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鈴木敏夫とは?

【生年月日】
(1948-08-19) 1948年8月19日(70歳)
【出生地】
愛知県名古屋市
【国籍】
日本
【血液型】
A
【職業】
編集者映画プロデューサー
【ジャンル】
映画
【主な作品】


受賞
山路ふみ子文化賞
藤本賞
デジタルコンテンツグランプリDCAj会長賞
日本イノベーター賞大賞
AMD Award/Digital Contents of the Year功労賞
エランドール賞プロデューサー賞
渡辺晋賞


鈴木 敏夫(すずき としお、1948年8月19日 - )は、日本映画プロデューサー編集者株式会社スタジオジブリ代表取締役公益財団法人徳間記念アニメーション文化財団副理事長。

株式会社徳間書店取締役、株式会社徳間書店スタジオジブリ・カンパニープレジデント、株式会社徳間書店スタジオジブリ事業本部本部長東京大学大学院情報学環特任教授、株式会社スタジオジブリ代表取締役社長などを歴任した。

目次

  • 1 来歴
    • 1.1 生い立ち
    • 1.2 徳間書店
    • 1.3 スタジオジブリ
  • 2 対人関係
  • 3 人物
  • 4 略歴
  • 5 賞歴
  • 6 作品
    • 6.1 映画
    • 6.2 テレビ
    • 6.3 CM
    • 6.4 WEB
    • 6.5 小説
    • 6.6 その他
  • 7 出演
    • 7.1 映画
    • 7.2 テレビドラマ
    • 7.3 テレビ
    • 7.4 ラジオ
    • 7.5 OV
  • 8 著書
  • 9 評伝
  • 10 脚注
  • 11 関連人物
  • 12 関連文献
  • 13 外部リンク

来歴

生い立ち

1948年、愛知県名古屋市にて生まれる。私立東海高校を卒業後、上京、慶應義塾大学文学部社会・心理・教育学科社会学専攻に入学。在学中は多くのアルバイトを経験した。

徳間書店

大学卒業後の1972年徳間書店入社。『週刊アサヒ芸能』企画部へ配属される。1973年黒崎出版より刊行されていた、児童向けテレビ番組雑誌『テレビランド』がオイルショックのあおりを受けて徳間書店へ売却され、編集スタッフごと移ったのを機に自ら希望して『テレビランド』担当の児童少年編集部へ異動。

1978年、同編集部よりアニメ雑誌『アニメージュ』が創刊、発行される。1981年には宮崎駿を初特集する。宮崎とは共同で『戦国魔城』と題した映画を企画し、徳間書店社長徳間康快に提出した。結果は不採用であったが、1982年に宮崎執筆の漫画『風の谷のナウシカ』連載開始に尽力する。後に同作の映画化が決定すると、宮崎の意を受け、プロデューサーを引き受けるよう高畑勲を説得し、以降は高畑とともに『風の谷のナウシカ』の製作を支えた。

その後、『アニメージュ』初代編集長の尾形英夫が児童少年編集部全体の統括を担うと、実質的に『アニメージュ』の編集実務を担当し、後に尾形の後任として、正式に2代目編集長に就任した。『風の谷のナウシカ』映画化後は徳間書店側の制作委員も務めた。

この時期に押井守西久保瑞穂のアニメ化にも尽力した。

スタジオジブリ

1989年10月にスタジオジブリへ移籍して以降は、同スタジオ全作品の映画プロデューサーを務めている。移籍した当時、『天空の城ラピュタ』、『となりのトトロ』・『火垂るの墓』等の興行成績は振るわず、『魔女の宅急便』が最後だと言われる状況であった。そこで、日本テレビと提携することで、『魔女の宅急便』をヒットさせ、後のスタジオジブリ作品の興行的成功とブランド確立につなげた。メイキングビデオ『もののけ姫はこうして生まれた。』では、爆発的なヒットを仕掛けた宣伝プロデューサーとしての一面が収められている。しかし『ホーホケキョ となりの山田くん』や『イノセンス』では興行目標がクリアされなかった。

1997年、スタジオジブリが徳間書店に吸収合併され、社内カンパニーとして発足した「スタジオジブリ・カンパニー」のプレジデントに就任した。1999年、同書店が事業本部制を導入し、「スタジオジブリ事業本部」が設立されると、本部長に就任した。2005年、スタジオジブリが徳間書店から再独立した際には、代表取締役社長に就任した。2008年2月1日付でスタジオジブリ代表取締役社長を退任し(後任は星野康二)、以降は代表取締役を務めている。
『イノセンス』で共同プロデューサーをした、もう一人のプロデューサー石川光久に「ジブリの社長をやってくれないか」と打診していたが断られている 。

2016年に初の公開師弟対談を行う。対談相手は鈴木の下で仕事を学んだ石井朋彦

本業以外に『耳をすませば』、『もののけ姫』に端役で出演している。『ハウルの動く城』では宮崎監督に代わり、公式ポスターの原画を、『ゲド戦記』では題字を担当している。押井守監督作品の実写映画では短編『KILLERS キラーズ』で「悪徳アニメプロデューサー」役、2006年公開の『立喰師列伝』では立喰師役の一人(これは本人の懇願によって実現した)、『THE NEXT GENERATION -パトレイバー-』のエピソード6では「『熱風社』」映像プロデューサー」として出演している。また、DVDノンちゃん雲に乗る』の中で、大橋のぞみに付く二枚目風運転手役で出演しその横顔を決めている。2004年には東京大学大学院の情報学環にて特任教授に就任し、「コンテンツ創造プログラム」などを講じた。

対人関係

高畑勲
アニメーション監督の高畑勲とは、『アニメージュ』の取材を通じて知り合った。プロデューサーの役割や映画の作り方について、高畑から学んだと語っている。高畑が『風の谷のナウシカ』で初めてプロデューサーを務めた際、鈴木も高畑とともに映画製作に携わっていた。高畑が勉強しながら手探りでプロデューサーを務める様を見て、鈴木は「非常に具体的かつ分かりやすくアニメーション映画の作り方を学べた」としている。
宮崎駿と鈴木が企画した『風の谷のナウシカ』の映画化が決定すると、宮崎の要望に基づき、鈴木は高畑勲にプロデューサーを引き受けるよう要請した。高畑が慎重な姿勢を崩さないため、鈴木は高畑の自宅に日参し1か月に渡って延々と説得を繰り返した。ところが、高畑は1か月かけて日本におけるプロデューサーの役割を分析しており、それを大学ノート1冊を費やして『プロデューサーとは何か?』と題した論文に纏め、「だから僕はプロデューサーに向いていない」と主張した。呆れた鈴木が「理屈ではそうかもしれないですけれど、高畑さん、あなたは宮崎さんの友人でしょ。その友人が困っているんですよ。そんなときに、あなたは力を貸そうとしないんですか」と声を荒らげたため、高畑は『風の谷のナウシカ』のプロデューサーに就任することを諒承した。しかし、アニメーション制作の拠点をどうするのか鈴木に目算がなかったため、高畑から「何を作るか、どうやって作るか。それを全部、宮崎駿におんぶに抱っこか?」と叱責された。以降は、高畑と鈴木が2人で制作拠点となるアニメーションスタジオの選定や人材の確保に奔走した。『風の谷のナウシカ』製作当時を振り返り、鈴木は「僕はプロデューサーという仕事を、このときプロデューサー初体験だった高畑さんから学んでいくんです」と述懐している。
宮崎吾朗
ランドスケープコンサルタントランドスケープアーキテクトとして働いていた宮崎吾朗に声をかけ、三鷹の森ジブリ美術館のデザイナーとしてスタジオジブリに入社させた。ジブリ美術館の仕事を通じて「自分の考えを実行に移す彼のパワー」を評価した鈴木は、宮崎吾朗を『ゲド戦記』の企画に参加させ、宮崎駿の猛烈な反対を押し切って監督に据える。
宮崎吾朗は、ニコニコ生放送での対談で「親父(宮崎駿)のコネがなかったら、アニメを作ってないと思いますか?」という視聴者からの質問に「コネというより、そこに鈴木敏夫がいたことのほうが問題だと思う」と述べている。鈴木は宮崎吾朗のこの発言を遮る形で「宮崎駿を父に持ち、父のもとで映画を作る。大変な逆境に置かれているわけで、誰も味わえない。それをやれるのは吾朗君だけ。日々、生きているという実感があるでしょう?」とコメントした。
押井守
(神山健治との対談で)押井守はいわゆる娯楽映画というものをこんなに観た人はいないっていうぐらいいっぱい観てるんですよ。で、彼が本来やりたかったのは宮崎駿みたいな映画。ところがいざ自分が映画を作ろうとした時、同時代に宮崎駿がいた。そうすると「宮崎駿とまったく対極の映画とは何か?」っていうことを真剣に考えた人なんです。と私見を述べている。
天使のたまご』アニメ化に尽力している。この作品は、徳間書店が著作権に疎かったことから押井に無断で権利が売却され、海外で実写化された。

人物

略歴

賞歴

作品

映画

【年】
【タイトル】
役職
1985 | 戦国魔神ゴーショーグン 時の異邦人 | 出版プロデューサー
1987 | 紅い眼鏡/The Red Spectacles | 製作協力
1987 | デジタル・デビル物語 女神転生 | プロデューサー
1989 | 魔女の宅急便 | 制作補
1991 | おもひでぽろぽろ | プロデューサー
1992 | 紅の豚 | プロデューサー
1994 | 平成狸合戦ぽんぽこ | プロデューサー
1995 | 耳をすませば | プロデューサー
1995 | ジブリ実験劇場 On Your Mark | プロデューサー
1997 | もののけ姫 | プロデューサー
1999 | ホーホケキョ となりの山田くん | プロデューサー
2000 | サトラレ TRIBUTE to a SAD GENIUS | 製作
2000 | 式日 | 製作
2001 | リセス ぼくらの夏休みを守れ! | 製作
2001 | 千と千尋の神隠し | プロデューサー
2002 | めいとこねこバス | プロデューサー
2002 | コロの大さんぽ | 製作プロデューサー
2002 | 猫の恩返し | 製作プロデューサー
2002 | ギブリーズ episode2 | 製作プロデューサー・キャラクター原案
2004 | イノセンス | プロデューサー
2004 | ハウルの動く城 | プロデューサー
2006 | ゲド戦記 | プロデューサー
2007 | 真・女立喰師列伝 | 題字
2008 | 崖の上のポニョ | プロデューサー
2009 | チェ 28歳の革命 / 39歳 別れの手紙 | キャッチコピー
2010 | トイ・ストーリー3 Toy Story 3 | スペシャルサンクス
2010 | 借りぐらしのアリエッティ | プロデューサー
2011 | コクリコ坂から | プロデューサー
2012 | 巨神兵東京に現わる | 製作
2013 | 風立ちぬ | プロデューサー
2013 | かぐや姫の物語 | 企画
2014 | 思い出のマーニー | 製作
2016 | ガルム・ウォーズ | 日本語版プロデューサー
2016 | レッドタートル ある島の物語 | プロデューサー
2017 | メアリと魔女の花 | 感謝

テレビ

CM

WEB

小説

その他

出演

映画

テレビドラマ

テレビ

ラジオ

OV

著書

  1. 2013年3月、ISBN 9784835449258
  2. 2013年7月、ISBN 9784835449265
  3. 2013年11月、ISBN 9784835449272
  4. 2014年7月、ISBN 9784835449289
  5. 2016年3月、ISBN 9784835449296

評伝

脚注

  1. ^ 鈴木敏夫『映画道楽』ぴあ2005年、10頁。
  2. ^ 鈴木敏夫『映画道楽』ぴあ2005年、246頁。
  3. ^ 鈴木敏夫『映画道楽』ぴあ2005年、64頁。
  4. ^ 鈴木敏夫『映画道楽』ぴあ2005年、66頁。
  5. ^ 鈴木敏夫『映画道楽』ぴあ2005年、72頁。
  6. ^ 梶山 寿子『雑草魂 石川光久 アニメビジネスを変えた男』
  7. ^ 鈴木敏夫『映画道楽』ぴあ2005年、247頁。
  8. ^ 鈴木敏夫『映画道楽』ぴあ2005年、78頁。
  9. ^ 鈴木敏夫『映画道楽』ぴあ2005年、73頁。
  10. ^ 世界一早い「ゲド戦記」インタビュー 鈴木敏夫プロデューサーに聞く : 100人のジブリ : ジブリをいっぱい : エンタメ : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
  11. ^ 「神回だああああああああ」 宮崎駿&鈴木敏夫がニコ生にサプライズ出演:ガジェット通信
  12. ^ 鈴木敏夫 『鈴木敏夫のジブリ汗まみれ 4』
  13. ^ vol.62 スタジオジブリ プロデューサー 鈴木敏夫”. 『たばこワールド』STYLE CAFE. 日本たばこ産業株式会社(JT) (2006年6月3日). 2009年9月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年8月15日閲覧。
  14. ^ 鈴木敏夫さん 講演レビュー(2016年10月)
  15. ^ 日本人は何を目指して来たのか第八回手塚治虫」NHK(2014年度「知の巨人たち})2015年2月25日閲覧
  16. ^ 鈴木敏夫『映画道楽』ぴあ2005年、60頁。
  17. ^ 「東商新聞 Biz Extra」通巻48号 企画1頁 『Interview リーダーに聞く 鈴木敏夫』 東京商工会議所 2017年3月20日
  18. ^ GQ MEN OF THE YEAR 2014”. GQ JAPAN (2014年11月20日). 2014年11月21日閲覧。

関連人物

関連文献

外部リンク

鈴木敏夫


1948年8月19日 - 存命中


ビジネス
先代:
(新設) | スタジオジブリ社長
初代:2005年 - 2008年 | 次代:
星野康二
先代:
(新設) | 徳間書店
スタジオジブリ事業本部本部長

初代:1999年 - 2005年 | 次代:
(廃止)
先代:
(新設) | 徳間書店
スタジオジブリ・カンパニープレジデント

初代:1997年 - 1999年 | 次代:
(廃止)
スタジオジブリ
作品 | 
アニメ | 
長編 | 

短編 | 
  • そらいろのたね
  • On Your Mark
  • ギブリーズ
  • フィルムぐるぐる
  • くじらとり
  • コロの大さんぽ
  • めいとこねこバス
  • 空想の空飛ぶ機械達
  • 空想の機械達の中の破壊の発明
  • ギブリーズ episode2
  • ポータブル空港
  • space station No.9
  • 空飛ぶ都市計画
  • 水グモもんもん
  • 星をかった日
  • やどさがし
  • ちゅうずもう
  • パン種とタマゴ姫
  • たからさがし
  • 毛虫のボロ


  • ゲーム | 
  • ガラクタ名作劇場 ラクガキ王国
  • 二ノ国

  • 実写 | 
  • 式日
  • サトラレ TRIBUTE to a SAD GENIUS
  • 巨神兵東京に現わる


  • 人物 | 
    責任者 | 

    監督経験者 | 
  • 宮崎駿
  • 高畑勲
  • 望月智充
  • 近藤喜文
  • 百瀬義行
  • 庵野秀明
  • 本広克行
  • 森田宏幸
  • 宮崎吾朗
  • 山下明彦
  • 米林宏昌
  • 樋口真嗣
  • マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット

  • 関連人物 | 
  • 川上量生
  • 志茂文彦
  • 久石譲
  • 武重洋二
  • 安藤雅司
  • 近藤勝也
  • 保田道世
  • 片塰満則
  • 西村義明
  • 岸本卓


  • 関連項目 | 
  • 風の谷のナウシカ
  • メアリと魔女の花
  • 夢と狂気の王国
  • トップクラフト
  • スタジオカジノ
  • スタジオポノック
  • 徳間書店
  • ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  • 出典:wikipedia
    2018/11/06 16:06

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