進学。1年生の時点で7勝4敗の成績を残すが中退した。

その後、社会人・日通浦和を経て、1969年にドラフト4位で東映フライヤーズに入団し、兄・正一と同じ背番号34を着けた。入団1年目から直球カーブを武器に18勝を挙げ、同年東京球場で開催されたオールスターゲームではパ・リーグの投手としてマウンドに上った留広がセ・リーグのメンバーとして打席に立った兄・正一と対戦するというオールスターならではの夢の対決が実現し、この勝負の結果は正一をセカンドフライに打ち取っている。

1970年には1勝差で最多勝を逃したものの24勝をマーク。1972年9月22日南海戦で満塁本塁打を放つ。2011年現在パリーグ投手の満塁本塁打はこれ以降出ていない。同年20勝をマークし最多勝のタイトルを獲得した。

1974年野村収との交換トレードで、兄・正一が監督を務めていたロッテオリオンズに移籍。16勝を挙げ2度目の最多勝とパ・リーグMVPを獲得しチームの4年ぶりのリーグ優勝、24年ぶりの日本一に大きく貢献した。

その後は成績が伸び悩み、1979年、金田監督の辞任に伴い渡辺秀武と共に、望月卓也平田英之劔持節雄との2対3の交換トレードで広島東洋カープに移籍し金石昭人PL学園からドラフト外で広島に入団している(後に彼のコネで入団したと語っている)。古葉竹識監督の下で全盛期の力は既に衰え、敗戦処理や中継ぎでの登板が多かったが、ローテーションの谷間の先発を務め持ち前の明るい性格でチームに溶け込みムードメーカーとして活躍し、1979年・1980年のリーグ連覇・2年連続日本一に貢献した。1979年9月9日には久々に先発で投げ5回1失点に抑える好投をした上、ソロホームランを放って勝利投手になっている。

1980年6月12日巨人戦にて王貞治から通算850号本塁打を打たれている。

1982年限りで現役を引退。東映時代の1972年と「カネダ企画」所属時代の1986年の2度、テレビ朝日系「クイズタイムショック」に出演している。1987年1988年には、ロッテ二軍の投手コーチを務めた。2001年には、プロ野球マスターズリーグの東京ドリームスにも所属していた。

現在は健康食品の会社を経営する傍ら、日本身体障害者野球連盟の支援をしており、チャリティーゴルフ会を行うなどをしている。

打撃が非常に上手く、通算13本塁打をマークするなどしている(正一は38本塁打)。

人物

  • 現役時代に、当時中学生だった島田紳助が手渡した小汚いノートに、金田は嫌な顔一つせず何枚もサインを書いた。そのことに紳助は感激し、その後もずっと金田を応援し続けたという(「松本紳助」より)。

詳細情報

年度別投手成績





















ブ



ド





















ボ







W
H
I
P

1969 | 東映
日拓
 | 59 | 19 | 6 | 0 | 2 | 18 | 13 | -- | -- | .581 | 833 | 206.0 | 183 | 24 | 52 | 4 | 2 | 158 | 2 | 0 | 85 | 83 | 3.63 | 1.14
1970 | 53 | 32 | 21 | 3 | 2 | 24 | 16 | -- | -- | .600 | 1244 | 316.1 | 251 | 37 | 70 | 4 | 4 | 246 | 1 | 0 | 107 | 95 | 2.71 | 1.01
1971 | 51 | 28 | 14 | 2 | 2 | 15 | 14 | -- | -- | .517 | 1063 | 268.0 | 215 | 42 | 61 | 4 | 7 | 187 | 0 | 0 | 107 | 89 | 2.99 | 1.03
1972 | 51 | 33 | 18 | 4 | 3 | 20 | 12 | -- | -- | .625 | 1113 | 275.0 | 245 | 26 | 60 | 4 | 5 | 178 | 1 | 0 | 107 | 99 | 3.24 | 1.11
1973 | 37 | 18 | 8 | 3 | 2 | 7 | 16 | -- | -- | .304 | 689 | 166.2 | 161 | 22 | 43 | 2 | 5 | 96 | 0 | 1 | 80 | 70 | 3.77 | 1.22
1974 | ロッテ | 36 | 29 | 13 | 1 | 2 | 16 | 7 | 0 | -- | .696 | 800 | 201.2 | 167 | 18 | 51 | 2 | 3 | 138 | 1 | 1 | 66 | 65 | 2.90 | 1.08
1975 | 25 | 23 | 6 | 1 | 1 | 6 | 7 | 0 | -- | .462 | 554 | 130.2 | 127 | 12 | 41 | 0 | 1 | 65 | 1 | 1 | 66 | 56 | 3.85 | 1.29
1976 | 23 | 17 | 3 | 0 | 1 | 3 | 8 | 0 | -- | .273 | 465 | 106.2 | 125 | 12 | 29 | 1 | 3 | 50 | 0 | 0 | 52 | 48 | 4.04 | 1.44
1977 | 32 | 19 | 2 | 0 | 1 | 2 | 4 | 0 | -- | .333 | 512 | 126.1 | 110 | 10 | 32 | 0 | 6 | 75 | 0 | 0 | 43 | 37 | 2.64 | 1.12
1978 | 26 | 17 | 5 | 1 | 1 | 6 | 6 | 2 | -- | .500 | 474 | 109.2 | 108 | 14 | 46 | 1 | 6 | 48 | 0 | 0 | 49 | 40 | 3.27 | 1.40
1979 | 広島 | 16 | 6 | 1 | 1 | 0 | 4 | 1 | 0 | -- | .800 | 196 | 45.2 | 37 | 3 | 18 | 0 | 4 | 25 | 1 | 0 | 16 | 15 | 2.93 | 1.20
1980 | 17 | 9 | 1 | 1 | 1 | 4 | 3 | 0 | -- | .571 | 239 | 58.2 | 50 | 9 | 14 | 1 | 2 | 32 | 0 | 0 | 27 | 27 | 4.12 | 1.09
1981 | 8 | 8 | 3 | 1 | 2 | 3 | 2 | 0 | -- | .600 | 176 | 44.0 | 42 | 4 | 6 | 2 | 0 | 19 | 0 | 0 | 18 | 17 | 3.48 | 1.09
【通算:13年】
434 | 258 | 101 | 18 | 20 | 128 | 109 | 2 | -- | .540 | 8358 | 2055.1 | 1821 | 233 | 523 | 25 | 48 | 1317 | 7 | 3 | 823 | 741 | 3.25 | 1.14
  • 各年度の太字はリーグ最高
  • 東映(東映フライヤーズ)は、1973年に日拓(日拓ホームフライヤーズ)球団名を変更

タイトル

表彰

記録

背番号

  • 34 (1969年 - 1973年)
  • 17 (1974年 - 1978年)
  • 44 (1979年 - 1982年)
  • 74 (1987年 - 1988年)

関連情報

著書

  • 『金田留広のオレは金田ファミリーの駄々っ子だ』(都市と生活社,1983年)

関連項目

外部リンク

業績
パシフィック・リーグMVP
1950年代 | 

1960年代 | 

1970年代 | 

1980年代 | 

1990年代 | 

2000年代 | 

2010年代 | 


パシフィック・リーグ最多勝利投手
1950年代 | 

1960年代 | 

1970年代 | 

1980年代 | 

1990年代 | 

2000年代 | 

2010年代 | 


パシフィック・リーグ ベストナイン(投手)
1950年代 | 

1960年代 | 

1970年代 | 

1980年代 | 

1990年代 | 

2000年代 | 

2010年代 | 


日本シリーズにおけるパシフィック・リーグ出場チーム第1戦先発投手
1950年代 | 

1960年代 | 

1970年代 | 

1980年代 | 

1990年代 | 

2000年代 | 

2010年代 | 


東映フライヤーズ、日拓ホームフライヤーズ開幕投手
1940年代 | 

1950年代 | 

1960年代 | 
出典:wikipedia
2018/04/20 17:32

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